夏の冷えとり

梅雨に入り、湿度が上がり、クーラーによる加工した空気の中にいる時間が増え

自律神経をやられて、心身ともに不調に陥る人が多い季節です。

 

そんな時に冷えとりや半身浴の話をすると、暑そ〜!何言ってんの〜?!という

反応が返ってきそうですが、この時期の冷えとりがじつは大切なのです、本当は。

 

始まりは熱が体に充満したようなのぼせた状態として感じる感覚も、いずれ頭痛

や様々な不調、風邪によって、体はその状況を調整しようと働きます。

 

のぼせやほてりの症状も要は「冷え」からきています。

 

「冷え」とは下半身と上半身の体温「差」が大きくなって、循環が滞っている状態。

この季節の不快さの原因は暑さや湿度の高さもありますが、それは誘因。真の原因

は「冷え」によって、血液、体液、リンパ液を循環していない身体にあります。

 

 - - - - - - - - -

病気の症状とは健康体に戻すための浄化のプロセスです。

悪い原因を取り除けば、悪い結果は自ずから消えていきます。

 - - - - - - - - - 

 

クーラーが活躍する時期は人工的に冷やされた空気が部屋の下の方にたまりがち。

そうすると、もともとある上半身と下半身の体温差はますます広がります。

 

なので、冷えとり靴下、レッグウォーマー、湯たんぽ(!)を使って足元の体温を

上半身と同じくらいに持っていく。そうすると不思議なことに体感温度は下がり、

夜の眠りも深くなり、この気候にもちゃんと順応していけるようになるというのが

仕組みです。

 

この「冷えとり」は元耳鼻科の進藤義晴先生という方が「万病にきく誰でもできる

健康法」として提唱し続けた裏付けもしっかりある(個人的にはノーベル賞レベル

と思う!)健康法です。

 

24時間完璧にできなくても、夜はしっかり汗が出るまで半身浴をするとか、寝る

ときだけはしっかり靴下とレッグウォーマーを履くとか(毒だしは夜に起こります)

できるところだけでも。

 

 

冷えとり目線で世の中を見渡すと、女性がオフィスなどで働く時に決められた服装

(特に膝上スカート、ストッキング&パンプス)って誰のためのものなんだろう?

って思ってしまいます。そういう環境で生理に異常もなく、アレルギーや病気にも

縁がない、っていう人はいるのかなとつい心配してしまう。そのくらい身体的には

過酷な環境に見えます。

 

そして、デパートなど大型店のクーラーの設定温度なども、暑いところから入って

来ると心地よく感じる温度なのかもしれませんが、そこに長く滞在する人にとって

は冷蔵庫にずっと入れられているようなもの。

 

ぜひ、もう一度、冷えとり生活を見直して欲しい季節です。

 

 

 

 

 

 

コリーヌ・セロー監督

3年くらい前にこのブログでもYouTube で今なら全編、観れるよー!と

紹介したことのある映画「美しき緑の星」。一見、奇想天外なコメディ

のようなおかしなストーリーにもみえますが、実はふかく大事な意味を

もってつくられた映画です。

 

その映画の主人公ミラを演じ、監督も務めた方がこちら。

コリーヌ・セロー監督。

 

 

女性から目覚めなさい、と言っています。

そうすれば男性だってもっと自由で豊かな人生を生きることができると。

 

個人レベルではもうそういうことに気づいている人は多いと思いますが

正直、地方ではまだまだまだまだ(誤字ではない)家父長制や男尊女卑

が空気のようにあるところも多いです。

 

代々、あたりまえな光景に慣れてしまっていて年齢関係なく女性が解放

されていない、そして男性もその役割に閉じ込められてみんな自由じゃ

なくなっている。

 

そういうのももうやめようよ、と言われているようなインタビューです。

 

孤立している人は自分とも自然とも切り離されて生きているという言葉

も印象的。

 

映画の中では「接続解除!」というセリフが出てきます。

いまの私たちは何に接続されてしまっているのか?

搾取の支配?

 

みんな生きるためにお金が必要とがむしゃらに働いています。

でも、ほんとうにそんなに働く必要があるの?

その働き方で自分もまわりも環境にもいいの?

そんなことを問われているような。

 

「いまの自分の境地」によって捉え方も異なる映画かも知れません。

これが23年前に撮られているというのにもびっくりです。

 

今年、あらたに日本でもDVDが発売されることになり(Amazonでも購入で

きます)、監督が来日していた時に運良くお会いできたのですが、短い時間

でもただ者じゃない感がすごくて、それが威厳とか手の届かない人とかそう

いう感じではなく、大きな愛がぐわーっとこっちに流れてきて安心しちゃう

ような、

 

すごく優秀な通訳の方もいらしゃったのですが、言葉なしでもすぐに気持ち

が通じてしまうのが不思議で、でもそれがふつうでしょ、ということまで

ちゃんと伝わってきた(!)のです。

 

こんな70代になりたい!!!

賢者であり、魔女であり、偉大な母であり、表現者でもあり、もちろん映画

界の巨匠なのですが、それだけではない豊かなものが溢れ出ている大きな大

きな方でした。

 

夫なんてずーずーしくも食に関していろいろ質問しちゃって、でもそれにも

ちゃーんとも自分の例を出して詳しく答えてくれて、だけどテレパシーだけ

では無理だったようで(笑)通訳の方にもしっかりお世話になっていた。

 

 

この時のイベントではあの、憧れの増川いづみさんとも初対面できて嬉しかった。

それを遠まきに見ていた息子が帰り道にボソッと「あの人は強い人だね。ママも

もう少ししたらあのくらいになっちゃう?」と訊いてきて何を感じたんだ? 笑

いやいや、並べて語るような方でなく、出来もスケールもまったく違うから!

 

あまり計画もなかったにも関わらず、偉大なお二人に会えてしまったのもなんだか

偶然じゃないような、、、宇宙からプレゼントのような1日でした。

 

 

クリックするとAmazonへ飛びます。

 

 

 

 

 

 

不妊?

最近、この悩みを聞くことが多いので七夕にちなみ(関係ない?)

ちょっと触れてみたいと思います。

 

「不妊?」と悩んでいる方の年齢はどのくらいでしょう?

もし、まだ20〜30代半ばくらいだったら

決して慌てなくていいと個人的には思うのですが。

 

確かに「若いうちに産んだ方がラク」という側面はありますし

30〜40代での出産がめずらしくない都市部と比べて

地方は30歳くらいで最後の子を産む方も多いので

あまり時間がない、と思ってしまうかもしれません。

 

マスコミには「婚活」「妊活」という言葉が頻繁に登場し

不妊治療をして子どもを授かった著名人の記事を目にすれば

まるでそれが不妊解決のスタンダードな方法と知らず知らず

思い込んでしまうこともあるかもしれません。

 

でも、これは先のブログでも書いた癌に罹患したケースと同じ理由。

 不妊治療や抗がん治療はものすごくお金がかかる=経済効果あり、だからです。

しかもそのストーリーはノンフィクションでドラマチック(にしている)。

 

それと比べて生活習慣を変えたり、食事療法で解決した場合、

穏やかでいつの間にか治っていたようなケースが多く

しかも、治り方も自然すぎてわかりづらい。

高額な医療や薬品を使わないので経済効果も生まない。

イコール、スポンサーはつかない、イコール取材もない。

 

 +++

 

「不妊治療」「妊活」という単語がこんなに出てきたのはここ近年の話です。

生物である以上、妊娠するのがあたりまえなのに、こういう言葉が増えていること自体、

人間が自然の摂理から離れてしまっている証拠といえるのでは、と思います。 

 

私は30代の間に、3つの病院で「妊娠はムリ」と言われていました。

それでも40代になってから普通に妊娠し自然分娩で2人産みました。

でも「妊活」なんてまったく思ったこともなく、できたら産むし、

できなかったら子どものいない人生を楽しむだろうと漠然と思っていました。

 

そう、お医者さんの診断はあくまで過去〜現在のあなた、です。

未来は誰にも断言できません。

 

それを不妊の原因が含まれているかもしれない今までのスタイルを変えないまま

医療の力・お金の力を使って産むことが果たして本当にいいことなのか、

視野を広げて一度考えてみて欲しいと思います。

 

 

いい加減な食生活をしている人だってみんな妊娠しているのに・・・

というフレーズもよく聞きます。これも気持ちはすごくわかります。

 

私もアレルギーと病気で苦しかった頃は、そういう症状のない周囲の人みんなが

ものすごーく羨ましかった。なぜ自分だけ?と自問したことは数知れず。

自分には何か大きな欠点があるんじゃないか?と苦しい思いをずっと抱えていました。

 

夜、ベッドで横になり天井を見上げて私の一番の望みは「アトピーが消えること、

生理が規則正しく来ること、そして気管支炎の症状が起こらないこと」と

願ってみた時、そんな日はこの暗い天井のはるか彼方だろうなーーーと

本当に「真っ暗な長いトンネルの中に一人」を実感したものです。

それくらい、遠い遠いありえそうにない日々で、もしこの人生に

そんな日がきたらもう他のことなんてどうでもいいとさえ思っていました。

 

だから、子どもができないと言われても、この体じゃね、と半分納得していましたし

それより何より、まずは自分が健康でないわけなので、それどころじゃない

というのもあり、積極的に欲しいという気持ちすらありませんでした。

東京だったし、子どもなしでも楽しい人生のサンプルはいくらでもあった

というのも大きかったと思います。

 

それでも、そこで健康を取り戻すことを諦めたら可能性はゼロに近づいてしまいそう

だったし症状が苦しかったというのもあって、叶うかわからないけど健康を目指そう!

良さそうなことでできること全部やってみよう!と思ったのです。

 

それが、だいたい20年くらい前のこと。

今ではすべてが叶っています。

 

 

人は7年周期で体質が変わると言われています。

20年前にそれを聞いた時、7年もかかるのかぁ!と思わず遠い目になりましたが、

だけど実際に健康不安が自分の中から消えるのには10年以上を要しました。

それはまさに五里霧中、暗中模索で寄り道やトライ&エラーが多かったからです。

食事法だけでも10種類以上は試したくらいですから(!)

 

今のように情報もあり、効果のあるものだけを実行すれば早くて3ヶ月

遅くても7年で頭上に晴れ間が広がっていたでしょう。

 

でも「経験」というのは何よりの財産。

その十数年で得たことが今の自分の完熟堆肥だな、とよく思います。

時間はかかったけどこっちでよかったのです。

そして、それは自分の歩くべき道であったことが今ではよくわかる。

その道を案内されたお陰で気づけたことがいっぱいあって

それを伝えることが役目だったのかもしれません。 

 

自分の経験を振り返り思うのは、たとえ周りでいい加減な食生活をしているのに

妊娠・出産している人がいたとしても(またはしなくても)

それで本当に最後まで問題なく幸せでいられるのか?ということです。

 

もし、そうなったならば、それはその人の体質と役割に合った

バランスが取れていたということでしょう(人と自分は違います)。

 

だけど、少し離れた視点から眺めてみると、妊娠中に問題が起きたり、

赤ちゃんの時からアレルギー持ちだったり、難治性の症状があったり、

精神面での問題のある子どもが激増していたりするのはなぜか?ということです。

食を取り巻く環境の影響がない、とは言い切れないのでは、と思います。

 

不妊の問題に戻れば

そもそも子どものあるなしで幸不幸が決まる訳ではないですよね。

 

自分は一つの種子、と想像してみた時にその種子にプログラミングされている命を

精一杯咲かせることがまず第一です。プログラミングの内容は一人ずつ違います。

だから役割も違います。

その人生で気づくこと、学ぶことと、そのタイミングだって違います。

人と比べるよりも過去の自分と比べて成長していれば問題ないはずです。

 

この時代、スムーズに子どもを産んだはしたけどあとで苦労している方だって多いのです。

それがダメといっているわけでなく、どのタイミングで問題にぶつかるかも人それぞれということ。

 

少し横道に逸れますがハンディキャップのある子が生まれても

不幸と捉えることも幸福と捉えることもできるのが人間です。

というか、そもそも幸せ、不幸の概念だって、あってないようなもの。

 

なので、ただ闇雲に妊娠!と考えるのではなく、それよりは産む前にいろいろなことを

整えて自分の人生を生きてあとは神様(運命)に任せるという方がいいと思うのです。

 

自分の考え方、子どもと付き合う時の価値観みたいなものだって時間があれば鍛えられますしね。

子どもがいなくても、高齢出産でも、幸せに生きる方法はいくらでもあります。

 

もし自分がお腹に宿る準備をしている天使だとしたら、

どんな気持ちのお母さんのお腹に降りて行こうと思いますか?

 

なんでも自分の計画通りにしようと力んでいるお母さんだとしたら、引かないですか?

そんなお母さんに降りてくる子は勇気のある子かチャレンジ精神旺盛な魂を持っているかもしれません。

 

今の自分の心の波動に合わせた子が宿る、と思えば何より自分を整えることに

心を砕いた方が、あとあとスムーズな気がします。

 

ちなみに人間も動物も高齢出産をしていると平均寿命が長いそうです。

全体的に成長がゆっくりで、ホルモン分泌が長いんだとか。

精神的にも年齢いってからの子育ての方が良い面だってあります。

自分の頭のものさしを使ってのジャッジを手放せたほうが幸せですよ、きっと!

そして自分という種子はどんな話が咲く種子なのか?を探った方が楽しいです。

ないものを考えるより、あるもの探し。

 専門家は(マニュアルの)知識でいっぱいなので、何か言うかもしれませんが

 1〜2年、妊娠しなかったくらいで不妊治療に向かうのはお勧めしません。

逆に、その不妊治療で費やすお金があったら他に何ができるか想像を広げてみる。

 

統計によると不妊治療を行ったカップルが使った費用は100〜500万というケースが7割とか。

稼いでいる有名人や代理母などは千万単位です。

 

そこまで・・・?!と絶句してしまいますが子孫を残したいというのは生物の本能なのでしょう。

経済的にも、そしてきっと心身にも負担が大きい、本当にそんな方法しかないのでしょうか。

 

私が政治家だったら不妊治療に助成金を出す前に

まずは日本の農地から化学肥料と農薬をなくすために予算を充てます。

 

化学肥料+農薬はダイオキシン。

ダイオキシンの猛毒性はサリドマイドよりずっとずっと大きいと言われます。

もちろんホルモンを狂わせ、不妊、奇形、奇病の原因です。

なのでまずは原因にアプローチする方が費用対効果が大きいと思うからです。

 

政治はそんなに単純じゃないんだよ〜、という声が聞こえてきそうですが

問題はまず原因をなくさないと、お金も時間も浪費してしまいますからね。

 

 

でも、まずは慌てない。

そして、政治や医療に救ってもらおうと考えるより自分の価値観&生活改革が先です。

 

私の例でいえば40歳の時の助産院での出産も安産と言われましたが(あれで?!)

44歳の時の自宅出産で3700gの赤ちゃんが出てきた時の方がむしろ安産で

産後も元気でした。戸籍の年齢よりも、その時のコンディションが大事なんだよ、

と周りの人が言ってくれましたが、本当にその通りでした。

 

近視的に、とりあえずの幸せを求めるよりは、その執着(拘り)を一旦、横に置き

自分の人生、自分の健康を整えるという方向に。急がば回れ!です。

 

 

妊娠する前にできることを具体的に書きます。

心身にも経済的にも上の方法よりずっとやさしいことばかり。

もちろん、お産になってもきっと楽、という方法です。

 

 

食事編

◎パン食をやめて(あるいは減らして)ご飯(白米以外)を主食にする。

 ー不妊の人、乳がん罹患者の8割の人はパン食が大好きという統計があります。

 どうしても食べるなら、ちゃんとした小麦・全粒粉入り・天然酵母、そして

 添加物・砂糖なしのものをたまに。

 

 ◎調味料は本物を使う。

 

◎食材は化学肥料・農薬不使用のものを選ぶ。

 

◎不自然なものを身体に入れない。

 化学調味料とか、遺伝子組み換えとか

 

◎下半身を冷やさないー冷えとりを心がける。

 とくに夏場はクーラーに注意。

 

◎陰性の食品(合成甘味料・白砂糖など甘いもの・コーヒーの飲み過ぎ)に注意する。

 

◎動物性食品を極力控える。とくに牛乳と牛肉はいろいろと問題が多いです。

 血液をきれいにするため、ホルモン異常を防ぐための一番確実な方法です。

 

生活編

◎石油ナプキンを使わない。経皮毒が子宮にいくので。

 

◎石油由来の原料の入った化粧品、シャンプーなどを使わない。

 毒は女性器に流れます。

 

◎電磁波の影響に注意する。

 電子レンジ・IH調理器を調理に使わない。

 ハイブリッドカー・スマホ・wi-fi など、すべての電磁波は妊娠に影響します。

 便利なものを利用するにはデメリットの対策も忘れずに。

 

◎妊娠しない、という運命がたとえ待っていてもいいと思える価値観や楽しい人生設計を考える。

 なにがなんでも妊娠!と力んでいるよりも、そのくらい緩んでいる方がどっちにしてもいい。

 

 

あと、ホメオパシー治療でいえば根本体質のレメディを定期的に摂るという方法もあります。

これも自分本来の生命力を活性化する方法なので、無理やり妊娠に持っていくものではなく

レメディー(re-medium:真ん中に戻す)をとって自分に戻るよう働きかけるわけです。

自分が健康になれば当然、妊娠の可能性が高まる、というアプローチです。

 

体質的には開きすぎているPhos.や逆に閉じすぎているNat-m.の人は妊娠しづらいと言われています。

ただ、それも受け入れたうえの他人との比較でない自分の人生を作っていくことが大事と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハートで気づく

癌に罹患した著名人はマスコミからの取材対象になるケースが多い。

タレント、スポーツ選手、アナウンサーなど、テレビでお馴染みの人の

・癌という診断がされたという話題

・治療を受けている最中のエピソード

・愛する家族とのやりとり

 

などがプライバシーそっちのけで公開される。

そして本人までもが「同じ病気で苦しむ人の励ましになれば」とSNSでその様子を発信する。

 

そんなパターンが後をたたないけど

誰の、何のためになっているのだろう?

