端境期の過ごし方

いよいよ野菜の端境期になりました。

お店にも次に野菜が並ぶのは来月の2週目の

予定。それまでは入荷がありません。

うちの畑にもあまり収穫できるものがなく

今は逆に種まきの時期。

 

地産地消で旬のものを食べることが普通だった

昔の人はこんな時期をどんなふうに過ごして

いたのだろう?といつも思います。

 

保存しているお米と味噌と漬物に小魚?

きっとそんな感じに粗食にして次の季節の

体づくりに備えていたのかもしれません。

 

今のようになんでも簡単に手に入る便利さが

必ずしも健康に結びついているとは限らない

ですもんね。

 

この時期にはいつも台風のニュースがあり

その頃から端境期になり、そこを過ぎると

いよいよ本格的な秋になる。

 

ちょうど夏と秋の間で気圧配置も変われば

衣替えの時期でもあり、お店に並んでいる

homspunの服もトーンがガラッと変わる時期。

 

陰陽五行では秋は大腸と肺の季節へ。

そんな季節の変わり目にこそ、地産地消の

中で手に入るもの、乾物や保存食でどこまで

食事がまかなえるかを試してみるのも

いいかも知れない、と思いました。

 

お米を分づきや玄米、雑穀米にする。

ちゃんとしたお味噌を使ったお味噌汁。

梅干しやらっきょうなど漬物。

海苔や乾物、近くの海で採れる小魚。

葉物は野草の中から探してみたりすれば

まさに粗食で体をリセットできるチャンス。

 

ムリに品数揃えようとして不自然な栽培で

育った野菜や加工品、口だけ、目だけに

おいしそうなものを並べてしまうよりも

きっと五感も研ぎ澄まされていきます。

 

(そうすればおかしな報道にもちゃんと

ピンとくるかも?)

 

端境期は自然のリズムの中で工夫して暮らす

ことを試せるチャンス。野菜の収穫がなくても

その中で上手に過ごそうとしてみれば

なーんだムリして遠くのものを取り寄せなくても

いいじゃないか、

インスタ映えしなくても滋味豊かじゃないか、

旬でもない野菜を食べない方が体調いいじゃないか、

などという発見にもつながる可能性だってあります。

 

それでも例えば、成長期の子どもはモリモリ食べたい

とかありますし、個々の事情もあるとは思いますが

そんな中でも、この2〜3週間を「頭でムリして

揃えたり食べたりしなくていい」くらいのイメージで

過ごすのも固定観念を手放せるチャンスかと思います。

 

 

 

 

 

 

子どもに接種しない3つの理由

柳澤厚生さんという方の意見表明。

 

- - - - -

 

科学者、医師、そして子供や孫を持つ個人

として意見表明をします。

長文ですが、ぜひ最後までお読みください。

 

『子供に新型コロナワクチンを

接種しない3つの理由』

 

 

[1]

ワクチンは「感染による重症化や死亡を防ぐ」

目的で接種します。子供は新型コロナに

感染しても無症状か軽症で治癒し、

死亡するリスクはほぼゼロです。

従って、子供にワクチンを接種する

意味も必要性もありません。

 

百歩譲って「家に同居するおじいちゃんや

おばあちゃんを守るためにワクチンを打つ

意味がある」というご意見があるかも

しれません。それならおじいちゃん

おばあちゃんがワクチンを打ち、

しっかりと感染予防をすればいいのです。

 

子供にワクチンを打って高齢者を守ろうと

いうのはあり得ない非倫理的な考えです。

 

私も70歳になりますが、孫にワクチンを

打ってもらってまで自分を守ってもらおう

とは思いません。

 

 

[2]

開発してからまだ1年のワクチンに

どのような有害な影響があるのか、

あるいはないのかは分かっていません。

 

例えば、ワクチンによる心筋炎が若い人に

見られますが、その頻度は非常に少ないと

発表されています。

 

しかし、軽症や無症状のケース、有症状でも

診断を見逃しているケースが何倍もいることは、

心臓病専門医でもある私の目から見ても

容易に想像できます。

 

なぜなら専門医が心筋炎を疑わない限りは

心臓超音波検査で確定診断しようと

しないからです。

 

さらに年齢の若い子供に接種した場合に

心筋炎はもっと増えるのではないかと

懸念しています。

 

 

[3]

このワクチンには中長期の

安全性データがありません。

日本の未来を託す子供に接種する

ワクチンの安全性は高齢者よりも

はるかに厳しくすべきです。

 

数年はかけて安全性を

確立しなければなりませんが、

現状はほど遠いです。

 

予防接種はリスクを明確に上回ると

予想される利益がなければなりません。

 

しかし、このワクチンが子供ならず

将来の母親となるべく若者にも、

高い利益をもたらすことはありません。

 

 

ここで私がこのような意見表明をすることの

影響を十分に承知しています。

国際オーソモレキュラー医学会の会長として、

また各国の学会のボードメンバーでもあり、

国内の学会や協会の代表をしています。

 

例え個人の発言であっても

私はトップとして慎重であるべきです。

多くの反対意見や行動も予想されます。

 

しかし、迷惑をかけかねない各国ならびに

国内の関係者に事前に相談したところ、

全ての人が私の意見表明を

強く支持してくれました。

 

私はワクチン推進派でも絶対反対派でもなく、

ワクチン慎重派です。ワクチン慎重派の私は、

『新型コロナワクチンの長期安全性が確立されるまで、

日本の将来を託す子供に接種してはならない』と

国民に伝え、その活動に邁進する決意をします。

 

 

柳澤厚生 拝

摂取した人に伝えられること

身近な方、大切な方が摂取してしまったことに悩んで

いる方が多いので少しでも参考になればと思います。

詳細は各自、調べてご判断ください。

 

伝える、伝えない、もそれぞれの関係性を

総合的に考えての判断が必要かと思います。

 

情報の取り扱いを含め、

すべて自己判断、自己責任でお願いします。

 

以下、引用です。

 

- - - - - - 

 

これを読まれている方は、殆どがワクチンを接種されて

いない方と思いますが、周囲に接種を済まれた方がいる

と思いますので、その方の置かれた状況を教えてあげて

ください。

 

縁を切られてしまうかもしれませんが、科学者の見解に

基づけば接種者はよく生き延びられたとしても数年です。

 

幸い、抗体ができていなければ、3度目のブースト接種

や来年以降の接種を避けることで救われます。

 

2020年2月以降、本日まで騒がれてきた「生物兵器説」

の本質は「バイナリー兵器」であり、「1. ワクチンに

よる抗体」と「2. 感染」の2つの条件が揃った場合に

初めてADE(※)は作動します。

 

————

 

※ ADE とは

ADE(抗体依存性感染増強)とは、ウイルスの感染やワク

チンの接種によって体内にできた抗体が、ウイルスの感染

をむしろ促進してしまうという現象。

 

————

 

つまりワクチン接種済みの方は、「非中和抗体という爆弾」

を体内に持った可能性がきわめて高く、こちらは「コロナ

ウイルス感染が火種」となり爆発します。

 

時間差を意識しなければなりません、つまりワクチン接

種から1週間後に作動する場合もあれば、半年から1年、

または2年後の場合があるのです。

 

ここまでは、「ADEとは何か」… で記したとおりですが、

説明を加えますと、「中和抗体」とはスパイクタンパクの

毒性を中和して活性を抑えるものですが、逆に、「非中和

抗体」とはスパイクタンパクの活性を上げる「感染増強抗

体」となるものでして、複数種類が確認されています。

 

すでにワクチン接種をされて亡くなられた方は、次の3つ

が原因でしょう。

1.「ポリエチレングリコールが原因のアナフィラキシー」

2.「スパイクタンパクによる血栓の形成」

3.「非中和抗体によるADE発動」

 

実験上、ワクチン接種後も健康体だった猫はコロナウイルス

感染後に全滅しています。動物実験では生存率はゼロです。

 

「ワクチン打ったからもうコロナは大丈夫、熱があるのは

ただの風邪」世間の人々では、こんなふうに考えてしまっ

ている方々をよく見かけますが、健康に異常があった際に

はすぐ病院に行ける準備をしておくべきでしょう。

 

接種後に熱が出た方は、免疫反応が起きたということです

から、すでに非中和抗体ができている可能性は極めて高い

と思われます。

 

ADEを止める方法は目下開発されていませんが、たとえば

大阪大学などにより「中和抗体を誘導する本物のワクチン」

が開発される可能性があり、こちらを接種することで止め

られる可能性はあります。

 

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十分量の中和抗体の存在下では、感染増強抗体(非中和抗体)

の影響は見られなかった。

 

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感染増強抗体の認識部位を改変することで、感染増強抗体の

産生を誘導しないワクチン開発が可能になると期待される。

(大阪大学 日本医療研究開発機構 2021年5月24日 

雑誌Cell掲載論文)

 

また、健康に異常があった際には、アビガン投与が最も理想

的ですが、他にもイベルメクチンや抗体カクテルのような薬

の投与を速やかに行うことで感染を止められる可能性があり

ますので、「どの病院でどの薬の投与が可能か」を事前に

調べておくと良いと思います。

 

 

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引用、終わり。

 

 

 

 

 

 

 

君子でなくても危うきに近寄らず

今月のセルフケア講座、終了しました!

 

参加された方の中にも多かったのですが、今の時代、

摂取を受けしない人の肩身がだんだん狭くなっている

ようです。

 

打たない人にとっては今回のワクチンに対する根強い

不信感があり、摂取を受ける側にとってはコロナ収束

には一人でも多くの人がワクチンを打つ方がいいとい

う思いがありその溝はどこまで行っても平行線。この

不本意な溝が見えない分断を生んでしまっています。

 

個人的にはとくに若い人はやめておいた方がいいと思

っています。それは若い人ほどコロナ による重症化や

死亡例がほぼないこと。それに引きかえワクチンの悪

影響の方がまだ未知な部分が多く大きそうということ

で。

 

良心的な医師や専門家、そして実際にビルゲイツの資

金源のもとでワクチンを開発していたトップの人でさ

え今や「このワクチンだけは決して打ってはいけない、

大量屠殺兵器だ」とまで言い出しているのですから、

なにやら物騒な背景が見え隠れしているのが、怪しく

感じています。

 

アフリカの国々ではコロナなんてない!ワクチンも必要

ないという認識が強く、だからマスクなどの対策もない

ようですが、そのリーダーでもある大統領たちが、この

2年間で立て続けに6人も「突然」亡くなっています。

要職につくくらいの健康な人が2年間で6人...。共通し

ていたのは全員、国民のワクチンに反対だったこと。

しかも7人目と思われた人は2度も暗殺の危機があった

ことを公言しています。

 

しかし一般常識のバイアスが強い人にとっては、そんな

情報さえ目にも耳にも入りにくくなっています。

目の前の煽られるコロナの恐怖、同調圧力の方が判断

材料として大きく迫っているのでしょう。

 

 

明治以降、西洋医学を第一医学とした政策のもとで生ま

れた常識(あたりまえ)は症状が出たら医者に任せると

いうものでした。医者は身体についての知識が自分より

もある優秀な人であることが前提。勧められるクスリや

手術は最善の提案に違いないと信じる習慣。

 

もちろん、それが当たるときもあるでしょう。

しかし盲信はダメです。

 

その結果、医療費が年間43兆円超。国民一人当たり

年間34万円。乳児から高齢者まで国民一人当たり、

毎月28500円を(代替療法はほとんど含まれてい

ない)医療費に行く税金として収めているのです。

 

ちなみに国家予算の年間16兆円(医療費の36%)が

あれば子どもの教育費が完全無料化が実現するそうです。

いやー、普通に考えて教育費や学校で出される食事の質

をあげる方に回そうよ、と思ってしまいます。

 

優秀な「はず」の政治家の集団がなぜそんな簡単なことを

実現できないのか.......ほんとうに根深い闇!

 

というわけで、明治から続くあたりまえの習慣をそろそろ

変えないといけない時期がきています。

 

病気のことは医者に任せるというスタイルは決して普通の

ことではありません。医者に任せるのは直接、命に関わる

緊急時や、どうしても動けなくなって助けが必要な時。

風邪や慢性病は緊急ではないですよね。

 

まずは自分でできるところで生活習慣を整えたり、昔から

ある手当て法を試してみたり、情報を集めたり、勉強して

取捨選択していくことです。

 

人の身体は小宇宙といわれるくらい、わかっていないこと

がたくさんあります。簡単に明確な答えなんて出ません。

 

今まで受けてきた教育、テストには正解の答えがあったの

は受験で人を選別する時にそれが簡単だったから。実際の

世界では問いを解くのに時間制限などないし、一つの正解

が用意されているとは限りません。

 

だけど何年もそういう世界にいると、そのクセが抜けない

人が多すぎる(!)答えを知っていそうな人にその答えだ

けを教えてもらえばいい。なぜ、そうなのか?という所は

考えないからいつまでも本質に辿り着けないまま歳だけを

重ねる。

 

 ホメオパシーのレメディでワクチンの毒だしができるから、

というのも、今回のワクチンについてはワクチン同様、治験

中であることに変わりがありません。ホメオパシーに200

年の歴史があっても、今回のようなワクチン自体が初めてな

のです。副作用を和らげることができても、将来に起こるで

あろう本当の害ー次の感染症などへの免疫、周囲への影響。

不妊の可能性。次世代への影響などなど。それををどこまで

キャンセルできるかはまだ未知です。

 

 あるいは自然はもっと回復力を持っている可能性もあります。

人間のアタマで心配しているよりもずっとタフで信じられな

いような浄化を起こす可能性(のような出来事)だってある

かも知れない。人の行いによっても、それを強化する可能性

だってあるかも知れない。

 

それでも君子、危うきに近づかず。いや、今回は君子でなく

ても、肩身が狭くなっても、アイデアを絞ってなんとかでき

るだけ近づかなくてすむ方法を考えた方がいい気がします。

 

 

 

 

 

 

911

もう、あれから20年も経っているんですね。

今、生きている世界はあの場所からずーっと離れた

ような場所だけど、あの、世界に激震が走ったとき、

私は慌ててテレビを買いに行ったほど、でした。

 

当時はスマホもなく、まだネットでニュースを観る時代

でもなかったような。テレビを観てCGの映画のような

ことが現実に起こっていることにびっくりしました。

 

その頃は自分の人生も変わり目を迎えていて、今でいう

断捨離ほやほやの頃。大きなモノを手放すと新しい事や

出会いが自然にやってくるという法則をそのまま経験して

いたような頃でした。

 

内側も外側もガラガラと変わっていっていった頃。

しかも翌年、ニューヨークの友だちの家に行った時に

どうせなら、と現地も見に行きました。

大きな瓦礫だらけの場所はたくさんの落書きがあって

亡くなった人へのメッセージの中に「アメリカは絶対、

負けない!」「正義は勝つ」などの愛国心丸出しの文字が

溢れていてこれでは終わりがないな、と失望にも似た

モヤモヤを抱えて帰って来たことを覚えています。

 

もっと時間を遡ると私は1992年に起こったロサンジェルス

の暴動の時も翌々日に現場のコリアンタウンに行きました。

普段は例えば火事の現場にすら行ったりしないのに、当時、

ロスに住んでいて現場近い場所に住んでいた友人家族が避難

して来たり、わりと近くで起きた出来事だったのもあって。

 

それで、その時の光景の方がへんな言い方ですけど健全さが

あった。黒人差別に我慢できなくなった人の怒りがそのまま

出ていて、街中めちゃくちゃに破壊されていたけど、自然の

病気の症状のように噴出しきった後で静か、というか。

まるで急性病のよう。 

 

だけど、911の現場はなんていうかそういう空気ではなく

映画の撮影で使ったようなもっと人工的な空気を感じました。

医原病や慢性病のようにスッキリ出し切れていない感じ、

終わっていない感。根深くて複雑な感じ。

それは理屈じゃない違和感として残りました。

 

 

そして、数年後。

海外にいる友人数人から日本には入ってこなかった情報を

聞いたり、その後、家族でアメリカに住んだ時に聞いた情報

を集めて、なんとなくその理由がわかった気がしたものです。

 

結局その後、ネット社会が発達したことで仕掛けられた事件

はすぐに裏が取られ、(真偽はともかく)報道以外の情報も

すぐに探せる世界に変わって、それはあの頃が堺だった

ような気がします。 

 

 

そして現代。

2020年から始まったコロナ&ワクチン騒動は将来、どんな

ふうに受け取られるようになっているのでしょうか?

今は当時と比べて変化や情報拡散のスピードが格段上がって

いるのでそれが5年後、10年後かもしれません。

その頃の風景は今と比べて間違いなく様変わりしているし

人や社会の意識もあたらしいものに変容しているでしょう。

 

今はもう情報を求めてテレビを買いに走ったりしないし

大きな出来事にはシナリオがあることも多くの人の知る

ところとなっています。 でもその分、迷ったり葛藤も

増えているのかも?

 

戦争やテロ、暴動の元になる理不尽な分断を乗り越える

にはどうしたらいいんだろう?心の奥底の恐怖心や差別心、

支配欲。その発生場所ってどこなんだろう?

今週はそういうことを少し考えてみようと思います。

 

 

 

 

 

 

祖父の話

最近、「本庄季郎」というワードでおくなが屋のHPに

来られる方がグンと増えたと思ったら、先日、ジブリ

の「風立ちぬ」のテレビ放送があったらしい。

 

もう30年前に亡くなった祖父なのに宮崎駿監督に

よって永遠に?生きることになった本庄季郎。

とても美しすぎる描き方で。

 

以前のブログは消してしまったので

HPを見た方はこの店のどこに季郎がいるのか?と

思っていることでしょう。

 

この夏、両親の家の掃除に行ったときに

シンクロニシティじゃないと思うけど

偶然、堀越二郎さんとのツーショットの写真が

出てきたりして、最近また魂がこっちに

遊びにきているのかしらと思うことしばしば。

 

映画公開以来、堀越二郎さんとのことで必ず出る

のが「じつは2人は仲が良くなかった」という

話題があるけれど私はいつもそこが違和感。

母(季郎の二女)たちに聞いていた話の中には

一つもそんな話はなかったから。

 

お互い、若い頃は三菱の社宅に住んでいて

家族同士の行き来が頻繁にあって

子ども同士もよく一緒に遊んでいた話や

 

その後、堀越さんは広くて華やかな家も建て、

一方、季郎の方はシンプルで機能的、合理的な考えの

(子どもから見たらちょっとつまらない)家だったとか、

 

堀越さんが病気で入院した時に祖父はアイデアを閃き

敵だったアメリカ軍の基地へ出向き、仲良くなって

療養のための募金集めをしたり、ついでに自分の

自宅がピンポイントで爆撃されたのは計画書があった

ことまで突き止め、大事なバイクを別の場所に保管して

いたのは正解だったとか、むかしはどこかのどかな

ところがあったんだな〜と思う話が多かった。

 

仲悪説は「半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義」という

文庫本に収められた対談の中で宮崎駿さんが想像で?

「二人はじつは仲良くなかった」と話したことが

ソースになっているようだけど、物語を作る人の想像力

そのままが事実のように広がっていることに

二人はどう思っているんだろう?

宮崎駿さんが偉大な方だけにね。

 

戦争という時代の中で才能をぶつけ合い切磋琢磨している

時間は当然、厳しいこともたくさんあったと思うけど

だからこそタイプの違う二人は補完し合う関係で

まさに戦友みたいなだったのではないか、というのが

私の「想像」だ。

 

本当に仲が悪かったら母たちの思い出話も

もっと色合いが違っていたと思うんだけど

本当のところは本人たちにしかわからない。

 

そういうわけで戦闘機などという物騒なものを設計して

しまった祖父ではあるけど、初めて世界一周した日本製の

飛行機の設計をしたり、鳥人間コンテストで優勝したり、

才能を生かした仕事に邁進していたのは確か。

 

本田技研の創立者である本田宗一郎さんとは技術者同士、

親しくて一緒に鈴鹿サーキットに裸足で運転しに行ったり、

メロディ付きの誕生日カードを送りあったり

いつまでも男の子のロマンを共有していたような間柄で

「そーちゃん」といつも話をしていた。

こっちは終戦後の話だからもっと平和。

 

その後、季郎が体調を崩した時。

その知らせを受けたに宗一郎さんが「もし、季郎さんが

あの世に行くようなことになったら自分もすぐ追いかける」

なんて言ってるのよ、と祖母が笑っていたことがあった。

そして実際にその数年後に祖父が亡くな李、その翌年、

今度は本当に「そーちゃん」に亡くなった。言霊?

