読書月間

最近は本ばかり読んでいる。

できるだけクーラーが直撃しない

自然の風が通り抜ける場所で

本の内容に没頭する幸せったら!

 

今月(先月だったかな)は新しいApple製品

2台の買い替えがあり、それらをスムーズに

使えるようにするために慣れないことを

あれこれしなければならなかった。

便利なものは便利にするまでが不便である。

 

読書の世界へ行ったのは、その反動のせい。

あとはこれからやってくるであろう大変化の

前にいろいろとサーチしたい気分もあった。

 

何か大きく動くときは体力とともに

アタマとココロの準備も必要なんである。

 

本を読むということは一時的な擬似体験と

そこから導き出された仮説を得ることだ。

 

行動制限がかけられている時期のぴったりな

過ごし方とも言える(?)

 

それでこの2、3ヶ月は今まであまり興味のなかった

経済がテーマのものまでAmazonに勧められる

(のにも最近は慣れてきてしまった)中から

ピンときたものを読みあさっている。

 

 

経済の崩壊はほぼ確実に起こる。

これは専門家に共通している認識だ。

株価だけが吊り上がる今の経済の正体はバブルだから。

 

金融資産など何も持っていないので大きな影響は受けない

とも思うが、これだけ経済中心にすべてが動いている時代。

そこが崩れた時の社会的な変容具合は想像するだけで

すごいものがある。

 

コロナ騒動など、それに比べたらまだまだ軽い準備体操

くらいのもので、社会的混乱の本番はこれから。

だから、そのシュミレーションも兼ねている。

 

間違いなく言えるのは、これからは固定化された価値観に

囚われず変化を受け入れていく能力が必須ということ。

 

近い将来、都市信仰は終わり、今までの半分の職業が消え、

消費者という立場だけでは生き残れない世の中がやってくる。

 

財産についても今までは貯金、株、土地、金などが

経済的に安定をもたらすとされたけれども、

国の経済が破綻した場合、それらは法律が変われば

高い税率がかけられ没収だってあり得る「モノ」にすぎない。

 

学歴。資格。肩書。所属。

これらも中身のないものは消滅する。

 

さて、ではどうするか?

そこをよく考えておかなければならない。

 

本の中の擬似体験をひと巡りしてページを閉じた後に

現実の見え方が変わっている、というのも読書の楽しみである。

 

 

 

 

 

 

外からの情報、何を信じる?

コロナのことあって、なんとなくわかったことがある。

 

昔はテレビと新聞というマスコミが主な情報源だったのが

インターネットが使われるようになった頃から

どこで情報を得るか?というのが

世代や地域や所属している場所によって大きく変わる。

 

これは考えてみたらパラレルワールド発祥のモト!

なのかも知れない、ということ。

 

おおまかに分けると高齢者はやはり慣れている

テレビや新聞を拠り所にしている人が多い。

だからコロナウィルスの流行だ、マスクだ、と

言われたら一応、そこに焦点を合わせた行動をとる。

 

仕事でどこかに所属している人も、その年代の人が

トップだとそのあたりを遵守させられる。

 

自営業やフリーの人はもう少し自由なので

ネットや知り合いを通じて情報収集する傾向が強い。

そうすると政府はあんなふうに言っているけど実は...

という情報をたくさん目にすることになる。

 

大手から出版される本なども制約があるから

肝心なところをボカされたりするけれど、

ネット上ではけっこう書けるので

どれもが良心的で正しいとは限らないけれど

わかる人にはわかる世界。

 

だからコロナに対しての反応の違いは

情報源の違いも大きい。

 

先日、京都まで出かけて2日間滞在したけれど

私はもちろん一度もマスクをしませんでした。

 

ウィルスを撒き散らしていいと思ったわけでなく

今の状況ではとくに必要ないと思ったからです。

 

マスクをしている95%の人の中にも

本当はしなくてもいいと感じているけど

まわりに心配させないようにしている、

という人も多いんじゃないでしょうか。

 

本気で心配な人や、人目が気になる人はすればいいと

思いますが、無理することはないと思います。

 

とくにこれからは暑い日が続くので

マスクを無理につけていての体調不良の方が

コロナのリスクよりずっと高くなりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

8周年

今月でおくなが屋8周年、お陰さまでもうすぐ9年目が

始まります。もう8年?まだ8年?

しかしこのような辺鄙な場所でよく続けられたものです。

まあ、豆岳には負けるけど〜(笑)

 

しかし今や店は人口密度の多い場所でするものという

セオリーもすっかり過去のものとなりそうな勢い。

本当、ものごとなんて一瞬先はわからない。

これからお店の形態はどんなものになっていくのでしょう?

 

よしもとばななさんが「地域のお店は毛細血管のようなもの」

と書いていて深く同感したけれど、楽しくやっている

個人商店はまだまだ増えていって欲しいと切に願っている。

 

そうでないと大型資本のどこにでもあるお店ばっかりって

つまらない。安さや商品数が多いのは便利かもしれない

けれどマニュアルでない動きを見せてくれるお店のドアを

開けるワクワクはまったく別の楽しみだから。

 

おくなが屋を始めたときは10年は続けたいと思ったので

そこまであと2年。このコロナ騒動から幕を開けた世界が

果たしてどんなふうに移り変わって行くのかわからない

けれど、でも臨機応変に何か続けていくつもりです。

 

 

このブログもまる8年続けてきましたが(読んでいただき

ありがとうございます◯)書きたいことは増えていくばかり。

お会いしたこともないのにていねいに感想を送ってくれたり

する方もいたりして、お店を作ったことがモノを売るだけ

ではない可能性をうれしく思ったりしています。

 

それでもHPで一般公開というのは意外に書き控えてしまうこと

も、じつは多々あって、それは別にいい印象を残したいとか

そういうことでなく、やはりテーマがお店の内容とあまり

かけ離れたものはどうなのか?と思ってしまったり。

 

そう、基本的にブログのテーマというのは日々のお客さんとの

やりとりの中で生まれてきたものなのです。最近、こういう

相談が多いな、とか聞いた情報で私が心動いたものとか。

 

でもあまり長いものは読みづらいだろうと省略したり

そのなかで不本意に誰かを傷つけたり、誤解されたりするのを

防ぐことは必要という判断だったり。

 

そもそも誰の目にも入る前提という設定が内容を無難なもの

に(これで?)にしてしまうのではと(自分の能力をを棚に

上げて)思ってしまうわけです。

 それが8年も経つとですね、少ーしずつ溜まってくるのです。

コロナ以外のことだって書きたいぜ、とか(笑)

 

最近はそんなお店と離れた場所で、もう少し自由に

さらに一歩、踏み込んだことでも読みたいと思ってくれる方が

数十人いてくれたら、そこで書くのも楽しそうだな〜、

なんて妄想をしています。

 

これからは今までのお店の在り方の常識も変わっていくし、

何もかもがリセットされるような局面で、youtubeのように

何か表現したい人が好きに表現するとうスタイルはきっと

残っていく思うのです。

  

どんなカタチになろうともこれからも小さな船を漕ぐように、

あるいは空を自由に飛ぶ鳥のように活動していきたいです。

 

 

 

 

 

また遊ぼうね〜!

先日、家族でひさしぶりに友人の家に行きました。

自粛ムードで控えていたわけでもなく

ただ忙しくて気がついたらひさしぶりだったんですが。

 

そしてやっぱり人は一緒におしゃべりしたり食事したりする

時間がないと何かが不足していくんだ、と思いました。

家族でもいいのですが、他者と交わるのが必要なのです。

水溜りの水は腐るのに流れている水は腐らないのと似ている。

 

その日は気がついたら3家族とも関東からの移住組。

きっかけはそれぞれですが、3家族とも街での暮らしや

海外での暮らしも経験して今は地方の田舎に暮らしている。

 

それで移住当時の苦労話なんかも話題になったりしたのですが

当時は結構、堪えていただろうことも数年経って人に話すと

すっかり笑い話になっている。

 

きっと、それも自分の中でただ思い出すより、そうやって

何となくその状況が理解できるような仲間に話すことで

何かを手放して(話すは放すに通じる?)

自然と消化している。(消化は昇華に通じる?)

そして聞いている方も、耳から疑似体験をすることで

似た経験に対しての免疫をつけている。

これ、まさに同種療法の一端を経験しているような感じ。

 

なんども大爆笑しているうちに免疫がつくなんて

やたらに自粛していたら起こらない作用です。

 

見えはしないけど、菌レベルでも同じようなことが起きている

可能性だってある。たとえばお互いの作ったものを食べることで

違う菌を取り込んだりしていて、それが自分の体の中で

バランスをとり一種類の菌やウィルスが暴れるのを

将来的に防いでくれることになる、とか。

 

日常生活を無菌、無ウィルスで過ごすなんて不可能だし、

それで免疫が強くなることはあり得ないですから。

 

 

だったら、外出を自粛したり、人との距離を2mあけてウィルスから

逃げ続けたつもりになるより、元気な人はどんどん笑いあえる人と

会って一緒に過ごす方が結果的に免疫力が上がるだろうし

早く抗体をつけられていいのでは?

 

子ども同士も学校が休みに入って以来に一緒に遊べたのがすごく

楽しかったようで、帰り際はみんな笑顔で清々しい顔をして

「また、遊ぼうね〜!」と言いあっていました。

 

 

 

 

 

 

誰も守ってくれない

今回のコロナ騒動でもよくよくわかったことだけれど

もの世の中でなにが起こっても自分を守るのは自分しかない。

 

今までしばらく続いた世の中では親や学校や上司が言うことを

素直に聞いていれば何かが保証されているような錯覚があった

けれど、それが錯覚だったということがこんなにもハッキリ

わかるチャンスはないと思う。

 

目覚めましょう!

 

本質からズレまくっているのに「やってる感」だけが

目立つウィルス対策の数々に、

 

・本気で効き目があると思って従う人、

・何も考えず言われたから従っている人

・社会生活上、仕方なく従う人

 

で8〜9割、占められているんじゃないだろうか?

3番目の人は機会さえあれば脱出するでしょうが。

 

自粛もマスクも抗体をつけるのを先延ばしにしているだけで

根本の解決にもなっていないことをどうして要請する側は

ちゃんと言わないのでしょう?行き過ぎた対策の害の方が

もはや大きくなりそうな勢いだというのに。

 

まるで誰もが基礎疾患を持ち、免疫力もなく、感染したら

死の淵を彷徨ってしまう病気のごとく、イメージばかり先行して

あれこれ「上」からの要請を聞かなければならないなんて。

ホントにそんなニュースにも飽きてくる(怒!)

 

インフルエンザ患者の方がずっと多いし(一説には1000倍です)

喉に何かを詰まらせて亡くなる人の数の方がコロナで亡くなる人

より多くても、でもそれでお餅の購入が自主規制されるなんて

ことはないし、結局、食べる人は自己責任で食べる。

 

それがコロナだけ特別扱い。社会全体がコロナ恐怖症に陥ってる、

その影響の方がずっと困った問題と思う。

 

殺菌剤の使い過ぎとか、余計にウィルス暴れるよ。

そんなことも説明なしに、強い殺菌剤を配りまくるのって

農作物に殺虫剤,撒くのと同じ。

 

酵母菌や乳酸菌など人に有益な菌も全部まとめても殺す

から呼吸器や腸内細菌のバランスもどんどん崩れてしまう。

 

そして、それが行き過ぎると、マスクをしていない人の

ことまで排除してもいいような脳みそができそう(怖!)

 

だいたい、悪者は外側にいる、という発想がおかしい。

それを防ぐのも外側からのアプローチが必要という論理。

 

強力な殺菌剤、クスリ、ワクチン。

そんなものしたら余計、自分は弱るのに。

 

100年前のスペイン風邪で亡くなったのもそういう人が

ほとんどだったそうです。

 

マスク+ヘルメットの前にあるようなの(名前がわからない

けど)それをつけて学校再開って、学校で働く人も保護者も

誰も「それ、おかしくないですか」って言えないのかな。

そんな場所で「教育」って何? お笑いにもならないよ。

 

自分を守るのは自分というのはウィルスに対してもだけど

誰かがかけた浅はかな号令に対して同じ方向を無批判に

向いてしまう社会からという意味も、です。

 

むかし、やんちゃだった芸能人も率先して「いい子」に

なるのはなんで?ホント、わからない・・・????

 

 

自分で調べたりせずに専門家を信じてしまうから?

自分の頭で考えるよりもそれがラクだから?

 

ほんとうに今はパラレルワールド。

ひたすらコロナを怖がりながら展開される世界と

風邪の一種でしょ、くらいの世界とが同時に存在している。

 

考えなきゃならないのは、

そんなフェイクな恐怖で覆われた世界を片側に置きながら

今後、起こることを切り抜けていく生き方。

 

何事も一度、疑って考えて「おかしくない?」と感じる感覚を

探求していかなきゃ、です。

 

 

こんな風邪一つ、安心してひけない社会こそ病んでいる....

と思うんですが。

 

 

 

 

 

 

シゴトは自分ゴト

インスタ @okunagayaorganics に書き始めたら

長くなってしまいそうだったので

こちらで続きを書くことに。

 

 

 

出会って20年にもなるhomspunの服が

今も大好きなのはなんでかな?という話。

 

結局は「どんな服を着たいか」というテーマを

自分の問題として服づくりをしているところに

共感するのだと思うのです。

 

例えば海外のデザイナーにとても好きな人がいても

そこに日本の企業がビジネスとして介入し展開すると

どうしてもコストやマーケッティングの要素が入り

魅力が薄まっていく気がすることがある。

 

品質を見て、一等地に会社や店を置く賃料や人件費、

そして広告費が値段に上乗せされてる...と感じたり(笑)。

それがビジネスだ、と言われたらそうなんですが。

 

そうやって売られる服にはどうしても他人軸が入る。

自分が着たい、よりも効率よくイメージよく売れることが

優先されるような。そしてそんな服は記号のように

名刺代わりな印象を与えることがある。

 

それも一つの服の消費のされ方なのかもしれないけれど、

そういうことがちょっと邪魔に感じる人も多い気がする。

 

着ていて、どこの服かということがその人より前に出て

しまうものもあまり好みでない。

 

服なんてまったく関心がない、興味がない、という人以外は

やっぱり自分を包むものにそれなりの思いや(あるいは計算?)

があって、そこに余計な評価をかぶせられるのはちょっと面倒、

みたいな。

 

・・・ただ等身大のものが着たいだけなんだな!

 

今でもたまに言われるけれど、自然食屋というだけで着るもの

はすべてオーガニックコットンかフェアトレード、草木染め、

冷えとりスタイル、特別な時は個人作家の服みたいなイメージ。

もしくは環境を考えているパタゴニアとか。

 

そうじゃなきゃ、おかしいくらいに見られることもある(笑)

そんな時、人はわかりやすいカテゴライズが好きなんだなぁ、

と思う。

 

私は冷えとりはするけど、いわゆる冷えとりのイメージの

服装ではない(つもり)。でもそれの何が問題なんだ?

 

使われる素材がすべてオーガニックになることは間違いなく

すばらしいことだけど、今すべてをそうすることの不自然さ

も一方であるのが現実の段階だ。

 

例えば、オーガニック素材は当然まだまだ少ないから輸送時に

環境に与える負荷とか。それはフェアトレードにも言える。

 

順番からいったらまず身体のコンディションに直結する食べ物、

それから肌(や粘膜に)直接触れるもの。その辺から変えていく

のが妥当で、今のところ服は国内産の知っている人が作っている

自然素材のものを買うというのが、もっともシンプルでフェアな

買い物だろうと思う。

 

話を戻すと、 どんなシゴトでも「自分ゴト」として取り組めば

矛盾が少なくなり楽しくなるのでなないか、ということを

言いたかったのです。

 

お店もそう。

本当は好きでない、あまり売りたくないけど、今はこういう

ものが売れるし、利益も出るから、というものが並ぶと

店の空気が濁るのは自分の内面を通していないか、

または葛藤が出ているからだと思う。

 

これは絶対いいものだから利益がないけど置こう、という

商品ばかりにしたら潰れるけれど(気をつけましょう!笑)

矜持を忘れた頃に目的と手段を取り違えてしまう。

 

自分だったらどんなお店で買い物をしたいのか?がまず大事。

 

シゴトは目的でなく手段。

自己表現もしくはお金を稼ぐ一つの方法。

 

これからシゴトのあり方もどんどん変わっていくと思うけれど

自分だったらそこに何を求めるか?ということを忘れずに

取り組めば、それは誰にとっても自分のシゴトになるのだろう

と思うわけで、それがhomspunが20年もいい意味で変わらず

続いている理由なんだろうと想像しています。

 

 

やっぱりポケットは両側についていた方がいい。

洗濯を繰り返して1年もしないうちにヨレヨレになる

素材は悲しい。

デザイナーの個性が着る人の個性を超えるのは

ちょっと恥ずかしい。

シンプルならいいってもんじゃない、ひとさじ何か欲しい。

着ていて負荷を感じない、無理がない。

気分がいい、気持ちが整う、一人でいても人に会ってもOK。

自分のアイデアより、ちょっと上(もしくは先)、

それを着る楽しさ。

 

そして、この服が生産されることで搾取されている人がいない

というのも気持ちの隅で罪悪感を持たなくていいポイント。

 

例えば、そういう自分の求めるものを一つずつ解決していく

ものを作っていったら、そこに絶対、共感する人が現れる。

潜在意識では繋がっているといいますしね!

 

 

服や店だけではなく、どんなこともまず自分がいいと思える、

納得できるように、自分の問題として取り組むのが

正直なシゴトにつながって支持されていくのだと思います。

 

 

 

 

 

寄付のご報告

先月のレメディー講座で「参加費の代わりに」という

呼びかけに応じてくれた方たちからの寄付金も含め、

「ホメオパシー・フォー・ヘルス・イン・アフリカ」

という団体へ本日、200ドルを寄付しました。

 

 

 

Homeopathy for  Health in Africa はアフリカで発生する

エイズをはじめとするあらゆる感染症の治療のために

19のクリニックが11年続けている無料奉仕の活動です。

 

今までに1万5千人以上の患者さんをホメオパシーで

治癒してきた実績があり、そこで集められた知見が

シェアされることにより、世界中のホメオパスたちを

通じて次の治療にフィードバックされるという循環を

生んでいます。

 

今回の新型コロナに対する治療法や、この感染症を通して

世界で起きていることを私もこの活動から学びました。

 

その一部は講座でもお伝えしていて

お陰で参加している方は誰も恐怖に陥ることなく

過ごすことができているのでは、と思います。

 

今、このような社会状況の中で何ができるか?

と考えた時

 

地球上で最も困っている場所の一つで

自分が納得できる根本治療を施している団体に

寄付する、ということを思いつきました。

 

小さなお店でも個人でもできることとして

これからも継続的に行っていくつもりです。

ご協力いただいた方、ありがとうございました。

 

今後も講座の参加費の一部と

今回、特別に送っていただいた松本箒の売上げの

一部はこちらの団体へ寄付させていただきます。

 

もし、賛同していただける方がいましたら

 

金額は問いません、声をかけていただければ

一緒に責任を持って送らせていただきます。

 

アメリカの医師が記者会見

コロナ閉鎖は今すぐ解除すべき

アメリカの医師が記者会見で理論より事実と主張

 

 

日本が理論でグイグイ政策が決められてしまうのは

新型コロナが感染症二類にされてしまっているから。

 

そこから外して新しい分類にすれば

もっと柔軟な対策が取れるそうです。

 

硬直化した今の社会の病巣がコロナで表面化していて

むしろ、コロナをきっかけに精神にダメージを受ける

人の数の方が多くなりそうな気配。

 

こういう時、いつも思うのは天災より人災の側面が

実は大きいということです。

 

 

 

 

 

 

報道

もう私が書かなくたって先生がちゃんと書いてくれている。

もう読んだ方もいるかと思いますが・・・

 

報道の在り方

 

 

コロナ報道の不自然さに気づく人が少しでも増えますように!

 

 

 

 

 

新型コロナの目的

今回の新型コロナウィルス騒動の目的は

 

人々を怯えさせて思考を止めること。

強制的にワクチン接種を義務付けること。

経済崩壊の責任をコロナウィルスにすること。

だいたい、まとめるとこの3つかな。

 

それでも世の中にはいい芽も出てきている。

そっちに乗っかるためにも

まずは「恐れ」から自由になる方法を模索する。

アビガンやワクチンで解決するという考えを疑う。

 

数字やデータなど、どうにでも操作可能です。

(放射能の時でもおなじみですね)

 

そして

 

ウィルスも病気もすべて外因。

治る方法も外側から与えられるもの。

 

ではなく、すべて自分の中にあるものと考えてみる。

現代医学はその根底が違います。

根底が違うので、いつまでもガンやウィルスにお手上げなのです。

 

でも、気づいているドクターや専門家も増えています。

少し前だったら黙殺されていたような人たちが

タイミングをみて発言し始めている。

 

 

 

ビタミンCの投与を勧めていますが、これもまずは自分でできることを。

柿茶(無農薬・無化学肥料でないとダメ)、野草、野菜や果物(同)

には自然のビタミンCがたくさん含まれています。

化学合成されたビタミンCは害でしかないので気をつけましょう。

(表示にはただビタミンCと書かれていても)

 

あとは自分がどちらを選ぶか。

奴隷のように言われるままに生き延びるのか

あるいは痛みが伴っても真実に基づいた新しい世界を選ぶのか。

 

最終的にはそこかな、という気がします。

 

 

 

 

 

資本主義の終わりへ

今日の、ニューヨーク原油先物取引で史上初めての

マイナス(!)というニュース。歴史的です。

 

インディアンの教えに逆らい、地球の地下資源を

掘り出し、その権利をベースに続いていた現代の

資本主義の根幹が揺れだしています。

 

今まで石油の奪い合いで戦ってきた人間社会。

原油発掘の権利を持つものが富み、その利権で

経済の序列が生まれ、収奪システムが作動した

石油文明ともいえるような資本主義。

 

それがロックダウンや外出自粛で人の活動が減り

なんと原油が「供給過剰」になってしまった。

 

なんだか歴史的な分岐点に立ち会っているような

妙なワクワク感...!

 

一方で今回の新型コロナの特徴的なのは

 

・副鼻腔がいっぱいで爆発しそう

・食欲減退

・味覚・嗅覚の喪失

・咳が出ても痰が出せない

・息を吐いても吸うことが困難

・肺が粘膜でいっぱいいっぱい

・酸素すら入らない

・内側の激しい怒り

・人間関係の分断

 

そんな症状をまとめると

内側に充満しすぎてもう何も入れられない。

放出したいけど困難、もう無理!という状態。

 

まるで資本主義に傾きすぎた現代人の状態そのままに

「供給過剰」を処理できなくて悪化する流行病です。

 

 

世の中では断捨離やこんまりがブームになるほどに

モノが溢れ、食糧難と食品ロスが同時に問題になり、

空き家が増えているのにマンションも売れ残り、

100円ショップには大量の安物で溢れ・・・。

 

今、活動を抑えられてみると多くの人が当然のように

繰り返してきた移動や買い物が、本当にそれほど必要

だったのか?と問い始めているのではないでしょうか。

 

人間の活動が減った分、環境は掃除されてきています。

PM2.5だって飛んでこない。

 

 

すでにコロナ関連のフェイクニュースや

供給過多に気づき始めた人も増えています。

 

右も左も供給過剰。

いっぱいいっぱいになってしまった現代人。

 

「もとの生活に戻れるように今は我慢」

「ワクチンが開発されるまでは自粛を続ける」

 

とあちこちで言われているけれども

どうもそこが着地点だとは思えません。

 

今まで続いたAというマインドセット(または社会の

仕組み)で生まれてきた問題に、同じAという

マインドセットでは解決できないのです。

 

 

もし一時期、解決したかのように見えても、いずれ

また同じ質の問題がサイズが大きくなって戻ってくる。

 

次元をあげなきゃ解決しない。

 

振り返って、もとの生活は本当に良かったのかと考えれば

(表に出さなかったかも知れないけれど)個人レベルでも

社会レベルでも意外に深い困った問題がいろいろあったはず。

 

菌やウィルスと戦う、やっつける、撲滅するいう解決方法は

持続可能な方法か?と考えると、どうもそうではなさそう。

 

そういうことに意識の奥では気づきながら見て見ぬ振り?

でもとりあえずは怖いから...と蓋をしてきた。

 

それが溜まりに溜まって、今、吹き出してきているのです。

今まで先延ばしにしていた問題をもうスルーできない時期

に来ているのでは?と思います。

 

 

だから、今できることは、問題(ウィルス)を生んだ仕組みを

超える新しい価値観や、新しい仕組みにつながる暮らしを

考えていくこと。ちょっと思い切った行動でも、できること

からどんどん移行していくことでは、と思います。

 

もとの生活から変わりたくないと固まるのはエゴのようなもの。

そのエゴが生み出した問題に私たちは今、ぶち当たっている。

 

今は自粛ではなく、新しいマインドと仕組みを構築するための

与えられた時間と受け取った方がいい気がします。

 

縮こまったり、固まっている場合ではありません!

 

 

 

 

 

 

 

コロナ〜復習と対策〜

世界でNTDs(感染症:寄生虫による熱帯病)に

感染している人は10億人

日本で昨年から今年までにインフルエンザに

感染した人は347万人

インフルで亡くなった人7万人弱

精神疾患を患っている人は500万人

精神疾患で死亡した人は3万人以上

遺書のあった自殺も2万人以上 

                  

コロナ感染者・・・1万人

コロナで亡くなった人・・・148人(4月中旬)

 

交通事故死は毎年3〜4千人  

 

なぜかコロナだけが騒がれる。

 

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コロナでの入院率。

10歳未満0%、70歳代で6.6%、80歳代で18.4%

 

コロナでの致死率。

50歳代までは1%未満、80歳代で7.8%

 

- - - - -

 

コロナで重症化のリスクが高いのは

 

・70歳代以上

・男性

・持病持ち

・喫煙者

・肥満

・生活習慣の乱れていた人

 

当てはまる人は気をつけるべき。

 

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タバコの吸い過ぎ

お酒の飲み過ぎ

肉や加工肉の食べ過ぎ

ジャンクフードの食べ過ぎ

野菜・果実の摂取不足

 

など体に悪いとわかっていても続けた人も怖がるべき。

重症化を防ぎたいと思ったら今からでも変えるべき。

 

 - - - - -

 

喫煙についてはニコチンの害と、もう一つ。

心臓の鼓動と呼吸は大宇宙のリズムと見事に照応している。

それが喫煙によって鼓動を速めることで

このバランスを崩し生のリズムを壊してしまうこと。

 

百害あって一利なしだったら誰も吸わない(気がする)。

何かストレス解消だったり、深呼吸の代わりだったりする

のかもしれないけれど、今回のウィルス感染の症状は

肺が致命的になるので気をつけるに越したことない。

 

 - - - - -

 

マスクもレジ前のビニールも2mの距離も虚弱体質の人に

無駄にうつさないということではいいことと思います。

 

でも、集団感染を引き延ばしているだけ、とも言える。

今の対策ではその先にまた流行の山がくるはず。

その間にアビガンやワクチンを摂取した人数が増えれば

未来はさらに重症化する人が増える。

 

さらっと感染して軽症で終わる健康な人が増えないと

本当の終息はないのでは?

 

 - - - - -

 

ウィルスより怖いのは無知とパニック。

それが集合意識になることの方がはるかに怖い(*⁰▿⁰*)

 

 - - - - -

 

冷静でいることの大切さ。

報道を鵜呑みにしない。

テレビを無駄に見ない。

大きなスポンサーのついた情報。

スポンサーから嫌われない言動が前提の出演者。

それこそが禍?!

 

 - - - - -

 

今まで蓋をされていた人の本質が現れやすい時。

そういう雰囲気に負けないようにするためにも

敬愛する森井啓二先生のオススメの生活を参考に。

 

肉体的に:深い呼吸、日光浴、少食、正しい食事、

     適度な運動、自然の中に入る

精神的に:瞑想、祈り、物事を清らかな目で見る、

     清らかな行為をする

 

こっちの方が心穏やかに幸せにいられそうですよね。

 

 

 

 

                       

感染症対策で1番だいじなこと

コロナ騒動が止まりません。

けれど報道されるのはどうやってウィルスから

自分を守るか?という観点ばっかり。

 

マスクをする。人との距離をとる。

休校や外出自粛。休業や営業短縮。

でもそれだけで解決するものなのでしょーか?

 

もっと本当の原因を考えなければ、新しい

ウィルスが登場するたびに永遠に怯えながら

暮らさなければならないではないですか。

 

3密っていいますが、人同志は交わらないと生きて

いけません。家の中で家族で過ごせばすぐに「密」です。

どう考えても持続可能な解決方法とは思えない。

  

そういうマインドで解決しようとすると

少し前に流行ったO-157ではカイワレ大根が悪者にされ

鳥インフルエンザの時は鳥が悪いと殺し、

豚インフルエンザで豚を殺し...。

 

じつは今も、ある国ではコロナに罹患した人間を

そんなふうにしてしまう計画が進行中とか(!!!)

 

行き着く先は防護服着て無菌状態の中で一人暮らし?

 

そう、結局「悪者(原因)は外側にいる」。

そういう思想から抜けられていないですよね。

 

その考え方では永遠に解決していかないことに

なぜ気づかないのでしょーか?

 

ワクチンだって開発されたところで効くのは一時期。

あとで罹った場合はもっとひどくなる可能性が

非常に高いという時限爆弾のようなもの。

永続的ではない。

 

今、推奨され行われている対策というのは

ほとんどが「とりあえず」の方法か、

または2番目以降に大事な対策ばかりなのです。

 

 

人間はもともと菌だらけの存在です。

一説では9割以上が菌ともいわれています。

 

その中には都合のいい「善玉菌」や都合の悪い「悪玉菌」も

いるし、名前のついていない菌だっている。それらの菌が

人知れず役割を持ち共存することで成り立っている。

 

だから、すべての菌を殺してしまうケミカルな除菌剤の

多用も結局はその共存環境を破壊してしまい、そこに

一種類の菌やウィルスが入ってきた時に暴走させる

土壌を作っているともいえるのです。

 

感染症の原因になる微生物が体内に入ったとしましょう。

それでも自覚症状がなく終わるケースと発症するケースと

何が違うのでしょうか?

 

新型コロナウィルスに触れても自覚症状もなく抗体がつく

身体と、重症化してしまう身体は何が違うのでしょうか?

 

それは細胞の「膜」がしっかりしているかどーかの違いです。

細胞膜がしっかりしていれば悪さをしようと侵入してきた

微生物があっても細胞を守ることができます。

 

とくにウィルスは単独で生きることのできる細胞と違い、

細菌と比べて10〜100分の1という小さい存在で

単独では生きていくことが出来ない。

 

だから細胞膜を壊して細胞の中に侵入し、その中に

あるタンパク質などを利用して増殖していく特徴があります。

 

そうやって破壊された細胞の数が一定数を超えると

目に見える症状が現れて、例えば新型コロナウィルスに

罹ったといわれることになります。

 

ところで。

今の状況を普通に考えたら、もうすでにほとんどの人が

新型コロナウィルスに触れていると私は思います。

山のなかで一人暮らし周囲数キロに人がいないとか

特殊な環境でない限り2m距離を取ったところで

完全に守れるとは思えません。

 

空気は切れないし、ウィルスにとっては平日も休日も

行政区分もぜんぶ人工的な都合、関係ない。

 

福岡県が危なくて大分県は大丈夫ってこともないですよね?

築上郡はどっちに入るか?なんてウィルスが

考えるとは思えない、笑。

 

それよりも気温や湿度やミネラルバランス、他の菌との

拮抗といった自然環境の方が関係するのはあたりまえ...。

 

するべきことは自分たちの細胞膜を健全に保つことです。

細胞を作る血液をきれいにするしかないじゃないですか。

血液をきれいにするにはミネラルをしっかり取ること。

その中でもとくにカルシウム。

 

自然(循環)農法でも土の中にカルシウムが足りないと

作物はうまく育たず、ダメになります。しかも石由来の

ものではなく、草木が作り出したカルシウムでないと

作物には吸収されません。

 

化学肥料でも育つじゃないか、と思うかも知れませんが

化学合成したものが含まれた土壌からは亜硝酸対窒素と

いう猛毒は発生しています。そのニオイに微生物や虫が

寄ってくる(まるで人間を救うかのように!)

その様子を見た人間は今度は農薬を撒きます。

 

この構図は、体内の土壌やが汚れている身体のまま

クスリや除菌剤や抗生剤に頼るのと似ていませんか?

 

人の細胞も同じなのです。

草木由来のカルシウムが不足すると細胞膜が壊れやすくなり

その壊れた細胞膜を食べる為に菌が発生します。

菌は悪者ではないのです。 

 

そう、菌は理由があって「発生する」。

ここがポイントです。

 

おそらく、無駄に生まれる菌はないのかも知れません。

人間がわかっていないだけで。

 

だから都合の悪い菌やウィルスの増殖や侵入を防ぎたかったら

細胞膜を健康に保つことが要で、それにはミネラルが必須なの

です。

 

90種類以上あるといわれる微量のミネラルを

自然の配合でブレンドし凝縮させた「自然海塩」。

光合成して育った「お米や野菜」。

 

 そういうものを普段から食べていれば怖がることも

ないですし、マスクの何倍もの予防になるでしょう。

 

逆に、細胞膜を弱らせるものは化学合成品すべて。

(だからサプリメントも安いのはダメ)

化学肥料で育った作物もミネラルを欠乏させます。

 

 

カルシウムを溶かす白砂糖、合成甘味料。

乳製品も体内のカルシウムに吸着して外にだす

働きがあるので要注意。人間には母乳です、

牛乳ではないですよ。

 

普段、罪悪感のあるものを食べているほど潜在意識は

騙せないですから、今のような状況の中では当然、

恐怖心がわいてきます。恐怖のバイブレーションは

体内のウィルスを変異させるエネルギーもあるようです。

 

だから感染症を予防したかったら、今からでも

 

・自然海塩(を使った調味料や漬け物)

・無化学肥料のお米・野菜

・野草

・海藻

・発酵食品

 

を中心にした食事でしっかりミネラルを摂って

(そうすると、心も安定します!)

 

・ジャンクフード

・化学塩

・白砂糖

・合成甘味料

・化学肥料で育ったもの

 

などミネラルを減らすものをできるだけ避ける。

そして強い電磁波を受けないように工夫する。

 

それが予防生活の基本であり

最初に考えなくてはならない大事なことです。

 

細胞が健康だったらコロナが陽性になっても

決して重症にはならずに抗体がつくはず。

 

というわけで原因は外側にあるのではなくて

自分の内側にある。ウィルスは強いていえば誘因。

感染者(他人)のせいにしちゃダメですよ。

 

家族の細胞膜の質は食事を作る人が選べる

つまり自分たちでハンドル操作可能。

 

そう考えれば、それほどビクビクせずに

ほとんどの人は普通の生活を送れるのでは

ないでしょうか?

 

 

 

 

 

 

セルフケア

 

大きな報道ばかりを見ていると不安になる今日この頃。

とはいえ今までテレビを観ることが習慣になっていたら

こういう時に突然テレビから離れるのもかえって不安が

増してしまうのかも?

 

それでも、一度、テレビを見ない生活をしてみると

あれ?と思うほど自分の時間が戻ってきます。

 

大きく報道される内容に対しても距離ができて

俯瞰して眺められるようになってきます。

 

好きな番組だけ予約録画しておくなどして、

テレビに人生を奪われませんように!

 

テレビと新聞を主な情報源にしていると知らず知らずの

うちに感情や思考をものの見方をコントロールされがち。

 

それ以外にも情報源をもちましょう。

急がば回れ。

くだらない情報番組を観るくらいなら、いい本や音楽に

触れる時間を持つ方がよほど本質的なことに近づきます。

 

そして自分の直観や経験と照らし合わせて、失敗しても

いいから自分のことくらいは主体的に決めていきましょう。

 

いいな、と思える新しいものを加える前に不要なものを

手放す、または掃除(クレンジング)してから始める。

 

それがセルフケアの一歩です。

 

 

 

 

 

 

市民レポーター

大きなメディアの流したニュースの現場に

翌日、市民がレポーターとして真偽を

確認に行くというアメリカの動画。

 

 

こういうのを観るともう何が本当かわからない。

911の時も311の時もそうだったことを思い出す。

 

 

そして新型インフルエンザといってもよかった感染症に

今回は新型コロナウィルスと固有の名前をつけたこと。

 

通常のインフルエンザの流行の時以上に感染者の詳細や

感染経路や死者数をことこまかに報道していること。

 

PCR検査だって不完全なのに、どうやって感染症&肺炎

全体の中からどこまでを新型コロナとカウントするのか?

