2018年

9月

20日

自由のはじまり

今の自分がなにかの制約の中で生きていて、ああもっと自由に生きたいなぁ!と思っているとしたら。

たぶん誰でも大なり小なり、そんなふうに思っているのではないでしょうか。

だって、あの誰よりも自由に見えるウチの息子、9歳。

学校に行くのは理科と体育だけ。「ほかは行かん」以上。

 

家では猫を傍に、たいがいレゴ、絵を描く、最近はゲーム。そんな生活。

そんな人が「自由に生きたい」と言っていたのだ。

 

「キミがそんなこと言ったら世の中の人なんてどれだけ・・・!」と家族中が心でツッコミを入れました。

 

でも本人にしてみれば、そこがテーマであり守りたいところなんでしょう。

彼なりになにかしら不自由さも感じていて。

 

もちろん本当の、責任もあっての自由とか、その辺の認識が構築されるのは

まだこれからにしても「自由」というのは私たち全員の永遠な大きな望みなのかもと思いました。

 

肉体や物質がある限り、完全に自由にはなれなくて

でも肉体や物質を手放していないということは、どこかでその制約を楽しんだり

味わったりしたい自分が残っているからでもあり

だけどその中でも自由を希求しているという矛盾した存在な気がします。

 

 

わたしの自由な世界はもっぱら空想や想像や思考

そして読む本、見るサイト、聴く音楽、観る映画などを選ぶというところに尽きます(A)

他は必ずなにかしらの制約の上に成り立っていてその制約が変わったらその選択もきっと変わると思うから (B)

 

でも、重要なのは(B)が実は(A)によって支えられている、ということです。

(A)がどれだけ豊かなものを含むかで(B)の幅が決められてしまうということを何度も経験してきました。

 

一見、無駄なことをボ〜っと想っているだけにみえて、その時間に広がった想像の力はなんというか

後々の判断力や新しいアイデアに結びつくように思うのです。

 

それがないと、どこかの誰かが作った(もしかして黒い意図をもって?)イメージに支配されてしまい

気がついたら、ぜんぜん自由じゃない世界で、自分もいつのまにか同じように人の自由を奪いながら

生きているなんてことになりかねないーそのくらいに気をつけていることでもあります。

 

 

こうでなけれないけない、とか、

これってこういうことですよね、とか

 

その辺が強すぎたり、そのわりに人に確認したがる、というのは(A)の時間が足りていないのかもしれません。

それより、

 

こうでもいいよね、とか

これって、こういうふうにも考えられるよね、とか。

 

同じ局面に遭遇しても、そっちの方がずっとたのしいし、それが自由のはじまりだと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年

9月

19日

秋は肺・大腸・皮膚の季節

東洋医学では陰陽五行によって季節毎にクローズアップされる臓器があります。

一年のあいだに順番にその臓器の浄化を促がされる時期でもあり

その説にしたがえば秋は肺の季節。

肺にたまっている毒素が出やすく肺に関係している場所が不調になりやすい季節です。

 

肺は喉や鼻につながっているので、咳や鼻水が出やすかったり喘息などの

アレルギー症状が春ほどでないにしても出やすくなります。

 

肺は大腸や皮膚ともつながりの深い臓器でもあります。

体の排泄機能を受け持っているために、大腸や皮膚のトラブルといった症状も

実は肺からきていることもあり、便秘や下痢、湿疹、吹き出物という症状が出ることも。

 

また肺の悪くなっている人の特徴は悲しみや憂う感情、悲観的なものの捉え方になりがち。

 

“物思う秋”ということばのイメージもまさに肺の季節をあらわしています。

 

呼吸器官の入口である喉に痛みを感じる人も増えてくる季節です。

いそがしいから、と放置していたらあっという間に風邪や扁桃腺、気管支炎に発展してしまったり。

 

 

そんなことにならないために、喉に異変を感じたら

対策としてまずは三年番茶に自然塩を溶かしてうがいを繰り返す。

これは外出から戻ったらする、と決めていれば予防にもなります。

 

ホメオパシーのレメディを持っていれば、初期段階での候補はまずアコナイト。

これだけで翌朝はすっきり治っていることもよくあります。

もし肺まで広がりつつある感覚があればフェーラム・フォス。

そして意外に?アージ・ニットが効くこともあります。

痛みが左側ならラケシス、右側ならライコポディウムも候補です。

 

あとはプロポリスの喉スプレーもよく効きます。

 

そして炎症を止めるために甘いお菓子類、お肉、アルコール類はなるべく控える。

 

逆にいいのは、なんといっても蓮根で、すりおろしてマヌーカはちみつを少し混ぜた

ものは、自然系のど薬の女王様。また肺にとって薬用の穀物=稲の収穫がこの時期に

あるというのも自然はうまくできている、というか与えてくれている!のですね。

虫さされの時期にドクダミが咲くように。

 

化学肥料、農薬、除草剤などが使われていない近くで収穫されたお米の薬効が常在菌の

点から見てもっとも高いので、そういうお米を精白せず、分づきまたは玄米のまま

よく噛んで食べることがこの時期を健康に乗り切る体力・免疫力づくりに役立ちます。

 

もし症状があらわれても、せっかく一年分の浄化をしようと体は排泄しているので、

よほどのことがない限り医薬品で症状を抑えることなく、出し切る方向で。

風邪薬などで抑える=症状を抑圧すれば、その毒は深いところに進み、

気管支炎や肺炎などの原因として体内に残ってしまいます。

 

そして、半身浴&冷えとりソックスを強化することも忘れずに。

これからの季節はほんとうに頭寒足熱が大事でこれをこころがけていれば

毒素もでやすくなるので、からだの回復もスムーズで早くよくなります。

 

そして汗と一緒に肺に負担をかけていた感情も少しずつ手放しましょう。

悲しみ、心配、不安、杞憂、失望・・・。

感情の毒は口から入る毒の4000倍(!)という説もあります。

それらの感情を否定せず、受け入れながら放置しておく。

こだわらなければOKです。

 

そして、そのかわりに好きなことをする時間をつくる。

自分がわくわくするような行動をしながら「時間が経つこと」に助けてもらう。

 

そしてもし風邪をひいてしまってもデトックスの機会が与えられたと思って

この際、思いきって休んでしまう。通過した時には心身すっきりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年

9月

07日

9月は生まれ直す

9月は私の誕生日がある。

自分の誕生日前後は心身の調子が落ちる、ということを以前どこかで聞いたことがある。

なぜそれを覚えているかというと、自分やまわりを観察していると

なんとなくそんな気がしていたから。

 

それは生まれた時期に、またあらたに生まれ直す意味があるからだそうだ。

一回、死んでもう一回生まれる。

輪廻転生の簡易版?

きっとそんな感じだ。

 

そういうわけで毎年、なんとなく低調な誕生日前後なのだけど

今年は、ザ・更年期の五十肩と一緒なので不調が混在している感じ?

いや、これだって30代の不健康さと比べたらぜんぜんOKな範囲ですが。

 

ほかによく言われる更年期症状はまったくないのに、運動不足が原因の

五十肩だけになるなんて今の暮らしが原因の一つなことは間違いない。

 

田舎で暮らしていると歩くチャンスがない。

つくればいいけど、歩いて楽しいのは街みたいに目にたのしい地域である。

逆に街に住んでいれば、自然の風景の中で補充されるものがあるけど

田舎にいるとそれほどでもない。

 

というか、もっとなんというか圧倒的に美しい自然の風景とはまたちょっと違う

中途半端な風景のなかを運動不足解消のためだけに歩くという行為がちょっと苦手なのだ。

早朝散歩も少し飽きて、ここしばらくご無沙汰だ。

数値が高くなったらまた始めると思うが、こっちも中途半端に健康なので。

 

だから歩くのはもっぱら小倉か博多ということになる。

毎週、行くわけでないから、私のiPhoneの万歩計は恐ろしいほど止まった数字の日が続くことになる。

 

じつはジムなども自分から決して行くことはない場所である。

なんだか、すごく閉じている性格のようだけど本当だから仕方がない。

 

スポーツ選手とか、ムキムキに鍛えたり、体型維持のためにいろいろ運動したり

できる人にある何かが、私にはほとんど欠落していると思う。

 

運動すべてが嫌いなわけでなくて、歩いたり、走ったり、たぶん踊るのも好きだと思う。

その昔、海外に行けば。好奇心だけで毎日8時間歩いていたし

高校時代の長距離の記録はしばらく更新されなかったらしいし(まじ?)

イギリスにいた時はほぼ毎日、夜な夜な踊リに繰り出していた。

 

向いていないのは団体競技とか、心拍数が急激にあがることや、ベルトの上で歩いたり走ったりすること。

バーベルにもやる気がでない(だす必要もない?)

 

そんな、つべこべ言っている私だったが、先日ひさしぶりに

五十肩の痛みから少し解放されてぐっすり眠ることができた日がやってきた。

 

充分に眠れた感覚をほんとうにひさしぶりに味わえて幸福だった。

そうしたら、どうも眠っている間に「ホメオパシーがあるじゃないか!」というメッセージを

受信したようだ。そうだ、私はやっぱりそれで治る!座骨神経痛だって治したんだし

五十肩だって・・・と希望をもってレメディを選ぶ。

 

もっと早く気づけよとも思うが少しは摂っていたのだ。

緩和はするが、完全にはよくならない。

つまりヒット手前のレメディ選択のまま、それ以上に自分のことにかけるエネルギーがわかないまま

今に至ってしまったのだ。

 

でも、もう長引く症状に飽きてきた。

ここでしっかり取り組んでみよう。

 

そして現在、第一候補のレメディを摂って3日目。

好転反応らしき、肩カチカチ&首動かせない一夜をくぐり抜け、だいぶ痛みは治まってきた。

そのうえ、後ろ側に腕を動かせなかったのが動かせるようになった。

ピッキ〜ンもウソみたいに消えた。

何ヶ月ぶりだろう???

 

すばらしいホメオパシー!!!

 

慢性化させてしまったので、すこし時間はかかるかもしれないが手応えはある。

あとは動きの制限がなくなれば大丈夫。

 

ホメオパシーから遠ざかっていると、いつも身の上に何かが起こり

それが最終的にホメオパシーで解決するということを今までたびたび繰り返してきた。

離れるなよ、という天のメッセージのような気がしてこれからも勉強を続けますと一人誓う誕生月。

 

アトピーを治せるようになったようにそのうち更年期症状といわれるものも治せるようになるんだ私。

とか思っています♪

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年

9月

06日

8月は五十肩

更年期症状なんてないと思っていたら、数ヶ月前、朝起きたら肩から腕にかけて

ヘンな痛みがあった。すぐに治るだろうと思っていたけど、いつまでも治らない。

そのうち、腕の動かせる範囲にかなり制限が出てきた。

それを忘れて腕をいつものように動かすとピッキ〜ン!というどうにもならない痛みに襲われる。

 

うーむ。

 

調べると、どうやらこれが四十肩、五十肩と呼ばれる症状のようだ。

ホルモンのバランスが変わる更年期に起こりやすく、それでこういう症状名らしい。

運動不足の人がなりやすいとのこと。

当たってるではないか。

 

治し方を調べるとこれまたいろいろ。

罹った人たちが、なんとか回復しようとあれこれ試した形跡が手に取るようにわかる。

それでも、一定期間を過ぎるとほとんどの人が治っている。

 

生活に支障がでて面倒だなぁ、と感じて数ヶ月過ごしてきたけど

ネットでいろいろ見ると、私のくらいはまだ軽症のようだ。

夜は痛くなるけど、昼間はわりと忘れている。

忘れてピッキ〜ンとなるんだけど、それだってあの陣痛から比べたら時間も10秒くらいで

痛みの度合いだって軽い。でも、たいへんな人はすごくたいへんそうだ。

 

それでも、生活に陰り(?)が出てくる感じがなんだかザ・更年期。

夜に痛みが強くなるのが特徴なので、当然、眠りの質が変わる。

朝、起きられても慢性睡眠不足な日が続く。

常に眠くて、スッキリしない。

 

そこで、眠くなったらどんな時でも、なるべくすぐ寝ることにした。

幸い、8月は休みも多かった。

その間は、とんでもない時に突然、寝てしまう変なヒトと化していた。

 

それでも起きているときも冴えない感じ。

話していても、出掛けていても、世界と自分のあいだに膜があって

現実とフィットしていない感覚でボ〜っといているだけ。

小さなミス、勘違いも多発する。

 

夏休みに会った同世代の友人は右の指に同じような症状が出ているそうだ。

これもやっぱりホルモンが関係しているのかな、と言い合った。

ホルモンの影響、おそるべし。

 

彼女のお母さんもやっぱり50代の時に五十肩になったけど

そのうち自然に治ったから、きっと治るよ、の言葉を信じようと思った。

いつもは自分がだれかに言う立場の逆を経験できてなんだか確認できた感じ。

 治る、という言霊がそのうちじんわり効いてくるんだ。

 

無縁だと思っていた症状に遭遇して、確実に年齢の階段を上がっていることを知る。

でもそれは悪いことばかりじゃないと思っているので気分が落ち込んだりはしない。

ワイル博士だって、次の局面への自然な移行の現れだと言っているし

「新しい経験」という意味ではまた経験値が増えて、何かが掴める気さえする。

(前向きだなー 笑)

 

ホルモン補充療法はデメリットもあるので頼る気がしない。

自然の流れなら、自然に沿った落ち着きどころがそのうち現れるだろう。

  

おかげで、更年期にいい食品や栄養素の情報がいろいろを知ることもできた。

少しずつ試して人体実験してみます〜♪

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年

9月

01日

詩「生きるとは」

また新聞から、です。

今度は子ども新聞。

最近の新聞も何か少しずつ変わってきているのでしょうか?

 

+++

 

17歳にして俳人の小林凛さん。

生まれつき体が小さく生まれ発達も遅かったためか

小学校でも中学校でもいじめを受け続けたそうです。

 

そして高校1年生の学年末、テスト用紙の裏に

詩「生きるとは」を殴り書きしました。

わずか10分で生まれた詩だそうです。

 

+++

 

生きるとはなにか

生きるとは「抗う」ことである

必ず訪れる死に、

理不尽な宿命に、

抗うからこそ生きていける

死を受け入れれば当然死ぬ

社会に飲み込まれれば生きる骸(むくろ)となる

宿命に負ければ望まぬ人生を送ることになる

そうならぬよう

抗い生きよ

できるだけ

腐った社会、壊せ

そして作り変えろ

万人が生きやすいよう

理不尽な宿命は利用しろ

転落の危機をチャンスに変えろ

 

争うことは

思惑通りにならないことだ

だから

切るべき寿命が訪れるまで

抗え、壊せ、利用しろ

生きるために、生き抜くために

 

+++

 

絶望したくなるような状況の中でも自らを奮い立たせ言い聞かせるような気持ちで書いたのかな。

何度も読み返してしまいました。

 

今の十代の子どもたちのすべてを理解することなんてできないかもしれないけれど

でも、時代が移り変わっても自分が十代だった頃にも感じていたことと

実はほとんど変わっていない人間の心に今でも共感してしまう。

 

最近になって、今までなら巧妙に隠されていたことが毎日どんどん膿のように出てきているのを

見ていると、もうすぐこういう感受性を持っている人たちに生きやすい世の中が来る気がする。

いつか、どこを見ても透明になって、人から搾取なんてできなくなって

そして、誰もが自分として生きられる世の中が訪れると。

 

10年後の未来の自分に会いに行けば「今は大変かもしれないけど大丈夫だよ。

今の経験が全部、堆肥のように人生の土壌を作ってくれるよ」と教えてくれる。

 

自分に出会う前から、自分の好きなことよりも、まわりに望まれることばかりを求められて

それに早く応えるトレーニングばかりさせられていたら、誰だって人生がわからなくなってしまう。

 

好きなことを手放さないで

自分の心が感じたことを諦めないで

今みつからなくても、いつか出会える日のために

せめて心の一箇所だけはその時からの人生のためにとっておく。

 

そこは無限の潜在意識にもつながっているから、いつか同じ思いを抱いている人ともつながれる。

自分が本心からしたいと思うことを喜んでくれる世界とつながれる。

 

 

 

 

 

 

2018年

8月

29日

インスタ

自分はやらないだろうな〜、と思っていたインスタグラムですが

遠方に住む仲良しさんとつながることができるので始めました。

人生なにが起こるかわかりません 笑。

  

まだお試し期間な雰囲気ぷんぷんですが

ユーザーネームは maki09758 (変更しました)

 

 

気まぐれで、お店には関係のない内容ですが良かったら! 