 

あと、Wikiでは季郎は「前立腺癌のため死去」になって

いるけれど、高齢のため積極的な癌治療はせず(という

一族、当時からそういう考えだった)死因は老衰でした。

当時の新聞にもそう出たし、身内の認識もそう。

 

どうでもいいですけど、

公に出てくる情報っていつの時代も不確かですね。

・・・と今回は前置きだけで終わります。 

 

 

 

 

 

心は自由に、優先事項は足元に

考えてみたらコロナが騒がれはじめて、もう1年半以上が

経っている。100年前のスペイン風邪の時は収束まで

3年かかったらしいからまだ半分?・・・飽きちゃうね。

 

自分自身はコロナで何が変わったか?と思い返すと

じつはあまり変わっていない気もする。

子どもたちは学校に通っている分、文科省や学校の方針の

影響を受けてしまうので気の毒だと思うけれど、

私たちは必要でない限りマスクもしないし

もともと家の中で過ごすことが多かったこともある。

 

そして何よりコロナが話題になる前から両親のことで

忙しくなっていたことが大きい。

 

私の両親は東京でリタイアした後は田舎の別荘として使って

いた家に拠点を移して暮らしていた。高度経済成長を支えた

世代というのは老後になってやっと安心して自由な時間が

確保することができるようで、父母の60代、70代は、

その家を拠点にやりたかったことに次々と夢中になっていた。

それでも働きものの習慣はなくならないようで

仕事やボランティアのようなことも続けていたので

それなりに充実した20年くらいを過ごしたと思う。

 

しかし人は歳をとる。

だんだん2人だけの生活に不自由と心配の影が増えてきた。

初めての局面に本人たちも子どもたちも今ひとつピンと

きていないところもあって、あららーと思った時には

病気も進行していた。

 

4,5年前の大雪の時には自前のユンボーで雪かきをしていた

父があっという間に一人で歩けなくなったのには驚いた。

それでも「大丈夫!大丈夫!」と気持ちだけは前のまま。

本人は変わらず自立しているつもりなのに、側から見たら

非常に危なっかしく、でも手を貸そうとしたり引越しや

施設に移ることを提案してもあっさり断られて、

だからどうしたらいいのか?をいつも考えていた。

 

だから私のリアリティは断然、コロナよりそっちの方だった。

急な出来事が起こるたび1000km離れたところへ

(街でなかったことも幸い...)飛んで行った。

だから旅行に行きたいと思う余地もなかった。

 

子育ての始まりの3年にも似た時間だったなぁと今では思う。

必死過ぎて、過ぎてみれば一瞬にも感じるような濃い時間。

 

その後、父は亡くなり母は奇跡のように良い施設に出合い

そこで暮らすようになった。この度の注射を打たなかったのは

母だけらしいので肩身が狭いかな、と思うけれど一人一人の

選択を認めてくれる施設だったのと、そもそも本人も予防接種

は途中から子どもにも自分にも打たないと決めた人だったので

それで良かったと思う。

 

そして、今も両親の家の後片付けや名義変更などすることは

相変わらずあるのだけど、その一方でそこを一緒に乗り越えた

家族や弟夫婦とは信頼関係も増した気がするので

タイヘンだった分、いいこともあるのだ。

 

そしてブログでもたくさん書いた通り、両親のことが落ち着いた

あとは後手後手になっていたキッチン改装もあったので

ますます外の騒ぎよりもするべきことが他にある状態だった。

 

で、思うのはいくら報道でオリンピックだコロナだワクチンだ

と騒いでいても、自分の現実に優先事項があれば

いちいち惑わされることもないんだな、ということ。

 

忙しすぎて情報の真偽を調べる暇もなくなるのは良くないけど

世の中の騒動に巻き込まれるヒマもなかったのは幸いだった。

 

気になることがあったら納得できるところまで調べて

あとは自分のところに戻ってくるーこれがポイント!

 

ヒマでテレビをずーっと観ている。

これがきっと一番いけない。

 

しかも私にはクラシカルホメオパシーを学ぶ仲間もいる。

コロナやワクチンの副作用の対応も一通り勉強したし

毎日のように身近でレメディを摂った人のフィードバックも

聞けているし、その治癒の様子を共有できて幸せに思う。

  

今日は、こんなサイトを見ていた。

恒例の夏の旅行も行けなくなり、親のこともある世代。

友だちのおーなり由子ちゃんにもしばらく会えず

電話だとお互いに積もった話が多すぎて(笑)

 

でも、この絵を見ていて、何か情報が入ってきても

そこに自分が好きに描き加えて変えてもいいんだよと

言われているような明るい気持ちになりました。

 

いくら騒ぎが作られても、心は自由ですからね。

 

 

 

 

 

 

内側の声を無視しない

ワクチンの話題がにぎやかです。

打つか、打たないか。

冷静になって自分のアタマと直感で判断することが

大事と思うけれど、その時に生まれてから今まで自分が

受けてきた(受け入れてきた)教育も振り返ってみる。

 

親や親戚や先生にどんな言葉をかけられて

どんな人になることを望まれてきたのか。

そこに縛られていないかを。

 

みんなと同じでいれば無難。

多数決で決められたことには従う。

もっといって、指示されたことには率先して従うとか。

 

それって、戦争をいつでも始められるマインドと一緒。

欲しがりません、勝つまでは!

従います、(ウィルスに)勝つまでは!

 

自分の意思や考えよりも波風立てず周囲に合わせていく

生き方を無意識に選んできていると思ったら

ぜひこの機会に考えてみて欲しい。

 

親や先生の責任でなく、それを受け入れたのは自分。

だからハンドルは自分の手が握っている。

どちらにハンドルを切れるのも自分の自由な意思一つ。

 

今までの日本は長いものに巻かれていた方が

ラクに生きられたかも知れないけど

本音と建前のダブルスタンダードをあたりまえにしている

うちに自分自身を見失ってしまっている気がする。

 

自分が誰なのか?わからないというマインドは

それ自体、免疫力を落としている状態(だそうですよ!)

 

自己と非自己を体が察知して分けることで成り立っている

免疫力だから、そこで自分が何者か?というアイデンティ

ティーがないと非自己も受け入れてしまうことになる。

それが自分にとって不要な菌やウィルスも排除できない

身体を育てていることにつながる。

  

よく睡眠も不規則で食事も好きなものばっかり食べて

という人でも健康な人がいるのは、自分が何者か

わかっているからなんではないか。

好きなもの、夢中になれること、がわかっている人も強い。

そこで必要なものと不必要なものとが明確になるから

自分のモノサシで分別をつけられる。

 

だからもし、自分にはワクチンを打つ必要があると

判断すれば打ってみたらいいと思う。決して勧めるつもり

はないが、その人にとっては、たとえコロナ死よりも

ワクチン死の可能性が高くても、人生上そっちをとること

が必要なのかも知れない。

 

無意味さが露呈している上に綿棒の先に発がん性物質が

つけられた検査だって、それを自分が本気で受けたいと

思えば、そう思っていない人よりはきっと親和性がある。

  

しかし、もしも私にはどうしてもわからない。

またはどうしても嫌だ。

上からも横からも「打て」という圧を感じるし

(感じているのは自分/もしくは感じやすい場所を

選んで生きているのも自分)、打たないとこの先、

仕事を失う?人と付き合いづらくなる?

コンサートや海外に行けない?(そう思うのも自分)

と思って不本意な方向に進もうとしているなら

一度、立ち止まって考えるべきと思います。

そう感じる自分(=自己)を無視しちゃ絶対ダメ。

 

無視するのは自分のアイデンティティーを育み、

本当の免疫力を獲得するチャンスを捨てていること。

 

ぜひ、この機会にその葛藤のルーツを探ってみるべきだ。

過去に受け入れてきた教育の方向。

教育って何?

自分は何者?

どういうルーツを持ち、どんなことを感じ考えて

どこへ向かっているのか?向かいたいと思っているのか?

 

外からの情報を一回止めて、内側の声と対峙する

いいチャンスだ。

 

一人一人、体質も考えも違って当然なのに、それを

みんな同じようにしようとする圧力は別の病気を生む。

それが慢性化して次世代に負の宿題を残す。

 

時代がものすごく変化している時には過去からの

無意識の習慣を変えないと生き残っていけないのです。

もう、そろそろ自分を生きないと間にあいません。

 

 

 

 

 

 

習慣と好奇心、そして懐疑1%

ある方の知りあいが2人同時期にコロナに感染した。

始まりの症状は同じようなものだった。

 

その方はホメオパシーのレメディキットを

持っていたので「こんなものがあるけど試してみる?」

とその方たちに声をかけた。

 

1人の方はアーニカという最もよく使われるレメディを

知っていたので馴染みもあって試すことを選んだ。

 

ホメオパシーは現代医学のような「標準治療」という

ものはなく、一人一人の全体を診て判断する個別性が

特徴なのだけど、コロナのような集団感染するものに

関しては別。多くの人が同時期に罹る急性病ということ

で大まかな指標がある。

 

ホメオパシーを公に採用している国だと日本でいえば

厚労省にあたる行政機関が予防にはこのレメディ、

感染にはこのレメディとプロトコルが発表したりする。

(そういう国には医療利権がない...笑)

 

で、ちょっと宣伝のようになるけれど

ここでしているセルフケア講座でもコロナに対して

処方されるレメディの情報をシェアしている。

それで、その方もその通りに3種類のレメディ

ABC(*レメディの頭文字ではありません)

を知り合いの一人に送った。

 

結果、その方はAとBを1粒ずつ摂って復活。

Cレメディまでは至らず普通の生活に戻ることができた。

一方、「標準治療」のベルトコンベアーに乗った方は

人工肺をつけて3週間の入院。その後、

自宅に戻ってもまだきつい状態が続いているそう。

 

この例だけをみて何かを断言するつもりはないけれど、

(でも、私がセルフケア講座を続けようと思うのは

こんな時。9月からもがんばります:)

 

これからの時代は現代医療に頼りすぎず免疫力の上がる

生活を習慣づけること、本当に必要な情報を自分から

取りに行く好奇心と勇気がサバイバルの決め手になる

のでは?と思いました。ホメオパシーに関わらず。

  

でも大事なのは100%信者にならないこと。

最低1%の懐疑は残しておく。

 

その1%でさらに探求に導かれるかもしれないし

もし間違っていたら軌道修正もしてくれる。 

  

ホメオパシーの世界だって、実はさまざま。

ここでも一般化された「名詞」で判断するのではなく

細かく見ていく「個別性」が大切だなと思います。 

 

 

 

 

 

 

自分を守るもの

最近はお店やホテル、どこかへ入ろうとすると

まず検温されることがあたりまえになっている。

でも、これ本気でしているのかな。

これだけやっていましたって言えるように

アリバイづくり?と感じることもしばしば。

 

この前など34°台なのに「はい、大丈夫です」って

笑顔で言われたけど、いや危ないでしょ!笑

 

子どもの学校でも検温をいわれているけど

あれ正直に毎日、測っている人どのくらいいるんだろ?

 

もし、していたらその素直さも微妙だし

(もっと自分の感覚を信じた方がいい)

していると信じている学校の先生も呑気だと思う。

(こんな退屈なことを子どもが毎日するか?

子どもはコロナで死んでいない)

 

世界中が責任感の形骸化している感じがしてならない。

責任感の形骸化は無責任につながるよ。

 

本当は営業したいし普通に登校させたいし運動会や

修学旅行もさせたい。そのためには一応、上から

いわれることをしていないとあとで問題になるから

そうせざろうえない。そういうことなのだろうか?

 

日本人は本音と建前を使い分けるのが日常だし

お盆もクリスマスもありだし

ワクチン打ちながらヨガもするし

マスクしながらナチュラルを謳うし

矛盾を受け入れつつ世間を泳ぐのが得意。

 

マスクして誰もいないところをマラソンしたり

マスクしながらジャンクフード食べて人工香料の

洗剤使って電磁波浴びまくる生活していたり

同じ家で暮らす家族、同じ車できたグループで入った

レストランのテーブルに透明の板がつけられていたり

という光景に至ってはもう悲劇か喜劇なのかわからない。

 

外からの指示に素直に従っていれば大丈夫という態度も

ここまでくると究極的。でもそこで同時に大事なモノが

抜け落ちると思わないのかなぁ。

 

ー素朴な疑問を感じ取ること。

ー自分や家族の微妙な体調の変化を感じ取る習慣。

ーまわりを見渡して危険の兆候を察する能力。

ー報道と事実のズレを見分ける感覚。

ー感染症の知識やウィルスについて自分で調べてみること。

ーそれに対して、

ー本当に有効な対策や弊害もある無駄な対策を判断する力。

 

などなど。

本当に自分の身を守ってくれるのはそっちでしょ。

とりあえず「今」世間を泳ぐことに一生懸命になって

本来、人間に備わっている能力を蔑ろにしすぎ...。

私たち大丈夫?!と思ってしまう。

 

コロナもこれだけ感染者が増えたっていうけれど

その中で重症化している人の数は公表されないし

死亡しているのは陽性者のうち0.004%だとか。

(しかもそもそもがPCR検査...)

 

つまりウィルスが広がっているということはふつう

弱毒化していると考えられる。つまり克服間近ってこと

なのにワクチンを打ちまくるから、もっと強いウィルスが

出現してしまう。それが自然の理なのだ。

 

そうしたらまた新しいワクチンが売り出されるのかな。

(しかしそもそもワクチンは効果がないばかりか

副作用のリスクが大きすぎる.....)

ウィルスとワクチンは戦争と武器の関係にそっくり。

恐怖心を煽られ、武器を手にする。

それによってさらに恐怖心は増大する。

 

ワクチンの話題を出すタレントはyahoo!ニュースでも

露出が増えるが、疑問を呈する医者は無視されるか

ブロックされるか叩かれる。

 

敵を想定し恐怖心を煽るのはとっても経済効果がある。

その経済効果は全部上の方で吸い取られて毎日マジメに

働く人にとっての経済は悪化する仕組みなのだけど

気がついた時には手遅れなのだ。

 

そして不安にさせた集団は強く見えるものに

心を吸い取られる。

 

こんな構図の世界はどう考えてもおかしい。

だから自分のまわり、家族やお店にきてくれるお客さん

友だちくらいはそうでない繋がりを持っていたい。

 

近い将来、きっとこういう世界は破綻する。

その時のために心の準備だけはしておいた方がいい。

そんな時、自分の心を支えてくれるものを

今から大事にしていよう。

 

 

 

 

 

 

家の改修

そもそも人が生まれた以上、安心して健康に

暮らせる住処は権利として保障されてもいい。

 

そのために数十年にわたって負担の大きい

ローンを背負い、そうやって一生懸命に

手に入れた家が30年程で産業廃棄物化して

命を終えるのは悲しい。

 

私たちが必要なのは家族にちょうどいい広さが

あり、暑さ寒さ雨雪を防ぎ、風や日光を和らげて

料理がしやすく安心してぐっすり眠れる家。

それはすべて心と体の健康につながっている。

 

そのために妥当なお金は遣ってもいい。

だけど納得できないところにお金を使うことは

しない。改装の志はそんな感じ。

 

古くに建てられた夫の実家はわかる範囲で

私たちが4代目。今までも改修、増築、

改装を繰り返してきた家。

 

壊してみて初めて前の家がどう使われていたか、

見えないところにどんな素材が使われていたか、

わかる場面も多かった。

 

改装するときに残した部分は主に基礎と躯体。

竹や土でできている壁の中身。表面がクロスや

砂壁のところはすべて産廃に。自然の素材では

ない素材の天井や化学繊維の断熱材など新建材

も産廃。本物の木が古くなったからと貼られた

化粧板も剥がした。

 

夫の両親の世代はいわゆるベビーブーマー。

高度経済期を支え必死に働いて増築した部分は

新建材といわれる石油由来のものが多かった。

それらをすべて取り払ってみて現われるのは

全部、自然素材。耐久性があり経年変化にも

味がある。

 

改装は分解作業でもあるので、本物の建材と

石油由来の新建材の末路の歴然とした違いが

わかる。新建材はハウスシックの原因になる

ボンドなどとセットで使われることが多いの

で壊すときにそんなことも心配した。

 

ちゃんと考えたら建材は当然、空気を汚さず

しかも経年変化も楽しみな家の方がいい。

 なので、私たちの家は意匠的なことも大事に

したけど一番、譲れないのはそこだった。

 

ハウスシックの原因をつくらないこと。

30年後も産廃化しない家。

経年変化が楽しみな家。

 

家の骨格も決まっていて変更不可能な場所も

あちこちにあり当然、すべて思った通りになんか

できないことも多かったが、それでも使う建材が

オセロのように自然素材に変更していけたことは

とても良かった。

 

やってみてわかったことがたくさんある。

ああすれば良かった、こうすれば良かったと思う

点ももちろんあるけれど、それが今後に生かさ

れた時、そんな経験も意味が出てくるだろう。

 

良かったのはその変化を

子どもたちと一緒に経験できたこと。

 

衣食住の「住」が消費者として注文するだけ、

お金を払うだけで手に入るわけでなく

古い家の再生について大なり小なり感じた

ことがあったに違いないから。

 

振り返ってみると、311以来、自分たちの生活の

再生と古家の再生は同時進行のように重なっていた。

 

一方で、そうやって一生懸命関わった家では

あっても固執はしたくないとも思っている。

やはり心は自由でありたい。

つくっている時も、どこか頭の隅では

次の持ち主に渡った時のことも想像した。

 

家は本来、私たちより長生きだ。

「今」だけではなく、その先にどんな姿になるか?

を考えても昔から日本で使われてきた土、石、木材、

漆喰などを使ってもらったので経年変化しても

うつくしい上に不要になった時には自然に還る。

 

デザインはそんな自然素材とそれを扱う職人さん

の仕事を自分たちの生活に生かすための設計図だ。

だから限られた条件のなかで、できる限り

アイデアを出して考えてきた。

 

結果、夏や冬でも快適に過ごせるようになり

眠りの深さまで変化した。

 

それでも家も店もきっと永遠に未完成。

これから人生の変化に伴って住処づくりは

続いていくと思っている。

 

 

 

 

 

 

キッチン改装6 パントリー

今回の改装の収納編、パントリー。

モノが溢れがちなキッチンをすっきり

維持するために収納の問題は解決

しなければならないことの1つ。

 

うちは冷蔵庫も食事する部屋の外に置き

畑でとれた野菜も食材も置き場は

基本すべて部屋以外の場所にしている。

 

その中で一番場所をとっているのが味噌!

日本の食材で一番大事なのは味噌と思うので

それでいいのだけどスペースは必要。

塩も醤油も大事だが味噌ほどスペースは

とらない。

 

味噌は大事。

感染症でも日本人の重症者や死亡が欧米と

比べて桁違いに少ないのは発酵菌を含む

味噌を食べているからともいわれている。

 

原爆を浴びた人たちを救った長崎伝説の

医師秋月辰一郎も味噌と海塩が要だったと

いっているくらい特別な調味料なのだ。

菌×自然海塩×発酵を腸に入れる大切さよ!

