今日はくぬぎ舎設立ほぼ一周年で、昨年の植樹祭で植えたくぬぎの木たちのもと、みんなでピクニックをしまーす。
これから自分でもお花や木を植えてみたい方、家庭菜園を始めてみたい方のために
その一歩をスムーズにスタートできるよう、その道のプロもお呼びしております。
木の枝ぶり、花の咲きほこりぐあい、そういう目に見える成果のすべては根っこの状態と同じという。
人はどうだろう。
いい土壌でしっかり根を張り、栄養をうんと吸収していると木も花も立派になるように
人だって目に見えないところで培ったものが表に現れるんだろう。
大きな悲しみも、人にいえない悔しさも、消したくなるような失敗も、なにかに夢中になった時間も
時間がたつほどぜんぶが一緒に発酵して、いつしか完熟堆肥のような栄養になって実を結ぶ。
その仕組みのすばらしさをおもうと、なんかやっぱり命は生かされているんだな、と思う。
時間のなんと偉大なこと!
空気や水、光や微生物も!
自然はなんでこうも完全に循環しているんだろう。
春先になって木の芽が芽吹きだす頃、いつもそんな風に思う。
遺伝子組み換えしたタネや作物や石油からできた肥料、タネの採れない植物。
そういう不自然なものをどんどん作ってお金に換えているのは人間だけ。
そうやってどんどん遠くから自分たちの首を絞めている。
なんでもかんでも食物を精製して、こんどは自分たちにも偏差値をつくって産業界や陰謀者に都合のいい
能力を特化しただけの人間を一生懸命つくって同じことをしている。味気ないなぁ・・・。
精製食品ばかりとっていると体に害なように、そんな人間が増えすぎて今、世の中が病気を抱えている。
311後の政府や東電の対応に愛想を尽かした友だちが「あの人たち、頭良すぎてアホなんじゃない?」
平坦な言葉で真理を突いている!と感心してしまった。
そして、その後もその類の出来事を目にするたび「頭良すぎてアホ・・・なるほど」と思ってしまう
回路ができてしまった、笑。なんでそんなことが多くなってしまったんだろう?
把握しきれない小さな小さな目には見えない複雑なさまざまが混ざり合ってバランスをとりながら
命は生かされて続いている。簡単なモノサシで優劣を決めてしまうのは、なにか策略があってのことで、
本来は産まれたものに人間が決められる不要な命などきっとない。
それでも何年もそんな価値観の中ににいると、見事なマインドコントロールで骨の髄まで勘違いのままか、
あるいは逆にリミッターを作って・・・早めにそこから外れた人が豊かな可能性を広げられるように思う。
ところで人のからだでいえば植物の根っこにあたるのは小腸にある絨毛だそうだ。
実はここで血液もできている、と考えた方がいろいろなことに合点がいく。腸造血説だ。
その説でなら癌も「不治の病」ではなく「命を救う為に起こる自然作用」というふうに病気の捉え方も
今までとは違うものに変わる、とてもあっさりと。
でも今はまだ骨髄造血説の時代(?)なので、この説の正しさが広まるにはあと少し時間がかかりそう。
こういうことも時期がくればコンクリートの隙間からでも草花が芽を出すように表に見えてくるんだろうと思う。
しかし、コンクリート文明強し!
自然よ負けないでー!