 

 

 

 

 

2018年

8月

28日

乳がん検診

おとといの新聞に載っていた「乳がん検診・マンモグラフィー」の記事。

とうとう新聞にも取り上げられるようになりましたね。

 

アメリカの予防医学専門員会の統計をもとにした研究発表。

 

*30代以下は有効性は確認できない

*40代は利益と不利益がほぼ同じ

*75歳以上は証拠不十分

 

なので、アメリカではマンモグラフィーをう受けるのであれば50歳以上に推奨しているのだそう。

それでさえ、メリットはデメリットよりも「やや」上回る程度なのですが。

30代以下では偽陽性(=誤診)が多くメリットよりもデメリットの方が完全に上回るとのこと。

 

 

今や日本人の11人に1人が罹患するといわれる乳がんですが、発見する技術よりも

やはり「予防」を考えた生活を心掛ける方がはるかにシンプルです。

 

だいたい、癌細胞のできる仕組み、意味もわからずに、

やつける(闘う)ことに主眼をおいた治療法は疑問です。

病気は偶然ではなくどこかに原因があるから発症するのです。

 

ガンだけでなく、すべての病気の予防をカンタンに。

 

 

1.ストレスやネガティブな感情を溜め込まない。

これらを溜め込むことは血管の収縮につながります。

健康な血液が全身に行き渡りにくくなった体内環境は細胞に元気がなくなり

免疫力がグッと低下します。まわりからの視点でいきるのではなく

多少わがままといわれようと自分の体の声を優先して生きれるよう

環境を少しずつでも変えていきたいものです。

 

 

2.口や皮膚から毒を入れない。

海外の人から見たら今の日本人に食環境はそても心配されています。

日本の新聞には国内のニュースが90%以上なので

そういう事実はあまり目にしないかもしれませんし

広告主に不都合な記事は載せないことは常識です。

 

けれど、現実は対策のないまま広がる放射能汚染。

使用されている化学肥料や残留している農薬は世界トップクラス。

魚の中にはプラスティックが混入している。

添加物使用量も世界トップクラス。

 

 

スーパーにいけばカラフルな食材がいつでも並び、コンビニにはすぐに食べられる

食品が24時間棚に並んでいますが、その中でほんとうに体のためになるものが

どのくらいあるのかといえば、おそらく1%くらいしかありません。

その現実へどう向き合うのかを考えないと日本人2人に1人はガン

という現実は変わらないでしょう。

 

そして石けん、洗剤、化粧品、おむつ、ナプキンなどに使われる石油系原料は

皮膚を通して体内に長い期間、留まり様々な不調を引き起こす原因になります。

 

新建材や石油系ボンドをつかった新築住宅も要注意です。

 

 「経皮毒」は口から入った毒よりも体外に出て行くのに時間がかかります。

 

 

3.低体温を放置しない。

癌細胞は35℃台の体温の時に増殖します。

低体温の要因として

 

ネガティブな感情・ストレス。

陰性の食べ物を多く摂る。

exp.砂糖や合成甘味料、アルコールの摂取

塩分不足。

空調の使いすぎ。

電磁波に長時間さらされている環境。

 

現代の暮らしは体が陰性に傾く要因が溢れています。

対策として半身浴、靴下の重ね履きなど「冷えとり」をする。

そんなことで?と感じるかも知れませんが

頭寒足熱は古来より、医学の基本中の基本です。

 

 

4.電磁波対策をする。

IH調理器、オール電化、ハイブリッド車、電気自動車、パソコン、スマホ、etc。

便利で快適な生活には電磁波がいっぱいです。海外と違い、政府や企業からの

注意を待っていたのでは日本の場合、間に合いません。

自分で対策をしましょう。鉄塔の近くに住んでいる場合も要注意です。

 

ガウスメーターがあれば、どのくらい電磁波が発生しているか自分でも調べることができます。

 

対策として、電磁波防止グッズを使う。炭を置く。焼き塩を携帯するなど

すぐにできることがいっぱいあります。

 

 

+++

 

そして、癌と診断されても慌てないとこも大事。

診断結果をいったん(イメージで)脇においてひと呼吸。

すぐに命がなくなるわけではありません。

今までの生活のどこに原因があったのかを考えて、そこを変える努力をまずしてみましょう。

 

癌細胞の量は日々変わりますし、大人になってまったくないという人もめずらしいのです。

それをどっちの方向に持って行くかは、その後の生活と運命次第。

自分でできる改善をすべてしてみて、あとは運命に身を委ねる。

 

ガンは悪くないですよ。

むしろメッセージと思って受け取る方が光を感じられるとおもいます。

 

 

 

 

 

 

 

2018年

8月

23日

長崎 アンデルセンへ

佐賀の次に向かったのは長崎。

佐賀と長崎はお隣なのに空気がまったく違う。

 

長崎の東彼杵という場所に「子どもの村学園」が和歌山・福井・山梨・福岡に続いて

5校目となる学校が来年オープン予定なのです。今年はそこでサマースクールが開かれ

中学生の娘はそのお手伝いに行っていて(こういうことが好きなタイプです)

迎えに行くことになっていたのです。

 

それで場所を調べたら、車で5分の距離に「四次元パーラー アンデルセン」がある!

せっかくならその不思議パーラーにも行ってみようということになり予約していたのでした。

 

そこは一日30人限定の完全予約制の知る人ぞ知るパーラーで

食事の後に行われるマスターのショーを見るために全国から

あの長崎の片隅な田舎に人が集まってくる、という場所です。

 

 

すぐ前の川棚駅にある駐車場に車を停めて、11時に入店してまずはオーダー。

店内もメニューもすべて昭和のレトロな場末の喫茶店風情(失礼・・・)。

でも目的はマスターのサイキックショーなので他のことは正直どうでもよいのです。

 

それでも最近はお目にかからないようなその昭和喫茶店メニュー、

食べてみるとそれで十分、満たされてしまうという不思議。

理屈で考えたら普段はまず食べない類の食事(失礼・・・)なのに。

 

そして、ひたすら待つのですが、私など席に座ったまま眠ってしまいました。

(それくらい待ち時間が長い!)

 

ショーが始まったのはなんと3時過ぎ。

入店して4時間が過ぎていました。

しかも、カウンター席以外の人はそれからショーの間ずっと立ち見です。

でもショーが始まってしまえば、そんなことはどーでも良くなってしまうほど

驚きの連続で、それはもう百聞は一見に如かずの言葉通りでした。

 

私はカウンター席のすぐ後ろ、2列目で見たのですが、千円札が宙を浮いたり

10円玉や100円玉のサイズが大きくなったり小さくなったりなったり

ペットボトルのラベルが一瞬でその中の液体中に移動したり(!)

 

お客さんから預かって別のお客さんが番号を控えた1000円札など

一緒にポーチに入れた生卵の中に瞬間移動して、割ったら黄身から出てきていました。

 

お客さんの名前は漢字の読み方まで当てていたし、その人の頭の中で思っている

人のニックネームまでズバリ言い当てられたお客さんは小さく悲鳴をあげていた。

 

一部、タネのある手品も混ぜているようだけど

そのほとんどは手品を超えた現象の連続に見えました。

お客さんみんな口あんぐりです。

 

ハンバーガーの絵(2次元)を匂いもある本物(3次元)にしたり

スプーン曲げなんてお客さんが手に持っているスプーンまで曲げていた。

 

あとはトランプのサイズもどんどん変えてしまったり

Aのトランプのセットからお客さんが引いたカードがBのトランプの何番目にあるか

伏せてあるまま当てる、なんてこともしていました。

 

ルービックキューブも8秒で揃えたかと思ったら、4次元に持っていけば1秒といって

 一瞬で揃えたり、客席に座っていた子どもが適当に回したキューブと同じ6面を

自分の持っているキューブですぐに作って見せたり

最後には袋の中に入れたまま見ずに完成させたり

はたまた小さくしたり、大きく戻したり。

 

合間には苦笑するようなオヤジギャグも入るけど、人生訓的な話はどれも腑に落ちることで

あとで聞くとこれはそこに来ていた人によって内容が出てきているらしくて

だから悩みを相談しにくる有名人なんかも多いとのこと。

 

この店を訪れた著名人の写真が壁にいっぱい貼ってあって女優や俳優や

スポーツ選手、安倍首相の奥さん、キムタクのお母さんなんて写真もありました。

 

当日のお客さんも悩みを見えないように紙に書いて、と言われるままにしたら

その内容を当てるどころか、その悩みに答えていた。

ついでに生年月日も驚くような方法で当てられていました。

 

ウチの夫は「愛があるね、3つもあるね」と一瞬ワケのわからないことを言われたのですが

実はこれと同じようなことを以前ぜんぜん別の霊能者の方からも言われたことがあり

この方はこの方で、日本一と言ってもいいくらい有名なスポーツ選手も話を聞きにくる方だった

ということがありました。その方は東北の大震災がくる前に

「地震が来るのが気になるのよね。毎日、ここで声がするの」と言っていた。

 

そして夫にずっとパン職人だけをするということはないね、とパン屋をOPENしたばかり

だというのに構わず言っていた(それが今、現実に・・・)。

世の中、不思議な人がいっぱいいるものです。

 

話は長崎に戻って、そんなことを喋りながらその場で曲げたスプーンに夫の名前を

入れてくれたのですが「これクルマに入れておくといいよ〜」とかるーい調子で

プレゼントしてくれました。交通安全のお守りらしいです。

 

最後に帰るときに、お客さん一人一人に手から電流を流してくれるのですが、

まるで瞬間電気治療のよう。ビリビリって本当に音がします。

肩が凝ってるとか腰が痛いとかもわかるみたいで追加もあり。

 

 

マスターはスプーンも簡単に曲げますが食べてもいました(書き間違えではない)。

口から灰色の煙をだしながら、金属製のスプーンをバリって感じで「食べていた」。

 

そんなこんなを連続で見て子どもたちも絶句状態。

だって、目の前でしていることですからね。

すぐそこで平然と食べているんですよー。

そして後から、それを元に戻すってこともしてました。

 

マジックショーの想定を超えちゃっている現象が次々と目の前に繰り広げられて

既成概念がまだあまりできていないようなウチの息子でも「もう頭が痛くなってきた・・・」

というくらい、頭の中で何かが崩壊してバランスを取るのが難しくなっている。

そんな感覚をジェットコースターのように味わった3時間でした。

 

マスターは一見普通のどこにでもいそうなおじさん。

でもメガネの奥の瞳がなんというか奥行きがどこまでもあるような感じで

きっと宇宙までつながっているんだ!笑

 

なぜ、あのような能力をあの辺鄙な場所でああいう形で毎日、繰り返しも見せているのか。

25年以上続けているらしいです。毎日30人(ときには1日2回)を25年です。

しかも支払うのは注文した食事代だけ。帰りに曲げたスプーンやフォークが欲しい人には

300円で分けてくれますが、でもそれだけです。

 

きっとテレビに出たりして有名になったら、あのショーの一部だけでも

相当なお金は手に入るのかもしれませんが、マスコミの取材は一切受けていない。

 

 

「4次元ショーの内容 × マスターの生きざま」でますます謎は深まるばかりで

 

ただの見世物で終わるのでなく、その謎を追求したくなる不思議空間でした。

 

人間の能力ってきっと自分が思っている以上のものが眠っているんでしょうねーー。

お客さんの5円玉や50円玉にゴムを通したり、500円玉にペンで穴を開けちゃったり

そんなことも練習すれば誰にでもできるよー、と言っていました。

コツは隙間を観れるように訓練することだそうです。

 

すべての物は波動でできているといいますが、もしそうだとしたらマスターの言うことも

その通りなのかもしれません。波動の波の隙間をキャッチすれば不可能を可能にできる。

そう解釈すると、あまり自分の頭で自ら「制限」を与えること、

もっと言えば知らぬ間に受けている洗脳や信じている常識。

そういうものにしがみつくこと=能力を閉じ込めて生きていることなのかも、です。

 

〇〇でなければ、という拘りから少しずつ解放されたら、想像以上の世界が開ける?

そんなこともショーを見て思ったりしました。

 

そして、そういう「自由自在」を手に入れるには、

たぶん自分自身の波動も荒い波動から、柔らかい細かい波動にあげていくこと。

そうすれば、将来的にはトランスポーテーション(瞬間移動)なんかも

自然に理解できるようになるんじゃないでしょうか。

 

そして例えばどんなに世の中で悪いと言われている食べ物も料理する人や食べる人の

波動で変換できてしまう。そのぐらいの可能性を人はきっと持っている。

持っていれば、世の中の悪しき習慣もきっと自然にいいものに変換されていく。

やっぱり変化は外側からでなく内側からなんだろうな〜、なんてあらためて思いました。

 

 

 

 あんでるせん

 長崎県東彼杵郡川棚町栄町2

 0956-82-2375

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年

8月

22日

佐賀へ

旅行をすると時間の流れ方がいつもと変わってそのズレから起こるいろいろが

おもしろいから移動を繰り返すのかも?と思うことがあります。

新しい景色を見ると新しい視点ができたり、

新しい人や久しぶりに人に会うと今までと違う発想が降りて来たり湧いて来たり。

 

どこでも旅はいいですね。

 

今回、行ったのは先にも書いていた通り佐賀と長崎。

国内という以前に九州の中でもまだ行ったことのないところの方が多いので

距離的に近い土地でも未知なことだらけ。

 

ところで、家を出る前に盛んに台風のニュースを聞いていて、

帰って来たらまた台風のニュース。別の台風かと思ったら同じ台風じゃないですか!

 

なぜ発生した途端、まだ遠いところにあって、日本の上空を通るかどうかわからない段階で

ニュースを流すんだろう?もっと近づいてから話題にしたんのではダメなんでしょうか。

間に合うと思うんだけどー。

 

 

さて、そんなわけで佐賀にちゃんと行ったのは今回が初めて。

どんなところかと思ったら図書館とか美術館、博物館などが大きくてきれい。

 

展示内容は佐賀にゆかりがあるもの中心で佐賀をアピールしたい気持ちがひしひし。

その中でのはたこうしろうワークショップ・おーなり由子座談会はかなり稀有なイベントだったんじゃ?

 

佐賀県からは、がばいばあちゃんだけじゃなくてグリコやリコーの創始者なんかも出ているですね。

共通しているのは極貧から身を起こし、創意工夫で個性的な会社を作ったというところ。

みんな家の手伝いをさせられて学校なんかちゃんと出ていない。

それでも努力して独学して、学校に行っていないから発想も自由だったので、

奇想天外なアイデアで幾つもの壁を乗り越え運命を切り開いて行くというストーリー。

 

「グリコ展」なんてのもやっていました。

当時の創始者としてはたまたま発見したグリコーゲンを入れたお菓子で国民を健康にしたい

というアイデアがあって「おいしさと健康と」というコピーになったのでしょうが、

1世紀たった今では砂糖と添加物や乳製品の使いすぎじゃ?

プッチンプリンだってプリンじゃないのに「プリン」て名前つけていいの?

こんなことが気になってしまうタチなのは仕方なく・・・。

うーむ、展示会よりも江崎利一さんの本1冊読んだ方がいいかも。

 

やっぱりね、企業や研究者に大切なのは経済的な成功や名声だけじゃなくて

大局の中で今自らの位置と方向を冷静に観て判断できることだと思うんですよ。

 

それがないと節操がなくなっちゃって、深いところでしあわせや健康から遠ざかる気がするんです。

どんな仕事でもそうですけど、矛盾に麻痺するところから何かがズレていく。

ポッキーやアーモンドチョコレートやカフェオレもひとときの幸せではあるんですけどね!

 

そんなわけで、お隣で開催されていた入場料がかからなない「土木展」の方が

子どもたちにもおもしろかったようです。

 

あとバルーン(気球)ミュージアムなんていうのもあって、佐賀は気球の大会が開かれるんですね。

平野が広く残っているから、地形的に合っているそうです。

これは実際に見たらおもしろそうでした。

ミュージアムの中にはバルーンパイロットを疑似体験できるコーナーなんかもありました。

 

そして佐賀は博物館や図書館にとてもいい感じのカフェが入っている!

公共の施設にこんなカフェが入っている都道府県て珍しいじゃないかなぁ。

また佐賀に行ったら必ず寄っちゃうだろうな。

 

人ごとのように言わせてもらうとお店はドアを開けて5分もいれば

そのお店がどんなオーナーがどんな気持ちでやっているかだいたいわかってくるものです。

 

そこのカフェはバランスが素晴らしかった。

食材もいいものを使っているのに、厳しさも押し付け感もなく、

でも大切なことはちゃんと伝えていてすごいな、と思いました。

 

東京や京都の街で同じ内容でしたら5割増し以上の値段でなきゃできないメニューも

ちゃんと地元価格で提供していて、でも手を抜いていないのも誠実な感じ。

この辺にもOPENしてくれないかなぁ、と本気で思いました。

 

 

泊まったのは駅や公共施設の集まったエリアから車で30〜40分走った古湯温泉。

江戸時代からやっているという旅館では、1人で温泉に浸かっているときに脱衣所の

ドアが開く音がしたので誰か入ってくるのかなと思ったら、タオルが動く影が見えて

でも人影はなく、今度はドアがバタンと閉まリマした(!)

そして、そのあとすぐに洗い場に伏せておいてあった桶が目の前で突然、飛びました(!)

 

その話をしたら「100年以上の歴史があれば、いろいろあるよ〜」と夫。

べつに怖くはなかったので、いたずら好きのオバケ???

 

お湯は透明で掛け流し100%。加水・加熱もなし。

ぬるめのお湯なのでいつまでも入っていられる〜、と思ったら羊水の温度と

同じくらいの温度なんだそう。なるほどー。肌にもいい感じがしました。

 

翌日、こんどは嬉野温泉へ。

九州産の大豆を使ったお豆腐を、出汁を加えた温泉のお湯で湯豆腐にするという料理が

名物らしく確かに味わったことのない美味しさ。でも他のおかずはすべて甘過ぎ。

 

長崎〜佐賀〜小倉は砂糖が伝わったシュガーロードがあるのでお菓子やさんが多くて

料理も調味料もとにかく甘いので、マイ塩、マイ醤油が必須です。

お豆腐は独特の味わいで、あの「美味しんぼ」にも紹介されていました。

 

が、しかし旅館は設備やサービスの節約具合がすごくて(!)

ある意味、オバケ体験よりも驚きの連続、笑。

 

結果、ここはお豆腐を食べて、お湯に浸かって帰ってくるところだね、という結論に。

忍者屋敷もあったけど、まさに忍々!の世界でした。

 

 

 

 

 

 

 

2018年

8月

02日

小値賀島とお知らせ

今年で4回めの滞在。

なんど行ってもぜんぜん飽きない。

 

コンビニも観光施設もなくて、部屋にはwi-fiもなくて食事もついてない。

そういうところが好き。なんかゆっくりできる。

 

毎朝、父2人は市場にでかけて新鮮な魚やかまぼこ、野菜などを仕入れてくる。

テイクアウトしたお刺身もかならず寄るお鮨屋さんもすごくおいしい(そして安い!)

 

 

 

食事の用意に余念のない男子2名。

 

 

午前中は部屋でまーったり過ごして、潮のひく午後からは海に。

夕方、人がいなくなっても陽が長いので私たちはいつまでも遊んでいる。

遠浅で底まで透き通っていて魚の群れも見えて、ウニやタコや大きな魚もいる。

 

今年は気温が高いせいか、水温も例年より温かかった。

クラゲもすでに出没していたらしい。

毎年、同じような写真を上げているような、笑。

 

牧草を食べるまっ黒い牛の姿が海に入っている時に見えたりする。

小値賀はぜんたいの雰囲気が素っ気ないけど、あたたかいところが良いです。

 

 

+++

そして、お知らせ。

 

いつも小値賀へ一緒に行っている友人

はたこうしろう+おーなり由子夫妻のイベントが佐賀市であります。

2人揃って九州で、というのはすごーくめずらしいので興味のある方はぜ!

 

子どもの本屋ピピンさんというところが主催で

開催は8月19日(日)、エスプラッツホール(佐賀市白山2−7−1)という場所。

おくなが屋からはクルマで日田を経由して約2時間の距離です。

 

お問合せ・申込み:0952−27−8846 

 

午前中ははたさんのワークショップがあって、午後は由子ちゃんの座談会だそうです。

 

ポスターにかなり大きく「おーなり由子」と名前が出ていて、なんでか?私がドキドキ、笑。

 

 

 

当日は私たち家族も会場付近をウロウロしている予定です。

佐賀の駅周辺は初めて行くので、おいしいお店などの情報があったらぜひ教えてください〜。

 

 

 

 

 

2018年

7月

22日

夏休み

今年も7月最後の週は夏休みをいただきます。

 

7月31日まではすべての業務をお休みさせていただきますので

よろしくお願いいたします。

 

潮水に浸かったり、捕れたてのお魚を食べたり、星空を眺めたり、

ひさしぶりに会える友だちとたくさんおしゃべりしてきます。

 

世の中いろいろなことがありますが

みなさんもぜひすてきな夏休みをお過ごしください。

 

8月1日(水)より営業を再開します。

 

 

 

  

2018年

7月

07日

地震や大雨やポールシフト

ひさしぶりのブログです。

先月の冷えとりイベント当日から最近までしばらく調子がいつもと違って

それが雨になると抜ける、というのをくりかえしています。

 

「混線」という言葉がいちばん合うような、あまり経験のない症状。

まわりの世界と自分のあいだになにか見えない幕があるような!