 

ということで今までは普通の押入れ半分の

半間 × 半間のスペースが上下に分かれた、

よく布団などをしまうようなスペースに

瓶と琺瑯の容器を並べて置いていた。

 

毎年〜隔年、味噌を仕込んでいるけれど

そのローテンションもあって、奥のものを

取り出す時にはまず手前のものを全部

出してから奥のものを出す動作が必要。

 

奥行き90cmの奥から重たい瓶を動かす

のは、一つずつが重たい上に中は暗く

正直とても億劫な作業だった。

ヘタにすると腰を痛めそうなくらい。

だからそれは力のある夫の仕事になる。

冷蔵庫の容器に味噌がなくなっても

夫が忙しい時など、味噌が出せない...。

 

と、いろんな意味で収納の問題が

凝縮したスペースと化していた。

 

そこで真ん中の棚を取り払ってL字型の棚に

することにした。中は湿度の調節ができた方が

いいので漆喰壁に仕上げてもらい

そこに後から夫が木の棚板を造作した。

 

結果、90cm角のスペースがやや狭くは

なったが使いやすさは格段アップした。

 

下半分は野田琺瑯の一番大きい27cm径の

容器に合わせたサイズに。上はそれより

やや低く。これで今までの半分以下の労力で

取り出すことができるようになった。

 

もう一つのパントリースペースは冷蔵庫の

横で同様のサイズだったので同じように

L字型の棚に。こちらは杉板にペンキ仕上げ。

ここは発酵食品でなく、たまにしか使わない

圧力鍋や土鍋や大きなヤカンやザルやトレイ

を置いたり、紙類、ラップ類、乾物や乾麺を

置いている。コンセントもつながるように

してあるので、精米機置き場も兼ねている。

こちらはまずは扉なしで使って見ているところ。

 

部屋の改装のついでに考えたパントリーだった

けれど、キッチンにはこういうスペースが大事

だなぁ、と使ってみてしみじみ思う。

 

ついで、といえばもう一箇所。

以前つくった洗面台の下にはやっぱり

扉があった方がいいねということで

新たに扉をつくった。取手は味噌用

パントリーとお揃いのカワジュン。

 

 

 

ちなみに洗面台はカクダイの洗面ボウル

に廃盤になる寸前で購入できた

グローエの水栓(水とお湯が別々)。

タイルは25mm角のうすーいベージュ。

写っていないけどその上に木枠の鏡。

 

この洗面ボウルはカタチはいいけど汚れが

落ちにくく将来的には作り変える可能性も

あり(しばらくは使いますが)。

 

タイルの目地材にもどうしてもカビが発生する。

今は防カビ効果のあるものもあるので

今回のコンロまわりの目地材にはカビと

油汚れに強いものを選んだ。

どのくらい効果があるのか?は

数年経たないとわかりませんが。

 

こんな感じでどこもトライ&修正が続いています。

 

 

 

 

 

キッチン改装5 パーツ

さて、ほとんどの大枠が決まり工事は着々と

進んでいた。しかしなんたってクーラーが

まだついていない中での作業。

職人さんたちには本当に頭が下がる。

 

そして次に用意するのは小さなパーツ類。

まず電気関係のコンセントやスイッチ類は

神保電気のnkシリーズ。

ここの落ち着いたデザインが好き。

コンセントやスイッチは小さな面積だけど

意外に部屋の印象をつくってくれるし

日々、触れた時に小さな満足感もある(笑)

 

一度に頼まないと日数も送料もかかるので

何度も確認するが、やっぱり諸所変更が

でて今回も2度のオーダーになる。

(前回もそうだった 笑)

 

コンセントはテーブルの下(床)と造作棚の

中にも付けた。パソコンやモバイル充電用に。

ついでに電磁波対策もして10年前から変えて

いないwi-fiも変えてリモート環境も整えた。

 

今の環境だと2人以上でZoomが使えず

お店でのカード決済にも時間がかかっていた。

変えたらスイスイ快適に・・・。

(もっと早くしろ?笑)

もちろん電磁波対策はしっかりしてます。

 

 

キッチンとダイニングのライトには調光器もつけた。

眩しいのがダメな私と暗いのがダメな夫の

折衷案的必需品。

私はキャンドルでもいいくらいだけど

夫はパーッと明るくないと見えないという。

人っていろいろ。でも蛍光灯やLEDのチカチカ系

を使わないというところでは一致しているので

まあ良しとする。

 

窓のサイズは今までの半分にして

古いサッシから木製建具に。

構造上、サッシの方が無理がなかったみたい

だけど何とか木製にしてもらうことができた。

 

窓枠をサッシにするか木製にするか。

値段はそれほど変わらないので場所によって

リクシルのペアガラスのサッシ、ナントカⅡ

(←覚えられない)か木建にしている。

 

サッシも変更前のウン十年前のものと比べると

機能も見ためも良くなっている。

ナントカⅡにしてから結露がほぼなくなった。

断熱効果、遮音効果も上がっているから

部屋の快適度が上がる。

こんなことを教えてもらえて工務店価格で

付けてもらえるのも工務店頼みのメリット。

 

一番いいのは両方のいいとこ取りである

木製サッシになるのかもしれないが

古民家にはそこまでいかないくらいが

親和性があってちょうどいい気がする。

 

ガラスは断熱効果アップのためすべて二重に。

クレセントや引き手もステンレスで統一。

 

味噌用のパントリーの扉のツマミ等はカワジュンで。

この白いパーツシリーズは以前、トイレのドアにも

使ってみてとても気に入っている。

亜鉛ダイキャストの鋳造なところがいい。

しかし注文から発送まではとても長い(泣)

そのため建具屋さんには余計に足を運んでもらう

ことになる。めんどうな施主ですみません、、。

 

でもそれでもこれしかイメージがわかない。

どうやって出合ったかというと頭の中で

「こんなのが付けたい」というイメージが生まれて

ずーっとそれを想っていた頃、たまたま京都で

入ったカフェのトイレのドアにイメージ通りの

「黒」が使われていた。

 

もしかしてカワジュン?

黒があるなら白もあるはずと思って調べた。

そうしたら Webカタログに本当にあって

心でガッツポーズ。

 

イメージするってすごい。

 ぜひこういうことを住宅パーツだけでなく人生の

もっと大きなことで生かせたらと思います(笑)

 

- - - - - - - 

 

追記

質問をいただいたのでちゃんと確認しました。

 

 

サッシはリクシルの「サーモスⅡH」

クレセントはベストの品番1591(鋳物だそうです)

引き手は宇佐美工業の「楓(かえで)」シリーズ

 

でした。

 

 

 

 

 

 

キッチン改装4 食洗機

食洗機の問題もあった。

私たちは今まで食洗機を使ったことはない。

食材を育てることから食器を洗うことまで含めて

食事のうちだと思っていた節がある。

 

でもものは試しで最初の見積もりはミーレのものを

入れて計算してもらった。しかし予算オーバー。

しかもコロナで輸入が未定という事態に。

これは縁がないのとすんなり却下。

 

その時に思ったのはミーレを導入するなら

まずは洗濯機だよ!と思った。

食洗機よりも私としては優先度が高い。

高額&高機能はそっちが先である。

それもあって食洗機はナシで計画は進めた。

 

ところがある朝「もう一回、考えたら?」という声が

聞こえた。それで再度、あれこれ調べてみると食洗機、

便利!神!のレビューが結構ある。歳をとると本当に

助かるという記事もあって気持ちが揺れる。

 

手元の見積書を見て、一列分、引き出しをやめて

食洗機を入れたとしても国産の小型のものだと

金額では5万円ほどしか変わらない。

食洗機は10年が寿命だそうなので年で割ると

一年間5千円で食器の洗濯機が導入できる。

というわけで人生初の食洗機を試してみることに。

 

しかし、ウチの家族は原始人。

初日は通電しないー!

翌日は水が出でこないー!

3度目の正直では洗剤を注入し忘れ(笑)

 

夫など終わるまで落ち着かず部屋をうろうろして

最後は「自分でやった方が早いな...」と呟く始末(笑)

いや、終わるまで待っているものじゃないよ。

きっと初めて洗濯機を使った人類の中にも

こういうタイプはいたんだろうと想像する。

 

炊飯器も電子レンジも買ったことがない人が突然、食洗機!

だったけど、それでもうっすらと便利そうなことが

わかりつつある昨今(大丈夫か?)

 

5〜6人分の小さいサイズにしたのはこれからの10年を

考えると平均3〜4人分の食器になることを想定したのと

洗いカゴを併用するのは間違いないから。

旧人類としては便利すぎるものに頼ってしまうことに

まだ少し抵抗も残っているのかも〜。

 

 

ビフォアー&アフター。

しかしまだ突き当たり正面は未完成。

コンセントむき出しなのはまだパーツが届かないから。

ペンキ塗りもあと少し。

 

床はすべて杉材。

コロナによるウッドショックで国産の木材は瀟洒に

買い占められ高騰していたようですが改装で使う

くらいの分量はあまり影響がありませんでした。

 

床にはいつもオスモフロアークリア・エクスプレス

無垢材なので何も塗らなくてもそれはそれで

味が出てくるけど、水や油を使う場所なのと

猫もいるので、ウチではほとんどの場所で塗っています。

 

 

 

 

 

 

キッチン改装3 キッチン

さて、水まわりの要であるキッチン。

そこを考えるのにも時間がかかりました。

本当にこんな時いつも誰か最適な回答を

教えて〜!と思ってしまう。

 

でも自分たちの生活の仕方や好みを

わかっているのは自分たちしかいない。

 

見た目をどんなにステキに整えても

それが果たしてフィットするかは別なんですよね、、

有能な建築家はきっとその辺り(クライアント

の生活、好みなど)を徹底的に探っていって

専門知識を織り交ぜて設計(デザイン)

していくのかな。

人の事を考えるのってきっと難しいよね。

暮らしって身体感覚と直結しているから。

 

私たちの希望はシンプルでタフな機能と

掃除のしやすさ。そして見ためはスッキリ。

ウチは家族全員が料理するし、もしかしたら

遊びに来た人も使うこともあるだろう。

だから、誰がそこに立っても馴染んで

収納もわかりやすい方がいい。

 

ということでキッチンの候補は

タニコーのステンレスのオーダー品。

店と同じマルゼンの業務用。

 

工務店おすすめのウッドワン。 

サンエイとコラボ?の無印良品、

toolbox、イケアも良いかも?

また造作という選択もある。

 

しかしコロナの影響もあり思い立ったからと

いってすぐにショールームに行けない現状が...。

1日1組限定だから予約もずっと先になる。

一方、こちらは時間の期限もあり、仕事もあり、

さらにそのほとんどが遠い場所なため

自然と選択肢は限られてくる。

 

それでも何とか見に行けたところでオールステンの

キッチンの見積もりをお願いしたら出てきたのは

改装費全体の2〜3倍という金額。

チーン・・・とそこでまた時が過ぎ(笑)

  

ちなみに当初、約18平米のダイニングキッチン全体の

改装を窓枠も含めて私たちは100万円くらいで

なんとかしたいと思っていた。

無理だろうとは思ったが、奇跡的に何かアイデアが

わいたりするかも?とか淡い期待を抱いて。

  

しかし、いろいろ考えていくと削ぎ取ったばかりに

あとあと高くつく、というのは食材選びと同じ。

大きな買い物ほど長い目で判断しなくてはいけない。

 

何しろキッチンは毎日みんなが使う場所。

小さな使いにくさも積もれば慢性的なストレスになる。

というわけで予算オーバー必須の予兆(泣笑)

結局、決まったのはウッドワンというメーカー。

 

なぜか?

施工をお願いする工務店さん経由だと定価より

格段、安くなることがわかったからです。

 

話はそれるが「移住&改装」というと予算を抑えるため、

そして「住」の自給という意味も込めて

ついつい自力で頑張ってしまう傾向がある気がする。

私たちも今までできるだけそうしてきた。

 

しかし本業にも時間を割くようになると

どうしてもオーバーワーク。

無理して体を壊したりなかなか出来上がらず

へんなストレスが家族を覆う(笑)

無理なこといくら頑張ってもいつかどこかで必ず

それは精算される。だったら最初から無理は

期間限定で終わらせるべきなのだ。

 

改修改装の規模にもよるけれど、そんなわけで

私たちは手に負えない時は工務店さんにお願いする。 

例えば、大工さん、左官さん、建具屋さん、

水道ガス、電気工事がチームで入ってくれるのは

ありがたいし、材料の調達ルートや住宅メーカーとの

繋がり。これも自分たちだけではできないことが多い。

その辺が信頼できて良心的な料金で請け負ってくれる

工務店ならばむしろ負担が減りメリットも増える。

 

私たちの工務店に望むことは

・ハウスシックの原因になる建材を使わないこと

・DIYできるところはさせてもらえること

・大手ではないこと

 

そして当然、この場所が請け負うエリアであること。

というわけで、私たちがお世話になっているのは

宇佐にあるもくせい工舎さん。

 

「自然素材の家」などというキャッチコピーには

基準がないから使ったもの勝ちなのだけど

(食品より基準が甘いようです)

ここは本気で自然素材の家づくりをしている。

家族のハウスシックがきっかけで建材の

勉強を始めたそうで仕事が「自分ごと」。

自分が困った事を追求して仕事にしている

というところが共感できる。

 

たぶんウチがより建材の素材に厳しくて(笑)

ケミカルなものを家に入れないので新築でも

改装したてでも室内がいい匂いなのがいい。

 

ウチはシナ合板を使ったりペンキを塗ったりするので

もくせい工舎基準よりちょっとジャンク気味だけど

それでも目をつぶってくれる柔軟さもあります(笑)

 

ウッドワンも無垢材を使うシステムキッチンで

もくせい工舎さんの建てる家を見にいくと

それがスタンダードで入っている。

 

以前だったらウチには立派過ぎる?と思っていたのが

時が過ぎ年齢を重ねていくうちに扱いやすさや

便利さ、掃除のしやすさ、なども取り入れても

いいのかも、と思い始めたタイミング。

 

若い時はいいんです。

手づくりでも、中古の厨房機器でも、簡易なものでも、

不便とセンスをミックスしているようなのが

楽しくてワクワクする。どんなこともしかり。

 

しかし50代、60代を迎えるときにバックパックは

もうしないよね、というのに似ているかも。

したい人もいるかもですが私たちはもう十分、

若い時にするべき経験はしてきた。

もう年齢にあった負担のない快適な暮らしにしよう。

 

ということで当初よりもリーズナブルな価格で

それが実現することになった。

おかげで金額的な問題もなんとか解決。

デザインが良いメーカーは他にあったけれど

その定価と比べるとどうしても割高になる。

  

キッチンはウッドワンに決まったものの

ここからがまた長かった。悩むこと多々。

 

そして結局、選んだのはⅡ型。

シンク+調理台とコンロを別々に2列にしたもの。

 

あらゆるカタチ(I型、L型。コの字型)を検討して

結局、今の空間にはそれがいいと落ち着いた。

これも今のところ正解。

 

コンロだけを別にするというめずらしい対面型だけど

部屋の幅の都合と、コンロの横に窓があるので

あまり閉塞感を感じなくて済む。

   

 

その頃、東京の友人から電話があった。

ちょうど仕事用のマンションの内装を考えていると

いうことでまさにシンクロニシティ!

内装話に花が咲く。

 

今回、選んだプラスドゥというガスコンロも

キッチンの通路の幅を85cmにしたのも

その時の友人のアドバイスから。

ウチには大正解でした。

 

そこでだんだんイメージが固まりだして

・シンクはステンレスのシンプルな長方形。

・シンク下はゴミ箱など置くためにオープン。

・トップはステンレスのバイブレーション仕上げ。

 これは少し金額が張るけどマットな質感と

 傷がつきにくいところが好きなので奮発する。

 

など次々、決まっていく。

 

 ・シンク下以外は引き出しに。

 

初めは扉でもいいとと思ったが(その方が安いし)

今はシステムキッチンを選ぶ9割以上の人が

収納力の多さで引き出しを選ぶそうだ。

ショールームもそのサンプルばかり。

 

で、実際、使っているところを工務店の方の家で

見せてもらいウチも引き出しにすることにした。

確かになんでも入って奥まで見れるのですごく便利。

多数派になってみて良いこともある(笑)

 

・扉の木材はパインのブラウン塗装。

 

本当はオークやメイプルが魅力的だったけど

そうするとデザインに框が入る。

あの額装のような枠だ。

 

扉にした場合はそれでもよかった。

しかし引き出しの場合、幅45cmの縦に

3つ面がくるのでちょっとトゥーマッチに感じる。

 

そこでメーカーにオークやメイプルで框なしには

できないのか問い合わせる。答えは木の反りが

生じることがあるので作っていないとのこと。

パインはそれが少ないらしい。

 

自然の木を使うということはそういうことなのね、

ということでメープルたちを諦めた。

パインは他より安いので結果コストダウン。

 

・ハンドルはステンレスのバー。

 

見た目がフラットになる彫り込みという選択も

あったがハンドルの方が使いやすそうだったのと

トップに使うステンレスと合わせたかった。

 

ウッドワンはカントリー調やアーリーアメリカン調や

古い喫茶店のような雰囲気や逆にモダンな感じや

好みによっていろいろできる。

 

がしかし、古民家&中年夫婦にファンシーは不要(笑)

とにかくすっきりシンプルに実用的にする限る。

 

 

ちなみに機種にもよると思うが

ガスコンロはネットで購入した方が安かった。

水栓もウッドワンにあるものでなく

こちらの希望のものを用意してつけてもらった。

ちなみに水栓を選ぶのもほぼ全てのメーカーの

webカタログに目を通しました。

 

コンロまわりの壁はレンガにすると掃除が不要と

聞いたのでかなり調べて海外のサイトまで見たけれど

今の家では雰囲気が重くなりそうだったので却下。

 

両親の山の家もレンガだったけれど

光が入りにくいコンロまわりは暗い印象になるのも

見ていたのでやはりタイルで正解だった。

 

タイルも貼り方によって印象が変わる。

よく見るのはレンガのように半分ずらして貼っていく

スタイル。キッチンのタイルといえば圧倒的にそれ。

しかしウチには普通に格子のような貼り方にした。

好みの問題と、やはり今の家の雰囲気で。

タイルのサイズもいろいろ検討したが結局50mmに。

 

キッチンの高さは85cm。

私たちの身長だと計算上では90cmがいいとでる。

しかし実際に作業するには85cmの方がラク。

小柄な母も使うことも考えてここは迷いなく85cmに。

これも両親の家が90cmだったので体験済み。

この辺もアタマでなく体の感覚で選んだ方がいい。

ちなみに靴を履いて使うお店は90cmです。

 

次の問題はキッチンの背面、ダイニングに向く側。

ここは造作棚にしてもらうことにした。

ウチは家族揃って細かい片付けが苦手なので

いつもダイニングテーブルの上にいろんなものが

散らかりがち。それをどうしたものか?考えて

近くに適当に置いてもスッキリ見えそうな棚が

あればいいかも知れない、と思ったのだ。

 

妄想しているだけでは伝わらないので細かい数字も

入れて絵を描いて大工さんにお願いしてできたのが

やっぱり格子のような棚。格子、好きです(笑)

 

棚の向こうがキッチン。

手前にテーブルがくる。

 

右はキッチンの外に置いている冷蔵庫横に作った

小さなパントリー。棚がL字になっている。

この中に精米機も置くようにコンセントも繋げた。

周囲がすべて杉材の場所なのでここはペンキ仕上げ。

 

工事が始まって約10日でここまで進んだ。

 

 

 

 

 

キッチン改装2 断熱と塗装

まずは今までの場所を空ける作業から。

 

これは工事前日に今あるものを片付け中の図。

とりあえず、キッチンの機能は工事期間中だけ

お店のキッチンに移動。

 

今まではタニコーの業務用のありものを組み合わせた

シンクと作業台。そこにリンナイのシンプルなコンロ。

素材の中心はステンレスでした。

 

床は数十年前に貼られたヒノキ材。

このまま使うのは古すぎるのと断熱をしていないので

冬は床から冷たい空気が登ってくるような感じだった。

なので、この際、床を剥がして断熱材も入れてもらうことに。

 

床といえば、キッチンの作業スペースには床材として

ベルギーで生まれたモールテックスというモルタルのような

見た目の素材かリノリウムにしてみたいという希望が私には

あった。しかしどの案も遠すぎて断念。

僻地は僻地のベストで行くことに(笑)

 

断熱材は天井にも入れた。天井は少し低くくなったけど

それでも250cm高はある天井なのでよしとする。

 

今までの改装でも天井・壁・床に断熱材を入れてもらう

ことで夏の暑さと冬の寒さへの耐性が格段に上がったの

を経験しているので、ここは見えない箇所だけど外せない。

歳をとるほど厳しい暑さ寒さは堪えます(笑)

そしてこうしておくと冷暖房費もかなり下がる。

 

あと天井と壁の一部はペンキを塗るので、木材の等級を

下げてもらった。それでも工務店さんの在庫のおかげで

B級品といえど節のまったくない高級な材木でペンキが

下地なしでもきれいに塗ることができた。節があると

ヤニが発生するので、そのままだとペンキが滲むよう

な見た目になる。それを避けたいときには一度、

ヤニ留めになる下地材に塗らなければならないのだけど、

これが木材の呼吸を止めているようで気の毒になる。

古い木ならともかく新しい木はまだまだ変化する。

 

ペンキはいつもカラーワークスの扱うFALLOW&BALL。

材料も安心な上に発色の美しさがすばらしい。

絶対、好きな色が見つかる。

そして匂いまで美味しそうな匂いがする(笑)

場所によってはHipというペンキもよくて

Hipはとにかく色数が多くて塗りやすいのが魅力。

 

FALLOW &BALLとHipはこの10年何回お世話に

なったかわからないほど改装には欠かせない。

おかげで色では迷うことはあってもペンキで

悩むことはない。外にはオスモやアサヒを使いますが

内装の天井と壁などはすべてこの2つです。

 

私たちが改装をお願いしているもくせい工舎さんは

本気で自然素材だけで家をつくっているところなので

本来はペンキですらご法度かもしれないところを

こちらの希望でムリに?使ってしまっていることも

あってできるだけに木に優しいものでという点でも

罪悪感なく使えます(笑)

 

今回塗るのは主に天井なので塗りやすさを優先したい

という夫の希望でHipに。以前トイレの壁に使った

Natural echoという色がストライクだったけれど

今回は食事する場所なので白でも少し赤みを含んだ

Apple peelという色を選んでみました。

この時点では夫も塗り直し(色の変更)を覚悟して

いたそうで、サンプルと実際の場所に塗ってみた時

に光の入り方や面積でイメージと変わることが時々

あるんですよね(苦笑)でも今回は大丈夫でした!

