問われているもの

ワクチンについての質問をよく受けます。

しかし、そもそも99.9%以上の日本人は

コロナが原因で亡くなったりしていないのに

そこで悩む理由はなんなのか?

まずはそこを考えた方がいいのでは。

 

0.1%未満の可能性で考えたら世の中には

コロナ以上に気をつけなければならないこと

ばっかりです。癌だって2人に1人の時代です。

 

厚労省は「新型コロナがあるという科学的根拠は

ないけれどあるものとして扱っている」そうです。

なんて、あやふや!笑

 

というか、マスコミとの温度差がすごい。

マスコミは何にコントロールされているのか

調べてみるといろんなことがわかります。

情報源をあちこちに持つことが今はとても大切。

 

PCR検査はコロナのために作られたわけではないし

検査方法は高確率でコロナ感染が見つかるように

設定されているのです。

 

しかも陽性=症状発生では決してありません。

菌やウィルスなどどこにでも誰にでもあって

それが悪さをするかしないかは

その人の体質と免疫力を含む土壌の問題であって

マスクや消毒の有無以上にそこで結果が変わるのは

少し考えれば当然わかる話。

 

気をつけるポイント(重心)が本当におかしい。

むしろマスクや消毒の有害性を問えない社会は

何かが麻痺していると思います。

 

 

あとは心の奥にある「恐れ」?

それが社会の雰囲気とともに立ち上ってきて

支配されてしまっているのかも知れません。

 

ワクチンを打たないと感染が怖い。

感染者が出たと言われるのが怖い。

人から非難されるのが怖い。

海外に行けなくなるかも知れないのが怖い。

でも打つのも副作用が怖い。

 

心に「恐れ」があると何でも怖くなります。

であれば、まずはそこが治癒されるべきところ。

 

 

もう一つの原因として 

日本の学校では自分で考える練習をほとんどしません。

人に「素直に」従う生徒を一生懸命に育てる。

そんな教育を何年も私たちは受けてきているので

自分の意見を人前で表すことに慣れていないのです。

 

波風立てず、権威には逆らわず、みんなが笑うときに笑い、

自分を下げて人と付き合うことが無難なんだよ、と。

そこに反する行動はなんだか理由はわからないけど

してはいけないことだと空気で教えられる。

 

それは日本で生きる手段なのかも知れませんが

時と場合によって使い分けできないと命や人生までも

奪われることに気づかないとダメです。

 

たとえ今、人にとやかく言われても自分が納得したことを

静かに貫いていれば共感してくれる人は必ずいます。

焦らないことです。

 

義務ばかり叩き込まれ、権利について学ぶ機会もなく

だから「人権」という概念もない。自分にも学校にも

職場にも政府にも人権意識が抜けているまま

上の方で何かが決められ、それに従ってばかりいる。

だから自己評価もいつまでも低いまま。

 

失敗を恐れず、まずは自分の頭とハートで考えてみましょう。

失敗しちゃいけないというのも間違った教育の成果です。

失敗のない人生なんてあり得ないじゃないですか。

 

批判を避けてばかりだからいつまでも何かに怯え自信が持てない。

自信が持てないから人に正解だけを尋ねたり権力に従ってしまう。

 

ワクチンをどうするか?という問題はさりげなく

健康観や人生観や価値観まで問われているのです。