とにかく、なんかヘン。

 

イベントの翌日にあった大阪の地震。

大雨。

 

そういうことがあると症状が一時、和らいで、でもまた始まる。

 

そして、また西日本に記録的な大雨。

ここ上毛町にも避難勧告が出るほど。

 

地震のエネルギーの影響を受けているとか

地球に起こっているポールシフトの影響とか

友だちが送ってくれるそれらの情報も無縁でない気がする。

 

いろんな意味で変革の時なのでしょう。

 

気象も人々の集合意識とは無縁でないし

磁力の影響は地球上で生きている限り受けつづける。

あたりまえといえば、あたりまえなことを

今あらためて確認させられている気がしてます。

 

 

そんな矢先、オウム真理教の死刑囚7名の死刑執行のニュース。

「平成のうちに」という理由で真相は封印されてしまった。

 

ほんとうに必要な真相究明をさせたくない古い勢力と

あたらしい時代をつくる勢力とのせめぎ合いがここでも。

 

隠されていたものが噴出する時期は病気が根治するときに出てくる症状とおなじ。

冷えとりであらわれる好転反応もおなじ。

症状は出し切らないと治らないのです。

 

見えない世界を感じさせるために現実の現象が起こっているのではとも思える気象状況。

河川や海洋の汚染が原因という説もあります。

そういうことをもう一回、ヒトゴトでなく考えるときなのかも知れません。

 

大きなことはできなくても

まずは自分の中から、この雨とともに浄化できるところから。

 

この状況がいつまで続くのかわかりませんが

わたしたちの世界が正常な治癒の方向に進みますように!

 

 

 

 

 

 

 

2018年

6月

14日

冷えと毒だし

「冷え」というのは手足が冷たいという自覚症状の有無に限らず

人に宿命のようにある体温の状態のことです。

 

体温が平均36〜37℃あっても、それは上半身の体温であり、

下半身はそれより平均で5℃くらい低い31℃だそうで、

この差がある状態を「冷え」といいます。

 

生まれたばかりの赤ちゃんでも、体力のある人でも「冷え」はある

というわけです。

 

暖かい空気は上方に流れ、冷たい空気は下方に流れる、という法則が

二本足歩行の人間の血流にも起こるわけですね。

 

血液と気はセットになり、体内をめぐり60兆といわれる人の細胞を

弱っているものから健康なものへと更新しているため、

 

この流れが滞れば体調は悪化し、

スムーズになれば体調は改善する。

 

病名、症状は関係ありません。

 

体温が昼間になっても36.5℃以下しかない「低体温」も問題ですが、

この「冷え」も体調が回復しない原因になっているので、

ここを解消すれば細胞の質が変わり免疫力が5〜6倍にアップする。

考えてみれば、すごいことと思いませんか?

 

 

「冷えとり」は、もともと西洋医学の耳鼻科の医師であった進藤義晴先生が

通常の治療では完治しない患者さんに何か良い方法はないか?と東洋医学を勉強され、

古い中医学の医学書から「頭寒足熱が健康維持の要である」

という記述にピンときて考案された健康法です。

 

この方法を患者さんにすすめるようになって以来、薬も手術も不要になり

病院を辞めさせられてしまったそうで、そのくらい効果があったというのもスゴイ。

(医療費、要らないよ)

 

誰にでもできて、副作用はなく(ただし好転反応は多かれ少なかれあります)、

すべての病気や症状に効く(しかもかなり!)健康法なのです。

しかも、赤ちゃんからお年寄りまで実践できる。

 

この健康法を約30年にわたって研究&実践してこられた進藤先生の講演記録を読むと、

人間に備わった自然治癒力、再生力にほんとうに驚きます。

(そして先生のスパッとした話の内容も素晴らしい!)

 

 

「冷え」を解消すれば、

生理痛、不妊、難産、更年期障害がなくなる。

虫歯の痛みがとれ、捻挫の回復も早まる。

近眼、白内障、緑内障もよくなる。

アレルギー、心臓病、癌なども治る。

 

こういうことを聞くと半信半疑に感じると思います。

 

 

それに「冷えとり」って靴下何枚も履くんでしょ(ムリ〜)

半身浴のあいだ、何してればいいの(そんなヒマない〜)

火照るほど暑がりなのに???(それは体の芯が冷えているんですが…)

 

という声も聞こえてきます。

 

でも、そう感じる間はまだ「冷えとり」を始めるタイミングではないので

無理にすすめませんし、することもないと思います。

 

 

ただ進藤先生が「冷えとり」を提唱して30年余。

今では普通のソックスよりも快適な冷えとり用の靴下が開発されていますし、

最後に履くものは好きなものを履いてもいいのでコーディネイトの邪魔にはならないですし、

(でも、靴のサイズは半サイズアップにはなるかもしれませんが)

 

履きはじめた人は結局その方が気持ちいい、心地いいから今日も明日も履いているわけで、

無理に続けているわけではありません、笑。

 

それに、裸足で過ごしたい時はそうすればいいし、

やってみて、やめて、また始めたっていい。

食事と一緒で、体調や都合にあわせて、それぞれのペースですればいいのです。

 

何しろ、30年の治療の中で「冷えとり」を実践した患者さんで快方に

向かわなかった人はいなかった、のだそうですから、試す価値はあります。

効きめ、100人中100人ですよ?

こんな万人に効果のある健康法、しかも自分さえ準備ができればすぐ始められる。

 

 

ー冷えとりと食事と心のあり方ー

この衣食心が整うと、いやでも心身が健康に向かうようにできている。

すばらしい自然の設計図!と思います。

 

ただ、体調の良くないときに心のあり方を変えるってすっごくタイヘンですよね。

ただでさえ、エネルギーが枯渇しているのに、自分の習慣的な心のあり方を

変えるなんて、それができれば誰も苦労しない。

不調の時ほど意地悪な気持ちになるのが人間の弱さです。

 

だったら物理的にできる「冷えとり」から始める方がよほどカンタンです。

冷えが解消されると、心にもゆとりが生まれ、感情面も性格も変わってくるので

少しずつ、心も体も(そして運命も!)上がっていくでしょう。

 

そして、あまりヘンなものを食べたいと思わなくなるし、

化繊の服や、合成香料の香りなど、不快なものを自然と遠ざけたくなります。

 

 

冷えとりを始めるのに必要なものは

◎重ねばき用のソックス × 3セット(洗い換えが必要なので)

◎レッグウォーマー

◎ハラマキ

◎湯たんぽ

◎半身浴のできるお風呂

 

など。 

そして、1冊以上は進藤先生の著書を読むことをおすすめします。

 

というわけで初期投資は人によって1万円〜、あれば始めらる。

これで避けられる病気を思えばほんとに安い!

 

でも、だからといってすぐに買うことをすすめているわけではなく、

「良さそうだな」「自分に必要そう」と感じたときに

自分の意思とタイミングで始めるのが大事です。

 

 

私自身はもう15年くらい続けていて(15年前はアレルギーもひどく、

癌の手術日まで決められ、それ以外の爆弾も抱え、健康上の問題には

相当、悩まされていました)

 

日曜日のお話会では「冷え」についてのほか、できるだけその辺の

体験談的なこともお話できたら、と思っていますので、

健康へのヒントにしていただければ、うれしい。

(経験が無駄にならずにすむ!)

(でも店頭でお話しているのは簡略版なので)

 

すでにあまり意識はせず、冷えとりがあたりまえの生活になっているので、

「〇〇だったのは、そうか、冷えとりのおかげか!」なんて、けっこう

あとになって気づくのですが、もし、冷えとりをしていなかったら

間違いなく今の状態はなかった。ほんとうにラッキーな出合いでした。

(ありがとう!甲田さん)

 

お話会ではもう一人、スペシャルゲストもお呼びしていて、

こちらの体験談もおおいに聞く価値あり!の内容です。

 

 

野草茶会はゆっくりと野草茶を味わいながら、

ドクダミ(だけだと作用が強い)を使ったデトックス効果のある野草茶の作り方や、

冷えとり、毒出しに効果の高いヨモギを使った足湯の体験も。

 

 

 

 

 

 

2018年

6月

05日

実・実・実

今の時期は田植えの準備と並行して、収穫するものもいろいろあり、

何といっても年に一度の梅仕事がどかーんとあって家族みんながすることいっぱい!

 

畑にある梅の木の下に立った友だちの子に「ここはもう庭じゃないね、森だね!」と

言われるくらいに枝が四方八方に広がり、それが隣のミカンの木や、柿の木や、栗の木の枝と

重なってすごいことになっているところに、梅があちこちに実ってしなだれている。

特に今年はありがたいことに出来がよくて見過ごすことができないくらい。

 

友だちに応援を頼み、大人4人で半日がかりの作業。

(と、いってもおしゃべりも同じくらい。なので楽しかった ♬)

それでも木がデカすぎて上の方は届かず、全体で半分取れたかどうか。

測ってみると30kg超え。ふへー。

 

 

その日は梅の収穫前にブルーベリーも摘みにも行っていたのでした。

 

ブルーベリーガーデン菓實(このみ)

 

ちょうど開園したばかりで、早生の品種がどんどん色づき始め、まさにブルーベリーシーズンの到来!

 

ウチでは2年前からベリー類をもっと植えよう計画があり、それならちゃんと試食して品種を選びたい!

と娘が言っていたのが、去年はお店の改装が忙しく時期を逃してしまったので、今年こそは!と

いうわけで、園内をまわって品種についていろいろ教えてもらいながら食べる食べる。

おかげさまで80種類くらいの品種がある中で、早生の品種はほぼ決定。

 

ブルーベリー以外にもラズベリーやボイセンベリーなどもあってどれも心惹かれる!

ベリー類って、見た目も可愛いし、肥料や農薬がなくても育てやすいし、

鳥たちと分け合っている感じも、なんだか楽園風情。あちこちに幸せの粒がある感じが好きです。

 

 

さらに翌日はグミ摘みにも。

1本の木から琺瑯の容器に4杯分収穫。

これはそのまま食べるとちょっと渋いので冷凍庫に入れてシャーベット状にすると

渋みが消えて、色も鮮やかな天然アイスの実!

 

そしてブルーベリーやグミで甘い夢を見た後は現実的な梅仕事が待っている!

ウチでは自家製梅肉エキス、梅干し(なずなの塩使用)、梅ジュース(マスコバド糖使用)、

はちみつ漬け(マウンテンバレーのネイティブブッシュ使用)を作ります。

 

梅酒は「あまくない砂糖の話」(脂肪より、何より、砂糖が危険だよ!という体を張った

実体験映画。ポップな描き方なの気軽に観れます)を観たばかりだし、まあ、もともと

甘々なのは好みでない(といってハチミツやメープルだって糖なんだけど)。

 

が、砂糖を使わずにできるレシピを発見したので紹介します。

 

砂糖は梅酒の腐敗を防ぎ、梅のエキスを抽出しやすくするという役割があるので

無糖で梅酒を作るには

 

1 梅を漬ける前に一度、冷凍させて細胞を壊してエキスを出やすくする。

2 アルコール度数が40〜50度のお酒につけて腐敗を防ぐ。

 

がポイントだそうです。あとは普通の梅酒と同じ。

梅1.5kgに対してお酒1.8リットルを一緒にして1年間、寝かせれば出来上がりです。

 

これなら白砂糖の害を気にせず作ることができそう。ということで、お酒の害はどうなんだ?という

のは置いておいて、今年は、ブランデー、ジン、芋焼酎バージョンの3種類を作ってみることに。

もちろん無添加のお酒で。

 

一年後が楽しみです。

 

 

 

 

 

 

2018年

6月

01日

接客

人生の多くを接客業に費やしてきたわりに、今だに素人っぽい私がいうのもなんですが、

たまに外に出掛けてお客さん側になるといつもその辺が気になってしまう。

 

この間は結構たくさんのサンプルを1日で見た感じでおもしろかった。

よく行く博多のお店(食事をするところ)はいろんなバイトの人がいて、それだけでも飽きない。

 

向こうは覚えていなくても、こっちは結構覚えていて、前回はさりげない接客で、このくらいが

過剰でもなく、気が利かないわけでもなく、ちょうどいい、さすが中年!と思った女性が今回は

なぜか意地悪したいけどこれ以上したらダメだよね、というギリギリのラインを攻めていて

どうしたんだろうと思った。料理をサーブするときのお客さんを見る目つきはもはや人類を

憎んでいるかのようだったし、終わったお皿の下げ方も乱暴でタイミングも早過ぎた。

 

すべての態度が、今日の私は機嫌が悪いんだよ、余計な世話かけるなよ!という感じ。

きっと、初めてだったら私は何か言っていたかもしれないが、前回のちょうどいい接客もできる人、

というのを知っていたから、一人の人の仕事ぶりにこんなに波があるのか、とそっちにびっくりした。

 

ま、簡単に考えれば彼女の人生に腹の立つことが何か起こった後だったのだろう。

でも、不機嫌の連鎖は回しちゃいけない。

しかも仕事中というのは誰でも一応「プロ」なんだからさ。

 

こういう場面、実は東京ではよく遭遇する。

中年女性だけでなく、若い子でも、退職後再雇用されたようなおじさんでも。

 

遭遇する率が高いので、その悪い気をもらわない技術も東京に着地した途端に自然にオンになるくらい。

もちろん洗練された優れたサービスだってたくさん見れるし、気取らず、あたたかい感じの接客の

お店だってたくさんあります。

 

でも人口の分母が多い分、人ごみや渋滞や電磁波にやられていてか、自分の機嫌を立て直す

エネルギーが枯渇してしまったまま、それを撒き散らしている人間が多いのも東京。

 

別にこちらが喜ぶことを徹底的にするのが店の務めだとも思わないし、お客様は

神様ですみたいな考え方や態度も行き過ぎと思うし、反対にマニュアルそのまま(も多い!)も、

ならAIでいいじゃんと突っ込みたくなる。

 

でも、今日の一期一会の中で最低限の礼儀はあるし、引きずっている気持ちを「仕事っ!」と

切り替えた方が自分自身、気持ちいいと思うし、そのためにも仕事ってあるんじゃないか。

立場を利用した意地悪って、受ける側がとりあえず逃げられない分、どこか卑怯だよな〜。

 

それがとうとう博多にまできたと思ったら、ちょっと悲しかった。

博多はまだ人生の時間が楽しくて笑顔の人が多い都市だと思っていたのに〜。

 

でも、同じ日のその前に出会った人はトイレを掃除している時もレジを打っている時も周囲の

空気が明るくて、へんな時間に来ている子どもの相手も自然にしてくれて、最後までニコニコ

接してくれたし、お昼を食べたお店の人なんて仕事の内容がプロ過ぎて、もはや接客なんてどう

でもいいくらいに、出されたもの手間と味だけで総合点が100点を超えるようなお店だった。

そして、もちろんお客さんとも対等に人として接してくれて、それで十分!なのだ。

 

お店の可能性ってほんとう無限だし、その一つの接客もいろいろです。

 

 

 

 

  

 

 

2018年

5月

28日

食事術や食事法の本

最近、成功者の書いた食事法や食事術やらの本がよく売れているそうです。

 

つまり何をどう食べるのか「正解」を求めて迷走中の人が多いんでしょうね。

ここでは悪いと言われたものが、あっちでは良いと言われたり、この食材が

いい、という情報も毎年変わるような世の中で迷子になるのも無理はない。

で、迷子としては知見の広そうに思われる医者や経営者や地位のある人の

集めた情報を知りたくなる。

 

本のゴシック調のインパクトのある強いデザインと「医者」とか「シリコン

バレー」とか「最強」とか、そういうサブタイトルのかけあわせが売り物と

してキャッチーなものになっているところもミソ。

 

いやー、ご苦労さん!

多くのデータ、その精査、分析、理論・・・。

アタマのいい人ってほんとうにアタマでなんでも結論を見つけられると信じて

いる姿にいつから食事ってそんなに小難しいことになってしまったんだろう?

と思わずにいられません〜。

 

そして、そういう類の本を書いているのはみんな男性…左脳が発達しすぎ!笑

考えるな!感じろ! (by ブルース・リー)

 本来、もっとそういうことなんじゃないでしょうか。

 

 

ウチは近頃はもうずーっとマメのオンパレードの食卓です。

きぬさや、空豆、グリーンピースなど。

あとはキャベツやかぶ。

 

だって畑にいっぱいなっているんだもの。

旬の採れたてのものって、おいしいからいくら食べても飽きない。

それを気の合う人と分け合ったり、一緒に味わったり。

そういうデータで追えない、数値化されないところも大事でしょ。

 

本を読むと、食材の生まれる土の話も、海の話も、旬の話も、誰が育てて、

誰が料理して、どういうシチュエーションんで食べるか、はほぼ触れていない。

 

その人の体質・体調、食材の質や量。

これも大切なファクターと思うけど問われていないし。

 

むかしの人はそんなにデータを分析なくても、からだの声や、自然の営みの中から

もっとシンプルに「からだにいい食事」を知っていたんじゃないでしょうか。

 

 

現代社会で「頭がいい」とか「賢い」と言われるのは、どうも脳のなかでも表層に当たる部分、

大脳新皮質が発達している人のことのようです。いろんなことを知っていて、分析ができて

ロジックに長けてる。そういう人は結果を早く出せて、テストなんかも得意。

資本主義社会では、経済的にも成功しやすく、社会的にも優位なポジションをゲットしやすい。

 

でも、ほんとうに脳がまんべんなく耕されている状態というのは、もっと深層部分の方が

活性化されている状態だとする説があります。そういう人は一見、ぼーっとしていて

まわりから見るとなにを考えているのかわからない。

でも突然、核心的なことを言ったりやったりする。

上の方のチャクラや直感に繋がっていて、もっと脳幹部分を使って

実はめちゃくちゃ速い速度で情報処理もできている。 

 

だから「一理はあるど、二理、三理はあるのかな?」と感じる本は、

おそらく表層部分の脳で書かれた本なのだろう、と思ってしまうんですね。

 

もうひとつ、つっこませてもらうと、こういう賢い人は利害関係もぱぱっと計算できるから

自分の立場に害をおよぼす関係のある場所への言及は易しいか、曖昧という特徴も。

仕方ないなぁ、もう、笑。

 

真実を率直に語れる船瀬さんのような人はなかなかいないのです。

 

 

 

 

 

 

2018年

5月

27日

好きな行き先の電車に乗ろう

遠方から来られる方のためにお店のある場所について書きます。

 

お店の住所では福岡県とありますが福岡県は広いので、

博多からだと直線距離でも約80km、道路だと100kmはある

福岡県のなかでも最東端にあたる場所になります。

 

JR日豊(にっぽう)線の特急では大分県の中津駅が最寄駅で、

博多ー中津は約1時間40分、小倉ー中津は約35分の距離です。

  

中津駅からお店まではGoogle mapによると最短で7.3kmだそうです。

Google mapで大分県中津駅と入力後、住所が長いので試しに「おくなが屋」

と入れたらちゃんと出てきました。でもストリートビューは5年前の写真。

 

ちなみに写真の更新頻度を調べてみたら

 

人口の多い地域・・・1年毎

人口の少ない地域・・・2〜3年毎

 

ということらしいですが、ここは5年間そのまま。

つまりそういうこと?

