心は自由に、優先事項は足元に

考えてみたらコロナが騒がれはじめて、もう1年半以上が

経っている。100年前のスペイン風邪の時は収束まで

3年かかったらしいからまだ半分?・・・飽きちゃうね。

 

自分自身はコロナで何が変わったか?と思い返すと

じつはあまり変わっていない気もする。

子どもたちは学校に通っている分、文科省や学校の方針の

影響を受けてしまうので気の毒だと思うけれど、

私たちは必要でない限りマスクもしないし

もともと家の中で過ごすことが多かったこともある。

 

そして何よりコロナが話題になる前から両親のことで

忙しくなっていたことが大きい。

 

私の両親は東京でリタイアした後は田舎の別荘として使って

いた家に拠点を移して暮らしていた。高度経済成長を支えた

世代というのは老後になってやっと安心して自由な時間が

確保することができるようで、父母の60代、70代は、

その家を拠点にやりたかったことに次々と夢中になっていた。

それでも働きものの習慣はなくならないようで

仕事やボランティアのようなことも続けていたので

それなりに充実した20年くらいを過ごしたと思う。

 

しかし人は歳をとる。

だんだん2人だけの生活に不自由と心配の影が増えてきた。

初めての局面に本人たちも子どもたちも今ひとつピンと

きていないところもあって、あららーと思った時には

病気も進行していた。

 

4,5年前の大雪の時には自前のユンボーで雪かきをしていた

父があっという間に一人で歩けなくなったのには驚いた。

それでも「大丈夫!大丈夫!」と気持ちだけは前のまま。

本人は変わらず自立しているつもりなのに、側から見たら

非常に危なっかしく、でも手を貸そうとしたり引越しや

施設に移ることを提案してもあっさり断られて、

だからどうしたらいいのか?をいつも考えていた。

 

だから私のリアリティは断然、コロナよりそっちの方だった。

急な出来事が起こるたび1000km離れたところへ

(街でなかったことも幸い...)飛んで行った。

だから旅行に行きたいと思う余地もなかった。

 

子育ての始まりの3年にも似た時間だったなぁと今では思う。

必死過ぎて、過ぎてみれば一瞬にも感じるような濃い時間。

 

その後、父は亡くなり母は奇跡のように良い施設に出合い

そこで暮らすようになった。この度の注射を打たなかったのは

母だけらしいので肩身が狭いかな、と思うけれど一人一人の

選択を認めてくれる施設だったのと、そもそも本人も予防接種

は途中から子どもにも自分にも打たないと決めた人だったので

それで良かったと思う。

 

そして、今も両親の家の後片付けや名義変更などすることは

相変わらずあるのだけど、その一方でそこを一緒に乗り越えた

家族や弟夫婦とは信頼関係も増した気がするので

タイヘンだった分、いいこともあるのだ。

 

そしてブログでもたくさん書いた通り、両親のことが落ち着いた

あとは後手後手になっていたキッチン改装もあったので

ますます外の騒ぎよりもするべきことが他にある状態だった。

 

で、思うのはいくら報道でオリンピックだコロナだワクチンだ

と騒いでいても、自分の現実に優先事項があれば

いちいち惑わされることもないんだな、ということ。

 

忙しすぎて情報の真偽を調べる暇もなくなるのは良くないけど

世の中の騒動に巻き込まれるヒマもなかったのは幸いだった。

 

気になることがあったら納得できるところまで調べて

あとは自分のところに戻ってくるーこれがポイント!

 

ヒマでテレビをずーっと観ている。

これがきっと一番いけない。

 

しかも私にはクラシカルホメオパシーを学ぶ仲間もいる。

コロナやワクチンの副作用の対応も一通り勉強したし

毎日のように身近でレメディを摂った人のフィードバックも

聞けているし、その治癒の様子を共有できて幸せに思う。

  

今日は、こんなサイトを見ていた。

恒例の夏の旅行も行けなくなり、親のこともある世代。

友だちのおーなり由子ちゃんにもしばらく会えず

電話だとお互いに積もった話が多すぎて(笑)

 

でも、この絵を見ていて、何か情報が入ってきても

そこに自分が好きに描き加えて変えてもいいんだよと

言われているような明るい気持ちになりました。

 

いくら騒ぎが作られても、心は自由ですからね。