 

など、謎がいろいろ。

 

新型コロナウィルスがないと言っているわけではないですよ。

あるんだろうけど盛られすぎていないか?ということです。

 

ただ社会全体がパニックになっているだけなのか

何か意図があるのかわかりませんが、そんなことも

ふまえて落ち着いて行動していきたいですね。

 

 

 

 

 

 

医療崩壊?

今、このまま新型コロナの感染が広がると医療崩壊の

危機などと報道されていますが、日本では現代医学=

医療という前提が強過ぎるのではないでしょうか?

 

世界にはもっと多くの医療があり、西洋医学も含めて

その時にもっとも相応しいと思われる療法を使えば

そんな悲観的なことを考えなくてもすむはずです。

 

 

こちらはお隣の中国で漢方薬で90%以上の治癒率と

いう記事。今、この漢方薬は品薄状態だそうです。

 

他にも

これはホメオパシーと予防接種の中間にあるような方法。

通常のワクチンはその病原体以外に余計な物質が入り過ぎているので

デメリットがメリットを超えるというのが常識になりつつありますが

これは病原菌そのものをかなり薄めるだけだそうです。

ピュア?ですね。

 

そして、ホメオパシー予防:伝染病を防ぐために安全な選択 という記事。

 

そして、チャールズさん。

自宅での隔離生活中は感染後も健康状態を保ち公務を続けていたそうですが、

アーユルベーダーとホメオパシーで治療したことが公表されました。

 

 

右側はインド政府の伝統医療部門のAYUSH省が公表したもの。

インドのマタイ医師がチャーズルさんにホメオパシーを処方

したそうです。レメディーは何を使ったのかな?

 

またフランスでは85歳のおばあさんがコロナに感染した

夫を看病していたため、検査をしたところ

すでに抗体ができていたとか。

丈夫な人なら年齢に関係なく症状もでない。

 

今日もニュースでは感染者数が報道されていますが

ふつうに考えれば、もうすでに多くの人が感染している

と思うのが自然です。今までは検査を受けている分母が

少なかっただけで、検査を受けた人数が増えるほど

感染者数も増えるのはあたりまえです。

 

もう一つ、忘れちゃいけないのは戦争の時だって

911の時だって311の時だって

情報も数字も改ざんされていたということ。

 

政府やマスコミの基本体質は変わっていないわけです

から、そこからの情報ばかり見ているとどうしても

その思惑の中で右往左往することになりがちです。

 

 

まあ、とにかく。あとはできるだけ軽症ですむように

免疫力をあげることを考える段階です。

 

スウェーデンとデンマークはみんなでコロナに感染する

ことで免疫力をつけようという政策だそうです。

対策にも多様性がありますね。

 

一方、日本では人工肺の増産だ!ワクチンだ!クスリだ!

となぜか利権の絡むものばかり、笑。

 

高額な人工肺ですが、これは循環器系の医師が24時間、

付いていなくはならず、それで実際に助かる患者はたった

14%だそうで、コストのわりに治療実績が低すぎると

知り合いの産業医の方が嘆いていました。

 

その方は契約先に低コストで副作用もなく治療実績に

優れたホメオパシーを今回のコロナ騒動をきっかけに

紹介し始めています。

 

これからは日本でも、もっと多くの情報が共有できて

いくつかの療法から主体的に選べる時代がくるといいな

と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

笑いとかユーモアとか

ネットで見つけた動画に朝から大笑いしてしまいました。

笑うと免疫力もあがるので、これおすすめですー!

 

 

ウチの息子も安倍さんのマスク姿を見て

「これ、トモエダ(公立小学校)で給食配るときにするマスクだよ?」

と目がテンになっていました。子どもが見ても、やってる感満載?笑

 

 

それから今日は電磁波についての質問が多かったので

5Gについて詳しく知りたい方はこちらの動画がおすすめ。

 

 

人によって感受性の差はあると思いますが、対策するに越したことないですね。

スマートメーターも連絡すればすぐに取り外してもらえます。

 

それにしても・・・こんな時期は笑いやユーモアに救われますね。

 

 

 

 

 

森井啓二さんと辻井伸行さん

 

森井啓二さんのブログは先日も紹介したばかりですが

またいい記事をあげてくれました。森井啓二さんは

素直に「先生」と呼びたくなる。そんな一人です。

 

NTDs : 世界から無視される感染症

 

オリンピック延期と誰も言わない延期

 

そうだ、そうだ、こういうことです。

 

コロナばっかり虫眼鏡で拡大して恐怖心を煽る目的

ってなんなんでしょうか?マジメに世界政府(1%

の人間が99%の人間を支配するシステム)を作り

たいなんて思っているんでしょうか?

 

人間なんて長くても100年くらいしか生きないのに

巨万の富を独占したり、人から巧妙に搾取したいと

考える理由って何なんでしょうねー。

ほんとうにわからない・・・。

 

その中で安倍さんは操り人形役なんだから彼に何か

言ったところで状況が良くなることはないんですね。

 

そういう人物を総理大臣に選ぶ土壌が私たちの中に

あったわけですから、土壌改良からみんなで考えて

いかなければ第二の安倍さんが出てくるだけと思う。

 

現象をやっつけるのではなくて原因を見つめなければ。

 

今、一番困るのはまるで戦争に突入する時代のように

大多数と同じ気持ちで同じ行動をとるのが当然と

いう空気。

 

コロナという敵にみんなで勝とう!みたいな感情を

植えつけられること。

 

そうしない人を非国民のように扱いそうな勢いさえ。

 

新型コロナに感染しても8割の人は軽症〜中程度の症状

で回復します。残り2割が重症になり、その中の半分が

重篤な状況になる。致死率は4%くらい。

 

風邪やインフルに感染しても重症にならないように各自

気をつける、予防する。それでいいじゃないですか。

 

ウィルスだって私たちの一部。

安倍さんだって一恥部(と変換で出た、なぜ〜、笑)

 

 

心がザワザワした時には音楽がいいですね。

美しい世界も同時進行で存在しているって思えます。

 

5Gと新型コロナとアルミニウム

マスコミで話題にするにはタブーの電磁波問題ですが

この春から日本でも各キャリアから5Gという今まで以上

に「いつでもすぐ繋がる」サービスが開始されます。

 

けれど世界に先駆けて5Gが普及した地域ほど新型コロナ

の感染率が飛び抜けて高い、という情報もあります。

 

5Gは4Gと1つ違いですが通信速度が100倍になる分、

その電磁波の影響に警告が鳴らされています。

 

けれど、マスコミにとって通信関連会社は大スポンサー。

その事実を取り上げることはできません。

 

もう一つ、ワクチンの問題もあります。

ワクチンには防腐剤として水銀が含まれています。

体内に入った金属は電磁波を受動しやすくなります。

 

こんな動画があります。

約10分間。字幕付きです。

 

 

 

シュタイナーが1917年に書いた言葉。

「電気的な存在がなかった時代、大気に電気的影響が

渦巻いていなかった頃、人間でいることは容易かった。

それだけに今、とにかく人間でいるためには100年前と

比べてはるかに強く霊的能力を伸ばすことが必要である。」

 

霊的能力とはなんでしょうか?

どうやって伸ばすのでしょうか?

 

いつかブログに書いてみたいテーマですが、こういうこと

を書くとすぐに宗教からお誘いがかかるので面倒です(笑)

 

そういう枠から自由なところにいたいタイプですし

そこを足がかりにしなくても本来、誰もが自分を

超えた存在と繋がっているものです。

 

というわけで、この便利な世の中、

電磁波対策だけはした方がいいと思います。

 

 

 

 

 

平静にワクワクする妄想を

いよいよ、ロックダウン間近のような雰囲気ですが、

ほんの少し前まではロックダウン、オーバーシュート

などの言葉がこんなに頻繁に使われるようになること

を誰が想像したでしょう。もはや、本当のところは

誰にもわからない状況に見えます。

 

今まで講座に参加していただいた方やホメオパシーを

使っている方からコロナウィルスに使えるレメディー

の質問が届いています。

 

ホメオパシーは「病名」ではなく「症状」でみるという

特徴があるので新型コロナだとしても、その症状に合わ

せたレメディーを処方します。

 

キットの中では、今のところAco. Ars.Bry. Gels.が

候補のようです。

 

インフルエンザと同じ、もしくは似ていますね。

 

カリフォルニアに住む友人の情報だと、アメリカの

ドラッグストアやナチュラルマーケットの棚からは

これらのレメディーが消えたそうです!

 

一時期だとは思いますが、海外への注文も数の制限が

かかり、配送までの時間も普段の2倍近くの日数が

かかっている状況です。

 

 

それでも、大切なのは恐れないこと。

だって恐れてもいいこと1つもないですから。 

なるようにしかならないし、恐れを憤りにして

誰かを攻撃してもいいことないですもんね。

感情に支配されないレッスンです。

 

前にも書きましたが、病気とは本来の自分から

心身の状態が逸脱してしまっていること。

 

その逸脱の背中を押すのは「恐れ」で

前から引っ張っているのが、その人固有の「妄想」。

 

例えでいえば、

今回の報道を見ているうちに「恐れ」を抱いてしまう。

そのうち、いつか自分も感染するのではないか、

感染するととんでもないことが起こるのではないか、

仕事がなくなり破産するのではないか、

差別されたりするのではないか、

最悪、死ぬのではないか、

などという妄想がだんだん、心の中に増殖していく・・・

 

それが病気の始まりです。

そういう心の土壌が病気を呼びこみやすくする。

 

 

もしそうなったら、その時に対処を考えればいいこと。

それまでは何も起こっていないのです。

 

平静に、多少の備蓄をし、感染しても軽症ですむような

生活を心がける。つまり今まで肺炎やインフルを防ごう

とするのと、できることは変わりません。

 

首都封鎖や外出ができなくなるなどの環境は変わるかも

しれませんが、どちらにしても、先に心が「恐れ」に

支配されないようにしたいものですね!

 

マスクや消毒液は物理的なケアですが

より大事のはメンタルのケア。

 

楽しいことを考えて過ごしたり、この際、

いつかしようと思っていたことを始めてみるとか

生き方や仕事を見直してみたり、これをきっかけに

新しい自分を探してみるのもいいと思います。

同じ妄想なら、ワクワクする妄想を。

 

 

 

 

 

1984年

むかし、村上春樹の「1Q84」を読み終えた時に(他の

作品もそうだけど、)3日間くらい現実に戻って来れなく

なって、そしてこの小説の元になったのがジョージ・オー

ウェルの代表作「1984年」なんだと知った。

 

ジョージ・オーウェルはインド生まれのイギリスの作家。

ジョージ・オーウェルといえば、20代の時に「パリ・

ロンドン放浪記」という本を実際にパリとロンドンを

一人旅しながら読んだことがある。内容は暗くて重いん

だけどその中に大切な真理がポツンとあるような一冊。

若かったからこそのエネルギーで読めた気がする。

(もうあんな内向的な旅は一生できないー)

 

それからも彼の作品は順に読んでいった。

ヨーロッパの長い歴史から滲み出されるような陰りの

ある世界や人間社会の深い問題がテーマになっていて

知らなかった世界を味わった気がした。

 

「1984年」は世界政府によってあらゆる市民生活

が管理・監視下に置かれる様子を描いたストーリー。

 

こんな暮らし信じられない!あり得ない!という内容な

のだけど、現実の行く先感のような危うさが怖かった。

 

例えば、こんなシーン。

市民への言語統制が厳しくなり、使用できる言葉の数にまで

制約がかかり、毎週、使える言葉が減らされていった結果、

人々はだんだん思考というものができなくなる。自分でもの

を考えられなくなった市民たちというのは、まさに支配者た

ちの狙い通りという話。

 

先日、とうとうイギリスの元首相の口から「新型ウィルスに

対抗する為に世界政府を作ろう」という言葉が出たのを聞い

てびっくりした。

 

現実に?!

新型コロナ(人工)ウィルスの目的はこれだったの?!

 

そんなあまりにもわかりやすすぎることってあるんだろうか?

 

 でも、このインターネット時代、世界中のテロの自作自演

(怪我している人が同じ役者とか笑)ということも1日で

世界中に拡散してしまうので、かつてのように市民、国民

を騙すのもたいへん・・・なはず。

 

もし偽パンデミックだったとしても、ウィルスはすでに変異

してしまっているようで開発者の思惑はどこまでなのか。

 

すでにクスリとかワクチンでは対応できる範囲を超えてしまっ

ているようなので、あとは季節が変わり、湿度と温度が上がり

自然に鎮静していくのを待つしかない気もする。

 

どっちにしてもクスリは副作用が大きすぎるし、そのクスリが

出回ればまたそれに耐性のあるウィルスが必ず現れる。

 

新型コロナでなくても毎年、インフルや肺炎や亡くなる人は

一定数いるけれど、その中で新型コロナの割合って本当の

ところ、どのくらいなんだろう?

 

数字なんていくらでも改ざんできちゃうからなぁ。

福島原発の時のウソと隠蔽、ごまかしを繰り返すところや

森本事件の対応を見ていたらこんな時なにを信じて良いやら

と思ってしまう。

 

でも、そんな政治の人たちもこれからの地球の浄化のために

必要な役割なのかも。せめて、あんまり振り回されないよう

にしたいものです・・・。

 

 

 

 

 

 

細菌はどこからやってくる?

この時期だからこそ考えてみたい。

今はどこでもあたりまえのように「感染、感染」という

けれど、ウィルスや菌や真菌(カビ)は本当にどこから

かやって来るものなんだろうか?

 

外側から侵入してくる、というイメージがあるけれど今

まで出合った本なんかを読むと、ちょっと違う気がする。

 

そういう「外側に敵」というイメージを植えつけられ過ぎ

じゃないか。さっきの安倍さんの記者会見でも「われわれ

はコロナとの戦いに打ち勝つ、その証にオリンピックを」

とさかんに言っていたけど、そういうマインドを多くの人

に持ってもらうのが都合がいいだけなんじゃ?

 

腸内造血説を唱えた千島博士も、シュタイナーも、

マクロビオティックの創始者の桜沢如一さんも、

その継承者の久司道夫さんも、海外の科学者の研究も、

結局はみんな同じ方向のことを言っている。

 

もちろん違う説を説いている論文や著作はあって、

その大元は1859年にパスツールがバクテリアの自然発生を

否定したことに辿り着くらしい。パスツールがどんな人で

研究費の出所や、立場だっかたはわからないけど、その説

の上に現在の西欧医学が成り立っているために、ボタンの

掛け違いが起こっているのではないか。

 

だけど、自分の身近な経験ーアレルギーやガンが治る過程や、

夫のする畑や田んぼで作物が育つ様子を見ている経験に照ら

し合わせると自然発生という説の方がどうしてもしっくりく

るんである。

 

権威のあるものが常に正しいとは限らない。

 

 

 

 

要は菌は自然発生するのです。

微生物の働きで命が成り立っている以上、そのバランスは土壌

(体質)次第なところがある。除菌スプレーやマスクなどのア

イテムは表層的な問題だ。農業が土壌をよくすることが重要な

ように1種類の菌の暴走を止めるのは体質・体調を整えて免疫

力を上げるしかないー、と思うのはそのためです。

 

「バイキンの国探検」の中にはこんな一節がある。

 

 西洋医学でダメだから、今度は東洋医学に頼ろう。

すぐれた東洋医学の先生のところに行って治して

もらおうとか、ときには信仰にすがったり、祈祷師

に頼んだり、霊能者に献金をして頼む人もいます。

こうしたあり方も、結局は「健康を金で買いうると

思っている」からに変わりはありますまい。

 

 正食は、病気が自分の責任であることを自覚する

道です。自分の気まま、我がままが食べ物の正しい

とり方を誤ったのだから、まず自ら悔い(食い)改め、

生き方を変えることから始まるのです。

 

そのためには、むしろ好きな物を食べないように

しますし、玄米菜食を心がけて入念な噛み方に入

るのですから、お金はまったくいらないのです。

自分で自分の体を変えていく責任を果たす道です

から、自らに由る自由の道なのです。

 

いいかえれば責任とは自由の別名という事になります。

自由こそは責任そのものなのです。

 

でも、こういうのを読んで、すぐに玄米菜食をするのが

正しいと短絡的に捉えるのではなく、その奥にある意味

を掴んで、自分の生活に落とし込んで行くのが大事。

 

それぞれのバランスの中に正解はあると思うのであまり

固定化・形骸化して捉えない方がいいとは思います。

 

頭と体がバラバラ(本当はAが食べたいけれどこの病気

を治すにはBを食べなければならないから食べるなど)

だと、今食べるものに感謝もできないし、栄養にもなら

ない。だから結果も出なかったりして、そうすると、

玄米菜食の悪口を言っちゃったり(笑)

 

それは自分の責任(自由意志)でやっていない状態です。

 

大事なのは血液をきれいにするようなことを心掛けた

方がいいよ、免疫力は上がるよ、ということ。

 

その為の方法として、玄米菜食というのは古くから多くの

人を救ってきたという事実があって、じゃ自分も一度、

試してみようか。そんなことくらいで身体が変わるなんて

ありがたい。食べてみたら意外とおいしいじゃん!

気持ちも落ち着いてきた、便秘も治って頭も冴えてきた、

とかそんな感覚があれば続けたらいい。

 

 

植物の根と小腸の中の絨毛は同じ働きをしています。

土壌からミネラルを吸収して植物全体に行き渡らせる。

小腸からミネラルを吸収してからだ全体に行き渡らせる。

 

人体のなかではそれが血液になる。

血液は母乳になったり細胞になったりとすべての要。

 

すべての病気は血液の汚れから始まり、

それをコントロールしているのが日々の自分の選択だから、

その中で食事、習慣、考え方、ストレス、心の持ち方など

が総合的に関係するのは想像すれば誰にだってわかる。

 

その自分の責任(自由)を放棄したまま、病院やワクチンや

クスリに「敵」をやつけてもらおう、戦いに勝とうというの

は勘違いな妄想じゃないですかね??

 

「打ち勝った証としてのオリンピック」など言わずもがな。

なんのこっちゃ、ですね(爆!)

 

報道される言葉に誘導されないようにしましょう。

それはエネルギーを抜かれているのと同じ。

 

恐れと妄想が病気の状態を作ります。

病気は敵ではなく、自分の一部。

 

だから心の声を無視しないで踏みとどまってみる。

本当に怖いのはウィルスなのか、正体のない心の中の恐れなのか。

その為に、いい本を読んだり、経験を積むのは有効ですね。

 

 

 

 

 

 

 

新型コロナにまつわる情報あれこれ

コロナにまつわる情報です。

テレビや新聞では取り上げないタイプの情報なので

判断はお任せしますが、いろいろな角度から考える

材料にしていただければと思います。

 

もうご存知の方もいらっしゃると思いますが・・・

 

まず池田整治さん。

この方はサリン事件の時にも活躍された元自衛官。

表に出てこない情報に触れることができる立場から

さまざまなことを発信し続けています。

 

「新型コロナウィルス報道狂想曲」

 

要点をまとめると

◎米国では新型コロナ感染の約10倍のインフルエンザが

 流行中なのにほとんど報道されない。

 

◎コロナウィルスの構造が不自然。

 自然に発生する可能性は限りなく低い。

 

◎コロナに感染しても通常は風邪として自然治癒する。

 

◎抗体がうまく働かない場合は熱で死滅させるので

 風邪薬や解熱剤は逆効果。

 

◎経済至上主義の現代西欧医学でこの免疫力を評価しない

 のはワクチンやクスリでお金儲けをするため。

 

◎1918年にスペイン風邪が世界的に流行した時も破傷風など

 の予防ワクチンを接種していた兵士たちは免疫力が下がり

 風邪で亡くなり、しなかった人たちが助かった。

 

◎このような事実の都合のいいところだけを切り取り

 ワクチンを推奨する世界的規模の利益団体がいる。

 

◎中国武漢市でフランスの全面支援のもとでコロナウィルスの

 開発が行われた。

 

◎その一方でタミフルを製造する世界最大級の医薬品メーカー

 のロッシュはもうすぐ新型コロナのワクチンを開発する。

 

このようなマッチポンプから目覚めて今回の狂騒を最後に

愛の地球文明創成の道に転換しましょう。

 

ーということが書かれています。

 

 

そして、もう一人。

獣医でありホメオパスでもある森井先生のブログ。

 

ひかたま(光の魂たち)

 

医療、自然、動物について、いつも興味深い内容です。

 

今日のブログはチャールズ皇太子のコロナ感染について。

代々、ホメオパシー医療を受けている英国王室について。

 

新型コロナに関しての無料ウェブセミナーの案内もあります。

その治療について今、世界中で情報共有が進んでいて、日々

届くそのほとんどは英語ですが、今回のものは通訳つきです。

 

 

 

インドなどは貧しい人でもホメオパシー治療を無料で受ける

ことができる仕組みがあり、大学でホメオパシー医療を6年

間学んだ医師が午前中は無料奉仕、午後からは代金を支払え

る人の診療、と分けて治療にあたっていることがめずらしく

ありません。

 

イスラエルでも、スリランカでも、アルゼンチンなどでも

似たような仕組みがあるそうです。経済発展だけを良しと

してこなかった(できなかった?)国々で広まっているの

は安価で効果を感じるからでしょう。

 

貧富の差という問題はあるにせよ、本来の医療には差別は

ないはず。保険に入っていないと高度の治療が受けられな

いっていうのはどこかヘンだと思います。

 

動物実験も必要とせず、利権もなく、細胞レベルで根本から

その人全体を癒す。ホメオパシーに限らず、これからの世の

中ではそんな療法が広まって欲しいものです。

 

 

 

 

 

 

こんな時でも

世の中、慌ただしくなってきました。

こんな時ほど冷静になりたいものです。

 

深呼吸して、自分の中心を整えて、日々することを淡々と。

免疫力をあげるためにできることは沢山あります。

 

よく噛んで食べる。

唾液が魔法のように腸内環境を改善してくれます。

 

ストレスを溜めない。

この際、もう気の進まないことはなるべく手を引く。

自分に正直に。ストレスが減ると免疫もあがります。

 

お風呂でしっかり温まる。

この際、冷えとりもやってみる。

上半身と下半身の体温を揃えると免疫力は数倍アップします。

 

梅肉エキス、梅干し、味噌、塩、海藻も効果的です。

 

ある程度の備蓄をする。

イザということが起きても慌てずに済みます。

 

そして、こんな機会に自分の健康観を考えてみる。

何をもって「健康」なのか?

これ、意外と大事です。

 

何も症状が出ていない、出さないように抑えていれば健康ですか?

悪いものが溜まったときは湿疹や下痢や風邪などで出せたり、

悲しいときは涙を出したりできるのも健康のうちでは

ないでしょうか?

 

そう考えるとウィルスや癌細胞にも必要な働きがある、

とも考えられます。

 

一見、悪いことの反対側にはいいことも同じ分量だけ

隠れているのが陰陽の法則。

 

人間の活動が強制的にストップされた場所では

空気や水がどんどん浄化してきれいになっているそうです。

PM2.5が飛んで来ることだって減るかも知れません。

 

今まで人間がエゴいっぱいに他の動物の命や、土壌や、

川や海を汚してきたことへのツケがまわってきたのかも。

 

もう次の世界へ移行しようよ、という合図かも知れません。

どんな出来事も多面的に捉えてみれば感情に支配されたり

パニックにならずに行動できる気がします。

 

 

 

 

 

 

備蓄のすすめ

 

とうとうアメリカとイギリスもロックダウン(封鎖)が

始まり、大分でもクラスター(集団感染)がありました。

日本のロックダウンも近いかも知れません。

 

今週25日(水)は午前中に健康教室と、午後1時から

はフリマを予定していますが、聖火ランナースタートの

前日でもあるため、タイミングとしてはオリンピックの

中止や延期の発表がギリギリであるかも?

 

G7の中で唯一まだ封鎖が行われていない日本ですが

オリンピックを開催しなければ大きなツケを払うこと

になるため正確な感染者数を調べることが不都合だっ

ただけで、そのブレーキがなくなれば当然、他の国と

同じことが起こる可能性が高くなると思います。

 

 

今、世界のロックダウンの期間は2週間から一ヶ月。

ドイツでは場合によっては2年延長も視野に入れ始め

ています。

 

なので、日本もいつ行動が制限され人の移動だけでなく

物流も止まったら...?を想定して今のうちに揃えておく

べきものを備えることをおすすめします。

 

買い占めではなく備蓄。

買い占めは量が足りなくなることを恐れてのパニック的な行動

ですが、備蓄は一時期、今までのように手に入れられなくなる

可能性を考えて一定量を準備しておこうという冷静な行動です。

 

お店にも保存できる食料品を多めに揃えていきます。

お米、塩、味噌、醬油、乾物、瓶もの、缶詰、オーガニック

レトルト等。そんな時こそ、身体にいいものを!

 

生きる基本は衣・食・住。

備えあれば憂いなしです。

 

 

 

もし封鎖もなく、日本人には驚異的な免疫があり、感染も

止まればそれはそれでいいことですが、食糧の流通がいつ

止まってもいいような準備はこれからの世の中、必要です。

 

幸い、この辺りは農地があちこちにあるので作物はできますが

それぞれの事情に合わせて何がどれくらい必要か、シュミレー

ションしておくことをお勧めします。

 

 

今回は9年前の311の時のような限られた地域での出来事

ではありません。もっと広範囲で様々な影響が出てきます。

その結果、今までの優先順位や価値観が強制的にリセット

されて、考え直す場面に遭遇する人も増えてくるでしょう。

 

今までお店を支えてくださった方とのつながりを生かして

縁ある方とこの時期を乗り越えていけたらと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

直感で

何の為か、どんな責任感だか、ブログにはギリギリまで書くよ

うにしていますが、ここが誰でも自由にアクセスして読めると

いう場所である以上、いくらこんな隅っこの方でやっているブ

ログでも書ききれない内容もいっぱいありまして、さらに文章

力の問題もあって言葉だけでは伝えきれないこともあったりし

ますし知る準備ができていない方にはタイミングの問題もある。

 

そんなこともあってオクコトバ(お話会)やいろいろな講座を

始めて3年経ちました。この春からは4年目に入ります。

 

これから私たちは今まで経験したことのないような世界をくぐ

ることになると思います。こういうことを書くと予言ですか?

と訊かれたもするのですが(笑)どちらかというと勘です。

 

テレビや新聞などをあまり見ないかわりに少しリサーチ的なこ

とをします。その中で今までの経験に照らし合わせた時に「む

む」と引っかかることが出てくるんですね。

 

誰でも大なり小なり、そういうことってあると思いますが、不

自然なものをなるべく減らしつつ自由に生きているぶん、野生

の勘が発達するというのはあるかも知れません?

 

英語ではClairvoyanceというそうです。

英和辞典では透視、千里眼、霊媒力ともありますが、私の場合

はどちらかというと洞察力、直感的明智の方の意味です。

 

なんだかオカルトっぽく証明しにくいことなので、こういう事

を言うのは憚られる気もしますが、ホメオパシーのレメディー

を摂った時の反応も後押しして自覚するしかなくなりました。

 

運動神経のいい人がスポーツ選手になるように、

文章力に優れた人が書く仕事につくように、

絵が上手な人が画家になったり、

体力が人一倍ある人が肉体労働をしたり、

味覚に優れた人が料理人になったり、

優れた聴覚が音楽や語学に生かされたり

考える能力に優れた人が学者になったりするように、

人はやはり与えられた能力を使って自分のため、

周りのために何かしら表現しながら生きていく。

 

だとしたら私はまだまだ三流かも知れないけれどClairvoyance

を使わなければいけないのではないかと思うに至ったわけです。

 

 

人口の少ない地方に暮らしていると尚更、あるものを最大に生

かして生きていかないと!と思いますし。

 

そんなわけでして、春からの講座に「!」となった方はどうぞ

飛び込んでみてください。直感で動くというのも大事ですよ:)

 

 

 

 

 

あれから9年

311のことは度々ブログで触れてきたけれど、最近

やっとあの日とその後の日々のことをもう少し細かく

書いておこうかなと思えるようになりました。

 

不思議なのは、9年後の同じ時期に、見えないけど

健康を脅かすものに再び私たちが晒されているということ。

農薬とか添加物、電磁波、PM2.5など浴びて生活して

いるので今さらなんですが。

 

例えると終戦を迎えた時のような世の中の価値観の大転換

を味わったような9年前。消費者として資本主義を浴びて

育ってきた者にとって根底を揺さぶられたというか、

果てを見てしまった気がしました。

 

パン屋を一緒に手伝ってくれていて「姉妹?」お客さんにも

もよく訊かれた仲間を助けてもあげられず、それは今でも

染みのように残る残念な思い出。今でも人を雇うことを

しないのはその時のことがまだ自分の中で解消できて

いないというのもあると思う。もう、あんな不本意な

突然の別れ方をしたくない。

 

娘だって、すごく楽しみにしていた保育園の卒園式に

出させてあげれなくて、それも苦渋の決断でした。

 

それでも自分たちを被害者ではなく、無自覚の加担者だった

と思えたから復活できたのだと思う。加害者であれば他人に

期待するのではなく、自分たちが変わればいいんだから。

 

その辺はあまり単純な話ではないけれど、なんというか

加担している部分を見直す、というともっと近いかも?

そしてその捉え方はすべてに渡って正しかったと今は思って

います。そこを自覚してからはデモや裁判にかける時間が

あったら、その分、自分たちの生き方で表そうと思いました。

だからといってデモや裁判をダメと思っているわけではなく

役割分担として、私たちはこっちの表現方法をとっただけ。

 

ただ、当時の私たちはまだ若く、命は無事で実家の田畑も

残っていたという避難者です。

 

もっと大変な状況で被災した方たちはその後の9年をどんな

ふうに過ごしてきただろうと思うとなんともいえない気持ち

になります。

 

災害のショックはそれが過ぎてもボディブローのように心身に

響いてきます。その後にどんなに楽しい出来事が上塗りされて

も消しきれないものが奥の方に残ることも体験して初めて

知りました。

 

あとはそれをただのネガティブな記憶として放置するのでなく

その体験をいろんなカタチで生かすということでしか意味が

生まれない気がして、体験者としてはそこに勝たねばと日々

生きているのです。

 

311の起こる7ヶ月前の写真。

当日はこの建物が3回くらい大きく揺れて

(倒壊する〜、と思ったけど無事だった!)

前のアスファルトの道路も波のようにうねり電信柱まで

大きく揺れ、通行中の車は全部、路肩に止まった。

 

金曜日は地方発送の日で集荷の15時に間に合うように

ダンボールに注文のパンを詰めている作業中、震度6強

の揺れが来るたび、建物から外に出る。でも立っている

こともできず、しゃがみながら揺れが収まるのを待ち、

終わったかな、と思うとまた中に入って作業の続き。

 

震源地はどこだろう?と思っていました。

 

揺れがおさまって、お店を閉め苺パイ用の苺を仕入れに

自然栽培をしている農家さんのところへ寄って保育園へ

子どもを迎えに行き、帰りの車の中は苺が入ったパレット

数枚積んであって車内は春の甘い香りでいっぱい。

 

その夜からいろいろな情報が入り出す。

 

結局、放射能が漏れているらしいという情報があったため

パン屋の酵母つなぎを中断して、とりあえず距離を取ろう

と翌日、那須から両親が移住した山梨まで行くことに。

 

それが地震の翌日12日の午後3時。

出発を決めて身の回りのものだけをまとめて2時間後に出発。

それがそのまま帰れなくなるなど夢にも思わず。 

 

車の中では息子に授乳しながら、苺を食べていた。

苺パイにならなかったね、とか言いながら。

 

高速道路は緊急自動車しか使えなくなっていたのでひたすら

下道を走る。途中で給油。その頃はまだ普通に給油できたのに

1時間後にはガソリンスタンドへ行っても買えずもう動けない

と友人の電話で知る。それでもパチンコ屋さんの駐車場には

いつもと変わらない数の車がたくさん停まっていて、

なんだかその風景がものすごくシュールだった。

ここはあの揺れがなかったのかな?というくらい。

 

友だちや知り合いや親戚からも次々と電話がかかってくる。

 

夜、ライトのあたる日光東照宮などを通過。

ここはどうなるんだろう?と思いながら

やっぱりこれが現実なのか不思議な感覚。

 

娘は小学校入学のために悩んで決めた色のランドセルを

後ろの席で大事そうに抱きかかえている。

 

山梨に着いたのは夜中の1時半。

朝になると父親は確定申告の書類を揃えていて、その実際の

生活ぶりに、まだふつうの生活してる!とびっくり。

 

やっぱり、あの「揺れ」を味わって私たちは何かが開いて

いってしまったんだ...と悟る。ある力量で繰り返し揺らすと

いう作業は質を変容させるテクニックということは古くから

錬金術師の間でも知られているらしい。

 

もちろん、なんでも揺らせばいいわけじゃない。

現物質に何かが含まれていないと、たぶんダメ。

私たちに含まれていた成分は一体なんだったのだろう?

とにかく、それからの日々で大きな変容が広がって

いったのはまちがいないのだ。

 

 

 

 

 

名前に惑わされない

あちこちで新型ウィルスの話題が盛んです。

が、そもそも新型コロナウィルスって何なんでしょうか?

「新型コロナウィルス」と聞いて、ただ得体の知れない

ものを恐るというのは架空の、どこかから与えられた

恐怖な気がします。

 

あまり特有の病名を握りしめていいことはないー。

というのが今回の趣旨です(最初に言っておこう)。

 

ではなぜその病気の名称をつけるのか?というと

現代医学における標準治療を施すためという

理由が大きいと思います。

 

「標準治療」とは多くの臨床試験の結果をもとに

専門家が検討を行い、その専門家の間で最善であると

合意の得られた治療法のことです。通常の病院での

治療はその標準治療がガイドラインになっており

そのマニュアルに従っていれば、クスリの副作用に

苦しんでも麻酔が合わず死亡しても医師も病院も

罪に問われません。施す側は法的に守られている

からです。

 

ここでも標準治療という「名前」を聞いた時に浮かぶ

イメージはコロナという「名前」を聞いた時のように

詳しくはわからずとも何となく私たちには

そのイメージが与えられます。

 

標準というからには多くの人が納得している基準の治療、

だから保険もある程度きくだろうし、それなりに効果が

あるんだろう、などー。

 

でも、この時点で名称にカモフラージュされている問題を

遠くに置いてしまう。

 

◎遺伝、人種、体質、年齢、性別、性格、生活習慣など、

  様々なタイプの人たちをすべて一緒に一般化されて

 しまうこと

 

◎専門家はどうやって選ばれているか?

 臨床試験のスポンサーは?

 それらの要素によって臨床試験の結果の違いを

 査定する機関があるのか?

 

◎「標準治療」を行なったグループと行わなかったグループ

  の、その後の健康度の調査は行われているのか?

 

など、より本質に関わる部分が抜け落ちてしまう。

 つまり個別化の必要性、臨床試験の公平さ、実際の効果に

ついては問われません。だから高血圧の値を10変える

だけで製薬会社の利益の試算ができてしまう(!)

 

話をもとに戻すと、だから「名前」に惑わされないよう

「?」と思ったら、その内容をもっと解して捉える

というのが大切とおもいます。

 

「新型コロナウィルス肺炎」といっても、つまりは新しい

タイプの風邪ですよね。今まで風邪くらい医者に行かないで

寝て治すよ、という人にはそれと変わらないわけです。

インフルのワクチンやタミフルを使わない人にとっては

コロナのワクチンや抗ウィルス薬が開発されたところで

同じこと。

 

風邪やインフルで毎年、何人かが亡くなります。

(クスリやワクチンの副作用でなくなる人数とどちらが

多いか、という統計も公表されたことがないままですが)。

 

それと何が違うんですか?