 

選挙の時期など、お店からたまたま出て行くと、「あ、人がいた」なんて感じに、

突然マイクから声が出る選挙カーを度々、見かけるくらいです、笑。

 

 

Google mapは、しかも何?

知らぬ間にお店に点数までつけられている・・・。

こういう仕組み、危ういな〜と思うが、どうぞお好きに。

 

こういうのを見るたび思うが、そのお店を運営している側はコストもリスクもかけていて、

点数をつける側にはそれらは不要という仕組み、もう少しどうにかならないんでしょうかね。

 

おくなが屋はおいといて、全体の仕組みとしての話、生活も人生もかけてやっているお店を、

たまたま入ったその瞬間だけで一方的に評価してそれは多くの目にさらされて、その中の

間違いや誤解は訂正されず、という現象に傷つく人や苦しむ人だっていると思うんですが。

 

「食べログ」なんかもそうだけど、こういう仕組みを考案するなら、この不公平感の蓄積に

ついてちゃんと考えるべきだと思う。良い評価をされても真から喜べないモヤモヤが残るよ。

 

でも、本当の解決策は自分の中で「他人の評価で生きない」という決意を立てることですね。

好きな行き先の電車に乗ろう!

 

 

というわけで、特急で中津駅に降りたら、そこからはバス(というか乗合タクシー的)も

ありますが本数は平日で1時間に1本。土・日・祭日になると1日で6本になります。

 

運良く(?)乗れたら乗りるのは「中村」というバス停、そのすぐ前がお店です。

「中村」というのは合併前の太平村ではこの辺りが中心地だった名残だそうです。

 

バスでの所要時間は18分、料金は300円。

タクシーはもっと便利ですが2000円くらいかかります。

 

そういう場所なので、できるだけクルマで来られる方が便利&簡単です。

東九州自動車道の「上毛町(こうげまち)スマートインター」からは5分。

「豊前(ぶぜん)インター」からも10分の距離です。

 

来られる時は定休日・営業時間・臨時休業などのチェックをお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年

5月

22日

取材

先日、博多のテレビ局のクルーの方たちが上毛町の取材にやってきました。

テレビの取材ってなんでいつも突然なんでしょう。

あまり構えられてしまうと、おもしろくないんですかね。

 

「めんたいワイド」という番組だそうです。

クルーの皆さん、みんな明るくて楽しい方でした。

ああ、そうか。テレビを観る人はこういう明るさ楽しさを

求めているんだなぁ、と悟りました(?)

 

24日(木)16時過ぎの放送予定。

(ニュースの内容によっては変更あり)

 

こちらは「ナチュラルに」話しているのに、放送できない話が多すぎ〜、

「ピー」ばっかりで下ネタ話しているみたいになっちゃう、ってどういうことですか?笑

 

いったい、どんな編集をされるのか?ほんとうにに電波に乗るのか?楽しみです。

あははー。

 

とんでもない所に入って来ちゃった、と困り顔のレポーター斉藤さん。笑

どうも、お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

2018年

5月

14日

都市と地方 つづき

阿部幸大さんの記事はほんとう、そうなんだよね、、、。

 

都市部ではあたりまえの情報や選択肢が、田舎ではそれがあることが想像すらできない。

それって考えてみれば、すごい事実だけど、片方からはもう片方の現実が想像しにくい。

 

そうなんだよねぇ、、(ひつこい)。

 

でもね。

彼は知的向上心の強い30代になったばかりの若者。まだまだ、これから多くの経験をして、

10年後、20年後はどんなふうに考えているのか?ちょっと興味が湧く。

 

田舎の欠落している部分に対して憤りや不公平感を持つことはとても理解できる。

けれども、さらに広く考えれば、誰でも(都市部で生まれ育ったって)、

自分の人生には何かしら過剰なものや欠落しているものを、大なり小なり抱えていて、

 

そこにはやっぱり何か意味というか、その人の人生のテーマのようなものが含まれていて、

そこを克服することがその人の才能も開花させるし、成長もさせる、そんなふうにも思うから。

  

そして、今までの底辺校or東大とか、都市or田舎、そういう対立的な比較が通用しにくく

前時代的になりつつあるのも個人的には感じるし、価値観にしても、学力にしても

偏差値のような小さな物差しだけでは語れないのは、もはや常識。

 

同時に資本主義(経済効率主義)にも陰りが出てきているし、高学歴なら幸せなのか、と

問うたらもう誰もそんなものは心の底では信用していない世の中なんじゃないだろうか。

(だって学校の成績で優秀だった人って搾取構造に取り込まれやすいし!笑)

 

才能とか能力というものはきっと無限だから、「部分(専門)」を勉強するよりも、

自然の中や、遊びの中で「全体」を学んだ方が意外に大局を把握できたりもして、

これからのアナスタシア的な幸せを望むとしたら、むしろそっちが重要と思う。

 

ただ、そういうことも刺激のない閉鎖的な場所にずっといたら難しいということなのかな。

そこで現状問題として、田舎にいながら十分な文化と教育を享受できる解決法を想像してみる。

 

例えば、ふるさと納税。

この資金はもう全部、文化教育の充実に遣う。

 

それなりの規模の図書館をつくる。

(同)美術館をつくる。

(同)コンサートホールをつくる。

(同)植物園をつくる。

(同)無化学肥料・無農薬の農場をつくる。

自由な学校をつくる。

 

などに充てたらどうだろう。

そこで働きたいという人も増えるし、その場所を拠点として内外の優れた人の行き来ができる。

自然豊かな地方にいながら、文化にも触れることができるなんていいと思う。

 

それから、 都市の子どもと田舎の子どもを交換留学のように、

お互いが環境の違う場所で過ごせるような施設をつくってみたらどうだろうか。

 

そして都市の子どもには農作業や木工や、海や川での活動など、自然体験を中心に、

田舎の子どもには、図書館、美術館、街に出る、観劇やコンサートなど文化体験を

中心にしたプログラムをつくる。

 

数日間の体験でなく、数ヶ月あるいは数年を元の場所や親から離れた

寮のようなところで暮らしてみるのだ。おもしろいと思う。

 

って、こういうことは国や行政がしてくれるのを待っていても仕方ないので

個人レベルでどんどん実行してみるしかない。とにかく、旅でも何でも「移動体験」を

するとか、自分たちで集まってイベントを企画する、参加するとか。

 

とにかくバイタリティと好奇心があって、まだ心も柔らかいうちに、どんどん世界を

見ておけば、その経験がいつかいい感じに発酵して、一生の財産になると思う。 

 

 

 

 

 

 

2018年

5月

11日

都市と地方

今、ネット上でちょっと話題になっている記事です。

 

知られざる「文化と教育の地域格差」

 

よく親の年収で子どもの学力に格差がでるとはいわれるけれど、

生まれ育つ場所のによる地域格差の方が深刻では?という話。

 

うーむ・・・。

この記事を読んでしばらく考えてしまいました。 

 

私自身は大学卒業までは東京で生まれ育ち、その後は海外と行ったり来たり。

そして結婚後は東京、アメリカ、栃木、そして現在地。

合わせて田舎暮らし9年目を迎えた、この記事を書いた方とは逆方向の移動をした身です。

 

ただ、那須(栃木)はSHOZOを始め、気の利いたお店や保育園もあり、移住者も多かった

エリアなので、この執筆者のカテゴライズしている地方ではないかもしれない。

そう考えると、本当の(?)田舎暮らしは今この場所が初めてと言えるかもしれません。

 

ちなみに海外に住んだ時も大きな都市から30〜1時間くらいのところの、日本で生まれ

育った環境と似た文化度と自然環境のエリア、要は慣れている感じの場所を選んでいたようで、

それ以上の地方・田舎には旅行などで短い滞在、つまりお客さんとしてしか過ごしたことが

ありませんでした。

 

夫と出会った頃の会話で

「人生で一番びっくりしたのは新宿の紀伊国屋書店に初めて行った時のその本の量=情報量だった」

という話も当時はまったくピンときていなくて(ごめんよ)、こっちは十代の頃から、行きたければ

行ける場所、待ち合わせに使う場所でそれがどんなに価値のある場所か、想像することもありませんでした。

記事で書かれている「地理的アドンバンテージを享受している自覚がない」典型?

 

でも、地方での生活が長くなるにつれて、その現実がだんだん理解できるようになりました。

今ではネットもAmazonもあるけれど、それでも生の(?)大型本屋さんには魅力があります。

当時だったら、なおさら街までの距離=文化・情報への距離に近かっただろうと。

 

最近、思い出すエピソードでは、そのむかし(1980年代)、今井美樹ちゃんが初めてパリに行った

感想をインタビュアーの質問されて「もちろんパリは素敵な街でしたけど、もう東京に住んでいるので、

そこからパリに行ったときよりも、故郷の宮崎から初めて東京に出たときのカルチャーショックの方が

はるかに大きかった」と答えていて、当時は「そうなの〜?」と思ったけれど、今ならわかる気がする。

そうでしょう、そうでしょう。

 

最近は、たまに東京や京都に行くと、ここが今自分が暮らしている場所と同じ国か?っていうくらいに

情報や選択肢の質も量も違いすぎて、東京出身者だって、めまいが起こりそうになります、笑。

まあ、慣れますけど。

でも、その違いを少し憂いてしまう気持ちもあり、その気持ちがこの記事に刺激されたわけです、たぶん。

 

食に関する情報だって、エネルギーの情報だって、店の内装、家の造作、エクステリアや庭づくり、

着る服だって、仕事の種類、カフェやレストラン、そして執筆者の阿部さんがもっとも問題視している

文化、教育だって、選択肢の多さ、情報の多さがあまりにも違いすぎる。

 

本が買えても、ネットが繋がっていても、you tubeを観ることができても、DVDが借りれても、

実際にその土地に暮らしてその空気を直に感じて過ごしているのと、

それを情報化して、伝わるものとはやはり違うのです。

 

北海道の田舎から東大に進んだという阿部さんは両方の差を、よく書き表していると思う。

田舎に生まれ育っても、こんなふうに人はなれる可能性があれば、それでいいじゃないか、

と突っ込みそうになるけれど、それはあくまで「運」がよかったと彼自身は後ろめたさ

「サバイバーズ・ギルトのような感覚」さえ持っているそうです。

 

「偶然性に翻弄される田舎育ちの子どもたちに彼らが潜在的に持っている選択肢と権利を想像させる

機会を与えること、そして都市に住む人たちに、もう少し田舎の実態を想像してもらうこと」を望んでいる。

 

でも、かつての自分がそうだったように、教育・文化・情報がたっぷりある場所にしか住んだことがないと、

田舎のほんとうの状況を理解するのって、結構むずかしいんですよね・・・。

 

 

  

(たぶん、つづく)

 

 

 

 

2018年

5月

01日

本屋さんへ行ったら

本屋さんに行ったらぜひ見てね。

本の紹介です。 

 

一つは雑誌「アンドプレミアム」

イベントルームでお花のクラスや野草茶会をしてくれる澤村夫妻が紹介されています。

博多に住みながら、野生のお花を育てたり、田畑もしていて、おまけに

欲しい野草も念力でタネを庭に呼び込めるお二人の暮らしをぜひ覗いてみてください。

 

 

もう一冊は、おーなり由子ちゃんの新刊です。

「子どもスケッチ」

息子くんが生まれた時から10歳くらいまでの日常をスケッチのようなエッセイにしています。

かわいい絵がいっぱい載っていて、それを見るだけでも価値あり!

 

身近に小さな子がいれば、うんうんあるよね、というような他愛ないけどかけがえのないシーンが

多くて、読んでいて、いろいろ思い出してしまう。

ちょっとタイムスリップしてあたたかい気持ちになって今に戻ってくる、そんな本です。

 

長女が生まれたばかりの頃、東京で一緒にお互いの赤ちゃんを連れてよく過ごしていた頃、

わたしが何気なく、幸せな愚痴?を由子ちゃん相手にこぼしていたことがあって、

そこが切り取られていて、ああ、そんなふうに思っていたなぁ!と懐かしい。

 

今はすっかりお互い「親」の顔しているけど最初は立場にその戸惑うことも多くて、笑。

みんな、子どもの存在で「お母さん、お父さん」になっていくんだよね、とあらためて思いました。

 

初めての赤ちゃんとの生活にまったく辛かった思い出がなかったのは、今思えば、

こういう同じ環境の、なんでも話せる友だちがいたから、というのも大きかったんだなぁ。

 

 

2018年

4月

28日

シミの原因

紫外線の強い季節になってきました。

 

商品のところで、日焼け止め商品の多くが(紫外線以上に?)実は危ない、ということを書きました。

それに追い打ちをかけるようで申し訳ないのですが・・・かけさせていただきます、笑。

 

CMなどを見ているとあたかも紫外線が悪者で、それに当たりすぎるとシミができる、

だから、must 日焼け止め、そして腕につけるカバーやら、マスクやら、サンバイザーやら。

それが全部、黒いものをつけて自転車で走っている人などを見かけます。

(大きな声では言えませんが)不気味です。

 

インフルエンザや結核菌、鳥インフルエンザなんかもそうらしいですが、

その人(生き物)の中に原因がなければ発生しないものって実は多い。

 

シミだって普通の生活で紫外線にあたるくらいでは、シミだらけになったりしません。

むかしは紫外線防止のクリームなんてなかったけど、

むかしの人の写真を見ても誰もシミだらけじゃない。

 

原因は体内に溜まっている、添加物、合成甘味料、合成薬などの石油化合物質(が増え出したのは戦後です)が、

消化酵素で処理できないため、その老廃物が肌に出てくるのです。急に増えてくるホクロなどもそうです。

老廃物がどんな形で出てくるかは体質にもよるので、現れ方は人それぞれですが。

 

でも、コンビニのお弁当や、化学処理された油を使った揚げ物、ジャンクフードなどを

平気で食べたり飲んだりしておきながら紫外線を悪者にするのは、どうかと思うのです。

 

肌を白く維持することで仕事になるモデルさんなんかは日傘を使いますね。

肌に負担をかけることを最小限にするなら、その方がいいと思います。

 

逆に、炎天下、日陰のないところで一日作業をするお百姓さんなど、

一番紫外線にあたっているような生活をしている人たちはシミでなく日焼けです。

 

そう、だから私たちが恐れている「シミ」の主な原因は体内の老廃物、

もしくは石油由来の原料を使った化粧品を塗っている外側からの要因から発生しているのです。

そこに気づけば、そんなに怖がることはありません。

 

レザーでシミ取りしても、原因が残っていればまだできます。

でも原因を減らすような生活をしていると、シミやホクロは薄くなっていきます。

 

テレビや雑誌は化粧品会社と製薬会社が巨大スポンサーなことを思い出して、

何か気になる情報が入ってきたら、本質を探しましょう。

 

それは恐怖心を煽られる情報か、あるいは

あるがまま自然に沿って生きていればなんとかなる〜、と思わせてくれる情報か。

 

一方的に与えられる情報の多くは何者かの意図のもと、都合がいいように

かなり編集コントロールされている、ジャンク・インフォメーションです。

 

気にしない、気にしない、と思える強さを!

そして、自分から本当の情報を求めようと動くこと。

 

 

それでも、急に日焼けしてヒリヒリするのを避けたいと思うのは当然ですし、

あまり日焼けはしたくない、と思うのも自由です。

 

そんな時はできるだけ自然食にして体内に原因を作らないようにするのが基本。

そして、日傘、帽子、安心できる日焼け止め。

 

そして、ホメオパシーにもいろいろ対策法がありますので、

そこから勉強してみても、おもしろいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年

4月

24日

肉食と夢

この数ヶ月、いやほんとうは2、3年前からうすうす感じていたことに、

お肉をそれなりに食べた日は夢が変化する、ということがある。

 

いや、ほんとうに。

 

どんなふうに変わるかというと、普段の夢はわりと現実の延長的なもので、

ちょっと気になっていたことが出てきて結論を見せてくれたり、会いたかった人に会ってたり、

行きたかった場所に行ってたり、たまに展開が突飛で(空を飛んでいることがよくある)。

 

夢の中で「これはまるで夢みたいだ・・・ああ夢なのか!」と思っていたり

他愛ないけど、けっこう楽しかったな、と思う夢が多い。

 

なのに、めずらしくお肉をそれなりに食べた日の夢はあまりよろしくない感情ー

悲しいとか、辛いとか、恐怖心、憎しみ、みたいなものが沸きあがる内容の夢になる。

 

肉を食べたなぁ、と思いながら寝ているわけでなく、朝起きて、夢を思い出し

「なぜ?」と思ったとたん、前日のメニューに思い当たるのだ。

 

それで、これは屠殺された動物の念がお肉の中に残っている、という話も

あながち空想ではないのだな、と思うようになった。

 

夢を通して、なにか訴えられているような気分で目を覚ます。

そして、消化器の中には2、3日それが残留している「重さ」を抱えて過ごす。

 

そこに気づいてから、お肉を食べることになった時には心して戴くようにしている。

もちろんクスリ漬けで育てられたお肉や、本来の生態とかけ離れたものは極力避ける。

そして、なるべく卵とか、バターとか、直接、お肉というのではなく動物が産んだものを選ぶ。

 

自分にはたぶん、もうお肉はほとんど必要がないものなんだろう。

でも、友人家族が料理したお肉料理にはそういう念が消えている、と実感することもある。

こわい夢もみない。料理の腕の中に、なにかお肉の状態を浄化する才能があるのか、

好きな人たちと楽しく食べると念も昇華されていくのか、たぶんどっちか、その両方の作用なんだろう。

 

 

+++

 

このブログを書き終えて、帰って来たらアップしようと思って東京に行ったら、

思いがけず、韓国焼き肉をごちそうになる、というシチュエーションに!笑

呼び寄せ?

 

韓国の人が一人でやっているお店で、材料を韓国から仕入れているみたいだった。

懐かしいユッケもあった。

何年ぶりの焼肉、冷麺、辛い味噌のスープ(韓国語で読めず)かなり、おいしかった!

一緒にいた方たちがちょっと特殊だったせいもある?笑

イヤな夢も、ブツブツも出ず。

 

しかも若い時によく月に1、2回は食べに行って元気になった時の感覚が体に戻ってきた。

年に一回くらいは韓国焼肉、食べに行こうかな、という考えに更新されそうな日でした。

 

 

 

 

2018年

4月

10日

していい減塩、ダメな減塩

長いので覚悟してくださいね。

 

多くの場所で「減塩」が喧伝されているせいか、今もまだ「減塩=健康維持の常識」と信じ込んでいる

人が多いのですが、塩の「質」を問わず減塩を実行するのはほんとうにキケン!というお話です。

 

もうここで語らなくても本当の情報は手に入れようとすれば簡単になった時代なので

まとめたことがなかったけれど、大事なので一回まとめてみようと思いました。

 

まず本来、塩は生物が生命を維持するための必須ミネラルがいっぱい含まれているものです。

日本人はそれを本能的にわかっていたのか、古墳時代から海水から塩を摂取していたことが

わかっています。

こんな塩田だったようです(写真は拝借)。

 

ところが今や、

高血圧や心臓病などの人に減塩をすすめる医療現場。

減塩メニューを考える栄養士。

「減塩」を謳う食品メーカーの商品。

マスコミの特集する減塩方法。

これだけ四方八方から言われたら、素直な人はみんな「塩は悪い」と洗脳されていきます。

 

どうなっちゃったんでしょう?

