誤解

この人生、誤解されることしかなかったとすら

思うことがある。でも自分も含めて、人は自分が

見たいものしか見ていないのだから仕方がないと

この年齢になって達観しつつある。

歳を重ねるのはこんな時いいことだ。

 

ところで、おくなが屋を運営していてよく受ける

誤解は

 ・玄米菜食をしている(またはベジタリアン)

・子どもには決してジャンクフードは食べさせない

・病院に行かない(西洋医学拒否)

・なんでもホメオパシーで対応している

というものだろう。

 

もちろん否定はしない。

部分的にはその通りだから。

でも違うともいえるし説明がむずかしい。

 

けれど、もっともよくないことと思うのは

 

・大切なことを形骸化してしまうこと

(=形だけ真似ればいいと思い込むこと)

 

・人を精神的に囲い込むこと

(子どもが考えたり失敗する権利を奪うこと)

 

・世の中、正誤だけではないこと

(それに物事の正しさは常に変わる)

 

・信じたまま懐疑することをやめること

(成長が止まる)

 

だと思っているので、そう言い切られそうになると

「ぜんぜん違うよ!」と返したくなってしまう。

それでまた新しい誤解が生じたりして(笑)

 

まあ、他愛ない会話なら別にいいのだけど

たまにモンダイだなと思うのは、それで正解を

もらった気になってしまわれることだ。

 

肉は食べずに玄米を食べなければいけない。

子どもにはどんなことがあってもジャンクフードは

食べさせてはならない。現代医学の病院には決して

行かず、クスリも決して飲ませない。ワクチンなんて

論外である。そこから外れたことがあろうものなら

お店の敷居などまたがせない!みたいな(笑)

 

最近は髪についても書いたから「パーマ・ヘアカラー

禁止が正解」も加わってしまったかも知れない。笑

 

でももし、そこをクリアしている自負がある人だけが

来るお店になってしまったら、すごく選民意識のある

エゴの強いエネルギーで店内が充満するだろうなぁ。

 

ちなみに「意識高い系」というフレーズも、なんじゃ、

それって気がします。SDなんとか、とか笑。

 

もういいたい放題ですが、とにかく何でも他人に

正解を求めて自分では何一つ疑わず調べもせず

いつまでも自分の軸をつくる気がないという態度が

一番よくない。だから簡単に今のようになるのだ。

 

本を読んだり勉強して自分の体験と照らし合わせて

いくことでしか真実にはたどり着けないと思います。

 

若いほど失敗したり間違ったり権利はあるし、そこを

奪われたまま成長すると、大人になってからより大きな

失敗や間違いを結局は通過することになるのです。

 

意外と思われるかもしれませんが、オクナガ家では

9歳くらいまでは、親の考える献立を与えていたし

学校の牛乳を断わるということもしていましたが

それ以降は基本、自由です。親の見解は伝えるけれど

制約はしない方がいいと思っているので。

 

家族といえど体質に合う食事内容は一人一人違う。

人の言うことに従う人になって欲しいのではなく自らの

勘を養い頭で考えて取捨選択する人になって欲しいから。

 

そういうふうに育った人が多くなれば、今のような

「竹槍でB-29を倒す」みたいなバカバカしい全体主義に

簡単に陥ることもないのかなと思うのです。