病気を敵と捉えて、視聴率とコメントを集めて何かが変わるのか?

 

こんな同じパターンを繰り返し報道することで

じわりじわりと観ている人を同じ思考回路に誘導していっていないか?

癌は怖いものという恐怖心を植えて、人の冷静な思考力と判断力を奪ていないか?

 

専門家にすがるマインドを持つ人が増えれば経済効果は大きいのかもしれないけど、

でも、もっと広く考えればその経済効果は一時期のもので長期的には損失に転じる

こともわかっている。だって、人がどんどん死ぬんだもの。

医療費がどんどん費やされていくんだもの。

 

原因とほんとうの治療法や対処法を多くの人がわかったら大きな利権に関わるから

決して、食事を変えて治った、考え方を変えて治った、ストレスを減らして

感謝の気持ちをもって暮らしているうちに治った、なんていう著名人は

滅多に取材されないのです。

 

 

ところで先日、読んでいた本に出ていた一節。

 

◎もともとはすべて1つのものであったものが

 「知識」をつけることによって2つに分断されて認識されるようになる。

 そして分類、分析が始まり本質からどんどん離れる。

 

◎本来は「知識」でなく「智慧」を働かせなくてはならない。

 「智慧」は自然と宇宙につながる知性である。

 

これ、塩づくりなんかもいい例と思う。

塩=ナトリウム、と見るのが「知識」。

ほかの微量成分は見逃されてしまう。

でも、最初に「塩」をつくった人には「智慧」があっただろうと想像する。

 

病気も同じで、

癌細胞を部位別に名前をつけたり、分析したり、ステージ分けしたり、

抗がん剤にするか、放射線にするか、それらはすべて「知識」であり、

 

本来は、なぜ発生したのか?

その背景・状況はどんなものだったのか?

現代人に癌が増えたのはなぜなのか?

そういうことを探ることのほうが本質に迫る「智慧」では?

 

答えがあるのが「知識」。

答えのカタチはいろいろなのが「智慧」ともいえそう。

 

「知識」は外側からやってくるもの。

「智慧」は内側からやってくるもの。

 

だから「智慧」をつけるのは内観(自分と向き合うこと)が大事だそうです。

 

それなのに、自分の命がかかっていても内側に目を向けることなく

外側から与えられるものでいっぱいいっぱいになってしまう。

 

内側が欠如したままなので、不幸にも病気になった自分、

「知識」のある人に治してもらう自分

=自分にできることはなにもないという状態に陥ってしまう。

 

同情や励ましのコメントが寄せられると、そこに集まってきたイメージの

型(殻)の中で愛される存在でいることにバイアスがかかっていないか?

 

コメントなんて無邪気ですからね(邪気もあるけど)

ほんとうに大切な智慧をそこから伝える人なんておそらく皆無。

 

「みなさんの今日一日がすてきなものでありますように」とか

「今日はこれを食べました」などと外に発信するより

まず大変なことになっている自らの内側に向き合うことをしないと

本質はわからないまま「知識」のベルトコンベアーに乗せられて終わり。

 

アップされている写真はこれまた癌の原因になりそうな食事というところがミソ。

本当に見ていられない。

そんなじゃ、再発確実じゃん!と思わず突っ込んでしまいます。

 

 

著名な人というのはたいてい社会的に成功している人で

その世界では優れた能力があるとされているけれども

それが逆に内観から目を背けている?

 

成功体験が「知識」をつけることで成り立っていたり

トレーニングで勝ち取っていたとしたら尚更その型が殻になり、

そこをさらに強化することで乗り越えようとしてしまうのかも。

 

だいたい「成功」というのは余計な微量成分を落として、

特定の能力を鍛え上げることで達成される。

偏差値なんかもいい例ですね。

家の手伝いしたり楽器演奏したり遊んでいないで特定の勉強、勉強であげていく。

(手法としてこの世を渡るには必要なこともあるかもですが)

 

塩が精製されて本来の栄養がなくなるように

人も全体の能力を下げて突出した能力だけが一人歩きをする。

 

そして今の世の中「成功=経済的な豊かさ」なので治療に充てるお金はある。

そうすると高額な治療=優れた治療という「知識」で乗り越えようとする。

そして「智慧」からますます遠ざかっていく。

 

完全な妄想ですが、そんな構図を想像しました。

だって、いつも思うのです、

どうしてみんな同じ路線なのかな、って。

まー、取材されるタイプが同じということなのかもしれませんね。

 

これからは、分断されていると思っていたものが、じつは1つだったんだ!

ということに気がつく時代だそうですよ。

味方 vs 敵 ではなく、敵も味方ももともとは一緒のグループ。

味方や敵は植えつけられた「知識」によって生まれた役割だった。

 

健康 vs 癌、ではなく、健康の中に癌が含まれているというか。

癌はダイナミックな命のバランスの中のひとつの役割です。

大事なのは「智慧」。

頭でなくハートで気づくことです。

 

 

 

 

 

 

ミート・フリー・デイズ

今年に入ってからたびたびブログでも書いているけれど

あらためて「肉食」について考えなおす機会があり

以来、その類の本や資料を読んでいるちに

自然と「肉食」から離れて3〜4ヶ月が経った。

 

人の細胞は約100日で全部が入れ替わる計算なので

今はたぶん全細胞ほぼ菜食人?

 

ベジタリアンやヴィーガンにはいろいろ定義があるけれど

私が食べないのは、まず哺乳類の肉。鳥肉、乳製品。

これはもうほぼ口にしない。

 

食卓にはときどき魚介類が並ぶけど、そんなときは食べて一口。

(もともとは大好物!)

ただ、お味噌汁の出汁にはいりこを使うし

出汁的に動物性のものを使った野菜料理もたまに食べる

(その辺は適当)。 

卵は欲しなくなった。

(でも、たらこはたまに食べたいかも?)

 

もともと動物性のものをそれほど食べていなかったので

(たぶん週に全部合わせて100gくらい)辛いとか

我慢している感じはなく、むしろ快適で、

もっと早くすればよかったと思うくらい!

 

という事実!!!

ヴィーガンやベジタリアンの人の気持ちがわかった気がする。

 

それでも菜食「主義者」ではないと思う。

 ポール・マッカートニーの「Meat Free Monday(肉を食べない月曜日)」

=月曜日くらい肉を食べるのをやめてみようという運動や

ベルギーのゲント市が行っている「Vegitarian Thursday (菜食の木曜日)」

=毎週木曜日はすべての公共機関、学校でベジタリアンメニューが出される。

そういうのが私の場合は毎日続いているような感覚。

 

主義者になってしまうとそこに「拘り」が生じて

それ自体(肉を食べないこと)が目的に変わってしまいそうなので。

私が食べないのはあくまで快適に、気持ちよく生きる手段なので

臨機応変にいきたい。

 

どっちでも同じようなものじゃん、と思われるかもしれませんが違うんです、

例えばシュタイナー教育とかマクロビオティックでも

大事なのは形ではなく本質を掴むことで

あとはその状況に合わせて判断するのが正しいと思うのと同じように。

 

そういう間違いはどんな世界でも起こりがちで

形骸化した途端に魂が抜けるということがよくある。

 

自由を求めているはずなのに、不自由になっていたり

マクロという視点を求めているのにミクロになっていたり。

 

それはたぶん、手法が目的化してしまい、そこから思考と探求が

停止して形式主義のようになってしまうためと思う。

 

動物の肉を食べないというのも健康や環境や生命倫理を考えて

今、自分ができて試せる「方法」であって

そのカタチがどんな時も絶対なわけではない。

 

大事なのは、自分が快適に生きたいと思うように

他の生物にも同じ権利があってもいいという考え。

 

私たちは飼っているペットが事故に遭ったり、病気になったり死んだりしたら悲しむ。

だったら多くの食肉になる動物たちの飼われ方や屠殺のされ方を実際に知った時に

それでも食べることができるのか?ということで

それが私にはできないなー、と思っただけ。

まして、環境や自分の健康を害してまで。

そして野性の動物をしとめて解体する度胸もない。

ならもう、いいや、卒業だ、と。

 

ということで快適、気持ちよく、というのは心身の感覚のほかに

知ってしまった悪事に加担していないというものも含まれている。

余計なカルマを重ねていない、という安堵感のような。 

 

 

国際連合食糧農業機関(FAO)によると

家畜を飼育・消費すること自体が地球温暖化緩和への

大きな脅威となっていることがわかっていて

温室効果ガス排出源のうち家畜の占める割合は約18%

(他の資料ではもっと)。

それは車や飛行機の与えている影響約13%をはるかに超えている。

 

だからポールは「環境破壊を防ぐために車に乗らないというより

肉を食べない日をつくるほうが楽じゃない?」という。

 

また、家畜生産のために膨大な量の良質の水が使用されることも問題。

これも環境破壊に大きく影響している。

一ヶ月のシャワーで使われる水はステーキ一切れ程に該当するとか、

確か、そんな数字。

 

食べられるために飼育される家畜の排泄物も海洋汚染の大きな原因だ。

(これも隠されている事実)

 

穀物飼料のために栽培される大豆やトウモロコシ(ほとんどが遺伝子組換え)

による土壌の疲弊も多くの問題をはらんでいる。

 

G20では海洋プラスティックゴミゼロを目標に掲げたらしいが、それが工業

的畜産業からの目逸らしになっているのでは?と思うほど工業化された畜産

が環境に与えている悪影響は桁違いなのである。

 

ほかのどんな環境破壊を止める行動(プラスティック製品を使わないetc.)を

したところで、先進国の人が食べている食肉の消費量が減らない限り

環境破壊は止められないーというのが現実。

 

もともと、食肉を積極的に食べるべし、とする栄養学は業界やそこから

利益を得ている政府とが御用学者に言わせていたということもわかっている。

日本ではまだあまり知られていないかもしれないけれど

今の栄養学の元になっている思想にはそういう事情も含まれている。

 

牛乳も同じだ。

権力のあるアメリカの乳業と政治家のつながりが牛乳神話を作りあげた。

 

その結果が今、アメリカをはじめ、あちこちの国で健康被害と

医療費の増大という問題で崩れてきたのだ。

 

現実的に、これ以上の環境汚染を広げないために人が食べても大丈夫な

動物性食品は一人当たり多く見積もって週に50gという試算があり、

 

一方、病気のリスクを減らすために自らできる最大の行動は動物性食品を食

べないことであるという有名なレポート「チャイナ・スタディー」もある。

 

もちろん病気の原因はたいがい複数あるものだし、一人一人体質も環境も違う

のでひとくくりに語るのはむずかしい。でも外(環境)から見ても内(身体)

から見ても同じ結論というのは、なんというか逃げられない真実な気がします。

 

 

という私も、むかしは何も考えずよく食べていました。

一時期、住んでいたLAにはマイベスト3の焼肉店があったし

ハーゲンダッツだって味で生産国がわかるほど好きでした 笑。

 

病気になってその辺は卒業したものの、それでも去年までは

グラスフェドなのをいいことにバターも好きなだけ食べていたし

一時期どっぷりハマったからこそ抜けることができたともいえるかも知れませんー。

 

だから今、家族や肉食する人にあれこれいう気はないのです。

あまり頭だけで考えない方がいいとも思うし

誰もが自分の道を自分のペースで歩いているのだから。

 

ただ、いつかタイミングがきた時には事実を知って向き合うのは大事かも。

致命的になって後悔するよりは、納得した選択ができるという意味で。

自分のカラダで感じてみると、ほんと覚醒にも似た新しい世界が広がると思います。

 

 

 

 

 

  

 

やっぱり輸入小麦は危険

前々から言われていましたが、米国などから輸入される小麦は相当危険と

いう話。とうとう新聞にも出ましたね。

 

モンサント社の農薬に使われているグリホサートという物質。

日本の国会議員23名を含む計28名の毛髪をフランスの検査機関で検査

したところ、21人にこのグリホサートと関連物質が検出されたそうです。

検査を受けた国会議員はふだんから有機食品などを積極的に食べている人

たちだったとか。そんなグループでさえ7割の人に検出されたというのは

やっぱり小麦に対して脇が甘かったのでしょう。

 

有名な除草剤「ラウンドアップ」にもグリホサートは含まれています。

この物質には発癌性があるばかりでなく、脳神経がやられ発達障害や痴呆

症の原因になることが以前から指摘され、さらに2代3代と代を重ねるご

とに影響が増幅するという動物実験の結果もあるほど毒性を持っています。

 

ある治療機関では発達障害の子どもたちにはあらゆる治療の前にまずグル

テンとカゼイン(牛乳に含まれる)を抜く食事を1〜3ヶ月続けてもらう

のだそうです。そうするとほとんどの子どもが改善するという話。

発達障害は今、よく言われているわかりやすい例ですが、ほかの様々な症

状も「グルテンとカゼイン」が関係していることは多いので、心当たりが

あったら、1ヶ月、できれば3ヶ月抜いてみるとわかります。

 

もちろん小麦に罪があるわけでなく、品種改良をしたりポストハーベスト

(収穫後の農薬散布)をよしとする人間の価値観が問われ、

 

同じく、牛の乳に罪があるわけでなく、そこにホルモン剤や抗生物質を投

与した挙句、子牛の飲み物である牛乳を人間に売るというシステムが問わ

れているのだと思います。

 

 

ラウンドアップを製造していたモンサント社はグリホサートが体内に入っ

てもすぐに尿として排出されると主張しているそうですが、すでに米国で

はラウンドアップが原因で癌になったとして3件の判決が出されて、最高

2200億円の賠償が命じられたそうです。

同様の裁判もすでに11000件も審議中だそうで昨年モンサントを買収

したバイエル社の株価も5割下がり大幅なリストラも発表されました。

 

  

だから言ったこっちゃない!

それなのに日本ではパンケーキブームだ、食パンブームだとなぜそんなに

輸入小麦を消費させようとしているのか。私たちはちゃんと考えなくちゃ

イケナイ時代に生きているということです。

海外で問題になって売れないものは、情報のない国(地域)で大量に消費

しようとあの手この手でブームが作り出される仕組みに気づきましょう。

 

食べるなら、ポストハーベストを行っていない有機小麦か国産小麦です。

ふわふわした甘いものばかり食べていると脳みそもそうなっちゃうんです。 

 

 

 

 

 

 

問答塾ダイジェスト

ひさしぶりになずな主催の問答塾にお邪魔してきたので

そこで交わされた話をダイジェストでお届けしたいと思います。

大事なことのおさらいです。

 

では、行きます!

 

- - - - - - - - - - - -

 

あらゆる病気の原因は化学肥料を使ってミネラルのバランスが

狂った土壌で育ったものを食べているために起こる。

 

 

菌は(必要な所に)自然発生する

(なんでも感染すると考えられているがそうではない)

 

 

平成7年の統計によると

その年の農家の跡継ぎは全国で1700人(が、多くは慣行栽培)

医師の国家試験に通って医者になった人は8000人。

そして病気はどんどん増えている。

(⇒ 土から変えないとと病気は増えるばかり

 

 

害虫といわれる虫は化学肥料や未熟堆肥から発生する亜硝酸対窒素

(毒)のアンモニア臭に寄ってくる(完熟堆肥には寄ってこない)。

つまり①化学肥料と農薬(殺虫剤や防虫)はセット。

つまり②虫食い野菜は安全でもなんでもない。

 

  

土が作られるのは苔がはじまり。

土は草の残骸

 

 

そして質疑応答の時間。

 

(不妊の相談に対して)

本来、子どもはできるのがあたりまえ。

妊娠しないのは命のある食べ物を食べていないから。

今、市販されているもので命のあるものはほとんどない。

命のあるもの=芽の出るもの。

女性は肉食を減らすと身体がきれいになり妊娠しやすくなる

なずなのお弟子さんはみんな子だくさん!

 

 

(右耳の突発性難聴の質問に対して)

右側は動物性食品(陽性食品)の過剰摂取!

(左の場合は陰性食品の過剰摂取)

 

 

(糖尿病の質問に対して)

白いもの(白砂糖、白米、輸入小麦の加工品)の食べ過ぎが原因。

また合成甘味料の入った後は尿の値が糖尿病レベルになる。

「市販の(アルコール)飲料にはほとんど入っているので

そういうものを飲んだ翌日に検査を受けるとみんな糖尿だよ!」

 

 

(癌の質問に対して)

まず、どうしてそうなったか原因を考えることが大切。

医者の言う通りになるのは実験台になるだけ。

原因を考えずに抗がん剤や手術を受けても食事改善しないと繰り返す

 

 

(草に負けたり、虫刺されでジグジグになるという質問に対して)

自然海塩をしっかり摂る。

化学肥料の入っていないものを食べる。

人体細胞は一日に6000億×100日=60兆すべてのが

入れ替わるのでそれで血液がきれいになれば大丈夫。

 

 

(アトピーの質問に対して)

化学肥料をつかったもの、乳製品、肉、合成甘味料などが原因。

それらを分解する酵素は身体にないため、代わりに皮膚から

解毒されている状態がアトピー。

 

- - - - - - - -- - - - - - - - - 

 

以上です。

少し解説させてもらうと

これらの考え方の根本にあるのは赤峰さんが「循環農法」とよばれる農法を

確立した過程で気づいた草と菌と虫の考え方があります。

 

戦後の慣行農法ではそれらは「悪いもの」「余計なもの」「排除すべきもの」

という捉え方が根本になってきました。

 

しかし、自然界(宇宙)の命ははすべてが循環して成り立っているという法則

に赤峰さんはある日、畑で閃きます。雑草にも、菌にも、害虫にも、ちゃんと

大事な役割があるということに。

 

現代の、病気でない人を見つけるのがむずかしいような現状は、そこが抜け落

とされてしまったこと、そして1972年に施行された塩田法により自然海塩

の製造も摂取もできない期間が続いたこと(ミネラル欠乏)、そしてその反動

としての(塩の質を問わない)減塩思想があります。

 

畑 ⇒ 病気 ⇒ 塩 ???