見た目が重かった大きな梁も白くなってスッキリ。

 

 

今回、壁のほとんど漆喰です。これが本当にいい!

湿度調節ができるという日本の風土にあっているうえ

何といっても質感が最高。

 

最近は漆喰といっても食材と同じで本物は少なく

漆喰もどきも多いようです。

その中で素材への信頼も含めて日田の原田左研さんの

仕事ぶりにはいつも惚れ惚れ。

 

今回はタイル貼りもお願いして格段きれいな仕上がりに!

 

 

 

 

 

キッチン改装

2ヶ月前に始まった改装計画のその後です。

 

10年前に福岡に移住してから私たちは改装を数回に

わけてしてきた。最初はお店をつくり壊れた風呂場を

含む一帯を修繕し、次は駐車場とお店の前のスペース

(石垣がたいへんだった!)、そしてイベントルーム。

それからお店の一部の改装と小屋作り、倉庫を含む一帯。

その間で家の倉庫や物干し場もつくった。

いや〜、書き出しただけでも2度と同じことはできない。

 

いろいろな意味でたいへんだけど、その度に自分たちの

居場所が整っていく愉しみは何モノにも変えがたくもある。

住む場所はメンタルにも健康にもダイレクトに影響する!

 

若い頃は家など建ててしまったらその場所に縛られて

しまうという恐怖心にも似た気持ちがあって、いつでも

好きなところに行ける自由の方がはるかに魅力的だった

のに人も変わるものである。

 

しかし、設計やデザインや内装といったことを素人が

考えるときに役に立ったのは、その自由だった頃に

住んだり泊まったり借りたりした風景と経験だった。

自分(たち)は何が好きで、どんな暮らしをしたいのか

の取捨選択のところであまり迷うことがない。

 

で、今回は最後の課題だった?キッチンとダイニング

合わせて18平米ほどの場所を改装することになった。

 

後手後手になったのは、10年住んでもアイデアが

まとまらなかったから。しかしもう崩壊間近の限界が

きていた。そして今、造らないとこの家族で料理して

食事するというチャンスはこれから減っていく一方と

いう事情も背中を押す。

 

本気で考え始めて資料を集め始めたのが4〜5月。

イメージ図を描き始めたのが6月。着工が7月1日。

その頃はもう朝起きると首と肩に鉄の塊が重くのし

かかっているような感覚で目が覚める日々。

実際は何も乗っかっていないのに心の状態は本当に

体に如実に反映するという見本のよう。

 

段取りの中で考えて、手配して、決断して、現場で

起こる予想外のことに対応して、、。もちろん実際

には工務店の人が統括してくれて、職人さんがして

くれているんだけれども、使うのは自分たちなので

「こういうふうにして欲しい」というのを伝えて

判断してという作業は思いのほかエネルギーを使う。

いや、基本は楽しいことなんだけど。

 

そして今やっと9割が終わった。

 

最近は気持ちよく空を飛んでいる夢が増えた。

朝から感じる鉄のような重りもいつの間にか消えた。

そして知らない人のインスタの家づくりアカウント

なんかを他人事のように楽しく見たりしている。

 

 

そしてわかったのは、古い家の改装は制約が多くて

好きにできないことも多いけど、逆にイチから建てる

と選択肢が多すぎてもっと大変かも、ということ。

 

人生も似ている。

ある程度、制約があった方が楽なところがある。

というわけで、次はキッチンダイニングの改装で

参考になるかわからないけど私たちのやって

良かったことなど、続きます。

 

雨が続きそうなので晴耕雨読でなく晴耕雨書。 

 

 

 

 

 

  

オーガニックって?

ここでお店を始めるときにイメージを伝えたら

「オーガニック・ライフ・ストア」というタイトルを

考えてくれたのは名コピーライター(笑)の友人でした。

 

ではオーガニックとはなんだろう?とあらためて考えると

Organic の語源はOrgan(生物の器官)からきている。

生物の器官とはつまり人や動物なら頭、手足、内臓など、

植物なら根、茎、花、葉、実など組織を構成する要素である。

 

要するにオーガニックとはそういった器官が集まって

機能している有り様、ということになる。

ということで日本語では

機能を有する=「有機」と訳される。

 

では機能している、とはどういう状態だろうか?

まずは固定されたものではなく、

活動している動的なイメージが浮かぶと思う。

常に命が循環していることにもつながるような。

 

器官(パーツ)が集まることで化学反応が起き

そこで調和のとれた生命活動が行われている状態。

命が宿る、命をつなげる関係性。

そんなふうに理解している。

 

具体的には今、お店で販売している野菜も私たちが

毎日食べているお米や野菜も、太陽、空気、水、草、

虫、菌をすべて生かした農法で育ったものだ。

 

そういったものが体に入るものの8〜9割で保たれると

15年患ったアトピーが消え、気持ちも安定した。

不妊症という診断もどこかへ行ってしまい

またガンになってもすぐ治る(!)

 

アレルギーや病気の症状は自然との関係性が

機能していない結果、生じていることが多い。

宇宙全体を構成している一つ一つのパーツとして

機能不全に陥っているよ、というメッセージ。

 

自然の産物である命の働きは、人間の都合で

抵抗しようとしても限界があり、やはり自然の摂理に

沿っていないと問題が出てくるのです。

 

オーガニックに生きていると状態をひと言で

言い表すとしたら自分も大きな自然の中の一部として

機能しているような、もっと大きくいえば宇宙の

一器官になれたような感覚。そんなふうに

「有機」は相似形のように呼応して実現する。

  

農業の例でいえば化学肥料や農薬を使うと菌や虫や

草は死んでしまう。それは本来の作物(命)が

育つための、栄養を含むためのチャンスを絶って

しまうことにつながる。深く見ればそれぞれの

存在意義がじつはあるということを無視している。

 

化学肥料や農薬を作る工場は、戦争になった時には

化学兵器を作る工場になる。だから国策としては

決してなくさず戦争のない間には敵国ではなく

自国の農地の敵(虫、草、菌)を殺し都合の

いいものだけを育てるようなものを製造する。

 

化学肥料や農薬にはそういうエネルギーが宿っている。

そういうエネルギーが口から入ることになる。

 

作物は一見同じように見えてもエネルギーとしては

まったく逆のものになり、命の循環は目で見ることは

できなくてもそうやって心身の上にちゃんと現れる。

 

やつけるべき「敵」が想定されているエネルギーが

体に入れば「敵」がいるというマインドも作りやすい。

そして「敵」を恐れるマインドがあれば

コントロールもされやすい。

 

本当はすべての命にはそれぞれ意味があって存在している。

その「意味」を考える習慣をつけることが有機的に

生きることの入口になるのです。

 

わからないから、邪魔だから、と遮断ばかりしていると

だんだん生命力は弱っていく。他の命を殺すということは

最後は自分を殺すことにつながっていく。本来、命と命は

関係性が機能して初めて本来の力が発揮できるようにできている。

 

食べるものだけでなく、肌につけるもの、身の回りで使うもの

もできるだけ素材も人もメーカーも会社も風通しのいい

関係性のいいものにすることが「オーガニック・ライフ・ストア」

の仕事でもあると思っています。

 

 

 

 

 

 

分断を乗り越えて

ワクチンを打つ人と打たない人の分裂が始まっている

ような気がする今日この頃。

 

打つ人にとっては

・感染することが心配

・仲間外れにされることが心配

・仕事を休んだり人にうつしたりしたら迷惑がかかる

・ワクチンパスポートが発行されたら行きたいところ

 にもいけなくなってしまう

・ワクチンを打てばマスクしなくても行動できる

⇒ ワクチンで集団免疫をつけてコロナに勝つんだ!

などの理由があるだろうし

 

打たない人にとっては

・まだ治験中なワクチンを打ちたくない

・副作用のリスクが高すぎる

・政府やマスコミのいうことが信じられない

・コロナはそんなにに怖い感染症でない

・かかってもそれで免疫をつけれるから

⇒ 元気な人から感染して集団免疫をつければいい!

などの思いがあるだろう。

 

でも、そこで敵と味方みたいな分裂をしていたら

それこそウィルスvsワクチンの構図と同じこと。

私たちが本当に打ち克たなくてはならない相手は

家族や友だちや仕事仲間ではない。

 

罪を憎んで人を憎まず、というか、表面的な判断で

お互いすべてを否定することはないと思う。

 

コロナというウィルスがもし人為的なものだったとしても

それをここまで大きく扱われてしまった原因を考えたとき

国やマスコミがいくら騒ぎてても、もし誰も怖がらず

誰もテレビを観なかったら?新聞も読まなかったら?

または、それぞれが自分で調べてウィルスについて、

この世界の仕組みについて把握していたら?

誰もマスクを強要しない社会だったら?

営業するorしないも自由で誰も咎めなかったら?

死生観をしっかり持っていたなら?

きっとこんな大騒ぎににはなっていないだろう。

 

だから国やマスコミの情報がチャッカマンだとしたら

私たちの無知や恐怖心や怯えが燃料なのだ。

 

 

ワクチンを打つ人はその「経験」を選んだ人だ。

 

私たちの中からその経験を代表して請け負ってくれた人。

逆に打たない人もその決断を試みている人。

どっちも「一つの経験を選んだ人」には変わりがない。

 

いろいろな経験を通してでしか

どうも私たちは賢くなれないものらしい。

 

だから手分けして「経験」して共有の潜在意識に

フィードバックしてより良い判断を学んでいく。

今はその過程にある。

だからあまり感情を持っていかれないようにしっかり

それぞれの経験を味わって自分が倒れない程度に

まわりの人と助け合って生きていくしかない。

 

自分と違う選択をした人に対して批判的になり過ぎたり

説得しようとしたり感情的になっていいことは何もない。

その態度が次の敵を生んでしまうことになりかねない。

その分断の罠にだけははまらないように注意しながら

日々を過ごしたいものです。

 

コロナやオリンピックなど与えられた恐怖や楽しみ、

興奮からいつでも卒業できるように、自分たちで

あたらしい生活、世界を少しずつ作っていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

頭はクールに

早いもので今年も1年の半分が終わります。

おくなが屋もおかげさまでOPEN10年目に入りました。

 

10年前は原発事故の直後で「放射能は安全」と

盛んに御用学者がマスコミを通じて言っていた頃。

10年後、今度はまた別の御用学者や国会議員、

キャスターやコメンテーターが「コロナは危険」

「だからワクチンを打て」と訴えています。

 フツーに考えたら逆じゃないかと思いますが(笑)。

 

ちゃんと調べたら誰にどのくらいのお金が支払われているか、

わかってしまう情報化社会の中で、ほんとうに恥ずかしい

有り様ですが、それでも国やマスコミのいうことに

間違いはないと信じ込んでいる人たちにとっては

今でも放射能は安全でコロナは危険なのでしょう。

 

放送局や大手IT企業などはほぼすべて資本家にジャック

されているので、彼らの目論む世界の実現のため

SNSなどで都合の悪い真実を書けばAIのチェックで

消される世の中。情報の受け取り方と立場などによって

世界はどんどん二極化が進んでいるように見えます。

 

その狭間で歯痒い思いや葛藤を抱いている人も

多いと思いますが、そんな時にはあまり感情に

左右されない「非情」になる練習をしておく。

 

非情は薄情や無情と違います。

ハートには情があっても、頭はクールにしておく。

 

これからの世の中はもう自ら救う者が救われる世の中。

自分で調べて考えて判断することがほんとうに大事。

大きい情報よりも小さなところにある真実に触れましょう。

 

直感を研ぎ澄ませるためにもできるだけオーガニックな生活を。

 

Organic:有機的な、組織的な、相互関連的な、持続可能な

逆は無機的(生命の感じられない様)、バラバラな、

持続不可能な、と置き換えてもいい。

 

オーガニックの先にはネイチャー(自然の理)があります。

そこと繋がることができたなら、葛藤や恐れを

必要以上に持つことはなくなります。

 

 

 

 

 

 

古民家改装

最近また改装のための妄想をしている。

今、住んでいる夫の実家はいわゆる古民家になるのか?

戦後すぐに建てられた家でアンティーク化したところに

義父母が建て増しした部分もあって、住み始めた当時、

私たちは完全に間借りしているような感覚だった。

 

それを少しずつ部分的に改装しながら自分たちの暮らし方に

合うように手を加えてきた。よく雑誌で「田舎の古民家に

住む」みたいな特集があるが、実際は簡単ではない。

 

時間も資金もセンスも想像力も優れた職人さんもすべて

たっぷりあったら、すんなりいく話なのかもしれないが、

現実は仕事や日常の暮らしもしながら資金もセンスも

想像力も(この辺は生活の経験値が必要)

絞り出しながらしているのが実情。

 

なんでも一通り揃っている街と違い、何もかも

(人も部材も施工例も)少ない場所でどこまで

できるかというゲームをしているようでもある。

 

田舎に来て「衣食住医の自給」を目指した生活をしたい

と思ったけど改装作業は、その中の「住」の自給。

 

この10 年で夫は小屋くらいなら作れるようになり

私も板を張るとかペンキを塗ったりできるようなったから

少しずつそれが叶っている。しかし、この家族のなかの

役割分担ではどうしても私が設計&内装担当。

責任があるので考え出すと夢の中でも考えている。

 

参考になりそうな本や雑誌を見ても、そのまま使えるもの

など当然ない。漆器の職人が過去の名作の写しをする時、

そのままでなく、その本質を写すようにするということを

読んだことがあるけど、それにちょっと似ているのかも。

 

そのままだとたいがい自分たちには馴染まないけど

なぜこれが良いと感じるのか?をじっくり探って、その

エッセンスを制約だらけの改装現場に落とす方法を考える。

 

でも最近わかってきたのは完璧に格好いいものとか

高層マンションからの絶景とか、そういうものは

自分はまったく求めていないということ。

 

完璧ってかわいくないし高層マンションは落ち着かない。

人は自分の足で登れる高さまでで住んだ方がいい気がする。

土になるべく近く湧き水(井戸水でもいい)が飲めて

畑や果樹があって、樹木が地植えできて、そして

甘えのない手作りの跡が残っているような家が好き。

古民家を改装して住むのは10 年越しのプロジェクトです。

 

 

 

 

 

 

子どもにマスクは不要

成長期の子どもたちがこんなに長い期間にわたって

マスクを義務付けられているのは本当に危険だと

各国の専門家からも声が上がっています。

でもそういうことは報道されない。

 

ちなみに厚生労働省のHPはテレビよりもずっと

冷静です。コロナが騒がれ始めて1年半。

10代以下は重症化も死亡した人もいまだに0人です。

子どもから高齢者への感染例もありません。

 

 

もう子どもたちにマスクをさせるのをやめませんか。

成長期の脳に酸素が必要です。

そしてその時期の酸素不足は

大人になってからでは補えないのです。

大人でも深い呼吸ができなければ免疫力が落ちます。

しかもマスクの方が菌はたくさん溜まる

(それで免疫力を鍛えてる?笑)

 

身体的以外にも精神的なリスクもあります。

お互い表情が見えにくい。

向かい合う事すら禁止されているので

友だち同士の交流も不足する。

孤立感が増しますよね。

おかしくなって当然です。

友だちとの付き合いを学ぶ時期に

こんな状況を社会から

強いられている子どもたちが本当にかわいそう。

 

 

海外ではコロナの統計自体が怪しいと

半数ほどの人が気づいているという統計もあるそうで、

 

ーそもそもPCR検査はコロナのためにできたものではないこと

ー陽性だからといって必ず発症するわけでもないこと

ー死亡診断書の記入前にPCR検査をして(あるいはしなくても)

 陽性であれば他に原因があっても死因は「新型コロナ」と

 書くような指導があること

 

それで海外ではあちこちでデモが行われていますが

なぜか日本ではほとんど報道されません。

 

大人は自分で情報を集め自己責任で自由にすればいい。

でも子どもは親や学校の言うことを聞かなければならない分

とても不自由です。

 

子どもにマスクをしない自由を!

 

せめてマスクをしていない子どもを注意したり

へんな目で見る大人にならないよう。

それよりは普段の食事や生活の中で免疫力をあげることです。

 

・本物の調味料・油を使うこと

・食材選びは化学肥料・農薬・添加物・遺伝子組換えを避けること

・加工品・白砂糖もできるだけ避けること

・十分な睡眠

・楽しいことをすること

・自然素材の服を選ぶこと

・でもあまり決まりにとらわれすぎない(抑圧しすぎない)こと

 

 

こちらでは署名や寄付もできます。

 

 

 

 

 

 

問われているもの

ワクチンについての質問をよく受けます。

しかし、そもそも99.9%以上の日本人は

コロナが原因で亡くなったりしていないのに

そこで悩む理由はなんなのか?

まずはそこを考えた方がいいのでは。

 

0.1%未満の可能性で考えたら世の中には

コロナ以上に気をつけなければならないこと

ばっかりです。癌だって2人に1人の時代です。

 

厚労省は「新型コロナがあるという科学的根拠は

ないけれどあるものとして扱っている」そうです。

なんて、あやふや!笑

 

というか、マスコミとの温度差がすごい。

マスコミは何にコントロールされているのか

調べてみるといろんなことがわかります。

情報源をあちこちに持つことが今はとても大切。

 

PCR検査はコロナのために作られたわけではないし

検査方法は高確率でコロナ感染が見つかるように

設定されているのです。

 

しかも陽性=症状発生では決してありません。

菌やウィルスなどどこにでも誰にでもあって

それが悪さをするかしないかは

その人の体質と免疫力を含む土壌の問題であって

マスクや消毒の有無以上にそこで結果が変わるのは

少し考えれば当然わかる話。

 

気をつけるポイント(重心)が本当におかしい。

むしろマスクや消毒の有害性を問えない社会は

何かが麻痺していると思います。

 

 

あとは心の奥にある「恐れ」?