 

小中学校の食育講演会で「塩は一日2gまで」と保護者に堂々と語った医者と栄養士もいたました。

塩の質について質問しましたが、塩はどれも同じ、という回答。

その場で逮捕したくなりました 笑。

 

その方たちもぜひ試してほしい。

(その前に1日2gを本当に実践しているのか疑問ですが)

1ヶ月でも塩抜きの食事をしてみたらわかると思う。

力、出ません。

朝、起きることすら辛くなる人がほとんどと思う。

 

そもそも「減塩」という考え方が出てきたのはこの20~30年の間です。

少なくとも1600年代から海塩を摂り続けてきた日本人の歴史の中で、まだ、つい最近の話なのです。

 

長野県の高齢者が減塩を実行したら平均寿命が延びた、という実験結果がでて以来、

あちこちで減塩運動が盛んになったり、挙げ句の果てには

高血圧は塩の摂り過ぎが原因、という説が横行したり。

その頃から、猫も杓子も減塩が正しい、と信じ込まされてきた。

 

でも大局的に見て、それで病人は減っていないでしょ。

高血圧の原因が塩、という説も、もう崩壊している(しているんですよー)。

もともと塩の「質」に言及していない研究結果に翻弄されただけなのです。

 

 

こんな減塩思想が広まったのには大きく2つの流れが合流してできた節があります。

 

1つは西洋からのもの。

西洋料理=肉食。肉の中にはその動物が食したものからの塩分がすでに含まれています。

そこにさらに塩分を摂取すれば、過ぎたるは及ばざるがごとし。

そこで基準が設けられ、それがそのまま日本に持ち込まれたという流れ。

最初に広まった基準量は肉食人種に向けたものでした。

 

でも日本料理はもともとお米、野菜、大豆や魚のタンパク質中心で西洋人とは体質も食事内容も違い、

そこへ同じダイエット(食事法)を当てはめることが、すでにズレています。

 

昔から日本食には塩を使った発酵調味料、漬け物、保存食が多くありました。

そこで使われていたのは海塩。

海塩には、森から川をつたって海に流れ込んできた自然のバランスで約90種類のミネラルが

含まれているといわれています。西洋人と比べ、腸が長く菜食に向いた日本人はこうして

お肉を食べなくてもミネラルを補給してきました。

 

かつての日本の海岸沿いには海水から天日塩をつくる塩場が数多くあったのです。

ところが高度成長期に入った日本には、そんな悠長な塩づくりよりも沿岸部を工業地帯にする政策を推進。

塩田だった場所を工業地帯にするために民間企業が塩を作ることを禁止する塩田法(塩業近代化臨時措置法)

という法律が1971年にでき、翌年にはそれが施行されました。

 

高度成長期は効率よく経済を発展させる、ということがもっとも優先されます。

そこで塩の作り方も、天日に干す、窯で炊く、という時間のかかる方法でなく、

精製して塩辛い味だけが残る海水を精製する方法に切り替えられたのです。

 

この方式を「イオン交換膜製法」といいます。ここで塩の質が

ミネラルが約90種類含まれた海塩からナトリウム99.9%以上という人工的な精製塩へ

大きく変化します。

 

写真を見ても工業製品のような塩が作られている感じですね。

そして1972年(昭和47年)以降の日本人はそういう塩辛いだけの精製塩しか口にできなくなったのです。

 

かたや、自然海塩には

 

硫酸カルシウム 甘い味

硫酸マグネシウム 旨味のある苦味

塩化マグネシウム コクのある苦味

塩化カリウム   キレのある酸味

塩化ナトリウム  塩辛い味

 

など、様々な微量に含まれるミネラルがハーモニーになった味。

 

 

私たちは効率を求めると頭の中で判断した「無駄なものを省く」道を選びがちです。

早くアタマをよくするために主要科目だけを勉強させたり、

早く効果を出すため薬草の「効く」と言われる一部の成分だけが残る精製したクスリを作ったり、

さらに化学記号が同じならいいと、石油からその成分を作り出してクスリにしています。

 

これで、ひと時の経済効果、健康効果は上がるかもしれません。

今だけの短いスパンでみたらそれでもいいかもしれない。

だけど、時間は続きます。

 

「無駄なもの」に見える中に、実は大切なものが含まれている。

役に立たないと思われたものが含まれて相乗効果が生まれる。

そういう自然の姿の中で目に見えにくいものをどんどん排除してしまう危険性には

目を向けず切り捨てることで発展したつもりになってしまう。

 

「精製すること」のデメリットや副作用の問題はもっと考えられてもいいように思います。

近道のつもりが遠回り。どころか、取り返しのつかない道を進み過ぎていることが多くあります。

 

塩も同じ。

 

精製塩は体質をナトリウム過多にさせ、細胞膜から水分を排出しにくくなり浮腫を招いたり、

血圧を上げたり、心臓の働きを狂わせたり、ありとあらゆる問題の原因をつくってしまいます。

 

人体にはナトリウムとカリウムが同じくらい必要なのに精製塩を摂れば摂るだけ、

そのアンバランスは大きく傾いていきます。

 

一方、自然海塩や岩塩など、多くのミネラルが含まれている塩は逆の働きをします。

血圧を正常(年齢+90)にし、心臓が動きに一定のリズムをつくります。

それだけでありません。

肌の調子を整え、生理を正常にし、からだの攣りが起こりにくくしたり、花粉症を防いだり、

自然塩の効能は書ききれないほどあります。

 

ところが、塩田法が廃止されるまでの約30年もの間、

まともな塩が食べられなかった日本人は完全にミネラル欠乏症になりました。

それによって本来持っていた免疫力が低下し、感染症やアレルギーや生活習慣病と呼ばれる

病気にかかりやすくなったのです。

 

さらに遡ること1950年代には、化学肥料、農薬、除草剤が登場しました。

戦前にはなかった、これら農業を工業化した物質により、土壌の中にもミネラルはなくなりました。

結果、そこで育った野菜は戦前の野菜に比べて、栄養素は5分の一(!)、

そして毒素は増加。

 

一言でいってしまうと「工業化」「経済効果優先」の価値観が、

野菜からも塩からもミネラルの失われた環境を作ったのです。

 

ミネラルが欠乏すると血液の質が落ちます。

その結果がすべての病気の原因です。

 

癌、高血圧、花粉症、アトピー性皮膚炎が増えたのは、1960年代以降です。

戦前では聞いたことのないアレルギーや病気が急増したのは、この環境が主たる原因なのです。

 

今や、病名は1万超。

でも名前は増えても原因はすべて汚れた血液病。

 

ミネラルは植物しか作れません。

植物(自然)を痛めつけている限り、それは人間に跳ね返ってくる。

森がなくなれば、海水も変化する。

 

どんなにスバラシイ最新の治療法をミネラル不足の体に使っても、

基礎工事のできていない場所に建てている高価な建造物みたいなもの。

健康維持の基本はミネラルいっぱいの食物です。

 

つまり、していい減塩はナトリウム99.9%以上の偽塩(精製塩)の減塩。

減塩というか、絶塩してオッケー。

 

ただ偽塩をやめたつもりでも、加工品は売値を安くする目的で精製塩が使われているものが

とても多いです。たとえば「無添加」という表示でも原材料に精製塩が使われていたら

心身への影響は「無添加」とは呼べない、と思っておいた方がいい。

 

そして、決してやってはイケナイのは自然海塩の減塩です。 

ダルい、キレる、落ち込む(鬱)、暴力的になる、頭痛、不妊、アレルギー、高血圧、癌、

心臓病、あらゆる難病、奇病、そういうものを育てる土壌を作ることになります。

 

病気までいかなくても、水太り、弛緩した体型、毛穴が広がった肌、力のない眼、不整脈、

認知症、熱中症なども、ミネラル不足が原因。

 

ちなみに、パン食が多い、甘いものを毎日食べる、コーヒーやお酒をよく飲む、ことも陰性度を強めます。

それでも、これらはココロの栄養でもあるので、ぜひ「質」のいいものを選んで

一回あたりの満足感を高くして、ジャンクなものの常食から卒業していきましょう。

 

現代の暮らしの中には陰性度高めの環境が揃っています。

電子レンジ、IH調理器、wi-fi、スマホ、パソコン、ホットカーペット、ハイブリッドや電気自動車。

また携帯基地局の近くや、オール電化住宅、コンクリートの建物の中で過ごすこと、など。

 

そういう環境に浸っている体ほど自然塩が必要です。

いっけん関係ないように見えても、陰陽の視点で考えてみましょう。

 

たとえば、癌になりました。

抗がん剤、放射線療法、すべて極陰性です。

癌でなくても同じように、化学のクスリのほとんどは石油由来なので陰性です。

(そして消化酵素で分解されない)

そこに玄米菜食(マクロビオティック)な食事療法も取り入れる。

病気に効く、といわれたらなんでもやっちゃう。

 

でも最近のレシピも減塩思想を反映したものが増えているので、すごく危ない。

動物性(陽性)もなくして、自然塩(陽性)もなくした食事をすれば極陰が極まり

助かる見込みは激減するでしょう。

 

癌で命を落とすのでなくて、陰陽を無視した治療方針で命を落としていることに気がつかないと。

体調がすぐれないのは偶然や不運なのではなく、ミネラル欠乏なんです。

 

癌になったら、とにかく自然塩を摂って、体質を陽性にもっていきましょう。

病気の人ほど、偽塩をやめて本物の海塩を!です。

食事療法も、まず本物の塩をたっぷり使い、その質(栽培方法や旬)を考えなければ意味がありません。

 

*料理の味付けが不安

*外食が多くて食生活が乱れている

*水分補給をよくする

*高血圧などで塩分を控えるように医療指示された人

*朝起きれない人(低血圧でなくミネラル欠乏が原因です)

*元気がない人

*運動している人

*デトックスしたい人

*スッキリきれいになりたい人

 

こういう人ほど自然海塩を摂りましょう。

 

ちなみに塩は煎り塩にするか、料理で加熱するか、もしくは発酵食品で摂れば

内蔵に負担なく吸収されます。

 

そして偽塩(精製塩)は体内に残り問題を起こしますが、

自然海塩は摂り過ぎても自然に体外に出ていくので心配無用です。

 

具体的には体重や運動量や体調によって変わるので一概には言えませんが、

それでもあえて言えば12〜20g/一日。

 

もうホント、インテリだったり優秀と言われていたり、専門家ほど、

もっともらしく「塩は控えて・・・」とか言うもんだから、

もうそのたびにこっちは ʅ(◞‿◟)ʃ オーマイガッシュ!

精製された教育を受けてきたのね、なんて。

 

檻から出て、野生の勘を磨きましょうね。

 

 

最後に塩の種類をおさらい。

 

食塩

専売公社の製造する、加工品に多く含まれる、ナトリウム99.9%以上の塩 ⇒ ×

 

再生加工塩

イオン交換塩ににがりなどのミネラルを添加した塩(イオン交換塩加工)⇒ ×

輸入した原料塩ににがりなどのミネラルを添加して成分調整した塩(自然海塩加工) ⇒

 

釜炊塩

海水を塩田や枝条流下式で濃縮し、平釜で煮詰め結晶化させた塩 ⇒

 

天日塩

海水を塩田や枝条流下式で濃縮し、太陽光と風だけで数ヶ月かけて結晶化させた塩 ⇒

 

岩塩

むかし海だった場所が地殻変動などで陸地に閉じ込められ塩湖となり ⇒

その海水が蒸発して次第に塩が結晶化し、それを採取したもの

 

ほかに岩塩に似た湖塩と呼ばれる塩もありますが、

地産地消を考えても、日本人にはまず自然海塩(釜炊塩・天日塩)がおすすめです。

 

「なずなの塩」をつくっているところ。

おいしそうだし、風景的にもうつくしいですね。

 

今でも鉄の平釜を使い釜炊塩を作っているそうです。

しかも、ありがたいことに同じ製法の塩の中でもっとも安価。

 

ほかに日本では塩田法に負けず本物の塩を作り続けた「海の精」も有名です。

 

塩田法が廃止された現在は、探せばほかにも良質の塩が手に入る時代です。

どんなクスリよりもまずは血液にミネラルを送ることが大事。

 

本物の塩を選びましょう。

 

 

 

 

 

 

2018年

3月

25日

魔女は修行に

「子どもが大きくなるのは早いよ!」と何人もの人に言われてきたけれど、確かに!

このまえ生まれたばかり、と思ったらもう家を出る決意を告げられた。

といっても学校の寮だけど。

しかも週4日だけど。

 

それでも、家族以外の人と暮らすという決意は半分、自立したようなもの。

子育て半分終了、の気分です(早い?)

 

魔女のキキも13歳で魔女の修行に出たことだし、同じ歳のウチの娘もそういう時期なんだなぁ、

と思って送り出すことにしました。生まれた時からほとんど毎日、一緒だったわけだけど、

こうやって少しずつ離れて行くのだから、今まで、東京で、アメリカで、那須で、福岡で、

とにかく一緒に過ごすこと食事することを最優先の13年にしておいてほんとうに良かった。

 

変わった親をもったために小さな頃から世間とのズレに苦労をさせたけど、

そんな運命をうまく生かして強く優しく成長して行って欲しいものです、

 

学校の成績なんて気にしなくていいから、とにかくおもしろい人になって欲しい。

自分の人生を自分で楽しくできる人に。

 

 

スウェーデンの児童文学のリンドグレーン原作の映画の中で、誰の言うことも聞かない

ロッタちゃんに近所のお菓子屋さんが「いつまでも、ずっと楽しい子でいるんだよー」と

別れを告げる場面がありますが、そんな気持ち。

 

リンドグレーンといえば、私の中の代表作は「やかまし村の子どもたち」。

最近、DVDを手に入れて、はじめて映画になったものを観たけど、スウェーデンのうつくしい風景、

やかまし村の人々の暮らしぶり(たぶん1930〜40年代のスウェーデンの田舎が舞台)にうっとり。

以前、偶然迷い込んだフィラデルフィアのアーミッシュの村の風景と暮らしに通じるものがありました。

 

親戚のおばさんの家に行くにも真冬でも馬車だったり、ヤギや豚を飼っていたり、

人の暮らしはこのくらいでいいんだよなぁ、という、現代のスピードやモノが溢れて、

忙しさに消耗している、という生活とは対極にあるような世界でした。

 

どうも心の奥底に、小さな頃に読んだり観たりしたこの「やかまし村の子どもたち」(50回は読んだ)、

毎週日曜日の夜6時から放映されていた「大草原の小さな家」の光景が染み込んでいる、

ということに気づいた次第です。

 

服装が、なんていうかホームスパンだった!笑

自分の趣味のルーツを知った気が。

 

かわいいけどタフな生地で、洗濯を繰り返して、ちょっとくらいシミができたり、

穴が開いたりしても、それでも好きで着やすいから着ちゃう服。

 

世の中にある服って、世間(男性)目線がどこかに入っていて、それは女性がこの世の中を

渡りやすくなる働きがあるのかも知れないけど、ホームスパンにはそれがないのが自由でいい。

 

誰かに好感をもってもらおう、という外側からカタチづくられたものではなく、まず自分の心をよろこばせる服。

自分が気持ちよく活動できて、たのしい日々を送れる。そこがまず大事、と思う人に通じる服なんだと思う。

 (だいたい、自分の感覚を大事にしなくて、誰かをしあわせになんかできないものね)

 

安くていっぱい売れる服を作ろうでなく、自分が気持ちよく着れるものを作ろう、というのももっともだし、

着ている人以上には目立たない、というところもいい。

 

決して安くはないから(でもブランドものと比べればリーズナブル)カンタンには買えないけど、

その分、大切にしようと思えるし、食べ物と一緒でいい素材のものをていねいに作った時の適正価格ってある。

5枚安い服を買うのなら、いいものを1枚手に入れたい。

1年で終わる服でなく、満足のいくものを5年着れば、一回ずつの満足感が高いぶんお得と思います。

 

 

・・・えっと、なんの話だったっけ?

 

そうだ、「やかまし村の子どもたち」「大草原の小さな家」「魔女の宅急便」などの影響は侮れない、

というのが本日のまとめ、ということで。

 

 

 

 

 

 

 

2018年

3月

07日

4月からの講座

4月から始まる2つの講座の案内です。

 

「ホメオパシーのセルフケア講座」

こちらは半年間に計6回の講座になります。

 

「ホメオパシーって何?」

「家庭用キットを使えるようになりたい」という方をはじめ、

「健康」や「自然療法」に関心のある方にはおもしろい内容と思います。

 

それはホメオパシーは単なる療法でなく自然の恩恵を最大に

生かした智慧であり、思想(考え方・捉え方)でもあるからです。

 

Eventのところにもアップしています。

 

⇒ 今期は満席になりました。

 次回は今年10月〜翌年3月を予定しています。

 

 

+++

 

 

もう一つは「家庭菜園講座」です。

 

化学肥料、農薬、除草剤を使わず、安心して食べられる野菜やお米の作り方の講座は

農作業が初めて、という方から、やってはいるけれどこんな時はどうしたらいい?