すでにワクチンやクスリが開発されているインフルエンザで

亡くなっている人数の方が桁違いに多いという事実だって

忘れちゃいけません。

 

というわけで、ワクチンやクスリの役割についても再考する

時期だと思います。報道でも出ていましたが、すでに

「薬剤耐性菌に感染・国内で8千人以上死亡」しています。

現時点ではコロナよりはるかに多い。

 

菌類は私たちが使用しているワクチン・クスリに対して

どんどん耐性をつけてワクチン・クスリ自体を無効に

する力を得てしまっているのです。

 

人類は長い間、ウィルスに対して闘ってきました。

ガン細胞に対しても同様です。巨費を投じて分析、研究を

繰り返し法外な価格の抗がん剤を使用して闘い続けています。

にもかかわらずガンに罹患する人の数は以前よりも

増え続けています。

そして今回のように新型のウィルスが出現しますし

無名のウィルスだってこの世にはたくさんある。

 

そろそろボタンの掛け違いに気づく時が来ているのでは?

と思います。 今まで人類が自然を支配コントロールしよう

としたことへの因果応報がソフトな方法で返って来ることを

望んでも、そこへ追い討ちをかけるような「闘う」姿勢での

解決方法はさらなる全体の悪化を招くと思います。

 

一番、癒すべきところは自らの内側(裡)。

そこが完全に癒されたなら(まだ科学的に証明されてない

ことであっても)その在り方や流れが少しずつ周囲に

そして飛び越えた世界に影響していく。

 

敵は「闘う心」から生み出されます。

「闘う心」が癒され消え去った場所には敵は存在しません。

 

イメージに振り回されないよう、名前、名称、病名を

取り払って本質をみようとするところから恐怖心を

手放していきませんか?

 

命名された対象は一般化されたイメージ。

そこに飛びつくと自分もコントロールされやすくなる。

その名前でなく個別に特徴を捉える。

そうすると対応も自然に変わってきます。

 

命あるものはその循環の過程で必ず死ぬのです。

であれば、その命のある期間はその循環の中で生かされている

という生き方をした方がずっと平和

バタバタしなくてすみます。

 

それは別に今のテクノロジーを否定して原始的な生き方を

することではありません。循環する命に矛盾がないような

テクノロジーや治療法はたくさんあります。

それを使って快適な暮らしすればいいだけです。

闘い続けた内側の歪みは世代を超えて受け継がれます。

 

自然への畏怖の念を思い出すこと。

大いなるものへ委ねること。

 

そのレッスンをしていると思えばコロナウィルスも

ありがたい存在かも知れません。

 

 

 

 

 

 

ひっくりカエル

今年から少しずつ世の中がひっくり返って行くような出来事が増えそうな気がします。

オリンピック開催はできないと思う...と2年前に話した時は「そうかなぁ?」という

反応が返ってくることが多かったのですが、ほらほら。その可能性だって出てきたし。

 

IOC上級委員が「中止の公算が高い」

(元ネタのスペイン語の記事にはさらに詳しく出ています)

 

もう今までの、世界の富の半分をたった62人の人が握っているようなバランスを

生み出す収奪システムと、そこに目を向けないように人々の関心の矛先が常に

コントロールされて、気がつけばほとんどの人には毎日、必死に働いても

その働いた分の豊かな暮らしと本当のしあわせは手に入らない、

という世界は崩れて行く気がします。

 

その流れは、もし無理矢理オリンピックが開催されても変わらず

むしろ余計その反動で大変なことをくぐることになりそう。

 

年金の破綻や今までの仕事がなくなることも確実にあるだろうし、

預金封鎖、災害時などの道路封鎖だってあるかもしれない。

 

「浄化」には痛みや苦しみが伴うものです。

学校の価値、現代医療の真価、貨幣価値が問われても不思議はない。

 

こういう情報はコントロールされた報道や記事には決して出てこないけれど

出ていないからといって事実が無くなるわけではない...。

 

もう、まわりを見渡して多くの人とだいたい同じような行動をして

似たような価値観で生きていれば大丈夫!という幻想が崩れるという

ことを想像しておいた方がいい。同調は無用。

 

「権威」がなくなっても共倒れすることのないように

今、必要なこと(生活の糧を稼ぐとか)はこなしつつ

例えばもし突然お金の価値がなくなってもあまり変化なく

生きていけるような準備を考えてみるとか。

 

オリンピックなんて自分の生活と関係ないわ〜、と思っていても

見えないコロナウィルスがあちこちに大きな影響を及ぼしているように

この世に起こることに無関係な出来事なんてないのです。

 

アメリカのお金持ちって大邸宅の一部にシェルターを持っている人が

多いですよね。そういう家に遊びに行ったこともあって、

まあ、豪華な防空壕のようなスペースです。

 

でも、そういう自分だけが助かればいいような戦争や災害とは違う

もっと根本的な組み替えや選り分けが起こったとしたら

逃げ場は物理的な場所じゃなく、考え方や生き方を広げる方向にある。

その結果、住む場所を移動したり住み方を変えるというのはあると

思いますが、大事なのは「意識」を向ける方向です、よね?

 

 

 

 

 

 

 

ホメオパシーガイド

ここのところ、お問合わせが増えてきたのでまとめて書いておきます♪

レメディーキットを持っている方は参考にされてください。

 

まず、ホメオパシーではレメディーを選ぶのに「病名」ではなく「症状」をみます。

今回の新型ウィルスによる肺炎もどんな症状なのかがわかれば対応可能です。

恐がる必要はまったくありません。

 

現代医学では頭痛は頭痛薬、風邪には風邪薬、肺炎にはワクチンと病名に対して

症状を強制的に抑える手法をとりますが、それ以外の自然療法は免疫力をあげて

症状を緩和していくか、うまく通過させて本物の免疫をつける方法です。

 

ホメオパシーも同じです。

「その症状を起すものがその症状を癒すもの」という医学の父ヒポクラテスが

唱えて以来、その原理を元にして発展,確立した療法で、歴史上パンデミックには

もっとも効果があることが証明されているのは前のブログに書いた通り。

 

 

まだコロナウィルスによる肺炎の症状についての情報があまりないので特定はできませんが

世界のホメオパス(ホメオパシー治療家)たちの情報を集めると

 

かかり始め⇒ Acon.

空咳⇒ Bry.

衰弱⇒ Gels.

恐怖心⇒ Ars.

 

がおすすめされています。

風邪やインフルエンザと同じですね。

「新型」肺炎と言われるとなんだか得体の知れない怖さを感じますが

ホメオパシーはシンプル(&安価)です。これからさらに詳しく特有の症状が

わかってくればレメディー選びがもっと絞られてくるでしょう。

 

同時にこの中でご自分の全体像に近いものがあれば予防にも使うことができます。

ただし摂り過ぎには気をつけてください。

キットに中にある30Cを月に一度、摂るのがいいようです。

カモミールティーも飲み過ぎると興奮して眠れなくなるように

ある臨界点を超えると本来はなかった症状が現れてしまうことがあります。

 

もちろん、症状が現れるまで摂らないというのも全然アリです。

そもそもこの世には、すでにクスリの効かないウィルスはゴマンとありますし

コロナだってすでに拡散されているはずで、それでもかからない人はかからない。

 

ニュースや報道も一種のエネルギーです。

そのエネルギーを浴び続けるより距離を置いている方が罹患率は低いかも知れません。

世の中が騒がしいときほど、そこから距離を保ち自分のペースで過ごしたいものです。

 

地球上に幾億もある菌がバランスよくあればいいわけで、やたらに除菌に励むから

そこに強い菌がきたときに暴れてしまう。菌は適度にあった方がいいのです。 

 

一人一人が抵抗力・免疫力をつけるような生活習慣、ものの受け止め方考え方、

ストレスへの対応法などを整えていれば、流行病に限らず何が起こっても

ビクともしなくなっていくのがホメオパシーです。

 

ホメオパシーの健康観は病気の原因はウィルスなど外側になるものではなく

真の原因は私たち自身にその土壌があると考えます。

おそらく自然療法はホメオパシーに限らず同様でしょう。

 

「外側に敵がいる」という考え方はその先に戦争を感じさせます。

 

自然の摂理はそんなふうにできていないと思います。

そうではなくて私たちに病にかかりやすい土壌があるから感染するのです。

病気になるのが悪いと言っているわけではありません。必要があるから罹り

それを克服することで体質のカルマを消化するーというようなイメージです。

 

アトピーもウィルスも病気も何かのメッセージのようなもの。

肺炎のウィルスや花粉症の花粉やアトピーのアレルゲンは誘因に過ぎません。

そういう健康観が基本になっています。

 

 

 

 

 

 

パンデミック(流行病)

インド政府が新型コロナウィルスに対策としてホメオパシーを推奨する

という発表をしました。先進国と違って圧力も少ないんでしょうね...!

 

インドはかつてガンジーが「ホメオパシーを第一の医学とする」という

考えを示している国なのでホメオパシーを学べる大学や専門学校も多く

人々に広く使われています。

 

いわゆる先進国と違い経済の恩恵を受けにくい国であるということは

逆にあらゆる選択が経済効果を生むものばかりに偏らないという

メリットもあるということなのかも知れません。

 

安価で副作用のない誰でも利用できるホメオパシーは

経済的な大きな利益を生むことはないかわりに副作用や中毒性がないので

貧しいと思われている国こそ取り入れているケースが多いのです。

 

この国のマスコミからは恐怖心を煽るような報道が続いていますが

まず大切なのは冷静に考えてみることです。

 

人為的に作られた可能性が高いといわれている新型コロナウィルスは

自然発生したウィルスと比較すると拡散の過程で弱まって行く可能性も高い。

どちらにしてもパンデミック(世界的流行病)というのは発生直後が

もっとも死亡率が高いのです。

 

最近のSARSやMARSなどの感染も新型ウィルスのパンデミックでしたが

その時もマスクの売り切れが続出し、でも間もなく終息しました。

 

 

ホメオパシーの投与にはウィルスの種類は関係ありません。

特有の症状を見極めれば処方できます。

(家庭用キットの中にあるレメディーで対応可能です)

  

歴史的にもパンデミックが起こるたびにホメオパシーは証明されてきました。

 

約200年前 腸チフスが大流行した時。

一般の治療では致命的な病気でしたが

ホメオパシーの治療を受けた患者180人のうち178人が完治。

この事実によってホメオパシーは瞬く間に人々の間に広まります。

 

1831年のコレラの大流行でも

当時の一般治療で1501人中640人と42%死亡に対して

ホメオパシーの治療を受けた154人では6人と0.03%死亡。

 

ロシアでのコレラが大流行した時も

一般治療で死亡率60%以上に対してホメオパシーでは8%の死亡。

 

1878年の黄熱病の大流行の時も一般治療での死亡率50%に対して

ホメオパシーでは5%。

 

1919年に日本でも猛威をふるった新型インフルエンザ(スペイン風邪)では

日本でも人口5500万人に対して40万人が死亡したという記録があります。

 

対して、当時アメリカでは一般治療での死亡率は30〜60%だったのに対して

アメリカ各地でのホメオパシー治療を受けた人の死亡率は平均1%未満で

ほとんどの人が完治していました。

 

この治癒率はホメオパシーがその人の中に備わっている自然治癒力を

引き出す療法だからできることなのです。

 

医学の父、ヒポクラテスも「人の中に100人の名医がいる」と言ったとか。

ほんとうにその通りだと思います。

 

繰り返される報道の論調は

原因は外側からやって来て、それに対処するにはその原因を排除するしかない

=病気の原因も治癒も自分でコントロールするのは困難

=何か(マスクや消毒液やワクチンや政府の出すチャーター便)にすがらざろう得ない。

そんなマインドを作っていく方向に聞こえてなりません。

そんな人たちが増えれば支配者はラクですよね?!

 

どうか心も身体も搾取されませんように!

 

ホメオパシーではウィルスや癌細胞を「敵」と見なしません。

その人の中にあるバランスが崩れて現れた症状=自分の一部と考えて

そのバランスを戻す働きをするのがレメディーです。

 

ちなみに今回も一緒に学んでいる医療関係の方たちからの情報を

まとめるといくつかのレメディーが候補になっています。

そんな情報を持ち寄り、探求することに実はワクワクしている私・・・。

 

パンデミックも視点を変えれば、自然界のどこかにそんなウィルスや恐怖心に

いっぱいになった心を癒すものがあるということは素晴らしいことだと思うのです。

 

日本ではまだまだ偏見?圧力?もあって広まらないホメオパシーですが

まず癒されるべきはそんなモノの見方なのかも知れません。

すべては正体不明の恐れから派生している気がします。

 

 

 

 

 

 

マスク

昨日まで東京方面に出掛けていましたが

街や電車の中でマスクをしている人の

多さにびっくりしました。

 

人混みも多く、最近肺炎のニュースが多いせい?

とにかくマスク率が異様なくらいすごい(...)

 

人の免疫力が全体に下がっている?

潜在的な恐怖心も感じている人が増えている?

同じ場所に人が集中し過ぎている?

 

などいろいろ考えてしまいましたが

同行していた元気な娘ドラックストアの前で

「マスク買っとく?」というのでした。

 

なんか流行みたいなものなんですかねえ。

とりあえず、マスクしとく?みたいな。

(結局、買いませんでしたが。

お店に戻ればTAKEFUのマスクもあるし...)

 

 

そして、帰りの新幹線の中のニュースでは

豚コレラが発生した場合、周辺3キロの豚を

屠殺処分することになったとか。

 

ええーっ、ひどい!

 

それで、ははーんなるほど、と少しわかりました。 

要は「菌」に対しての認識がちょっと違う。

 

「菌」は感染する、と思われていますが

じつは自然発生するという説もあり

こちらが真実に近いと思うのです。

 

外側から守るより、まず内側の常在菌の質と

バランスを整えておく方がもっと重要ということ。

 

「原因」がないところに菌の異常発生はしない。

原因はその内側にあるものなのです。

 

そう考えればマスクも屠殺処分も

根本は解決していない対処法です。

 

でもマスクには自分の顔を半分隠すという役割もある。

有名人が気づかれないようにするために使ったり

素顔を隠したりすることにも使われるように。

 

などとマスク率の多さをいろいろ推察してしまうくらい

なんか現代社会はマスク着用がまるでデフォルトみたいです。

 

ずっと、そこにいたら自然で気づかないのかもしれないけれど

海外から来た人に、手術室の中にいる人が街中に出てきている

ように見える!と言われたこともありました。

 

もともとマスクって自分が弱っている時や

感染を予防したい時など、たまに使うモノだった。

 

今や、その状態が「普通」になってしまったのかもしれません。

がんばれ、現代人!

 

もっと(健康な)土に触れる暮らしをみんなができるようになると

何よりの予防になると思います。

 

 

 

 

 

 

普請負け

今回の改修工事中に知った言葉。

家を新築したり改装したりすると、その後に家の人が亡くなったり大病をしたりする

ことを差すらしい。そこまででなくても大きなお金が動くストレスや簡単に変更でき

ない大きな決断するストレスなどが重なって、体調を崩すケースが結構、多いので

こんな言葉があるらしい。

 

家をいじるというのは大きな出来事なので、そのタイミングや環境の変化も

影響するのかも知れない。確かに体力、気力は相当、要りますよね、、、。

 

ウチの場合はもう放っておけない状況(壊れている!使い勝手が悪すぎ!など)で

背中、押されまくりだったのと、どうせするのなら納得いくものを、という気持ち

に引っぱられてなんとか乗り切ったという感じ。

 

それでも3ヶ月以上、ほぼ毎日、住んでいる場所でトンカントンカン工事の音が響き

業者の人の出入りがあり、一つ一つの工程に決断を求められながら、日常生活の場は

小さくなっているので、一時期とはいえ不便な状況があり夜も外気がバンバン入る中

(まるでキャンプのような状況!)で休み、という生活が続くと健康で丈夫な家族も

順番にちょっとずつ体調に変化が現れる。

 

もちろん、これは苦情でも愚痴でもない。

関わってくれた職人さんはみんなすばらしい仕事をする方ばかりで、毎日ありがたいなぁ、

と思っていたし、こちらの希望をかなえるために根気よくつきあってくれた。

お陰で、今見ても古い家(しかも新建材もあり)をよくここまで仕上げてくれたなぁ!と

しみじみする。なので、あくまで環境の変化と大きな慣れない決断によるストレスなのだ。

 

でも「普請負け」って言葉を義母に聞いて、なーるほどと少し俯瞰して見ることができた。

 

私は嫁(という立場で考えるのも古いけど)でありながら全体を任されていたので描いた

スケッチや設計図は数十枚になり、集めた資料で机は埋まり、夢の中でもどうするのが

いいのか?考えていた。それでも所詮、素人が頭の中で考えていることなので、実際に

出来てくると思った通りにいかなかったりやっぱり違った!ということに出くわす。

 

そうすると、その計画を少し戻し、その計画はなぜそうしたかったのか考えて

その目的に近づけるための第2の方法を考える。

 

それに合わせてパーツや部材の発注をしたり(そしてそれが間違って届いたり!)

予算を組み直したり、そういう繰り返しが、好きなこと楽しいことではあるけれど、

エネルギーをものすごーく使っていたようで、最後に階段から落ちて人生初の

大捻挫をした(痛〜!)捻挫って本当にするものなんだ!と新鮮な驚きだった、笑。

 

娘には「複雑骨折レベルの落ち方だよ」と言われ実際、陣痛意外でこんなに痛かった

ことってあったかな、という痛みだった。けれど骨折じゃないはずと思って今に至る。

家は住む人と気で繋がっているから、やっぱり良い悪いを抜きに気の流れの変化に

なにかが起こりやすいのだと思う。気をつけましょう。

 

住む家や土地って、人と不思議な関係があって、運命さえも変わる。

 

今回は改修が一段落して、最初の出会いは国産の箒をつくっているご家族だった。

考えようによってはメッセージ的でもあるし、自分の思考の方向からいっても

まさにいいタイミングだった。もう日本には箒を作っている所は5軒くらいしかないそうだ。

素材になるホウキモロコシを栽培している農家がまずない。だから、そのご家族は

ホウキモロコシを無農薬で育てるところから、一本一本の箒をすべて手作業で作っている。

 

今は毎日、その箒を使い、場を清めるがごとく掃くのが日課になった。

い草のような香りもよく、掃いている時も清々するような音がして、吊るしても美しい。

こんな箒があったんだ、とかなり嬉しいモノになった。

そして、そのご家族の「気」も相当よかった。

新しい場のエネルギーに馴染めますようにと手入れする道具がこの箒で心強い。

 

稲垣えみ子さんの本を読んで以来、電気掃除機に頼っていた掃除方法に疑問がわき

いい箒への憧れ?が高まっていたけれど、探してみるとなかなかない。

海外のものはデザインはいいけど、大味というか、日本の畳やフローリングの

板の間の埃を掃くにはあまり向いていない。

 

それが、こんなに理想的な箒が両親の住んでいる場所からそう遠くない所で作られていたなんて。

そんなことも、こちらが住んでいる場所を整えて運命が流れ込んできたのだとしたら、

これからの展開もますます楽しみじゃないか!

普請負けというのは厄落としのような役目もあるのかもしれない。

 

それでも、これから家を建てたりいじったりする人がいたら、お祓いをちゃんとして

見えない何かに挨拶もちゃんとして、あまり完ペキにすべてを完成させず、徐々に

家の気と住む人の気をゆっくり馴染ませるように進めるのがいいかもしれません。

 

ウチも器がカタチになったところで、中はまだまだ自分たちですることがあちこちに

残っているけれど、あわてず少しずつ整えていくつもりです。

 どんなこともあまり無理せず進めて行ったほうがいいですね。

 

 

ちなみに箒は松本箒といって信州の方で作られている箒です。

だいたい手に入れるのに2年待ち(!)です。

他に、日本では栃木の鹿沼箒、茨城のつくば箒、神奈川の中津箒などがありますが

松本箒は穂が長いのが特徴です。20年以上持つので柄も丈夫なサクラやクルミや

タモなどの木を使って、穂も麻紐でまとめているのが特徴です。

だからデザインも今の家に合うモダンな印象なのです。

 

そんな貴重なものですが、お店にも数本、入荷しました。が、すでにほぼ完売です。

また入荷した時にはお知らせさせていただきます。

 

 

 

 

 

 

古いものを少し

新しい一年が始まりました。

西暦2020年、令和2年。2・2・2。

 

時の経つ早さにびっくりしますが旧暦では1月25日の新月の日から

新年なのでその時までに整えればいいか!という気持ちで迎えています。

 

その昔、古ーい物件をすてきな空間に蘇らせてすてきなお店を何件も

つくっているリノベーションの達人が「何か古いところを残すのが

好きなんだよね〜」と話してくれたことがあります。

 

だから、その人の作ったお店はどこかに前の持ち主が使ったままの部分が

残っているのですが、それが新しく造作された部分とつながってどこにもない

新しいけれど懐かしい落ち着いた空間として生き生きしているのでした。

 

もし、すべて新しいものばかりでまとめたら、それはそのまま違う場所でも

再現(コピー)できるかもしれないけれど、そこの歴史に同じものはないので

合わせたハーモニーには当然ものすごーくオリジナル性が醸し出されて

(うまくいくと)真似できない魅力になる。

 

そうするにはもちろんセンスも必要で、どこを残すのか?

新しく造る部分とどんなふうに合わせるのか?

をうんと考えてアイデアが降りてくるのを待ってキャッチする。

 

考えるスピードと工事のスピードが同じ、というのが理想で

そのためにはすべて自分たちの手でするのがいいけれど

実際には職人さんたちにお願いする割合が大きくなる場合、

実際、工事が始まれば思っていた通りにならないことも多々出てきて

ではその時にどう変更するか?というのも(そしてそんな時は職人さんの

スケジュールや部材の注文の都合などでたいていゆっくり考える時間はない)

施主に試される能力の一つなんだということを改修工事のたびに学びます。

 

だから方向性は軸としてキープしつつ具体的な部分は幅を持たせて

イメージしておくのがいいようです。

 

今回の改修工事でもやっぱりあまり作為的にではなく、残った古い梁や

階段の一部や壁があるから自分たちの空間として馴染んでいる気がします。

全部、新しいとなんだか落ち着かない。

 

アンティークの魅力もそれが凝縮したもの。

凝縮し過ぎて怖いものもあるけれど(笑)それを払拭するのが洗ったり

掃除することですね、余談ですが。

 

同じように全部、プロの職人さんにつくってもらうときれいすぎて上手すぎて

なんだかモゾモゾするのです。ヘタでもこうでもないああでもないと手を

動かして自分たちで作った部分があると愛嬌みたいなものが出て馴染む。

 

でも腕のいい大工さん、左官さんの手にかかったところはやっぱり

仕上がりが美しくて眺めて惚れ惚れできるし、手づくり感丸出しは

野暮になったり甘えみたいなものを感じたりするので加減は大事。

 

というわけで一年の目標や過ごし方もそれと似ているように思います。

コツはやっぱり「古いものを少し残すこと」。

 

去年まで続けてきたことの中でこれだけは残そうというものを決めて

そこに新しく合わせるものをイメージする。

でも具体的なことは変更を余儀なくされることも見込んで大まかに。

 

そんなふうに、変わらないところと新しくなるところを交えながら

2020年も歩いていこうと思っています。

 

皆さまにとっても良い一年になりますように!

本年も宜しくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

インディーズ

千葉県などを襲った大雨の影響を受けているんじゃないか?と電話しても

なかなか繋がらず、メールを出しても返信も来ず、心配していたら

風で飛ばされたアンテナを付けるため屋根に登っていて電話の音に気付かなかった、

メール等も一切やめた、停電10日でも家に土砂が入ってもオレは何も変わらない、

お見舞いの電話にも不義理をするのが老年を生きるコツだぜ、とか。

 

「まきー、ティアラつけてセンチュリーに乗るなよー」

「オレもいざとなったらSNSやるから、嵐!」

相変わらずブッ飛んでいる師匠と久しぶりに話ができてホッとした。

(一講演謝礼100万以上の名誉教授の話を蹴って)

本当に困っている人を助けることにこれからの時間を使うという。

 

いや、今までだって先生は常にそうだった。

人権問題の専門家でもある。

女性差別、部落差別、民族間の差別、性同一性障害などを抱えた人の差別問題を

偏差値教育のトップの現場で発信し問題提起し続けていた。

助けたって何の得にもならない他の大学の学生だった私を救ってくれたのはこの先生だ。

 

この振り幅というか、B型なんですけど、それだけじゃない誠実な破茶滅茶ぶりが

いつもすごくて30年以上、尊敬の念は変わらない。

 

何億稼いだって、胃袋のサイズも生きるのに必要なスペースも変わらないのに

お金ばっかりのバカな連中が作った世界で、ハンドルもブレーキもない車に

乗っている世の中だぜ、と先生。「そうですよね〜」と私。

 

分を知らずに稼ぐ行為は自分を捨てているからできる。

(立場としての)教師や医者への不信感は持っていなきゃいけない。

それがあれば学校や病院に行ったっていいんだよ。

 

語弊があることを承知で忘備録を兼ねて書いてます。

そのくらい批判精神を持って物事を見ることが真実に近づいていくことでもあるので。

教育と医療の根本はまったく同じ、と気づかせてくれたのも先生です。

 

根を張ることが「ねばる」ということ。

根がどれだけ張れたか、っていうことをいつも考えなさい。

 

東京電力にも頼らないオレはインディーズだから!とか

おもしろい話がどんどん出てきて、笑っぱなしでした。

 

またどこかで講義をして欲しい、と言ったら〇〇くんに呼ばれたら行くよ!と

現在、娘の志望高にいるらしき方の名前を言うのでHPを見たら学園長だった。

そうかー。気が変わらないうちに(笑)実現したらいいな!

長く生きていると思わぬ人の縁がつながる。

 

おまけに学園長〇〇くんは私と同世代だったので自分の年齢にもびっくりした。

もうそんな大人か!と(今さら〜)・・・というか、まずは娘の受験が先だ!笑

 

私は高校に行かないで生きるのもいいと思うって娘に言ったのに「行く!」って

言うですよね〜、と話したら「友だちができるのがいいんだよ、

親と社会だけじゃどうしようもないだろ?」・・・確かに。

 

自分を振り返っても、高校や大学(学校アレルギーのくせによく行った)での

一番の収穫は友人やこの先生との出会いでした。

 

進学しなくてもいい、というのは端的にいうとガラクタな知識の暗記競争を競うような

教育を受けて欲しくないし、それで勘違いした人になったら困ると思うからで

(それでぶいぶいできる世の中はもう終わっている)、そうでなければ反対はしない。

どんどん新しい世界に飛び出して行って欲しい。と、先生と話して心が晴れていったのでした。

 

先生の住んでいる場所にも平和な晴れ間が続きますように!

 

 

 

 

 

 

住む世界

世の中がラグビー戦や台風や天皇陛下即位の祝賀ムードでわいている時でも

それとはまったく関係のない(ということは厳密にいえばないけれど)

ことに集中していると体がどこにあっても意識の住む世界は

どこにでも行けるんだなぁ、と不思議な気分になる。

 

今この一瞬には基本一つのことしかできないから

その選択の連続が住んでいる世界を分けている、というか。

 

先月も京都のレジデンスタイプのホテルの中で家族がテレビのスコットランド戦に

釘付けになっているヨコで、私は四大元素とホメオパシーの関係に没頭していた。

そのシチュエーションがまさにそれを象徴していて、ラグビーの試合にハラハラ

ドキドキに心が奪われている人たちと、四大元素に「うむー」となっている

自分とでは心臓の脈拍も頭に浮かんでいるイメージもまったく違っていて

同じ場所にいてもそれぞれの意識(心の方向)は

それぞれの自由というのがおもしろかった。

 

 

こんな平和な状況とはまったく異なり過ぎて申し訳ないくらいだけど

ユダヤ人が迫害されたナチスの強制収容所の中で生まれた「夜と霧」や

映画「ライフ・イズ・ビューティフル」に描かれる世界とも

厳しさのレベルを抜きにすれば、通じる話でもある気がする。

 

 

30年も前の話、初めて一人でイギリスに滞在していたときに

もう毎日天気が悪いしホームステイ先の食事も飽きたし何もおもしろいことがない街に

来ちゃったし英語はめんどうだし早く母国に帰りたいと憂鬱そうにしていた女の子に

出会った時、同じシチュエーションの中で毎日楽しくて開放感に浸っていた

自分と真逆の感じ方を抱えていることにびっくりして、人の受けとめ方って

本当に人それぞれなんだと思ったことがある。

 

たのしい国の住人になるか、苦しい国、ストレスフルな国、危険な国の住人になるか。

選択の自由がある時はいいけれど、何かの圧力や権力でそれが出来なくされた中でも

選択をした国の住人になろうとしたのが「夜と霧」や「ライフ・イズ・ビューティフル」

だと思う。

 

311で何かに押されるように九州へ来た時。

先が何も見えなくて何も決まっていなくて、久しぶりに学生の時以来「夜と霧」を読んで

その時の自分たちよりずっとヘビーな状況が描かれた本によって心が蘇ったことがある。

「考え方一つ」「捉え方で何でも変わる」と生きていることへの意識を取り戻した感じで

今、思えばまさにホメオパシー的な読書だった。

同種のものを(希釈震盪して)与えると生命力が蘇るという法則そのまま、

ミヒャエル・エンデもエッセイで書いている芸術の効果と同じことを味わった。

 

私たちは自分が思っているよりじつはずっとずっと自由な世界で生きている。

どんな現実の中でも意識はいつも自由に何処へでも行ける。

サバイバル時代に、これは結構使いでのある大事な能力だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

今月の個人的なまとめ

10月もあと少しで終わり。

実は今月に入る前、本当にこの10月の大事な予定をすべてちゃんと

こなせるのか?!とかなりドキドキして迎えた月だったのですが

やっと先が見えてきました。

 

外カフェのスタート

新しい講座3つスタート

子どもの転校

(おまけに夫まで新しい仕事が始まり)

ホメオパシーの個人セッションもあり

京都で国際セミナーもあり

ホームスパン 2020年春夏の服の発注もあり

翌週は東京での諸々の用事もあり

 

それと平行して部屋の改装もスタート。

これもお任せでなく図面や電気や細かいことも

こちらで決めて進めるという...。

これもこだわっておしゃれな部屋を、と飾り的なことでなく

ひたすら実用的に気持ちよく使えるようにするという使命があり。

 

ふだんはなるべく忙しくならないように(忙しいのは百害あって一利なし!

俯瞰してものを考えられる余地をなくしたくないというのもある)、

だから、こんなに大事な予定を集中させることはなかなかないのですが

今月はたまたま日程が変えられないことが重なった。 

 

それでそんな時の戦略としては、もう翌週のことは考えないようにして

ほとんど今日だけに集中するようにしよう!と決めました。

 

この年齢にして、やっとそういうふうに心と体をバラバラにせず

共にして出来るようになったのがけっこう嬉しい。

 

途中、軽い気管支炎の時期があったにもかかわらず、キャンセルもせず

むしろ集中して得るものを得ることができたのも昔じゃ考えられない。

もう年の功ですね!笑 自分の操縦がうまくなりました。

 

そして、そんな時期というのはまたさらにいろんなことが同時に起こる。

なんだか、すごい出会いもたくさんあった。

この一ヶ月があまりに濃くて、別のゾーンに入ったかのような気分。

こっちの電車に乗ってしまったら乗り換え前の電車はもう見えない。

 

部屋を片付けたり、モノを処分したりすると運命がグンっ!と動くのを

何度か経験しているので覚悟はしていたけど、それが早々に始まったのか、

あとは1ヶ月前に摂ったレメディーの作用もじわじわきている気がする。

 

だから時間が足りなくなりそうなスケジュールでも

その瞬間は十分にある、という感覚で過ごせるようになったのと

不要なものを必要と思う勘違いがなくなって随分ラクになりました。

 「今、ここにいる」という実感に到達するのはなかなか簡単そうで難しい。

 

って、いいながら、今月はもう一つあたらしいドアを開ける予定。

もう今はそういう時期なんだ(と腹をくくって)

たいへんそうではあるけれど、楽しみにノブを回して入っていくのだ。

 

 

 

 

  

 

ソトカフェ

まーえ前から予告していたソトカフェ(外カフェ)。

4月から取りかかり始めた小屋がようやく使えるように

なったので、10月3日(木)よりOPENします。

(お待たせ致しました!)

 

セルフサービスでご利用いただけるスペースです。

お買い物のついでに、ちょっと座ってゆっくり

したいな、と思う時にお使いください。

 

スタートは少ないメニューから始めますが

その後、野菜の収穫の具合にあわせて

徐々にメニューを充実させていきます。

 

メニューは9割ベジ(植物性)。

お肉、卵、牛乳、白砂糖などは使わず、

材料は基本すべて無農薬・無化学肥料のもの、

調味料もふだんお店で扱っているものを使います。

 

普段、自分たちが食べていたり、子どもに作ったりしている

ハレの日というより、ケの日に近い、でもちゃんと身体が

満たされるメニューをご用意したいと思います。

 

その時々の内容は時々インスタでもアップします。

よかったらチェックしてみてください。

 

@okunagayaorganics 

 

といいながら、アップできないこともありますし

フォローしなくたって、来たらわかりますしね。

 

でも、まあ新しい試みのソトカフェ。

様子をみながら徐々に充実させます。

今は出来たてほやほやの小屋だって、そのうち馴染んでくるでしょう。

気長に見守っていただければ幸いです。

 

どうぞ、よろしくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

環境モンダイは家畜モンダイ

スウェーデンの女の子が環境問題について演説していました。

俺たち真剣にやっているよー、というパフォーマンス兼目眩し・・・!

このインターネット時代、テロも環境問題もすぐにバレてしまうのに懲りないですねぇ。

 

日本からも首相官邸で結婚を発表したとたん、なぜか出世した環境大臣が出席して

意味不明な発言をしていましたが、そんなことはどーでもよいのです。

 

環境問題のポイント、最大に影響を与えているのは家畜問題です。

このタブーを公にすると命が狙われていた(!)時代が続きましたが

今はもうyoutubeでも観れるくらい常識になりつつあります。

 

お時間のある時にぜひ。

もうご存知の方も多いと思います。

 

 

人一人が1週間に食べても「環境を破壊しない」動物食は50g未満だそうです。

これは世界最大の食と病気の関係の調査「チャイナ・スタディ」で導かれた事実とも一致します。

環境から見ても、健康面から見ても、家畜肉、乳、卵はなるべく食べない方がいいのです。

 

えーーー?!と驚いたり、すぐには信じられないのも無理ありません。

私たちの生活の中には長い年月、あらゆる手段を使って工業的家畜業が生み出す「製品」を

消費するように刷り込まれてきました。

意識の奥の奥まで「肉を食べないと元気が出ない」「栄養が不足する」という情報が入っています。

 

そういう意識が残ったままで突然、準備も知識の更新もなく食べるのをやめると体調が

変わったりしてそうするとやっぱり肉は健康維持に必要なんだ、、、と戻ったりしてしまう。

まるで塩の大切さを知らないまま玄米菜食を実行してフラフラになってしまうように。

意識に観念のバイアスがかかったままでは、何をしてもスムーズにはいきません。

 

食生活を変える時は、知識と行動を両輪にして進むのがいいようです。

あわてず、ゆっくり。そうは思ってても、こういう事実を知ってしまうと

一日も早くやめたいと思ってしまうかもしれませんが。

 

私も以前は、家畜がこんなに環境とリンクしているなんて知りませんでした。

最初は映画を観ても半信半疑なところもあり、

気になったことはとことん調べようと数ヶ月、肉食について研究しました。

 

そして調べれば調べるほど、知れば知るほど、お肉は食べれなくなってしまった。

エスキモーのような環境で生きているわけでもないし、まして,特に工業製品のように

扱われる動物の命の惨状を知ったときは、端的に加担したくなくなりました。

 

ぞこにはまったく無理や我慢もありません。むしろ、気持ちがいい。

その辺のことは以前も書いたと思いますが。

 

人生まさかのベジタリアン。

というか、それが普通なんですね。

ベジタリアンが偏った食習慣の人、といのも刷り込みだったのです。

今は、そういう悪い魔法が解除される時代に入ったみたいです。

 

厳密にいえば、出汁には使われていたり、魚介類を食べることはたまーにあります。

移行期のような時期なのか、この辺で落ち着くのか、どちらかわかりませんが

あまり人にも自分にも強要せず、自然に変わっていけばいいなと思っています。

 

でも、このまま人類が工業的に生産される肉や乳や卵を今までと同じ量を消費していては

絶滅品種はどんどん増え、環境全体が破壊されていく、というのは間違いないようです。

 

1週間に平均すると30g〜100g食べていたのを10g未満にしただけで

とても調子がよくなりました。肌もお腹も睡眠も。そして心の中も平穏です。

 

以前は年に1〜2回、大浄化?なのか湿疹ができて目の周りが腫れることがあったのですが

それが一切、気配もなくなりました。あれは動物食の毒出しだったのか・・・?