それが社会の雰囲気とともに立ち上ってきて

支配されてしまっているのかも知れません。

 

ワクチンを打たないと感染が怖い。

感染者が出たと言われるのが怖い。

人から非難されるのが怖い。

海外に行けなくなるかも知れないのが怖い。

でも打つのも副作用が怖い。

 

心に「恐れ」があると何でも怖くなります。

であれば、まずはそこが治癒されるべきところ。

 

 

もう一つの原因として 

日本の学校では自分で考える練習をほとんどしません。

人に「素直に」従う生徒を一生懸命に育てる。

そんな教育を何年も私たちは受けてきているので

自分の意見を人前で表すことに慣れていないのです。

 

波風立てず、権威には逆らわず、みんなが笑うときに笑い、

自分を下げて人と付き合うことが無難なんだよ、と。

そこに反する行動はなんだか理由はわからないけど

してはいけないことだと空気で教えられる。

 

それは日本で生きる手段なのかも知れませんが

時と場合によって使い分けできないと命や人生までも

奪われることに気づかないとダメです。

 

たとえ今、人にとやかく言われても自分が納得したことを

静かに貫いていれば共感してくれる人は必ずいます。

焦らないことです。

 

義務ばかり叩き込まれ、権利について学ぶ機会もなく

だから「人権」という概念もない。自分にも学校にも

職場にも政府にも人権意識が抜けているまま

上の方で何かが決められ、それに従ってばかりいる。

だから自己評価もいつまでも低いまま。

 

失敗を恐れず、まずは自分の頭とハートで考えてみましょう。

失敗しちゃいけないというのも間違った教育の成果です。

失敗のない人生なんてあり得ないじゃないですか。

 

批判を避けてばかりだからいつまでも何かに怯え自信が持てない。

自信が持てないから人に正解だけを尋ねたり権力に従ってしまう。

 

ワクチンをどうするか?という問題はさりげなく

健康観や人生観や価値観まで問われているのです。

 

 

 

 

 

 

なんでも断片で判断しない

去年もうさんざんコロナについて書いたから

もうお腹いっぱいだったのが

今度はワクチンについての話題が忙しい。

 

いろいろなところからの情報と自分の知識を

合わせてそれぞれが判断していくことだけど

今回の場合は遺伝子組換えの物質を筋肉に入れる

という人類史上初の人体実験的なワクチンなので

知識よりもむしろ動物的勘を働かせる方が大事かも。

 

一度、打ったらもうキャンセルの方法は

用意されていないワクチン...。

 

ホメオパスの間では副作用に対応するレメディの

共有があちこちで行われていますが、これとて

ワクチンを打つこと(事前に症状を抑圧させる)

を選んだ人が副作用が出たからといってすぐに

今度はホメオパシーを選ぶことってあるのかな?

(あってもすごく少ない気がする)と思うので

やはり事前に落ち着いてよく考えておくこと

転ばぬ先の杖的なことが大切と思います。

 

 

そんな時、極めつけの情報が入ってきて本当!?

と思っていたら次々、そのYoutubeやFacebookが

消されているので、本物の証かも知れない

ギァート・ヴァンデン・ボッシュ博士のインタビュー。

 

今まで大きな製薬会社の要請でワクチンを

開発しまくっていた世界的なワクチンの権威である

ギャート博士が突然、警告を鳴らし始めた。

 

きっとここに挙げてもまた消されるので

興味のある方は一つの情報として

検索してみてください。

 

彼は今回のワクチンは本当にやばいよ!

元来の免疫システムを永久に破壊しちゃうんだ!

ボクは感情的になっているかも知れない

でもこれを伝えないと人類が近い将来に

とんでもないことになてしまうんだ!

ということを訴えています。

 

立場的に今更さらなぜ?という疑問も残るけど

ワクチン推進派の中でもいろいろあるのでしょう。

 

しかも、打った人の近くにいるだけでその影響も

受けてしまうらしい。どんだけ怖いの?

 

ワクチンにも内容物によって千差万別なので

ワクチンに対する答えは一つではないし

誰かに答えを求めるものでもないので

自分で考えるしかない。

 

究極は、自然に死にたいか?

それとも人工的に死にたいか?

いや、もっとうまいまとめ方もあるかも知れない。

 

今、K型経済(コロナ対策の影響で業績にいい会社と

悪い会社と二分化されている)とか裕福層は資産を

20%増やし貧困層はさらに貧困になったなどと

「経済」面ばかり話題になるけど、それよりも

人々の健康観や自然観こそK型になっていること

の方がずっと気になる今日この頃。

 

編集された報道に煽られてとか、職場の都合でとか、

そういう断片でなく、どんなことでもそうですが

なるべく大局をよく見て判断したいものです。

 

 

 

 

 

 

働き方

働き方改革などという言葉が出てくる前から

ずっと働き方について考えてきた。

 

シゴトを選ぶことで経済的な生活レベルも

ライフスタイルもほぼ決まる。

同時に人生時間の多くを占める自己表現でもあり

シゴトを選ぶことで自ずからいろいろなことが

決まっていく。

 

だからといって若い時から考えていたわけでは

なく、いろいろなシゴトを経験するうちに

わかってきたことなんですが。

 

わたしにとってシゴトを考えるうえで

一番大事なのは収入の多さでも、世間映えでもなく

どれだけ自由に生きられるか?ということ。

安定は2に次、3の次。

 

自由というのは人に決められるのではなく

自分でハンドルもアクセルもブレーキも

操作できるみたいなこと。

 

そして食べたいものが食べれて行きたいところに行けて

読みたい本が買えて吸収したいことがあれば対価を払えて

必要なものが買えて家族が養えて、友だちと楽しい時間が

過ごせて、たまに思うところに寄付もできて

という暮らしがついてきてくれたらベスト。

 

 

避けたいことは収入のために不本意な仕事をすること。

自分の技術や能力が人や動物や土壌を傷つけたり

汚したりする方向に(知らぬ間に)使われること。

 

「真の文明は山を荒さず 川を荒さず

村を破らず 人を殺さざるべし」といった

100年前の田中正造すごいと思う。

 

人間が生きている限りそんなのは無理だなどと諦めず

その方向のひとしずくの何万分の一でも良いから

参加できるようになりたい。

そのためにいろんなことを考える。

考えるということは一度、疑ってみるということ。

だから行動までにいろいろ時間がかかる。

 

SDGsとかプラスティックフリーとかオクナガさんは

絶対、賛同するでしょということも余計に考える。

そこだけ見れば間違っていないかも知れないけれど

全体で見たら怪しいことがこの世の中にはいっぱいある。

 

口当たりのいいスローガンに乗らなくてもいいのも

わたしにとっては自由のうちなのだ。

 

 

 

 

 

 

セッションFAQ

前の記事の続きです。

セッション前によくある質問をまとめました。

 

 

Q ホメオパシーを知らない人でも受けられますか?

 

ホメオパシーは自己治癒をパワフルにサポートするものです。

自ら治りたいという気持ちがある方であれば

とくに専門的な知識はなくても大丈夫です。

 

ホメオパシーは病院へ行ってなんとかしてもらうのと少し違って

「よし!自分の治癒力を目覚めさせてよくなっていこう」と

するものです。一方でふつうに病院へ向かう時にはお医者さんに

任せる気持ちが大きいと思います。救急の時、検査が必要な時など

もちろん、それが必要な時もあります。

しかし病気というのは自ら招いている側面が必ずあります。

そこをあまり直視したくないという時にはまだホメオパシーの

セッションを受けるタイミングではないかも知れません。

自分の中から治したいーその気持ちがあることがポイントです!

ホメオパスはあくまで、その人の治癒力を引き出すサポート役です。

 

 

Q 病院で処方される薬や漢方薬をとっていても受けられますか?

 

病院で処方される薬や漢方薬は目に見える症状にアプローチして

いますが、ホメオパシーでは心身のエネルギーにアプローチします。

性質の違うものなのでバッティングの心配はありません。

 

レメディの処方では、その人が今その薬に支えられているというところも

加味して診るため、最初はクスリに支えられていてもホメオパシーを

続けるうちに薬を減らせたという方はとても多いです。

今その薬が必要であれば無理にやめる必要はありません。

 

自然療法、温熱療法、鍼灸、整体などはホメオパシーと

親和性が高いため、上手に組み合わせることによって

いい効果が生まれやすくなります。

  

 

Q とくに困っていることがなくても受けられますか?

 

東洋医学で「未病」と呼ばれる状態、まだ症状は出ていないけれど

予防しておきたいという方、これからの人生を元気に生きていくため

自然治癒力を活性化しておきたいという場合にはおすすめです。

  

 

Q ホメオパシーはどんな人のどんな症状に向いていますか?

 

レメディは病名に対して処方されるクスリとは違い

その人の自然治癒力を活性化するために処方されるため

身体、精神のどんな症状にも作用します。

 

不安、さまざまな恐怖症、拒食症、過食症、不定愁訴、生理

不妊の問題、更年期症状、人間関係の問題、各内臓の問題、

皮膚症状、関節筋肉の症状、不眠症など。

 

赤ちゃんや妊婦さん、ペットから高齢の方、プロスポーツ選手、

そして人生の終わりのターミナルケアにも使われています。

 

急性的な症状には即効性もありますが

慢性的な症状には少し長いスパンで取り組みます。

 

 

 

Q 受けて欲しい人がいるのですが?

 

ご家族や知り合いに受けさせたい!という声はとても多いです。

ただ冒頭でも書いた通り「自ら治りたい」という気持ち(と覚悟?)

が揃った時がタイミングです。

 

提案してみてもダメな時は諦めましょう。

むしろ、そう感じているご本人がまず受けることをお勧めします。

そうすると、なぜ他人のことがそこまで気になっていたか?という

ところも含めて作用するので、その結果、受けて欲しかった人にも

なんらかも作用が及ぶことがあります(不思議ですが)。

 

赤ちゃんや子どものケースも、まず根本から考えてみてまずは親が

受けた方が良い結果を招くことが多いです。ペットも同様と思います。

 

 

 

Q 費用と回数はどれくらいかかりますか?

  

クラシカルホメオパシーの場合は初回2〜3万円、

2回目以降1〜1万5千円が相場で、この金額は

ヨーロッパやアメリカも同様です。

 

数千種類あるレメディの中からその人にもっとも相応しいレメディを

たった1つ選ぶという技術のためにホメオパスは多くの時間と

コストをかけ勉強と経験を積んでいます。

そこから得られる体感を考えれば決して高くはないと思いますが

日本では健康保険の適用外になるため全額自己負担になります。

 ちなみに一般の病院では初診288点(28800円)なので

ほぼ同額ですが、こちらは保険がきくので直接的に払わない分

安く?感じられるかも知れません。

(でも収入に応じて間接的に前払いしているのですが...)

 

 

 

Q 自分のレメディは教えてもらえますか?

 

ホメオパスによって違いますが、処方時には先入観なしで摂って

心身の状態を観察していただきたいのでお伝えしないのが私の

方針です。主訴が改善して「もう何が起こってもなんとかなる!」

と思えたら卒業のタイミングなので、その時にご希望の方には

お伝えしています。

 

自分のレメディがわかるととても喜んでくれる方が多く私自身もそうでした。

この宇宙に自分を深く癒すものが存在しているなんて嬉しいですよね。

実際、自分の根本レメディを知っているというのは心強いですし

なんとなく不調だな、と感じた時には1粒とれば、そこで再び

自己治癒力が刺激されるので健康維持にもつながります。

 

 

 

Q その場所に行かなくても受けることはできますか?

 

これもホメオパスによって違いますが、私は初回は来ていただく

ようにお願いしています。それは全体の雰囲気、エネルギーを

感じることもレメディ選択の情報になるからです。

2回目以降はスカイプでもお受けします。

ただ、ケースににもよりますので詳細はお問合せください。

 

  

 

Q 食事制限などもありますか?

 

もし何かやめられない嗜好品や中毒などがあればそれも症状の1つ。

それがやめられたら苦労しないよ、ってものです、笑。

ふさわしいレメディが作用した時にはそういったものに対して

冷静になれた、距離を置けるようになることはとても多いので

まずはレメディの作用に任せてみようでいいと思います。

セッション中には食養の提案をすることもありますが

気乗りしない場合は忘れていただいて結構です。

 

ただし、レメディを摂っている間は作用がキャンセルされる

コーヒー、ミント、強いスパイス類は控えていただきます。

 

  

 

Q 好転反応が怖いのですが?

 

あまり激しく作用しそうなレメディの処方は避けていますが

それでも実際に摂ってみて、あまりに辛い場合は作用を消す

レメディかコーヒー等で一度キャンセルすることもできます。

 

しかし多くの場合は、眠気、夢、頭痛、目ヤニ、鼻水、下痢など

1〜2日で終わることがほとんどです。しかもその感覚は

長い間の便秘が解消したのにも似て爽快感が伴いますので

むしろ好転反応を楽しみにしている方もいます。

 

たまにセッションを受けること自体が怖いという方もいらっしゃって

自分がどう変わるのか?そしてそれを果たして受け入れられるのか?

というところだと思いますが、ホメオパシーは本来の自分にないものに

変化させるものではなく、本来の健康な自分に戻そうとするものです。

 

レメディ(remedy)= re(戻る)+ medy(=midi:真ん中)

 

逸脱しているエネルギー(症状)に根本的なところから

戻って行く力を与えるのがレメディの役割です。

 

それでも「怖い!」と感じる場合は

気持ちが熟すのを待つのも大切かと思います。

 

 

 

Q 申し込み方法は? 

 

お店で声をかけていただくか、お問合せからお願いします。

現在はご紹介のある方か、お店のお客さまに限らせていただいています。

詳細、ご不明点はお問合せください。

 

 

 

 

セッションって?

ホメオパシーの個人セッションについて知りたい!

という声をいただくので少し書きます。

 

「セッション」のニュアンスが伝わる

日本語ってあるのかな?要は健康相談です。

カウンセリングとは少し違います。

確かヒプノセラピーでもセッションって言いますね。

辞書を見ると「立ち合い」「会議」とか出ています。

 

私にとっては「その時間その人と向き合う」こと。

そんな感覚でしています。

ホメオパシーでのセッションでは

初回は平均2時間くらいお話を伺います。

 

今一番困っている症状(主訴)について

・いつからか

・どんな感覚か

・気持ちはどんなふうか

その他、付随している症状について

性格、気になること

好きな季節、食べもの

仕事や人間関係

小さな頃からの出来事など

 

その答えから、その人がどんな時にどんな反応を

示しやすいか?ということを探っていきます。

 

ふつうの病院へ行くと、主訴から病名が決まって

その病名に従って標準治療というものがありますが

ホメオパシーでは病名はあまり重要視しません。

(でも症状は大切な情報になります)

 

いざとなった時にその人のエネルギーがどんなふうに

流れるか?ということの方が大切です。

 

人は誰でも持って生まれた性質や、遺伝や習慣、過去の

出来事などによって固有のエネルギーを発しています。

 

病気を治す、という目的は同じかもしれませんが

大事なのは主訴になる病気だけでなく、それを

生み出している(べつの言い方だと引き寄せている)

固有のエネルギー。そのエネルギーにもっとも類似した

エネルギーのレメディを提案するために行うのが

セッションです。

 

同じホメオパシーでも過去の出来事に焦点をあてたり

悪い臓器の浄化をしたり、手法がいくつかあり

その全部に対してドバッと(笑)レメディが

提案されたりすることもあるようですが

クラシカルホメオパシーでは、一回に1種類と

最小投与の原則を守った方法で進めます。

 

1つの病気を、ではなく、その人のまるごと癒す。

 

なので、湿疹の薬を使っていたら喘息になったとか

喘息の薬を使ったら次は癌ができたとか

病気を中へ中へ押し込むことの逆になります。

 

レメディを摂った後はその人の奥にある問題が残って

いれば、それが症状として外側に出てきます。

 

「好転反応」とも呼ばれるもので、根本から治って

いく過程では冷えとり等でもいわれるものです。

 

眠気が続いたり、変わった夢をみたり、頭痛がしたり、

目ヤニが出たり、鼻水が出たり、下痢になったり。

まったくないこともありますが、よく観察していると

たいていは何か気づくことがあると思います。

 

そして1〜2ヶ月経つと(レメディが合っていれば)

主訴だったものだけでなく、ここでも変化は心身全体に

感じることになります。そういえば以前はこうだった

のに気がついたら、それがなくなっていた etc.

 

その結果をざっくりいえば、とてもラクになります。

どこか無駄にかかっていたテンションがなくなるので

心身ともに逸脱していたものが調整されるからです。

 

ものの感じ方や見方、判断にも変化を感じるでしょう。

 何か起こっていた困りごと(病気の症状や人間関係、

よく遭遇する出来事など)の原因は外側にあったので

はなく、自分の内側にあったことに気づいたという

感想もよくあります。

 

不思議ですか?

不思議ですよね。

 

でも本当にこういうことがふつうに起きます。

この体験は深く美しく鮮やかでいつも感動します。

私はここに魅せられてホメオパシーから

離れられなくなりました。

 

その人の生命エネルギーに力強く作用するので

その人らしく自由でシンプルに生きられるようになり

外側で何が起こったとしても「まあ、なんとかなる」と

自分(運命)を信頼できるようになるでしょう。

 

あともう一つへんなことを言わせてもらうと(笑)

オーラが澄んでくるというか、全体の雰囲気にくすみが

なくなる。オーラというのは生命エネルギー

(専門用語ではバイタルフォースといいます)

からきているんだと最近、感じています。

 

そんな不思議な癒しの世界の入口がセッションとして

その人と向き合う時間なのだと思っています。

 

 

 

 

 

洗濯洗剤

10年程前、SANYOから「洗剤のいらない洗濯機」と

いう画期的な洗濯機が発売されたことがありました。

もちろん洗剤を使って洗うこともできるけど洗剤不要

コースを選ぶと超音波で衣類から汚れを剥がし

活性酵素が汚れ成分を分解して除菌・消臭もする。

 

さすがに泥や油汚れまでは完全には落ちないけれど

汗や垢など、着たから洗う、使ったから洗うという程度

であれば環境を汚さず、コスト削減もできるので

その洗濯機は大ヒット。

洗濯物の汚れ具合や、肌が敏感な人、赤ちゃんにも

洗剤の有無の使い分けを推奨したことが消費者に

喜ばれたのです。

 

ところが花王、牛乳石鹸、サンスター、資生堂、

バスクリン、P&G、ライオンなど洗剤メーカーの組合である

日本石鹸洗剤工業組合がその洗濯機で実験を行い「汚れは

落ちていない」とメディアを使い大々的に報道。

なぜか国民生活センターもそこに介入し「石鹸や洗剤が

ないと汚れは落ちない」という判定をつけて論争は終了。

その後、三洋電機は会社ごとなくなりました。

 

 

先日の「マグちゃん」の報道にも同じものを感じます。

現在、消費者センターに「いや落ちてる、脱臭効果も

ある」という声が多く届いているそうですが

どうなることやら。

 

この梅雨前の、部屋干しが増える季節の前に

マグネシウムだけで洗濯ができて、除菌・脱臭が

できたら都合の悪いメーカーも多いでしょう。

 

結局は、自分の目と鼻を使って確認するのが一番です。

突かれた内容をよく見るとエビデンスを取るための

実験方法について言われているだけなんですね。

 

確かに、マグちゃんを販売している宮本製作所は

電話をかけても折り返すと言ったまま、そのまま(笑)

という会社でしたが、今回の反応は早くて(!)

