髪のはなし

10年くらいヘナを使って髪を染めていたのを

2年前から一切やめた。いつかやめたいと

思っていた時にちょうどコロナが騒がれ始めて

それですることが増えたこともあって時間節約

の意味もあって、いい機会と思ってやめた。

 

髪を染めることからいつか解放されたいとずっと

思っていて、白髪そのままの人が羨ましかった。

 

人の在り方に多様性のある街に比べて地方は

まだ白髪は染めるのが常識みたいな空気が強い。

そこに小さな風穴が開けたい気持ちもあった。

 

髪は身体のアンテナだ。

松果体も第三の眼と言われ気づきに欠かせない器官

といわれるけれど、髪の状態も精神に影響を与える。

 

一般にショートカットの人は決断や行動が早く

ロングヘアの人はゆっくりの傾向があったりするの

だって考えてみたら不思議なことだ。

 

僧呂が煩悩を断ち切るために剃髪したり

力士が髪を上で髪を結い全身の緊張感を保つのも

髪を使った精神的な効果と覚悟を表している。

 

そして、ずっと不思議だったのがいつの間にか

ヘアカラー人口がすごく増えたこと。

白髪がなくても、地毛でない色にすることが

30年くらい前から?急速に広がった気がする。

 

私も若い頃はパーマとヘアカラーを交互にしていた

時期もあってそれはそれで楽しかった。

 

やめたのは経皮毒の問題だけではない。

それならヘナは問題が少ないし、地肌に付けないように

染めるとか、できるだけ質のいいもの(あるのか?)

にするとか、少しでもマシな方法を見つけながら

すればいいかもしれないけど、自分の髪(アンテナ)に

何かを塗って鈍くなるのが嫌になったからである。

もともとファンデーションも使っていないのに

なぜ髪だけ?みたいなバランス感覚も働いていた

かも知れない。 

 

髪が痛むということはそれだけ「何か」から鈍感に

なってしまうことのように思う。

 

またヘンなこと言って、と思われるかもしれないが

感じてしまうものはしょうがない。黙っていても

いいけれど聞く耳を持ってくれる人には伝えたくて

書いている。

 

髪をケミカルなもので化学変化を起こすと

より物質世界で生きる傾向が強くなる気がする。

とくに女性の髪は優れたアンテナで、それが鈍く

なることは女性の知恵が家族や周囲に行き渡り

にくくなることにつながる。

 

石油系のシャンプーやコンディショナー、パーマ、

ヘアカラーなどを使った男性の被害は髪の傷みとか

肌荒れとかハゲることくらいだけど

女性の髪は子宮につながっている。

そして子宮は宇宙と通じている。

 

大事な髪に化学的物質を使うことが

おしゃれというイメージをつくられたのはなぜか。

 

地毛の色そのままでは物足りないとか恥ずかしい

という意識を感じたのはいつだったか。

 

自分じゃない何者かになれるような感覚は

自尊心の低さにつながっていないか。

 

ヘアカラーもパーマもお化粧の延長だったり

気分転換だったりするので全否定はしない。

とくに若いうちは添加物を多少食べたって

平気なようになんでも経験してみるのもいい。

 

そして人にはそれぞれ役割がある。

染めた髪、パーマをかけたヘアスタイルを

自己表現の手段にする人がいるのもわかる。

 

けれど大事なアンテナに余計なことをしている

意識は頭の片隅に置いておいた方がいいと思う。

わかってするのと知らずにするのは違うから。

 

見た目を整えることや清潔感は大事だけれど

ヘアカラーやパーマはそういう身だしなみとは

少し違う。そこも勘違いしない方がいい。

 

とくに自分の自然の力を生かしたいのであれば

髪(アンテナ)を素の状態にしてみる方がいい。

思いがけないことが受信できるようになる。

 

この2年でわかったのは髪のことは

口に入れるもの、肌に使うもの、5Gに気をつける

のと同じくらい大事だったということ。

 

まわりの高齢の女性を見てもどっちが健康そうか

観察してみるとよくわかる。

 

これで私の野生化はさらに進み、ますます街受け

しなくなるかもしれないけど、この清々しさは

とうぶん手放せそうにない。