魔女は修行に

「子どもが大きくなるのは早いよ!」と何人もの人に言われてきたけれど、確かに!

このまえ生まれたばかり、と思ったらもう家を出る決意を告げられた。

といっても学校の寮だけど。

しかも週4日だけど。

 

それでも、家族以外の人と暮らすという決意は半分、自立したようなもの。

子育て半分終了、の気分です(早い?)

 

魔女のキキも13歳で魔女の修行に出たことだし、同じ歳のウチの娘もそういう時期なんだなぁ、

と思って送り出すことにしました。生まれた時からほとんど毎日、一緒だったわけだけど、

こうやって少しずつ離れて行くのだから、今まで、東京で、アメリカで、那須で、福岡で、

とにかく一緒に過ごすこと食事することを最優先の13年にしておいてほんとうに良かった。

 

変わった親をもったために小さな頃から世間とのズレに苦労をさせたけど、

そんな運命をうまく生かして強く優しく成長して行って欲しいものです、

 

学校の成績なんて気にしなくていいから、とにかくおもしろい人になって欲しい。

自分の人生を自分で楽しくできる人に。

 

 

スウェーデンの児童文学のリンドグレーン原作の映画の中で、誰の言うことも聞かない

ロッタちゃんに近所のお菓子屋さんが「いつまでも、ずっと楽しい子でいるんだよー」と

別れを告げる場面がありますが、そんな気持ち。

 

リンドグレーンといえば、私の中の代表作は「やかまし村の子どもたち」。

最近、DVDを手に入れて、はじめて映画になったものを観たけど、スウェーデンのうつくしい風景、

やかまし村の人々の暮らしぶり(たぶん1930〜40年代のスウェーデンの田舎が舞台)にうっとり。

以前、偶然迷い込んだフィラデルフィアのアーミッシュの村の風景と暮らしに通じるものがありました。

 

親戚のおばさんの家に行くにも真冬でも馬車だったり、ヤギや豚を飼っていたり、

人の暮らしはこのくらいでいいんだよなぁ、という、現代のスピードやモノが溢れて、

忙しさに消耗している、という生活とは対極にあるような世界でした。

 

どうも心の奥底に、小さな頃に読んだり観たりしたこの「やかまし村の子どもたち」(50回は読んだ)、

毎週日曜日の夜6時から放映されていた「大草原の小さな家」の光景が染み込んでいる、

ということに気づいた次第です。

 

服装が、なんていうかホームスパンだった!笑

自分の趣味のルーツを知った気が。

 

かわいいけどタフな生地で、洗濯を繰り返して、ちょっとくらいシミができたり、

穴が開いたりしても、それでも好きで着やすいから着ちゃう服。

 

世の中にある服って、世間(男性)目線がどこかに入っていて、それは女性がこの世の中を

渡りやすくなる働きがあるのかも知れないけど、ホームスパンにはそれがないのが自由でいい。

 

誰かに好感をもってもらおう、という外側からカタチづくられたものではなく、まず自分の心をよろこばせる服。

自分が気持ちよく活動できて、たのしい日々を送れる。そこがまず大事、と思う人に通じる服なんだと思う。

 (だいたい、自分の感覚を大事にしなくて、誰かをしあわせになんかできないものね)

 

安くていっぱい売れる服を作ろうでなく、自分が気持ちよく着れるものを作ろう、というのももっともだし、

着ている人以上には目立たない、というところもいい。

 

決して安くはないから(でもブランドものと比べればリーズナブル)カンタンには買えないけど、

その分、大切にしようと思えるし、食べ物と一緒でいい素材のものをていねいに作った時の適正価格ってある。

5枚安い服を買うのなら、いいものを1枚手に入れたい。

1年で終わる服でなく、満足のいくものを5年着れば、一回ずつの満足感が高いぶんお得と思います。

 

 

・・・えっと、なんの話だったっけ?

 

そうだ、「やかまし村の子どもたち」「大草原の小さな家」「魔女の宅急便」などの影響は侮れない、

というのが本日のまとめ、ということで。