そうなのです。土の中は腸の中と相似していて

植物に根毛と小腸の絨毛の役割はそっくりです。

 

そして、その原理はマクロビオティックを広めた桜沢如一の

菌の捉え方や、千島博士が発見した小腸造血説にも通じています。

 

今の医学は菌はどこかからやってくるもの、

血液は骨髄でできるもの、という前提があるので

これらは異説とされており認められてはいませんが

近い未来には真実が明らかになるのでは、と思います。

 

 

 

病気とは、その自然の循環の軌道からちょっと外れてしまっているよ〜という

サインでありメッセージです。(どこかから無意味に襲ってくるものではなく)

だから、それを少しずつ取り戻せばいいのです。

症状を敵対視せず、自分の在り方を含めた根本を考えることが大切ですね。

 

 

そして、ここからはおくなが屋でのFAQ

 

 

Q.そうはいってもそんなこといったら食べるものがないし、

 そんなお米や野菜を買えるところはなかなかない・・・。

 

これはもうこの7年間に何度言われたか、聞かれたか、わかりません〜。

ハッキリ申し上げて、それは本気になっていないだけなんです。

本当に大切なことだと認識していない、もしくはみんなも食べてるし、とか

要は向き合うことを避けている気がします。

 

だって、いくらでもあるもの!!!

 

宅配を利用するとか、そういう野菜を作っている人から直接、買うとか

自分で育ててみるとか、それらを組み合わせるとかすれば、だれでも叶います。

そして、そういう人が増えればそういう作物を作る人も増えていくのでは。

要は価値観とその優先順位の問題と思います。

 

 

Q,無農薬野菜や自然食品は高いから、買いにくい。

 

これも上と同じ。

本当にちゃんと比較したことがあるのか?と聞いてみたい。

病気にならない、なりにくい、なっても自力で治せる、という状態は最高で

唯一の経済効果でもあるのでは?と思います。

 

安さで選んだものを食べ続けることによって起こるモンダイ、

体調が優れずくすぶり続けたり、自分の能力が発揮できなかったり、

子どもの体質や性格に苦労したり、クスリを手放せなかったり、

医者通いが卒業できなかったり、肥満が慢性化したり、

大きな病気の発症にビクビクしたり、、、

それらの問題はどんな保険に入ったとしてもリスクや

心の奥に潜む恐怖心はなくなりません。

 

◯◯風の調味料や旬でもないものにお金を使わず、ごちそうは特別な日だけ。

普段は一汁一〜三菜の粗食でその質を上げる方がはるかに無駄がない。

 

ちゃんとした原料と行程で作られた調味料でも適正価格のものを買えばいいし

科学肥料や農薬不使用の野菜を良心的な価格で販売している農家さんだって

います。なずなの野菜の値段なんてむしろ安い!です。

魚だって地物の旬のものだったら安いものがある。

 

いい加減な安物を買って食べて節約した分は、あとで人生上のトラブルとして

清算される時に膨大なエネルギーと時間を消費する。

そのことの方がずっとややこしいと思うのですが。

 

 

Q.自分は気づいて、そうしたいが家族が賛同してくれない。

 

これは一見むずかしい問題に見えますが、所詮、家族だって基本他人。

他人は変えられないのです。だったら、そこで格闘してもしょうがない。

自分が変わることで、じんわり影響を与えていく、と気長に構えた方がいい。

一人の変容は自然とまわりにいる人にも及ぶものです。

 

言われてすぐにカタチだけ変えるより、ゆっくり時間をかけて

心から納得して変わっていった方が定着率も高そうです。

 

まず自分一人でも、気持ちのいい生活を送るシステムを考えること。

スーパーに行くと、ついつい流されて無駄なものまで購入してしまうと

いう場合は行く日は月一にして必要なモノだけをその時に買う。

あとは予算を決めて宅配にしてもらう、とか(時間もセーブ!)

 

調味用は自然塩、味噌、醬油、+あと2種類くらい(マヨとケチャ、とか)

オイルも良質なものを3種類だけにしてしまう、とか。(冷蔵庫もすっきり!)

 

親や知り合いからもらったもの、それが例え子どもに与えたくないな〜

と思うものでも、そこにある気持ちを大事にしたい場合は子どもと

話し合ってみる。結果がどうであれ、その意志は尊重してあげる。

でも自分はもらうのは気持ちだけにするね、としておけば子どもはそれを

見ているので、あとで少し考えが進むかも?(でも過度の期待はかけない)

 

その人との人間関係ができていれば、こういうものだったら嬉しい、

と伝えておくとか。

 

 

そこに、ある程度の知識もあるとさらに説得力が増すので本を読むのも大事。

(テレビや雑誌ではなく、著者のいる本)

そういう本は家にあるだけでも波及効果があるので、これはいい!と思った

本は購入することをおすすめします。

 

図書館で借りれるのは便利ですが、経験上、借りた本と購入した本は染み込み

方に差がでる気がします。家の中で背表紙が見えているだけでもいいのです。

そういう知識や情報がすぐそこにある、という環境が大事ということ。

 

それで、いつも家ではホンモノを味あわせてあげていれば、

舌の感覚が養われるので不自然なモノを受付けなくなってきます。

 

そんなふうに説得で人を変えるより、システムや環境から変えていく方がいいのでは?

そして、他人を変えたい!という人ほどじつは自分がまだ変わる必要があると

思っているんじゃないか、というのが傍から見ての推測でもあります。

 

そんな日々の連続が、いつしかそういえば家族でいちばん調子良さそうね、

 ということになり、見向きされることになるかも知れません。

 

基本、相手も自由だし、自分も自由なので、そこで無理矢理、自分の考えに

沿わそうとあまり思わず、静かに自分から実行していくというイメージです。

 

 

とくに子どもに対しては、こちらの言うことを守らせることに主眼を置いて

しまうと、肝心な主体性が育たず、二重人格的な性格を育ててしまうことに

なりかねないので要注意です。 

 

 

 

 

 

 

soto café(外カフェ) 準備中

今日からおくなが屋はOPEN8年目になりました。

これまで、お店に通っていただいた皆さまには心から感謝の気持ちを捧げます!

 

始めたときに書いたものを読み返すと「10年は続けられますように!」なんて

書いてあって、それは、また店を始めるんだからせめて10年は平和であってく

れよー、という切なる願いでもあったわけですが、それが7年分は叶いました。

 

お店のトンカン準備期間を含めたらあれから8年が経っているわけですが、当時

はサバイバルモードというか、生活基盤を失ったけれど子どもだってまだ小さい

し「何か」できることは?と思った時に、とにかく今あるものを生かそうとして

その瞬間、新しいメガネを手に入れていたことに気づいたというのがありました。

 

掴んでいたものを失って初めて気づくこと見えてくることってある、というか、

逆に考えれば、そのために「失う」経験をさせられたのかも?

 

とにかく今までは里帰りに寄るだけだった夫の実家の環境が、実は農地もあり歴

史的に災害も少なく(縄文人も住んでいたらしい)、いつもお米や野菜を送って

もらっていた赤峰農園にも日帰りできる距離で、1時間圏内に別府や湯布院をは

じめ温泉がたくさんあり、価値観のチャンネルを変えてみれば意外に良いところ

で、ここに自分たちが今までの経験してきたことや人とのつながりをカケ合わせ

れば「何か」できるんじゃないか?と思ったのでした。

(いろいろ経験しておいてよかった!)

 

 

田舎は情報もモノも選択肢が圧倒的に少ないけれど、だったら、自給や自立の

方向でできることを増やしていけば、それは災害に遭っても吹き飛ばされない

「能力」や「技術」になるんじゃないかと。

 

大切なのは、食住衣カケル健康です。

最近は食卓に上がる食材のほとんどを自給自足でまかなえるようになり、まさ

かこんなファンタジーのような?暮らしが実現するとは思っていませんでした

が、お陰で家族みんな健康ですし、私の小麦中毒も解消されたし(汗、パン屋

を全うすることはできなかったけれど、これでよかったのかも知れません。

 

家やお店の改修の腕(夫の)もこの8年でだいぶ上がりました。シロウト大工

の卒業制作?のような小屋作りも終盤です。

 

そこでお知らせ!

小屋が完成したあかつきには、セルフサービスの外カフェを始める予定です。

 

 

おくなが屋 soto café

お買物のあとにちょっと一息つけるような小さなスペースにオーガニックの食材

とヴィーガン寄りのメニュー。ふつうのいわゆるカフェではなく、イメージにあ

るのは海外で暮らしていた頃によく行ってたオーガニックスーパーのすみっこに

デリのコーナーがあって、そこにはざっくりした簡単に食べられるメニューが並

んでいて忙しい時やちょっと休憩したい時にときどき利用していた場所。

テイクアウトもできるし、外のテーブルで食べて帰ってもいいような。

 

余談ですがそこには「うどん」というメニューもあって、当然?びみょーな味で

向こうも日本人相手にやりづらかっただろうな〜という(笑!)

そんな気軽な、ショッピングエリアの横にあるデリのおくなが屋版。

 

そこはホームスパンの服を着て利用してもらうときっと似合うと思う〜〜。

(抱き合わせ商法?笑)いや、きっとデザイナーの方と好きな時代が似ている

ところにルーツがあるんじゃないかと思う。1930年代のヨーロッパやアメ

リカにあった建物や服装。

 

その頃も家のお父さんは畑を耕し、家や小屋を造ったり、家畜を飼ったりとかなり

自給レベルが高かったんじゃないでしょうか。ホームスパンの服作りも洗練はされ

ているけど、その時代のお母さんが子どもたちに作っていたような、そういう匂い

が残っているところが人気の理由でもあるんじゃないかな〜と思ったりするもので。

 

OPENの日にちが決まったら、またこちらで告知させていただきます。

まだまだ準備期間中なので、気長にお待ちいただければさいわいです!

 

 

 

 

 

 

制限するより主体性を

ウチは仕事柄?オーガニックとか無添加とか食にコダワリを持っていると思われているので

よく子どもにもそういうふうに躾けているように思われることが多い。ファストフードやイ

ンスタント食品やジャンクフードはご法度な家庭なんだろうという前提で質問や相談を受け

たりする。

 

でも、実はどんなこともそうだけど親が子どもに「「〇〇は食べちゃいけません」とか、

「〇〇しなさい」と伝えたとして、それをそのまま聞く子が育つ方がコワいと思っている。

そんなふうに「飼育」された子どもが幸せになると思えない。

 

それよりも大事なのは自主性が育つ邪魔を親がしないことだと思っている。

もし、食べて欲しくないなぁ、と思うモノがあったとしたら、まず親自身が食べない生活を

することで、それはイコール買わない、手に入れない=家庭に持ち込まれないので、そこで

自然と子どもの口に入る可能性が低くなる。そのうち保育園や小学校に入ると家庭では避け

ていたモノ(農薬いっぱいの野菜や工業的に作られた肉や魚、遺伝子組換え食品、添加物や

砂糖いっぱいの食べ物など)に遭遇する。

 

それはもちろんできるだけ食べさせたくないが、そこでも子どもにあれこれいうのはおかしい。

その環境を作っているのは社会なので、子どもに制限を課すのはちょっと違っていると思う。

言うなら保育園や学校に言うべきで、そこで状況が変えられなかったら

お弁当にするか、出されたものを食べるか、子どもに聞いてウチは選んでいた。

 

でも、だいたい9歳くらいまで家の中で自然のものを食べさせていると

舌ができてくるのであとは自分で判断してくれるようになる。

 

子どものアレルギーや不登校の相談でも、たいがい変わらなくてはいけないのは親の方だ。

子どもに罪はない。大人が作ってきた環境に後から入ってきたのだから、そこに居づらさが

あるのはNOと言われているようなもので、それをなんでかな?と大人は反省するべきなのだ。

 

自分を振り返れば分かるように、そう常に正しいものばかり食べて育ってきたわけじゃない。

むしろその寄り道があったおかげで、どういうものを食べた方がいいのか会得したわけなので

それを思えば子どもには食べてみたいという好奇心もあってあたりまえだし、食べて失敗して

みる権利もある。

 

ギリギリ命に関わらないくらい、様々な経験をして最後に自分はどうするのかを決めたらいい

と思っているし、成人したらもうあとは本人の責任で自由。

 

制限は一種の抑圧で、それに従順していればいつか反動や歪みが現れるのは当然だ。

それよりは主体的に自分が選ぶ力をつけてもらえた方が親子の関係も楽しいに決まっている。

 

  

何を食べるか?というのは私自身は大切にしていることだ。それは命や健康や環境につながる

ことだし、人は食べるものですごく変わるということを経験しているから。

 

でも、それでさえも、こっちの意見は伝えるけど、最後に選ぶのは自分だよ、と思うし、実際

「これ、食べていい?」と聞かれても「自分ではどう思っているの?」と返す。人にいつも聞

いてばかりで自分の頭を使わない人になって欲しくないからね、というとめんどくさそうな顔

をされることもあるけれど、こっちは親の言うことを聞く子を育てているんじゃなくて、主体

的に考えて判断できる人になって!と思ってのことなので、意地悪じゃないんですよ。

 

 

 

 

 

 

「食」のところで新しく扱うことにしたリコエンザイムソルトのことを書いていた

ら思い出した話を書きます。

 

不良化していた私をいつのまにか真当な人の道に導いた凄い腕を持っていた恩師と

数年前にひさしぶりに会って、人待ちで駅のホテルのカフェでお喋りしていた時、

こういう雑談の中にも「!」というエピソードが出てくるのでそれを聞き逃すまい

と「この値段ならもっと美味しい紅茶が出せるんじゃ?」というツッコミもおいて

じっと聞いていた。

 

先生はビールですでに酔っていたので(笑)適当に弾いている楽器のような感じで

タラタラ喋っていたのだと思うけど、さすがに有名大学(が良いかどうかは紅茶の

味と一緒に横において)数十年、数百人の前で休みなく講義をしていただけあって

ただの酔っ払いに見えても(笑)内容には光がある。

 

その時の話の中に「相手を尊重するとか、尊敬するというのはね、料理に塩がちゃ

んと入っているかみたいなのと一緒。ちょっと(といって小指の先に親指を当てて)

入っていれば、それがちゃんとできるんだよ。先生と生徒でも、友だちでも結婚相

手でも。その塩がないとダメ。関係は続かないよ〜、そうだろ?」

 

うまいね!(と思って、私は心にメモしました。)

それを塩のことを書いていたら思い出した。

いや、そうでなくても時々、思い返したりしているのですが。

 

人種、性別、年齢、出身、言語、学歴、収入・・・。

そんなことすべて抜きで、その人を付き合ったときに、お!と感じられる小さなでも

確かな「尊敬」の気持ちがあれば友人関係でも仕事上のおつきあいでも、結婚生活で

も、親子、家族、義理の家族、何でも続けられるのです。ほんとうにそうだ。

 

先生、元気かなー。

 

 

 

 

 

 

女王の主治医はホメオパシー医

明日からのホメオパシー講座のための資料の一つを紹介したいと思います。

日本は世界の情報からかなり遮断されているので(国内のマスコミの流すニュース

の9割以上が国内の操作されたもの、ですからね)出てこないですが、ほらほら。

 

世界で最も権力のある人物のお一人であるエリザベス女王の主治医が事故死という

昨年の記事です。こんな突然に亡くなってしまったのは残念ですが、ここで注目な

のは、エリザベス女王の主治医がホメメオパシーの分野で国際的にも知られていた

人物である、ということ。そして世の中にこういう情報がふつうに流せる時代にな

ったということでもあります。

 

また一昨年、101歳で亡くなった世界金融を牛耳る陰謀論でも名高いデイヴィッ

ト・ロックフェラーの療法もホメオパシー中心だったことは有名です。エリザベス

もデイヴィットも長生きですね。他にもヨーロッパ各国の君主もアメリカの歴代大

統領も、18世紀以降の誰もが知る著名な音楽家、作家も。ミヒャエル・エンデな

んかエッセイでもホメオパシーについて触れていますし、シュタイナーだって愛用

者でした。

 

それが日本では今までとても不都合な事実だった面があるわけです。

なぜ世界の権力者の多くが愛用している費用対効果の大きい療法が広まらず、庶民

にはクスリと手術が中心の高額で副作用等リスクもある医療が勧められるのか?