 

人によって消化力や必要な食べ物も違うので一概に言えませんが

でも一度、試してみる価値はあります。

 

カゼインフリーは世界の常識になりつつありますし、グルテンフリーもそれに近い。

でも、環境問題を解決したかったら、まずはミートフリーです。

 

 

 

 

 

 

自分から知りに行く

日本で流れている大手マスコミからの情報の9割は日本国内の情報です。

 

世界の人口が約77億人。

日本の人口は1億2700万人。

 

この比率を日本に置き換えて、世界が日本だとすると、

だいたい日本は鹿児島県の人口ということになります。

 

しかも、その情報でさえ、選ばれて切り取られて言葉や表現を選び、

編集され、流す回数や時間さえもちゃんと考えられている。

 

だから何かを考えるとき判断するとき、あんまり近い情報だけで動くと

あとで「それは違う」ということになりかねない。

 

これは世界全ての情報を知るべきだ、と言っているわけではありません。

例えれば、町内のかわら版だけを読んで、それが全てだと

勘違いしない方がいいよネ、という話です。 

 

日本の中で受け身で生きていたらダメなんですよー。

小さなどうでもいいことに一喜一憂し、同調圧力に(しぶしぶ)従いながら、

作られたムードに流され、翻弄させらる人生から脱出する時期です。

 

ほんとうに大事なことはじっと待っていても与えられない。

自分が「?」と感じたら、調べて、考えて、比較して、経験して、得ていく。

自分から動かないと、知りに行かないと、誰も持ってきてくれないのです。

 インターネットに繋がっていてもSNSをやっていてもダメなのです。

 

とくに、有資格者の言うことはまず疑ってみるくらいでちょうどいい。

資格は「上」から与えられているもので、つまり「上」から認められないと

与えられない「情報」と同じ。

語弊があるかもしれないけど、そのくらいに考えた方がいい。

 

友だちにも先生や医者がいるし、私も治療家や教員免許も取っているけど

免許や資格なんて、決められたことをするだけで取れる。

ディズニーランドの入場券のようなもの。

ただの通過点です。

 

大事なのは入場してからで、

どれだけ「自分の足」で情報を集め、「自分の頭」で考えて、

「自分の手」で余計なものを取り払っていくことをしていくか。

同じ資格を持っていても、それをどう生かすかは人それぞれ。

資格や肩書きに目を眩ませている場合のではないのです。

 

先生に言われたから。

医者がそう言ったから。

栄養士が言っていたから。

 

そんなのは一度、捨てた方がいい。

他人事のように聞いておいて、よく吟味した方がいい。

ただ上から教えられた通りを復唱していたり、マニュアルや、

先輩のマネや、そんな程度で言われていることもたっくさんあるから。

 

その言葉を後生大事に握りしめる前に、その専門家の意見が惰性で出てきているのか

それとも、ほんとうにその人の経験を通過して出てきた言葉なのか

自分の責任で必要なところを拾わないと誰を生きているのかわからなくなる。

わからなくなって、結局は自分も同じことを繰り返す。

 

最近、ニュースが目逸らしの(支配者に)都合のいいものがホント増えたなと思います。

自分は何が好きで、どう生きたいのか?など私たちが現実を創りだすことからまったく

関係のない、どうでもいい話題に夢中にさせて、その間ものを考えなくさせられている

ことに気づいたら、そういう話題はさっさと済まし、もっと自分の生活、人生について

真剣にどうしたいか考えたほうがずっとずっと実り多き秋になるかと思います。

 

  

 

 

 

 

 

秋冬クラス募集中

昨日でホメオパシーセルフケア講座の2019春夏クラスが終了しました。

参加していただいた方、ありがとうございました。

 

今回、初めて別の場所と2つのクラスを同時進行させてもらいましたが

それぞれのクラスに個性というか性格があって、考えてみたら

今までのクラスがすべてが違う雰囲気がある...おもしろいですね。

 

さて。

2019秋冬クラスも募集を始めました。すでに半分の席くらいの席が埋まり

今回のクラスの雰囲気がなんとなく想像でき始めているところで

毎回、この時期のひそかな?ワクワクです。

 

今期から新しくレメディー講座という名前のクラスを設けました。

こちらはセルフケア講座をすでに受けた方や、基礎的なことはだいたいマスター

している、という方が、もう少し勉強したい、愛用者同士で情報交換したい

という集まりです。

 

キットに入っているレメディーを毎回2〜3種類を取り上げて

より上手に使えるように、より広く深く知ることが目的です。

 

ホメオパシーは副作用や中毒性もなく安価な療法ではありますが

少し勉強しないとわかりにくい、という唯一の難点があります。

でも!その難点を克服しようとする過程で、感動があるというところが副産物。

意外にこちらだけでもいいのかな、というくらい。

 

最初はその効きめに「ミラクル?」とびっくりして、そのうちに自分の体に

備わっている力や、自分の運命も信じられる受け入れられるようになってくる。

それって、あたりまえなようでいて最近は無意識に自己否定に向いているケース

が多いので、そこが消えていくというのは画期的と思います。

適正な自己肯定感は健康維持にも人生においてもあったほうがいいですもんね。

 

ちょっとした不調を自分で調整できる、というのは一生役に立つスキルです。

自然療法や食養などと合わせて使うと、病院にはホント救急以外で行くことが

なくなりますし、心身のバランスが取れてくるので

気持ちが落ち着き無駄な救急も減るか起こらなくなって

そのぶん他のことで人生が楽しめるようになると思います。

 

そのスキルや経験はどんな災害がこようと流されませんし

泥棒が入ろうと盗まれたりするものではありません(よね?)

しかも、そんな気が動転するときこそ、出番!

感情の問題でさえもクスリのように強制的に抑えるのではなく

あくまでその人の持つ治癒力に働きかけ自ら治る。

ほんとうに自然な、美しい、療法です。

 

ホメオパシーは知っていてもアルニカだけしか使っていなかったり

試しても1回きりだったりというケースも多いと思いますが、

それだけではほんとうに勿体無いので、ぜひアクセスしてみてください。

 

 

余談。

何年か前に、有名な脳科学者が

「ホメオパシーは実在しません。信じる人の心の中だけにあります。」という

謎のツイートをしていたけど、これってホメオパシーだけでなく

そう言いだしたらこの世の全てのものにおいてそうなんでは?

このツイートをした意味ってどこにあるんだろう?と思った。

批判でなく素朴な疑問として。

 

科学者はエビデンスのある科学しか認めないという意味なのか?

見えない心の中は科学で証明されていないという意味?

なんだかよくわからない〜 笑。

 

どんなことでも、いろんな立場の人がいろんなことを言いますが

結局いちばん確かなのは自分の経験、体験、そして直感ですからね。

縁があれば使えばいいし、使わない自由ももちろんある、それで十分じゃ?

 

そんなわけで、

講座では「わかりやすく伝える」ことをモットーにしたいと思いました 笑!

 

レメディー講座の方は土曜クラス、月曜クラスを設けました。

基本クラスを決めたら、あとはご都合のいい曜日に参加というのもアリです。

興味、関心のある方のご参加をお待ちしています。

 

 

 

 

 

 

白砂糖はドラッグ

こういうタイトルに読みたくない〜!と思う方もいると思いますが、

先日、あらためて学ぶ機会があったのでシェアしたくなりました。

 

白砂糖は買わないし家にもない、という場合でも外に出れば加工品や外食では

(九州はとくに!)含まれているので、無縁で暮らすのはなかなかむずかしい白砂糖。

でも健康にサバイバルしたいと思ったら、砂糖の正体を頭の隅に入れておくのは必須です。

 

世界中で一番栽培されている作物がじつはサトウキビと聞いてびっくりしました。

小麦でもトウモロコシでもお米でもなく、シュガー。

主食でもないものが、これほど大量に作られているのはなぜでしょう?

 

「白砂糖」というものは自然界に存在しません。

製造工程で、ミネラル、ビタミン等の栄養素をすべて排除し、

その後、塩素などを使い、真っ白に漂白したものを人間がわざわざ製造しているのです。

それは立派な?食品添加物であり化学薬品。どうしても害があります。

 

でも白砂糖が身体に及ぼす害は意外と知られていません。巧妙に隠されています。

だまって受け取るイメージは、脳に必要とか、立派な栄養だとか。

でも自分から掴みとりに行って情報を得てみるとまったく違う。

そこが恐ろしいというか。

 

白砂糖は今の世の中で実はものすごい利益を生む物質です。

砂糖利権とでもいうような。

砂糖中毒の人が増えるほど莫大な利益が生まれる仕組みが作られているので

消費してもらえればもらえるほど、どこかで高笑いが聞こえてくる物質。

 

そう、ドラッグとまったく同じ。

覚せい剤やコカインは違法ドラッグなのに対して、白砂糖は合法なだけ。

その害に対して、中毒性と常習性が強く、一度ハマったらそれを断つのは

一般的にタバコやアルコール以上にむずかしくて、そこが問題。

 

それでも、この世にある限り、上手につきあったり、かわしたりする

距離を考えなければ。そのためにはまず性質を「知る」ことでしょう。

 

白砂糖が一定量、身体に入ると

まず血糖値を下げようとインスリンが過剰に分泌されます。

すると血糖値が下がり低血糖になります。

そうすると、無意識に血糖値を上げようとまた糖分が欲しくなる。

そのアップダウンを繰り返し始めたら中毒の入口です。

 

体質によってあらわれる症状は違いますが、それが身体に出た場合。

 

多いのは近視、乱視、蓄膿、難聴、チアテーゼ、喘息、めまい。

女性特有のものでは、乳がん、子宮がん、他子宮の病気、難産、死産。

また妊婦が白砂糖を多く摂り過ぎると虚弱児、または無脳症や障害をもった子が

産まれる確立が高くなるというデータも多くあります。

 

その他にも虫歯、骨折、不眠、肩凝り、記憶の衰弱、だるさ、疲れやすい、

腸の働きが鈍くなることから便秘や下痢。

高血圧、糖尿病、免疫力の低下、痴呆、アレルギー症状。

化膿しやすい、傷が治りにくい。

血液を粘らせる、血栓ができやすくなる、カルシウムを溶かし歯や骨が脆くなる。

 

そして、白砂糖の害は精神に出た場合は

イライラしやすい、精神過敏、キレやすい、暴力的になる、情緒不安定などなど。

白砂糖をなくせば、病気の半数以上は改善されると言われています。

 

アメリカの少年刑務所では子どもたちの食事から合成甘味料と白砂糖を抜いたら

刑務所内でのトラブルが激減したことが報告されています。

 

もし、子どもに落ち着きがない、情緒が不安定、キーキーうるさい、暴力的な部分を

感じたら、合成甘味料や白砂糖を摂り過ぎていないか、振り返ってみる。

たいがいはそういうものが含まれている加工品やジュースの過剰摂取が原因にある。

 

大人はある程度、理性で押さえられますが、子どもは血糖値の急激にアップダウンと

それに伴う変調に素直に反応してしまうのです。

 

もし家畜に白砂糖を与え続けたら、たちまち病気になり死にます。

もし白砂糖に本当に栄養があるものならば、そんなことが起こるでしょうか。

 

けれど、危険なものほど、魅力(魔力?)もあるというのもまた世の法則。

ストレスを感じた時、すごく疲れた時、甘いもの食べるとホッとしたり

白砂糖の使われた食べ物に親しみを感じる瞬間はあちこちにあります。

 

しかも、止めようと思うほど欲しくなるという中毒性もあるので、

意識するほど、拘りも生まれ、自己嫌悪にも陥りがち。

 

なら、どうしたらいいのか?

いろんな方法がありますが、まずはその存在を敵視しないこと。

「?」と思われるかも知れませんが、白砂糖にだって役割があったと考えます。

 

でも、自分はもうそこからさよならの方向へ行く。

その時も一朝一夕にしようとせず、数ヶ月、数年かけるくらいのつもりで。

 

舌は21日で変わるので、もう症状が苦しく急いでいる場合は3週間で完璧に抜けられますが、

まだ、それほど苦しくないし、白砂糖の甘さを急にやめる方がツラい、と思う場合は

ゆっくり減らしていく、という方向でいいと思います。

 

 

白砂糖を欲しないカラダを作るには、分づき米、玄米、雑穀米をまず主食にすることです。

白米は栄養がない糖分なのでイマイチ。

パンもダメです。多くのパンには砂糖や添加物が含まれているので

どうしてもパン!の場合は砂糖や添加物が使われていない全粒粉のパンを週に1〜2回。

 

というわけで主食はお米。そうすると、そこで必要な糖分が満たされるので

白砂糖が欲しいというカラダの声が自然と減ってきます。

 

お米を十分に食べないと、カラダは低血糖から脱出するべく手っ取り早く

血糖値を上げたくなり甘いものに走ります。

 

あとは基本、料理には使わないこと。これは大事。

使っても料理酒(純米酒)や本物の味醂にする。

 

そして、甘いものが欲しいときは黒砂糖、甜菜糖、きび糖、

メイプルシロップ、メイプルシュガー、米飴、を代替品に選ぶ。

 

ただし、白砂糖を着色した三温糖はダメです。

また化学肥料を使ったものも結局は極陰性=白砂糖と同等の性質になってしまうので意味がありません。

 

お店ではオーガニックの甜菜糖も再び扱い始めました。

白いので、すごーくおすすめ、というわけにはいかないのですが

それでも白砂糖から離れるためにはいいと思います。

 

かつてはアイスクリーム狂だった私も甘いものは好きですが、

でも今は白砂糖が入ったものはほとんど食べなくなりました。

精製されたものは頭にきーんと不快な響きが来るようになってしまった。 

 

それでも子どもには選ぶ自由があると思っていて、だれでも最後は自分で責任をとるものなので、

うるさくいいません。買い与えたり、家に置くことはしませんが、自分で買ってきたり

買ってもらったりして食べても咎めたりはしない(でも気をつけてね〜、くらいは出る)。

縛り付けるほど、反動・反抗したくなるのはあたりまえだし、それがないことの方が逆にコワいので

ただ、こういう情報は伝えて、いつか自分で選択していけばいいと思っています。

 

甘いものに狂う経験があってもいいし、毒を知るのも人生です(たいへんですが 笑)。

いろんな経験をしないと、本当に自分のものとしては学べないということもある。

そこを経て知る、中毒を持たない快適さ、軽さ、自由さの方が味わい深かったりしますしね。

 

でも、そういう「苦労して得る」みたいなパターンもだんだんなくなる方向のようですが。

 

というわけで白砂糖はドラックである、ということを頭の隅に、というお話でした。

 

 

 

 

 

 

枯れる野菜、溶ける野菜

野菜をずーっと放置しておくと、最後には水分が失われて枯れていく。

だけど、化学肥料や農薬を使って育てたものだと、溶ける。

まるでプラスティックが溶けるようにドロドロした感じに。

 

肥料も農薬もプラスティックも原料は石油だから同じなんですね。

冷蔵庫の野菜室の隅で忘れられていた野菜があった・・・などと

いう時に観察してみると、その野菜の素性(?)がわかります。

 

これはお花なんかも同じ現象が起きる。

 

仏壇にあげたグレープフルーツが1年以上もった、という話を聞いた時、

(要は防腐剤の量がすごい)、グレープフルーツを毎日、食べていた頃に

頭皮にできたアトピーが全然、治らなかったということが腑に落ちました。

身体は農薬の毒出しをしていたんだ...と。

 

 

ガンになるには複合的な原因があるけれど、それを防ぐにはまずこういうものを

口にいれないことです。人が石油由来の化学薬品を食べはじめてから

肌に使い始めてから、今のような2人に1人がガンという時代に

なってしまったのでまずはそういう原因を排除しないと

治療だけでは変わらないんですね。

 

戦前はガンで亡くなる人など、ほとんどいなかったのは

世の中に溶けるような野菜が出回っていなかったから。

 

今は、そのように育てられた穀物や野菜が9割以上という世の中です。

労力を減らして収量を安定させて、遠くの国に輸出しても腐らないようにー

という思いと、化学兵器の転用が掛け合わされた産物が化学肥料や農薬。

 

いってしまえば、エゴと破壊のエネルギーがどうしても残っている。

 

日本が

精神病院の数世界一

若者の自殺世界一

ペットの殺処分世界一

 

という現実と、化学肥料と農薬の使用料が世界でトップという事実と

無関係といえるでしょうか。

 

また、それを餌として育った動物の肉には、生体濃縮がおこり

90倍以上という濃さで残るといわれています。

 

愛情を込めて料理したら、それらの毒はある程度、消えるかもしれません。

ある言葉をかけると消えるということもあるかもしれません。

 

そこを最終手段にとっておきながら、まずは食べるもの使うものを選択すること。

それが病気や不調のまずするべき予防です。

 

 

 

 

 

 

夏休みの景色

今年もまた小値賀島へ行きました。

たぶん、もう5回目の夏。

 

いつも同じ友だちの家族と連れ立って、

そして毎年、今年が最後?とどこかで思いつつ

でも翌年もまた、というのが続いている。

 

一緒に行った友だちが小値賀の魅力いっぱいの写真を撮ってくれて

いるので、よかったら⇒ はたこうしろうHP 

 

仕事がとても忙しいはずなのにマメに、こんなふうにまとめくれるので

あとで見ると小値賀の景色やおいしさや空気を思い出せる。

それにしても、まだ1ヶ月も経っていないのに

ずいぶん前に見た景色のような不思議な気分。

 

観光施設もコンビニもない島なのに何回行っても飽きない。

いつも行くお鮨屋さんに「また?!小値賀の何がそんなにいいの〜??」と

ちょっと呆れたように聞かれて笑ってしまった。

 

毎日、海に行って、気になっていた場所にも行って、花火をして、

宿では料理を作って、みんなでゲームもしたり、おしゃべりもいっぱいして、

あとは夕陽をみて、ゴルフ場でみんなで寝っ転がって流れ星をたくさん見つけた。

 

あー、たのしかったー。

 

 

 

 

 

 

疑問溶解

前回のブログでいつも感じる謎が深まるばかり・・・とか書いていたら

たまたま次に読んだ対談本にあっさり、その解答があってびっくりした。

最近はそういうスピードがますます増している。

 

その本は初めて参加した医療関係の学会で登壇した中でも私が注目した

お2人がその翌日に収録したものだった、という一種のシンクロニシティ?

にも驚いた。当日のことについても話しているのでなおさらリアル。

その内容に目から鱗がボロボロ落ちて視界が一段明るくなりました!

 

今まで影で人類を支配&搾取して巨万の富を手中にした人たちが

じつは豪華絢爛&酒池肉林な生活でなく、オーガニック&ベジタリアン

(外出するときは水筒やレメディも持って行くそうですよ。変わらないじゃん

私たちと 笑)な闘争心や競争心と無縁そうな食生活を送りながら

それでもなお自分たち以外の人類をまるで家畜をじわじわ虐待するかの

ように搾取し続けようとする意志を保ち続けることが出来るのか?

 

こういう類の疑問は世の中にいっぱいある。

もう十分じゃん、それでもまだ欲しがる?的な。

 

それはすべて潜在意識の中に巣食う「恐怖心」が始まりという話。

 

例えば地球上の人口が増え過ぎて溢れてしまうなら優れた者が残るべきという

優生思想にしたってそう。(じつは優秀な)有色人種を恐れて先に抹殺して

しまおうとしたりするのは「自分にとって余計な者から消えてなくなればいい」

という考え方であり、そういう意味では

「農薬や添加物を製造する会社がなくなってしまばいいのに」とか

「戦争を仕掛けるヤツこそ死んでしまえばいいのに」とか

「安倍、やめろ」とか

「◯◯するようなヤツは消えろ」とか

一見、正義のような気持ちも深い所では一緒だと。

 

すべて、一人一人が抱える「恐れ」から発症している。

納品したものが腐って消費者からクレームが来たり、収入が減る恐怖。

侵略されたり、略奪されたり、命を奪われたりする恐怖。

消費税が上がって生活が苦しくなる恐怖。

自分の主義主張が崩される恐怖。

などなど。

 

それらをさらに深く見つめていくと人の心の中には平和で安心な世界で

トラブルなく生きたいという欲求があって、だけどそう思い通りには

いかなかった古い記憶が恐怖心を呼びパニックを起してしまい

行動がちょっと過剰になったり、誤作動が起きているのである。

 

そう考えると治癒が必要なのは、その悪役を担っている人や集団で

癒されるべきはその「恐怖」を手放せずにいる私たちの心なのだ。

 

たぶん恐怖心がゼロという人はなかなかいない。

そして恐怖の対象を意識するほど、それは増大していくから

ますますガードが固くなり、過剰な反応を引き起こすというループに陥っていく。

 

そして、まるで大きな水たまりの中に雨の雫が次々落ちてきて

水の輪がたくさん重なっているように心配や恐怖心の輪が広がっていく。

 

それを解決する方法はなんだろう?

一つは「死」の捉え方を見直すことかもしれない。

「死」は、悪いもの、忌み嫌うもの、不吉なもの、避けるべきものなのか?

「死」を考えることは生き方を問うことだから

どんなふうに死にたいか、死を迎えるまでには何をしておきたいか。

 

あと「死」というコトバを「還る」と言い直して

イメージを変えてみるのもいいと思う。

 

「病」に対しても同様。

「病」はほんとうにただ悪いものなのか。闘って撲滅させれば済むモノなのか。

その意味を考えること、対応の仕方にはその人の価値観が表れると思う。

 

そして、ここまで書いておいてナンだけど、ものごとをあまり深く深刻に

捉え過ぎないことも大事。マジメ過ぎない、さじ加減。

 

考えるときはぐーんと集中して考え、その後は一回解放するイメージ。

そうすると、ある時どこからかふわーっと解答が降りてくる。

だから自分の力だけでなんでも解決できるなどと考える他力もどうぞ〜

と心を広げて放置してみるくらいで、ふだんは楽しいこと好きなことに心を向ける。

 

「違うな」と感じたことをいつまでも気にしすぎると、結局そこにエネルギーを

注ぐことになってしまうので、そうではない「これだな」感じた所に

より気持ちをフォーカスする。

 

「アナスタシア 7」でも繰り返し「意識」の使い方がでてきましたね。

 

逃げるとか、避けるというのとは違う。

「嫌だな」と感じたことにはその根底にある「恐れ」を手放せますように!と

祈り、対立せずエネルギーはよりハッピーな出来事に注ぐようにする。

 

たとえば選挙のときなんかもそう。

対立候補の悪口とか聞いちゃうと、いくらその政党や候補者がすばらしい政策を

掲げていようとあまりいいエネルギーが出てなくて、いい気分がしない。

 

でも、それで人の振り見て我が振りを見直せるということは、

役立ってくれているわけなので、その役回りをご苦労さんありがとうと

念を送り、でも決してその悪口に同調したり反論したりせず

メインの心はもっと気分が上がることにフォーカスする。

 

だから、おくなが屋のブログなんかもさらっと読んで、そうか肉や化学肥料や農薬や

経皮毒、電磁波、添加物、現代医療には気をつけないといけないんだな、と思っても

別にそこをずっと意識していることもなく、ましてや対立したり闘う必要はなく

そういうものが気にならない違う次元に行ってしまえばいいのです(いいのです?)

  

寛容な愛で包んだら、自分の心は好きなこと楽しいこと心地いいことへ。

そういう、ワクワクする心の輪が重なった水たまりの住人になってしまうといい。

 

戒律を守るかのような拘りに縛られず、縁を深くしたくないことからは

ただ距離を置いて離れる。そうして楽しく過ごしていれば多少の毒はちゃんと

消してくれる。逆にいいものばかり揃えても、心が病んでいたら毒に変わる。

 

そうか「恐怖」か!と、とても腑に落ちた話でした。 

 

 

 

 

 

 

 

富豪たちの健康術

今日は何かの日だったような、と思いながら台風の動向に気を取られていたのが

この辺りには結局、何事もなく台風が通り過ぎた途端に「そうだ終戦記念日だ!」と

思い出しました。74年前のこの日に日本は降伏したのでした。

 

歴史なんて勝者がいいように後世に伝えているだろうし、だからそれを勉強しても

仕方ないよね、と(いう言い訳も兼ねて)中学生の時には思ってはいたけど、

最近、読んでいるいくつかの本によると、想像以上に「工作されている」ということが

ボロボロわかって気持ちいいくらいに、私たちは隠され騙され思い込まされている、

ということの辻褄が合いまくり!

 

だから第二次世界大戦だって伝えられていることは全て組まれたこと。

3/4世紀近くが経って、やっとこうして庶民にも情報が流れてくるのって、

考えれば考えるほど早く目を覚まさなきゃ!と思います。

 

その中でおもしろいなぁ、と思ったのは、この世を牛耳り101歳まで生きた

ジョン・ロックフェラーがまだ存命だった頃に書かれた本の中に

巨万の富と世界のあらゆる情報を手中に納めた彼らの健康術というのがあって、

それは

 

◎外食はしない

◎水道水は飲まない

◎食べるのは自家農園のオーガニックで育てられたもの

◎肉は食べない(ベジタリアンまたはヴィーガン)

◎主治医はホメオパシー医(現代医学とクスリは使わない)

 

というもの。

だから彼らはみんな長生き。

英国王室だって同じようにみんな長生き。

 

自分たちは戦争や石油や医療業界で莫大な財産を築きながらも実際は

上記のようなオーガニックでナチュラルな生活を徹底して実践していた。

フリーメイソンやイルミナティもみんなそう。

栄養学や医療業界から搾取のできる構造を構築しておいて

自分たちは見事に、まったく違う生活を心がけていた。

 

こういうことを聞くといつも感じる素朴な疑問は、そんな暮らしをしながら

なぜ人を支配・搾取しようとする心が維持できるのか?

そしてホメオパシーという精神、魂にまで作用するものを利用しながら

なぜ彼らの心はそんなふうにダブルスタンダードの偏ったままだったのか?

持つ者ほど、失う恐怖は大きい?

マヤズム(病気の土壌となる遺伝的体質)までは治癒していなかった?

などと謎は深まるばかりなのですが、まあそれは横に置いておいて話を進めると

 

 

上の5か条は完全に実行できなくても、オクナガ家も基本、同じことしてるなー、

と思ったのでした。それは健康で気持ちのいい暮らしを追求して、

その中で納得ができて自分たちでもできることをしていたら、そうなった。

違うのは彼らは使用人に作物を育てさせて料理させているけど

ウチは自分たちでしていることくらい?笑

 

もちろん完全に、ではなく、外食はたまに(いや、けっこう?)するし楽しみですが

街に住んでいるわけではないので自然と回数は少なく、行っても決まったお店が中心。

友だちがしているお店か、教えてもらったお店か、あとはなるべく気の良さそうな所。

 

もし一回食べて食後に胃もたれたり舌が痺れたら、油が悪いんだろうな、

添加物が多いんだろうなと思って、もう行かないからかなり限られている。

 

水もこの辺には上下水道が通っていないので自然と井戸水生活。

お店を始めた時と改装時に2回水質検査を受けパスしていて

しかも還元値を計測すると、体の酸化を促さない数値。

お店の飲み物もこの組み上げている井戸水で作っております。

 

世界の富の99%は62人のもので、残り1%が私たちに配分されているという

超格差地球を生きている私たちですが、基本できることって、大金持ちだろうと

肉体の命は有限で、胃袋のサイズや食事の回数だってそんなに違わないし、

貯めたお金は魂と一緒に持っていけるものではないし、

誰でもやろうと思えばできるシンプルな行為なんですね。

 

しかも、何もないと思われている田舎にこそポテンシャルはあって

今時は、外食するレストランが少ないとか、下水道が通っていないとか、

農地ばっかりということも、見方を変えれば、そんな富豪並みの

ヘルシーな暮らしが送りやすいのがパラドックスのようでおもしろい。

 

街に暮らしていたら、気の進まない外食の機会が増えたり、

ミネラルウォーターを購入したり、有機野菜の値段にも様々なコストが加算されて、

しかも収穫して時間も経ったものだったり、何かとお金がかかる仕組みではあるけれど、

人が多い分、優れた情報や技術や気分転換もたくさん用意されているから、

その辺でうまくバランスをとることになる。

  

つまり、どっちにもメリットデメリットはあるわけですが、

これからの世の中、田舎のどこかに命や健康を考えたサバイバル用の場所を

考えておくことは、もしかしたら一番の保証になるかもしれないですね。

 

埋立地にそびえ立つ空間に大枚を叩くより、空気のきれいなところに

命が育つ土地がある方が地球と繋がっているという安心感があると思うんですが。

 

 

 

 

 

 

無化学肥料+無農薬ということ

無化学肥料・無農薬のお米や野菜。

そして発酵食品、ちゃんとした調味料。

これだけあれば「食」に関しては問題なく生きていくことができる(はず)。

 

が、しかし今の世の中では「無化学肥料・無農薬では作物が育たない」

という意識が行き渡り、その染み込み具合に時々、圧倒される。

 

ちょっと想像してみれば戦前まではそういったモノはなく

どこでも自然農法で育てていたわけで、むしろ化学肥料&

農薬必須農業の方が歴史的にみて短いのは明らかなのに。

 

それでも全国あちこちで「無化学肥料・無農薬」で作物を育てている人はいる。

いろいろな農法(の名前)があるけれど、基本的に方向は一緒と思う。

 

 

私たちに縁があったのは「循環農法」。

「ニンジンから宇宙へ」などの著者である赤峰勝人さんが提唱した農法だ。

特別なものは要らない。体力があれば誰でもできる。

 

その理論のポイントは草の存在、虫の存在、菌の存在、についての捉え方が

慣行農法とは真逆というところ。

 

慣行農法では草も虫も菌も、農作業の敵のように見なすけれど、

循環農法ではそれらのものを生かすからこそ作物が育つと考える。

 

+++

 

草は、そこの土に必要な栄養素を作りだす種類が生えてくる。

その草を見れば、今そこの土がどんな栄養素を含み、またどの栄養素が足りないのかがわかる。

 

だからそれを除草剤で草を枯らすなどということは決してしない。

その草を十分育て、そして土に返して土を豊かにしていく。

 

ただ、これを実行し始めると草を生やしっぱなしにしてだらしない人に見られる 笑。

(そのくらい認識が違う)

 

それを繰り返すうちに、土はどんどん豊かになっていく。

土がちゃんとできていれば、そこで育った作物に虫がつくことも基本ない。

だから農薬(殺虫剤)も不要。

 

よくある「虫喰い野菜が安全」という俗説も間違っている。

 

虫は野菜に含まれた亜硝酸態窒素という猛毒から発せられる臭いに寄ってくる。

その匂いは化学肥料か未完熟の状態の堆肥が入っている土壌から生まれる。

つまり、虫食い野菜はそのどちらかが混入していている=危ないよというサイン。

 

 

例外として、白菜やキャベツなど葉物の最初の葉っぱなどは食べられることがあるのと

また旬の時期が終わりが近づいたときもも不思議と虫が寄ってきて知らせてくれる、

というのはある。

 

ちなみに、そういう野菜を食べた虫は命を次の世代に繋ぐこと無く死んでいくそうだ。

つまり人間が不健康な野菜を食べないように守ってくれている...?

「毎日、畑にいるとそういう大自然の中でそれぞれの命が役目を果たして循環している

のがわかる」by 赤峰さん。

 

菌も植物の分解するをしてくれているばかりでなく

命循環の担い手として私たちが思っている以上の働きをしている。

(詳細は長くなるので割愛、菜園講座では詳しくやってます)

 

 

+++

 

ところで化学肥料も農薬も知られている通り原料は石油だ。

ベトナム戦争で使われた枯葉剤とラウンドアップ(農薬:除草剤)を作る会社が同じことは有名な話。

要は使い回し。そのために農薬なしでは作物ができないと信じ込ませて購入させる。

 

化学肥料の製造所は戦争時には化学兵器を製造する。

だから国はそういう会社をキープしているのだと語られる所以。

 

だけど、私たちの身体には化学肥料や農薬を消化分解する酵素など元々ない。

体内に溜まれば体毒(胎毒)となり、あらゆる病気やアレルギーの原因になる。

 

もちろん体に備わった解毒作用も働く。

腎臓肝臓を中心に一生懸命、内臓は働く。

でも、その分、疲れて、どっちにしても身体は酸化、老化、の方向に傾く。

 

化学肥料×農薬は土壌の中でなんとダイオキシンに変化するそうだ。

ダイオキシンは言わずと知れた毒性が非常に高い物質。

 

表面の農薬は洗い流せたとしても、作物の細胞に入った化学肥料は洗い流すことはできない。

体内に貯まれば発ガン性、催奇性をはじめ、心筋障害、性ホルモンや甲状腺ホルモンの異常、

肝臓代謝障害、皮膚症状、学習能力の低下、胸腺萎縮などを引き起こすことが認められている。 

 

こんな恐ろしい事実がじつは国内ではまだあまり知られていない。

海外ではもう亜硝酸態窒素が検出されるものは販売禁止または表示義務のある国が増えている。

だから日本からの農作物は輸入禁止にしている国もあるし、

輸入しても汚染物扱いをされて誰も買わない現象も起きている。

 

化学肥料や農薬のなかった戦前の日本人の主な死因は結核、肺炎、気管支炎、脳血管疾患、

胃腸炎、老衰がほとんどだった。それが戦後になり、初めて「悪性新生物」が首位になり

今や2人に一人が癌になる時代になった。

 

 

そして、化学肥料と農薬の使用量の国際比較。

いろんな所がデータを出しています。

 

 

どれをみても日本はダントツ多い。 

あのモンサント社があり、遺伝子組み換え作物を大規模にガンガン育てているアメリカでさえ

日本と比べたらとても少ない。

 

おまけにこんなデータもあります。

 

 

こんな現状があるため日本人には食原病や医原病が非常に多い。

そして、ある症状に見舞われても、そこの原因を考えず病院に行き、

また別の毒(クスリ)で抑制を試みて、体の中は複雑になるばかり。

そして、病気はどんどん複雑になっていく。

 

そして何かを食べられない人をアレルギーだ、過敏な人だ、と分類して終わる。

 

子どもの舌は正直で、野菜が水っぽい、苦い、という感覚で「嫌い」という。

それを無知な大人が好き嫌いはいけないなどと無理やり食べさせる。

子どもが嫌がるのは案外、正しい。

大人は頭で食べるけど、子どもはまだ感覚で生きているので

「野菜嫌い」が実は「化学肥料と農薬の味嫌い」だったりする。

サバイバル能力が優れている子ども、と思う。  

 

+++

 

私たちが循環農法のお米と野菜と出会ってから15年以上が経ちます。

初めは野菜を注文して送ってもらっていました。

そして2011年の春以降は夫がその循環農法で田畑を耕し始めました。

 

お米は最初の年からちゃんと育ち、野菜も次々できるようになり

今では家族分はほぼまかなえるようになりました。

お陰で家族みんな元気。病院のお世話にならずにすんでいます。

 

だから「無化学肥料・無農薬では作物が育たない」なんてことは一切ないし

それが健康に直結していることも経験としてわかります。 

 

+++

 

8月8日から(端境期を除く)毎週木曜日に届く野菜はすべて循環農法で育てられた野菜です。

赤峰さんのお弟子さんの一人。若いけれど大先輩の中田知孝さん率いる中田農園から届きます。

 

中田さんは関西育ち。

高校に進学するときにすでに自然栽培の農業を志していたというからスゴイ!

いったい、何が降りてきたんだろう?

小さい時にはアトピーも患っていたそうですが今はもちろん超健康優良人。

5人の子のお父さんでもあります。

 

 

中田農園の野菜、ぜひお試しください ♪

 

 

 

 

 

最近、思ったこと

 

高級食パンブームとグルテンフリーのように世の中あちこちでますます

二極化が進んでいる。ジャニーズ事務所や吉本興業みたいな大きな勢力

を持ち続けていた所にもほころびが出ているし、もう世の中を一括りに

してまとめて動かす、という構図はどんどん消えて行くんだろう。

 

来年予定の東京オリンピックに対しても熱くなる人と冷める人がこんな

にくっきり分かれるのも今までならなかった気がするし、不登校の子ど

もの人数とブランド校を目指して塾選びに熱心な親(と子)の温度差も

昔はこれほどじゃなかった気がする。

 

長く続いてきた人類搾取の構造にヒビが入り始めて、今まで虐げられて

いたマイノリティの人たちが少しずつ目覚め、ずっと人の上で胡座をか

いていたような立場の人がそろそろ終了〜!と合図を告げられている...