実験し直します、パッケージも問題のない

(=大手メーカーの既得権に触れない?)ものに

変えますと自主回収をしているので

おくなが屋でも新しいパッケージになったら

また販売は続けると思います。

 

 

それより!合成洗剤が難病の原因になっていることや、

柔軟剤の香料が肝臓を弱らせ、長期間、使用している

人は肌の色を見ただけでわかる、という事実は

いつになったら常識になるんでしょうか。

 

自然食を食べているだけでは、ダメなんです。

環境を汚染する生活をする限り、水や土壌が汚れ

そこで育ったものを食べて私たちは

生きているのですから。

 

そんなふうに環境を汚しながら利益を得るという

経済は過去のものになりつつあると思いますが。

 

もし、そこのメーカーで働いている方がいたら

気を悪くされるかなと思いつつ、でもライオンはじめ

経営者は自社製品なんて使っていないですよ。

何が入っているかわかっているから。

 

目覚めましょうね。

 

 

 

 

 

 

乳がんと牛乳

お店を始めた頃のブログでも紹介したことがありますが

あらためて「乳がんと牛乳」。

 

 

ホルモン系の癌の大きな原因の一つに「牛乳」があると

いう実体験の本です。もちろん乳製品に対する感受性や

向き不向きは個人差がありますし、その乳製品の

作られた過程によっても影響の差はあります。

 

しかし、それでも避けたほうがいい食品の一つです。

嗜好品としてたまに質と量に注意して摂るのはいいと

しても健康を考えるなら一読をおすすめします。

 

今は豆乳の他にもオーツミルク、アーモンドミルク、

ライスドリンクなども手に入りやすくなっているので

それほど、無理をしなくても避けられます。

 

問題は学校給食ですが、そもそも口に入れるものを

自由に選べるというのは人権で保証されていること

なので、先生や学校から教育の名の下でみんなと

同じもの、しかも与えられたものを食べなければ

いけないというのは、扱われ方が奴隷と一緒。

本来は堂々と断っていいのです。

 

 

ガンについての相談は絶えません。

 

知っても飲む、というのは自由と思いますが

知らないで医療のベルトコンベアーに乗せられ

本来は簡単に治るものを複雑にしているのは人間です。

 

ガンは撲滅すべき「敵」ではなく、人体を守るために

起こる作用です。敵として攻撃すれば、その人を守るため

再び悪い細胞を安全な臓器に集めて癌を作り

起動修正する時間を稼いでくれているのが癌です。

 

ところが私たちはそれを「再発」と呼び

忌み嫌いがちです。でもそれは自分の一部。

自分の一部として発生した癌なのですから

自分が変容すれば自然と消えていきます。

 

不自然な生活をやめて

できるだけ自然に沿った生活をすること。

 

・食事

・ストレスコントロール

・冷え・低体温の解消

・電磁波対策

 

この4つが肝と思います。

 

それからやっぱり自己コントロールの強い人は

ガン体質になりやすいといわれています。

よく、マジメな人はガンにかかりやすいなど

といわれたりするのも同じことですね。

 

ということで不真面目な?エッセンスも取り入れて

笑いながら楽しく生きることも大切です!

 

 

 

 

 

 

ヘイ・フィーバー

hay : 干し草 + fever : 熱 = Hay fever : 花粉症。

今年はなぜか症状が重くなるケースをよく聞きます。

 

そして今年は「ホメオパシーで治りますか?」

という質問をたくさんいただいています。

 

ホメオパシーのセルフケアキットの中にはいくつか

候補のレメディがあるので、それを順番に試せば

どれかヒットする可能性は大きいのですが、

それでも繰り返す場合はやはり根本的なところに

アプローチすることが必要なのでちゃんと

個人セッションを受けるのがオススメです。

 

それからセルフケアのキットでもHELIOS社など

36種類のセットだと花粉症に対応するレメディ数が

少ないので、AINSWORTH社の42種類のセット

をおすすめします。ヒット率は高いです。

 

どちらにしても食養と冷えとりは体質改善に効果的です。

大切なのは自然海塩をしっかり摂ること、

乳製品を極力控えること、

そして発酵食品を必ず摂ることです。

 

かんたんに説明すると

自然海塩はミネラルを補給する。

乳製品は副鼻腔に不調を促す。

発酵食品は腸内細菌を整える。

ということです。

 

花粉症の相談に見える方はどれか1つか

2つか3つ全部が欠けていることが多く

それが花粉症になる体質的な土壌を作っています。

その3つを1ヶ月実行しても花粉症の症状が

変わらなかったというケースはほぼないです。

 

発酵食品だからとヨーグルトを毎日食べているとか、

どこどこの牛乳はいいから飲んでるとか、減塩している。

そのような人に花粉症、本当に多いです。

 

これをきっかけに食べたものと、心身の状態を

じっくり観察してみるといいと思います。

 

日本人の腸にはヨーグルトより味噌や醤油や

漬物の方が大事です。イメージに惑わされちゃ

いけません。スイス人じゃないのです。

 

ヨーグルトの中にある菌自体は体質に合えばいいの

ですが、多くの乳製品にはホルモン剤や遺伝子組換え

飼料や抗生剤が生体濃縮されているのが問題です。

 

人間は食物連鎖の頂点にいるので草木、土、動物に

与えた毒や薬品は全部、自分に帰ってきて体調、

精神にダメージを与えるのはあたりまえです。

 

たまに嗜好品として体質・体調に合わせて食べるなら

いいかもしれませんが健康食品としては?です。

 

 

そして自然塩はできるだけ加熱した状態か

発酵食品として摂る方が腎臓にやさしいです。

 

20年前は毎朝ティッシュ一箱分、鼻をかんでいた

私もその辺を改めた途端、ウソのように治りました。

 

コツは2、3日で治そうとせず、アレルギー体質を

作った年数を月数に変えた時間かける気持ちで

気長にすることです。

 

食事を変えること、冷えとりをすること。

これが心を変えます。

心が変わると体質も変わるのです。

 

今日は花粉症体質を改善するヒントを書いてみました。

 

 

 

 

 

ワクチンとクスリ

興味のある方はどうぞ。

勇気のある医師がどんどん増えていますね。

なんども消されているので観るなら早い方がいいようです。

 

 

一度、消されたので同じものを再び載せます⬇︎

 

早めに観るか、ダウンロードしておいてください。

よほど都合の悪い内容のようで、すぐ消されます(苦笑)

 

 

遺伝子組み換えワクチンは一度打ったらもう戻れない

ことが体内で起こってしまう。子孫にも影響が出る。

安易に飛びつかないほうが賢明です。

 

そもそも「風邪薬」というものはありません。

緩和するか、克服するか、でいいのに

西洋医学は症状を力で抑えることをしてきた。

それが慢性病になりやすい身体の土壌を作っています。

 

 

クスリについてはこんな記事も。

 

血圧も年齢が上がったらある程度あ流のが自然です。

降圧剤も病気の原因になります。

 

どちらも知り合いが送ってくれた情報です。

 

 

 

 

 

ちょっとした違い

少し前、洗濯物を干しに外に出たら、前から

びっこを引いた義母がこちらに向かって歩いていた。

 

「どうしたの?」

「朝起きたら、膝から下が痛くで動かない」

 

突然、始まった急性症状なので

原因は探りやすいはずと思い

「昨日、何かいつもと違うことした?」と訊くと

「書き物をしていたから、ずっとこっちの足に

重心をかけてたのかも」

「小さなホットカーペットの上だったから

電磁波のせいもあるかも」とのこと。

 

「でも、もう歳だからどっかがおかしくなっても

不思議じゃないよね」「もうダメかも」

「あとのことよろしくね」と弱音が出る。

 

体の調子が悪いと誰でも気が弱くなるのは

あたりまえなので、そこはスルー(笑)

 

ホメオパシーのレメディを探してもいいと思ったけど

まずは血流も悪くなっているようだし

 

・温める

・ビワの葉っぱをあてる

・足が少し動かせるようになったらお風呂にゆっくり入る

 

ということをしてもらうことにした。

庭のビワの木から元気の良さそうな葉を数枚ちぎって

1〜2枚は痛みの強いところにあて、

残りは三年番茶と一緒に煮出してお茶で飲む。

それだけで、翌朝はすっかり普通に歩けるようになった。

結局、レメディも使わず。

 

また、昨日は息子が

「昼間から体調がへん」

「夕方からお腹が痛い」

「ご飯を食べた後も痛い」← お替りし過ぎ(笑)

それでも寝る前になっても

「トイレに行って少しマシになったけどまだ痛い」

 

おそらくお腹が冷えていたのに、学校からもらった

(あまり普段、与えていないタイプの)おやつを食べ

さらに夕食に大好物のカレーも食べ過ぎたことが原因とみて

パジャマの中に腹巻をさせて、彼の体質レメディを1粒。

翌朝にはすっかり元通りになって、昨晩の残りの

カレーを再び性懲りもなく食べ(笑)、学校に行った

あとには脱ぎ捨てた腹巻が椅子の上に丸まっていた(笑)

 

家族の中ではこういうことが日常茶飯事。

ちょっとしたことで病院に行くことはない。

だから子どもたちは生まれてから歯医者と

検査以外、病院にかかったことがない。

(国保も共済のように還付金があればいいのに〜)

 

身体にはホメオスタシスが備わっているのだから

自然治癒力がちゃんと働くように、ちょっとした

ケアをすれば、あとは自動的に治るようにできている。

 

もし、このくらいのことでクスリを飲んだり

手術をしたりすれば、自分で治ろうとする元の

力も少しずつ弱って、より不自然な力を頼り

バランスをとって生きていくことになる。

 

病院や手術を全否定しているのではなく

でもまあ、8〜9割は他の方法がいいと思う。

 

ちょっとした違いなんだけど

その時の対応の違いで

先に行くほど方向が別れる道。

 

「今、とりあえず」でなく

どっちの方向で行きたい(生きたい)か?

長い目で判断するのが大事と思います。

 

 

 

 

 

 

世界が変わってきている

12年前の今日は東京で2人目の子どもを自宅出産した日。

大仕事を終えたばかりで、ホッとして家族と過ごしていた。

まさかその12年後に今のような田舎暮らしや

コロナなどという感染症の話題が世界を

席巻しているなどと誰が想像したでしょう。

たかが12年でこんなに自分も世界も変わるとは!

 

次の12年なんて、きっともっと変化が大きいんだろう。

もうマスコミも政治家も芸能人も有名人も新聞もテレビも

先生も親も学校も、あらゆる仕組みとシステムと体勢も

音を立てて崩れ再生・再編されるものだけが残っていく。

 

コロナは最初から胡散臭さがあった。

出所が人工的にしろ、自然発生にしろ、地震と同じで

もはやそこにあまり意味はないのかも知れないけど。

 

医療関係者も以前とは比べものにならないくらい

ちゃんと本当に思っていることを言う人が増えたのでは。

そんな声をまとめたサイトから。 

 

- - - - - - 

 

・本間真二郎医師

「コロナによる被害は、ウイルスによる病気や死亡よりも、

特に子ども達の精神に対する害が最も大きい。

子どものマスクの着用により、身体、行動、学習、情緒の

すべてにわたって非常に多彩な障害(副作用)を認めました」

 

 

・帯津良一医師

「マスクは新型コロナに対抗するための免疫力を低下させます。

免疫力の源泉が呼吸にあるからです。マスクをすればするほど

免疫力を低下させて自分を新型コロナに感染しやすくしている」

 

 

・慈恵医大・大木隆生医師

「非常事態宣言・外出自粛は2 度と繰り返すべきではない」

 

 

・ノーベル賞・大村智博士

「メディアが恐怖を異常に煽っている。

一年以内のワクチン開発などありえない。

新型コロナウイルスは人工的に作られたのではないかと

思われるフシがいっぱいある」

 

 

・大阪市立大学名誉教授・井上正康氏

「PCRは諸悪の根源。コロナは人災である。

指定感染症から外すか5類へ。

コロナは分子構造、免疫特性、臨床症状まで

非常に詳しく分かり既知のウィルスになった。

インフルエンザワクチンとコロナワクチンは決定的に違う。

打つ必要無し。

遺伝子改変と同じ医療行為で10年20年経たないとわからない。

1回打ったら元に戻せないワクチン。

生涯にわたり自己免疫疾患的な副作用を持つ可能性あり」

 

 

・新井圭輔医師

「毎年1000万人以上がインフルエンザに罹患して、

患者は冬季に集中しているのに

「インフルエンザの流行で医療崩壊」は絶対に起こりません。

新型コロナは1年かかって死者は2000人に到達しないただの風邪です。

1ヶ月で3000人を殺すインフルエンザの比ではありません。

ただの風邪を2類という「ものすごい感染症」扱いして軽症者も入院させ、

その結果、「ベッドが足りなくなる」

⇒「コロナ以外の重症患者を入院させられない/通常の手術ができない」

⇒「医療崩壊だ」と騒ぐのはあまりに頭が悪すぎませんか?

これは「医療崩壊」ではなく「医療、阿呆かい?」ですよ」

 

 

・石井仁平医師

「世界一のベッド数で欧米の100分の1の患者数で崩壊させたら

世界からどう思われるだろう?

日本人にとってコロナの致死率はインフルエンザ以下であることが明らかだ。

死亡するのもほぼ持病持ちの高齢者で、インフルなら少なからず

重症化する子どもはほぼ重症化どころか発症すらしない。

それでインフルその他多くのずっと怖い感染症を減らしてくれたのだ。

こんなに優しいウイルスはない。

この冬は恐らく、歴史上最も感染症的に安全な年の一つになる。

それなのに、なぜ自粛する?経済を止める?

インフルが大流行した一昨年まで、自粛したか?

経済を止めたか?人にマスクしろと言ったか?」

 

 

・藤原紹生医師

「PCR陽性者=感染者ではありません。

PCR検査をやり続けた場合、永久にゼロにはならず、

この騒動はいつまでも収束しません。

今回の騒動は考えれば考えるほど疑問だらけです」

 

 

・金城信雄医師

「マスクをして会話をする事で微生物の受け渡しができずに

免疫を上げる事が妨げられ、余計に感染しやすい身体になってしまいます。

子供たちにマスクをさせているのは馬鹿げている。

医療機関や学校などでPCR陽性者が出た時に全員に検査をして

複数の陽性者が見つかるとクラスターだと騒いでいますが、

無症状の陽性者を見つけても誹謗中傷の的を増やしているだけで、

どうして風評被害を拡げようとするのか理解できません。

経済を落ち込ませ、人々の心を荒ませ、

相手を信じられなくするような社会を作り、

コロナ死亡者以上に非感染者の自殺者を増加させて、

どうして平気で居られるんでしょうか?

もうそろそろこの茶番を終わらせてもらえないでしょうか?」

 

 

・後藤礼司医師

「食事中にマスクを付けたり外したりしろなんて言うのはナンセンス。

感染の基本がわかっていない。無しです。

心筋梗塞で亡くなったのに、コロナ陽性であればコロナで亡くなった、

としている現状にはものすごく不満を抱いている。

医師が付けた病名、死因を覆すことはあってはいけないと思う」

 

 

・小林有希医師

「PCRという当てにもならない検査で「陽性になった人」の数を、

「感染者」とすり替えて虚偽報道していますが、これは犯罪です。

PCR陽性者を感染者だと言って、しょっぴいて隔離処置にし、

職場にまでガサ入れする。これは重大な人権侵害、営業妨害です。

マスクも感染を防御する効果は全くありません。

効果がないだけならともかく、マスク長期着用は有害で危険です。

慢性的な低酸素血症を引き起こし、免疫力低下をもたらします。

さらにマスクに付着した細菌や真菌、ウイルスで逆に不潔で感染のリスクが高まります。

また、装着2時間後から記憶を司る海馬の細胞が死に始め、

長期着用で認知症や子供の発達障害の危険が出てきます。

人の表情が読み取れないことから小児には重大な精神発達障害、

コミュニケーション障害も懸念されます。

三密を避け、寄るな、触るな、こもってろ。これも嘘です。

「新しい生活様式」とやらは、免疫を低下させ、

さっさと死んでもらうための様式としか言えません。」

 

 

・正木稔子医師

「日々繰り返される報道の偏りと嘘。

未だに陽性者数を報道する時に検査件数は報道しない。

「陽性」と「感染」と「発症」は違うと医学部で教わったが、指摘する人は少ない。

あまりに質の悪い報道が多い。

本来ワクチンは治験を含めて開発に10年以上かかるのに、

たった半年でできたと言っている。

何年も前から準備していたか安全性が確認できていないものを垂れ流すか、

どちらかしかないだろう。

安全性が確立されていないものを患者さんに打つわけにはいかない。

私自身も打たないと決めている」

 

 

・武田恒弘医師

「マスコミは、どこでクラスターが発生したと、

連日施設名、学校名など出して報道していますが、

それでどれほど傷つく人がいるのか、無責任なものです。

クラスター!とレッテルを貼られ

て報道されてしまうのは非常に疑問です。

決して犯罪者ではありません。

さらに、国や専門家から「気が緩んでいる!」などと

上から目線で言われるのは、あまりに不愉快です。

そのような報道には惑わされず・振り回されずに、

心身の安定を図るような日常を心がけましょう」

 

 

・船木威徳医師

「陽性」イコール「感染」とは、絶対にならない」

 

 

・中村篤史医師

「接種する意味のあるワ苦チンは一本もない。

ワ苦チンには様々な有害物質が含まれている」

 

 

・整体師・西田聡先生

「健常者のマスク常用は無意味どころか、かえって感染拡大に加担したり、

健康を害するリスクが明確」

 

 

・石川眞樹夫医師

「ワクチンは難病奇病万病の原因です。打ってはいけません」

 

 

・高橋徳医師

「第3波到来と大騒ぎをしている背景にはPCR増幅回数のトリックがあります。

無症状や軽い風邪の人にいきなりPCRを実施し、増幅を40回以上繰り返し

「コロナ感染者」と診断しているのが現状。

人類がかつて接種されたことのないDNA・RNAワクチンだけに、

免疫系の暴走や遺伝子異常など何が起きるか分かりません。

打つな!新コロナワクチン」

 

 

・竹林直紀医師

「ウィルスや細菌などが付着したままの同一マスクの常時着用は、

感染のリスクを高めてしまうという極めて当たり前の考え方が、

感染症専門家が何故できないのか不思議。

マスク着用は、感染を逆に広げ重症化の要因になりうる。

感染状況が一旦収束してから、第2波防止のためマスク着用を

義務化した多くの国で感染者数が逆に増えています。」

 

 

・萬田緑平医師

「風邪のワクチンは変異するから作れないとわかっている。

詐欺にしか見えない。副反応以前の問題」

 

 

・小峰一雄医師

「PCRはあまりに不確定な検査。これ以上継続したら

世界中の皆様が地獄へ向かうことを警告させていただきます」

「感染者が増えていると言う嘘を垂れ流し、自粛させ、

経済悪化を招き、倒産者、解雇者、自殺者を増やすのか?

犯罪でしかない」

 

 

・立命館大学政策科学部 上久保誠人教授

「「新型コロナを「指定感染症」から外すことである。

「ただの風邪」である若年層には明らかに過剰な措置だ。

数日で回復する軽症の感染者であっても入院隔離となり、病床が埋まる。

その結果、医療関係者の負担が過多になり、本当に医療措置が必要な高齢者や

基礎疾患を持つ人のための医療体制が崩壊に向かいつつある」

 

 

・伊達伯欣医師

「症状がない限り、マスクをしても意味がない。

マスクで息苦しくなると肺炎のリスクが高まります」

 

 

・上久保靖彦教授

「再自粛・社会的距離・三蜜回避は不要。ウィルスとの共存を」

 

 

・田中佳医師

「「予防接種をしていると発症が軽く済む」という話ですが、

予防接種の原理は抗原抗体反応です。医学生理学的に1対1対応です(鍵と鍵穴)。

ということは防げる vs 防げない(ドアが開く vs 開かない)だけになります。

発症した時点で予防接種は無効だった証とも言えるでしょう。

故に、軽く済むということはない訳です。

軽く済んだのは、貴方の免疫力のお陰様に他なりません」

 

 

・松本有史医師

「PCR検査を行うこと自体に意味がない。

このような検査で確定診断しているのはもはやファンタジーやオカルトの世界の話」

 

- - - - - - - - 

 

というわけで、おくなが屋は

今までもこれからもノーマスクの方でも歓迎です。

 

自分の頭を使って考え、直感を磨いて判断し、

雑音の中から真実を聞き分け、人の選択も尊重し、

過度な心配で間違った予防に走るのではなく、

メンタルを健康に保つ選択を!

