最近、ブログの更新がないねー、と友だちからもメールがきたりしているのですが
なんたって、ほかにすることが多すぎて手が回らない日々です!
こんな自由にものが書ける場がありながらもったいない話。
プロだったら、いろいろな制約があったり、売れなくちゃ次がないし、と厳しい現実があり
そうでなければ、見てもらうために、あれこれ工夫をしたり、これまた大変だけど、
そのどちらでもなく、それでも毎日一定の数の人がチェックしてくれているのだから
少しは応えなくちゃ、と勝手に思っているのですが、なんたって休みがないのです!
それでも近況ついでに最近、感じていること(結局、書いてしまう)。
それは「歳をとることも案外、いいものだ」ということで、
なにがいいかって、若いときにはあった「欲」をどんどん手放せるようになるので
その分、自由になるんだ、ということに気づいたのです。
どんどん身軽になって、この先に最後は身一つで次に行ける道筋があるんだろうな
という光が見えてきたというか。
今の若い人は、私たちの時代とはちがう設定の上に生まれてきているので、
バブル時代のように浮かれていないし、あまり大きな欲望も持たず、修行系の努力もせず
初めから冷静に考えて事に当たるか、直感的に始めてしまうか、
だって、物心ついた時からパソコンがあり、スマホがあるんだものね。
でも、80年代に人生の一番エネルギーが溢れている時期を迎えた者としては
もっと元気だけど失敗も多くて、でも自分の足で情報を探して、旅行もいっぱいして
なんというか、もっと動きが大きかったような感じで、その分、希望や欲望も
いろいろだった気がするのです。
私など若い頃、あまり自分に制限もしていなかったので、人からなんと言われようと
やってみたいことは順番にやっていました。行きたいと思えば行き、試したいと
思えば試し、それでいつかは自分が生まれた街(当時は今ほどでなかった吉祥寺)に
ビルでも建てて、そこに住みながらビジネスでもするか!なんて妄想(迷走?)
していたこともありました(笑)他にも、さまざまな野望(?)を抱いたものです。
今、考えると、それも時代の空気から洗脳されていたところがあるのかもしれませんね。
だって、なんのために?だいたい、そんな生活、向いてそうで、実は向いていないもの!
というか、手法がちがうよ!と若い頃の自分に教えてあげたい、笑。
なんか大きなことをやってみたい、というのは若い頃、自分を探すために、
どこまでエクスパンドできるのか試めしてみたかったのかな。
それはそれでおもしろかったですし、それがあって今があるのは間違いないのでいいのです。
でも中年になってみると「それ、いらない」と思える事柄をどんどん捨てられるので
それはそれですばらしい!と思える。ギラギラ.ガツガツしなくても充分に楽しいし
おいしいし幸せだもの!という青い鳥がちゃんと見えてくる。
だからといって希望を失ったのでも、人生を諦めたのともちがう。
自分に必要なものと不必要なものが、もうほとんどわかってしまうちょうどいい心境というか。
こうでなければ、という頭が考えたり、世間の基準だったり、する幸せのイメージに
引っぱられない自分ができてしまっているから、そこはもう完全、無重力状態(笑)。
周囲のノイズや圧のなかで、この無重力状態を作り出せるというところが
歳を重ねる醍醐味なのかもしれません。
いや、もちろん小さな字が見えづらいとか、白髪が増えるとか、そういう変化もあるんですが、
それでも、その年齢なりのギフトって案外、用意されているんだな、と。
それを味わうためには、やっぱり健康が大事で、そこを死角にしたくないなとあらためて思います。
「健康」というのは思考が支離滅裂にならない土台です。
心身が辛い時って、感情も判断力も、その上ではじき出されるから、どうしてもあとで思うと、
なんか本来の自分じゃない。それが続くともうずっとボタンの掛け違いみたいな時間が続く。
(そうならない人は本当にスゴイ精神力だけど、でもやっぱりその無理があとあと響くような気がする)
それに、どーんなに何かに優れている人でも、その命の乗り物である心身の世話が他人任せというのは
エネルギーの供給を例えば電力会社にお任せで、値上げされても爆発して被爆させられても
文句もいえない、何もできない、という状態と似ていて、なんだか心許ない。
病名をつけられた途端に、選択肢を手放してしまうとか、ね。
いざとなった時に、薪に火をつけられたり、野草を料理できたり、小屋を作れたり、
そういうプリミティブな技術やアイデアがいつでも引き出せるトレーニングのように
自分自身の心身のケア、こうなった時はこういうふうにすれば元気になるとか、
体調の波にいちいち動揺することがないようにしておくこと、大事と思います。
できれば中毒性のないもので元気を取り戻せる(本来の自分に戻れる)というのが理想です。
砂糖、お酒、小麦、クスリなどは中毒性あり、ですが、それでもその質と量を自分仕様に
カスタマイズして摂れる、という知恵も長く生きて得られる知恵のかけら。
それには、あんまり我慢とかしない方がいいですよ。
気を遣ってもそこに愛がない人、いっぱいいるじゃないですか。
そんな気を遣うことよりも、自分の心に正直に行動することに心を費やした方がいいです。
たとえ、傍からなんといわれようともー。