と勝手に妄想。

 

 

見えるところをどんなに整えても、中身に何か不純なものがあったりグダ

グダだったりする人や仕事場や組織はよーく見ると実はちゃんと「見えて

いる」。こんなに騙されやすい私でもわかるくらいに外観に現れている!

 

頭では「いいこと」「すごいこと」をしていると理解していても、心が動

かない、どちらかというとスースーするエネルギーを感じて「おかしいな

?」という思いを抱えていると、後でやっぱり内情を知って、これだった

か、と思う。ということがここのところ立て続けに判明。

 

なーんだ、人って実はちゃんとどこかでわかるようになっているんだー、

それなのに頭で否定してしまうからわからなくなってしまうんだ、という

ことがこの年齢になってよくわかった。そのザワザワする感じ、それを手

放さないように、いろいろ判断していけばきっとそんなに大きな間違いは

ないのだ。

 

でも若い頃は気力も体力も勢いもあるからそんなことが多少あっても平気。

昔の自分だったらそんなこと感じても意にも介さず突き進んでいたと思う。

(湾岸戦争中にイギリスに行ったり)若さがあれば、そこで味わったことを

栄養にできる熱と時間がまだたっぷり用意されているしケガの回復も早い。

 

そんなふうに年齢を重ねて得るものと、年々、失われていくそういうものと

の入れ替わりのバランスの妙も発見の一つ。

 

 

演説も聴くし政策もチェックするし選挙にも必ず行くけど、政治の世界とは

やはりちょっと力を抜いて付き合いたい。支持政党の応援を一生懸命してい

る友人はまわりに結構いてそれはそれで大事なことだし頼もしく思う。それ

はその人たちが普段からちゃんと生きていて問題から目を背けない人たちと

いうことを知っているからで、だから同じところに投票もする。

 

逆に選挙の時だけ近づいてくる学生の頃から親にK党の活動を強いられていた

友だちはいつの間には友だちですらなくなった!笑

 

人生で3回、半分冗談のように政治家にスカウトされたことがある(!)

荒れ狂ってた中2の時になぜか評議委員に推薦された時のことを思い出す。

だって生徒会に一回も出席しないまま1年が過ぎたんだもん。

人に決められても、まったくできないダメな性格...。

 

高層ビルの窓拭きと同じくらい政治家って自分にもっとも向いていない職業。

人の間で「調整」という作業ができないし、会合の類は想像だけで眠くなる。

なのに、なんでそう見られてしまうのか不明、血筋的にもその才能は皆無。

まだ秘書の方が向いているかも?

 

多数決で勝ち負けを決めるという方式にも旧態然という感じが拭えない。

その設定である限り、敵と味方という二分割思想から抜けられず、どうしても

相手に勝つための戦いモードになり、国を動かす大人たちが子どものケンカを

しているように、くだらない所での正誤をやりあうことになる。

 

私は一人一人が内側から治らないと(or 癒されないと or 変わらないと)全体

は変わらないという考えが強いので、より内側へのアプローチが大事だと思っ

ている。

 

政治に関わると、どうしても自分の意思だけではなく、しがらみやお金や戦略

などあまりにも色々な要素が絡み合い、こちらから見えない部分も増えてきて、

それが噂なのか真実なのかもわからないし、政治家自身も変わっていく。

 

すばらしい理念を持つ人に政治をしてもらいたい気持ちは当然として、でも、

投票はしても崇拝はしない。何よりも見守っていくことが大事と思う。

でも、自分にはゼッタイできない役をやってもらっている、という気持ちは

すごーくあります 笑。

 

 

 

 

 

 

夏の冷えとり

梅雨に入り、湿度が上がり、クーラーによる加工した空気の中にいる時間が増え

自律神経をやられて、心身ともに不調に陥る人が多い季節です。

 

そんな時に冷えとりや半身浴の話をすると、暑そ〜!何言ってんの〜?!という

反応が返ってきそうですが、この時期の冷えとりがじつは大切なのです、本当は。

 

始まりは熱が体に充満したようなのぼせた状態として感じる感覚も、いずれ頭痛

や様々な不調、風邪によって、体はその状況を調整しようと働きます。

 

のぼせやほてりの症状も要は「冷え」からきています。

 

「冷え」とは下半身と上半身の体温「差」が大きくなって、循環が滞っている状態。

この季節の不快さの原因は暑さや湿度の高さもありますが、それは誘因。真の原因

は「冷え」によって、血液、体液、リンパ液を循環していない身体にあります。

 

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病気の症状とは健康体に戻すための浄化のプロセスです。

悪い原因を取り除けば、悪い結果は自ずから消えていきます。

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クーラーが活躍する時期は人工的に冷やされた空気が部屋の下の方にたまりがち。

そうすると、もともとある上半身と下半身の体温差はますます広がります。

 

なので、冷えとり靴下、レッグウォーマー、湯たんぽ(!)を使って足元の体温を

上半身と同じくらいに持っていく。そうすると不思議なことに体感温度は下がり、

夜の眠りも深くなり、この気候にもちゃんと順応していけるようになるというのが

仕組みです。

 

この「冷えとり」は元耳鼻科の進藤義晴先生という方が「万病にきく誰でもできる

健康法」として提唱し続けた裏付けもしっかりある(個人的にはノーベル賞レベル

と思う!)健康法です。

 

24時間完璧にできなくても、夜はしっかり汗が出るまで半身浴をするとか、寝る

ときだけはしっかり靴下とレッグウォーマーを履くとか(毒だしは夜に起こります)

できるところだけでも。

 

 

冷えとり目線で世の中を見渡すと、女性がオフィスなどで働く時に決められた服装

(特に膝上スカート、ストッキング&パンプス)って誰のためのものなんだろう?

って思ってしまいます。そういう環境で生理に異常もなく、アレルギーや病気にも

縁がない、っていう人はいるのかなとつい心配してしまう。そのくらい身体的には

過酷な環境に見えます。

 

そして、デパートなど大型店のクーラーの設定温度なども、暑いところから入って

来ると心地よく感じる温度なのかもしれませんが、そこに長く滞在する人にとって

は冷蔵庫にずっと入れられているようなもの。

 

ぜひ、もう一度、冷えとり生活を見直して欲しい季節です。

 

 

 

 

 

 

コリーヌ・セロー監督

3年くらい前にこのブログでもYouTube で今なら全編、観れるよー!と

紹介したことのある映画「美しき緑の星」。一見、奇想天外なコメディ

のようなおかしなストーリーにもみえますが、実はふかく大事な意味を

もってつくられた映画です。

 

その映画の主人公ミラを演じ、監督も務めた方がこちら。

コリーヌ・セロー監督。

 

 

女性から目覚めなさい、と言っています。

そうすれば男性だってもっと自由で豊かな人生を生きることができると。

 

個人レベルではもうそういうことに気づいている人は多いと思いますが

正直、地方ではまだまだまだまだ(誤字ではない)家父長制や男尊女卑

が空気のようにあるところも多いです。

 

代々、あたりまえな光景に慣れてしまっていて年齢関係なく女性が解放

されていない、そして男性もその役割に閉じ込められてみんな自由じゃ

なくなっている。

 

そういうのももうやめようよ、と言われているようなインタビューです。

 

孤立している人は自分とも自然とも切り離されて生きているという言葉

も印象的。

 

映画の中では「接続解除!」というセリフが出てきます。

いまの私たちは何に接続されてしまっているのか?

搾取の支配?

 

みんな生きるためにお金が必要とがむしゃらに働いています。

でも、ほんとうにそんなに働く必要があるの?

その働き方で自分もまわりも環境にもいいの?

そんなことを問われているような。

 

「いまの自分の境地」によって捉え方も異なる映画かも知れません。

これが23年前に撮られているというのにもびっくりです。

 

今年、あらたに日本でもDVDが発売されることになり(Amazonでも購入で

きます)、監督が来日していた時に運良くお会いできたのですが、短い時間

でもただ者じゃない感がすごくて、それが威厳とか手の届かない人とかそう

いう感じではなく、大きな愛がぐわーっとこっちに流れてきて安心しちゃう

ような、

 

すごく優秀な通訳の方もいらしゃったのですが、言葉なしでもすぐに気持ち

が通じてしまうのが不思議で、でもそれがふつうでしょ、ということまで

ちゃんと伝わってきた(!)のです。

 

こんな70代になりたい!!!

賢者であり、魔女であり、偉大な母であり、表現者でもあり、もちろん映画

界の巨匠なのですが、それだけではない豊かなものが溢れ出ている大きな大

きな方でした。

 

夫なんてずーずーしくも食に関していろいろ質問しちゃって、でもそれにも

ちゃーんとも自分の例を出して詳しく答えてくれて、だけどテレパシーだけ

では無理だったようで(笑)通訳の方にもしっかりお世話になっていた。

 

 

この時のイベントではあの、憧れの増川いづみさんとも初対面できて嬉しかった。

それを遠まきに見ていた息子が帰り道にボソッと「あの人は強い人だね。ママも

もう少ししたらあのくらいになっちゃう?」と訊いてきて何を感じたんだ? 笑

いやいや、並べて語るような方でなく、出来もスケールもまったく違うから!

 

あまり計画もなかったにも関わらず、偉大なお二人に会えてしまったのもなんだか

偶然じゃないような、、、宇宙からプレゼントのような1日でした。

 

 

クリックするとAmazonへ飛びます。

 

 

 

 

 

 

不妊?

最近、この悩みを聞くことが多いので七夕にちなみ(関係ない?)

ちょっと触れてみたいと思います。

 

「不妊?」と悩んでいる方の年齢はどのくらいでしょう?

もし、まだ20〜30代半ばくらいだったら

決して慌てなくていいと個人的には思うのですが。

 

確かに「若いうちに産んだ方がラク」という側面はありますし

30〜40代での出産がめずらしくない都市部と比べて

地方は30歳くらいで最後の子を産む方も多いので

あまり時間がない、と思ってしまうかもしれません。

 

マスコミには「婚活」「妊活」という言葉が頻繁に登場し

不妊治療をして子どもを授かった著名人の記事を目にすれば

まるでそれが不妊解決のスタンダードな方法と知らず知らず

思い込んでしまうこともあるかもしれません。

 

でも、これは先のブログでも書いた癌に罹患したケースと同じ理由。

 不妊治療や抗がん治療はものすごくお金がかかる=経済効果あり、だからです。

しかもそのストーリーはノンフィクションでドラマチック(にしている)。

 

それと比べて生活習慣を変えたり、食事療法で解決した場合、

穏やかでいつの間にか治っていたようなケースが多く

しかも、治り方も自然すぎてわかりづらい。

高額な医療や薬品を使わないので経済効果も生まない。

イコール、スポンサーはつかない、イコール取材もない。

 

 +++

 

「不妊治療」「妊活」という単語がこんなに出てきたのはここ近年の話です。

生物である以上、妊娠するのがあたりまえなのに、こういう言葉が増えていること自体、

人間が自然の摂理から離れてしまっている証拠といえるのでは、と思います。 

 

私は30代の間に、3つの病院で「妊娠はムリ」と言われていました。

それでも40代になってから普通に妊娠し自然分娩で2人産みました。

でも「妊活」なんてまったく思ったこともなく、できたら産むし、

できなかったら子どものいない人生を楽しむだろうと漠然と思っていました。

 

そう、お医者さんの診断はあくまで過去〜現在のあなた、です。

未来は誰にも断言できません。

 

それを不妊の原因が含まれているかもしれない今までのスタイルを変えないまま

医療の力・お金の力を使って産むことが果たして本当にいいことなのか、

視野を広げて一度考えてみて欲しいと思います。

 

 

いい加減な食生活をしている人だってみんな妊娠しているのに・・・

というフレーズもよく聞きます。これも気持ちはすごくわかります。

 

私もアレルギーと病気で苦しかった頃は、そういう症状のない周囲の人みんなが

ものすごーく羨ましかった。なぜ自分だけ?と自問したことは数知れず。

自分には何か大きな欠点があるんじゃないか?と苦しい思いをずっと抱えていました。

 

夜、ベッドで横になり天井を見上げて私の一番の望みは「アトピーが消えること、

生理が規則正しく来ること、そして気管支炎の症状が起こらないこと」と

願ってみた時、そんな日はこの暗い天井のはるか彼方だろうなーーーと

本当に「真っ暗な長いトンネルの中に一人」を実感したものです。

それくらい、遠い遠いありえそうにない日々で、もしこの人生に

そんな日がきたらもう他のことなんてどうでもいいとさえ思っていました。

 

だから、子どもができないと言われても、この体じゃね、と半分納得していましたし

それより何より、まずは自分が健康でないわけなので、それどころじゃない

というのもあり、積極的に欲しいという気持ちすらありませんでした。

東京だったし、子どもなしでも楽しい人生のサンプルはいくらでもあった

というのも大きかったと思います。

 

それでも、そこで健康を取り戻すことを諦めたら可能性はゼロに近づいてしまいそう

だったし症状が苦しかったというのもあって、叶うかわからないけど健康を目指そう!

良さそうなことでできること全部やってみよう!と思ったのです。

 

それが、だいたい20年くらい前のこと。

今ではすべてが叶っています。

 

 

人は7年周期で体質が変わると言われています。

20年前にそれを聞いた時、7年もかかるのかぁ!と思わず遠い目になりましたが、

だけど実際に健康不安が自分の中から消えるのには10年以上を要しました。

それはまさに五里霧中、暗中模索で寄り道やトライ&エラーが多かったからです。

食事法だけでも10種類以上は試したくらいですから(!)

 

今のように情報もあり、効果のあるものだけを実行すれば早くて3ヶ月

遅くても7年で頭上に晴れ間が広がっていたでしょう。

 

でも「経験」というのは何よりの財産。

その十数年で得たことが今の自分の完熟堆肥だな、とよく思います。

時間はかかったけどこっちでよかったのです。

そして、それは自分の歩くべき道であったことが今ではよくわかる。

その道を案内されたお陰で気づけたことがいっぱいあって

それを伝えることが役目だったのかもしれません。 

 

自分の経験を振り返り思うのは、たとえ周りでいい加減な食生活をしているのに

妊娠・出産している人がいたとしても(またはしなくても)

それで本当に最後まで問題なく幸せでいられるのか?ということです。

 

もし、そうなったならば、それはその人の体質と役割に合った

バランスが取れていたということでしょう(人と自分は違います)。

 

だけど、少し離れた視点から眺めてみると、妊娠中に問題が起きたり、

赤ちゃんの時からアレルギー持ちだったり、難治性の症状があったり、

精神面での問題のある子どもが激増していたりするのはなぜか?ということです。

食を取り巻く環境の影響がない、とは言い切れないのでは、と思います。

 

不妊の問題に戻れば

そもそも子どものあるなしで幸不幸が決まる訳ではないですよね。

 

自分は一つの種子、と想像してみた時にその種子にプログラミングされている命を

精一杯咲かせることがまず第一です。プログラミングの内容は一人ずつ違います。

だから役割も違います。

その人生で気づくこと、学ぶことと、そのタイミングだって違います。

人と比べるよりも過去の自分と比べて成長していれば問題ないはずです。

 

この時代、スムーズに子どもを産んだはしたけどあとで苦労している方だって多いのです。

それがダメといっているわけでなく、どのタイミングで問題にぶつかるかも人それぞれということ。

 

少し横道に逸れますがハンディキャップのある子が生まれても

不幸と捉えることも幸福と捉えることもできるのが人間です。

というか、そもそも幸せ、不幸の概念だって、あってないようなもの。

 

なので、ただ闇雲に妊娠!と考えるのではなく、それよりは産む前にいろいろなことを

整えて自分の人生を生きてあとは神様(運命)に任せるという方がいいと思うのです。

 

自分の考え方、子どもと付き合う時の価値観みたいなものだって時間があれば鍛えられますしね。

子どもがいなくても、高齢出産でも、幸せに生きる方法はいくらでもあります。

 

もし自分がお腹に宿る準備をしている天使だとしたら、

どんな気持ちのお母さんのお腹に降りて行こうと思いますか?

 

なんでも自分の計画通りにしようと力んでいるお母さんだとしたら、引かないですか?

そんなお母さんに降りてくる子は勇気のある子かチャレンジ精神旺盛な魂を持っているかもしれません。

 

今の自分の心の波動に合わせた子が宿る、と思えば何より自分を整えることに

心を砕いた方が、あとあとスムーズな気がします。

 

ちなみに人間も動物も高齢出産をしていると平均寿命が長いそうです。

全体的に成長がゆっくりで、ホルモン分泌が長いんだとか。

精神的にも年齢いってからの子育ての方が良い面だってあります。

自分の頭のものさしを使ってのジャッジを手放せたほうが幸せですよ、きっと!

そして自分という種子はどんな話が咲く種子なのか?を探った方が楽しいです。

ないものを考えるより、あるもの探し。

 専門家は(マニュアルの)知識でいっぱいなので、何か言うかもしれませんが

 1〜2年、妊娠しなかったくらいで不妊治療に向かうのはお勧めしません。

逆に、その不妊治療で費やすお金があったら他に何ができるか想像を広げてみる。

 

統計によると不妊治療を行ったカップルが使った費用は100〜500万というケースが7割とか。

稼いでいる有名人や代理母などは千万単位です。

 

そこまで・・・?!と絶句してしまいますが子孫を残したいというのは生物の本能なのでしょう。

経済的にも、そしてきっと心身にも負担が大きい、本当にそんな方法しかないのでしょうか。

 

私が政治家だったら不妊治療に助成金を出す前に

まずは日本の農地から化学肥料と農薬をなくすために予算を充てます。

 

化学肥料+農薬はダイオキシン。

ダイオキシンの猛毒性はサリドマイドよりずっとずっと大きいと言われます。

もちろんホルモンを狂わせ、不妊、奇形、奇病の原因です。

なのでまずは原因にアプローチする方が費用対効果が大きいと思うからです。

 

政治はそんなに単純じゃないんだよ〜、という声が聞こえてきそうですが

問題はまず原因をなくさないと、お金も時間も浪費してしまいますからね。

 

 

でも、まずは慌てない。

そして、政治や医療に救ってもらおうと考えるより自分の価値観&生活改革が先です。

 

私の例でいえば40歳の時の助産院での出産も安産と言われましたが(あれで?!)

44歳の時の自宅出産で3700gの赤ちゃんが出てきた時の方がむしろ安産で

産後も元気でした。戸籍の年齢よりも、その時のコンディションが大事なんだよ、

と周りの人が言ってくれましたが、本当にその通りでした。

 

近視的に、とりあえずの幸せを求めるよりは、その執着(拘り)を一旦、横に置き

自分の人生、自分の健康を整えるという方向に。急がば回れ!です。

 

 

妊娠する前にできることを具体的に書きます。

心身にも経済的にも上の方法よりずっとやさしいことばかり。

もちろん、お産になってもきっと楽、という方法です。

 

 

食事編

◎パン食をやめて(あるいは減らして)ご飯(白米以外)を主食にする。

 ー不妊の人、乳がん罹患者の8割の人はパン食が大好きという統計があります。

 どうしても食べるなら、ちゃんとした小麦・全粒粉入り・天然酵母、そして

 添加物・砂糖なしのものをたまに。

 

 ◎調味料は本物を使う。

 

◎食材は化学肥料・農薬不使用のものを選ぶ。

 

◎不自然なものを身体に入れない。

 化学調味料とか、遺伝子組み換えとか

 

◎下半身を冷やさないー冷えとりを心がける。

 とくに夏場はクーラーに注意。

 

◎陰性の食品(合成甘味料・白砂糖など甘いもの・コーヒーの飲み過ぎ)に注意する。

 

◎動物性食品を極力控える。とくに牛乳と牛肉はいろいろと問題が多いです。

 血液をきれいにするため、ホルモン異常を防ぐための一番確実な方法です。

 

生活編

◎石油ナプキンを使わない。経皮毒が子宮にいくので。

 

◎石油由来の原料の入った化粧品、シャンプーなどを使わない。

 毒は女性器に流れます。

 

◎電磁波の影響に注意する。

 電子レンジ・IH調理器を調理に使わない。

 ハイブリッドカー・スマホ・wi-fi など、すべての電磁波は妊娠に影響します。

 便利なものを利用するにはデメリットの対策も忘れずに。

 

◎妊娠しない、という運命がたとえ待っていてもいいと思える価値観や楽しい人生設計を考える。

 なにがなんでも妊娠!と力んでいるよりも、そのくらい緩んでいる方がどっちにしてもいい。

 

 

あと、ホメオパシー治療でいえば根本体質のレメディを定期的に摂るという方法もあります。

これも自分本来の生命力を活性化する方法なので、無理やり妊娠に持っていくものではなく

レメディー(re-medium:真ん中に戻す)をとって自分に戻るよう働きかけるわけです。

自分が健康になれば当然、妊娠の可能性が高まる、というアプローチです。

 

体質的には開きすぎているPhos.や逆に閉じすぎているNat-m.の人は妊娠しづらいと言われています。

ただ、それも受け入れたうえの他人との比較でない自分の人生を作っていくことが大事と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハートで気づく

癌に罹患した著名人はマスコミからの取材対象になるケースが多い。

タレント、スポーツ選手、アナウンサーなど、テレビでお馴染みの人の

・癌という診断がされたという話題

・治療を受けている最中のエピソード

・愛する家族とのやりとり

 

などがプライバシーそっちのけで公開される。

そして本人までもが「同じ病気で苦しむ人の励ましになれば」とSNSでその様子を発信する。

 

そんなパターンが後をたたないけど

誰の、何のためになっているのだろう?

病気を敵と捉えて、視聴率とコメントを集めて何かが変わるのか?

 

こんな同じパターンを繰り返し報道することで

じわりじわりと観ている人を同じ思考回路に誘導していっていないか?

癌は怖いものという恐怖心を植えて、人の冷静な思考力と判断力を奪ていないか?

 

専門家にすがるマインドを持つ人が増えれば経済効果は大きいのかもしれないけど、

でも、もっと広く考えればその経済効果は一時期のもので長期的には損失に転じる

こともわかっている。だって、人がどんどん死ぬんだもの。

医療費がどんどん費やされていくんだもの。

 

原因とほんとうの治療法や対処法を多くの人がわかったら大きな利権に関わるから

決して、食事を変えて治った、考え方を変えて治った、ストレスを減らして

感謝の気持ちをもって暮らしているうちに治った、なんていう著名人は

滅多に取材されないのです。

 

 

ところで先日、読んでいた本に出ていた一節。

 

◎もともとはすべて1つのものであったものが

 「知識」をつけることによって2つに分断されて認識されるようになる。

 そして分類、分析が始まり本質からどんどん離れる。

 

◎本来は「知識」でなく「智慧」を働かせなくてはならない。

 「智慧」は自然と宇宙につながる知性である。

 

これ、塩づくりなんかもいい例と思う。

塩=ナトリウム、と見るのが「知識」。

ほかの微量成分は見逃されてしまう。

でも、最初に「塩」をつくった人には「智慧」があっただろうと想像する。

 

病気も同じで、

癌細胞を部位別に名前をつけたり、分析したり、ステージ分けしたり、

抗がん剤にするか、放射線にするか、それらはすべて「知識」であり、

 

本来は、なぜ発生したのか?

その背景・状況はどんなものだったのか?

現代人に癌が増えたのはなぜなのか?

そういうことを探ることのほうが本質に迫る「智慧」では?

 

答えがあるのが「知識」。

答えのカタチはいろいろなのが「智慧」ともいえそう。

 

「知識」は外側からやってくるもの。

「智慧」は内側からやってくるもの。

 

だから「智慧」をつけるのは内観(自分と向き合うこと)が大事だそうです。

 

それなのに、自分の命がかかっていても内側に目を向けることなく

外側から与えられるものでいっぱいいっぱいになってしまう。

 

内側が欠如したままなので、不幸にも病気になった自分、

「知識」のある人に治してもらう自分

=自分にできることはなにもないという状態に陥ってしまう。

 

同情や励ましのコメントが寄せられると、そこに集まってきたイメージの

型(殻)の中で愛される存在でいることにバイアスがかかっていないか?

 

コメントなんて無邪気ですからね(邪気もあるけど)

ほんとうに大切な智慧をそこから伝える人なんておそらく皆無。

 

「みなさんの今日一日がすてきなものでありますように」とか

「今日はこれを食べました」などと外に発信するより

まず大変なことになっている自らの内側に向き合うことをしないと

本質はわからないまま「知識」のベルトコンベアーに乗せられて終わり。

 

アップされている写真はこれまた癌の原因になりそうな食事というところがミソ。

本当に見ていられない。

そんなじゃ、再発確実じゃん!と思わず突っ込んでしまいます。

 

 

著名な人というのはたいてい社会的に成功している人で

その世界では優れた能力があるとされているけれども

それが逆に内観から目を背けている?

 

成功体験が「知識」をつけることで成り立っていたり

トレーニングで勝ち取っていたとしたら尚更その型が殻になり、

そこをさらに強化することで乗り越えようとしてしまうのかも。

 

だいたい「成功」というのは余計な微量成分を落として、

特定の能力を鍛え上げることで達成される。

偏差値なんかもいい例ですね。

家の手伝いしたり楽器演奏したり遊んでいないで特定の勉強、勉強であげていく。

(手法としてこの世を渡るには必要なこともあるかもですが)

 

塩が精製されて本来の栄養がなくなるように

人も全体の能力を下げて突出した能力だけが一人歩きをする。

 

そして今の世の中「成功=経済的な豊かさ」なので治療に充てるお金はある。

そうすると高額な治療=優れた治療という「知識」で乗り越えようとする。

そして「智慧」からますます遠ざかっていく。

 

完全な妄想ですが、そんな構図を想像しました。

だって、いつも思うのです、

どうしてみんな同じ路線なのかな、って。

まー、取材されるタイプが同じということなのかもしれませんね。

 

これからは、分断されていると思っていたものが、じつは1つだったんだ!

ということに気がつく時代だそうですよ。

味方 vs 敵 ではなく、敵も味方ももともとは一緒のグループ。

味方や敵は植えつけられた「知識」によって生まれた役割だった。

 

健康 vs 癌、ではなく、健康の中に癌が含まれているというか。

癌はダイナミックな命のバランスの中のひとつの役割です。

大事なのは「智慧」。

頭でなくハートで気づくことです。

 

 

 

 

 

 

ミート・フリー・デイズ

今年に入ってからたびたびブログでも書いているけれど

あらためて「肉食」について考えなおす機会があり

以来、その類の本や資料を読んでいるちに

自然と「肉食」から離れて3〜4ヶ月が経った。

 

人の細胞は約100日で全部が入れ替わる計算なので

今はたぶん全細胞ほぼ菜食人?

 

ベジタリアンやヴィーガンにはいろいろ定義があるけれど

私が食べないのは、まず哺乳類の肉。鳥肉、乳製品。

これはもうほぼ口にしない。

 

食卓にはときどき魚介類が並ぶけど、そんなときは食べて一口。

(もともとは大好物!)

ただ、お味噌汁の出汁にはいりこを使うし

出汁的に動物性のものを使った野菜料理もたまに食べる

(その辺は適当)。 

卵は欲しなくなった。

(でも、たらこはたまに食べたいかも?)

 

もともと動物性のものをそれほど食べていなかったので

(たぶん週に全部合わせて100gくらい)辛いとか

我慢している感じはなく、むしろ快適で、

もっと早くすればよかったと思うくらい!

 

という事実!!!

ヴィーガンやベジタリアンの人の気持ちがわかった気がする。

 

それでも菜食「主義者」ではないと思う。

 ポール・マッカートニーの「Meat Free Monday(肉を食べない月曜日)」

=月曜日くらい肉を食べるのをやめてみようという運動や

ベルギーのゲント市が行っている「Vegitarian Thursday (菜食の木曜日)」

=毎週木曜日はすべての公共機関、学校でベジタリアンメニューが出される。

そういうのが私の場合は毎日続いているような感覚。

 

主義者になってしまうとそこに「拘り」が生じて

それ自体(肉を食べないこと)が目的に変わってしまいそうなので。

私が食べないのはあくまで快適に、気持ちよく生きる手段なので

臨機応変にいきたい。

 

どっちでも同じようなものじゃん、と思われるかもしれませんが違うんです、

例えばシュタイナー教育とかマクロビオティックでも

大事なのは形ではなく本質を掴むことで

あとはその状況に合わせて判断するのが正しいと思うのと同じように。

 

そういう間違いはどんな世界でも起こりがちで

形骸化した途端に魂が抜けるということがよくある。

 

自由を求めているはずなのに、不自由になっていたり

マクロという視点を求めているのにミクロになっていたり。

 

それはたぶん、手法が目的化してしまい、そこから思考と探求が

停止して形式主義のようになってしまうためと思う。

 

動物の肉を食べないというのも健康や環境や生命倫理を考えて

今、自分ができて試せる「方法」であって

そのカタチがどんな時も絶対なわけではない。

 

大事なのは、自分が快適に生きたいと思うように

他の生物にも同じ権利があってもいいという考え。

 

私たちは飼っているペットが事故に遭ったり、病気になったり死んだりしたら悲しむ。

だったら多くの食肉になる動物たちの飼われ方や屠殺のされ方を実際に知った時に

それでも食べることができるのか?ということで

それが私にはできないなー、と思っただけ。

まして、環境や自分の健康を害してまで。

そして野性の動物をしとめて解体する度胸もない。

ならもう、いいや、卒業だ、と。

 

ということで快適、気持ちよく、というのは心身の感覚のほかに

知ってしまった悪事に加担していないというものも含まれている。

余計なカルマを重ねていない、という安堵感のような。 

 

 

国際連合食糧農業機関(FAO)によると

家畜を飼育・消費すること自体が地球温暖化緩和への

大きな脅威となっていることがわかっていて

温室効果ガス排出源のうち家畜の占める割合は約18%

(他の資料ではもっと)。

それは車や飛行機の与えている影響約13%をはるかに超えている。

 

だからポールは「環境破壊を防ぐために車に乗らないというより

肉を食べない日をつくるほうが楽じゃない?」という。

 

また、家畜生産のために膨大な量の良質の水が使用されることも問題。

これも環境破壊に大きく影響している。

一ヶ月のシャワーで使われる水はステーキ一切れ程に該当するとか、

確か、そんな数字。

 

食べられるために飼育される家畜の排泄物も海洋汚染の大きな原因だ。

(これも隠されている事実)

 

穀物飼料のために栽培される大豆やトウモロコシ(ほとんどが遺伝子組換え)

による土壌の疲弊も多くの問題をはらんでいる。

 

G20では海洋プラスティックゴミゼロを目標に掲げたらしいが、それが工業

的畜産業からの目逸らしになっているのでは?と思うほど工業化された畜産

が環境に与えている悪影響は桁違いなのである。

 

ほかのどんな環境破壊を止める行動(プラスティック製品を使わないetc.)を

したところで、先進国の人が食べている食肉の消費量が減らない限り

環境破壊は止められないーというのが現実。

 

もともと、食肉を積極的に食べるべし、とする栄養学は業界やそこから

利益を得ている政府とが御用学者に言わせていたということもわかっている。

日本ではまだあまり知られていないかもしれないけれど

今の栄養学の元になっている思想にはそういう事情も含まれている。

 

牛乳も同じだ。

権力のあるアメリカの乳業と政治家のつながりが牛乳神話を作りあげた。

 

その結果が今、アメリカをはじめ、あちこちの国で健康被害と

医療費の増大という問題で崩れてきたのだ。

 

現実的に、これ以上の環境汚染を広げないために人が食べても大丈夫な

動物性食品は一人当たり多く見積もって週に50gという試算があり、

 

一方、病気のリスクを減らすために自らできる最大の行動は動物性食品を食

べないことであるという有名なレポート「チャイナ・スタディー」もある。

 

もちろん病気の原因はたいがい複数あるものだし、一人一人体質も環境も違う

のでひとくくりに語るのはむずかしい。でも外(環境)から見ても内(身体)

から見ても同じ結論というのは、なんというか逃げられない真実な気がします。

 

 

という私も、むかしは何も考えずよく食べていました。

一時期、住んでいたLAにはマイベスト3の焼肉店があったし

ハーゲンダッツだって味で生産国がわかるほど好きでした 笑。

 

病気になってその辺は卒業したものの、それでも去年までは

グラスフェドなのをいいことにバターも好きなだけ食べていたし

一時期どっぷりハマったからこそ抜けることができたともいえるかも知れませんー。

 

だから今、家族や肉食する人にあれこれいう気はないのです。

あまり頭だけで考えない方がいいとも思うし

誰もが自分の道を自分のペースで歩いているのだから。

 

ただ、いつかタイミングがきた時には事実を知って向き合うのは大事かも。

致命的になって後悔するよりは、納得した選択ができるという意味で。

自分のカラダで感じてみると、ほんと覚醒にも似た新しい世界が広がると思います。

 

 

 

 

 

  

 

やっぱり輸入小麦は危険

前々から言われていましたが、米国などから輸入される小麦は相当危険と

いう話。とうとう新聞にも出ましたね。

 

モンサント社の農薬に使われているグリホサートという物質。

日本の国会議員23名を含む計28名の毛髪をフランスの検査機関で検査

したところ、21人にこのグリホサートと関連物質が検出されたそうです。

検査を受けた国会議員はふだんから有機食品などを積極的に食べている人

たちだったとか。そんなグループでさえ7割の人に検出されたというのは

やっぱり小麦に対して脇が甘かったのでしょう。

 

有名な除草剤「ラウンドアップ」にもグリホサートは含まれています。

この物質には発癌性があるばかりでなく、脳神経がやられ発達障害や痴呆

症の原因になることが以前から指摘され、さらに2代3代と代を重ねるご

とに影響が増幅するという動物実験の結果もあるほど毒性を持っています。

 

ある治療機関では発達障害の子どもたちにはあらゆる治療の前にまずグル

テンとカゼイン(牛乳に含まれる)を抜く食事を1〜3ヶ月続けてもらう

のだそうです。そうするとほとんどの子どもが改善するという話。

発達障害は今、よく言われているわかりやすい例ですが、ほかの様々な症

状も「グルテンとカゼイン」が関係していることは多いので、心当たりが

あったら、1ヶ月、できれば3ヶ月抜いてみるとわかります。

 

もちろん小麦に罪があるわけでなく、品種改良をしたりポストハーベスト

(収穫後の農薬散布)をよしとする人間の価値観が問われ、

 

同じく、牛の乳に罪があるわけでなく、そこにホルモン剤や抗生物質を投

与した挙句、子牛の飲み物である牛乳を人間に売るというシステムが問わ

れているのだと思います。

 

 

ラウンドアップを製造していたモンサント社はグリホサートが体内に入っ

てもすぐに尿として排出されると主張しているそうですが、すでに米国で

はラウンドアップが原因で癌になったとして3件の判決が出されて、最高

2200億円の賠償が命じられたそうです。

同様の裁判もすでに11000件も審議中だそうで昨年モンサントを買収

したバイエル社の株価も5割下がり大幅なリストラも発表されました。

 

  

だから言ったこっちゃない!

それなのに日本ではパンケーキブームだ、食パンブームだとなぜそんなに

輸入小麦を消費させようとしているのか。私たちはちゃんと考えなくちゃ

イケナイ時代に生きているということです。

海外で問題になって売れないものは、情報のない国(地域)で大量に消費

しようとあの手この手でブームが作り出される仕組みに気づきましょう。

 

食べるなら、ポストハーベストを行っていない有機小麦か国産小麦です。

ふわふわした甘いものばかり食べていると脳みそもそうなっちゃうんです。 

 

 

 

 

 

 

問答塾ダイジェスト

ひさしぶりになずな主催の問答塾にお邪魔してきたので

そこで交わされた話をダイジェストでお届けしたいと思います。

大事なことのおさらいです。

 

では、行きます!