でも、そんな時代もだんだん変わってきています。

 

いい時代になってきました。

 

 

 

 

 

 

 

毒と自己表現

自己表現というのはインスタにどれだけ写真をアップできるかとか、Facebookでどれだけ

「いいね」される生活を送っているかとはちょっとズレたところにあると思う。

 

例えば、あとこちで飲食店を営んでいる友人知人からよく耳にする話として、オーダーした

ものを写真を撮るだけで残す人がけっこうな割合でいるらしい。そういう人たちはその写真

をSNSにアップしたあと、どれだけ反応が返ってくるか認証してくれるかを確認するんだろ

うけれど、それは自己表現でもなんでもなくて、むしろ注文したのに写真を撮るだけで食べ

ないということの方がはるかにその人を表している。SNSというバイアスがかかり過ぎて、

しかもそれが過渡期なので実際の行動がおかしくなっている人が増えているといのかも。

 

生みだしたり作りだす側とそれを消費する側。

どちらを選ぼうと自由だし、どんな人にも両方を立場を行き来している面もあるから、あと

はバランスとマナーとセンスの問題なんだと思う。

 

それでも最近のある営業日。

その日は遠方からのお客さんが多くて、そのほとんどが東京か海外からというめずらしい日だ

った。そしてみんなカメラになるものを持っているのに、勝手に店内を撮ったりする人は一人

もいなくて、みんな外から撮るだけだった。以前だったら店内に入るなりパシャパシャしたり

私たちのことも断りなく(!)撮ったりした人が現れたけれど、こういう習慣も成熟してきて

いるんだなぁと時代の変化を目撃した気分?だった。半径10メートルくらいで生きているの

で見当違い的なズレ(店内には撮りたいものがなかっただけ、とか)もあるかもしれないけど。

  

同じ写真でも、例えばその料理を自分が作ったものなのか、誰かが作ったものを撮影してあげ

ているのか(あげちゃいけないわけじゃない)、で意味合いがまったく違うように、

 

生産者側はと試行(思考)錯誤という経験を積んでいて、その経験は必ず蓄積になって、その

後に生かされるという仕組みはもう宇宙の法則みたいなもので、そういう意味では勝手にSNS

にあげられようが匿名でコメントを書き込まれようが、何かが鍛えられているという点で必ず

進化している。それは「もらい感動」ばかりで与えられる側、消費者マインド中心に生きてい

たらゼッタイ見ることができない景色と吸うことのない空気を味わっているということだ。

 

でも生身のニンゲンとしては、ボディブローのようにじわじわ傷ついたり気に病んだりするこ

ともあるから、外からの規制がほとんどない世界だけに自分でどれだけ想像力を働かせて利用

するしかないんだろう。

 

傷つくことを恐れて、当たり障りのない、万人受け間違いなしみたいなことばかり続けると自

分が本当は何を感じて何を考えている人なのか、自分でわからなくなりそうだし。

 

・・・と、未だにSNSのいい使い方がよくわからない50代です 笑。

使いながらも結構、懐疑的で、どこに着地するんだか。

 

でもインスタで遠く離れた友だちのきれいな写真を見れるのはとても楽しい。

 

 

毒を持つことを恐れちゃいけない(毒を持て!by 岡本太郎)

毒は加減が問題で微量であればスパイスだったり薬になったりする大切な要素だから。

 

何かを生み出したり、表現する時にそれがどこかないと、なかなか人の心に引っかからない気

がする。「!」と感じる表現には必ず毒がどこかにギリギリ含まれていて、その人らしく上手

に料理されているものが多いと思う。

 

 

 

 

 

 

四つの約束

「The Four Agreements(四つの約束)」。

この人生の羅針盤のような本に出逢ったのはいつだったか。たぶん15年以上前?

英語の本に慣れようとして買って読んで、そしてすぐに深ーく納得した。

 

日本に帰ってきて翻訳本も読んだけど、どうも英語で読んだときの方がインパクト

が強かった。言葉の問題なのかメキシコと日本の風土の違いなのか、どちらにして

も少し乾いた土地で読む方が入ってくるような、そんな感じがする。

言語っておもしろい。

 

日本ではどのくらい知られている本なのかわからないけど、今まで「知ってるよ!」

と言われたことがほとんどない。湿度が高い土地だと人の気質もウェットになるのか、

他人に翻弄されることが起こらない、こんなさっぱりした哲学は馴染まないのかな。

向こうでは結構、誰でも知っている本だったけど...。 

 

著者のドン・ミゲル氏が交通事故でひん死の重傷を負って、今でいう臨死体験から

戻ってきた後、人々にどうしても伝えなければと書かれた本と記憶している。

 

古代メキシコの「トルテック」の秘教を4つにまとめた、人生を自由に泳いでいく

ためのガイドブック。当時、これを読み終えてずいぶん心がすっきりしたのを覚え

ている。今では無意識レベルで染み込んでいる大好きな指針。

 

これさえあれば人生に不必要な雑念(心配事や杞憂)をすぐに手放すことができて、

人生が今すぐ自分のものになる魔法のような約束事。

 

でも、すぐにうまく実行できなくてもいいんです。なにか起こった時に、この中の

どれが欠けていたのか振り返ってみるうちに理解が深まる。そうすればきっと次に

生かせるから、と私は思ってます。

 

1 Be impeccable with your word.

申し分のない(的確な、正しい)言葉を使うこと。

ほんとうに自分が言いたいことのみを言うこと。

自分の気持ちに反する言葉は避けること。

一貫性をもって話すこと。

他者のゴシップをしないこと。

真実と愛の方向に言葉の力を利用すること。

 

2 Don’t take anything personally

なにごとも個人的に受けとらないこと。

他人の話すこと、することのすべては、あなたが理由ではない(たとえ、あなたに

ついて話したりしていても)他人が言うことやすることは彼(彼女)ら自身の現実

や夢の投影である。他人の意見や行動に対してあなたに免疫があれば、必要のない

苦痛を感じることもなく、被害者とはならない。

 

3 Don’t make assumptions

憶測(思い込み)をもたないこと。

わからなかったら尋ねたり調べたり、あなたがほんとうに望むことを伝える勇気を

みつけること。誤解や悲しさやドラマを避けるため、できるかぎり明確に他人とコ

ミュニケーションをとること。この約束だけで、あなたは人生を完全に変容させる

ことができる。

 

4 Always do your best

常にあなたのベストを尽くすこと。

ベストはときどき変化する。病気であるときと、健康であるときとは異なる。

それでもその時、どんな状況でも、シンプルにベストをつくすこと。

そうすれば、自己嫌悪に陥ったり、後悔を避けることができる。

 

 

なーんだ、こんな簡単なこと?と思うかも知れないけれど真実ってシンプルだけど

実は奥深い。逆に考えると、このシンプルなことができていないばかりに、人生が

ややこしくなっているとも言える。

 

この四つを意識して過ごしていると依存心やプライドや被害者意識で固まっていた

心がいつしか溶けはじめ、依存心は自立心へ、変なプライドは健全な誇りへ、被害

者意識は自己責任意識へと変容し、自由に生きられる(自由のそのおとしまえは自

分でつけるよ、と思える)ように進化していきます。

 

興味のある方はぜひ読んでみてください。

一読の価値も三読の価値も大ありです! 

 

卵や乳製品も

なかなか知られることのない畜産業の実態を調べれば調べるほど恐ろしい事実が

たくさんわかってきて最近は今まで知らずにいた自分に自己嫌悪さえ感じている

今日この頃...。健康面から少なめにした方がいいよー、やめた方がいいよー、と

いうことは思っていたけれど、環境、そして動物の命という視点が欠けていてま

ったくもって迂闊でした。

 

まさか、自分がこんなに動物を傷つけていたなんて、知ったら誰もが心乱れるん

じゃないでしょうか。ペットだって飼っているし動物を傷つけているなんて思っ

たことはないけれど、間接的に「知らない=動物の人権ならず動物権を踏みにじ

っている」ことにこんなに加担していること。かーなーりショックです。

 

例えば、これだけ卵を消費する人間(日本人の平均一人当たり年間330個消費)

のために、卵を産まない=生産性のない雄は無価値と見做されヒヨコの段階で踏み

つけて殺したり(これができないと工業式畜産業では働けないそうです)、ダンボ

ールに入れられて産業廃棄物として処理されたりしている。

 

雌の方も早く成長させて卵を産ませるためにホルモン剤で人工的に早く成長させられ、

(だから見た目はニワトリなのに「ぴよぴよ」という鳴き声のニワトリがいる)現在

飼育されている赤色野鶏の雌は本来1年間に20個ほどの卵しか産まないのに、こう

いったブロイラーの卵用ニワトリは1年間で300個(なんと15倍!)の卵を産む

ように操作されている。

 

雌鶏たちはほとんど毎日、卵を産んでいるせいで、子宮脱の苦痛を味わう。

卵の殻はカルシウムでできているので雌鶏の骨は重度の骨粗鬆症になっている。

だいたい2歳を迎える頃には600個の卵を産んで体はボロボロになり廃鶏と

呼ばれて屠殺場に送られるか、ゴミ袋の中で窒息死させられる。

 

この2年間の鶏の生きている時間も喧嘩しないようにクチバシを切られたり

狭いゲージに押し込められたりする、虐待の2年間を過ごす。

 

こんな状況の上に、私たちは卵を栄養として必要だと信じて食べている。

 

乳牛もひどい。

牛の乳は本来、子牛のためのものである。

なのに「牛乳」「バター」「チーズ」「ヨーグルト」そのほか加工乳として人間が消費するため

生まれてすぐ子牛は母牛を離され、出産からすぐに子牛を取り上げられた母牛は嘆き悲しむ。

動物にも人間と同じように情感がある!自由であれば母牛は9〜12ヶ月の間、子に乳を与える。

その時の親子は人間同様、快と安心を覚え母子愛が育つ。無理やり、離されれば不安と心痛の

感情が全身に染み込む。哺乳類の子への強い思いは脳や神経系に大きな影響を与えるため、

攻撃的になる牛もいる。

 

乳をできるだけたくさん搾り取るために、雌牛たちにはできる限りの妊娠させられる計画が

立てられる。定期的に動きを封じられ、その名も「レイプラック」と呼ばれる固定具を

子宮まで押し込まれ無理やり受精させられる。

 

本来の牛は20〜25年の寿命があるのに、このような人工的な妊娠・搾乳を虐待のように

繰り返された牛は4〜5歳で廃用とされ屠殺場に送られる。ハンバーガーに使われる肉の

ほとんどはこの廃用となって屠殺された雌牛の肉が使われている。

 

畜産業にとって最適な品種だけが短期間に酷使される一方で、雄は生殖のための奴隷のように

扱われその後、屠殺される。畜産で扱われる動物たちにとって人間はほとんど悪魔のような存在だ。

 

それなのに、世の中に出れば動物性食品を栄養のあるものとして食べることマストな雰囲気が

充満している。そういう習慣を知らぬ間に作られてしまっている。

 

習慣を急に変えるのはむずかしいかもしれないけれど、少しずつでもそういう育てられ方を

した動物の肉や生産物、卵や乳を自分の口に入れることを減らしたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

2019年は自然災害に気をつける

聞いている方も多いと思いますが、今年2019年は自然災害が多発すると

いろいろなところで言われています。占星術でも星の位置が311の時

とそっくりだったり、アカシックレコードにアクセスして予言する人に

聞いても、TEC値など、どこから見ても可能性がとても高いようです。

だいたい、亥年というも歴史的にみて大きい地震が多い年。

 

巨大地震、噴火、津波、そして経済の衰退...。

その結果、東京オリンピックも中止になる?など。

 

近々で言われているのは3月下旬。

シャク歴でも地震のエネルギーが解放されるとあり、それは日本かもし

れないし、海外かもしれませんが、どちらにしても気候変動も連動して

今、地球は調整の時期に入っているようます。

 

一方で、かつての分離(競争や戦争)の時代から今はワンネスの時代に

入っているため(人の意識で未来が変わる傾向が大きくなっているから

?)か、予言はむずかしくなっているとも言われている時代とも言われ

ますが、

 

それでもやっぱり何か調整や浄化のための痛みや変化をともなう出来事

というのはある気がします。例えると海でサーフィンをしているときに、

まだ目視はできていないけど、もうすぐ今までにない大きな波が来る!

という空気を勝手に感じているような...。

 

 

311の時、なにか、それまで握りしめていた意識が飛ばされてしまい、

それ以後はすっかり別の世界で生きているような経験をしているので、

それが今度はもっと大規模に起こるんじゃないかと想像しています。

 

災害をむやみに恐れても意味がないし、予想がその通りになるのかは、

誰にもわかりませんが、どちらにしても、今の世の中に矛盾や閉塞感を

感じているならば、今後、不意にやって来る変化に対しての心の準備は

しておいた方がいいかもしれません。「一体、どうやって?」と訊かれ

たら、自分との対話をしておくことをお勧めします(マジメに)。

人生での優先順位や、本当に大切なもの、など。

 

今まで握りしめてきたものは本当の目的なのか、それとも手段の一つな

のか(見極め方は目的は変更不可だけど、手段は可能)。その握りしめ

ているものとは、家族や人間関係、不動産や持ち物、価値観、仕事、今

住んでいるエリアなど。

 

耐震構造のチェックや避難用リュックの準備、食料の備蓄も大事ですが、

サバイバルのためにはメンタルを鍛えておくことも大事。指示待ちグセを

脱して、臨機応変に動けるように訓練しておきたいものです。経験のない

大波がきても、今までのトレーニングでなんとか乗り越えていけるように。

 

「今」と「もしも」のバランスは常にテーマですが、もしもの時にも役立

つスキルを今にも生かした暮らしっていうのが結構いいんじゃないかと思

います。

 

 

 

 

 

 

ベジタリアンの理由

ここ最近、いろいろ調べていて気がついたこと。

 ヴィーガンやベジタリアンが少ない理由のひとつに言葉の壁があるということ。

 

この数年でヨーロッパで菜食を選ぶ人は年々増加していて、すでにドイツやベル

ギーなどでは15〜20%の人が菜食系なのだとか。それは、今まで自分たちが

食べてきた西洋食に「ヤバい!」と気づいたこともあるけれど、そうなるための

情報の浸透がかなり広がってきているからというのがあって、アメリカでさえ、

この5年間で菜食主義の人は5〜6倍に増加している。

 

だから多くのお店でベジタリアン対応のメニューが用意されているし、人々の間で

認識されているから、変わった主義の人と見られることも少ないし、菜食を続ける

ことがそれほどむずかしいことでもなくなっている。

 

それにひきかえ、日本では黙って待っていても情報はやって来ない。英語中心で広が

る菜食にまつわる情報が訳されることも少ないし、どうしても時差や情報格差が生ま

れてしまう。

 

一応、断っておきますと、むやみにベジタリアンをすすめているわけではありません、

念のため。でも、それを選ぶ人がいるかは知っておいた方がいいと思うだけです。

それに、もしベジタリアンを目指すときも、ちゃんと自分のカラダと相談して、体の

奥で「うん」という声がしてから始めた方がいいと思います。中途半端でやるのはあ

まり勧めないかな。栄養素として、動物性が必要と本気で信じている人が食べるのを

急にやめても、心と体がバラバラになってしまうから、それなりに知識をつけてから

の方が長続きもしやすいと思います。

 

 では、なぜ人は菜食を選ぶか?

 

人が菜食の道を選ぶにはいくつかの理由があって、

 

まずは動物の命。

動物にはちゃんと感情があります。それを、たんぱく質の塊としか見なしていない飼育

・屠殺の状況。その動物虐待に加担したくないという気持ちで菜食を選ぶ。鶏は最も虐

待されている動物という人もいます。その感情を抱えたまま鶏は屠殺され、食肉にされ、

大量に消費されています。そして今、「イジメ」「虐待」という言葉がマスコミを賑わ

しているのは偶然でしょうか。因果関係がないとは言えない気もします。

 

12分のドキュメント映像。

ただし動物好きな人にはキツい内容です。

 

Meet your Meat (日本語字幕つき)

 

 

 

つぎに健康。

動物性脂肪・動物性タンパク質は病気になる主たる原因であること。先進国で増えて

いる心臓病・癌・糖尿病を罹患罹患するリスクは肉食者が圧倒的に高く、それは世界

最大の規模で行われた食と病気の調査「チャイナ・スタディ」でも明らかです。

心臓病の手術を繰り返した元アメリカ大統領のビル・クリントンも今ではベジタリアン。

アメリカは心臓病が死因のナンバー1で、それを克服するため食を変える人が増えている。

 

また乳たんぱく質の主成分であるカゼインが発癌性物質であること(動物実験に使われる

動物を癌にする時にもカゼインが注射されます)。それに加え、抗生物質・ホルモン剤・

遺伝子組換え飼料、そして同じ哺乳類の共食いの実態。それらの影響がすべて混ざり生体

濃縮がかかったものが畜産肉と乳製品です。

 

そして環境。

世界的な調査機関によって、行き過ぎた畜産業の問題が報告されているんですね。

 

2006年には国連食糧農業機関(FAO)による報告書 “Living stock's Long Shadow

(家畜の長い影)”で、地球温暖化・大気汚染・水質汚濁の主要因は工業化された

畜産業であることが提出されていますし、

 

2009年にはワールドウォッチ研究所(世界の環境問題を扱う調査機関)から家畜

とその副産物が温室ガスの51%を排出していると報告されています。この報告書

では加速する環境危機を和らげるのに不可欠の対策である「肉や乳製品を植物由

来の代替物にすること」を推奨されています。

 

翌年2010年にも国連環境計画による「持続可能な資源管理に関する国際パネル」で

世界が動物食品(とくに肉・乳製品)の消費から脱却することが飢餓・燃料枯渇・

気候変動の最悪な事態を解消するには不可欠であることが明言されています。

  

あと日本には少ないかもしれませんが宗教的な理由で食べないという人もいますね。

 

少し前までは、どこでもタバコを吸えたのに、今はどこも禁煙だらけに変わったように、

いつか動物のお肉を食べる、ということも少なくなってくるのかも知れません。

食べるのは、特別な日だけ野性の動物を儀式をしてから戴く、というように。

 

 

 

 

 

 

子ども時代のたのしい思い出

今日は娘の通う北九州子どもの村小学校・中学校でおわりの会(卒業式)がありました。

 卒業していく小学6年生と中学3年生一人一人が全員、自分で考えたスピーチをするの

ですが、それがそれぞれ個性がでていて聞き逃せないくらいおもしろい。

 

感謝の言葉を述べる子もいれば、懺悔(笑)や、将来の宣言や、中には黙ってしまう子も

時々いて、でもそういう時も学校のおとな(先生)はだまーって待っている。

 

昨日は「寝ないで聞いてください。受験が不安でもしたくない勉強を無理にしても意味が

ないと思います。」という意見を話す子もいた。頼もしい。

 

整体の野口晴哉も「自発的に学んだことは早く身につく」というではないですか。

この学校にいる子どもたちはそれを日々体感している。いわゆる普通の学校の勉強もする

時間はある(らしい)のだけど、それよりも体験から必要なことを学ぶプロジェクトに重

点が置かれていて、大人顔負けの本格的なこと(棚田を耕作する、演劇を台本から作る、

小屋を建てる、ピザ釜を造る、など)に子どもたちは日々、取り組んでいる。

 

娘の選んだクラスは、その名も「大人のいないクラス」。冗談のような名前ですが、要は

担任がいなくて、いるのは陰の大人(陰でサポートしてくれる先生)だけというクラス。

自分たちで研究テーマや手順を決めてやっていくので、たいへんそうだけど「楽しい♡」

そうです。

 

クラス旅行や修学旅行の行き先と日程を決めるのも、経費を考えて予算を立てるのもその

予約をするのも基本的に子どもたち。時々、変わった学校名と子どもからの電話というこ

とで訝しがられることもあるそうで、そんな時は大人が登場してフォローするそうです(

笑えるー)。

 

そんなふうに子どもを小さな大人扱いしているので、おわりの会の運営も子どもが中心。

進行、音声なども、大人はサポート役。

 

当日は小学校の校長でもある丸ちゃん(この学校では「先生」という言葉は禁止なので、

みんなニックネーム)の挨拶もありました。

 

「・・・この学校を卒業したら、なかにはイヤなことや悲しいことや思い通りにならない

こともいっぱい経験すると思うけど、そんな時に子ども時代の楽しかった思い出があれば

やっていけるんじゃないかな。だからみんなにはたくさん楽しい時間を持ってもらいたく

てこういう学校をやってます。」と細かい所はちょっと違うかも知れないけれど、まあだ

いたいそういう意味の話をしてくれた。

 

丸ちゃんがこういう時に話す内容に私はいつも同感してしまう。

まったくその通り!こんな世の中だからこそ、子ども時代がよけいに大事!