 

 

 

 

 

マスクの弊害

酸素は人間が生きていくうえで絶対に必要なものです。

5分なかったら死に至る。

その次が水。

食べ物は数日なくても生きていられます。

 

とくに子どもの脳はフレッシュな酸素があってこそ

新しいことを学ぶことができるし

成長もするというものです。

 

それが今はマスクが義務のような世の中になり

酸素が十分に脳にいかなくなっているという

統計がではじめています。

 

親、教育関係者、そして医療従事者は

その辺をよーーく考えなければ

いけない時にきていると思います。

 

ドイツの大学から

「子どもたちのマスク着用が始まってからの

心身の変化」を調べた論文が発表されました。

 

25930人の子どもを対象にした調査によると

子どもたちのマスク着用の平均時間は1日4時間半。

そのうち68%の子どもにおいて障害が報告されています。

 

頭痛 53%

不快感 50% 

集中力の低下 50%

幸福感の低下 49%

幼稚園/学校へ行きたがらない 44%

倦怠感 42%

学習障害 38%

眠気 37%

息切れ感 30%

めまい 26%

失神 21%

動きたくない、遊びたくない 18%

 

このほとんどは酸素不足に起因していると思われます。

それに対してドイツの神経科医も警告を鳴らしています。

  

「感染症対策として最も大切なことは

おいしい食べ物と良い水の摂取で、

たくさんの運動、人との関わり、喜び、友人との愛、

そして何よりもたくさんの新鮮な空気が必要です。

 

それらを通じて、

私たちは免疫システムを強化することができるのです。

それなのに、ドイツ政府は、私たちにマスクを強要しています。

マスクによる私たちの呼気の再吸入は、

間違いなく酸素欠乏と二酸化炭素の氾濫を引き起こします。

 

人間の脳は酸素欠乏に非常に敏感であるため、

たとえば海馬の神経細胞は、

酸素がないと3分を超えて生き残ることはできないのです。

 

急性の警告症状は、酸欠の頭痛、眠気、めまい、

集中力の低下などがありますが、

慢性的な酸素の剥奪の日常で、

人々はそれに慣れていくために、

それらのすべての症状が消えます。

しかし脳神経の効率は損なわれたままになるのです。

 

脳の酸素不足は進行し続けます。

そして、子どもにとって特にマスクは絶対に良くありません。

子どもと青年は非常に活発な適応免疫システムを持っています。

彼ら若い人は脳も非常に活発で、学ぶことがたくさんあります。

 

若者たちの脳は、常に酸素を渇望しているのです。

子どもは、すべての器官が代謝的に活発であり、

マスクは、子どもの脳から酸素を奪います。

 

現在のように、

子どもたちの酸素を制限することだけでも絶対に犯罪的なのです。

それによる脳の損傷は元に戻すことができません。」

 

ということで、大人がマスクをするのは仕方ないにしても

感染率、重症化率、死亡率、そのすべてにおいて

インフルエンザ以下のコロナ感染症に対して

子どもや学生にマスクを義務付けるのはやめて欲しいものです。

 

最近じゃ、山の中や誰もいないところでジョギングしている人や

車の中でまでマスクしている人が増えていますが

酸素不足で思考が停止しちゃっているんじゃないかと心配です。

 

スマホとマスクで育った子どもの将来はどうなるのでしょう?

成長期の脳の損傷は基本的に戻らないそうです(!)

 

感染予防より、まず免疫力、抵抗力を普段から心掛けるのが先で

粗悪な食事、タバコ、柔軟剤(経皮毒)、睡眠不足、ストレスなど

には目をつぶり、マスクや消毒液に走るのは順番が違うと思います。

 

 

 

 

 

 

 

俯瞰しながら

一年のはじまりなので、今後の方針を

ちょっと考えたりしています。

 

空を飛ぶものの技師だった祖父が戦時中に

軍の要請で爆撃機を設計しているせいで

どんなに能力が高く仕事ができても

その仕事が社会全体の中で、どこに加担して

いるものなのかという視点が抜けていたら

ダメなんじゃないか?いう教訓があるのです。

 

戦争というもので様々な技術が上がっていく

のはわかるけれど、もうそういう時代じゃ

ないですからね。

 

個人の力ですべてをコントロールするのは

むずかしいことかも知れないけれど

工夫を重ねて、よりより選択をしたい。

 

仕事というのは社会の良い循環を少しでも担うこと。

人が少しでも健康に向かい、環境が少しでも良くなり、

日々の暮らしが少しでも明るくなること。

 

 

 

戦後の最たる矛盾は経済至上主義に走り過ぎたことでしょう。

お金のある豊かさを求めることに偏り過ぎたため

自然が破壊され、慢性病が増え、人との競争で

自分の価値を計るようになり、すぐにお金にならない

数字にならない豊かさが失われていった時代でした。

 

効率もほどほどがいいのです。

あまり無駄を削ぎ落とすことは塩をナトリウムである

と考えて精製し過ぎるのとそっくりな気がします。

 

微量のミネラルがたくさんあっての塩なのに

1種類のミネラルだけを強化したために

高血圧をはじめさまざまな病気が増えた。

 

どんなことにも人間の頭で考えている幅以上の世界がある。

そのために俯瞰する視点を忘れないよう

今、自分が地図の上のどこにいるのか考えながら

仕事もしていきたいなぁ、と思っています。

 

 

 

 

 

 

深呼吸

今年の元旦は京都で迎えました。

年末は両親の家の片付けに。

前日の大晦日はテイクアウトしたものあれこれを

ホテルのテーブルに並べて、怒涛の一年を

振り返りつつ、紅白と、娘が繋げていた

嵐の最後のコンサートを観て過ごしました。

 

かれこれ10年以上テレビのない生活をしていて

その前は日本にいなかったし紅白はほんとうにひさしぶり。

あの昭和的な「型」がいまだに健在しているんですね。

なぜ紅組と白組で勝ち負けを決めなきゃならないのか?

(どっちに入るかむずかしい人も増えている時代だというのに)

意味不明でしたが、歌というものはいいですね。

 

無観客なのも、コロナ禍を乗り越えるという大きな

テーマがあるため、全体の方向性がはっきりしていて

逆に番組としてはよかった気が。コロナのおかげ?

 

それにしてもテレビの中の世界は

すべてが「報道されているコロナ禍ありき」の設定で

あらためてこれではテレビを観ている人は

コロナをそりゃ恐ろしく思うだろうなと思いました。

 

ウィルスなど実際にはいくらでも怖いものを

バラ負けるし、変種だってどんどん現れるし

マスクやワクチンでは追いつかないのは

誰でもどこかでわかっているだろうに、

それが放送で感情込めて伝えられると

その雰囲気がリアリティを持ってしまう。

これはコロナに負けない感染力なのでは。

 

感染予防より重症化予防の方に舵を切らないと

受身的な予防ばかりじゃ、永遠に解決しない。

集団感染して免疫をつけて克服するしかなくて

どうしてそこをちゃんと言わないのかな。

 

基礎疾患のある場合は感染にも気をつけなければ

ならないけれど、大半の人は感染しても重症にならない

ように免疫を上げることに重心を移さないと。

 

行き過ぎた予防対策はかえって免疫を下げる。

マスクだって選び方によっては漂白剤の染み込んだ布を

ずっと吸い込んでいるわけだし、呼吸も当然浅くなる。

ほんとうだったら、マスクを外した状態で深呼吸したり

腹式呼吸を意識してした方がずっと免疫力が上がる。

 

薬品消毒も問題。常在菌全体のバランスを壊すので

自然の作用としてはかえって悪い菌を強化することにつながる。

だったら子どもは泥遊びでもいっぱいさせて

大人は庭作業や農作業をした方がいい。

 

その前に柔軟剤など合成香料の使用をやめることの方が

ずっと大切だし効果的。

 

隔離のし過ぎもメンタル面でどんな影響があるのか。

感染から守るという名目でかえって人の体に備わっている力を

弱めていることがどうしても気になる新年の始まり。

 

職場や学校での集団生活では仕方なくても

個人の生活ではマスクを外して深呼吸でもして

がんばって免疫力あげていきましょう。

 

 

 

 

 

 

問答塾ダイジェスト

ひさしぶりになずな主催の問答塾にお邪魔してきたので

そこで交わされた話をダイジェストでお届けしたいと思います。

大事なことのおさらいです。

 

では、行きます!

 

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あらゆる病気の原因は化学肥料を使ってミネラルのバランスが

狂った土壌で育ったものを食べているために起こる。

 

 

菌は(必要な所に)自然発生する

(なんでも感染すると考えられているがそうではない)

 

 

平成7年の統計によると

その年の農家の跡継ぎは全国で1700人(が、多くは慣行栽培)

医師の国家試験に通って医者になった人は8000人。

そして病気はどんどん増えている。

(⇒ 土から変えないとと病気は増えるばかり

 

 

害虫といわれる虫は化学肥料や未熟堆肥から発生する亜硝酸対窒素

(毒)のアンモニア臭に寄ってくる(完熟堆肥には寄ってこない)。

つまり①化学肥料と農薬(殺虫剤や防虫)はセット。

つまり②虫食い野菜は安全でもなんでもない。

 

  

土が作られるのは苔がはじまり。

土は草の残骸

 

 

そして質疑応答の時間。

 

(不妊の相談に対して)

本来、子どもはできるのがあたりまえ。

妊娠しないのは命のある食べ物を食べていないから。

今、市販されているもので命のあるものはほとんどない。

命のあるもの=芽の出るもの。

女性は肉食を減らすと身体がきれいになり妊娠しやすくなる

なずなのお弟子さんはみんな子だくさん!

 

 

(右耳の突発性難聴の質問に対して)

右側は動物性食品(陽性食品)の過剰摂取!

(左の場合は陰性食品の過剰摂取)

 

 

(糖尿病の質問に対して)

白いもの(白砂糖、白米、輸入小麦の加工品)の食べ過ぎが原因。

また合成甘味料の入った後は尿の値が糖尿病レベルになる。

「市販の(アルコール)飲料にはほとんど入っているので

そういうものを飲んだ翌日に検査を受けるとみんな糖尿だよ!」

 

 

(癌の質問に対して)

まず、どうしてそうなったか原因を考えることが大切。

医者の言う通りになるのは実験台になるだけ。

原因を考えずに抗がん剤や手術を受けても食事改善しないと繰り返す

 

 

(草に負けたり、虫刺されでジグジグになるという質問に対して)

自然海塩をしっかり摂る。

化学肥料の入っていないものを食べる。

人体細胞は一日に6000億×100日=60兆すべてのが

入れ替わるのでそれで血液がきれいになれば大丈夫。

 

 

(アトピーの質問に対して)

化学肥料をつかったもの、乳製品、肉、合成甘味料などが原因。

それらを分解する酵素は身体にないため、代わりに皮膚から

解毒されている状態がアトピー。

 

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以上です。

少し解説させてもらうと

これらの考え方の根本にあるのは赤峰さんが「循環農法」とよばれる農法を

確立した過程で気づいた草と菌と虫の考え方があります。

 

戦後の慣行農法ではそれらは「悪いもの」「余計なもの」「排除すべきもの」

という捉え方が根本になってきました。

 

しかし、自然界(宇宙)の命ははすべてが循環して成り立っているという法則

に赤峰さんはある日、畑で閃きます。雑草にも、菌にも、害虫にも、ちゃんと

大事な役割があるということに。

 

現代の、病気でない人を見つけるのがむずかしいような現状は、そこが抜け落

とされてしまったこと、そして1972年に施行された塩田法により自然海塩

の製造も摂取もできない期間が続いたこと(ミネラル欠乏)、そしてその反動

としての(塩の質を問わない)減塩思想があります。

 

畑 ⇒ 病気 ⇒ 塩 ???

そうなのです。土の中は腸の中と相似していて

植物に根毛と小腸の絨毛の役割はそっくりです。

 

そして、その原理はマクロビオティックを広めた桜沢如一の

菌の捉え方や、千島博士が発見した小腸造血説にも通じています。

 

今の医学は菌はどこかからやってくるもの、

血液は骨髄でできるもの、という前提があるので

これらは異説とされており認められてはいませんが

近い未来には真実が明らかになるのでは、と思います。

 

 

 

病気とは、その自然の循環の軌道からちょっと外れてしまっているよ〜という

サインでありメッセージです。(どこかから無意味に襲ってくるものではなく)

だから、それを少しずつ取り戻せばいいのです。

症状を敵対視せず、自分の在り方を含めた根本を考えることが大切ですね。

 

 

そして、ここからはおくなが屋でのFAQ

 

 

Q.そうはいってもそんなこといったら食べるものがないし、

 そんなお米や野菜を買えるところはなかなかない・・・。

 

これはもうこの7年間に何度言われたか、聞かれたか、わかりません〜。

ハッキリ申し上げて、それは本気になっていないだけなんです。

本当に大切なことだと認識していない、もしくはみんなも食べてるし、とか

要は向き合うことを避けている気がします。

 

だって、いくらでもあるもの!!!

 

宅配を利用するとか、そういう野菜を作っている人から直接、買うとか

自分で育ててみるとか、それらを組み合わせるとかすれば、だれでも叶います。

そして、そういう人が増えればそういう作物を作る人も増えていくのでは。

要は価値観とその優先順位の問題と思います。

 

 

Q,無農薬野菜や自然食品は高いから、買いにくい。

 

これも上と同じ。

本当にちゃんと比較したことがあるのか?と聞いてみたい。

病気にならない、なりにくい、なっても自力で治せる、という状態は最高で

唯一の経済効果でもあるのでは?と思います。

 

安さで選んだものを食べ続けることによって起こるモンダイ、

体調が優れずくすぶり続けたり、自分の能力が発揮できなかったり、

子どもの体質や性格に苦労したり、クスリを手放せなかったり、

医者通いが卒業できなかったり、肥満が慢性化したり、

大きな病気の発症にビクビクしたり、、、

それらの問題はどんな保険に入ったとしてもリスクや

心の奥に潜む恐怖心はなくなりません。

 

◯◯風の調味料や旬でもないものにお金を使わず、ごちそうは特別な日だけ。

普段は一汁一〜三菜の粗食でその質を上げる方がはるかに無駄がない。

 

ちゃんとした原料と行程で作られた調味料でも適正価格のものを買えばいいし

科学肥料や農薬不使用の野菜を良心的な価格で販売している農家さんだって

います。なずなの野菜の値段なんてむしろ安い!です。

魚だって地物の旬のものだったら安いものがある。

 

いい加減な安物を買って食べて節約した分は、あとで人生上のトラブルとして

清算される時に膨大なエネルギーと時間を消費する。

そのことの方がずっとややこしいと思うのですが。

 

 

Q.自分は気づいて、そうしたいが家族が賛同してくれない。

 

これは一見むずかしい問題に見えますが、所詮、家族だって基本他人。

他人は変えられないのです。だったら、そこで格闘してもしょうがない。

自分が変わることで、じんわり影響を与えていく、と気長に構えた方がいい。

一人の変容は自然とまわりにいる人にも及ぶものです。

 

言われてすぐにカタチだけ変えるより、ゆっくり時間をかけて

心から納得して変わっていった方が定着率も高そうです。

 

まず自分一人でも、気持ちのいい生活を送るシステムを考えること。

スーパーに行くと、ついつい流されて無駄なものまで購入してしまうと

いう場合は行く日は月一にして必要なモノだけをその時に買う。

あとは予算を決めて宅配にしてもらう、とか(時間もセーブ!)

 

調味用は自然塩、味噌、醬油、+あと2種類くらい(マヨとケチャ、とか)

オイルも良質なものを3種類だけにしてしまう、とか。(冷蔵庫もすっきり!)

 

親や知り合いからもらったもの、それが例え子どもに与えたくないな〜

と思うものでも、そこにある気持ちを大事にしたい場合は子どもと

話し合ってみる。結果がどうであれ、その意志は尊重してあげる。

でも自分はもらうのは気持ちだけにするね、としておけば子どもはそれを

見ているので、あとで少し考えが進むかも?(でも過度の期待はかけない)

 

その人との人間関係ができていれば、こういうものだったら嬉しい、

と伝えておくとか。

 

 

そこに、ある程度の知識もあるとさらに説得力が増すので本を読むのも大事。

(テレビや雑誌ではなく、著者のいる本)

そういう本は家にあるだけでも波及効果があるので、これはいい!と思った

本は購入することをおすすめします。

 

図書館で借りれるのは便利ですが、経験上、借りた本と購入した本は染み込み

方に差がでる気がします。家の中で背表紙が見えているだけでもいいのです。

そういう知識や情報がすぐそこにある、という環境が大事ということ。

 

それで、いつも家ではホンモノを味あわせてあげていれば、

舌の感覚が養われるので不自然なモノを受付けなくなってきます。

 

そんなふうに説得で人を変えるより、システムや環境から変えていく方がいいのでは?

そして、他人を変えたい!という人ほどじつは自分がまだ変わる必要があると

思っているんじゃないか、というのが傍から見ての推測でもあります。

 

そんな日々の連続が、いつしかそういえば家族でいちばん調子良さそうね、

 ということになり、見向きされることになるかも知れません。

 

基本、相手も自由だし、自分も自由なので、そこで無理矢理、自分の考えに

沿わそうとあまり思わず、静かに自分から実行していくというイメージです。

 

 

とくに子どもに対しては、こちらの言うことを守らせることに主眼を置いて

しまうと、肝心な主体性が育たず、二重人格的な性格を育ててしまうことに

なりかねないので要注意です。 

 

 

 

 

 

 

四つの約束

「The Four Agreements(四つの約束)」。

この人生の羅針盤のような本に出逢ったのはいつだったか。たぶん15年以上前?

英語の本に慣れようとして買って読んで、そしてすぐに深ーく納得した。

 

日本に帰ってきて翻訳本も読んだけど、どうも英語で読んだときの方がインパクト

が強かった。言葉の問題なのかメキシコと日本の風土の違いなのか、どちらにして

も少し乾いた土地で読む方が入ってくるような、そんな感じがする。

言語っておもしろい。

 

日本ではどのくらい知られている本なのかわからないけど、今まで「知ってるよ!」

と言われたことがほとんどない。湿度が高い土地だと人の気質もウェットになるのか、

他人に翻弄されることが起こらない、こんなさっぱりした哲学は馴染まないのかな。

向こうでは結構、誰でも知っている本だったけど...。 

 

著者のドン・ミゲル氏が交通事故でひん死の重傷を負って、今でいう臨死体験から

戻ってきた後、人々にどうしても伝えなければと書かれた本と記憶している。

 

古代メキシコの「トルテック」の秘教を4つにまとめた、人生を自由に泳いでいく

ためのガイドブック。当時、これを読み終えてずいぶん心がすっきりしたのを覚え

ている。今では無意識レベルで染み込んでいる大好きな指針。

 

これさえあれば人生に不必要な雑念(心配事や杞憂)をすぐに手放すことができて、

人生が今すぐ自分のものになる魔法のような約束事。

 

でも、すぐにうまく実行できなくてもいいんです。なにか起こった時に、この中の

どれが欠けていたのか振り返ってみるうちに理解が深まる。そうすればきっと次に

生かせるから、と私は思ってます。

 

1 Be impeccable with your word.

申し分のない(的確な、正しい)言葉を使うこと。

ほんとうに自分が言いたいことのみを言うこと。

自分の気持ちに反する言葉は避けること。

一貫性をもって話すこと。

他者のゴシップをしないこと。

真実と愛の方向に言葉の力を利用すること。

 

2 Don’t take anything personally

なにごとも個人的に受けとらないこと。

他人の話すこと、することのすべては、あなたが理由ではない(たとえ、あなたに

ついて話したりしていても)他人が言うことやすることは彼(彼女)ら自身の現実

や夢の投影である。他人の意見や行動に対してあなたに免疫があれば、必要のない

苦痛を感じることもなく、被害者とはならない。

 

3 Don’t make assumptions

憶測(思い込み)をもたないこと。

わからなかったら尋ねたり調べたり、あなたがほんとうに望むことを伝える勇気を

みつけること。誤解や悲しさやドラマを避けるため、できるかぎり明確に他人とコ

ミュニケーションをとること。この約束だけで、あなたは人生を完全に変容させる

ことができる。

 

4 Always do your best

常にあなたのベストを尽くすこと。

ベストはときどき変化する。病気であるときと、健康であるときとは異なる。

それでもその時、どんな状況でも、シンプルにベストをつくすこと。

そうすれば、自己嫌悪に陥ったり、後悔を避けることができる。

 

 

なーんだ、こんな簡単なこと?と思うかも知れないけれど真実ってシンプルだけど

実は奥深い。逆に考えると、このシンプルなことができていないばかりに、人生が

ややこしくなっているとも言える。

 

この四つを意識して過ごしていると依存心やプライドや被害者意識で固まっていた

心がいつしか溶けはじめ、依存心は自立心へ、変なプライドは健全な誇りへ、被害

者意識は自己責任意識へと変容し、自由に生きられる(自由のそのおとしまえは自

分でつけるよ、と思える)ように進化していきます。

 

興味のある方はぜひ読んでみてください。

一読の価値も三読の価値も大ありです! 