 

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あらゆる病気の原因は化学肥料を使ってミネラルのバランスが

狂った土壌で育ったものを食べているために起こる。

 

 

菌は(必要な所に)自然発生する

(なんでも感染すると考えられているがそうではない)

 

 

平成7年の統計によると

その年の農家の跡継ぎは全国で1700人(が、多くは慣行栽培)

医師の国家試験に通って医者になった人は8000人。

そして病気はどんどん増えている。

(⇒ 土から変えないとと病気は増えるばかり

 

 

害虫といわれる虫は化学肥料や未熟堆肥から発生する亜硝酸対窒素

(毒)のアンモニア臭に寄ってくる(完熟堆肥には寄ってこない)。

つまり①化学肥料と農薬(殺虫剤や防虫)はセット。

つまり②虫食い野菜は安全でもなんでもない。

 

  

土が作られるのは苔がはじまり。

土は草の残骸

 

 

そして質疑応答の時間。

 

(不妊の相談に対して)

本来、子どもはできるのがあたりまえ。

妊娠しないのは命のある食べ物を食べていないから。

今、市販されているもので命のあるものはほとんどない。

命のあるもの=芽の出るもの。

女性は肉食を減らすと身体がきれいになり妊娠しやすくなる

なずなのお弟子さんはみんな子だくさん!

 

 

(右耳の突発性難聴の質問に対して)

右側は動物性食品(陽性食品)の過剰摂取!

(左の場合は陰性食品の過剰摂取)

 

 

(糖尿病の質問に対して)

白いもの(白砂糖、白米、輸入小麦の加工品)の食べ過ぎが原因。

また合成甘味料の入った後は尿の値が糖尿病レベルになる。

「市販の(アルコール)飲料にはほとんど入っているので

そういうものを飲んだ翌日に検査を受けるとみんな糖尿だよ!」

 

 

(癌の質問に対して)

まず、どうしてそうなったか原因を考えることが大切。

医者の言う通りになるのは実験台になるだけ。

原因を考えずに抗がん剤や手術を受けても食事改善しないと繰り返す

 

 

(草に負けたり、虫刺されでジグジグになるという質問に対して)

自然海塩をしっかり摂る。

化学肥料の入っていないものを食べる。

人体細胞は一日に6000億×100日=60兆すべてのが

入れ替わるのでそれで血液がきれいになれば大丈夫。

 

 

(アトピーの質問に対して)

化学肥料をつかったもの、乳製品、肉、合成甘味料などが原因。

それらを分解する酵素は身体にないため、代わりに皮膚から

解毒されている状態がアトピー。

 

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以上です。

少し解説させてもらうと

これらの考え方の根本にあるのは赤峰さんが「循環農法」とよばれる農法を

確立した過程で気づいた草と菌と虫の考え方があります。

 

戦後の慣行農法ではそれらは「悪いもの」「余計なもの」「排除すべきもの」

という捉え方が根本になってきました。

 

しかし、自然界(宇宙)の命ははすべてが循環して成り立っているという法則

に赤峰さんはある日、畑で閃きます。雑草にも、菌にも、害虫にも、ちゃんと

大事な役割があるということに。

 

現代の、病気でない人を見つけるのがむずかしいような現状は、そこが抜け落

とされてしまったこと、そして1972年に施行された塩田法により自然海塩

の製造も摂取もできない期間が続いたこと(ミネラル欠乏)、そしてその反動

としての(塩の質を問わない)減塩思想があります。

 

畑 ⇒ 病気 ⇒ 塩 ???

そうなのです。土の中は腸の中と相似していて

植物に根毛と小腸の絨毛の役割はそっくりです。

 

そして、その原理はマクロビオティックを広めた桜沢如一の

菌の捉え方や、千島博士が発見した小腸造血説にも通じています。

 

今の医学は菌はどこかからやってくるもの、

血液は骨髄でできるもの、という前提があるので

これらは異説とされており認められてはいませんが

近い未来には真実が明らかになるのでは、と思います。

 

 

 

病気とは、その自然の循環の軌道からちょっと外れてしまっているよ〜という

サインでありメッセージです。(どこかから無意味に襲ってくるものではなく)

だから、それを少しずつ取り戻せばいいのです。

症状を敵対視せず、自分の在り方を含めた根本を考えることが大切ですね。

 

 

そして、ここからはおくなが屋でのFAQ

 

 

Q.そうはいってもそんなこといったら食べるものがないし、

 そんなお米や野菜を買えるところはなかなかない・・・。

 

これはもうこの7年間に何度言われたか、聞かれたか、わかりません〜。

ハッキリ申し上げて、それは本気になっていないだけなんです。

本当に大切なことだと認識していない、もしくはみんなも食べてるし、とか

要は向き合うことを避けている気がします。

 

だって、いくらでもあるもの!!!

 

宅配を利用するとか、そういう野菜を作っている人から直接、買うとか

自分で育ててみるとか、それらを組み合わせるとかすれば、だれでも叶います。

そして、そういう人が増えればそういう作物を作る人も増えていくのでは。

要は価値観とその優先順位の問題と思います。

 

 

Q,無農薬野菜や自然食品は高いから、買いにくい。

 

これも上と同じ。

本当にちゃんと比較したことがあるのか?と聞いてみたい。

病気にならない、なりにくい、なっても自力で治せる、という状態は最高で

唯一の経済効果でもあるのでは?と思います。

 

安さで選んだものを食べ続けることによって起こるモンダイ、

体調が優れずくすぶり続けたり、自分の能力が発揮できなかったり、

子どもの体質や性格に苦労したり、クスリを手放せなかったり、

医者通いが卒業できなかったり、肥満が慢性化したり、

大きな病気の発症にビクビクしたり、、、

それらの問題はどんな保険に入ったとしてもリスクや

心の奥に潜む恐怖心はなくなりません。

 

◯◯風の調味料や旬でもないものにお金を使わず、ごちそうは特別な日だけ。

普段は一汁一〜三菜の粗食でその質を上げる方がはるかに無駄がない。

 

ちゃんとした原料と行程で作られた調味料でも適正価格のものを買えばいいし

科学肥料や農薬不使用の野菜を良心的な価格で販売している農家さんだって

います。なずなの野菜の値段なんてむしろ安い!です。

魚だって地物の旬のものだったら安いものがある。

 

いい加減な安物を買って食べて節約した分は、あとで人生上のトラブルとして

清算される時に膨大なエネルギーと時間を消費する。

そのことの方がずっとややこしいと思うのですが。

 

 

Q.自分は気づいて、そうしたいが家族が賛同してくれない。

 

これは一見むずかしい問題に見えますが、所詮、家族だって基本他人。

他人は変えられないのです。だったら、そこで格闘してもしょうがない。

自分が変わることで、じんわり影響を与えていく、と気長に構えた方がいい。

一人の変容は自然とまわりにいる人にも及ぶものです。

 

言われてすぐにカタチだけ変えるより、ゆっくり時間をかけて

心から納得して変わっていった方が定着率も高そうです。

 

まず自分一人でも、気持ちのいい生活を送るシステムを考えること。

スーパーに行くと、ついつい流されて無駄なものまで購入してしまうと

いう場合は行く日は月一にして必要なモノだけをその時に買う。

あとは予算を決めて宅配にしてもらう、とか(時間もセーブ!)

 

調味用は自然塩、味噌、醬油、+あと2種類くらい(マヨとケチャ、とか)

オイルも良質なものを3種類だけにしてしまう、とか。(冷蔵庫もすっきり!)

 

親や知り合いからもらったもの、それが例え子どもに与えたくないな〜

と思うものでも、そこにある気持ちを大事にしたい場合は子どもと

話し合ってみる。結果がどうであれ、その意志は尊重してあげる。

でも自分はもらうのは気持ちだけにするね、としておけば子どもはそれを

見ているので、あとで少し考えが進むかも?(でも過度の期待はかけない)

 

その人との人間関係ができていれば、こういうものだったら嬉しい、

と伝えておくとか。

 

 

そこに、ある程度の知識もあるとさらに説得力が増すので本を読むのも大事。

(テレビや雑誌ではなく、著者のいる本)

そういう本は家にあるだけでも波及効果があるので、これはいい!と思った

本は購入することをおすすめします。

 

図書館で借りれるのは便利ですが、経験上、借りた本と購入した本は染み込み

方に差がでる気がします。家の中で背表紙が見えているだけでもいいのです。

そういう知識や情報がすぐそこにある、という環境が大事ということ。

 

それで、いつも家ではホンモノを味あわせてあげていれば、

舌の感覚が養われるので不自然なモノを受付けなくなってきます。

 

そんなふうに説得で人を変えるより、システムや環境から変えていく方がいいのでは?

そして、他人を変えたい!という人ほどじつは自分がまだ変わる必要があると

思っているんじゃないか、というのが傍から見ての推測でもあります。

 

そんな日々の連続が、いつしかそういえば家族でいちばん調子良さそうね、

 ということになり、見向きされることになるかも知れません。

 

基本、相手も自由だし、自分も自由なので、そこで無理矢理、自分の考えに

沿わそうとあまり思わず、静かに自分から実行していくというイメージです。

 

 

とくに子どもに対しては、こちらの言うことを守らせることに主眼を置いて

しまうと、肝心な主体性が育たず、二重人格的な性格を育ててしまうことに

なりかねないので要注意です。 

 

 

 

 

 

 

soto café(外カフェ) 準備中

今日からおくなが屋はOPEN8年目になりました。

これまで、お店に通っていただいた皆さまには心から感謝の気持ちを捧げます!

 

始めたときに書いたものを読み返すと「10年は続けられますように!」なんて

書いてあって、それは、また店を始めるんだからせめて10年は平和であってく

れよー、という切なる願いでもあったわけですが、それが7年分は叶いました。

 

お店のトンカン準備期間を含めたらあれから8年が経っているわけですが、当時

はサバイバルモードというか、生活基盤を失ったけれど子どもだってまだ小さい

し「何か」できることは?と思った時に、とにかく今あるものを生かそうとして

その瞬間、新しいメガネを手に入れていたことに気づいたというのがありました。

 

掴んでいたものを失って初めて気づくこと見えてくることってある、というか、

逆に考えれば、そのために「失う」経験をさせられたのかも?

 

とにかく今までは里帰りに寄るだけだった夫の実家の環境が、実は農地もあり歴

史的に災害も少なく(縄文人も住んでいたらしい)、いつもお米や野菜を送って

もらっていた赤峰農園にも日帰りできる距離で、1時間圏内に別府や湯布院をは

じめ温泉がたくさんあり、価値観のチャンネルを変えてみれば意外に良いところ

で、ここに自分たちが今までの経験してきたことや人とのつながりをカケ合わせ

れば「何か」できるんじゃないか?と思ったのでした。

(いろいろ経験しておいてよかった!)

 

 

田舎は情報もモノも選択肢が圧倒的に少ないけれど、だったら、自給や自立の

方向でできることを増やしていけば、それは災害に遭っても吹き飛ばされない

「能力」や「技術」になるんじゃないかと。

 

大切なのは、食住衣カケル健康です。

最近は食卓に上がる食材のほとんどを自給自足でまかなえるようになり、まさ

かこんなファンタジーのような?暮らしが実現するとは思っていませんでした

が、お陰で家族みんな健康ですし、私の小麦中毒も解消されたし(汗、パン屋

を全うすることはできなかったけれど、これでよかったのかも知れません。

 

家やお店の改修の腕(夫の)もこの8年でだいぶ上がりました。シロウト大工

の卒業制作?のような小屋作りも終盤です。

 

そこでお知らせ!

小屋が完成したあかつきには、セルフサービスの外カフェを始める予定です。

 

 

おくなが屋 soto café

お買物のあとにちょっと一息つけるような小さなスペースにオーガニックの食材

とヴィーガン寄りのメニュー。ふつうのいわゆるカフェではなく、イメージにあ

るのは海外で暮らしていた頃によく行ってたオーガニックスーパーのすみっこに

デリのコーナーがあって、そこにはざっくりした簡単に食べられるメニューが並

んでいて忙しい時やちょっと休憩したい時にときどき利用していた場所。

テイクアウトもできるし、外のテーブルで食べて帰ってもいいような。

 

余談ですがそこには「うどん」というメニューもあって、当然?びみょーな味で

向こうも日本人相手にやりづらかっただろうな〜という(笑!)

そんな気軽な、ショッピングエリアの横にあるデリのおくなが屋版。

 

そこはホームスパンの服を着て利用してもらうときっと似合うと思う〜〜。

(抱き合わせ商法?笑)いや、きっとデザイナーの方と好きな時代が似ている

ところにルーツがあるんじゃないかと思う。1930年代のヨーロッパやアメ

リカにあった建物や服装。

 

その頃も家のお父さんは畑を耕し、家や小屋を造ったり、家畜を飼ったりとかなり

自給レベルが高かったんじゃないでしょうか。ホームスパンの服作りも洗練はされ

ているけど、その時代のお母さんが子どもたちに作っていたような、そういう匂い

が残っているところが人気の理由でもあるんじゃないかな〜と思ったりするもので。

 

OPENの日にちが決まったら、またこちらで告知させていただきます。

まだまだ準備期間中なので、気長にお待ちいただければさいわいです!

 

 

 

 

 

 

制限するより主体性を

ウチは仕事柄?オーガニックとか無添加とか食にコダワリを持っていると思われているので

よく子どもにもそういうふうに躾けているように思われることが多い。ファストフードやイ

ンスタント食品やジャンクフードはご法度な家庭なんだろうという前提で質問や相談を受け

たりする。

 

でも、実はどんなこともそうだけど親が子どもに「「〇〇は食べちゃいけません」とか、

「〇〇しなさい」と伝えたとして、それをそのまま聞く子が育つ方がコワいと思っている。

そんなふうに「飼育」された子どもが幸せになると思えない。

 

それよりも大事なのは自主性が育つ邪魔を親がしないことだと思っている。

もし、食べて欲しくないなぁ、と思うモノがあったとしたら、まず親自身が食べない生活を

することで、それはイコール買わない、手に入れない=家庭に持ち込まれないので、そこで

自然と子どもの口に入る可能性が低くなる。そのうち保育園や小学校に入ると家庭では避け

ていたモノ(農薬いっぱいの野菜や工業的に作られた肉や魚、遺伝子組換え食品、添加物や

砂糖いっぱいの食べ物など)に遭遇する。

 

それはもちろんできるだけ食べさせたくないが、そこでも子どもにあれこれいうのはおかしい。

その環境を作っているのは社会なので、子どもに制限を課すのはちょっと違っていると思う。

言うなら保育園や学校に言うべきで、そこで状況が変えられなかったら

お弁当にするか、出されたものを食べるか、子どもに聞いてウチは選んでいた。

 

でも、だいたい9歳くらいまで家の中で自然のものを食べさせていると

舌ができてくるのであとは自分で判断してくれるようになる。

 

子どものアレルギーや不登校の相談でも、たいがい変わらなくてはいけないのは親の方だ。

子どもに罪はない。大人が作ってきた環境に後から入ってきたのだから、そこに居づらさが

あるのはNOと言われているようなもので、それをなんでかな?と大人は反省するべきなのだ。

 

自分を振り返れば分かるように、そう常に正しいものばかり食べて育ってきたわけじゃない。

むしろその寄り道があったおかげで、どういうものを食べた方がいいのか会得したわけなので

それを思えば子どもには食べてみたいという好奇心もあってあたりまえだし、食べて失敗して

みる権利もある。

 

ギリギリ命に関わらないくらい、様々な経験をして最後に自分はどうするのかを決めたらいい

と思っているし、成人したらもうあとは本人の責任で自由。

 

制限は一種の抑圧で、それに従順していればいつか反動や歪みが現れるのは当然だ。

それよりは主体的に自分が選ぶ力をつけてもらえた方が親子の関係も楽しいに決まっている。

 

  

何を食べるか?というのは私自身は大切にしていることだ。それは命や健康や環境につながる

ことだし、人は食べるものですごく変わるということを経験しているから。

 

でも、それでさえも、こっちの意見は伝えるけど、最後に選ぶのは自分だよ、と思うし、実際

「これ、食べていい?」と聞かれても「自分ではどう思っているの?」と返す。人にいつも聞

いてばかりで自分の頭を使わない人になって欲しくないからね、というとめんどくさそうな顔

をされることもあるけれど、こっちは親の言うことを聞く子を育てているんじゃなくて、主体

的に考えて判断できる人になって!と思ってのことなので、意地悪じゃないんですよ。

 

 

 

 

 

 

「食」のところで新しく扱うことにしたリコエンザイムソルトのことを書いていた

ら思い出した話を書きます。

 

不良化していた私をいつのまにか真当な人の道に導いた凄い腕を持っていた恩師と

数年前にひさしぶりに会って、人待ちで駅のホテルのカフェでお喋りしていた時、

こういう雑談の中にも「!」というエピソードが出てくるのでそれを聞き逃すまい

と「この値段ならもっと美味しい紅茶が出せるんじゃ?」というツッコミもおいて

じっと聞いていた。

 

先生はビールですでに酔っていたので(笑)適当に弾いている楽器のような感じで

タラタラ喋っていたのだと思うけど、さすがに有名大学(が良いかどうかは紅茶の

味と一緒に横において)数十年、数百人の前で休みなく講義をしていただけあって

ただの酔っ払いに見えても(笑)内容には光がある。

 

その時の話の中に「相手を尊重するとか、尊敬するというのはね、料理に塩がちゃ

んと入っているかみたいなのと一緒。ちょっと(といって小指の先に親指を当てて)

入っていれば、それがちゃんとできるんだよ。先生と生徒でも、友だちでも結婚相

手でも。その塩がないとダメ。関係は続かないよ〜、そうだろ?」

 

うまいね!(と思って、私は心にメモしました。)

それを塩のことを書いていたら思い出した。

いや、そうでなくても時々、思い返したりしているのですが。

 

人種、性別、年齢、出身、言語、学歴、収入・・・。

そんなことすべて抜きで、その人を付き合ったときに、お!と感じられる小さなでも

確かな「尊敬」の気持ちがあれば友人関係でも仕事上のおつきあいでも、結婚生活で

も、親子、家族、義理の家族、何でも続けられるのです。ほんとうにそうだ。

 

先生、元気かなー。

 

 

 

 

 

 

女王の主治医はホメオパシー医

明日からのホメオパシー講座のための資料の一つを紹介したいと思います。

日本は世界の情報からかなり遮断されているので(国内のマスコミの流すニュース

の9割以上が国内の操作されたもの、ですからね)出てこないですが、ほらほら。

 

世界で最も権力のある人物のお一人であるエリザベス女王の主治医が事故死という

昨年の記事です。こんな突然に亡くなってしまったのは残念ですが、ここで注目な

のは、エリザベス女王の主治医がホメメオパシーの分野で国際的にも知られていた

人物である、ということ。そして世の中にこういう情報がふつうに流せる時代にな

ったということでもあります。

 

また一昨年、101歳で亡くなった世界金融を牛耳る陰謀論でも名高いデイヴィッ

ト・ロックフェラーの療法もホメオパシー中心だったことは有名です。エリザベス

もデイヴィットも長生きですね。他にもヨーロッパ各国の君主もアメリカの歴代大

統領も、18世紀以降の誰もが知る著名な音楽家、作家も。ミヒャエル・エンデな

んかエッセイでもホメオパシーについて触れていますし、シュタイナーだって愛用

者でした。

 

それが日本では今までとても不都合な事実だった面があるわけです。

なぜ世界の権力者の多くが愛用している費用対効果の大きい療法が広まらず、庶民

にはクスリと手術が中心の高額で副作用等リスクもある医療が勧められるのか?

でも、そんな時代もだんだん変わってきています。

 

いい時代になってきました。

 

 

 

 

 

 

 

毒と自己表現

自己表現というのはインスタにどれだけ写真をアップできるかとか、Facebookでどれだけ

「いいね」される生活を送っているかとはちょっとズレたところにあると思う。

 

例えば、あとこちで飲食店を営んでいる友人知人からよく耳にする話として、オーダーした

ものを写真を撮るだけで残す人がけっこうな割合でいるらしい。そういう人たちはその写真

をSNSにアップしたあと、どれだけ反応が返ってくるか認証してくれるかを確認するんだろ

うけれど、それは自己表現でもなんでもなくて、むしろ注文したのに写真を撮るだけで食べ

ないということの方がはるかにその人を表している。SNSというバイアスがかかり過ぎて、

しかもそれが過渡期なので実際の行動がおかしくなっている人が増えているといのかも。

 

生みだしたり作りだす側とそれを消費する側。

どちらを選ぼうと自由だし、どんな人にも両方を立場を行き来している面もあるから、あと

はバランスとマナーとセンスの問題なんだと思う。

 

それでも最近のある営業日。

その日は遠方からのお客さんが多くて、そのほとんどが東京か海外からというめずらしい日だ

った。そしてみんなカメラになるものを持っているのに、勝手に店内を撮ったりする人は一人

もいなくて、みんな外から撮るだけだった。以前だったら店内に入るなりパシャパシャしたり

私たちのことも断りなく(!)撮ったりした人が現れたけれど、こういう習慣も成熟してきて

いるんだなぁと時代の変化を目撃した気分?だった。半径10メートルくらいで生きているの

で見当違い的なズレ(店内には撮りたいものがなかっただけ、とか)もあるかもしれないけど。

  

同じ写真でも、例えばその料理を自分が作ったものなのか、誰かが作ったものを撮影してあげ

ているのか(あげちゃいけないわけじゃない)、で意味合いがまったく違うように、

 

生産者側はと試行(思考)錯誤という経験を積んでいて、その経験は必ず蓄積になって、その

後に生かされるという仕組みはもう宇宙の法則みたいなもので、そういう意味では勝手にSNS

にあげられようが匿名でコメントを書き込まれようが、何かが鍛えられているという点で必ず

進化している。それは「もらい感動」ばかりで与えられる側、消費者マインド中心に生きてい

たらゼッタイ見ることができない景色と吸うことのない空気を味わっているということだ。

 

でも生身のニンゲンとしては、ボディブローのようにじわじわ傷ついたり気に病んだりするこ

ともあるから、外からの規制がほとんどない世界だけに自分でどれだけ想像力を働かせて利用

するしかないんだろう。

 

傷つくことを恐れて、当たり障りのない、万人受け間違いなしみたいなことばかり続けると自

分が本当は何を感じて何を考えている人なのか、自分でわからなくなりそうだし。

 

・・・と、未だにSNSのいい使い方がよくわからない50代です 笑。

使いながらも結構、懐疑的で、どこに着地するんだか。

 

でもインスタで遠く離れた友だちのきれいな写真を見れるのはとても楽しい。

 

 

毒を持つことを恐れちゃいけない(毒を持て!by 岡本太郎)

毒は加減が問題で微量であればスパイスだったり薬になったりする大切な要素だから。

 

何かを生み出したり、表現する時にそれがどこかないと、なかなか人の心に引っかからない気

がする。「!」と感じる表現には必ず毒がどこかにギリギリ含まれていて、その人らしく上手

に料理されているものが多いと思う。

 

 

 

 

 

 

四つの約束

「The Four Agreements(四つの約束)」。

この人生の羅針盤のような本に出逢ったのはいつだったか。たぶん15年以上前?

英語の本に慣れようとして買って読んで、そしてすぐに深ーく納得した。

 

日本に帰ってきて翻訳本も読んだけど、どうも英語で読んだときの方がインパクト

が強かった。言葉の問題なのかメキシコと日本の風土の違いなのか、どちらにして

も少し乾いた土地で読む方が入ってくるような、そんな感じがする。

言語っておもしろい。

 

日本ではどのくらい知られている本なのかわからないけど、今まで「知ってるよ!」

と言われたことがほとんどない。湿度が高い土地だと人の気質もウェットになるのか、

他人に翻弄されることが起こらない、こんなさっぱりした哲学は馴染まないのかな。

向こうでは結構、誰でも知っている本だったけど...。 

 

著者のドン・ミゲル氏が交通事故でひん死の重傷を負って、今でいう臨死体験から

戻ってきた後、人々にどうしても伝えなければと書かれた本と記憶している。

 

古代メキシコの「トルテック」の秘教を4つにまとめた、人生を自由に泳いでいく

ためのガイドブック。当時、これを読み終えてずいぶん心がすっきりしたのを覚え

ている。今では無意識レベルで染み込んでいる大好きな指針。

 

これさえあれば人生に不必要な雑念(心配事や杞憂)をすぐに手放すことができて、

人生が今すぐ自分のものになる魔法のような約束事。

 

でも、すぐにうまく実行できなくてもいいんです。なにか起こった時に、この中の

どれが欠けていたのか振り返ってみるうちに理解が深まる。そうすればきっと次に

生かせるから、と私は思ってます。

 

1 Be impeccable with your word.

申し分のない(的確な、正しい)言葉を使うこと。

ほんとうに自分が言いたいことのみを言うこと。

自分の気持ちに反する言葉は避けること。

一貫性をもって話すこと。

他者のゴシップをしないこと。

真実と愛の方向に言葉の力を利用すること。

 

2 Don’t take anything personally

なにごとも個人的に受けとらないこと。

他人の話すこと、することのすべては、あなたが理由ではない(たとえ、あなたに

ついて話したりしていても)他人が言うことやすることは彼(彼女)ら自身の現実

や夢の投影である。他人の意見や行動に対してあなたに免疫があれば、必要のない

苦痛を感じることもなく、被害者とはならない。

 

3 Don’t make assumptions

憶測(思い込み)をもたないこと。

わからなかったら尋ねたり調べたり、あなたがほんとうに望むことを伝える勇気を

みつけること。誤解や悲しさやドラマを避けるため、できるかぎり明確に他人とコ

ミュニケーションをとること。この約束だけで、あなたは人生を完全に変容させる

ことができる。

 

4 Always do your best

常にあなたのベストを尽くすこと。

ベストはときどき変化する。病気であるときと、健康であるときとは異なる。

それでもその時、どんな状況でも、シンプルにベストをつくすこと。

そうすれば、自己嫌悪に陥ったり、後悔を避けることができる。

 

 

なーんだ、こんな簡単なこと?と思うかも知れないけれど真実ってシンプルだけど

実は奥深い。逆に考えると、このシンプルなことができていないばかりに、人生が

ややこしくなっているとも言える。

 

この四つを意識して過ごしていると依存心やプライドや被害者意識で固まっていた

心がいつしか溶けはじめ、依存心は自立心へ、変なプライドは健全な誇りへ、被害

者意識は自己責任意識へと変容し、自由に生きられる(自由のそのおとしまえは自

分でつけるよ、と思える)ように進化していきます。

 

興味のある方はぜひ読んでみてください。

一読の価値も三読の価値も大ありです! 

 

卵や乳製品も

なかなか知られることのない畜産業の実態を調べれば調べるほど恐ろしい事実が

たくさんわかってきて最近は今まで知らずにいた自分に自己嫌悪さえ感じている

今日この頃...。健康面から少なめにした方がいいよー、やめた方がいいよー、と

いうことは思っていたけれど、環境、そして動物の命という視点が欠けていてま

ったくもって迂闊でした。

 

まさか、自分がこんなに動物を傷つけていたなんて、知ったら誰もが心乱れるん

じゃないでしょうか。ペットだって飼っているし動物を傷つけているなんて思っ

たことはないけれど、間接的に「知らない=動物の人権ならず動物権を踏みにじ

っている」ことにこんなに加担していること。かーなーりショックです。

 

例えば、これだけ卵を消費する人間(日本人の平均一人当たり年間330個消費)

のために、卵を産まない=生産性のない雄は無価値と見做されヒヨコの段階で踏み

つけて殺したり(これができないと工業式畜産業では働けないそうです)、ダンボ

ールに入れられて産業廃棄物として処理されたりしている。

 

雌の方も早く成長させて卵を産ませるためにホルモン剤で人工的に早く成長させられ、

(だから見た目はニワトリなのに「ぴよぴよ」という鳴き声のニワトリがいる)現在

飼育されている赤色野鶏の雌は本来1年間に20個ほどの卵しか産まないのに、こう

いったブロイラーの卵用ニワトリは1年間で300個(なんと15倍!)の卵を産む

ように操作されている。

 

雌鶏たちはほとんど毎日、卵を産んでいるせいで、子宮脱の苦痛を味わう。

卵の殻はカルシウムでできているので雌鶏の骨は重度の骨粗鬆症になっている。

だいたい2歳を迎える頃には600個の卵を産んで体はボロボロになり廃鶏と

呼ばれて屠殺場に送られるか、ゴミ袋の中で窒息死させられる。

 

この2年間の鶏の生きている時間も喧嘩しないようにクチバシを切られたり

狭いゲージに押し込められたりする、虐待の2年間を過ごす。

 

こんな状況の上に、私たちは卵を栄養として必要だと信じて食べている。

 

乳牛もひどい。

牛の乳は本来、子牛のためのものである。

なのに「牛乳」「バター」「チーズ」「ヨーグルト」そのほか加工乳として人間が消費するため

生まれてすぐ子牛は母牛を離され、出産からすぐに子牛を取り上げられた母牛は嘆き悲しむ。

動物にも人間と同じように情感がある!自由であれば母牛は9〜12ヶ月の間、子に乳を与える。

その時の親子は人間同様、快と安心を覚え母子愛が育つ。無理やり、離されれば不安と心痛の

感情が全身に染み込む。哺乳類の子への強い思いは脳や神経系に大きな影響を与えるため、

攻撃的になる牛もいる。

 

乳をできるだけたくさん搾り取るために、雌牛たちにはできる限りの妊娠させられる計画が

立てられる。定期的に動きを封じられ、その名も「レイプラック」と呼ばれる固定具を

子宮まで押し込まれ無理やり受精させられる。

 

本来の牛は20〜25年の寿命があるのに、このような人工的な妊娠・搾乳を虐待のように

繰り返された牛は4〜5歳で廃用とされ屠殺場に送られる。ハンバーガーに使われる肉の

ほとんどはこの廃用となって屠殺された雌牛の肉が使われている。

 

畜産業にとって最適な品種だけが短期間に酷使される一方で、雄は生殖のための奴隷のように

扱われその後、屠殺される。畜産で扱われる動物たちにとって人間はほとんど悪魔のような存在だ。

 

それなのに、世の中に出れば動物性食品を栄養のあるものとして食べることマストな雰囲気が

充満している。そういう習慣を知らぬ間に作られてしまっている。

 

習慣を急に変えるのはむずかしいかもしれないけれど、少しずつでもそういう育てられ方を

した動物の肉や生産物、卵や乳を自分の口に入れることを減らしたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

2019年は自然災害に気をつける

聞いている方も多いと思いますが、今年2019年は自然災害が多発すると

いろいろなところで言われています。占星術でも星の位置が311の時

とそっくりだったり、アカシックレコードにアクセスして予言する人に

聞いても、TEC値など、どこから見ても可能性がとても高いようです。

だいたい、亥年というも歴史的にみて大きい地震が多い年。

 

巨大地震、噴火、津波、そして経済の衰退...。

その結果、東京オリンピックも中止になる?など。

 

近々で言われているのは3月下旬。

シャク歴でも地震のエネルギーが解放されるとあり、それは日本かもし

れないし、海外かもしれませんが、どちらにしても気候変動も連動して

今、地球は調整の時期に入っているようます。

 

一方で、かつての分離(競争や戦争)の時代から今はワンネスの時代に

入っているため(人の意識で未来が変わる傾向が大きくなっているから

?)か、予言はむずかしくなっているとも言われている時代とも言われ

ますが、

 

それでもやっぱり何か調整や浄化のための痛みや変化をともなう出来事

というのはある気がします。例えると海でサーフィンをしているときに、

まだ目視はできていないけど、もうすぐ今までにない大きな波が来る!

という空気を勝手に感じているような...。

 

 

311の時、なにか、それまで握りしめていた意識が飛ばされてしまい、

それ以後はすっかり別の世界で生きているような経験をしているので、

それが今度はもっと大規模に起こるんじゃないかと想像しています。

 

災害をむやみに恐れても意味がないし、予想がその通りになるのかは、

誰にもわかりませんが、どちらにしても、今の世の中に矛盾や閉塞感を

感じているならば、今後、不意にやって来る変化に対しての心の準備は

しておいた方がいいかもしれません。「一体、どうやって?」と訊かれ

たら、自分との対話をしておくことをお勧めします(マジメに)。

人生での優先順位や、本当に大切なもの、など。

 

今まで握りしめてきたものは本当の目的なのか、それとも手段の一つな

のか(見極め方は目的は変更不可だけど、手段は可能)。その握りしめ

ているものとは、家族や人間関係、不動産や持ち物、価値観、仕事、今

住んでいるエリアなど。

 

耐震構造のチェックや避難用リュックの準備、食料の備蓄も大事ですが、

サバイバルのためにはメンタルを鍛えておくことも大事。指示待ちグセを

脱して、臨機応変に動けるように訓練しておきたいものです。経験のない

大波がきても、今までのトレーニングでなんとか乗り越えていけるように。

 

「今」と「もしも」のバランスは常にテーマですが、もしもの時にも役立

つスキルを今にも生かした暮らしっていうのが結構いいんじゃないかと思

います。

 

 

 

 

 

 

ベジタリアンの理由

ここ最近、いろいろ調べていて気がついたこと。

 ヴィーガンやベジタリアンが少ない理由のひとつに言葉の壁があるということ。

 

この数年でヨーロッパで菜食を選ぶ人は年々増加していて、すでにドイツやベル

ギーなどでは15〜20%の人が菜食系なのだとか。それは、今まで自分たちが

食べてきた西洋食に「ヤバい!」と気づいたこともあるけれど、そうなるための

情報の浸透がかなり広がってきているからというのがあって、アメリカでさえ、

この5年間で菜食主義の人は5〜6倍に増加している。

 

だから多くのお店でベジタリアン対応のメニューが用意されているし、人々の間で

認識されているから、変わった主義の人と見られることも少ないし、菜食を続ける

ことがそれほどむずかしいことでもなくなっている。

 

それにひきかえ、日本では黙って待っていても情報はやって来ない。英語中心で広が

る菜食にまつわる情報が訳されることも少ないし、どうしても時差や情報格差が生ま

れてしまう。

 

一応、断っておきますと、むやみにベジタリアンをすすめているわけではありません、

念のため。でも、それを選ぶ人がいるかは知っておいた方がいいと思うだけです。

それに、もしベジタリアンを目指すときも、ちゃんと自分のカラダと相談して、体の

奥で「うん」という声がしてから始めた方がいいと思います。中途半端でやるのはあ

まり勧めないかな。栄養素として、動物性が必要と本気で信じている人が食べるのを

急にやめても、心と体がバラバラになってしまうから、それなりに知識をつけてから

の方が長続きもしやすいと思います。

 

 では、なぜ人は菜食を選ぶか?

