接客

人生の多くを接客業に費やしてきたわりに、今だに素人っぽい私がいうのもなんですが、

たまに外に出掛けてお客さん側になるといつもその辺が気になってしまう。

 

この間は結構たくさんのサンプルを1日で見た感じでおもしろかった。

よく行く博多のお店(食事をするところ)はいろんなバイトの人がいて、それだけでも飽きない。

 

向こうは覚えていなくても、こっちは結構覚えていて、前回はさりげない接客で、このくらいが

過剰でもなく、気が利かないわけでもなく、ちょうどいい、さすが中年!と思った女性が今回は

なぜか意地悪したいけどこれ以上したらダメだよね、というギリギリのラインを攻めていて

どうしたんだろうと思った。料理をサーブするときのお客さんを見る目つきはもはや人類を

憎んでいるかのようだったし、終わったお皿の下げ方も乱暴でタイミングも早過ぎた。

 

すべての態度が、今日の私は機嫌が悪いんだよ、余計な世話かけるなよ!という感じ。

きっと、初めてだったら私は何か言っていたかもしれないが、前回のちょうどいい接客もできる人、

というのを知っていたから、一人の人の仕事ぶりにこんなに波があるのか、とそっちにびっくりした。

 

ま、簡単に考えれば彼女の人生に腹の立つことが何か起こった後だったのだろう。

でも、不機嫌の連鎖は回しちゃいけない。

しかも仕事中というのは誰でも一応「プロ」なんだからさ。

 

こういう場面、実は東京ではよく遭遇する。

中年女性だけでなく、若い子でも、退職後再雇用されたようなおじさんでも。

 

遭遇する率が高いので、その悪い気をもらわない技術も東京に着地した途端に自然にオンになるくらい。

もちろん洗練された優れたサービスだってたくさん見れるし、気取らず、あたたかい感じの接客の

お店だってたくさんあります。

 

でも人口の分母が多い分、人ごみや渋滞や電磁波にやられていてか、自分の機嫌を立て直す

エネルギーが枯渇してしまったまま、それを撒き散らしている人間が多いのも東京。

 

別にこちらが喜ぶことを徹底的にするのが店の務めだとも思わないし、お客様は

神様ですみたいな考え方や態度も行き過ぎと思うし、反対にマニュアルそのまま(も多い!)も、

ならAIでいいじゃんと突っ込みたくなる。

 

でも、今日の一期一会の中で最低限の礼儀はあるし、引きずっている気持ちを「仕事っ!」と

切り替えた方が自分自身、気持ちいいと思うし、そのためにも仕事ってあるんじゃないか。

立場を利用した意地悪って、受ける側がとりあえず逃げられない分、どこか卑怯だよな〜。

 

それがとうとう博多にまできたと思ったら、ちょっと悲しかった。

博多はまだ人生の時間が楽しくて笑顔の人が多い都市だと思っていたのに〜。

 

でも、同じ日のその前に出会った人はトイレを掃除している時もレジを打っている時も周囲の

空気が明るくて、へんな時間に来ている子どもの相手も自然にしてくれて、最後までニコニコ

接してくれたし、お昼を食べたお店の人なんて仕事の内容がプロ過ぎて、もはや接客なんてどう

でもいいくらいに、出されたもの手間と味だけで総合点が100点を超えるようなお店だった。

そして、もちろんお客さんとも対等に人として接してくれて、それで十分!なのだ。

 

お店の可能性ってほんとう無限だし、その一つの接客もいろいろです。