 

畜産の工業化、その肉を食べ続ける問題について

カウスピラシー ショック以来、いろいろ調べている中でこれもわかりやすかったです。

 「ラブ・ミートエンダー」 副題「どれだけ肉を食べ続けるのか?」

 

今の、多くの食肉がもともと動物の命だったというより、ただの動物タンパク質の塊と

捉えられてしまっている現状。自然環境をすごい速度で破壊する、工業化された畜産肉

のできるまでの工程を見ると、環境の視点からはもちろん心身に及ぼす影響を考えれば

人間の行いはまわりまわって自分たちの未来(子孫)へと返って行くんだなぁ、とあら

ためて思いました。

 

一緒に観ていた、動物も大好き、だけどおいしいお肉も大好き10歳の息子もいろいろ

感じたようで「観た方がいいぞ!」と家族に宣伝していました。

 

それにしてもアメリカ、ヨーロッパ、など白人の多い国は、肉、食べ過ぎ!

そりゃー、病気が増えるわけです。

 

まずは「知ること」から。それからどうするかは一人一人が判断すればいいと思います。

 

それから、この本もやさしくてお店でも扱いたいくらい良かったです。

著者は眼科で開業医もされているかわいらしい女医さん。

 

ここ最近、左脳しかないようなエビデンス好き&データ重視で旬や菌のことは

出てこない、男性医師による食べ方の本がベストセラーになっていますが、

そのような中に響くものはなく(っていちいち言わなくてもいいか...笑)

 

「食べること」って、どこかの研究所で出てきたデータなどアタマばかりで解決する

ことではなくて、もっとハート的なこともあるなのにな〜!と思っていたのが、この

本で満たされました。理論もデータもあるけど、ちゃんと彼女の体験を通しての実感

と自分の食歴を含めて書いてくれているのが良いです。

 

少し気になるのは日本でローフードを実践するには離れた土地の食材の割合が増える

ことと慣れていないレシピだからわざわざ習わなくては美味しくできないこと。

 

その辺が好きな人にはいいけれど、正直私にはややこしい。ローフードもナチュラル

ハイジーンもその言葉が出たときから試したけど、日本で続けるのはなんか違った

(沖縄やハワイなんかだと果物もいっぱいあるし続けやすそう。でもそういう料理を

出してくれるところが近くにできたらきっと行く)。

 

ウチは自給自足がが基本なので、自分のところの田んぼや畑で育ったものをシンプル

に料理したものが結局なんか落ち着くし、今はそれが環境の持続可能性という意味で

も適っている気がします。

 

そして、 本の中でも何度も触れられていますが、急にベジタリアンやヴィーガンにな

ろうとしてもホメオスタシス(体に備わった恒常性;体内環境を一定の状態に保ち

けようする傾向。その伝達網の役割は自律神経系や内分泌系が担っているが働い

てうまくいかない(ことが多い。でも中にはすっと移行してしまう人もいる)。

 

どんな食事法でもうまく変えようと思ったら変化は少しずつがうまくいくコツです。

その人の心身に必要な時間をかけて、それぞれが最適な答えを見つけていくこと&

いこうとする過程がいちばん大事。

 

進んだり後退したりを繰り返して試行錯誤しながら、これ!という腑に落ちる食べ

方を見つけたら、きっとその答えは全体に調和して平和な方向へシフトすると思う。

 

お肉をちょっと減らしてみる、買うお肉は育てられ方で選ぶ、またはまったく食べ

ない、という選択を、なにか制限されるものと捉えるのではなく、地球全体のバラ

ンスをとる一員としての何をも搾取しない、環境破壊をしない生き方の哲学と捉え

れば、それで自分の健康レベルも上がり、メンタルも落ち着き、パフォーマンスも

上がる、という新しい次元への移行のきっかけになって、ワクワクする冒険のよう

に感じられるじゃないかと思います。

 

お肉は重要なタンパク源だから日々必ず食べなければならない、という呪縛は完全

に後から植えつけられた概念(洗脳)で、それが手放せるだけで、自分もまわりも

間違いなくいい方向へ変わっていきます。

 

 

追記:元アイドルの方に癌が発見された時、その顔を見て「肉、食べ過ぎてるなぁ」

と思った。そして彼女が手術のために入院しているあいだ、旦那さんが家族の食事を

用意してくれたという写真を見たら、やっぱり連日、お肉中心のメニュー。

早く気づけばいいのに...と、こういう時にいつも思う。 

肉食を考えるもう一つのテキスト。

(7年前に出版された3冊分が1冊になってとってもお得!)

 

癌に苦しむすべての人、生活習慣病から解放されたい人、みんなに送りたい。

 

 追記

↑ と思ったので、Amazonでも買えるけど、おくなが屋でも扱うことになりました。

 

 

 

 

 

 

柔軟剤は香害

ある統計によると、柔軟剤を使う家庭は8割を超えているとか。

そんなにたくさん?!と思ったけれど「衣類をふわふわに仕上げる」

「いい香りに仕上げる」ということで洗濯機にも柔軟剤を入れる場所が

ちゃんとあったりするので確かに使っている人は多いのでしょう。

 

でも、最近では柔軟剤や合成洗剤などに含まれる人工的な香りによって

頭痛、めまい、吐き気が起きる人が増えていることが問題にもなっています。

思考力の低下も引き起こします。

 

でも、それは生体反応として当然なことです。

人工香料の原料は「毒」なのですから(!) 

これはある場所で入手した柔軟剤の原料です。

この蓋を開けて鼻を近づけたら誰も3回も呼吸はできません。

 

柔軟剤に慣れた鼻というものは味覚も狂わせます。

化学物質過敏症の原因の一つでもあり、また

原因不明と思っている慢性的な疲れの原因でもあります。

毒性のある化学物質が過剰で肝臓が疲れているのです。

長い期間使うと肌の色もくすんでくるほどです。

 

もし、洗濯物のニオイが気になるのだったら「マグちゃん」を使えばいいし、

天然の精油などを使ったものや、リネンウォーターを使えばいい。

そして本当に香りを楽しみたかったら本物の香水を吟味して選んで

TPOを考えて使った方がずっと素敵だと思います。

 

繊維が硬くなると感じるのは石油系の合成洗剤を使っているからです。

「海へ」は現在の法律の分類上は合成洗剤ですが自然に戻れば

100%分解します。天然のラベンダーの香りが微かにありますが

いつまでも強くは匂いません。柔軟剤不要ですし、すすぎも一回で

すむので、水も時間も節約できます。

 

今は、こんなふうに優れた技術で生み出された商品があるのだから

そういうものを使えばいいし、値段だって高くありません。

柔軟剤の匂いというのは使っていない人にとっては暴力的な匂いです。

 

例えば、

今の季節だったら、空気の中に混ざる春の匂いや、採れたての山菜の繊細な香り。

そういうもので人の感覚は磨かれていきます。

その機会を自ら奪うようなものにお金を払うというのがそもそも勿体無い。

 

広告料を使ってCMしている洗剤、柔軟剤を使うのはキケンです。

川崎病と名付けられた病気も昔はありませんでした。

実は合成洗剤がこの世にできてから生まれた病気だということを

突き止めたジャーナリストがいますが、もみ消されているのです。

 

食品と一緒で、過剰な香料や添加物を使う必要が本当にあるのか?

私たちのセンサーである感覚を磨くチャンスを取り戻したいものです。

 

 

  

 

 

 

アスペルギルス・オリゼ

「直感」というのは何にも勝る私たちのガイド役をしてくれると思いますが

ではそれはどうやって養い、高めていくことができるのか?

 

体を治すための質問を受ける時「〇〇はいいんですか?」「〇〇は悪いんですか?」

とよく訊かれるけれど、その本当の答えは一人一人が持っている。

だって体質や感受性、習慣は一人一人みんな違うから。

 

あきらかに何かを摂りすぎているのがわかる人にはそれを伝えることができても、

そうでもなく一般論として訊かれると、つい「それは自分の体に訊いたら」とか

「直感で決めたら」とか答えてしまう。

だけど、そもそもそれができていたら人に尋ねたりしないんだろうなと思って、

ではそんな時どうしたらいいのかな、何かヒントはないのかな、と常々思っていた。

 

それが、昨夜の平成最後のスーパームーンがあまりにも明るかったお陰(陽?)で、

つい手に取って読んだものの中に思いがけない回答があって驚いた。

 

直感を高めるとか覚醒を促すには、「あまり小手先のことを考えず、

日本人だったらまず味噌汁を飲んで漬物をつけましょう」とあったのだ。

この一行に目の覚める感じ、軽く雷に打たれた気になった。

 

むかし、心身ともに壊れてすべてを手放した頃、部屋の中でぼーっとしていた時に

ふと酵母と付き合えば治りそうとなぜか思いついて天然酵母のパン屋に入れてもらったこと。

そこで知った酵母の威力や、ちゃんと作られたお味噌汁の美味しさ。

 

あの時も直感に従って行動してよかった、と思ったものだった。

頭で考えたら、製パンの勉強もしたことなく、全然違う世界から30代後半になって

突然、飛び込むわけだし、それを受け入れてくれるところがルヴァンの不思議なところ。

 

でもそのルヴァン(酵母菌)効果があって、体は治ったし(ガンでさえも!)

結婚もして子どもも産めた。あの時の直感と行動がなければ今はないです。

逆に頭で計算してやったことというのは、いずれズレてくることが多い。

 

そういう両方の経験を繰り返して「直感」の感触を学んできたわけだけれども

その近道というか、王道が「菌」にあったのだ。

 

日本の春夏秋冬の中でしか生きられない菌「アスペルギリス・オリゼ」は、日本の

味噌汁、醤油、日本酒、発酵食品などに含まれていて、独自の味を作り出している。

そのオリゼ菌が体内に宿っていることが日本人の感覚を研ぎ澄ませていたという話。

 

オリゼはラテン語で「稲」のこと。

オリゼ菌が宿っているもの同士は深いところで響きあうことができる。

直感が冴えたり、降りてきたことも察知できるのもその繊細な感覚だそうです。

むかしから日本人はそれをわかっていてオリゼ菌が発生しやすい環境づくりが上手だった。

蔵などもそうだし、精霊というのも、実は「酵母」だそうです。

 

私はそれを読んで、ものすごーく納得しました。この説、間違いないと。

これまでの体験や土と菌と腸の知識などの点が線で丸くつながって

さすがスーパームーンの夜だ!と一人感動しました 笑。

 

これは、本当にふかーい話。数年前にNHKで放送された

「和食 千年のミステリー」という番組でもオリゼの話が出ています。

 

 

ケの日には、もうご馳走なんて要らない!

一汁(味噌汁)一菜(漬物)をちゃんと作れば十分。

 

そこをちゃんとすれば、ややこしい問題も減って、体調も整い、子育ても人間関係もラク。

それがないから、体調もすぐれない、ストレスは溜まる、鬱になる方向へ行ってしまう。

発酵食品を食べる機会を増やして、お味噌汁のおいしさがわかると運命も変わる。

 

安心できる大豆・麹・塩で味噌を作る。それを1日1回、体に入れる。

安心できる野菜で漬物を作る。それを1日1回、体に入れる。

することはシンプル。

  

せっかく日本で暮らしているのだから、それを生かさないテはないですよね。 

 

 

 

 

 

 

古くて新しい更年期

「更年期」と聞くと何だかめんどうなイメージがあると思う。

イコール更年期障害という図式が常識のようになっていたり

空の巣症候群なんて言葉もあったり、良いイメージがない。

 

予習のように?少し世代が上の(アンテナも高そうな)人の書いた本などにも

目を通してみたけれど正直、自分にはほとんどピンとくるものがなかった。

どれも、それまでのイメージの延長・拡大で、それを都市(まち)の情報と

お金を使ってうまくやり過ごす方法が多くて、とくに知りたいことではなかった。

 

例えば妊娠〜出産は、そこには自然のリズムがあり、仕組みがあり、それを上手に活用して

命が循環する一翼を担うことで何かに気づいたり目覚めたり、という経験が可能になる。

妊娠をきっかけに食べるものや暮らし方を見つめ直したり。

 

同じ女性が通る道でも、それが更年期だとトーンが変わってしまうのはなぜだろう?

結局、医療のお世話になったり、ハイブランドをうまく活用しておしゃれするとか(笑)

いや、それじゃ本質は解決していないじゃん、と思ってしまった。

 

更年期というと生殖能力がなくなる=女性としての魅力がなくなるというイメージがある。

とくに日本は若いことが良い、素晴らしいこと、魅力のあること、という空気が(意図的に)

作られているせい?でも若いことも歳を重ねたこともどちらも自然の流れの中の一時期で

位相が違うのだから優劣つけることにあまり意味はないと思う。

 

そこが起点になっている限り、若さがなくなるとか、ホルモンの分泌が減るとか

ネガティブな状態に何かを補充してやり過ごすという図式から抜けられなくなってしまう。

 

妊娠〜出産のようにそれは新しいタイミング・次のステージへの移行ではないのか?

と漠然と思っていたら、やっぱり新しい概念に出会った。

 

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ヨガの世界などで使われる「クンダリーニ」という言葉がある。

クンダリーニとはサンスクリット語で螺旋という意味を含む、

尾てい骨あたりの第一チャクラにある生命の根源的エネルギー。

宇宙に流れている創造のエネルギー。

 

体を整えて瞑想やヨガなどを行うとクンダリーニが上昇して覚醒できるとも言われている。

クンダリーニが目覚めると宇宙エネルギーと同調するため、感覚が鋭くなり、直感が冴え

潜在能力やサイキック能力が開花したり、自然と化学物質や添加物を自然と避けたり

神秘体験を経験したり、幸福感が増すなどの変化があらわれる。

 

更年期というのは、女性が生殖能力が停止した時に第一チャクラにあったクンダリーニ

エネルギーが脊柱に沿って螺旋を描きながら上昇していく時期なのだそうだ。

 

古代の哲学者が多く生まれたギリシャでは「更年期」という言葉は、はしごの一番上の横桟

(ヨコザン)を意味しているそうだ。つまりその後は桟のない段階への始まり。

 

瞑想やヨガに頼らなくても、女性にはそのチャンスが自動的にやってくるということ。

それは生殖活動の次元を超えて、自分の想像力を駆使し、能力を自由に表現すること。

その喜びをそのまま社会への貢献につながる意味合いがあるということ。

種全体の進化のために貢献できる存在であること。

人類はもともとそこに気づいていたのです。

 

ただ、上昇する時期に脊柱の何処かにネルギーブロックがあるとそれが遮られて

心身に様々な症状が出てくる。それが更年期障害と呼ばれるものの正体。

 

エネルギーブロックの原因はインナーチャイルド(潜在意識)。

今までの人生で遭遇してきた出来事で傷ついたままのこと、解消されていない問題を体は記憶している。

そこで螺旋の上昇がつっかえてしまう。でもそれが解消されてエネルギーがうまく通過すると

チャクラが一つずつ解放され高次の意識状態へ導かれるのだそうだ。

つまり女性の更年期はイコール、解放への過程なのです。 

 

昔の壁画などに下半身が太った女性が描かれているのも更年期を過ぎた女性がモデルだ。

種族として大切な場面で大きな判断をしていたり、一族のリーダー的な役割を担っていた

老年の女性は智慧者として、周囲から頼りにされている存在であることを示している。

 (男性の偉人は石造や銅像になることが多いのと対照的でおもしろい)

 

かつて人が自然を崇拝していた時代「魔女」という言葉には癒し手、産婆の意味だった。

 

 

英語で魔女はwitch

知恵はwisdom

どちらもwise(賢い)が語源。

warden(見守る人)というコトバもある。

 

けれど、男性性優位な社会を望む側にしてみると、それは邪魔な存在であり「魔女狩り」と

いう言葉があるように、排除、迫害の対象だった。その頃になると魔女の意味も、老婆、

薬草を調合する人、悪魔と交信する人、ほうきに乗って飛ぶ人などという意味合いに変わる。

 

男性性優位というのは物質的で競争的な社会。

そういう社会を作るには、まず人に恐怖心を植え付けることが必要。この世に不思議なこと、

目に見えないパワーがあるなどということはないことにすることが必須なのである。

 

でも例えば、縄文時代なんかは女性性がもっと生かされた社会だったと想像する。

そして、これからの地球も(というかすでに)そういう方向へ向かっている。

 

治療されるべきは恐怖をもとにした現象ではなく、逆に死への恐怖、老いることへの恐怖、

賢い女性に対する恐怖こそ、現代社会の病巣でありそれこそが治療されるべきではないだろうか。

 

で、周囲を見渡してみるとお婆ちゃんて、じつはすごい役割を担っていると思いませんか。

何か困ったときに、力ではなく、なんとなくムードで解決したり、

何気ない一言が妙に図星だったり、進む方向を指差していたり、

レシピなんかなくてもあるもので美味しいものが作れたり

具合の悪い家族がいても、大騒ぎせず手当したり。

 

長年生きて、その上で無自覚に宇宙と繋がっちゃってる状態はある意味、最強な魔女!

じつは誰もがそこに気づいていて、頼りにしていることがよくあると思います。

 

というわけで、更年期は解放への階段、いつでも宇宙図書館とアクセスして知恵をおろせる状態。

そして、それを周囲に還元していく存在になれるチャンスなのです。

 

そこでもしハイブランドで着飾るよりも、ほうきに乗って飛べる方がいいな、と思ったら

自然な流れに逆らうようなホルモン補充療法や、更年期症状を抑圧する方向の処置は

女性本来の覚醒のチャンスを棒に振ってしまう方向の行為であることに気づき、

今までの人生の記憶を掃除する方法を考えましょう。

 

抑圧でなく、解放、手放す方向で。

 

 

 

 

 

 

自由のはじまり

今の自分がなにかの制約の中で生きていて、ああもっと自由に生きたいなぁ!と思っているとしたら。

たぶん誰でも大なり小なり、そんなふうに思っているのではないでしょうか。

だって、あの誰よりも自由に見えるウチの息子、9歳。

学校に行くのは理科と体育だけ。「ほかは行かん」以上。

 

家では猫を傍に、たいがいレゴ、絵を描く、最近はゲーム。そんな生活。

そんな人が「自由に生きたい」と言っていたのだ。

 

「キミがそんなこと言ったら世の中の人なんてどれだけ・・・!」と家族中が心でツッコミを入れました。

 

でも本人にしてみれば、そこがテーマであり守りたいところなんでしょう。

彼なりになにかしら不自由さも感じていて。

 

もちろん本当の、責任もあっての自由とか、その辺の認識が構築されるのは

まだこれからにしても「自由」というのは私たち全員の永遠な大きな望みなのかもと思いました。

 

肉体や物質がある限り、完全に自由にはなれなくて

でも肉体や物質を手放していないということは、どこかでその制約を楽しんだり

味わったりしたい自分が残っているからでもあり

だけどその中でも自由を希求しているという矛盾した存在な気がします。

 

 

わたしの自由な世界はもっぱら空想や想像や思考

そして読む本、見るサイト、聴く音楽、観る映画などを選ぶというところに尽きます(A)

他は必ずなにかしらの制約の上に成り立っていてその制約が変わったらその選択もきっと変わると思うから (B)

 

でも、重要なのは(B)が実は(A)によって支えられている、ということです。

(A)がどれだけ豊かなものを含むかで(B)の幅が決められてしまうということを何度も経験してきました。

 

一見、無駄なことをボ〜っと想っているだけにみえて、その時間に広がった想像の力はなんというか

後々の判断力や新しいアイデアに結びつくように思うのです。

 

それがないと、どこかの誰かが作った(もしかして黒い意図をもって?)イメージに支配されてしまい

気がついたら、ぜんぜん自由じゃない世界で、自分もいつのまにか同じように人の自由を奪いながら

生きているなんてことになりかねないーそのくらいに気をつけていることでもあります。

 

 

こうでなけれないけない、とか、

これってこういうことですよね、とか

 

その辺が強すぎたり、そのわりに人に確認したがる、というのは(A)の時間が足りていないのかもしれません。

それより、

 

こうでもいいよね、とか

これって、こういうふうにも考えられるよね、とか。

 

同じ局面に遭遇しても、そっちの方がずっとたのしいし、それが自由のはじまりだと思っています。