 

自発的に楽しく学ぶことさえ体験できたら、あとは自動的に人生が展開して行くような気

がする。思えば自分も指図や命令されたこと、すでに決められたことをしなければならな

いという前提がなにより苦手でした。言われたことができなくてロクな人間にならない、

と叱られたことも一度や二度ではありません。そう?といつも心の中では違和感でしたが。

 

ここの学校では失敗しても、それは単に過程という扱い。子どもには失敗する権利がある、

というのも学校の基本的な考え。だから子どもたちの顔が明るいし、のびのびしているの

が見ていて、安心する。失敗をしたこともないところには成功もないですからね。

 

きっと保護者の中にも、こんな学校に親の方が行きたかったよ、、、と感じている人が多

いんじゃないかなぁ。義務教育の9年間は大事ですからね。この時期に疑いもなく、ただ

上からの指示に従わせる訓練をするのか、「自発性」を育むのか、その小さな違いは大人

になるにつれて広がっていきがちです。自ら考えるという練習なしで大人になってしまう

と、巻き戻しはなかなかむずかしいのです。

 

私は密かに公立校がぜんぶこういう方向の学校に変わってほしいと願っています。

 

 

 

 

  

 

畜産の工業化、その肉を食べ続ける問題について

カウスピラシー ショック以来、いろいろ調べている中でこれもわかりやすかったです。

 「ラブ・ミートエンダー」 副題「どれだけ肉を食べ続けるのか?」

 

今の、多くの食肉がもともと動物の命だったというより、ただの動物タンパク質の塊と

捉えられてしまっている現状。自然環境をすごい速度で破壊する、工業化された畜産肉

のできるまでの工程を見ると、環境の視点からはもちろん心身に及ぼす影響を考えれば

人間の行いはまわりまわって自分たちの未来(子孫)へと返って行くんだなぁ、とあら

ためて思いました。

 

一緒に観ていた、動物も大好き、だけどおいしいお肉も大好き10歳の息子もいろいろ

感じたようで「観た方がいいぞ!」と家族に宣伝していました。

 

それにしてもアメリカ、ヨーロッパ、など白人の多い国は、肉、食べ過ぎ!

そりゃー、病気が増えるわけです。

 

まずは「知ること」から。それからどうするかは一人一人が判断すればいいと思います。

 

それから、この本もやさしくてお店でも扱いたいくらい良かったです。

著者は眼科で開業医もされているかわいらしい女医さん。

 

ここ最近、左脳しかないようなエビデンス好き&データ重視で旬や菌のことは

出てこない、男性医師による食べ方の本がベストセラーになっていますが、

そのような中に響くものはなく(っていちいち言わなくてもいいか...笑)

 

「食べること」って、どこかの研究所で出てきたデータなどアタマばかりで解決する

ことではなくて、もっとハート的なこともあるなのにな〜!と思っていたのが、この

本で満たされました。理論もデータもあるけど、ちゃんと彼女の体験を通しての実感

と自分の食歴を含めて書いてくれているのが良いです。

 

少し気になるのは日本でローフードを実践するには離れた土地の食材の割合が増える

ことと慣れていないレシピだからわざわざ習わなくては美味しくできないこと。

 

その辺が好きな人にはいいけれど、正直私にはややこしい。ローフードもナチュラル

ハイジーンもその言葉が出たときから試したけど、日本で続けるのはなんか違った

(沖縄やハワイなんかだと果物もいっぱいあるし続けやすそう。でもそういう料理を

出してくれるところが近くにできたらきっと行く)。

 

ウチは自給自足がが基本なので、自分のところの田んぼや畑で育ったものをシンプル

に料理したものが結局なんか落ち着くし、今はそれが環境の持続可能性という意味で

も適っている気がします。

 

そして、 本の中でも何度も触れられていますが、急にベジタリアンやヴィーガンにな

ろうとしてもホメオスタシス(体に備わった恒常性;体内環境を一定の状態に保ち

けようする傾向。その伝達網の役割は自律神経系や内分泌系が担っているが働い

てうまくいかない(ことが多い。でも中にはすっと移行してしまう人もいる)。

 

どんな食事法でもうまく変えようと思ったら変化は少しずつがうまくいくコツです。

その人の心身に必要な時間をかけて、それぞれが最適な答えを見つけていくこと&

いこうとする過程がいちばん大事。

 

進んだり後退したりを繰り返して試行錯誤しながら、これ!という腑に落ちる食べ

方を見つけたら、きっとその答えは全体に調和して平和な方向へシフトすると思う。

 

お肉をちょっと減らしてみる、買うお肉は育てられ方で選ぶ、またはまったく食べ

ない、という選択を、なにか制限されるものと捉えるのではなく、地球全体のバラ

ンスをとる一員としての何をも搾取しない、環境破壊をしない生き方の哲学と捉え

れば、それで自分の健康レベルも上がり、メンタルも落ち着き、パフォーマンスも

上がる、という新しい次元への移行のきっかけになって、ワクワクする冒険のよう

に感じられるじゃないかと思います。

 

お肉は重要なタンパク源だから日々必ず食べなければならない、という呪縛は完全

に後から植えつけられた概念(洗脳)で、それが手放せるだけで、自分もまわりも

間違いなくいい方向へ変わっていきます。

 

 

追記:元アイドルの方に癌が発見された時、その顔を見て「肉、食べ過ぎてるなぁ」

と思った。そして彼女が手術のために入院しているあいだ、旦那さんが家族の食事を

用意してくれたという写真を見たら、やっぱり連日、お肉中心のメニュー。

早く気づけばいいのに...と、こういう時にいつも思う。 

肉食を考えるもう一つのテキスト。

(7年前に出版された3冊分が1冊になってとってもお得!)

 

癌に苦しむすべての人、生活習慣病から解放されたい人、みんなに送りたい。

 

 追記

↑ と思ったので、Amazonでも買えるけど、おくなが屋でも扱うことになりました。

 

 

 

 

 

 

カウスピラシー

cow(牛) と spiracy(陰謀)を組み合わせた造語をタイトルにした

「Cawspiracy」という映画。日本では「サスティナビリティの秘密」と

意訳されているようです。この映画はアメリカで制作された後、

これまで隠蔽されていた事実をあまりにも明らかにしてしまった内容に、

しばらくは公開できなかったとか。

 

内容はひと言でいうと肉食の是非を環境の視点から切り込んだ映画で

環境破壊に一番大きく悪影響をもたらしていたのは、実は

「畜産(とくに牛の)」というデータと証言を集めたものです。

 

アメリカの畜産業会、乳業会の権力が絶大なことは有名ですね。

爆大な資金で行われるロビー活動の成果で政治家は決して

そのリスクや害については発言しません。発言した政治家は

どんなに実績があろうと、次の選挙で落選確実だからです。

 

この映画では、さらに世界屈指の環境保護団体の代表でさえも

声をあげないという現実がカメラを通して伝わってきます。

つまり、世界の環境保護団体の活動資金も実はこれら業界からの

寄付で成り立っていたのでした。あー、もう何を信じて良いやら...。

 

こういう手法 ー活動にいちばん支障をきたすであろう相手に資金提供

して黙らせるー って何か名前がついていなかったかな・・・?

 

日本のエコマガジンにも大手電力会社がスポンサーというのがありますが、

そうなったら、アンタッチャブルな内容には目をつぶっているしかない。

目障り耳障りのいい情報をならべて、重要な真実からは目を背ける...という

この世に蔓延しているムードを支える側になり、それで「食べていく」。

ああ、なんて罪深い矛盾のループ!

 

これまで多くの保護団体が化石燃料、パルプ、パーム油、コールタール、

大規模農業、海洋汚染、その他さまざまな問題提起をしていますが、

どこもその元凶になっている「畜産業」について言葉を濁すのは、

そういうカラクリがあったからなのでした。

 

私たちはこれまで、環境破壊を止めるためにできることをあれこれ提示

されてきました。節水、節電、ゴミの仕分けをする、レジ袋の使用を減らす、

大規模農業を減らす、化石燃料の使用を減らす、排気ガスの規制などなど。

 

でも、そこで減らせる数値は「畜産業」がもたらす環境破壊と比べたら

桁違いに小さかった(!)そういう具体的な数字が次々と出てきます。

それは上のような努力を重ねてもまったく環境破壊は食い止められないほど。

私たちに推進されているエコ活動は、真実を隠すためのカモフラージュでも

あったのですね。

 

現在、アメリカ人は平均1日255gの畜産肉を食べているそうですが、

それに必要な牧草地は面積的にもすでに地球上に足りていないという現実。

 

植物ベースの食事をする人と肉食ベースで食事をする人の必要とする

地球上の面積も格段に違う(もちろん肉食の方がはるかの多い)。

 

アマゾンの熱帯雨林の90%はすでに消失していて、このままだとあと

10年で残りもなくなるという試算がありますが、これも畜産業がある

限り、食い止めることはできないとか。

 

さらに、この真実を知った活動家はこの20年で1100人以上が

殺されているという事実....。

 

人間は元々、雑食だったという説もあり、地域によっては動物性のものを

「適量」食するようにできていたのかも知れないけれど、現在はそれが

歪んだ供給システムになってしまい、量も増えていることが問題なのでしょう。

 

サスティナビリティ(環境の持続可能性)から考えた場合、動物性食品の量は、

大めに見積もっても卵、乳製品も含めて週に50グラム以下だそうです。

この、びっくりな事実!

私など毎日食べているナッツ入りのチョコレートで終わりです(ぐぐぐ...)

 

 

話は少し逸れますが、311以後、何かが開いてしまった私たちは

暮らし方を一から見直しました。その時に思ったことの中に、

 

ー住む場所は自分の足で辿り着ける場所に。

(エレベーター必須の高層マンションとかはムリ)

 

ー自分で殺したり解体できないものはあまり食べない。

(哺乳類〈 鶏 〈 魚・卵・乳製品 〈 穀物・野菜)

 

ーできるだけ自給しよう。

 

などがあって、菜食主義者ではないけれど、お肉を買う時は

遺伝子組替え飼料を与えられていないものなどにして、量も少なめ、

牛肉を食べるのも年に1度、特別なときだけ、という生活を送ってきました。

でも、この映画を観たらもっと減らした方がいいのかも...と思ってしまった。

 

この映画で出ていたヴィーガンのお医者さんなんか年齢はいっているのに

体力もありそうで、清々しいお顔でした。ああいうのが理想なんでしょうね。

 

ちなみに「お肉を食べないと栄養が足りない」「牛乳を飲まないとカルシウムが

摂れない」というのもヨーロッパ、アメリカを発祥とする畜産業会のプロパガンダ

の成果です。日本でもそういう考えをいう専門家がいますが、ほとんどは後ろに

ヒモがついていると思っていい。栄養的には菜食でまったく問題はないのです。

 

 興味のある方、勇気のある方(?)は、この映画ぜひ観てみてください。

プロデューサーは(意外にも?)レオナルド・ディカプリオがやってるんですね。

今では日本語字幕付きのDVDも販売されていますし、NETFLIXでも観ることができます。

 

 

ダイジェスト版はこちらから。

 

で、こういう映画を観るといつも思うのは、この世にはまだまだ知らないことが

いっぱいなんだろうなー、ということ。(ま、あたりまえですね、、、)

 

 

 

 

 

 

イベントと講座あれこれ

3月と、4月から始まるイベントや講座の案内です。

 

まず3月19日は「春の野草茶ワークショップ」があります。

今や、すっかり人気の野草茶SORA(澤村和博さん・日菜さん)のワークショップ。

今年はおそらく1年に2〜3度のチャンスになりそうです。

このワークショップの後は身の回りの「草」が今までと違って見えてきますよ。

大事なことをじんわり伝えてくれるお話が盛り沢山です。

 

+++

 

そして4月から始まるのは

「循環農法に学ぶ家庭菜園講座」と「ホメオパシーのセルフケア講座」。

 

菜園講座の方は今年で2年目になります。

1年かけて自給を目的とした農作業に必要な事柄を学んでいく講座です。

 

今までの活動の様子はこちらから。

アウトドア好き、スポーツ好きな方にも農作業はオススメです。

 

3月24日(日)11:00よりオリエンテーションをしますので

興味のある方はまずそちらに参加してみてください(用予約)

 

+++

 

ホメオパシーのセルフケア講座は今期が4期目・5期目となります。

半年間6回でホメオパシーの基礎を学び、家庭用のキットを

家の救急箱として使えるようになることが目的です。

 

ホメオパシーの世界は広くて深いことは間違いありませんが、

それでもセルフケアの場合、聞いたその日から使い始めることができます。

自分の心身のケアを全てどこかに依存するのではなく、自分の体と対話しながら

解決していくことで、もっと自分の見えない部分を信頼できるようになって

いただけたら本望です。まったくの初心者の方でも大丈夫です。

 

そして、今回は初めておくなが屋以外の場所でもさせていただくことになりました。

行橋にあるマクロビオティックの料理教室や喫茶をしている三日月キッチンさんです。

こちらは毎回、講座の後にランチを食べてから帰ることもできます。

月に一回、自分の健康と向き合い、ちょっと元気になる栄養をつけに来るような

気持ちで参加してもらえたらと思います。行橋インターから3分ほどの場所です。

 

おくなが屋の方のクラスはすでに満席になりましたが、三日月キッチンさんの方は

まだ空きがあるようです。限定8名で締め切らせていただきますので、

行橋方面でホメオパシーに興味のある方はぜひご検討いただければと思います。

 

 

それぞれの詳細はこちらをご確認ください。

 

 

 

 

 

 

柔軟剤は香害

ある統計によると、柔軟剤を使う家庭は8割を超えているとか。

そんなにたくさん?!と思ったけれど「衣類をふわふわに仕上げる」

「いい香りに仕上げる」ということで洗濯機にも柔軟剤を入れる場所が

ちゃんとあったりするので確かに使っている人は多いのでしょう。

 

でも、最近では柔軟剤や合成洗剤などに含まれる人工的な香りによって

頭痛、めまい、吐き気が起きる人が増えていることが問題にもなっています。

思考力の低下も引き起こします。

 

でも、それは生体反応として当然なことです。

人工香料の原料は「毒」なのですから(!) 

これはある場所で入手した柔軟剤の原料です。

この蓋を開けて鼻を近づけたら誰も3回も呼吸はできません。

 

柔軟剤に慣れた鼻というものは味覚も狂わせます。

化学物質過敏症の原因の一つでもあり、また

原因不明と思っている慢性的な疲れの原因でもあります。

毒性のある化学物質が過剰で肝臓が疲れているのです。

長い期間使うと肌の色もくすんでくるほどです。

 

もし、洗濯物のニオイが気になるのだったら「マグちゃん」を使えばいいし、

天然の精油などを使ったものや、リネンウォーターを使えばいい。

そして本当に香りを楽しみたかったら本物の香水を吟味して選んで

TPOを考えて使った方がずっと素敵だと思います。

 

繊維が硬くなると感じるのは石油系の合成洗剤を使っているからです。

「海へ」は現在の法律の分類上は合成洗剤ですが自然に戻れば

100%分解します。天然のラベンダーの香りが微かにありますが

いつまでも強くは匂いません。柔軟剤不要ですし、すすぎも一回で

すむので、水も時間も節約できます。

 

今は、こんなふうに優れた技術で生み出された商品があるのだから

そういうものを使えばいいし、値段だって高くありません。

柔軟剤の匂いというのは使っていない人にとっては暴力的な匂いです。

 

例えば、

今の季節だったら、空気の中に混ざる春の匂いや、採れたての山菜の繊細な香り。

そういうもので人の感覚は磨かれていきます。

その機会を自ら奪うようなものにお金を払うというのがそもそも勿体無い。

 

広告料を使ってCMしている洗剤、柔軟剤を使うのはキケンです。

川崎病と名付けられた病気も昔はありませんでした。

実は合成洗剤がこの世にできてから生まれた病気だということを

突き止めたジャーナリストがいますが、もみ消されているのです。

 

食品と一緒で、過剰な香料や添加物を使う必要が本当にあるのか?

私たちのセンサーである感覚を磨くチャンスを取り戻したいものです。

 

 

  

 

 

 

反抗期なんてない

大人はよく思春期の子に「反抗期」という言葉を使う。

心身がシフトチェンジする時期だから「更年期」と似て、

人によっていろいろ変化はあると思う。

 

でもほんとうに「反抗期」なんてあるのかな。

でも最近はその反抗期もおとなしめ?