 

人が菜食の道を選ぶにはいくつかの理由があって、

 

まずは動物の命。

動物にはちゃんと感情があります。それを、たんぱく質の塊としか見なしていない飼育

・屠殺の状況。その動物虐待に加担したくないという気持ちで菜食を選ぶ。鶏は最も虐

待されている動物という人もいます。その感情を抱えたまま鶏は屠殺され、食肉にされ、

大量に消費されています。そして今、「イジメ」「虐待」という言葉がマスコミを賑わ

しているのは偶然でしょうか。因果関係がないとは言えない気もします。

 

12分のドキュメント映像。

ただし動物好きな人にはキツい内容です。

 

Meet your Meat (日本語字幕つき)

 

 

 

つぎに健康。

動物性脂肪・動物性タンパク質は病気になる主たる原因であること。先進国で増えて

いる心臓病・癌・糖尿病を罹患罹患するリスクは肉食者が圧倒的に高く、それは世界

最大の規模で行われた食と病気の調査「チャイナ・スタディ」でも明らかです。

心臓病の手術を繰り返した元アメリカ大統領のビル・クリントンも今ではベジタリアン。

アメリカは心臓病が死因のナンバー1で、それを克服するため食を変える人が増えている。

 

また乳たんぱく質の主成分であるカゼインが発癌性物質であること(動物実験に使われる

動物を癌にする時にもカゼインが注射されます)。それに加え、抗生物質・ホルモン剤・

遺伝子組換え飼料、そして同じ哺乳類の共食いの実態。それらの影響がすべて混ざり生体

濃縮がかかったものが畜産肉と乳製品です。

 

そして環境。

世界的な調査機関によって、行き過ぎた畜産業の問題が報告されているんですね。

 

2006年には国連食糧農業機関(FAO)による報告書 “Living stock's Long Shadow

(家畜の長い影)”で、地球温暖化・大気汚染・水質汚濁の主要因は工業化された

畜産業であることが提出されていますし、

 

2009年にはワールドウォッチ研究所(世界の環境問題を扱う調査機関)から家畜

とその副産物が温室ガスの51%を排出していると報告されています。この報告書

では加速する環境危機を和らげるのに不可欠の対策である「肉や乳製品を植物由

来の代替物にすること」を推奨されています。

 

翌年2010年にも国連環境計画による「持続可能な資源管理に関する国際パネル」で

世界が動物食品(とくに肉・乳製品)の消費から脱却することが飢餓・燃料枯渇・

気候変動の最悪な事態を解消するには不可欠であることが明言されています。

  

あと日本には少ないかもしれませんが宗教的な理由で食べないという人もいますね。

 

少し前までは、どこでもタバコを吸えたのに、今はどこも禁煙だらけに変わったように、

いつか動物のお肉を食べる、ということも少なくなってくるのかも知れません。

食べるのは、特別な日だけ野性の動物を儀式をしてから戴く、というように。

 

 

 

 

 

 

子ども時代のたのしい思い出

今日は娘の通う北九州子どもの村小学校・中学校でおわりの会(卒業式)がありました。

 卒業していく小学6年生と中学3年生一人一人が全員、自分で考えたスピーチをするの

ですが、それがそれぞれ個性がでていて聞き逃せないくらいおもしろい。

 

感謝の言葉を述べる子もいれば、懺悔(笑)や、将来の宣言や、中には黙ってしまう子も

時々いて、でもそういう時も学校のおとな(先生)はだまーって待っている。

 

昨日は「寝ないで聞いてください。受験が不安でもしたくない勉強を無理にしても意味が

ないと思います。」という意見を話す子もいた。頼もしい。

 

整体の野口晴哉も「自発的に学んだことは早く身につく」というではないですか。

この学校にいる子どもたちはそれを日々体感している。いわゆる普通の学校の勉強もする

時間はある(らしい)のだけど、それよりも体験から必要なことを学ぶプロジェクトに重

点が置かれていて、大人顔負けの本格的なこと(棚田を耕作する、演劇を台本から作る、

小屋を建てる、ピザ釜を造る、など)に子どもたちは日々、取り組んでいる。

 

娘の選んだクラスは、その名も「大人のいないクラス」。冗談のような名前ですが、要は

担任がいなくて、いるのは陰の大人(陰でサポートしてくれる先生)だけというクラス。

自分たちで研究テーマや手順を決めてやっていくので、たいへんそうだけど「楽しい♡」

そうです。

 

クラス旅行や修学旅行の行き先と日程を決めるのも、経費を考えて予算を立てるのもその

予約をするのも基本的に子どもたち。時々、変わった学校名と子どもからの電話というこ

とで訝しがられることもあるそうで、そんな時は大人が登場してフォローするそうです(

笑えるー)。

 

そんなふうに子どもを小さな大人扱いしているので、おわりの会の運営も子どもが中心。

進行、音声なども、大人はサポート役。

 

当日は小学校の校長でもある丸ちゃん(この学校では「先生」という言葉は禁止なので、

みんなニックネーム)の挨拶もありました。

 

「・・・この学校を卒業したら、なかにはイヤなことや悲しいことや思い通りにならない

こともいっぱい経験すると思うけど、そんな時に子ども時代の楽しかった思い出があれば

やっていけるんじゃないかな。だからみんなにはたくさん楽しい時間を持ってもらいたく

てこういう学校をやってます。」と細かい所はちょっと違うかも知れないけれど、まあだ

いたいそういう意味の話をしてくれた。

 

丸ちゃんがこういう時に話す内容に私はいつも同感してしまう。

まったくその通り!こんな世の中だからこそ、子ども時代がよけいに大事!

 

自発的に楽しく学ぶことさえ体験できたら、あとは自動的に人生が展開して行くような気

がする。思えば自分も指図や命令されたこと、すでに決められたことをしなければならな

いという前提がなにより苦手でした。言われたことができなくてロクな人間にならない、

と叱られたことも一度や二度ではありません。そう?といつも心の中では違和感でしたが。

 

ここの学校では失敗しても、それは単に過程という扱い。子どもには失敗する権利がある、

というのも学校の基本的な考え。だから子どもたちの顔が明るいし、のびのびしているの

が見ていて、安心する。失敗をしたこともないところには成功もないですからね。

 

きっと保護者の中にも、こんな学校に親の方が行きたかったよ、、、と感じている人が多

いんじゃないかなぁ。義務教育の9年間は大事ですからね。この時期に疑いもなく、ただ

上からの指示に従わせる訓練をするのか、「自発性」を育むのか、その小さな違いは大人

になるにつれて広がっていきがちです。自ら考えるという練習なしで大人になってしまう

と、巻き戻しはなかなかむずかしいのです。

 

私は密かに公立校がぜんぶこういう方向の学校に変わってほしいと願っています。

 

 

 

 

  

 

畜産の工業化、その肉を食べ続ける問題について

カウスピラシー ショック以来、いろいろ調べている中でこれもわかりやすかったです。

 「ラブ・ミートエンダー」 副題「どれだけ肉を食べ続けるのか?」

 

今の、多くの食肉がもともと動物の命だったというより、ただの動物タンパク質の塊と

捉えられてしまっている現状。自然環境をすごい速度で破壊する、工業化された畜産肉

のできるまでの工程を見ると、環境の視点からはもちろん心身に及ぼす影響を考えれば

人間の行いはまわりまわって自分たちの未来(子孫)へと返って行くんだなぁ、とあら

ためて思いました。

 

一緒に観ていた、動物も大好き、だけどおいしいお肉も大好き10歳の息子もいろいろ

感じたようで「観た方がいいぞ!」と家族に宣伝していました。

 

それにしてもアメリカ、ヨーロッパ、など白人の多い国は、肉、食べ過ぎ!

そりゃー、病気が増えるわけです。

 

まずは「知ること」から。それからどうするかは一人一人が判断すればいいと思います。

 

それから、この本もやさしくてお店でも扱いたいくらい良かったです。

著者は眼科で開業医もされているかわいらしい女医さん。

 

ここ最近、左脳しかないようなエビデンス好き&データ重視で旬や菌のことは

出てこない、男性医師による食べ方の本がベストセラーになっていますが、

そのような中に響くものはなく(っていちいち言わなくてもいいか...笑)

 

「食べること」って、どこかの研究所で出てきたデータなどアタマばかりで解決する

ことではなくて、もっとハート的なこともあるなのにな〜!と思っていたのが、この

本で満たされました。理論もデータもあるけど、ちゃんと彼女の体験を通しての実感

と自分の食歴を含めて書いてくれているのが良いです。

 

少し気になるのは日本でローフードを実践するには離れた土地の食材の割合が増える

ことと慣れていないレシピだからわざわざ習わなくては美味しくできないこと。

 

その辺が好きな人にはいいけれど、正直私にはややこしい。ローフードもナチュラル

ハイジーンもその言葉が出たときから試したけど、日本で続けるのはなんか違った

(沖縄やハワイなんかだと果物もいっぱいあるし続けやすそう。でもそういう料理を

出してくれるところが近くにできたらきっと行く)。

 

ウチは自給自足がが基本なので、自分のところの田んぼや畑で育ったものをシンプル

に料理したものが結局なんか落ち着くし、今はそれが環境の持続可能性という意味で

も適っている気がします。

 

そして、 本の中でも何度も触れられていますが、急にベジタリアンやヴィーガンにな

ろうとしてもホメオスタシス(体に備わった恒常性;体内環境を一定の状態に保ち

けようする傾向。その伝達網の役割は自律神経系や内分泌系が担っているが働い

てうまくいかない(ことが多い。でも中にはすっと移行してしまう人もいる)。

 

どんな食事法でもうまく変えようと思ったら変化は少しずつがうまくいくコツです。

その人の心身に必要な時間をかけて、それぞれが最適な答えを見つけていくこと&

いこうとする過程がいちばん大事。

 

進んだり後退したりを繰り返して試行錯誤しながら、これ!という腑に落ちる食べ

方を見つけたら、きっとその答えは全体に調和して平和な方向へシフトすると思う。

 

お肉をちょっと減らしてみる、買うお肉は育てられ方で選ぶ、またはまったく食べ

ない、という選択を、なにか制限されるものと捉えるのではなく、地球全体のバラ

ンスをとる一員としての何をも搾取しない、環境破壊をしない生き方の哲学と捉え

れば、それで自分の健康レベルも上がり、メンタルも落ち着き、パフォーマンスも

上がる、という新しい次元への移行のきっかけになって、ワクワクする冒険のよう

に感じられるじゃないかと思います。

 

お肉は重要なタンパク源だから日々必ず食べなければならない、という呪縛は完全

に後から植えつけられた概念(洗脳)で、それが手放せるだけで、自分もまわりも

間違いなくいい方向へ変わっていきます。

 

 

追記:元アイドルの方に癌が発見された時、その顔を見て「肉、食べ過ぎてるなぁ」

と思った。そして彼女が手術のために入院しているあいだ、旦那さんが家族の食事を

用意してくれたという写真を見たら、やっぱり連日、お肉中心のメニュー。

早く気づけばいいのに...と、こういう時にいつも思う。 

肉食を考えるもう一つのテキスト。

(7年前に出版された3冊分が1冊になってとってもお得!)

 

癌に苦しむすべての人、生活習慣病から解放されたい人、みんなに送りたい。

 

 追記

↑ と思ったので、Amazonでも買えるけど、おくなが屋でも扱うことになりました。

 

 

 

 

 

 

カウスピラシー

cow(牛) と spiracy(陰謀)を組み合わせた造語をタイトルにした

「Cawspiracy」という映画。日本では「サスティナビリティの秘密」と

意訳されているようです。この映画はアメリカで制作された後、

これまで隠蔽されていた事実をあまりにも明らかにしてしまった内容に、

しばらくは公開できなかったとか。

 

内容はひと言でいうと肉食の是非を環境の視点から切り込んだ映画で

環境破壊に一番大きく悪影響をもたらしていたのは、実は

「畜産(とくに牛の)」というデータと証言を集めたものです。

 

アメリカの畜産業会、乳業会の権力が絶大なことは有名ですね。

爆大な資金で行われるロビー活動の成果で政治家は決して

そのリスクや害については発言しません。発言した政治家は

どんなに実績があろうと、次の選挙で落選確実だからです。

 

この映画では、さらに世界屈指の環境保護団体の代表でさえも

声をあげないという現実がカメラを通して伝わってきます。

つまり、世界の環境保護団体の活動資金も実はこれら業界からの

寄付で成り立っていたのでした。あー、もう何を信じて良いやら...。

 

こういう手法 ー活動にいちばん支障をきたすであろう相手に資金提供

して黙らせるー って何か名前がついていなかったかな・・・?

 

日本のエコマガジンにも大手電力会社がスポンサーというのがありますが、

そうなったら、アンタッチャブルな内容には目をつぶっているしかない。

目障り耳障りのいい情報をならべて、重要な真実からは目を背ける...という

この世に蔓延しているムードを支える側になり、それで「食べていく」。

ああ、なんて罪深い矛盾のループ!

 

これまで多くの保護団体が化石燃料、パルプ、パーム油、コールタール、

大規模農業、海洋汚染、その他さまざまな問題提起をしていますが、

どこもその元凶になっている「畜産業」について言葉を濁すのは、

そういうカラクリがあったからなのでした。

 

私たちはこれまで、環境破壊を止めるためにできることをあれこれ提示

されてきました。節水、節電、ゴミの仕分けをする、レジ袋の使用を減らす、

大規模農業を減らす、化石燃料の使用を減らす、排気ガスの規制などなど。

 

でも、そこで減らせる数値は「畜産業」がもたらす環境破壊と比べたら

桁違いに小さかった(!)そういう具体的な数字が次々と出てきます。

それは上のような努力を重ねてもまったく環境破壊は食い止められないほど。

私たちに推進されているエコ活動は、真実を隠すためのカモフラージュでも

あったのですね。

 

現在、アメリカ人は平均1日255gの畜産肉を食べているそうですが、

それに必要な牧草地は面積的にもすでに地球上に足りていないという現実。

 

植物ベースの食事をする人と肉食ベースで食事をする人の必要とする

地球上の面積も格段に違う(もちろん肉食の方がはるかの多い)。

 

アマゾンの熱帯雨林の90%はすでに消失していて、このままだとあと

10年で残りもなくなるという試算がありますが、これも畜産業がある

限り、食い止めることはできないとか。

 

さらに、この真実を知った活動家はこの20年で1100人以上が

殺されているという事実....。

 

人間は元々、雑食だったという説もあり、地域によっては動物性のものを

「適量」食するようにできていたのかも知れないけれど、現在はそれが

歪んだ供給システムになってしまい、量も増えていることが問題なのでしょう。

 

サスティナビリティ(環境の持続可能性)から考えた場合、動物性食品の量は、

大めに見積もっても卵、乳製品も含めて週に50グラム以下だそうです。

この、びっくりな事実!

私など毎日食べているナッツ入りのチョコレートで終わりです(ぐぐぐ...)

 

 

話は少し逸れますが、311以後、何かが開いてしまった私たちは

暮らし方を一から見直しました。その時に思ったことの中に、

 

ー住む場所は自分の足で辿り着ける場所に。

(エレベーター必須の高層マンションとかはムリ)

 

ー自分で殺したり解体できないものはあまり食べない。

(哺乳類〈 鶏 〈 魚・卵・乳製品 〈 穀物・野菜)

 

ーできるだけ自給しよう。

 

などがあって、菜食主義者ではないけれど、お肉を買う時は

遺伝子組替え飼料を与えられていないものなどにして、量も少なめ、

牛肉を食べるのも年に1度、特別なときだけ、という生活を送ってきました。

でも、この映画を観たらもっと減らした方がいいのかも...と思ってしまった。

 

この映画で出ていたヴィーガンのお医者さんなんか年齢はいっているのに

体力もありそうで、清々しいお顔でした。ああいうのが理想なんでしょうね。

 

ちなみに「お肉を食べないと栄養が足りない」「牛乳を飲まないとカルシウムが

摂れない」というのもヨーロッパ、アメリカを発祥とする畜産業会のプロパガンダ

の成果です。日本でもそういう考えをいう専門家がいますが、ほとんどは後ろに

ヒモがついていると思っていい。栄養的には菜食でまったく問題はないのです。

 

 興味のある方、勇気のある方(?)は、この映画ぜひ観てみてください。

プロデューサーは(意外にも?)レオナルド・ディカプリオがやってるんですね。

今では日本語字幕付きのDVDも販売されていますし、NETFLIXでも観ることができます。

 

 

ダイジェスト版はこちらから。

 

で、こういう映画を観るといつも思うのは、この世にはまだまだ知らないことが

いっぱいなんだろうなー、ということ。(ま、あたりまえですね、、、)

 

 

 

 

 

 

イベントと講座あれこれ

3月と、4月から始まるイベントや講座の案内です。

 

まず3月19日は「春の野草茶ワークショップ」があります。

今や、すっかり人気の野草茶SORA(澤村和博さん・日菜さん)のワークショップ。

今年はおそらく1年に2〜3度のチャンスになりそうです。

このワークショップの後は身の回りの「草」が今までと違って見えてきますよ。

大事なことをじんわり伝えてくれるお話が盛り沢山です。

 

+++

 

そして4月から始まるのは

「循環農法に学ぶ家庭菜園講座」と「ホメオパシーのセルフケア講座」。

 

菜園講座の方は今年で2年目になります。

1年かけて自給を目的とした農作業に必要な事柄を学んでいく講座です。

 

今までの活動の様子はこちらから。

アウトドア好き、スポーツ好きな方にも農作業はオススメです。

 

3月24日(日)11:00よりオリエンテーションをしますので

興味のある方はまずそちらに参加してみてください(用予約)

 

+++

 

ホメオパシーのセルフケア講座は今期が4期目・5期目となります。

半年間6回でホメオパシーの基礎を学び、家庭用のキットを

家の救急箱として使えるようになることが目的です。

 

ホメオパシーの世界は広くて深いことは間違いありませんが、

それでもセルフケアの場合、聞いたその日から使い始めることができます。

自分の心身のケアを全てどこかに依存するのではなく、自分の体と対話しながら

解決していくことで、もっと自分の見えない部分を信頼できるようになって

いただけたら本望です。まったくの初心者の方でも大丈夫です。

 

そして、今回は初めておくなが屋以外の場所でもさせていただくことになりました。

行橋にあるマクロビオティックの料理教室や喫茶をしている三日月キッチンさんです。

こちらは毎回、講座の後にランチを食べてから帰ることもできます。

月に一回、自分の健康と向き合い、ちょっと元気になる栄養をつけに来るような

気持ちで参加してもらえたらと思います。行橋インターから3分ほどの場所です。

 

おくなが屋の方のクラスはすでに満席になりましたが、三日月キッチンさんの方は

まだ空きがあるようです。限定8名で締め切らせていただきますので、

行橋方面でホメオパシーに興味のある方はぜひご検討いただければと思います。

 

 

それぞれの詳細はこちらをご確認ください。

 

 

 

 

 

 

柔軟剤は香害

ある統計によると、柔軟剤を使う家庭は8割を超えているとか。

そんなにたくさん?!と思ったけれど「衣類をふわふわに仕上げる」

「いい香りに仕上げる」ということで洗濯機にも柔軟剤を入れる場所が

ちゃんとあったりするので確かに使っている人は多いのでしょう。

 

でも、最近では柔軟剤や合成洗剤などに含まれる人工的な香りによって

頭痛、めまい、吐き気が起きる人が増えていることが問題にもなっています。

思考力の低下も引き起こします。

 

でも、それは生体反応として当然なことです。

人工香料の原料は「毒」なのですから(!) 

これはある場所で入手した柔軟剤の原料です。

この蓋を開けて鼻を近づけたら誰も3回も呼吸はできません。

 

柔軟剤に慣れた鼻というものは味覚も狂わせます。

化学物質過敏症の原因の一つでもあり、また

原因不明と思っている慢性的な疲れの原因でもあります。

毒性のある化学物質が過剰で肝臓が疲れているのです。

長い期間使うと肌の色もくすんでくるほどです。

 

もし、洗濯物のニオイが気になるのだったら「マグちゃん」を使えばいいし、

天然の精油などを使ったものや、リネンウォーターを使えばいい。

そして本当に香りを楽しみたかったら本物の香水を吟味して選んで

TPOを考えて使った方がずっと素敵だと思います。

 

繊維が硬くなると感じるのは石油系の合成洗剤を使っているからです。

「海へ」は現在の法律の分類上は合成洗剤ですが自然に戻れば

100%分解します。天然のラベンダーの香りが微かにありますが

いつまでも強くは匂いません。柔軟剤不要ですし、すすぎも一回で

すむので、水も時間も節約できます。

 

今は、こんなふうに優れた技術で生み出された商品があるのだから

そういうものを使えばいいし、値段だって高くありません。

柔軟剤の匂いというのは使っていない人にとっては暴力的な匂いです。

 

例えば、

今の季節だったら、空気の中に混ざる春の匂いや、採れたての山菜の繊細な香り。

そういうもので人の感覚は磨かれていきます。

その機会を自ら奪うようなものにお金を払うというのがそもそも勿体無い。

 

広告料を使ってCMしている洗剤、柔軟剤を使うのはキケンです。

川崎病と名付けられた病気も昔はありませんでした。

実は合成洗剤がこの世にできてから生まれた病気だということを

突き止めたジャーナリストがいますが、もみ消されているのです。

 

食品と一緒で、過剰な香料や添加物を使う必要が本当にあるのか?

私たちのセンサーである感覚を磨くチャンスを取り戻したいものです。

 

 

  

 

 

 

反抗期なんてない

大人はよく思春期の子に「反抗期」という言葉を使う。

心身がシフトチェンジする時期だから「更年期」と似て、

人によっていろいろ変化はあると思う。

 

でもほんとうに「反抗期」なんてあるのかな。

でも最近はその反抗期もおとなしめ?

表面いい子がすごく増えていて、現れ方が変わってきている気がする。

良い悪いでなく。

 

むかし私が東京都下にある公立中学に通っていた頃はすごかった。

あの時代を取り巻いていた一生忘れられない(!)あの世界。

そう、私がいたのは、ゲッツ板谷の「ワルボロ」の世界でした!

 

彼が住んでいたのは新宿の歌舞伎町を小さくしたような南口。

私は北口からバスで15分の元米軍基地のあった土地にできた

中学に通っていたから雰囲気は違えど、地域で荒れていた2校だった。

校内で暴れた生徒がいて器物破損額が過去最高で新聞ネタにもなったほど。

 

でも「症状」が噴出していた分、登校拒否や鬱病などの籠る系の子は

ほとんどいなかった気がする(病気と同じね)。

 

あの無軌道で不器用で世間知らずでエネルギッシュな10代の子たちの

ことを誰か記録を残さないんだろうか、と思っていたらキョンキョンの

書評でこの本の存在を知ってびっくりした。

 

 

現在、14歳の娘が「ママ、14歳て特別な年齢なんだってね」という。

人の才能の核が芽生える時期という意味をどこかで見聞きしたらしい。

 

それで自分の14歳を思い出した。

そういう意味で考えるとワルボロ界にいた私の運命って・・・!

 

納得いなかいことに一人でも闘っていたあの頃。

学校の決まり。持ち物検査。服装検査。内申書・・・。

かといって不良と呼ばれる方の世界のタバコ、シンナーにも興味がなく、

化粧や派手な服装も趣味でなく、所属できる場所がどこにもなかった。

 

落ち着いて勉強するとか、部活に夢中になるとか、そんな学生らしい(?)

過ごし方すら成立しない中で「教育って?」と興味を抱いたのもその頃。

学習塾には行かなかったけどデッサンだけには通っていたのもその頃。

 

生意気で先生からも他校の生徒からも狙われる風変わりな問題児は

数ヶ月、職員室に閉じ込められていたこともあったし、

行き帰りにゲッツ氏のいた中学の子から待ち伏せされるため

送り迎えは先生たちが交代でしてくれてたり。

 

よくもまあ、あの時代。

気の合う友だちと私を信じてくれた祖母がいたから生きていれたんだと思う。

すべてがギリギリだった(でもそれしかなかったような)。

 

で、思うのは本来、人に「反抗期」なんてものはないということ。

大人が目の前にぶら下げられた人参を追うことを何よりも良しとしている

生き方に多感な子どもが反応するだけのことなんだと思う。

 

大人がもっと本質的なことを優先して生きていたなら不当な反抗なんてされないんだ。

大人の頭で考えた小さな世界を押し付けられた子どもには抵抗する権利がある。

 

わたしは今でもあの頃の不良と呼ばれた子たちがほんとうは言いたかったことを

翻訳できるような人でいたい。うーん、そう思うと確かに14歳ってその人の方向の

萌芽が現れはじめる時期なのかも!

 

 

 

 

 

 

アスペルギルス・オリゼ

「直感」というのは何にも勝る私たちのガイド役をしてくれると思いますが

ではそれはどうやって養い、高めていくことができるのか?

 

体を治すための質問を受ける時「〇〇はいいんですか?」「〇〇は悪いんですか?」

とよく訊かれるけれど、その本当の答えは一人一人が持っている。

だって体質や感受性、習慣は一人一人みんな違うから。

 

あきらかに何かを摂りすぎているのがわかる人にはそれを伝えることができても、

そうでもなく一般論として訊かれると、つい「それは自分の体に訊いたら」とか

「直感で決めたら」とか答えてしまう。

だけど、そもそもそれができていたら人に尋ねたりしないんだろうなと思って、

ではそんな時どうしたらいいのかな、何かヒントはないのかな、と常々思っていた。

 

それが、昨夜の平成最後のスーパームーンがあまりにも明るかったお陰(陽?)で、

つい手に取って読んだものの中に思いがけない回答があって驚いた。

 

直感を高めるとか覚醒を促すには、「あまり小手先のことを考えず、

日本人だったらまず味噌汁を飲んで漬物をつけましょう」とあったのだ。

この一行に目の覚める感じ、軽く雷に打たれた気になった。

 

むかし、心身ともに壊れてすべてを手放した頃、部屋の中でぼーっとしていた時に

ふと酵母と付き合えば治りそうとなぜか思いついて天然酵母のパン屋に入れてもらったこと。

そこで知った酵母の威力や、ちゃんと作られたお味噌汁の美味しさ。

 

あの時も直感に従って行動してよかった、と思ったものだった。

頭で考えたら、製パンの勉強もしたことなく、全然違う世界から30代後半になって

突然、飛び込むわけだし、それを受け入れてくれるところがルヴァンの不思議なところ。

 

でもそのルヴァン(酵母菌)効果があって、体は治ったし(ガンでさえも!)

結婚もして子どもも産めた。あの時の直感と行動がなければ今はないです。

逆に頭で計算してやったことというのは、いずれズレてくることが多い。

 

そういう両方の経験を繰り返して「直感」の感触を学んできたわけだけれども

その近道というか、王道が「菌」にあったのだ。

 

日本の春夏秋冬の中でしか生きられない菌「アスペルギリス・オリゼ」は、日本の

味噌汁、醤油、日本酒、発酵食品などに含まれていて、独自の味を作り出している。

そのオリゼ菌が体内に宿っていることが日本人の感覚を研ぎ澄ませていたという話。

 

オリゼはラテン語で「稲」のこと。

オリゼ菌が宿っているもの同士は深いところで響きあうことができる。

直感が冴えたり、降りてきたことも察知できるのもその繊細な感覚だそうです。

むかしから日本人はそれをわかっていてオリゼ菌が発生しやすい環境づくりが上手だった。

蔵などもそうだし、精霊というのも、実は「酵母」だそうです。

 

私はそれを読んで、ものすごーく納得しました。この説、間違いないと。

これまでの体験や土と菌と腸の知識などの点が線で丸くつながって

さすがスーパームーンの夜だ!と一人感動しました 笑。

 

これは、本当にふかーい話。数年前にNHKで放送された

「和食 千年のミステリー」という番組でもオリゼの話が出ています。

 

 

ケの日には、もうご馳走なんて要らない!

一汁(味噌汁)一菜(漬物)をちゃんと作れば十分。

 

そこをちゃんとすれば、ややこしい問題も減って、体調も整い、子育ても人間関係もラク。

それがないから、体調もすぐれない、ストレスは溜まる、鬱になる方向へ行ってしまう。

発酵食品を食べる機会を増やして、お味噌汁のおいしさがわかると運命も変わる。

 

安心できる大豆・麹・塩で味噌を作る。それを1日1回、体に入れる。

安心できる野菜で漬物を作る。それを1日1回、体に入れる。

することはシンプル。

  

せっかく日本で暮らしているのだから、それを生かさないテはないですよね。 

 

 

 

 

 

 

紅茶の話 ② アッサム

王道のマカイバリ紅茶がある一方で、この秋冬はアッサムをよく飲んでいた。

きっかけは友だちが、あのパリの老舗高級紅茶屋でオーガニックのアッサムを

買って来てくれたから。

 

以前は、その紅茶屋のブレンド紅茶の味が日本の水と気候で飲んでもピンと

こなかったので、あまり良さがわからなかったのだ。ところが、そのアッサムで

老舗はやっぱり持っている、などと思い直してしまった。

 

これとVOXのシナモン、カルダモン、グローブを使ったスパイスティが絶品で

もう数ヶ月のマイブーム。この組み合わせだとミルクや豆乳でチャイにするのが

一般的と思うけどそれが不要なくらい完成された味になる。

 

ところが、そんな勢いで飲んでいたのですぐになくなってしまった。

それで一緒に買って来てもらったオーガニックアールグレイを飲むことにした。

アールグレイはまたメーカーによってそれぞれ味がほんとに違う。

これはやっぱりフランスっぽい味。飲んだ途端にフランスの家の内装が浮かぶような。

で、これはこれで愉しめた。

 

でもやっぱり寒くなると、またあのスパイスを効かせたアッサムが飲みたくなった。

それでも日本のショップでは見つけられず、フランスから日本への直送してくれる

サービスを利用しようとしたら茶葉より送料の方がずっと高くて一時中断。

 

うーむ、思いは募る・・・。

何かウルトラQ的方法はないのか?

 

googleの世界地図で茶園まで探すワタシ・・・(やり過ぎ?)

 

ここまで調べて友だちがパリから快く運んで来てくれるありがたさを再確認。

持つべきものは友だちだ!笑

 

でも次に会うまでのアッサムを探さねば、と思った途端、灯台下暗しなことに閃く。

マカイバリジャパンはダージリン以外にも確かいろんな紅茶を扱っていたではないか!

地球は広い。マリアージュの契約農家以外にも、丹精込めてアッサムを作っている

農園はあったのです。おまけにニルギルも!ウバも!シッキムも!

 

そんな経緯で自分のためだろう?と誰が見てもわかりやすい紅茶コーナーを

お店に作ってしまいました。アッサムもチャイに合う茶葉を丸めたタイプと

リーフタイプが両方揃っているという、こんな小さな店でそこまで?の品揃え。

 

シッキムも聞き慣れない紅茶かもしれませんが、インドのシッキム州で栽培されている

土作りからしっかりやっている茶園の最高級茶です。他の茶葉より値段はしますが

しみじみ紅茶ってやっぱり美味しいなぁ、と再確認してしまう味です。

 

 

ところで、この冬、毎朝スパイスティを飲むと体が整っていく感じだったので、

効能を調べてみた(なんとインフル予防にも紅茶は効果があるらしい)。

 

紅茶:強い殺菌効果でインフルエンザを予防したり、血糖値の上昇を抑えたり、

   悪玉コレステロール値を下げたりなど

 

シナモン:解熱や鎮痛効果・腹痛や下痢の症状を抑えてお腹に溜まったガスの排出、

     毛細血管を強くして肌のシミやシワを抑制する抗酸化作用

 

カルダモン:唾液や胃液の分泌を促し、胃腸など消化器官の働きを助ける

 

グローブ:肌や血管の老化を抑制することでシワやシミの生成を抑え、

     動脈硬化の予防など健康にも役立つ

 

ほらほら。

美と健康は外側から働きかけるものという世の洗脳が多いけど内側からですよね。

広告費が含まれた高い化粧品を買うくらいならゼッタイいい飲み物、食べ物を買う方が

効果あると思いますね。

 

ここまで風邪気味にすらならなかったのは、ちゃんと育てられたアッサムと

カルダモン、グローブ、シナモンのパワーのお陰だったのだ。

ということで自分の体が欲するものって、やっぱりちゃんと理に適っているんだな、

とあらためて思いました(エヘン!)

 

 

 

 

 

 

紅茶の話 ① ダージリン

この人生、どこに住んでも縁ができるのはなぜか珈琲関係の方たちなのですが

実はコーヒーというものがほとんど飲めません。この残念なチグハグ感は

珈琲1日10杯の父と、片や一口も飲めない母を持つ運命のせい?

 

それなのに味の良し悪しがちゃんとわかるのはインスタント派の父とは違って

焙煎まで手がける、今まで出会った珈琲ピープルの方たちのお陰と思います。

 

いや、その両方、いやいや、そこに缶コーヒー派も加わり、その末路?を

見て、何かを学べたのはそれぞれの存在が必要で、みんなのお陰かも?

 

私が好きなのはとにかく紅茶です。

それを言うと健康のために生姜紅茶?などと買いかぶり現象がたまに起こるけど

そうではなくただ好き。イギリス人と好みが似ているの(笑)

 

でも、ほとんどのお店は紅茶に力を入れていない。だから逆にちゃんとした紅茶を

出してくれるお店は大事。それでもコーヒーに比べて求めている人が圧倒的に少ない

ことは明らかでその少数派っぽいところも自分には合っている気がしてます。

 

朝起きると、たいていはお湯を沸かして茶葉を選んで、紅茶を淹れるところから

始めるし、外でがっかりするのが嫌なので、出かける時も大抵ポットに持って行きます。

 

育てられ方が自然なものという基準を満たしていれば種類は問わず。

そして九州にも美味しい紅茶を作られている方が多くて嬉しい限り。

農作物は風土の違いが味にすごく反映するので、日本は日本の味がするし

インド、スリランカはまたそこの味がして、そういうバリエーションもおもしろい。

 

お店でも扱い続けているマカイバリ紅茶は私の知っている中では最高のダージリン。

標高1500mにあるインドのマカイバリ茶園で30年以上もバイオダイナミック農法で

作られている。その季節ごとに味も変わり、実は茶葉の形もランクもいろいろある。

珈琲好きの夫でさえこのダージリンの味はさすがにわかるらしくノックアウトされている。

 

ナレンドラ・モディ首相がイギリス訪問の際にエリザベス女王に招かれて

その時に持参したお土産もこのマカイバリ茶園のダージリン紅茶だったそう。

ちなみにモディ首相は地方の小さな紅茶屋の生まれだそうです。

なんだか、いいですね。 

 

知っている方も多いと思いますが、バイオダイナミック農法はオーストリアの

人智学者ルドルフ・シュタイナーによって提唱された農法で、主な特徴は

 

1.天体の動きを利用する〜天体の影響を考えて種まきから収穫までを行う。

2.動物との共生

3.調合剤を用いる〜それぞれの臓器に与える役割が土に巻かれている。

 

実はシュタイナーはホメオパシーにも精通していて「調合剤」はホメオパシーの理論で

作られているのです。そんな哲学が生きているバイオダイナミック農法なので

育てられた作物には生命力あふれている。

 

どんな農法でもそうですが、化学肥料や農薬、除草剤に頼らずいい作物を育てようとすると

通る道はそれぞれでも、自然のダイナミックな流れ、循環にこちらが合わせていくものとなり

それを口にした人に還ってくる。

 

手をかけ育てた人の「意識」とそれがもたらす「影響」。

そのすべて含んだものが「味」なので、だから紅茶一つといえども違うんです、本当に。

 

私がもし飲食店を作ることになったら間違いなく美味しい紅茶をメニューに載せる(宣言!)

それでもきっとほとんどの人はコーヒーや他のドリンクを注文するんだろうな〜(笑)

 

 

 

 

 

 

7年後に増えている癌

まだ若い水泳選手が白血病と診断されたことをTwitterで明らかにしたというニュースと

それで骨髄バンクへの問合わせが増えているというニュースがありました。

 

この頃あちこちで聞く若い人の癌。

調べてみると白血病はこの10年で約10倍に増加。

もっとすごいのは甲状腺がんで約30倍。

 

 

2011年にあった原発事故は今年の3月で8年経ちます。

1952年にも白血病のピークはあり、その7年前には日本に原発が落とされた年。

 

甲状腺癌と白血病は癌全体の中でも、その性質から特に放射能の影響を計りやすいと

言われています。心ある専門家が当時から指摘していた通りで、放射能の影響が

まったくないとは言い難いこの結果に何とも言えない気持ちになります。

 

池江選手が練習していた場所はホットスポットに近いんじゃ?

そこで毎日のように水泳・・・汚染水の可能性の高い場所で過ごした時間が多いんじゃ?

当時11歳くらいだった子に周囲の大人はその辺りをだれも注意しなかったのだろうか。

 

そんなことに関してはもちろんまったくニュースにならず、いきなり骨髄バンク。

原因を考える前に臓器移植に意識を向けさせる巧妙さ。毎日のトップニュースがどうして

選ばれたのかを考える以外にトップニュースの意味はもはや無いのかもしれません。

CMをしている商品がじつは購入しちゃイケナイものだという判断として使われるように。

 

腸内造血説をとる専門家が増えている時代になぜまだ骨髄の移植を推進するのでしょうか。

病気を公表する有名人や骨髄バンク登録をすすめる有名人が支配者はいつでも大好きです。

大きな利益や利権の臭いにむらがる獣みたいに・・・。

 

骨髄移植後の治癒率や移植をした人としなかった人との生存年齢の差などが

公表されているのを未だに見たことがありません。

 

癌に罹患した状況には同情しますが、冷静になりたいですね。

暗愚の方向に流されるのではなく、賢く明るい方向に意識を戻して

原因から治す根本治療を社会全体がしなくてはならないと思います。

 

 

 

 

 

 

古くて新しい更年期

「更年期」と聞くと何だかめんどうなイメージがあると思う。

イコール更年期障害という図式が常識のようになっていたり

空の巣症候群なんて言葉もあったり、良いイメージがない。

 

予習のように?少し世代が上の(アンテナも高そうな)人の書いた本などにも

目を通してみたけれど正直、自分にはほとんどピンとくるものがなかった。

どれも、それまでのイメージの延長・拡大で、それを都市(まち)の情報と

お金を使ってうまくやり過ごす方法が多くて、とくに知りたいことではなかった。

 

例えば妊娠〜出産は、そこには自然のリズムがあり、仕組みがあり、それを上手に活用して

命が循環する一翼を担うことで何かに気づいたり目覚めたり、という経験が可能になる。

妊娠をきっかけに食べるものや暮らし方を見つめ直したり。

 

同じ女性が通る道でも、それが更年期だとトーンが変わってしまうのはなぜだろう?