という方まで「家族で食べるものを育ててみたい」という方におすすめです。

 

Fieldのところにアップしています。

 

「クラブ」と名付けている通り、みんなで情報交換しながら楽しくやろうという集まりです。

 

大分で循環農法を提唱している赤峰さんに教わった農法を、

家庭菜園の規模で実践してきた経験を交えて、お話しします。

 

オリエンテーションに出席できなくても参加可能ですが、できれば参加して

その後の活動のスケジュールなどの相談を一緒にできた方がスムーズかと思います。

 

どちらも、おくなが屋イベントルームでの講座になります。

 

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

2018年

3月

02日

丹田

お話会でも話したことがありますが「丹田」という言葉。

よくできてるなぁ、と思います。

 

辞書で引くと、丹という字の意味には赤い色、赤い土など、生きている「赤」という意味合いと

不老長寿の薬、という意味があります。

 

昔からある薬屋さんなどの名前にも「丹」の字はよく使われていますよね。

 

お臍から3〜5cm下にある丹田。

瞑想をするとき、またはここぞ、という時などに気持ちを集中させる場所。

その奥はちょうど小腸があるあたり。

 

そこが丹田。赤い田んぼ、です。

むかしの人はそこで血液ができていることに実は気づいていたのでは?と想像してしまうのです。

お腹を冷やしてはいけないと言われたり、腹巻きが昔から存在しているように。

 

血液の状態は健康のバロメーター。

どんどん増えている病名(一説には一万以上とも!)もすべては血液の汚れが原因です。

 

田んぼで美味しいお米が育ちますように、と祈るように、

時々、丹田に向かって健康な血液ができますように、と祈ってみるのもいいかもしれません。

 

断食がなぜ有効か?というのも、理屈はこの腸造血説で証明できちゃうのです。

目からうろこ、そして体の仕組みに感動です。

 

 

興味のある方は読んでみてください ♪ 

 

 

 

 

 

2018年

3月

02日

春のデトックス

今日は満月。

明日から1週間くらい月が欠けていく時期は春のデトックス(解毒・排毒)を促すには効果的な時期です。

春は肝臓の働きが活発になり、冬の間に溜まった、これからの季節には不要になるものや体毒を

排出しようとしますが、それを後押しできるタイミングです。

 

デトックスにもっとも効果的なのは、やはり現代では最高の健康法ともいわれる「食べないこと」。

無理にすることはありませんが、自分のできる範囲、やり方でやってみてソンはありません。

 

断食というと、自分の食欲と闘うストイックなイメージですが、まずはそれを払拭するのがコツです。

 

完全に食べない。

これを突然するのはいろんな意味でやめたほうがいいかも知れません。

助走期間も必要ですし、血糖値が下がった時に慌てたり、断食後の揺り戻しで逆効果になったり、

やはり、徐々に進めていくほうが安心です。

 

それでも、せっかく体が「デトックス」したいという季節なので、試したい方にオススメの方法をいくつか。

 

A.飲み物+塩だけは摂る。

   これだとミネラルと水分は補給できるので体はついていきやすい。

 飲み物は梅醤番茶、甘酒、葛湯、味噌汁やスープ(具なし、できれば動物性もなし)、

 酵素ジュース(白砂糖なし)、野菜ジュース、レモンジュース(できればオーガニックのもの)、

 野草茶、ジェイソンズティーなど。

 

B.寒天を食べる。

 味が欲しければ黒糖や蜂蜜で。繊維が豊富なので腸の掃除にもなり、満腹感もそれなりに

 あるので空腹感がやわらぐ方法です。

 

これらの方法でまずできれば1日してみると、アタマとカラダのスッキリ感が味わえるはずです。

 

で!断食のピークは2日目なので、そのまま続けるにはここでちょっと気合いを入れます。

2日目は眩暈やフラフラ感が出てくることが多いので、予定が入っている日は避けたほうが無難です。

 

 

あとは断食を減量目的でするのはやめたほうがいいかも知れません。

胃袋が小さくなって、味覚も鋭くなるので、その後の食べ過ぎは抑えられるかも知れませんが、

例えば、3日で3kg減ったものは極端に言えば3日で戻るからです。

 

増やした年月と同じくらいかけて減らす。それが王道でリバウンドもありません。

短時間での効果を求めるよりは、自然が必要としている時間をかけたほうが長い目でみて確実な変化が

期待できると思います。

 

 

あと、意外に見落としがちなところで、春のデトックスというと

マスコミでも本でもいろいろな食材や製品が挙げられていますが、

 

◎旬でない作物はやめる

◎試された年月が短いものは避ける

◎カラダ(内臓)を冷やすものには注意する

◎食材1品主義はいったん疑ってみるーこの食材がいいとスーパーの棚から消える、みたいなもの

 

そして畜産肉・乳製品も自分の体質とライフスタイルと相談しながら極力、減らしましょう。

春夏は陽の季節。お肉は体があまり求めないはずで、食べるなら旬の地物の小さめの魚がおすすめです。

 

乳製品は言わずもがな、最近は男性の乳がんも10倍速で増えているそうです。

ハイジの生きている環境・DNAと日本(人)は違います。

不自然な子牛も飲まないホルモンカクテルのようなものには手を出さず

よーく「質」と「量」を吟味して、感謝ととも味わいましょう!

 

 

というわけで、自分の食欲に催眠術をかけて、今日から心身のリセットをゆるーく実践中です。

(と公言するのも自分を追い込めていいかも?)

 

 

この時期にぴったりの10種類の野草ブレンド茶 by 澤村さん

 

 

 

 

 

 

2018年

2月

22日

お知らせ

クロッカスの芽が出てきたり、球根の根が伸びてきたり、庭木のつぼみが膨らんできたり・・・

春めいた気配をあちこちで感じる季節になりました。

 

お知らせを2つ。

 

+++

 

来週27日(火)の野草茶会

 

芽吹きの季節は私たちの体ももっとも敏感な排泄期にあたります。

冬の間に溜め込んだものが暖かい季節に体を合わせていくために不要なものを自ら出そうとします。

 

オステオパシー的な見方でいえば身体のまず右側が緩み、その次に左側が緩む、という変化を

経ることになり、その間に色々なものが排泄されます。人によっては吹き出物だったり、

アレルギーだったり、体の凝りや頭痛だったり、風邪や下痢だったり、または甘いものが

無性に食べたくなったり。臓器の中では肝臓が解毒のためにもっとも働いてくれる季節です。

春先になると調子が悪い、のぼせやすい、というのもそういう体に備わった機能が

懸命に働いているからです。

 

そんな時期は心も敏感です。

モヤモヤしたり、動悸がしたり、不安感が募って、夜ちゃんと眠れなかったり、

気分がどーんと落ち込む人が多くなります。

 

今回の野草茶会はそんな春という季節の焦点を当てて、この季節を自然の恩恵を借りて

上手に乗り越えていこうというお話です。春先は薬効のある野草がたくさん収穫できる季節でもあり

この時期にあった野草茶や野草ふりかけの作り方も教えてもらいます。

 

この時期に心がけたい様々なケアについてもお話しする予定です。

 

 

⇒今回は満席になりました。

 

 

+++

 

3月前半の営業日にご注意ください。少し変則的になります。

 

 3日()10;00〜16:00 夕方4時までの営業です。

10日() 臨時休業

11日()10:00〜17:00 代替営業でOPENします。

 

よろしくお願いいたします。 

 

 

 

 

 

2018年

2月

21日

いい本2+1冊

自分自身ではなんとか切り抜けている感があるけれど、ちょっとまわりを見渡すと

今の世の中、ほんとうに閉塞感がある時代だな、と感じます。

 

このモヤモヤをなんと表現してよいやら。

理不尽さや、ふつうに考えておかしいでしょ、歪んでるでしょ、と思っても、

そこは指摘されず、他人から嫌われないように弾かれないように自分を殺してひっそりと生きる。

失敗も避け、批判もされないように。そういう人が増えている気がします。

 

良い悪いはともかく、私は中学以来その辺りが完全崩壊しているので、学生時代は常に

そこが問題視されてきたけれど、今となってはそれがあったから救われているのだなぁ、

としみじみ思っています。

 

よって、受験勉強、就職試験、婚活、妊活(一緒にするかな)など、なにか幸せの条件みたいなものに

自分を適合させるような努力の経験がほぼなく、運と縁と流れで生きてきたけれど、

それでもなんとかなるんですよね。

 

だって、生きていれば自然と興味のわくことが出てくるし、克服しなきゃならない事柄に

取り組んでいるうちに自然に経験が増えてくる。そうすれば、いずれなにかに詳しくなったり、

得意なことが出てきたり、こっちは手に入らなかったけど、こっちは手に入った、

じゃあそれを生かそうとか、自分の思考の範囲を超えて、人生は展開していくのです。

(いや、もっと若いときから計画的にしっかり人生を歩むっていうのもありですけどね)

 

だから、今の若い人が苦しそうに生きている(のが中年になると見えるようになるのです)と

そんなに無理しなくたって、従順にならなくたって、成績とらなくなって、大丈夫だよ!と言いたくなる。

自分の感覚と運命をもっと信じていいんじゃないかな?

 

学生時代だって塾や習い事やテストの点数や部活や、それ全部ほんとうにしたいこと?

たのしいと思ってる?と聞きたくなる。

 

 

予定を隙間なく入れて頑張りすぎると、ヒマな時間や余裕がなくなって大事なことが見えなくなる、

その方がよほどこわい、っていうことを大人はもっと伝えた方がいいなじゃないか?

 

ある本の「優等生ほど、設問自体を疑わなくなる」という一文に膝を打ちました。

そりゃ、そうだよね、だってその問題にできるだけ早く正解を出せば成績が良く「優秀」とされる

システムの中にいるんだもの。いや、でもその質問てそんなに大切?本質的なこと?

そこを抜きにトレーニングされていたら、最後はAIがライバルになってしまうんじゃないかー。

頭が良すぎてバカにならないようにしなくちゃね。

 

そして、そんな年数を長く過ごすと社会に出る頃にはすっかりそのシステムの中で有能とされる人間ができあがる。

疑問をもったり、問題をみつけたり、それをどうやって解決しようか考えたりする能力よりも

与えられたことに求められた通りに応えることにほとんどのエネルギーを費やすような。

 

日本の幸福度の低さ、自殺率の高さって、その辺に原因があると思うんですが。

一握りの人の幸せのために、何倍もの人が犠牲になっている、搾取されている。

 

で!

解決策としてとにかく勇気をもっても持たなくてもいいので、自分を設定しなおす、ということが

もうすべて、といって良いんじゃないでしょうか。そうすると、まわりもどんどん変わっていくんです。

 

不要なものを手放す、と言い換えてもいいです。

そこには勇気やコツも要りましょう。

でも、行き詰まったら試してみてもいいんじゃないかな。

握りしめていたものを手放す!

 

自死を選ぶくらいなら、所属しているところから飛び出せばいいし、

誰かと縁を切る、または距離を置く、ってことをしたって宇宙はびくともしません。

世界は無数に開かれている、私たちの脳で考えるサイズを超えて。

 

なんてことをツラツラおもっていたときに、本屋さんで吉本ばななさんと

稲垣えみ子さんの本に出合いました。

 

 

現代のモヤモヤが的確にエッセイにされていて、

もうほとんどのページの内容がわかりすぎるよ・・・・。

 

吉本さん(友だち呼ばわり、同じ歳だから許して)は東京下町育ち。

私は東京でも武蔵野育ちですが、同じ時代の空気を吸って今に至り、

女らしさはないけど、縁あって高齢出産で子どもを産んでるところとか、

不器用ながら世渡りも覚え、それでも忘れちゃいけないものを落とさないように

生きているところとか、もう世の中なんでもありだよね、でもそれ私にはないな、

私には寒く感じる、みたいな寛容なんだけどみぞおちのところではしっかり自分の

感覚を確認しちゃうところとか、あと下津浦先生が好き、というところとか、笑

なんかシンパシー感じるところが多いんです。なぜー。

 

あと、パートナーの実家が那須にあって、那須の話が出てくるとだいたい場所がわかって

しまうのも。そうそうパートナーの方がむかし大事故にあった場所も知ってます(でも、それがなんだ?)

 

経験(というか好奇心)のケタと才能の大きさは違えど、ある種の人には

自分のサイズの中で感じることは共通なのかもしれないですね。

 

ひさしぶりにまとめてエッセイを読むと吉本さんも進化していて、

肉食のこととか、療法についても、行き着くところに共通点が多々あって

これは同世代×似た感覚で生まれるものなんでしょうか。ふしぎー。

 

しかし、若いときからエッセイがうまい作家さんだなぁ、と思っていたけど、

ほんとう文章うますぎ。もう徹夜で一気に読んでしまいました。

 

 

 

そして同時に購入した本のことが偶然、中で触れられていてシンクロニシティか?

「寂しい生活」稲垣えみ子さん。

読むとわかるけど、じつは寂しい生活は寂しいで終わらないんです。

すごーくいろいろ現代を考えられるし、明るく強い気持ちになります。

手放すこと(=アンプラグ)が、その人の可能性をぐーんと広げてくれる様子が手に取るようにわかります。

 

ただ、これは東京(街)のケースではあります。

半径1km以内に、気の利いたカフェや図書館的な場所や銭湯や買い物する場所がいっぱいあって

しかも選択肢が多い。田舎ではムリムリ!という話もいっぱいでている。

でもそれは置かれた状況の中でそれぞれができることを工夫すれば良いことで、

逆に街ではむずかしいことが田舎では可能というケースだっていっぱいあるに違いないのです。

 

例えば稲垣さんは電化製品を次々と手放し最後は冷蔵庫も手放す。

その生活は創意工夫に満ちていて、とても楽しそう!

それだけじゃなく悟りや気づきももれなくついてきて、

この矛盾だらけ閉塞感だらけの世の中にあって新しい境界で自由に生きている。

自分の暮らしを実験台にトライ&エラーを乗り越え、手放すことで手に入れる。

錬金術のよう!笑

 

でも、それを今のウチでマネできるかというとそうはできない(思い込んでるだけ?)

収穫したお米を保管しておく保冷庫は必要だし、まわりになにもない所に住んでいると

貯蔵スペースがないと、逆に時間とガソリンをたくさん消費しかねない。

 

でもそれはきっと表面的なことで、例えば稲垣さんがこういうど田舎に移住してきたら

もう次々となにかを試してみるだろう。洗練されていない分、可能性も広いかもしれない。

 

でも、電子レンジ、テレビ、IH調理器、こたつ、電気毛布もなく、この冬も店に暖房を置かず

トナリの部屋の薪ストーブを頼りに暖房のない平均10℃前後のところで働き、夜は湯たんぽ、

という生活をしているせいか、このまま、この延長線上で試せる気もしたり。

 

それはエコだから無理に実行しているわけでなく、自分のからだをできるだけ自然に

馴染ませておいた方がなにかと自由になれるような気がするからしているだけ。

で、それに慣れてくると、効き過ぎた暖房冷房が逆に不快になってくる。

もう芳香剤とか、柔軟剤に入っている過剰な香料とかなり近いレベルで

体が反応するんですね、不思議と!

 

それは自分の野生が蘇ってきた感覚でもあっておもしろいのです。

季節の変わり目もカレンダー見なくてもキャッチできるし。

風邪ひいても1〜2日で治るし、インフルエンザにも罹らないし、

罹ったって体がリセットできるチャンスだな、と思うくらいで。

 

 

と、冷暖房のことだけでも考えさせられることがいっぱいの本。

温暖化とか、この冬は寒い、今年は暑い、とかそうやって、どんどん室温を加工することが

ほんとうにいいのか。これからの季節ももスギ花粉が、とか私たちはつい原因を外側に求めがちだけど

それはただ単に現代人が弱体化しているだけなんでは?

今は生まれたときから冷暖房の効いた部屋で赤ちゃんも過ごすことが多いし・・・。

「寒いと風邪をひく」という常識ももっと深くなぜかを考えてみよう。

私たちにはまだ眠っている能力がいっぱい備わっている。

 

昔の日本は今みたいな冷暖房器具はなかったけど、今のようなアレルギーや病気もなかったのだ。

 

それに(これはこの本に書いてあるわけじゃありませんが)

クーラーがこの世に生まれたせいで仕事の休憩時間がなくなり人が疲れるようになったともいえる。

それまでは暑すぎる時間/時期は休むという知恵があった。

クーラーやヒーターがあるために室温はいつも中くらいの温度に設定され、

その代わりに休息する時間や、夏休みなどもどんどん減らされ労働時間が増え、

それで果たしてみんなが幸せで健康になったのでしょうか?

すり減らされていないですか。

 

ウチはこれからも週休3日を続けます、笑。

 

便利なものって、一回疑ってみた方がいいですね。

今の世の中「便利」なことを手に入れたように見えて、それがまわりまわって、ややこしくしているだけ、

なものが溢れているように思います。

 

そして、最近は311とか、311以来、というフレーズもあまり聞かなくなってきたけど

稲垣さんはどの著書でもそれがほんとうのことだから当然ふつうに書く。

それがあたりまえで気持ちいい。

 

「どうしてこんな場所でお店を?」と聞かれると私たちもそれがほんとうだからいつも応えます。

「311がきっかけで」そこにタブーなんてない。でも中にはそこで会話がストップすることも、笑。

本心をどこまで話すか、って意外にその人の何かを現しますね。

だから?妙に共感を覚えるのだ。

 

もう数年経ったできごとだけど、まだ終わっていないし!

いや、むしろそこが新しいスタートでした。

 

吉本さんも稲垣さんも50代。

同世代の人が似た危機感を感じつつ、そのすばらしい解決策にもなる話をこんなふうに書いてくれていることが

ほんとうに嬉しいし、私も自分の場所でがんばろー、発信していこー、と素直に思いました。

 

日本もまだまだ捨てたもんじゃ、ない。

自分次第です。

 

 

 

 

 

2018年

2月

19日

味噌づくり ③

大方の味噌は無事、仕込めたものの、今年はもう一つミッションが。

それが別府まで出向いて地獄蒸しを利用して味噌を仕込んでみる、というもの。

 

あちこちの知り合いは(といっても2、3人ですが)から大豆をやわらかくするのに、

地獄蒸しを使うととてもいい!という話を聞き、そうだよね、自然に吹き出している

あのエネルギーを使わないテはないよね、と深く納得し、それなら今年は

全量は無理でも、お試しくらいにはやってみようということになったのです。

 

まずは2家族の大人だけで温泉ツアーがてら地獄蒸しのある宿の下見して、

事情を話し、了解を得て予約も取り、いよいよ一泊の予定でGO!

 

夕食ももちろん全て地獄蒸し料理。

メニューは小豆のおこわ、黒豚の肩ロースの中華風、手羽先はイタリア風などなど。

その仕込んだものと、豊前の牡蠣や魚も買い込んで、ちょっとした酒池肉林気分。

 

 

写真を撮る間もなく夕食を堪能し、温泉にもゆっくり入り、さあいよいよ

夜10時頃、他のお客さんの利用がなくなってから大豆を蒸し始めました。

 

そのパワーは本当にスゴくてこれなら、きっとすぐに蒸されるに違いない、と思ったら、

本当に!

 

早朝、暗いうちから活動を開始するパパ×2。

 

大豆は十分すぎるほど、柔らかく簡単に崩れ、なめらか〜なペースト状に。

今回はお試しで少量だったので、あっという間に作業は終了。

 

「地獄蒸しで味噌」のコツや流れをつかめたので、来年に向かってまた計画を立てるべし。

こんな時もフーディな友人がいると頼もしいです。

   

朝日が出る前に仕込めた味噌。

 

そしてまた温泉へ。

味噌づくり温泉ツアー、来年も楽しみです!

 

 

 

 

 

2018年

2月

17日

味噌づくり ②

朝4時から火を起こして大豆を茹でる、の巻。

交代で火の番と、かき混ぜる作業。

 

茹でた大豆を計量してます。

 

煮汁はコクがあっておいしい!

