中間報告

1月後半から始まった改修工事。

気がつけばもう4月に入りました。

 

「何ができるの?」

「いつ完成?」

 

よく聞かれるのですが、とりあえず今はまだお店のトナリはこんな感じ。

現場を見ていると、むかし、私がちょうど今の娘の歳だった頃、

当時住んでいた団地から数キロ離れた土地に両親が家を新築していて

小学校から帰ってくると自転車に乗って大工さんの仕事を見に行っていたのを思い出します。

 

道具を使って、どんどん大きなものができてくる様子がたまらなくおもしろかった。

家が完成してしまった時には、もう見れないのか・・・と悲しくなってしまったほどに、笑。

 

その家の設計は父が考えていたので、その様子をみていたら自分にもできそうな気がして

小学生だったのに、家の図面を来る日も来る日も描いていた。楽しかったなー。

全然、飽きるということがなかった。

 

そして今もその延長線上にいるような日々。

幼い頃に夢中になることって、なにか将来を暗示していたりしするものですね。

娘はまた私と違って、作業を見学するよりは、大工さんたちに出す(そして自分のおやつでもある)

お茶菓子作りに夢中。抹茶クッキー、どら焼き、小豆寒天など。

 

 

そして当時、図面を描いていただけの頃と違うのは、それが「本当に」できあがっていくこと。

 

それは幸せなことでもあるけれど、いろんな意味でドキドキする。

ひとつは今、考えている図面でホントにいいのか、みたいなことだけど、

そういうのはつきものなので、考えられる範囲で判断していくしかないとして、

 

もう一つは6年前に原発事故でお店や、そこでの暮らしを失った経験をしているので

また同じようなことが起こったら嫌だなぁ、というトラウマ的なドキドキ。

 

経験してしまうと、そこの記憶から起こる感覚を乗り越えるのは、ほんとむずかしい。

無視するのも変だし、報道されない事実がいっぱいあることも知ってしまっているし、

でも経験したからこそ見える景色が財産だったりもするわけで。

 

此の期に及んで伊方原発も稼働させるらしいし、自分だけではどうにもならない要素を含んでいるので本当に困る。

まだまだ、この世の浄化には時間が必要みたいだ。

 

それもあって、新しいことをすることを決めるのに2年も要してしまった。

そんなこと言ってたら何もできないよ、ということなのだが、これから予想される乱世を想像してみたり、

自分の役割を考えたり、アタマの中の憶測や妄想はキリがない。

結局は腹をくくって、できることをするしかないんだけど。

 

というわけで、もう少し先になりますが「トナリの部屋」を使って新しいことが始められたら、と考えています。