結局、医療のお世話になったり、ハイブランドをうまく活用しておしゃれするとか(笑)

いや、それじゃ本質は解決していないじゃん、と思ってしまった。

 

更年期というと生殖能力がなくなる=女性としての魅力がなくなるというイメージがある。

とくに日本は若いことが良い、素晴らしいこと、魅力のあること、という空気が(意図的に)

作られているせい?でも若いことも歳を重ねたこともどちらも自然の流れの中の一時期で

位相が違うのだから優劣つけることにあまり意味はないと思う。

 

そこが起点になっている限り、若さがなくなるとか、ホルモンの分泌が減るとか

ネガティブな状態に何かを補充してやり過ごすという図式から抜けられなくなってしまう。

 

妊娠〜出産のようにそれは新しいタイミング・次のステージへの移行ではないのか?

と漠然と思っていたら、やっぱり新しい概念に出会った。

 

+++

 

ヨガの世界などで使われる「クンダリーニ」という言葉がある。

クンダリーニとはサンスクリット語で螺旋という意味を含む、

尾てい骨あたりの第一チャクラにある生命の根源的エネルギー。

宇宙に流れている創造のエネルギー。

 

体を整えて瞑想やヨガなどを行うとクンダリーニが上昇して覚醒できるとも言われている。

クンダリーニが目覚めると宇宙エネルギーと同調するため、感覚が鋭くなり、直感が冴え

潜在能力やサイキック能力が開花したり、自然と化学物質や添加物を自然と避けたり

神秘体験を経験したり、幸福感が増すなどの変化があらわれる。

 

更年期というのは、女性が生殖能力が停止した時に第一チャクラにあったクンダリーニ

エネルギーが脊柱に沿って螺旋を描きながら上昇していく時期なのだそうだ。

 

古代の哲学者が多く生まれたギリシャでは「更年期」という言葉は、はしごの一番上の横桟

(ヨコザン)を意味しているそうだ。つまりその後は桟のない段階への始まり。

 

瞑想やヨガに頼らなくても、女性にはそのチャンスが自動的にやってくるということ。

それは生殖活動の次元を超えて、自分の想像力を駆使し、能力を自由に表現すること。

その喜びをそのまま社会への貢献につながる意味合いがあるということ。

種全体の進化のために貢献できる存在であること。

人類はもともとそこに気づいていたのです。

 

ただ、上昇する時期に脊柱の何処かにネルギーブロックがあるとそれが遮られて

心身に様々な症状が出てくる。それが更年期障害と呼ばれるものの正体。

 

エネルギーブロックの原因はインナーチャイルド(潜在意識)。

今までの人生で遭遇してきた出来事で傷ついたままのこと、解消されていない問題を体は記憶している。

そこで螺旋の上昇がつっかえてしまう。でもそれが解消されてエネルギーがうまく通過すると

チャクラが一つずつ解放され高次の意識状態へ導かれるのだそうだ。

つまり女性の更年期はイコール、解放への過程なのです。 

 

昔の壁画などに下半身が太った女性が描かれているのも更年期を過ぎた女性がモデルだ。

種族として大切な場面で大きな判断をしていたり、一族のリーダー的な役割を担っていた

老年の女性は智慧者として、周囲から頼りにされている存在であることを示している。

 (男性の偉人は石造や銅像になることが多いのと対照的でおもしろい)

 

かつて人が自然を崇拝していた時代「魔女」という言葉には癒し手、産婆の意味だった。

 

 

英語で魔女はwitch

知恵はwisdom

どちらもwise(賢い)が語源。

warden(見守る人)というコトバもある。

 

けれど、男性性優位な社会を望む側にしてみると、それは邪魔な存在であり「魔女狩り」と

いう言葉があるように、排除、迫害の対象だった。その頃になると魔女の意味も、老婆、

薬草を調合する人、悪魔と交信する人、ほうきに乗って飛ぶ人などという意味合いに変わる。

 

男性性優位というのは物質的で競争的な社会。

そういう社会を作るには、まず人に恐怖心を植え付けることが必要。この世に不思議なこと、

目に見えないパワーがあるなどということはないことにすることが必須なのである。

 

でも例えば、縄文時代なんかは女性性がもっと生かされた社会だったと想像する。

そして、これからの地球も(というかすでに)そういう方向へ向かっている。

 

治療されるべきは恐怖をもとにした現象ではなく、逆に死への恐怖、老いることへの恐怖、

賢い女性に対する恐怖こそ、現代社会の病巣でありそれこそが治療されるべきではないだろうか。

 

で、周囲を見渡してみるとお婆ちゃんて、じつはすごい役割を担っていると思いませんか。

何か困ったときに、力ではなく、なんとなくムードで解決したり、

何気ない一言が妙に図星だったり、進む方向を指差していたり、

レシピなんかなくてもあるもので美味しいものが作れたり

具合の悪い家族がいても、大騒ぎせず手当したり。

 

長年生きて、その上で無自覚に宇宙と繋がっちゃってる状態はある意味、最強な魔女!

じつは誰もがそこに気づいていて、頼りにしていることがよくあると思います。

 

というわけで、更年期は解放への階段、いつでも宇宙図書館とアクセスして知恵をおろせる状態。

そして、それを周囲に還元していく存在になれるチャンスなのです。

 

そこでもしハイブランドで着飾るよりも、ほうきに乗って飛べる方がいいな、と思ったら

自然な流れに逆らうようなホルモン補充療法や、更年期症状を抑圧する方向の処置は

女性本来の覚醒のチャンスを棒に振ってしまう方向の行為であることに気づき、

今までの人生の記憶を掃除する方法を考えましょう。

 

抑圧でなく、解放、手放す方向で。

 

 

 

 

 

 

ボヘミアン・ラプソティ

去年11月から上映しているので、観た方も多い映画と思います。

 

「ボヘミアン・ラプソティ」

 

1970〜80年代に一世を風靡したロックバンドQueenのボーカルだった

フレディ マーキュリーの半生を元にしたストーリー。

平日でもたくさんの人が観に来ていて映画が終わっても館内に感動の空気がかたまってた。

こんなのは久しぶり。

 

たぐい稀な才能と感受性を持つフレディが、人種差別、階級社会、同性愛といった

きっと当時は今より閉鎖的だった社会でマイノリティの一人として

宗教や恋愛や家族問題に傷つきながら

音楽をつくりステージ上でのパフォーマンスに昇華していたこと。

それを命が尽きるまで全うしたこと。

 

それが本物?とびっくりするくらいクイーンのメンバーそっくりの役者が演じていて

(役者の層の厚さが違うなー)なおさらリアルだった。

 

フレディが死んでも、その魂の入った音楽は残っていて

肉体がない分、よけいに残された音楽の中になにかを見つけに行ってしまうように

映画を観た後は脳内BGMがついついQueenになってしまう。

 

それにしても80年代って元気な時代だったなー。

バブルに向かう一歩手前の、エネルギーが吹き出している時代。

 

あれから30〜40年が経っていて、社会情勢もずいぶん変わって

いよいよマジョリティとマイノリティがひっくり返る世の中へ変わる前の

浄化作用をもった予兆的な映画でもあるのかも知れないと思ったりもしました。

 

深読みし過ぎかもしれないけど、こういう映画がこれだけロングランでヒットしているのは

やっぱり何か次の時代へ移行する前の清算である感じがするのは気のせいだけでもないような。

  

孤独と華やかさ。

才能とコンプレックス。

陰陽の差が大きいドラマティックな生涯を見ると、平凡で普通なことのありがたさも感じたりするけれど

その中にはマジョリティの上であぐらをかいている部分もあるのかも知れないし

これからはもう無自覚で人を差別したり偏見の目で見たり

もちろん搾取したり、そういうことが消える世の中に意識を向けたい。

 

でも穏やかで平和な世の中になると芸術表現ってどうなるんだろう?

 

 

いろいろ考えてしまった映画でした。

 

 

 

 

 

 

ポスト311

今年は冬休みをいただき、7年10ヶ月ぶりに那須に里帰り(?)してきました。

 

311までは普通に生活していた那須と、曽祖父、高祖父も生まれ育ったお隣の黒磯。

(だから私の旧姓はこの地域に非常に多くて...きっと遠い親戚だらけなことでしょう!)

 

那須も黒磯も2011年3月12日から私たちにとっては時間が止まってしまった場所。

日本の中でこういう特殊な感情を味わう場所は他にない。

今でも夫婦揃って心の一片はいつも那須にあって那須で知り合った人たちの顔はいつでも

思い出せて、教えてもらったことや共感したことを胸に福岡での暮らしをつくっている。

この順序がなかったら今の自分たちもおくなが屋もないから運命的ではあるのだけど。

 

土地に立つと、たくさんの感情や想いがグルグルして、そこをムリに整理する必要もないので

そのまま受け止める。きっと似た想いを311を境に持った人はたくさんいるのでしょう。

 

避難しなかった人にも、した人にも大変だった311。

原発を作っていたメーカーも「もう原発はムリ」と公言したし、このエネルギー発生装置は

一体なんだったのだろうね?と今回、那須で再会した議員もされている方と話したけど、本当に。

原発は私たちの「何の」一部だったのか、それを更新して超えていく時期が来ていると思う。

 

収奪システムの頂点でもある原発がそうだということは、そういうシステムも順番に消える方向で

次の時代が作られていくのでは?と期待を込めて思っている。原発には直接、関係なくても、

知らぬ間に吸い取られているシステムがあるから安住できている、といった生き方もなくなる。

 

今まではちょっと幅を利かせていたこの世の付き(憑き)もの、重り。

人を測るモノサシ(成績とか偏差値とか学歴とか肩書きとか年収とか、)のイビツさや、

そのための我慢や忍耐や、不健康であたりまえとか、その不必要さに気づく人は気づき

そういう「苦しみ」のレベルからも解放される世界が先には広がっている気がします。

 

その前にはいろいろな浄化が必要だけれど、症状は出し切らないと根治しないので

気づいた人たちと手を繋ぎながら上手に乗り切る方向で進んで行きたい。

 

 

那須はやっぱりとてもいいところ!光、木々、空気、それらを含んだ風景。そして人。

あの場所選んだのはやっぱり当然だったと、今でも思う。

でもだからといって、またそこでお店を開きたいかというと、そこはあまり重要でなくて

これからは物理的な場所や距離だけでなく、もっとテレパシー的なつながりで住み分けが

進んでいく世の中になっていくと思っている。大事なのは外側でなく内側。

 

「繋がる人とは、いつだってすぐに繋がれる」ということもあらためて確信しました。

 

今回は急遽、東京での用事が入って、那須での時間が短くなってしまい会えなかった人も

たくさんいたけど、1200kmドライブすれば着くし、みんな親戚だし(笑)また行きます。

 

   平成の森から見上げた那須の空。

 

 

 

 

 

春の土用

2月4日(立春)の前の18日間。

春の土用の時期がもうすぐ始まります。1年に4回あるこの土用は季節の変わり目であり

消化器官の疲れがたまりやすい時期と昔から言われています。そのため体調を崩したり、

アレルギー、花粉症などの症状があらわれる人も多くなるようです。

 

そんな時も冷えとりをしっかりしているとデトックスが促され、冬の間に溜まったものを

排出して、次の季節に身体が調整されていくので、この春の土用にあたる1月17日から

2月3日までのあいだは無理をせず、食事も身体にやさしいものにするか

もしくは断食や少食を心掛けるのが昔からの知恵を生かした過ごし方になります。

 

そして、おくなが屋にはちょうどこの時期、菜食レストラン「サッタヤード」が出店してくれます。

なんて自然のリズムと合致しているんでしょう!笑 

 

年末年始についつい食べ過ぎた方も、動物性過多になった身体もここで内蔵を休めておけば

春になったときに違います。ぜひ「年間食事バランス計画」お試しください。

 

 

そして、もう一つ。春は憂鬱を呼ぶ季節でもあります。

そういう傾向を感じたらまずすることは「一日一回、味噌汁を飲む」ということを心掛けます。

この場合、遺伝子組み換え大豆でなく伝統製法で作られた本物の味噌で、です。

 

そんなことで?と思われるかも知れませんが、鬱傾向の人にはビタミンB、とくに

ビタミンB6が不足していることがわかっていて、これを補う意味もあります。

 

多くの人が「ヨーグルトが発酵食品、乳酸菌があって健康食」と信じていますが

乳製品はリスクも一緒ですから、よく考えた方がいい。

質と量を考えて、健康のためというより嗜好品として楽しむ方がいいと思います。

 

リスクとはまず乳牛を育てる時に使われる抗生剤やホルモン剤、そして遺伝子組替え飼料・・・

これらのものが生体濃縮がかかっていること。そして乳製品の消化酵素が日本人の9割には

ないこと、などです。食べるなら、これらの問題がないものを探すか、量を減らすのがおすすめです。

 

花粉症もまるで花粉が犯人のような名前ですが、花粉は最後の最後の誘因であり、

主原因はミネラル不足と乳製品の過剰摂取、そして身体の冷えです。

つまり原因を作っているのもハンドルを握っているのも自分たち、というわけです。

 

味噌は日本人が昔から食べている食品であり、消化に無理がありません。

味噌汁は地味だけど侮れないメニューなのです。

 

本物の味噌は1kg 1000円くらいします。

本物の塩も1kg 2000円くらいします。

でもその中に健康を維持するためのたくさんのミネラルや菌が含まれているとしたら高くない。

むしろお金を払っているのに不健康に向かわせるものの方が高くつくのでは?

 

2019年はきっといろいろなことが起こります。

その時になにが大切か?まずは健康でしょう。

健やかな身体が整って入れば考え方も前向きになれるし、メンタルもタフでいられる。

 

この土用の時期をこの一年の健康への方針を考える機会にするのもいいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

現実を超えてゆく年に

新年、イノシシ年が明けました!

 

北半球の季節の巡りは本来、旧暦に沿っているので今年は新暦の2月5日からが本当の春

(新年)ですが、世の中が新暦で動いている以上、人々の想念の束は集合意識となって

現実を作っているのでこれはこれで切り替わった感ありですね。おめでとうございます!

 

でも、例えば身体は何でも気づいていて、どこかでまだ春じゃないことがわかっているので

本能的にまだ身体を温める冬のものを欲していたりします。だから、そんな時期に無理矢理

春の七草粥は食べなくていいし、植物にとっても本当の旬じゃないから栄養が薄かったり。

旧暦の1月7日(新暦の2月11日)頃に食べるのがどっちかというと自然。

 

 

さて、先日は那須時代の友人家族が3組、4月に新しい場所でOPENする亜細亜食堂cago

改め サルディナスのリツコシェフによる美味しい料理を囲みながら7年ぶりに再会しました。

3家族の共通点は子どもたちが那須にあるすてきな保育園に通っていたこと。

これだけでも那須に住んでいてよかったと思えるけれど、ほかにもshozo cafeとも

繋がっていたり、「食」に関する仕事についていたりと話題に事欠かず・・・楽しい時間でした。

 

保育園児だった女の子たちは今やティーンエイジャーとなり、大人が寝た後もガールズ3人で

夜中まで映画を観ていたそうで、ずっと会っていなくもちゃんと友だちなのがすばらしい。

 

311を境に離れてしまったけれど、それでも人って物理的な距離を超えていける。

ワインが進むにつれて(飲んでいない人もいましたが)出てきた話題は

人生はもっと楽しまなきゃ!(先のことを心配しすぎると「今」を楽しめない)

超えられない、と思い混んでいるのは自分(可能性は本当はもっとあるし、自由!)

制限を解除する呪文の言葉。

 

それから、何か出来上がっているものはお金を払えば入手できるけど、それを考えて

生み出した人のいる場所と、ただ手に入れただけの人のいる場所はすごーく離れている

(次元が別?)

 

この意味は何かを生産している人だったらすぐにわかると思う。

例えば農作物でも料理でも本でも商品でも、家やお店、内装、外装、庭、なんでもいい。

 

何通りものアイデアからあれこれ試行錯誤を繰り返して、最後はリスクもちょっと背負って

判断を重ねてひとつの答えをひねり出す。そこの道筋には通らないとわからないたくさんの

トンネルがあって、そこを潜り抜けるとモノの見方、捉え方がまったく変わってくることが。

 

それは自分の直感や身体の声を聞く練習でもあるし、そのどこからか聞こえてくる声を

どんなふうに現実の世界に落としていくか工夫する作業でもあり。

 

無意味な忍耐と通るべき我慢のしどころの差も見極めてイメージを少しずつ形にするには

体力もいるし、センスもいるし、能力総動員。

もう出ない(>_<) と思ってもどこかに残っている能力を汲み出して続けていく。

 

そうするとどうなるか?

神様からのギフトと思えるような奇跡が起こるのです。

 

そういう経験を重ねている目には見えないけど宇宙の仕組みの何かを信じられるようになって

気がつけば将来の不安が消えてもっと「今」に生きられるようになる。

 

逆に、あんまり世間的な目線の中ばかりで生きていると、どんどん直感は鈍り

声は聞こえなくなり大事なこともどんどん形骸化されていく。

 

お金を稼ぐことが一番大事になってしまったり、そのお金でものを消費することが豊かなこと

だと信じている人がまだいるとはあまり思えないけど、でも油断するとそういう渦が

まだまだそこかしこに用意されていて、それは一瞬の安心安定を感じさせはするけど

でも罠なので気をつけなければならないのです。

 

なんでもいいので、自分で何かを生み出せるように、超えて行けるようになりたいものです。

今年はそんな生き方の違いでどんどん道が分かれていくことが顕著になる年の気がします。

 

それが「心踊ることなのか、心沈むことなのか」を大事なモノサシにして

思い込みを手放し失敗や批判を恐れず行動していけたらいいですね。

 

失敗 → 貴重な経験

嫉妬 → 賞賛

ピンチ→ チャンス

病気 → メッセージ

 

などと自分の中で言葉を変換してみるのも、新しい道につながるかもです。

 

 

 

 

 

 

オクコトバ ②

第2回目のオクコトバ、終了しました。

忘備録を兼ねて、今日あがってきたコトバや話題を箇条書きに。

 

 

▷風邪や喉の痛みにはそうやって対処する?

 

うがい薬は悪い菌も殺すが良い菌も同時に殺すので使わない。

0.9%の生理食塩水で鼻腔洗浄(鼻うがい)を1日2回するのがいい。

(ここでドクター直伝の鼻うがい法説明)

 

野口晴哉著「風邪の効用」がおすすめ。風邪に対する考え方がわかる。

発酵食やEM菌、酵母菌、プロポリススプレーを使って良い菌を増やす。

食べ過ぎで内蔵が疲れていると風邪をひきやすい。

 

風邪は心身の浄化期間。

 

 

▷学校で予防接種をすすめられたがどうしよう。

 

まず自分で情報収集をする。

最終的には伝染病に罹るリスクと副作用のリスク

どちらも自己責任なのでどちらのリスクをとるか考えてみよう。

おたふく等のワクチン抗体は一生は続かないので自然に罹りきるほうが本物の免疫ができる。

ワクチン推奨の裏側にも目を向ける。

 

 

▷知識を知恵にするには?

 

頭で知るのと身体でわかるのは違う。

血肉化されるまで、実行する、行動する、経験を積むことを続けてみる。

 

exp.前回、話題になった「ドングリ珈琲、ドングリ茶」も作ってみると一歩進む。

ドングリは体内の重金属を排出する、というのを知るのは知識。

それを実際に作って飲んでみる、は行動&経験=知恵のはじまり。

 

 

▷自己肯定感を高めたい

 

子ども時代の「条件なしの愛情」をたっぷり浴びることがベース。

愛情が潜在意識に刷り込まれていると強くなれるのでは。

タッチングは脳にオキシトシンが出るので親子で触れ合うのも大事。

 

自己否定を手放すためには潜在意識(インナーチャイルド)に働きかける。

 

 

▷子どもがしたいことが見つからないのは肯定感の低い自分が育てたせい?

 

卒業時に一生したい仕事が見つかっている人は少ないのでは。

ひとつの道を進むのも、積み重ねていくのもステキだけど、

一直線でなくても、探しながら生きていてもいい。

子どもの進路は30歳位まで見守ってあげてもいいのでは。

まわり道に見えても何か吸収しているものはある。

 

どんな失敗に思えたことでも時間が経てば完熟堆肥のように、次の命を生む!

 

職種の向き不向きは、頭をより使うか身体をより使うか、朝型か夜型か、で考えてみるのもテ。

 

ひとり暮らし、ひとり旅は自分が見えてくるのでおすすめ。

 

根拠のない自信が自己肯定感だとしたら、まずは根拠のある自信を積み重ねていくのも方法。

経験を通して自信を積み重ねる。人生、回り道も無駄ではなく、必ずあとで生かされる。

経験は宝もの。

 

支えになってくれる人が近くにいるといい。

 

子ども=タネ。

すべての情報を内在している新しい時代のヒトなので、旧世代の自分たちがあれこれ言うより

そのタネがちゃんと芽を出し葉をつけ実を結べるように環境を整えるくらいでもいいのでは。

学校に行かなくても、就職しなくても、いい。

 

 

▷「問題の親」がキーワード

 

まず自分(親)が幸せに生きること。

そうでないと子どもや身近な人をコントロールしたくなる。

 

 

▷龍眼/ローガン(植物)を育てたい。タネはどこで?

 

龍眼は漢方にも使われている植物。

タネの輸入は禁止されているけど・・・(盛り上がりましたが、以下略)

 

 

▷思い込み、固定観念、呪縛を解放しよう。

 

健在意識と潜在意識について。

人間ー細胞ー分子ー原子ー電子(素粒子)。

素粒子は揺れている波動。

物質の最小単位=量子。

どんなことも実は自分の見たいように固定して見ているのが人間。

 

日々、親、先生、マスコミなど、周囲から教唆されている観念をいちど分解して手放す。

 

手放したい思い込み(固定観念)を紙に書き出してみる。

無意識に思い込んでいることを見つけたらホ・オポノポノを唱えて消す。

その紙を燃やすでもOK。

 

潜在意識をクリーニングすると見えている現象が変わる。

記憶が再生されるたびに繰り返すと病気も治ってしまうことがある。

 

「この世の中のすべての原因は自分にある」ということ。

 

自己暗示の力。

 

カタカムナ。

 

量子医学。

 

などなど、様々なテーマがあがりました。

参加いただいた方、ありがとうございました。

元気になれるコトバをお持ち帰りいただけましたか?

 

次回の「オクコトバ」は来年の予定です。

 

 

 

 

 

 

 

 

病気をつくる5つの原因

先日、東京と佐賀で行われた統合医療の学会に参加してきました。

東京と「佐賀?」と思われるかもしれませんが、佐賀県にはその世界(?)では

有名な病院があり、そこの先生主催ということもあり、その人脈で登壇された方

一人一人が単独でも話を聞きに行きたくなる方ばかりという

内容が濃くて深い、有意義な情報に溢れた会でした。

 

わかりやすく言えば、支配者や大企業の流す情報ではないほんとうの話の聞ける会。

(ああ、こんなハッキリ書いていいのかな、笑)

 

学会というと、なんだか特別の世界のようですが、イメージとしては実力者ばかりが

集まった音楽フェスのようなもので、一人でも十分、観客を集められるミュージシャン

たちが集合してしまったようなもので、そりゃ濃くなり与えられたメッセージも

整理したくなるほどです。

 

音楽に例えられるのは「波動こそ本質」というこれからの医療の比喩でもあります。

音楽、図形、ホメオパシーなど、波動が人を治癒するー。

もう、目に見える世界の話ではないのですね。

救急医療を根治療法と勘違いしているヒマはない!のです。

 

 

そこで再確認した病気になる主な原因5つを挙げてみます。

 

1.金属汚染 ;主に、水か歯の治療から入ってくるもの

2.電磁波  ;スマホ、パソコン、wi-fi、ハイブリッド車、IH調理器、スマートメーターなど

3.潜在感染 ;細菌、ウィルス、カビ、寄生虫など

4.化学物質 ;合成洗剤、化学調味料、添加物、化学肥料、農薬、化学薬など

5.ストレス

 

病気の人を診るとその根っこにある原因はほとんどがこの中に含まれています。

ホメオパシーの健康相談の中でも常々、感じていることですが

レメディを投与する前に、その原因を作ったものをまず生活から排除するか、

排除できないものに関しても対策をとってもらうということが先決となります。

  

いくら優れたレメディ(や薬)があったとしても原因が残っていれば

また同じことの繰り返しになり、それでは時間もお金もムダですからね。

 

ただ、その5つに対しての対策の中で電磁波問題だけはどうしたものか、ずっと考えていました。

 

すぐにできそうなことは全て伝えても(アースを取る、お風呂に入る、不要なアイテムは持たない、

寝室にコンセントは作らない、または全て抜いて寝る、など)やはりこれだけ

電磁波の発生するものに囲まれた生活が出来上がってしまっていると、

電磁波対策グッズはもう現代の必須アイテムです。

 

身の回りの対策はコントロールできても、一歩外へ出れば、もうありとあらゆる場所が

電磁波発生装置だらけの世の中で、しかも電磁波は今後さらに強いものが許可され

使われていくことになっています。

 

まがい物も多い商品なので、こういったものを扱うことはどうなんだ?と考えている時期も

ありましたが、現状を知るとそんな悠長なことを言っている場合でなく、いいものならば、

どんどん広めていかなければ!と思い始めました、笑。

 

 

そして今月。

やっと縁のあるメーカーとつながることができ、いいものをご紹介できることになりました。

ここ数年、様々な電磁波防止グッズをあれこれ試してきましたが、その中で長年の実績があり、

海外の国々でも高評価を得ていること、会社の姿勢が素晴らしいこと、そして費用対効果が

優れていて、何より自分たちが使用して効果を実感している商品です。

 

効果が優れていても高額なものだと経済的負担が大きく人を選んでしまいます。

嗜好品であれば、それでもいいかもしれませんが、命や健康に関わることとなれば

できるだけ経済的な負担を少なく品質の優れたものが多くの人に行き渡って欲しい。

 

いいものなので、それなりの価格はしますが同じような効果を謳うものと比べると

金額は適正と思えますし、正直、利益を求めるというよりは縁のある方に使って

欲しいと思わなければ扱えません・・・。

 

電磁波は目に見えない、手で触れられない、ということで実感しにくい汚染ですが

ちょっと勉強すれば、この不調も、あの不調も、もしかして電磁波が原因だった?!

と驚くほど、心身を蝕んでいるものです。残念なことに国や行政の対策は

遅れに遅れている日本なので、自分で意識して守るしかなく

その強力なお手伝いができる、ということがおくなが屋としての喜びです。

 

商品としては、体にすでに溜まってしまっている電気を放電するもの、スマホや

wi-fi対策用から携帯基地局や高圧線の鉄塔の近くにある家全域を守るものまで

全8種類を扱う予定です。価格帯は6千円台から8万円台まで。

 

まずは不要な電磁波発生グッズを持っていないか?

必要と思っているものものでも他に交換できるものはないか?

(例えばスマホをガラケーに変える、など)

 

簡単に対策できることはないか?

(wi-fiを弱いものに変える、使わないときは電源をOFFにする、スマートメーターを

やめてもらう、など)を再チェックするとともに、

便利な文明の利器と共存するため、ぜひ健康のための貯金をしておいていただければと思います ♪

 

 

 

 

 

 

無重力の中年

最近、ブログの更新がないねー、と友だちからもメールがきたりしているのですが

なんたって、ほかにすることが多すぎて手が回らない日々です!

 

こんな自由にものが書ける場がありながらもったいない話。

プロだったら、いろいろな制約があったり、売れなくちゃ次がないし、と厳しい現実があり

そうでなければ、見てもらうために、あれこれ工夫をしたり、これまた大変だけど、

そのどちらでもなく、それでも毎日一定の数の人がチェックしてくれているのだから

少しは応えなくちゃ、と勝手に思っているのですが、なんたって休みがないのです!

 

それでも近況ついでに最近、感じていること(結局、書いてしまう)。

それは「歳をとることも案外、いいものだ」ということで、

なにがいいかって、若いときにはあった「欲」をどんどん手放せるようになるので

その分、自由になるんだ、ということに気づいたのです。

どんどん身軽になって、この先に最後は身一つで次に行ける道筋があるんだろうな

という光が見えてきたというか。

 

今の若い人は、私たちの時代とはちがう設定の上に生まれてきているので、

バブル時代のように浮かれていないし、あまり大きな欲望も持たず、修行系の努力もせず

初めから冷静に考えて事に当たるか、直感的に始めてしまうか、

だって、物心ついた時からパソコンがあり、スマホがあるんだものね。

 

でも、80年代に人生の一番エネルギーが溢れている時期を迎えた者としては

もっと元気だけど失敗も多くて、でも自分の足で情報を探して、旅行もいっぱいして

なんというか、もっと動きが大きかったような感じで、その分、希望や欲望も

いろいろだった気がするのです。

 

私など若い頃、あまり自分に制限もしていなかったので、人からなんと言われようと

やってみたいことは順番にやっていました。行きたいと思えば行き、試したいと

思えば試し、それでいつかは自分が生まれた街(当時は今ほどでなかった吉祥寺)に

ビルでも建てて、そこに住みながらビジネスでもするか!なんて妄想(迷走?)

していたこともありました(笑)他にも、さまざまな野望(?)を抱いたものです。

 

今、考えると、それも時代の空気から洗脳されていたところがあるのかもしれませんね。

だって、なんのために?だいたい、そんな生活、向いてそうで、実は向いていないもの!

というか、手法がちがうよ!と若い頃の自分に教えてあげたい、笑。

 

なんか大きなことをやってみたい、というのは若い頃、自分を探すために、

どこまでエクスパンドできるのか試めしてみたかったのかな。

それはそれでおもしろかったですし、それがあって今があるのは間違いないのでいいのです。

 

でも中年になってみると「それ、いらない」と思える事柄をどんどん捨てられるので

それはそれですばらしい!と思える。ギラギラ.ガツガツしなくても充分に楽しいし

おいしいし幸せだもの!という青い鳥がちゃんと見えてくる。

 

だからといって希望を失ったのでも、人生を諦めたのともちがう。

自分に必要なものと不必要なものが、もうほとんどわかってしまうちょうどいい心境というか。

 

こうでなければ、という頭が考えたり、世間の基準だったり、する幸せのイメージに

引っぱられない自分ができてしまっているから、そこはもう完全、無重力状態(笑)。

 

周囲のノイズや圧のなかで、この無重力状態を作り出せるというところが

歳を重ねる醍醐味なのかもしれません。

 

いや、もちろん小さな字が見えづらいとか、白髪が増えるとか、そういう変化もあるんですが、

それでも、その年齢なりのギフトって案外、用意されているんだな、と。

 

それを味わうためには、やっぱり健康が大事で、そこを死角にしたくないなとあらためて思います。

 

「健康」というのは思考が支離滅裂にならない土台です。

心身が辛い時って、感情も判断力も、その上ではじき出されるから、どうしてもあとで思うと、

なんか本来の自分じゃない。それが続くともうずっとボタンの掛け違いみたいな時間が続く。

(そうならない人は本当にスゴイ精神力だけど、でもやっぱりその無理があとあと響くような気がする)

 

それに、どーんなに何かに優れている人でも、その命の乗り物である心身の世話が他人任せというのは

エネルギーの供給を例えば電力会社にお任せで、値上げされても爆発して被爆させられても

文句もいえない、何もできない、という状態と似ていて、なんだか心許ない。

病名をつけられた途端に、選択肢を手放してしまうとか、ね。

 

いざとなった時に、薪に火をつけられたり、野草を料理できたり、小屋を作れたり、

そういうプリミティブな技術やアイデアがいつでも引き出せるトレーニングのように

自分自身の心身のケア、こうなった時はこういうふうにすれば元気になるとか、

体調の波にいちいち動揺することがないようにしておくこと、大事と思います。

 

できれば中毒性のないもので元気を取り戻せる(本来の自分に戻れる)というのが理想です。

砂糖、お酒、小麦、クスリなどは中毒性あり、ですが、それでもその質と量を自分仕様に

カスタマイズして摂れる、という知恵も長く生きて得られる知恵のかけら。

 

それには、あんまり我慢とかしない方がいいですよ。

気を遣ってもそこに愛がない人、いっぱいいるじゃないですか。

そんな気を遣うことよりも、自分の心に正直に行動することに心を費やした方がいいです。

たとえ、傍からなんといわれようともー。

 

 

 

 

 

 

 

第1回オクコトバ、終了♪

ご参加いただいた方、ありがとうございました。

第一回オクコトバ、計15名(+1歳を迎えた子)の16名が参加してくださいました。

3時間以上、あれこれとお話を聞いたりしたり、とても有意義でしたね。

 

のぼった話題は電磁波、ピロリ菌、腎結石、胆石、パン(小麦)について、農業を生業にするには?

体の声を聞くということ、情報を鵜呑みにしないこと、まずは自分を大切にすること、などなど。

ここまででも時間がいっぱいで3時間をかるーく超過していました。

 

話し合いといっても、どっちが正しいかを決めることでもなければ、誰かの意見を批判したり

否定するのでもなく、かといってすり合わせるわけでもなく、あくまで提供されるものは

誰かの体を通って出てきた一つの情報や意見である「材料」です。

 

それをそれぞれが持ち帰り自分の「裡(うち)」に蒔いてみるための、シェアと考えるための場です。

 

一見、自分には関係ない話題でも話しているうちに、何かと繋がったり、それが別なことの

例えとして参考にもなったり、他人と話すことによる意外な作用もおもしろかったと思います。

 

 

学校やマスコミから届けられる受け身で得る情報とは違う、自分から取りに行く情報の交換は

これからの世の中を生き抜くためにすっごく必要と思うので、できるだけ続けていこうと思っています。

 

すでに次の日程の問い合わせをいただいていますので、少し早めですがお伝えしておきます。

次回は12月10日(月)の13:00から、を予定しています。

 

11月28日から参加予約を受けつけます。

 

 

 

 

 

 

 

自由のはじまり

今の自分がなにかの制約の中で生きていて、ああもっと自由に生きたいなぁ!と思っているとしたら。

たぶん誰でも大なり小なり、そんなふうに思っているのではないでしょうか。

だって、あの誰よりも自由に見えるウチの息子、9歳。

学校に行くのは理科と体育だけ。「ほかは行かん」以上。

 

家では猫を傍に、たいがいレゴ、絵を描く、最近はゲーム。そんな生活。

そんな人が「自由に生きたい」と言っていたのだ。

 

「キミがそんなこと言ったら世の中の人なんてどれだけ・・・!」と家族中が心でツッコミを入れました。

 

でも本人にしてみれば、そこがテーマであり守りたいところなんでしょう。

彼なりになにかしら不自由さも感じていて。

 

もちろん本当の、責任もあっての自由とか、その辺の認識が構築されるのは

まだこれからにしても「自由」というのは私たち全員の永遠な大きな望みなのかもと思いました。

 

肉体や物質がある限り、完全に自由にはなれなくて

でも肉体や物質を手放していないということは、どこかでその制約を楽しんだり

味わったりしたい自分が残っているからでもあり

だけどその中でも自由を希求しているという矛盾した存在な気がします。

 

 

わたしの自由な世界はもっぱら空想や想像や思考

そして読む本、見るサイト、聴く音楽、観る映画などを選ぶというところに尽きます(A)

他は必ずなにかしらの制約の上に成り立っていてその制約が変わったらその選択もきっと変わると思うから (B)

 

でも、重要なのは(B)が実は(A)によって支えられている、ということです。

(A)がどれだけ豊かなものを含むかで(B)の幅が決められてしまうということを何度も経験してきました。

 

一見、無駄なことをボ〜っと想っているだけにみえて、その時間に広がった想像の力はなんというか

後々の判断力や新しいアイデアに結びつくように思うのです。

 

それがないと、どこかの誰かが作った(もしかして黒い意図をもって?)イメージに支配されてしまい

気がついたら、ぜんぜん自由じゃない世界で、自分もいつのまにか同じように人の自由を奪いながら

生きているなんてことになりかねないーそのくらいに気をつけていることでもあります。

 

 

こうでなけれないけない、とか、

これってこういうことですよね、とか

 

その辺が強すぎたり、そのわりに人に確認したがる、というのは(A)の時間が足りていないのかもしれません。

それより、

 

こうでもいいよね、とか

これって、こういうふうにも考えられるよね、とか。

 

同じ局面に遭遇しても、そっちの方がずっとたのしいし、それが自由のはじまりだと思っています。