 

 

麹を塩切りしておいたものと、マッシャーで潰した大豆を混ぜて、

(手を動かしていたので、写真はこれだけ)

 

 

丸めて、容器に投げ入れて出来上がり。

うちの味噌は麹を大豆の1.4倍入れています。

 

床には内装工事の時に買った養生シートを敷いてます、笑。

 

 

 

 

2018年

2月

16日

味噌づくり ①

田舎に住んでいたら、大豆の収穫と味噌づくりは冬の重要な行事。

毎年、試行錯誤を重ねて少しずつ出来上がりの味が変化するのもおもしろい。

 

今年の味噌づくりは薪割りからスタート。

薪を集めて庭に運び、それを父×2が薪割り。

今年は友人家族と一緒なので、心強いです。

ただ今、休憩中。

かつては昼夜休日問わず、コンクリートの建物の中や外でモーレツに働いていた

こともある2人。そのままだったら、出会うこともなかったかもしれない。

人生て不思議。

自分を設定し直すと、展開がガラリと変わる。

  

 

薪で6〜8時間大豆を茹で続けるという計画なので、途中で無くならないように。

父×2の仕事はいくらでもある。田舎暮らしに男子力は必須!

 

麹はウチの田んぼで収穫できたお米を麹屋さんに預けて指定日に麹として受け取れるように頼んである。

 

あとは当日、お天気に恵まれますように、と祈るのみ。

屋根のない場所で早朝から始めるからね。

 

 

 

 

 

2018年

2月

07日

いじめと授業法

先日、こちらでも案内した堀さんの「いじめを考える」講演会。

 

そこで今まで抜けていた事実をあらたに知った!

それが「ヘルバルト教授法」というもので教育学を学んだつもりが聞いたことがなかった

(聞いていなかっただけ?)

 

今、一般の学校で行われている教育(授業)はこのヘルバルト教授法が基本になっているのだそうです。

 

今から124年前の明治27年(1894年)。

日本が日清戦争の勝利に沸いている頃です。「実用 教育学 及 教授法」というものが発行されました。

それにはヘルバルト派の人たちによって、その5段階教授法というのがまとめられていて、

どういうものかというと、

第一段階 準備 「教授をはじむる前に、新たに教授せむとする目的を予告する」
第二段階 提示 「新事物を提示する」
第三段階 比較 「類同もしくは反対の事物顕象を提示し相比較判断せしむ」
第四段階 統合 「個々の念より総合したる概念的結果を純正明瞭にする」
第五段階 応用 「新例を与えてこれを説明せしむ。試問も含む」 

言語表現は少し古めかしいけど、なんとなく馴染みがあるというか、私たちが学校の中で

味わってきた授業法のルーツを感じることができる手法になっています。

だけど、現代になり、学校でアンケートをとると学校へ行く理由に「授業がたのしい」と

答える子どもはたった1〜2%だけになっている(授業が学校の要のはずにもかかわらず)。

 

そういう状態になるまでには、ほかにもいろいろな原因が含まれているかもしれないけど、

それはとりあえず置いておくとして、

 

この教授法、学ぶ内容に疑いがない性質のもの(例えば自動車教習場とか)であれば合理的と思う。

でも、人が「生きていく力」を身につける時にはあまり相応しくない気がする。

けど官僚主義、資本主義社会の「人材づくり」には向いていたのかも知れない。

 

 

とにかく今の多くの子どもたちは、楽しいとは感じない時間を毎日6時間程も味わっていることになる。

心躍らない時間を毎日やり過ごすーこの苦痛の積み重ねが生み出すものに問題を感じた堀さんたちは

学校を作ろうとした。子どもたちが勉強をたのしいと思って通える学校をー。

 

そこで取り入れられた方法はアメリカのジョン・デューイ(D)という(教育)哲学者の唱える

「1オンスの経験は1トンのセオリーに勝る」という経験から学ぶことの大切さを主張した哲学と、

 

イギリスで「世界一自由な学校」といわれる学校を作ったニール(N)の主張する

「まず、子どもを幸せにしよう。すべてはそのあとにつづく」といういっけん大胆な、

(でも本を読むと実に腑に落ちる考え方、思想にあふれている)哲学と、

 

もう一人のやはり自由教育を実践したエッケンヘル(A)、そのちょうど頭文字をとった

DNAが自分たちの学校には流れている、と堀さんは書いている(おもしろい、笑)。

 

この学校の小学校校長である丸ちゃん(「先生」とは言わない)が、

ある年の一年の始まりの会で話した内容も

 

「この学校の子はいろんな子がいるけれど、みんな優しいの。で、なんで優しい子のかな、って考えると

毎日、たのしく過ごしているからなんですね。今年もたのしい時間をいっぱい過ごそうね。」

という、1年生でも6年生でも保護者にもわかるシンプルな言葉で、神髄をついた内容だった。

 

そして、講演会で堀さんが提案した「いじめによる自死をなくすために大人ができること」は

 

◎学ぶことがたのしくなる学校(授業)にする

◎いじめを個人同士の問題にとどめず、みんなの問題にしていく

 

ということだ。

 

今、世の中を見渡すと生きにくさを感じている人がどんどん増えているように見える。

個人情報の陰に隠れて、匿名のままネット上で他人を簡単に批判したりするのもそうだし、

最近では有名人の不倫に対してのパッシングとか。

それは他者を非難しているように見えて、実は自分の首をどんどん締めている。

 

不倫についていえば、結婚制度なんて実は歴史が浅いし、そもそも他人が批判したり善悪を

論じたりしなくたって、私たちは自分がまいたタネは自分で刈り取るようにできているんだから、

ほっといてあげればいいのに、と思う。そこで学ぶのも、堕落するのも、成長の過程だ。

 

話は逸れたけど、要は日々楽しく生ききれていず、抑圧された自我を抱えていると、

そのバランスをとろうとするあまり、子どもは問題行動を起こす。

 

理性が発達した大人は少し複雑になり、立場を利用して人に(巧妙な)意地悪を働いたりする。

そういう人は(無意識レベルで)楽しそうに生きている人を見ると腹が立つ。

自分が味わっていないものを味わっている人の存在が許せない。

 

そういう社会がいじめが繰り返される土壌なのではないか。

 

「楽しく生きよう」というと、なんか、無責任、刹那的、一時しのぎ、努力や苦労を避けている等、

なんだかネガティブなイメージが押し寄せるかもしれない。でもそれこそが罠なのだ。

 

だって肉体を持ってこの世で生きる限り、悩み、苦しみ、悲しみはだまっていたって発生する。

なら余計に方向として楽しいことを求めていないと、乗り越える心の体力が養われないではないか。

 

だから思う。

「楽しく生きる」という選択は決して「逃げ」ではなく、工夫してときには闘って得ていくものだと。

 

 

さて先日。

堀さんが学園長を務める学校で、プロジェクト(授業)中に怪我をしてしまった子どもがいたため、

学校は保護者に連絡した。だけどお母さんが学校に迎えにきた時にその子は泣き出してしまった。

それは怪我が痛かったのではなくて、学校から帰るのがイヤで泣いていたのだという。

 

なんだか今の世の中で希有なエピソード・・・。

こんなに学校を楽しいと感じている子どもが増えたなら、

きっと陰湿ないじめは起こりにくいだろうなぁ、と思いました。

 

 

 

 

 

 

2018年

2月

06日

発酵と利子

昨日のトナリの部屋(イベントルーム)。

午前はホメオパシー講座、午後はコーヒー教室 by 豆岳珈琲、という一日でした。

 

雪の日で大丈夫かなとも思いましたが、始まりと終わりは晴れて、みんなが中にいる間は

窓一面、雪景色という絶好の?タイミングで天気が変化。部屋の中では薪ストーブが

活躍して、こんな日に人が集うのもいいものだな〜と思いました。

 

ホメ講座Vol.5の内容は「根本体質/根本レメディ」。

人には持って生まれた特性があり、それにもっとも似ている物質から作られたレメディの話でした。

 

ホメオパシーというのは、他の療法と比べると、受身的でいるよりも自分から知ろうとすればするほど、

能動的になればなるほど可能性が広がる療法だな、という気がします。

 

「根本体質レメディ」はその特徴がもっとも現れる場面の一つ、と思っていて、

自分が学生だったときも実はここが一番、苦心したところでした。

 

というのは、当時、この概念を日本語で勉強できる環境があまりなく、

専門用語や古語をふくんだ外国語で知らない世界を学ぶことが大きな壁だったのと同時に、

ここが把握できると、ホメオパシーがかなり紐解けるようになる、そんなキーポイントでもあったから。

 

その頃は自分の根本体質もわからないでやってたくらいだから、まるで暗中模索で森の中を

歩いているような状態だったなぁ、と思います。担当教授に質問しても、とにかく

「(本やテキストや資料)を読み込んで」というアドバイスのみ。途方に暮れそうになりながら、

でもそこでホメオパシーのわかりにくさ、伝わりにくさの本質に触れた経験でもありました。

 

わからない、ということがわかる、というのは始まりですからね。

この峠を越えると風景が変わっていくんです!

 

この要でもある「根本レメディ」のところでめげて引き返すことがないように(笑)

受講者の一人一人をここまで連れてきた、そーんなイメージのVol.5でした。

 

 

+++

 

そして午後は豆岳珈琲夫婦によるコーヒー教室。

豆岳若奈先生においしいコーヒーを淹れる基本をレクチャーしてもらいました。

 

友だち関係が長くて、くぬぎ舎というユニットを組んでいても、やはり専門の世界になれば知らないことが

いっぱいで、どんな世界にもその世界なりに未知のことがいろいろあるもので、それを聞くのもおもしろかったし、

 

夫婦2人を基本にして、あの山のてっぺんで暮らすという生業(なりわい)のコツ、

言い換えると守備範囲の設定みたいな話も彼らの賢さというかセンスを感じる内容でした。

なんでも、自分にとって不要なものを追わない、というのは大切な判断かもしれません。

 

 

 

+++

 

で!

分析好きな私見たっぷりに言わせてもらうと、昨日の午前午後の参加してくれた方の顔ぶれと

そのハーモニーを見ただけで、これからの世の中の方向が想像できる!(かも知れない???)

 

今年の節分は天体の動きからしても、数百年に一度の特別なタイミングで世の中に大きな変化が

訪れることを示唆しているという説も多くて、それはあながち外れていないのではと思っていて、

 

そうしたら今朝のニュースではNYダウ終値が史上最大の下げ幅で日経平均も下がったことを報じていた。

 

もしお金の価値が変わったら、もしくは「終わったら」ー。

自分は今の生き方を続けるだろうか?ということを一度、考えてみるのもおもしろいと思います。

それは貨幣経済が続くか終わるかだけでなく、自分の価値観を確認する意味でも。

 

お金を稼げば幸せになれるような洗脳を今まで私たちは散々、受けてきたし、

実際、この物質社会ではある程度は必要不可欠なものです。

 

でも、お金とはなんぞや?と分解してみると、ひとつのエネルギーなのだけど、実は実態が見えにくい。

それはどこかでだれかが、どのくらい刷るか、どのくらいの利子をつけるかをコントロールしているからで、

それはお財布にお金がいくらあっても私たちには自分で決めることができなくて、

そこが得体の知れないエネルギーになっている大きな理由でもあるし、あとは利子という仕組みも独特。

 

野菜は保存しておけば腐る。

腐らないようにするのは塩とか砂糖とかアルコール漬けにするとか、発酵させるとかしなければならなくて、

自然界のものはだいたいそうだ。それとくらべてお金という人工物はとりあえず腐らない。

腐らないどころか利子がつく。

 

発酵と利子ー似て非なるもの。

 

そういう不自然さとどういう距離をもって、どういうふうに生きているかが、これから大変化する

(かもしれない)世の中を生き延びられるかにかかっているような気がするのです。

 

そんなことを想う時に、参加者の顔ぶれを見ていると密かに「ふむふむ」となるわけです。

こんな田舎の片隅で、こういう集まりがきっとあちこちであって、そのピンドットはもしかしたら

いつか、まだわからないようなあたらしいスタイルで繋がっていくのかも知れないな、と想像したり。

 

本音で、魂が喜ぶ生き方を選ぶ、ということは、

貯金や利子を増やすために、実は心身が日々消耗しているというイメージではなく、

 

その逆で自分を発酵させていく、物質的には今、見えにくくても、発酵菌で何かが膨らんでいく、

豊かになっていく、というイメージ。

 

これからも、そんなイベントを主催していきたいと思ったのでした。

 

 

 

 

 

2018年

1月

27日

ご報告

たいへん遅くなりましたが、

 

セールの後も皆さんのご協力のおかげで、昨年の10月に

追加で28550円の支援金を送らせていただくことができました。

 

ありがとうございます。

 

 

小鹿田焼の今

 

 

 

 

2018年

1月

23日

今年の味噌作り

ヘッダーの写真は今年になって収穫した大豆です。

 

豆類の収穫は本当に手間がかかります。

私はほとんど手を出していませんが、家族はこのところずーっと大豆仕事の日々。

 

まあ、胡麻と比べたらラクかも知れませんが。

 

今年は近所に引っ越してきた友人家族と一緒に味噌を作る計画を立てていて

今までは家族内の行事だったのが、さらに楽しくなりそう。

なので、頑張りますっ。

 

まわりにも味噌作りをする人が年々、増えて情報交換も盛ん。

で!教えてもらったのが大豆を地獄蒸しで柔らかくする方法。

 

地獄蒸しといえば別府。

 

そうだ、地獄蒸しのできる宿に泊まって一晩、大豆を地獄蒸しにしてみようか!

(たった30分で別府に行けるこの立地を生かさねば!)

と、話は盛り上がり味噌作りが温泉付きになりそうな気配、笑。

 

どこか、鉄輪温泉あたりで地獄蒸しの設備があって一晩中、大量の大豆の入った鍋を

置かせてくれて、できれば調理場で味噌づくりもさせてくれる宿、ないかな。

ご存知の方がいたら、ぜひ教えてください(本気です〜)

 

けれど、ここで一つも問題が。

大豆は味噌に使うなら、ただ蒸すよりも少なめの水で茹でる方が良く、

そうするとザルなどではなく、鍋を使うことになる。

でもステンレスの鍋は温泉の成分に弱い。かといってアルミ製の鍋はできれば避けたいので、

そこを考えると例年通りに薪を使ってステンレス鍋で6時間以上茹でる方が道具的には無難かも知れない。

もし地獄蒸しなら覚悟を決めるか(大げさ)なんとかクリアしなきゃならないポイントではある。

 

でも温泉付きで味噌作りの旅ができるのもちょっと楽しそうではないか。

むむむ、と思っているところに、冷静な娘ちゃん。

 

「味噌づくりと別に行けばいいんじゃない」

 

いや、それはそうだけど〜。

最近やたらと上からものを言われているという状況が増えてきている親子関係。

成長とはいえ、13年前に自分の中から出てきたヒトにもう抜かれているって早すぎ。

ついこの前まで、ちっちゃくて泣いたりしていたのに。

 

でもこのくらい親として凸凹していると子どもは自らしっかりしてくるのかも知れず、ある意味良かった?

そう、目標は低めに設定する方が幸せになりやすいですね。

 

というわけで、今年はどんな味噌が仕込めるか楽しみな今日この頃。

麹はお米を渡すとちゃんと指定した日に麹を作っておいてくれる麹屋さんが近所にあるのも助かっています。

 

 

 

 

 

 

 

2018年

1月

10日

虹!

と思ったら

 

とつぜん雪!

しかも、たちまち吹雪。

 

と思ったら

 

今度は快晴!

 

くるくると天気の変わる一日でした。

 

 

 

 

 

2017年

12月

31日

今年もありがとうございました。

昨日で今年の営業が終わりました。

この一年、お店に足を運んでくださった方へ心より感謝いたします!!!

 

ありがとうございました。

 

こういう場所でこうしたお店が続けられるのも皆さんのお陰です。

そして働けるのは家族のお陰。

自分の居場所の意味を探りつつ、新しい年も進みたいと思います。

 

今年は去年12月から始まった改修工事を続けながらの一年でした。

工事中の日々がもうずっと昔のような気もする不思議な感覚ですが、

新しい部屋と小さなコーヒースタンドができました。

外構工事も春頃までにはだいたいの形になる予定(たぶん)。

 

専門業者に外注すればすぐできることでも

できそうなことは自分たちでやってみる、というスタイルが

いつの間にか定着していて、あいかわらずゆっくりペースです。

 

そして新年は、なんだかとてもいろいろなことが起こりそうな予感が

するだけに、Down to earth をモットーに、

 

新しい一年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

+++お知らせ+++

 

☆新年は3日(水)から営業します。

 

☆4日(木)からは一部の冬物のSALEを。

 大々的にするようなSALEではなく今期で終了するアイテムなので出合ったらお買い得なSALEです。

 

☆翌週の10日(水)からはホームスパンのSALE。

 こちらも2017年のものは除外してのSALEですので点数はそれほど多くありません。

 が、やはり出合ったものがぴったりだったらお買い得です。

 

☆パンは、ほぼ毎週木金土に焼いています。

 

☆「心と体を整えるお話会」新年の第一回は2月を予定しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年

12月

28日

杭打ち作業

改修で始まり改修で終わりそうな、この一年。

 

今、手掛けているのはここ。

 

フェンスのための杭を埋める作業です。

 

この辺りの土地は石が多く、というよりは大中小の石を重ねた隙間に土が入っている

と表現した方がわかりやすいような土地で、掘れば石。また掘っても石。

出てくるのは石ばかり!

 

そこに鉄の杭を40cm以上埋めなければならないなんて、つまり石を砕く+削る作業が

ひたすら続き、結果かなり大きな穴になる。

 

通りがかる人には「樹木でも植えるんですか〜?」なんて聞かれてますが、

いいえ、ただの杭です。直径5cm程度の。

 

北風がピューピュー吹く中で重い鉄の杭をまっすぐに埋める。

この作業、もちろん女性の力ではちょっと無理!

なので夫、一人でひたすら続けているわけです。

苦労かけるね、、、。

 

その間にも大豆の収穫やら麦まきやらパンを焼いたりコーヒーを淹れたり(これは楽しそう!)

薪割りをしつつなので、もはや何屋さんなんだかわかりません〜。

 

お店を作る、場を作っていく、ということはこういう地道な作業がたぶん永遠に続くのでしょう。

 

村上春樹の本の中でお店で使うパーツ一個を都内中探して見つけるくらいのことができれば

そのお店は大丈夫(うまくいくとか、人気店になる、だったかも?)詳細は忘れましたが、

つまりそういう内容のことを書いていて、その意味はすごくわかるし、逆にそうでない場所や

表面的なものはすぐわかってしまうので、まず自分自身がいいと思えるように、

たとえ出来上がりが多少ヘタでもトライは続くよいつまでも、なのでした。

 

子どもだった頃、毎週おばあちゃんの家で動かせる小さな家具を総動員して

部屋のレイアウトを変えながら、お店やさんごっとや船ごっこをしていた時と

40年以上経っても実はあまり変わっていないという事実に苦笑いの今日この頃!

 

きっとおばあちゃんは、まだやってるの?と天国から笑っていることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

2017年

12月

07日

ホメ講座×パンランチ

ルヴァンのパン販売会は直前のお知らせにもかかわらず、閉店予定の1時間前にほとんど完売。

しかもパンは当初の予定よりたくさん送ってもらったのにかかわらず。

お買い上げいただいたみなさま(そして宣伝してくれた友人たちも)ありがとうございました!