表面いい子がすごく増えていて、現れ方が変わってきている気がする。

良い悪いでなく。

 

むかし私が東京都下にある公立中学に通っていた頃はすごかった。

あの時代を取り巻いていた一生忘れられない(!)あの世界。

そう、私がいたのは、ゲッツ板谷の「ワルボロ」の世界でした!

 

彼が住んでいたのは新宿の歌舞伎町を小さくしたような南口。

私は北口からバスで15分の元米軍基地のあった土地にできた

中学に通っていたから雰囲気は違えど、地域で荒れていた2校だった。

校内で暴れた生徒がいて器物破損額が過去最高で新聞ネタにもなったほど。

 

でも「症状」が噴出していた分、登校拒否や鬱病などの籠る系の子は

ほとんどいなかった気がする(病気と同じね)。

 

あの無軌道で不器用で世間知らずでエネルギッシュな10代の子たちの

ことを誰か記録を残さないんだろうか、と思っていたらキョンキョンの

書評でこの本の存在を知ってびっくりした。

 

 

現在、14歳の娘が「ママ、14歳て特別な年齢なんだってね」という。

人の才能の核が芽生える時期という意味をどこかで見聞きしたらしい。

 

それで自分の14歳を思い出した。

そういう意味で考えるとワルボロ界にいた私の運命って・・・!

 

納得いなかいことに一人でも闘っていたあの頃。

学校の決まり。持ち物検査。服装検査。内申書・・・。

かといって不良と呼ばれる方の世界のタバコ、シンナーにも興味がなく、

化粧や派手な服装も趣味でなく、所属できる場所がどこにもなかった。

 

落ち着いて勉強するとか、部活に夢中になるとか、そんな学生らしい(?)

過ごし方すら成立しない中で「教育って?」と興味を抱いたのもその頃。

学習塾には行かなかったけどデッサンだけには通っていたのもその頃。

 

生意気で先生からも他校の生徒からも狙われる風変わりな問題児は

数ヶ月、職員室に閉じ込められていたこともあったし、

行き帰りにゲッツ氏のいた中学の子から待ち伏せされるため

送り迎えは先生たちが交代でしてくれてたり。

 

よくもまあ、あの時代。

気の合う友だちと私を信じてくれた祖母がいたから生きていれたんだと思う。

すべてがギリギリだった(でもそれしかなかったような)。

 

で、思うのは本来、人に「反抗期」なんてものはないということ。

大人が目の前にぶら下げられた人参を追うことを何よりも良しとしている

生き方に多感な子どもが反応するだけのことなんだと思う。

 

大人がもっと本質的なことを優先して生きていたなら不当な反抗なんてされないんだ。

大人の頭で考えた小さな世界を押し付けられた子どもには抵抗する権利がある。

 

わたしは今でもあの頃の不良と呼ばれた子たちがほんとうは言いたかったことを

翻訳できるような人でいたい。うーん、そう思うと確かに14歳ってその人の方向の

萌芽が現れはじめる時期なのかも!

 

 

 

 

 

 

アスペルギルス・オリゼ

「直感」というのは何にも勝る私たちのガイド役をしてくれると思いますが

ではそれはどうやって養い、高めていくことができるのか?

 

体を治すための質問を受ける時「〇〇はいいんですか?」「〇〇は悪いんですか?」

とよく訊かれるけれど、その本当の答えは一人一人が持っている。

だって体質や感受性、習慣は一人一人みんな違うから。

 

あきらかに何かを摂りすぎているのがわかる人にはそれを伝えることができても、

そうでもなく一般論として訊かれると、つい「それは自分の体に訊いたら」とか

「直感で決めたら」とか答えてしまう。

だけど、そもそもそれができていたら人に尋ねたりしないんだろうなと思って、

ではそんな時どうしたらいいのかな、何かヒントはないのかな、と常々思っていた。

 

それが、昨夜の平成最後のスーパームーンがあまりにも明るかったお陰(陽?)で、

つい手に取って読んだものの中に思いがけない回答があって驚いた。

 

直感を高めるとか覚醒を促すには、「あまり小手先のことを考えず、

日本人だったらまず味噌汁を飲んで漬物をつけましょう」とあったのだ。

この一行に目の覚める感じ、軽く雷に打たれた気になった。

 

むかし、心身ともに壊れてすべてを手放した頃、部屋の中でぼーっとしていた時に

ふと酵母と付き合えば治りそうとなぜか思いついて天然酵母のパン屋に入れてもらったこと。

そこで知った酵母の威力や、ちゃんと作られたお味噌汁の美味しさ。

 

あの時も直感に従って行動してよかった、と思ったものだった。

頭で考えたら、製パンの勉強もしたことなく、全然違う世界から30代後半になって

突然、飛び込むわけだし、それを受け入れてくれるところがルヴァンの不思議なところ。

 

でもそのルヴァン(酵母菌)効果があって、体は治ったし(ガンでさえも!)

結婚もして子どもも産めた。あの時の直感と行動がなければ今はないです。

逆に頭で計算してやったことというのは、いずれズレてくることが多い。

 

そういう両方の経験を繰り返して「直感」の感触を学んできたわけだけれども

その近道というか、王道が「菌」にあったのだ。

 

日本の春夏秋冬の中でしか生きられない菌「アスペルギリス・オリゼ」は、日本の

味噌汁、醤油、日本酒、発酵食品などに含まれていて、独自の味を作り出している。

そのオリゼ菌が体内に宿っていることが日本人の感覚を研ぎ澄ませていたという話。

 

オリゼはラテン語で「稲」のこと。

オリゼ菌が宿っているもの同士は深いところで響きあうことができる。

直感が冴えたり、降りてきたことも察知できるのもその繊細な感覚だそうです。

むかしから日本人はそれをわかっていてオリゼ菌が発生しやすい環境づくりが上手だった。

蔵などもそうだし、精霊というのも、実は「酵母」だそうです。

 

私はそれを読んで、ものすごーく納得しました。この説、間違いないと。

これまでの体験や土と菌と腸の知識などの点が線で丸くつながって

さすがスーパームーンの夜だ!と一人感動しました 笑。

 

これは、本当にふかーい話。数年前にNHKで放送された

「和食 千年のミステリー」という番組でもオリゼの話が出ています。

 

 

ケの日には、もうご馳走なんて要らない!

一汁(味噌汁)一菜(漬物)をちゃんと作れば十分。

 

そこをちゃんとすれば、ややこしい問題も減って、体調も整い、子育ても人間関係もラク。

それがないから、体調もすぐれない、ストレスは溜まる、鬱になる方向へ行ってしまう。

発酵食品を食べる機会を増やして、お味噌汁のおいしさがわかると運命も変わる。

 

安心できる大豆・麹・塩で味噌を作る。それを1日1回、体に入れる。

安心できる野菜で漬物を作る。それを1日1回、体に入れる。

することはシンプル。

  

せっかく日本で暮らしているのだから、それを生かさないテはないですよね。 

 

 

 

 

 

 

紅茶の話 ② アッサム

王道のマカイバリ紅茶がある一方で、この秋冬はアッサムをよく飲んでいた。

きっかけは友だちが、あのパリの老舗高級紅茶屋でオーガニックのアッサムを

買って来てくれたから。

 

以前は、その紅茶屋のブレンド紅茶の味が日本の水と気候で飲んでもピンと

こなかったので、あまり良さがわからなかったのだ。ところが、そのアッサムで

老舗はやっぱり持っている、などと思い直してしまった。

 

これとVOXのシナモン、カルダモン、グローブを使ったスパイスティが絶品で

もう数ヶ月のマイブーム。この組み合わせだとミルクや豆乳でチャイにするのが

一般的と思うけどそれが不要なくらい完成された味になる。

 

ところが、そんな勢いで飲んでいたのですぐになくなってしまった。

それで一緒に買って来てもらったオーガニックアールグレイを飲むことにした。

アールグレイはまたメーカーによってそれぞれ味がほんとに違う。

これはやっぱりフランスっぽい味。飲んだ途端にフランスの家の内装が浮かぶような。

で、これはこれで愉しめた。

 

でもやっぱり寒くなると、またあのスパイスを効かせたアッサムが飲みたくなった。

それでも日本のショップでは見つけられず、フランスから日本への直送してくれる

サービスを利用しようとしたら茶葉より送料の方がずっと高くて一時中断。

 

うーむ、思いは募る・・・。

何かウルトラQ的方法はないのか?

 

googleの世界地図で茶園まで探すワタシ・・・(やり過ぎ?)

 

ここまで調べて友だちがパリから快く運んで来てくれるありがたさを再確認。

持つべきものは友だちだ!笑

 

でも次に会うまでのアッサムを探さねば、と思った途端、灯台下暗しなことに閃く。

マカイバリジャパンはダージリン以外にも確かいろんな紅茶を扱っていたではないか!

地球は広い。マリアージュの契約農家以外にも、丹精込めてアッサムを作っている

農園はあったのです。おまけにニルギルも!ウバも!シッキムも!

 

そんな経緯で自分のためだろう?と誰が見てもわかりやすい紅茶コーナーを

お店に作ってしまいました。アッサムもチャイに合う茶葉を丸めたタイプと

リーフタイプが両方揃っているという、こんな小さな店でそこまで?の品揃え。

 

シッキムも聞き慣れない紅茶かもしれませんが、インドのシッキム州で栽培されている

土作りからしっかりやっている茶園の最高級茶です。他の茶葉より値段はしますが

しみじみ紅茶ってやっぱり美味しいなぁ、と再確認してしまう味です。

 

 

ところで、この冬、毎朝スパイスティを飲むと体が整っていく感じだったので、

効能を調べてみた(なんとインフル予防にも紅茶は効果があるらしい)。

 

紅茶:強い殺菌効果でインフルエンザを予防したり、血糖値の上昇を抑えたり、

   悪玉コレステロール値を下げたりなど

 

シナモン:解熱や鎮痛効果・腹痛や下痢の症状を抑えてお腹に溜まったガスの排出、

     毛細血管を強くして肌のシミやシワを抑制する抗酸化作用

 

カルダモン:唾液や胃液の分泌を促し、胃腸など消化器官の働きを助ける

 

グローブ:肌や血管の老化を抑制することでシワやシミの生成を抑え、

     動脈硬化の予防など健康にも役立つ

 

ほらほら。

美と健康は外側から働きかけるものという世の洗脳が多いけど内側からですよね。

広告費が含まれた高い化粧品を買うくらいならゼッタイいい飲み物、食べ物を買う方が

効果あると思いますね。

 

ここまで風邪気味にすらならなかったのは、ちゃんと育てられたアッサムと

カルダモン、グローブ、シナモンのパワーのお陰だったのだ。

ということで自分の体が欲するものって、やっぱりちゃんと理に適っているんだな、

とあらためて思いました(エヘン!)

 

 

 

 

 

 

紅茶の話 ① ダージリン

この人生、どこに住んでも縁ができるのはなぜか珈琲関係の方たちなのですが

実はコーヒーというものがほとんど飲めません。この残念なチグハグ感は

珈琲1日10杯の父と、片や一口も飲めない母を持つ運命のせい?

 

それなのに味の良し悪しがちゃんとわかるのはインスタント派の父とは違って

焙煎まで手がける、今まで出会った珈琲ピープルの方たちのお陰と思います。

 

いや、その両方、いやいや、そこに缶コーヒー派も加わり、その末路?を

見て、何かを学べたのはそれぞれの存在が必要で、みんなのお陰かも?

 

私が好きなのはとにかく紅茶です。

それを言うと健康のために生姜紅茶?などと買いかぶり現象がたまに起こるけど

そうではなくただ好き。イギリス人と好みが似ているの(笑)

 

でも、ほとんどのお店は紅茶に力を入れていない。だから逆にちゃんとした紅茶を

出してくれるお店は大事。それでもコーヒーに比べて求めている人が圧倒的に少ない

ことは明らかでその少数派っぽいところも自分には合っている気がしてます。

 

朝起きると、たいていはお湯を沸かして茶葉を選んで、紅茶を淹れるところから

始めるし、外でがっかりするのが嫌なので、出かける時も大抵ポットに持って行きます。

 

育てられ方が自然なものという基準を満たしていれば種類は問わず。

そして九州にも美味しい紅茶を作られている方が多くて嬉しい限り。

農作物は風土の違いが味にすごく反映するので、日本は日本の味がするし

インド、スリランカはまたそこの味がして、そういうバリエーションもおもしろい。

 

お店でも扱い続けているマカイバリ紅茶は私の知っている中では最高のダージリン。

標高1500mにあるインドのマカイバリ茶園で30年以上もバイオダイナミック農法で

作られている。その季節ごとに味も変わり、実は茶葉の形もランクもいろいろある。

珈琲好きの夫でさえこのダージリンの味はさすがにわかるらしくノックアウトされている。

 

ナレンドラ・モディ首相がイギリス訪問の際にエリザベス女王に招かれて

その時に持参したお土産もこのマカイバリ茶園のダージリン紅茶だったそう。

ちなみにモディ首相は地方の小さな紅茶屋の生まれだそうです。

なんだか、いいですね。 

 

知っている方も多いと思いますが、バイオダイナミック農法はオーストリアの

人智学者ルドルフ・シュタイナーによって提唱された農法で、主な特徴は

 

1.天体の動きを利用する〜天体の影響を考えて種まきから収穫までを行う。

2.動物との共生

3.調合剤を用いる〜それぞれの臓器に与える役割が土に巻かれている。

 

実はシュタイナーはホメオパシーにも精通していて「調合剤」はホメオパシーの理論で

作られているのです。そんな哲学が生きているバイオダイナミック農法なので

育てられた作物には生命力あふれている。

 

どんな農法でもそうですが、化学肥料や農薬、除草剤に頼らずいい作物を育てようとすると

通る道はそれぞれでも、自然のダイナミックな流れ、循環にこちらが合わせていくものとなり

それを口にした人に還ってくる。

 

手をかけ育てた人の「意識」とそれがもたらす「影響」。

そのすべて含んだものが「味」なので、だから紅茶一つといえども違うんです、本当に。

 

私がもし飲食店を作ることになったら間違いなく美味しい紅茶をメニューに載せる(宣言!)

それでもきっとほとんどの人はコーヒーや他のドリンクを注文するんだろうな〜(笑)

 

 

 

 

 

 

7年後に増えている癌

まだ若い水泳選手が白血病と診断されたことをTwitterで明らかにしたというニュースと

それで骨髄バンクへの問合わせが増えているというニュースがありました。

 

この頃あちこちで聞く若い人の癌。

調べてみると白血病はこの10年で約10倍に増加。

もっとすごいのは甲状腺がんで約30倍。

 

 

2011年にあった原発事故は今年の3月で8年経ちます。

1952年にも白血病のピークはあり、その7年前には日本に原発が落とされた年。

 

甲状腺癌と白血病は癌全体の中でも、その性質から特に放射能の影響を計りやすいと

言われています。心ある専門家が当時から指摘していた通りで、放射能の影響が

まったくないとは言い難いこの結果に何とも言えない気持ちになります。

 

池江選手が練習していた場所はホットスポットに近いんじゃ?

そこで毎日のように水泳・・・汚染水の可能性の高い場所で過ごした時間が多いんじゃ?

当時11歳くらいだった子に周囲の大人はその辺りをだれも注意しなかったのだろうか。

 

そんなことに関してはもちろんまったくニュースにならず、いきなり骨髄バンク。

原因を考える前に臓器移植に意識を向けさせる巧妙さ。毎日のトップニュースがどうして

選ばれたのかを考える以外にトップニュースの意味はもはや無いのかもしれません。

CMをしている商品がじつは購入しちゃイケナイものだという判断として使われるように。

 

腸内造血説をとる専門家が増えている時代になぜまだ骨髄の移植を推進するのでしょうか。

病気を公表する有名人や骨髄バンク登録をすすめる有名人が支配者はいつでも大好きです。

大きな利益や利権の臭いにむらがる獣みたいに・・・。

 

骨髄移植後の治癒率や移植をした人としなかった人との生存年齢の差などが

公表されているのを未だに見たことがありません。

 

癌に罹患した状況には同情しますが、冷静になりたいですね。

暗愚の方向に流されるのではなく、賢く明るい方向に意識を戻して

原因から治す根本治療を社会全体がしなくてはならないと思います。

 

 

 

 

 

 

古くて新しい更年期

「更年期」と聞くと何だかめんどうなイメージがあると思う。

イコール更年期障害という図式が常識のようになっていたり

空の巣症候群なんて言葉もあったり、良いイメージがない。

 

予習のように?少し世代が上の(アンテナも高そうな)人の書いた本などにも

目を通してみたけれど正直、自分にはほとんどピンとくるものがなかった。

どれも、それまでのイメージの延長・拡大で、それを都市(まち)の情報と

お金を使ってうまくやり過ごす方法が多くて、とくに知りたいことではなかった。

 

例えば妊娠〜出産は、そこには自然のリズムがあり、仕組みがあり、それを上手に活用して

命が循環する一翼を担うことで何かに気づいたり目覚めたり、という経験が可能になる。

妊娠をきっかけに食べるものや暮らし方を見つめ直したり。

 

同じ女性が通る道でも、それが更年期だとトーンが変わってしまうのはなぜだろう?

結局、医療のお世話になったり、ハイブランドをうまく活用しておしゃれするとか(笑)

いや、それじゃ本質は解決していないじゃん、と思ってしまった。

 

更年期というと生殖能力がなくなる=女性としての魅力がなくなるというイメージがある。

とくに日本は若いことが良い、素晴らしいこと、魅力のあること、という空気が(意図的に)

作られているせい?でも若いことも歳を重ねたこともどちらも自然の流れの中の一時期で

位相が違うのだから優劣つけることにあまり意味はないと思う。

 

そこが起点になっている限り、若さがなくなるとか、ホルモンの分泌が減るとか

ネガティブな状態に何かを補充してやり過ごすという図式から抜けられなくなってしまう。

 

妊娠〜出産のようにそれは新しいタイミング・次のステージへの移行ではないのか?

と漠然と思っていたら、やっぱり新しい概念に出会った。

 

+++

 

ヨガの世界などで使われる「クンダリーニ」という言葉がある。

クンダリーニとはサンスクリット語で螺旋という意味を含む、

尾てい骨あたりの第一チャクラにある生命の根源的エネルギー。

宇宙に流れている創造のエネルギー。

 

体を整えて瞑想やヨガなどを行うとクンダリーニが上昇して覚醒できるとも言われている。

クンダリーニが目覚めると宇宙エネルギーと同調するため、感覚が鋭くなり、直感が冴え

潜在能力やサイキック能力が開花したり、自然と化学物質や添加物を自然と避けたり

神秘体験を経験したり、幸福感が増すなどの変化があらわれる。

 

更年期というのは、女性が生殖能力が停止した時に第一チャクラにあったクンダリーニ

エネルギーが脊柱に沿って螺旋を描きながら上昇していく時期なのだそうだ。

 

古代の哲学者が多く生まれたギリシャでは「更年期」という言葉は、はしごの一番上の横桟

(ヨコザン)を意味しているそうだ。つまりその後は桟のない段階への始まり。

 

瞑想やヨガに頼らなくても、女性にはそのチャンスが自動的にやってくるということ。

それは生殖活動の次元を超えて、自分の想像力を駆使し、能力を自由に表現すること。

その喜びをそのまま社会への貢献につながる意味合いがあるということ。

種全体の進化のために貢献できる存在であること。

人類はもともとそこに気づいていたのです。

 

ただ、上昇する時期に脊柱の何処かにネルギーブロックがあるとそれが遮られて

心身に様々な症状が出てくる。それが更年期障害と呼ばれるものの正体。

 

エネルギーブロックの原因はインナーチャイルド(潜在意識)。

今までの人生で遭遇してきた出来事で傷ついたままのこと、解消されていない問題を体は記憶している。

そこで螺旋の上昇がつっかえてしまう。でもそれが解消されてエネルギーがうまく通過すると

チャクラが一つずつ解放され高次の意識状態へ導かれるのだそうだ。

つまり女性の更年期はイコール、解放への過程なのです。 

 

昔の壁画などに下半身が太った女性が描かれているのも更年期を過ぎた女性がモデルだ。

種族として大切な場面で大きな判断をしていたり、一族のリーダー的な役割を担っていた

老年の女性は智慧者として、周囲から頼りにされている存在であることを示している。

 (男性の偉人は石造や銅像になることが多いのと対照的でおもしろい)

 

かつて人が自然を崇拝していた時代「魔女」という言葉には癒し手、産婆の意味だった。

 

 

英語で魔女はwitch

知恵はwisdom

どちらもwise(賢い)が語源。

warden(見守る人)というコトバもある。

 

けれど、男性性優位な社会を望む側にしてみると、それは邪魔な存在であり「魔女狩り」と

いう言葉があるように、排除、迫害の対象だった。その頃になると魔女の意味も、老婆、

薬草を調合する人、悪魔と交信する人、ほうきに乗って飛ぶ人などという意味合いに変わる。

 

男性性優位というのは物質的で競争的な社会。

そういう社会を作るには、まず人に恐怖心を植え付けることが必要。この世に不思議なこと、

目に見えないパワーがあるなどということはないことにすることが必須なのである。

 

でも例えば、縄文時代なんかは女性性がもっと生かされた社会だったと想像する。

そして、これからの地球も(というかすでに)そういう方向へ向かっている。

 

治療されるべきは恐怖をもとにした現象ではなく、逆に死への恐怖、老いることへの恐怖、

賢い女性に対する恐怖こそ、現代社会の病巣でありそれこそが治療されるべきではないだろうか。

 

で、周囲を見渡してみるとお婆ちゃんて、じつはすごい役割を担っていると思いませんか。

何か困ったときに、力ではなく、なんとなくムードで解決したり、

何気ない一言が妙に図星だったり、進む方向を指差していたり、

レシピなんかなくてもあるもので美味しいものが作れたり

具合の悪い家族がいても、大騒ぎせず手当したり。

 

長年生きて、その上で無自覚に宇宙と繋がっちゃってる状態はある意味、最強な魔女!

じつは誰もがそこに気づいていて、頼りにしていることがよくあると思います。

 

というわけで、更年期は解放への階段、いつでも宇宙図書館とアクセスして知恵をおろせる状態。

そして、それを周囲に還元していく存在になれるチャンスなのです。

 

そこでもしハイブランドで着飾るよりも、ほうきに乗って飛べる方がいいな、と思ったら

自然な流れに逆らうようなホルモン補充療法や、更年期症状を抑圧する方向の処置は

女性本来の覚醒のチャンスを棒に振ってしまう方向の行為であることに気づき、

今までの人生の記憶を掃除する方法を考えましょう。

 

抑圧でなく、解放、手放す方向で。

 

 

 

 

 

 

ボヘミアン・ラプソティ

去年11月から上映しているので、観た方も多い映画と思います。

 

「ボヘミアン・ラプソティ」

 

1970〜80年代に一世を風靡したロックバンドQueenのボーカルだった

フレディ マーキュリーの半生を元にしたストーリー。

平日でもたくさんの人が観に来ていて映画が終わっても館内に感動の空気がかたまってた。

こんなのは久しぶり。

 

たぐい稀な才能と感受性を持つフレディが、人種差別、階級社会、同性愛といった

きっと当時は今より閉鎖的だった社会でマイノリティの一人として

宗教や恋愛や家族問題に傷つきながら

音楽をつくりステージ上でのパフォーマンスに昇華していたこと。

それを命が尽きるまで全うしたこと。

 

それが本物?とびっくりするくらいクイーンのメンバーそっくりの役者が演じていて

(役者の層の厚さが違うなー)なおさらリアルだった。

 

フレディが死んでも、その魂の入った音楽は残っていて

肉体がない分、よけいに残された音楽の中になにかを見つけに行ってしまうように

映画を観た後は脳内BGMがついついQueenになってしまう。

 

それにしても80年代って元気な時代だったなー。

バブルに向かう一歩手前の、エネルギーが吹き出している時代。

 

あれから30〜40年が経っていて、社会情勢もずいぶん変わって

いよいよマジョリティとマイノリティがひっくり返る世の中へ変わる前の

浄化作用をもった予兆的な映画でもあるのかも知れないと思ったりもしました。

 

深読みし過ぎかもしれないけど、こういう映画がこれだけロングランでヒットしているのは

やっぱり何か次の時代へ移行する前の清算である感じがするのは気のせいだけでもないような。

  

孤独と華やかさ。

才能とコンプレックス。

陰陽の差が大きいドラマティックな生涯を見ると、平凡で普通なことのありがたさも感じたりするけれど

その中にはマジョリティの上であぐらをかいている部分もあるのかも知れないし

これからはもう無自覚で人を差別したり偏見の目で見たり

もちろん搾取したり、そういうことが消える世の中に意識を向けたい。

 

でも穏やかで平和な世の中になると芸術表現ってどうなるんだろう?

 

 

いろいろ考えてしまった映画でした。

 

 

 

 

 

 

ポスト311

今年は冬休みをいただき、7年10ヶ月ぶりに那須に里帰り(?)してきました。

 

311までは普通に生活していた那須と、曽祖父、高祖父も生まれ育ったお隣の黒磯。

(だから私の旧姓はこの地域に非常に多くて...きっと遠い親戚だらけなことでしょう!)

 

那須も黒磯も2011年3月12日から私たちにとっては時間が止まってしまった場所。

日本の中でこういう特殊な感情を味わう場所は他にない。

今でも夫婦揃って心の一片はいつも那須にあって那須で知り合った人たちの顔はいつでも

思い出せて、教えてもらったことや共感したことを胸に福岡での暮らしをつくっている。

この順序がなかったら今の自分たちもおくなが屋もないから運命的ではあるのだけど。

 

土地に立つと、たくさんの感情や想いがグルグルして、そこをムリに整理する必要もないので

そのまま受け止める。きっと似た想いを311を境に持った人はたくさんいるのでしょう。

 

避難しなかった人にも、した人にも大変だった311。

原発を作っていたメーカーも「もう原発はムリ」と公言したし、このエネルギー発生装置は

一体なんだったのだろうね?と今回、那須で再会した議員もされている方と話したけど、本当に。

原発は私たちの「何の」一部だったのか、それを更新して超えていく時期が来ていると思う。

 

収奪システムの頂点でもある原発がそうだということは、そういうシステムも順番に消える方向で

次の時代が作られていくのでは?と期待を込めて思っている。原発には直接、関係なくても、

知らぬ間に吸い取られているシステムがあるから安住できている、といった生き方もなくなる。

 

今まではちょっと幅を利かせていたこの世の付き(憑き)もの、重り。

人を測るモノサシ(成績とか偏差値とか学歴とか肩書きとか年収とか、)のイビツさや、

そのための我慢や忍耐や、不健康であたりまえとか、その不必要さに気づく人は気づき

そういう「苦しみ」のレベルからも解放される世界が先には広がっている気がします。

 

その前にはいろいろな浄化が必要だけれど、症状は出し切らないと根治しないので

気づいた人たちと手を繋ぎながら上手に乗り切る方向で進んで行きたい。

 

 

那須はやっぱりとてもいいところ!光、木々、空気、それらを含んだ風景。そして人。

あの場所選んだのはやっぱり当然だったと、今でも思う。

でもだからといって、またそこでお店を開きたいかというと、そこはあまり重要でなくて

これからは物理的な場所や距離だけでなく、もっとテレパシー的なつながりで住み分けが

進んでいく世の中になっていくと思っている。大事なのは外側でなく内側。

 

「繋がる人とは、いつだってすぐに繋がれる」ということもあらためて確信しました。

 

今回は急遽、東京での用事が入って、那須での時間が短くなってしまい会えなかった人も

たくさんいたけど、1200kmドライブすれば着くし、みんな親戚だし(笑)また行きます。

 

   平成の森から見上げた那須の空。

 

 

 

 

 

春の土用

2月4日(立春)の前の18日間。

春の土用の時期がもうすぐ始まります。1年に4回あるこの土用は季節の変わり目であり

消化器官の疲れがたまりやすい時期と昔から言われています。そのため体調を崩したり、

アレルギー、花粉症などの症状があらわれる人も多くなるようです。

 

そんな時も冷えとりをしっかりしているとデトックスが促され、冬の間に溜まったものを

排出して、次の季節に身体が調整されていくので、この春の土用にあたる1月17日から

2月3日までのあいだは無理をせず、食事も身体にやさしいものにするか

もしくは断食や少食を心掛けるのが昔からの知恵を生かした過ごし方になります。

 

そして、おくなが屋にはちょうどこの時期、菜食レストラン「サッタヤード」が出店してくれます。

なんて自然のリズムと合致しているんでしょう!笑 

 

年末年始についつい食べ過ぎた方も、動物性過多になった身体もここで内蔵を休めておけば

春になったときに違います。ぜひ「年間食事バランス計画」お試しください。

 

 

そして、もう一つ。春は憂鬱を呼ぶ季節でもあります。

そういう傾向を感じたらまずすることは「一日一回、味噌汁を飲む」ということを心掛けます。

この場合、遺伝子組み換え大豆でなく伝統製法で作られた本物の味噌で、です。

 

そんなことで?と思われるかも知れませんが、鬱傾向の人にはビタミンB、とくに

ビタミンB6が不足していることがわかっていて、これを補う意味もあります。

 

多くの人が「ヨーグルトが発酵食品、乳酸菌があって健康食」と信じていますが

乳製品はリスクも一緒ですから、よく考えた方がいい。

質と量を考えて、健康のためというより嗜好品として楽しむ方がいいと思います。

 

リスクとはまず乳牛を育てる時に使われる抗生剤やホルモン剤、そして遺伝子組替え飼料・・・

これらのものが生体濃縮がかかっていること。そして乳製品の消化酵素が日本人の9割には

ないこと、などです。食べるなら、これらの問題がないものを探すか、量を減らすのがおすすめです。

 

花粉症もまるで花粉が犯人のような名前ですが、花粉は最後の最後の誘因であり、

主原因はミネラル不足と乳製品の過剰摂取、そして身体の冷えです。

つまり原因を作っているのもハンドルを握っているのも自分たち、というわけです。

 

味噌は日本人が昔から食べている食品であり、消化に無理がありません。

味噌汁は地味だけど侮れないメニューなのです。

 

本物の味噌は1kg 1000円くらいします。

本物の塩も1kg 2000円くらいします。

でもその中に健康を維持するためのたくさんのミネラルや菌が含まれているとしたら高くない。

むしろお金を払っているのに不健康に向かわせるものの方が高くつくのでは?

 

2019年はきっといろいろなことが起こります。

その時になにが大切か?まずは健康でしょう。

健やかな身体が整って入れば考え方も前向きになれるし、メンタルもタフでいられる。

 

この土用の時期をこの一年の健康への方針を考える機会にするのもいいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

現実を超えてゆく年に

新年、イノシシ年が明けました!

 

北半球の季節の巡りは本来、旧暦に沿っているので今年は新暦の2月5日からが本当の春

(新年)ですが、世の中が新暦で動いている以上、人々の想念の束は集合意識となって

現実を作っているのでこれはこれで切り替わった感ありですね。おめでとうございます!

 

でも、例えば身体は何でも気づいていて、どこかでまだ春じゃないことがわかっているので

本能的にまだ身体を温める冬のものを欲していたりします。だから、そんな時期に無理矢理

春の七草粥は食べなくていいし、植物にとっても本当の旬じゃないから栄養が薄かったり。

旧暦の1月7日(新暦の2月11日)頃に食べるのがどっちかというと自然。

 

 

さて、先日は那須時代の友人家族が3組、4月に新しい場所でOPENする亜細亜食堂cago

改め サルディナスのリツコシェフによる美味しい料理を囲みながら7年ぶりに再会しました。

3家族の共通点は子どもたちが那須にあるすてきな保育園に通っていたこと。

これだけでも那須に住んでいてよかったと思えるけれど、ほかにもshozo cafeとも

繋がっていたり、「食」に関する仕事についていたりと話題に事欠かず・・・楽しい時間でした。

 

保育園児だった女の子たちは今やティーンエイジャーとなり、大人が寝た後もガールズ3人で

夜中まで映画を観ていたそうで、ずっと会っていなくもちゃんと友だちなのがすばらしい。

 

311を境に離れてしまったけれど、それでも人って物理的な距離を超えていける。

ワインが進むにつれて(飲んでいない人もいましたが)出てきた話題は

人生はもっと楽しまなきゃ!(先のことを心配しすぎると「今」を楽しめない)

超えられない、と思い混んでいるのは自分(可能性は本当はもっとあるし、自由!)

制限を解除する呪文の言葉。

 

それから、何か出来上がっているものはお金を払えば入手できるけど、それを考えて

生み出した人のいる場所と、ただ手に入れただけの人のいる場所はすごーく離れている

(次元が別?)

 

この意味は何かを生産している人だったらすぐにわかると思う。

例えば農作物でも料理でも本でも商品でも、家やお店、内装、外装、庭、なんでもいい。

 

何通りものアイデアからあれこれ試行錯誤を繰り返して、最後はリスクもちょっと背負って

判断を重ねてひとつの答えをひねり出す。そこの道筋には通らないとわからないたくさんの

トンネルがあって、そこを潜り抜けるとモノの見方、捉え方がまったく変わってくることが。

 

それは自分の直感や身体の声を聞く練習でもあるし、そのどこからか聞こえてくる声を

どんなふうに現実の世界に落としていくか工夫する作業でもあり。

 

無意味な忍耐と通るべき我慢のしどころの差も見極めてイメージを少しずつ形にするには

体力もいるし、センスもいるし、能力総動員。

もう出ない(>_<) と思ってもどこかに残っている能力を汲み出して続けていく。

 

そうするとどうなるか?

神様からのギフトと思えるような奇跡が起こるのです。

 

そういう経験を重ねている目には見えないけど宇宙の仕組みの何かを信じられるようになって

気がつけば将来の不安が消えてもっと「今」に生きられるようになる。

 

逆に、あんまり世間的な目線の中ばかりで生きていると、どんどん直感は鈍り

声は聞こえなくなり大事なこともどんどん形骸化されていく。

 

お金を稼ぐことが一番大事になってしまったり、そのお金でものを消費することが豊かなこと

だと信じている人がまだいるとはあまり思えないけど、でも油断するとそういう渦が

まだまだそこかしこに用意されていて、それは一瞬の安心安定を感じさせはするけど

でも罠なので気をつけなければならないのです。

 

なんでもいいので、自分で何かを生み出せるように、超えて行けるようになりたいものです。

今年はそんな生き方の違いでどんどん道が分かれていくことが顕著になる年の気がします。

 

それが「心踊ることなのか、心沈むことなのか」を大事なモノサシにして

思い込みを手放し失敗や批判を恐れず行動していけたらいいですね。

 

失敗 → 貴重な経験

嫉妬 → 賞賛

ピンチ→ チャンス

病気 → メッセージ

 

などと自分の中で言葉を変換してみるのも、新しい道につながるかもです。

 

 

 

 

 

 

オクコトバ ②

第2回目のオクコトバ、終了しました。

忘備録を兼ねて、今日あがってきたコトバや話題を箇条書きに。

 

 

▷風邪や喉の痛みにはそうやって対処する?

 

うがい薬は悪い菌も殺すが良い菌も同時に殺すので使わない。

0.9%の生理食塩水で鼻腔洗浄(鼻うがい)を1日2回するのがいい。

(ここでドクター直伝の鼻うがい法説明)

 

野口晴哉著「風邪の効用」がおすすめ。風邪に対する考え方がわかる。

発酵食やEM菌、酵母菌、プロポリススプレーを使って良い菌を増やす。

食べ過ぎで内蔵が疲れていると風邪をひきやすい。

 

風邪は心身の浄化期間。

 

 

▷学校で予防接種をすすめられたがどうしよう。

 

まず自分で情報収集をする。

最終的には伝染病に罹るリスクと副作用のリスク

どちらも自己責任なのでどちらのリスクをとるか考えてみよう。

おたふく等のワクチン抗体は一生は続かないので自然に罹りきるほうが本物の免疫ができる。

ワクチン推奨の裏側にも目を向ける。

 

 

▷知識を知恵にするには?

 

頭で知るのと身体でわかるのは違う。

血肉化されるまで、実行する、行動する、経験を積むことを続けてみる。

 

exp.前回、話題になった「ドングリ珈琲、ドングリ茶」も作ってみると一歩進む。

ドングリは体内の重金属を排出する、というのを知るのは知識。

それを実際に作って飲んでみる、は行動&経験=知恵のはじまり。

 

 

▷自己肯定感を高めたい

 

子ども時代の「条件なしの愛情」をたっぷり浴びることがベース。

愛情が潜在意識に刷り込まれていると強くなれるのでは。

タッチングは脳にオキシトシンが出るので親子で触れ合うのも大事。

 

自己否定を手放すためには潜在意識(インナーチャイルド)に働きかける。

 

 

▷子どもがしたいことが見つからないのは肯定感の低い自分が育てたせい?

 

卒業時に一生したい仕事が見つかっている人は少ないのでは。

ひとつの道を進むのも、積み重ねていくのもステキだけど、

一直線でなくても、探しながら生きていてもいい。

子どもの進路は30歳位まで見守ってあげてもいいのでは。

まわり道に見えても何か吸収しているものはある。

 

どんな失敗に思えたことでも時間が経てば完熟堆肥のように、次の命を生む!

 

職種の向き不向きは、頭をより使うか身体をより使うか、朝型か夜型か、で考えてみるのもテ。

 

ひとり暮らし、ひとり旅は自分が見えてくるのでおすすめ。

 

根拠のない自信が自己肯定感だとしたら、まずは根拠のある自信を積み重ねていくのも方法。

経験を通して自信を積み重ねる。人生、回り道も無駄ではなく、必ずあとで生かされる。

経験は宝もの。

 

支えになってくれる人が近くにいるといい。

 

子ども=タネ。

すべての情報を内在している新しい時代のヒトなので、旧世代の自分たちがあれこれ言うより

そのタネがちゃんと芽を出し葉をつけ実を結べるように環境を整えるくらいでもいいのでは。

学校に行かなくても、就職しなくても、いい。

 

 

▷「問題の親」がキーワード

 

まず自分(親)が幸せに生きること。

そうでないと子どもや身近な人をコントロールしたくなる。

 

 

▷龍眼/ローガン(植物)を育てたい。タネはどこで?

 

龍眼は漢方にも使われている植物。

タネの輸入は禁止されているけど・・・(盛り上がりましたが、以下略)

 

 

▷思い込み、固定観念、呪縛を解放しよう。

 

健在意識と潜在意識について。

人間ー細胞ー分子ー原子ー電子(素粒子)。

素粒子は揺れている波動。

物質の最小単位=量子。

どんなことも実は自分の見たいように固定して見ているのが人間。

 

日々、親、先生、マスコミなど、周囲から教唆されている観念をいちど分解して手放す。

 

手放したい思い込み(固定観念)を紙に書き出してみる。

無意識に思い込んでいることを見つけたらホ・オポノポノを唱えて消す。

その紙を燃やすでもOK。

 

潜在意識をクリーニングすると見えている現象が変わる。

記憶が再生されるたびに繰り返すと病気も治ってしまうことがある。

 

「この世の中のすべての原因は自分にある」ということ。

 

自己暗示の力。

 

カタカムナ。

 

量子医学。

 

などなど、様々なテーマがあがりました。

参加いただいた方、ありがとうございました。

元気になれるコトバをお持ち帰りいただけましたか?

 

次回の「オクコトバ」は来年の予定です。

 

 

 

 

 

 

 

 

病気をつくる5つの原因

先日、東京と佐賀で行われた統合医療の学会に参加してきました。

東京と「佐賀?」と思われるかもしれませんが、佐賀県にはその世界(?)では

有名な病院があり、そこの先生主催ということもあり、その人脈で登壇された方

一人一人が単独でも話を聞きに行きたくなる方ばかりという

内容が濃くて深い、有意義な情報に溢れた会でした。

 

わかりやすく言えば、支配者や大企業の流す情報ではないほんとうの話の聞ける会。

(ああ、こんなハッキリ書いていいのかな、笑)

 

学会というと、なんだか特別の世界のようですが、イメージとしては実力者ばかりが

集まった音楽フェスのようなもので、一人でも十分、観客を集められるミュージシャン

たちが集合してしまったようなもので、そりゃ濃くなり与えられたメッセージも

整理したくなるほどです。

 

音楽に例えられるのは「波動こそ本質」というこれからの医療の比喩でもあります。

音楽、図形、ホメオパシーなど、波動が人を治癒するー。

もう、目に見える世界の話ではないのですね。

救急医療を根治療法と勘違いしているヒマはない!のです。

 

 

そこで再確認した病気になる主な原因5つを挙げてみます。

 

1.金属汚染 ;主に、水か歯の治療から入ってくるもの

2.電磁波  ;スマホ、パソコン、wi-fi、ハイブリッド車、IH調理器、スマートメーターなど

3.潜在感染 ;細菌、ウィルス、カビ、寄生虫など

4.化学物質 ;合成洗剤、化学調味料、添加物、化学肥料、農薬、化学薬など

5.ストレス

 

病気の人を診るとその根っこにある原因はほとんどがこの中に含まれています。

ホメオパシーの健康相談の中でも常々、感じていることですが

レメディを投与する前に、その原因を作ったものをまず生活から排除するか、

排除できないものに関しても対策をとってもらうということが先決となります。

  

いくら優れたレメディ(や薬)があったとしても原因が残っていれば

また同じことの繰り返しになり、それでは時間もお金もムダですからね。

 

ただ、その5つに対しての対策の中で電磁波問題だけはどうしたものか、ずっと考えていました。

 

すぐにできそうなことは全て伝えても(アースを取る、お風呂に入る、不要なアイテムは持たない、

寝室にコンセントは作らない、または全て抜いて寝る、など)やはりこれだけ

電磁波の発生するものに囲まれた生活が出来上がってしまっていると、

電磁波対策グッズはもう現代の必須アイテムです。

 

身の回りの対策はコントロールできても、一歩外へ出れば、もうありとあらゆる場所が

電磁波発生装置だらけの世の中で、しかも電磁波は今後さらに強いものが許可され

使われていくことになっています。

 

まがい物も多い商品なので、こういったものを扱うことはどうなんだ?と考えている時期も

ありましたが、現状を知るとそんな悠長なことを言っている場合でなく、いいものならば、

どんどん広めていかなければ!と思い始めました、笑。

 

 

そして今月。

やっと縁のあるメーカーとつながることができ、いいものをご紹介できることになりました。

ここ数年、様々な電磁波防止グッズをあれこれ試してきましたが、その中で長年の実績があり、

海外の国々でも高評価を得ていること、会社の姿勢が素晴らしいこと、そして費用対効果が

優れていて、何より自分たちが使用して効果を実感している商品です。

 

効果が優れていても高額なものだと経済的負担が大きく人を選んでしまいます。

嗜好品であれば、それでもいいかもしれませんが、命や健康に関わることとなれば

できるだけ経済的な負担を少なく品質の優れたものが多くの人に行き渡って欲しい。

 

いいものなので、それなりの価格はしますが同じような効果を謳うものと比べると

金額は適正と思えますし、正直、利益を求めるというよりは縁のある方に使って

欲しいと思わなければ扱えません・・・。

 

電磁波は目に見えない、手で触れられない、ということで実感しにくい汚染ですが

ちょっと勉強すれば、この不調も、あの不調も、もしかして電磁波が原因だった?!

と驚くほど、心身を蝕んでいるものです。残念なことに国や行政の対策は

遅れに遅れている日本なので、自分で意識して守るしかなく

その強力なお手伝いができる、ということがおくなが屋としての喜びです。

 

商品としては、体にすでに溜まってしまっている電気を放電するもの、スマホや

wi-fi対策用から携帯基地局や高圧線の鉄塔の近くにある家全域を守るものまで

全8種類を扱う予定です。価格帯は6千円台から8万円台まで。

 

まずは不要な電磁波発生グッズを持っていないか?

必要と思っているものものでも他に交換できるものはないか?

(例えばスマホをガラケーに変える、など)

 

簡単に対策できることはないか?

(wi-fiを弱いものに変える、使わないときは電源をOFFにする、スマートメーターを

やめてもらう、など)を再チェックするとともに、

便利な文明の利器と共存するため、ぜひ健康のための貯金をしておいていただければと思います ♪

 

 

 

 

 

 

無重力の中年

最近、ブログの更新がないねー、と友だちからもメールがきたりしているのですが

なんたって、ほかにすることが多すぎて手が回らない日々です!

 

こんな自由にものが書ける場がありながらもったいない話。

プロだったら、いろいろな制約があったり、売れなくちゃ次がないし、と厳しい現実があり

そうでなければ、見てもらうために、あれこれ工夫をしたり、これまた大変だけど、

そのどちらでもなく、それでも毎日一定の数の人がチェックしてくれているのだから

少しは応えなくちゃ、と勝手に思っているのですが、なんたって休みがないのです!

 

それでも近況ついでに最近、感じていること(結局、書いてしまう)。

それは「歳をとることも案外、いいものだ」ということで、

なにがいいかって、若いときにはあった「欲」をどんどん手放せるようになるので

その分、自由になるんだ、ということに気づいたのです。

どんどん身軽になって、この先に最後は身一つで次に行ける道筋があるんだろうな

という光が見えてきたというか。

 

今の若い人は、私たちの時代とはちがう設定の上に生まれてきているので、

バブル時代のように浮かれていないし、あまり大きな欲望も持たず、修行系の努力もせず

初めから冷静に考えて事に当たるか、直感的に始めてしまうか、

だって、物心ついた時からパソコンがあり、スマホがあるんだものね。

 

でも、80年代に人生の一番エネルギーが溢れている時期を迎えた者としては

もっと元気だけど失敗も多くて、でも自分の足で情報を探して、旅行もいっぱいして

なんというか、もっと動きが大きかったような感じで、その分、希望や欲望も

いろいろだった気がするのです。

 

私など若い頃、あまり自分に制限もしていなかったので、人からなんと言われようと

やってみたいことは順番にやっていました。行きたいと思えば行き、試したいと

思えば試し、それでいつかは自分が生まれた街(当時は今ほどでなかった吉祥寺)に

ビルでも建てて、そこに住みながらビジネスでもするか!なんて妄想(迷走?)

していたこともありました(笑)他にも、さまざまな野望(?)を抱いたものです。

 

今、考えると、それも時代の空気から洗脳されていたところがあるのかもしれませんね。

だって、なんのために?だいたい、そんな生活、向いてそうで、実は向いていないもの!

というか、手法がちがうよ!と若い頃の自分に教えてあげたい、笑。

 

なんか大きなことをやってみたい、というのは若い頃、自分を探すために、

どこまでエクスパンドできるのか試めしてみたかったのかな。

それはそれでおもしろかったですし、それがあって今があるのは間違いないのでいいのです。

 

でも中年になってみると「それ、いらない」と思える事柄をどんどん捨てられるので

それはそれですばらしい!と思える。ギラギラ.ガツガツしなくても充分に楽しいし

おいしいし幸せだもの!という青い鳥がちゃんと見えてくる。

 

だからといって希望を失ったのでも、人生を諦めたのともちがう。

自分に必要なものと不必要なものが、もうほとんどわかってしまうちょうどいい心境というか。

 

こうでなければ、という頭が考えたり、世間の基準だったり、する幸せのイメージに

引っぱられない自分ができてしまっているから、そこはもう完全、無重力状態(笑)。

 

周囲のノイズや圧のなかで、この無重力状態を作り出せるというところが

歳を重ねる醍醐味なのかもしれません。

 

いや、もちろん小さな字が見えづらいとか、白髪が増えるとか、そういう変化もあるんですが、

それでも、その年齢なりのギフトって案外、用意されているんだな、と。

 

それを味わうためには、やっぱり健康が大事で、そこを死角にしたくないなとあらためて思います。

 

「健康」というのは思考が支離滅裂にならない土台です。

心身が辛い時って、感情も判断力も、その上ではじき出されるから、どうしてもあとで思うと、

なんか本来の自分じゃない。それが続くともうずっとボタンの掛け違いみたいな時間が続く。

(そうならない人は本当にスゴイ精神力だけど、でもやっぱりその無理があとあと響くような気がする)

 

それに、どーんなに何かに優れている人でも、その命の乗り物である心身の世話が他人任せというのは

エネルギーの供給を例えば電力会社にお任せで、値上げされても爆発して被爆させられても

文句もいえない、何もできない、という状態と似ていて、なんだか心許ない。

病名をつけられた途端に、選択肢を手放してしまうとか、ね。

 

いざとなった時に、薪に火をつけられたり、野草を料理できたり、小屋を作れたり、

そういうプリミティブな技術やアイデアがいつでも引き出せるトレーニングのように

自分自身の心身のケア、こうなった時はこういうふうにすれば元気になるとか、

体調の波にいちいち動揺することがないようにしておくこと、大事と思います。

 

できれば中毒性のないもので元気を取り戻せる(本来の自分に戻れる)というのが理想です。

砂糖、お酒、小麦、クスリなどは中毒性あり、ですが、それでもその質と量を自分仕様に

カスタマイズして摂れる、という知恵も長く生きて得られる知恵のかけら。

 

それには、あんまり我慢とかしない方がいいですよ。

気を遣ってもそこに愛がない人、いっぱいいるじゃないですか。

そんな気を遣うことよりも、自分の心に正直に行動することに心を費やした方がいいです。

たとえ、傍からなんといわれようともー。

 

 

 

 

 

 

 

第1回オクコトバ、終了♪

ご参加いただいた方、ありがとうございました。

第一回オクコトバ、計15名(+1歳を迎えた子)の16名が参加してくださいました。

3時間以上、あれこれとお話を聞いたりしたり、とても有意義でしたね。

 

のぼった話題は電磁波、ピロリ菌、腎結石、胆石、パン(小麦)について、農業を生業にするには?

体の声を聞くということ、情報を鵜呑みにしないこと、まずは自分を大切にすること、などなど。

ここまででも時間がいっぱいで3時間をかるーく超過していました。

 

話し合いといっても、どっちが正しいかを決めることでもなければ、誰かの意見を批判したり

否定するのでもなく、かといってすり合わせるわけでもなく、あくまで提供されるものは

誰かの体を通って出てきた一つの情報や意見である「材料」です。

 

それをそれぞれが持ち帰り自分の「裡(うち)」に蒔いてみるための、シェアと考えるための場です。

 

一見、自分には関係ない話題でも話しているうちに、何かと繋がったり、それが別なことの

例えとして参考にもなったり、他人と話すことによる意外な作用もおもしろかったと思います。

 

 

学校やマスコミから届けられる受け身で得る情報とは違う、自分から取りに行く情報の交換は

これからの世の中を生き抜くためにすっごく必要と思うので、できるだけ続けていこうと思っています。

 

すでに次の日程の問い合わせをいただいていますので、少し早めですがお伝えしておきます。

次回は12月10日(月)の13:00から、を予定しています。

 

11月28日から参加予約を受けつけます。

 

 

 

 

 

 

 

自由のはじまり

今の自分がなにかの制約の中で生きていて、ああもっと自由に生きたいなぁ!と思っているとしたら。

たぶん誰でも大なり小なり、そんなふうに思っているのではないでしょうか。

だって、あの誰よりも自由に見えるウチの息子、9歳。

学校に行くのは理科と体育だけ。「ほかは行かん」以上。

 

家では猫を傍に、たいがいレゴ、絵を描く、最近はゲーム。そんな生活。

そんな人が「自由に生きたい」と言っていたのだ。

 

「キミがそんなこと言ったら世の中の人なんてどれだけ・・・!」と家族中が心でツッコミを入れました。

 

でも本人にしてみれば、そこがテーマであり守りたいところなんでしょう。

彼なりになにかしら不自由さも感じていて。

 

もちろん本当の、責任もあっての自由とか、その辺の認識が構築されるのは

まだこれからにしても「自由」というのは私たち全員の永遠な大きな望みなのかもと思いました。

 

肉体や物質がある限り、完全に自由にはなれなくて

でも肉体や物質を手放していないということは、どこかでその制約を楽しんだり

味わったりしたい自分が残っているからでもあり

だけどその中でも自由を希求しているという矛盾した存在な気がします。

 

 

わたしの自由な世界はもっぱら空想や想像や思考

そして読む本、見るサイト、聴く音楽、観る映画などを選ぶというところに尽きます(A)

他は必ずなにかしらの制約の上に成り立っていてその制約が変わったらその選択もきっと変わると思うから (B)

 

でも、重要なのは(B)が実は(A)によって支えられている、ということです。

(A)がどれだけ豊かなものを含むかで(B)の幅が決められてしまうということを何度も経験してきました。

 

一見、無駄なことをボ〜っと想っているだけにみえて、その時間に広がった想像の力はなんというか

後々の判断力や新しいアイデアに結びつくように思うのです。

 

それがないと、どこかの誰かが作った(もしかして黒い意図をもって?)イメージに支配されてしまい

気がついたら、ぜんぜん自由じゃない世界で、自分もいつのまにか同じように人の自由を奪いながら

生きているなんてことになりかねないーそのくらいに気をつけていることでもあります。

 

 

こうでなけれないけない、とか、

これってこういうことですよね、とか

 

その辺が強すぎたり、そのわりに人に確認したがる、というのは(A)の時間が足りていないのかもしれません。

それより、

 

こうでもいいよね、とか

これって、こういうふうにも考えられるよね、とか。

 

同じ局面に遭遇しても、そっちの方がずっとたのしいし、それが自由のはじまりだと思っています。