 

今頃、みんなの腸の中はルヴァン菌が活躍していることでしょう。

 

この日はホメオパシー講座もあって営業日より人がいっぱい!な状態だったのですが

受講しているみんなには頭も使ってご苦労さまの意味も込めて講座の後はみんなでパンランチ。

 

おくなが屋のキッチンにマコちゃんが入ってルシャレ(ルヴァンの横にあるカフェです)に早変わり?

ちょっとセンチメンタルな懐かしさが一瞬よぎったほど(こういう活気の中でまた働きたいなー)。

そして当時はこの世にいなかった学校ズル休み娘(13才)が一緒というタイムマシーン状態も加わり、

時空が飛んでしまったような不思議なひと時でした。

 

みんなが送ってくれた写真です。

 

若い女性に囲まれ、みんなとLINEの交換までしていた甲田さん、笑。

サインを頼まれれば振り付きで「サイン・コサイン・タンジェント!」

 

睡眠不足だってカメラを向けられたら底抜けの笑顔が輝いてしまうタレント性。

ここではミッキーよりはるかに人気者のミキオ社長でありました。

 

 

 

 

ルヴァン富ヶ谷店

 

ルヴァン信州上田店

 

 

 

 

 

 

2017年

12月

06日

あえたよ、あえたよ。

「アナスタシア」という本にであって以来、著者のメグレさんはもとより

日本にこの本を持ちこみ、監修をしている岩砂晶子さんという方にずっと

会ってみたいと思っていました。だって、この本に「!」ときて輸入?

したなんて、きっと同志に違いない、と思って。

 

メールや手紙では繋がっていたものの、表紙を眺めていると、いつでも

そのお名前がなぜか目に飛び込んでくる。なんか早く会いなさいと言われているように。

 

そして、それがとうとう叶う日がやって来ました。

英国の工学系の大学卒業という経歴、

ロシア語の本を日本で監修するというお仕事、

その中に書かれている文章、

添えられてくるお便り。

 

そこからは勝手に経験豊富な大人で、頭脳明晰、感受性豊か、

頼りたくなるような輪郭のしっかりした雰囲気。

頭にはいつもそういう女性のイメージが勝手に浮かんでいました。

 

ところが目の前に現れたのは、まるで森のお散歩から帰ってきた少女のような方。

あまりにも可愛らしく、抱いていたイメージとギャップがありすぎてキョトンとしてしまった。

 

でも、そのシーンがなんかどこかで味わったような気がする・・・

それで思い出したのが友だちのはたさんに何年か前にもらった本。

 

 

その中にある

 

というシーンを思い出してしまいました。

 

タイトル「岩砂さんにあえたよ、あえたよ」

 

この場合、私たちはこの2匹のくま、笑。

女の子は2匹のくまにタルトをあげているのですが、

私たちも同じように甘くておいしいお土産を頂いたのでした。

(重なる、重なる)

 

やっと会えた〜!と笑顔の岩砂さんを目の前に、

いつまでも不思議顔でほんと失礼しました、笑。

 

あーでも、願っていると叶うのだ!

見かけはぜんぜん違うけど、魂は同志という人にまた会えて、幸せー。

 

 

自分がいつかこの世を去る時に、今回の人生を振り返って影響を受けた本を選ぶとしたら

アナスタシアは間違いなく上位に入る本だろう、とすでに思っていて

そういう本が、この可愛らしい女性のパッションで日本で訳されて

自分のところに届いた、ということがもう感動じゃないですか。

 

それで、ついやたらと人に勧めてしまいます。

気になった方はぜひ読んでみてくださいね。

 

あと読み始めて1〜3巻で止まってしまう方が多いのですが、

アナスタシアの肝は4巻、そして6巻にあります。

3巻まではそのための序章。

 

4巻からアナスタシアの言葉が具体的にグイグイきます。

もちろん1〜3も大事なこといっぱいですが。

 

 

今の暮らしを通すと最初に読んだときから違和感がなく、その言葉や提案が突飛にも感じず、

むしろ、この方向でそんなに違ってないな、なんて確信が持てたし、実現可能な夢と思いました。

 

ロシアではかなり大きな論争や誹謗中傷もあったそうですが、この際、実話かおとぎ話か作り話か

そういうことは置いといて、一読、一考の価値があることは間違いないと思います。

 

そしてロシアではアナスタシアの提案に基づいたコミュニティが

すでに300ヶ所以上に実現しているとか。すごい。

 

いいな、いいな、見てみたい。

なんて思っていればいつか実現するかも?! 

 

会えたよ、会えたよー。 

 

7巻が出版されたあかつきには

アナスタシアのお茶会もおくなが屋で実現させますよー。

 

 

 

 

 

2017年

11月

10日

低体温、冷え

今、お話会で話す内容をまとめています。

限られた時間の中で、必ず伝えたいことを。

 

最近では常識になりつつある「低体温=病気の元凶」ということも、日常の生活の中では

どこをどう改善したらいいか、よく分からないままになっていることが多いのでは?と思います。

 

体が冷えている、ということは血流が滞っている、ということ。

だからあらゆる病気のリスクを高めるのです。

 

嫌気性代謝を行う細胞である癌細胞は寒いところで増えていく細胞です。

つまり体温が35℃台の時にもっとも増殖します。

 

血流が悪いということは体を構成している細胞に十分な酵素と栄養が届いていないわけですから、

そこから起こる症状には癌以外にも、

 

肌荒れ、骨粗鬆症骨粗鬆症、メニエール病、肺炎、胃潰瘍、潰瘍性大腸炎、パーキンソン病、

糖尿病、認知症、アトピーや喘息、花粉症などのアレルギーにもかかりやすくなります。

 

どのくらいリスクが増えるかというと、

体温が例えば37℃なのが、36℃に1度下がるだけで免疫力は3割下がると言われています。

でも逆に1℃上がるだけで、5〜6倍免疫力は上がるのです。

 

計算が合わない気がしますよね、

これは高体温になることによって白血球の質・働きが上がるために、

球の数は同じでも免疫力で考えると5〜6倍という大きな差になるのです。

 

また、体温が低いままだと免疫系にも支障が出ます。

膠原病、甲状腺の病気、免疫不全などといわれ、現代医学では難病指定になっているものもあります。

体温が低いと、もうお手上げなのは、現代医学が(さらに体を冷やす)クスリや手術が専門だからです。

それらの病名にまず必要なのは体温を正常に戻すことで、そのための生活改善です。

そこを変えない限り「負のスパイラル」は続くことになります。

 

また低体温は、副腎が司っているホルモンの分泌も十分でなくなることで、

不妊や妊娠時のトラブル、また生理の異常も増え、更年期障害と呼ばれる症状が出やすくなり、

あらゆる老化現象が早まります。困りますね、、、

 

内臓の脂肪も燃焼しにくくなり、体重がなぜか増えたり。これも困りますね、、、

 

「歳だから・・・」と口から出そうになったら、「冷えてるから?」と思い直してみる。

平熱が36度5分以上ちゃんとあるか確認しましょう。

 

なんでも年齢のせいにせず、生活習慣が体を冷やしていないか、振り返ってみましょう。

ふだんお話を聞いている限り、年齢より「冷え」が原因と思うことが断然(!)多いです。

 

そう、良いことが一つもないのが「冷え」「低体温」。

 

でも逆に考えれば、体を温める習慣をつけて、体温を上げればトラブルはどんどん解決していくわけです。

シンプルです。

 

そんな仕組みと対策法をお話ししようと思っています。

 

 

 

 

 

 

2017年

11月

10日

ワクチン

 

すべての予防接種やワクチンは基本、任意です。

アメリカでは最高裁判所で信仰の自由と同じレベルで人権として認められています。

(フランスやオーストラリアは義務と罰則ができたようですが、)

だから「みんなに迷惑だから」などという表面的な社会性の押し付けを受け入れる義務はないんですよ、ホントは。

 

特に赤ちゃんや子どもは自分で決めることができる年齢までは保護者の責任です。

接種したあとの副作用(免疫力が下がる・アレルギー・自閉症・知的障害・川崎病・乳幼児突然死症候群・

発達障害・膠原病・難病など)の問題が起きても、その責任は自治体や国にはない、という

小さな但し書きが説明書や案内には必ず掲載されているはずです。

 

むやみにインフルエンザワクチンに頼るのは考えものです。

インフルエンザは風邪の一種なので、必要な人にしかかかりません。

体が酸性に傾いていたり、免疫が下がっていたり、それを訂正しようとする作用と見れば

ありがたいのかもしれません。仕事の都合もありますが、自然はもっと大きい枠の話なので。

 

ワクチンの主な成分は公開されているものだけで、

 

◯水銀・・・・・・・・・・脳にたまると自閉症の原因

◯硫酸塩・・・・・・・・・アレルギーの原因

◯リン酸塩化化合物・・・・アレルギーの原因

◯抗生物質・・・・・・・・20以上の副作用あり

◯界面活性剤・・・・・・・合成洗剤の原料

◯アルミニウム・・・・・・脳にたまるとアルツハイマーなどの障害

◯ネオマイシン・・・・・・乳児の血中に入ると、てんかんや知能障害

◯ホルムアルビデド・・・・ホルマリンを含む合成樹脂の原料

◯ホウ酸ナトリウム+水和物・・・殺虫剤成分

◯グルタルアルデビド・・・・・・殺菌消毒薬成分

◯グルタミン酸ナトリウム・・・・アミノ酸等という名の化学調味料にも使用される

◯動物(牛・鶏・猿・豚・犬・ヒト)の臓器の細胞を培養して生まれた細菌・ウィルス・・・・・なぜ必要?

◯グリホサート・・・・・・モンサント社の除草剤ラウンドアップーベトナム戦争で使われた枯葉剤と

             ほぼ同じ成分ーの主原料、こちらもなぜ必要?

 

この他にも、発がん性物質といわれるものも含まれています。

 子宮頸癌ワクチンも蛾の幼虫の細胞から生じたものが入っている、と公開されています。

 

ワクチンの接種によって引き起こされる病気や体の不調は100ほどありますが、

このような成分を知れば不思議ではありませんね。

 

またワクチンの成分の製造を長く委託されていたイタリアの製薬会社は、

「ワクチンは自閉症の原因になることが最初からわかっていた」と

謝罪の記者会見をしています(日本では放映されていません)。

 

たかがワクチン1本といっても、体重2600gの赤ちゃんにとって1本というのは、

40kgの体重の人で換算すると1日で15本分を接種しているのに該当します。

 

あたりまえのように行われていることでも、一つ一つ調べてみると知らないこと多し、です。

ちゃんと自分の手で調べ、頭で考えなくては、とちょっと面倒な世の中です。

 

そんな時に、良いガイドになるオススメの本です。

うつみんほど過激なヒール役を演じることなく、でも勉強している良心的なお医者さんは

結局みんな同じようなことを言いますね、

読みやすいし、暮らしのポイントがかなり網羅されています。

電磁波のことも、わかりやすく載っています。

 

地産地消がなぜ体に良いのか、を微生物レベルで説明しているのがおもしろかった。

ワクチンが実はとても「不自然」な行為だということもわかりますよ。

 

 

 

 

2017年

11月

07日

部屋

縁があってやってきた、以前たばこ屋さんで使われていたという白い棚。

「どう?」と声をかけえくれた方に2日経ってみて、あらためて感謝!

 

なんだか見るたび収まっている。

どうしてココに、と思ってくれたのかな?

その方、まだ工事中の時にしか場所を見ていなかったのに。

 

新しい部屋はきれいだけど少しまだ住む人と距離があるような、

親しくなるのにまだ時間が必要なそんな感覚があるけど、

そこにすでに人に長く使われたものが混ざると少し落ち着いて、

それが古家具の魅力の一つなんだろうなぁ。

 

大切にします。

 

横の椅子は以前くぬぎ舎マーケットで譲ってもらったもの。

(くぬぎ舎マーケットは掘り出し物いっぱいあるのです)

 

 

壁は少しグリーンが入ったペンキを自分で塗った。

その色もまるでこの棚と出合うためのような色!(単に好み?)

うれしい偶然でした。

 

今日はここで試着室のカーテンを縫う予定。

 

 

 

 

 

2017年

11月

07日

野草茶会

再びお知らせ。

今度の日曜日、午前に「野草茶会」、午後には「お話会」があります。

 

お申込みは電話0979−64−7573、または

電話に出られないこともあるのでメールでも受け付けています。

 

okunagaya@yahoo.co.jp 

 

①「野草茶会」「お話会」参加を希望するもの

②お名前

③お電話番号

 

を添えてお申込みください。

まだお席あります。

 

*メールの返信が1日経ってもない場合はお手数ですがお電話でご確認ください。

*会の詳細についてはこちらをご覧ください。

 

体にやさしいお茶を飲みながら、ふだん店先ではゆっくりお話できないことや、

皆さんからの質問にもお答えしながら、心や体について考えてみる時間をシェアできればと思います。

小さなお子さん連れの方もどうぞ。

 

この季節、お店でもよく訊かれるインフルエンザとワクチンについても触れたいと思います。

 

2017年

11月

06日

朝の散歩

家やお店でする作業が続くと、やっぱり時々もっと体を動かしたくなってくる。

ただでさえ、田舎生活は歩くチャンスが少ない!

街だと移動するだけでも歩いたり自転車を漕いだしするチャンスがあるけど。

 

というわけで翌朝、目が覚めてまだ日の出前なら散歩にでる。

太陽がでる前、東の空が明るくなりはじめ、鳥たちのピーピー鳴く声が聞こえてくる

時間帯は太陽光線が体に有益なものだけだと下津浦先生が教えてくれた。

それ以来、日の出前後が散歩には一番と信じている。

 

iPhoneを見たら今日は5907歩、歩いていた。

 

私は靴下の重ねばき+スニーカー、隣のヒトは下津浦先生オススメの素足に草履。

こうすると土踏まずのアーチがしっかりして、太陽、風、天のエネルギーがちゃんと体に入ってくるそうです。

 

この散歩(いくつかポイントがある)を毎日すると誰でも健康になってしまう。

癌の数値だって一ヶ月もしないうちに下がってしまう魔法の散歩なのだ。

 

2年前、これで私たちは夫婦揃ってOリングで身体中を調べても何にも共鳴しなくなり

つまり病気の要素が限りなくゼロになった。

 

こんな誰でもできる病気予防を教えてくれる下津浦先生みたいなお医者さんがもっと増えたらいいのにね!

 

2017年

11月

03日

コーヒースタンド

11月23日()お店の一角でOPENします。

お買い物のついでにちょっと一息入れていただけるようになります。

 

今日はそのお試しオープン。

ドリンクのみ、提供中。

義母に最初のお客さんの役になってもらって流れを確認。

うん、大丈夫だね。

と、その時「なんで食べ物が出てこないの?」と息子。

キミはいいから。

 

さて、実際に開店した後はお天気にも恵まれいい感じに賑わいました。

離れたところから自分以外の話し声がする店内が新鮮です!

 

本格的にオープンするまで、こうやってたまに開けるようです。

オーガニックというテーマはそのままに、

おいしい飲み物と、いずれは軽食などもメニューに載る予定。

 

看板もまだ、の状態ですが末長くよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

2017年

11月

01日

東京出張

妻子持ちならぬ夫子持ちの身となった現在(すでにかなり時間が経っているけど)

唯一の一人旅のチャンスが東京出張。

そのたび「かつてはもっと旅人だったのになぁ」と頭をよぎる(往生際が悪い)

しかし、本当にこうして北九州空港から東京へ飛ぶなんてシチュエーションが

訪れるとは・・・人生ってフシギ。

 

朝、早いです。

 

東京では9年ぶりにいわゆる霊能者の方とも再会。

霊能者いえども生身の人間なのでこの一年は健康のこと家族の死などいろいろ大変だったそう。

でも、その乗り越え方がさすがにユニークで聞き入ってしまった。

 

こういう能力を授かっている人の話を聞くときのコツを掴んできているのは年の功?

依存しすぎず、こちらも潜在意識(か宇宙?)と繋がっているような状態で聞く。

言われたことを一度、ポカンと俯瞰して眺めるような気持ちで。

 

でね、特別こういう力が開いていないのが普通の人だとしたら、その中ではやっぱり、

自然食のようなものを食べている人の方が霊感が働くようになるみたいです。

霊感とか超能力って、普通の能力の延長にあるので、

体が不純物の浄化にエネルギーを取られない分、冴えてくるらしい。

ま、一般論です。

 

日本に自生していた天種天然高麗人参(一本数百万するらしい)の葉を梅酒と天然蜂蜜を

混ぜて作ったという不思議な飲み物もご馳走になった。30分後に凄さがわかるよー、と

言われたけど、すぐにただの酔っ払いになりました、笑。

 

それでも、いいアドバイスをいっぱいもらえたのでよかった。

あらためて感じた方向に歩いて行こう!と思えた。

 

あなたの子どもは天真爛漫、ダンナはよく働く(稼いではいないけど、笑)、

友だちにもすごく恵まれている(その通り)、家族の太陽(何もしていないけど)、

やさしい(易しい?)人生。それは今まですることをしてきたからね。

今は経済が弱いけど(苦笑)、どうにかなるよ(今までもそうでした)、とありがたいお言葉。

 

この方、今までも息子の誕生を生まれる2年前に言い当てたり、

娘のことも親のことも、ほとんど的中しているので信頼しているのです。

尋ねていない寿命なんかについてもズバリズバリ話してくるので、ある程度、

自分が定まっていた上で聞いた方がいい内容も含んでいるのですが。

 

占いは天気予報みたいなものだけど、ある程度の運命ってやっぱりあるらしい。

手相を観る方とも同じことを言われた。

やっぱり、そっち???

 

でも、人生って自分だけのものじゃないから、構成する要素の何かが少しずれただけで状況が

ガラリと音を立てるように変わることがある。だから、どんな経験も無駄ではない、という

一点を信じて、やることやってあとは天に委ねる(海に浮かぶように)しかない。

 

山手通りと井ノ頭通りの交差点。

こんな暗くなるまでホームスパンにお邪魔してしまいました。

洋服を取り巻くものやすべてに話題が尽きず、半年ごとの擦り合わせを

しているようでもあり、いろいろな情報交換の場でもあり。

 

若い頃、陰ながらセンスいい人!と思い続けていた方とも遭遇。

雑誌などで見てた印象以上に、すてきな人でした。

(ホームスパンの服が似合っていて馴染みすぎ!)

 

ホームスパンの方たちもそうなのだけど、みんなどうやって自分をデベロップしてきたのかな、

といつも想う。私はただ野生児が大きくなっただけ〜、といつも我が身を振り返るのでした。

 

そして、ルヴァン裏にある「る庵」の庭にて、

手からひらひら飛び立った蝶を目で追う甲田社長(うかたまの連載、終わりましたね)。

 

12月に九州で再会の計画を立てました。

実現しますように〜!

 

ただ今、甲田さんのサイン入りの本の予約も承っています!

もう16年以上、ロングセラー。

美味しい天然酵母のパンの作り方が載っています。

その真髄でもある「あとがき」がいいのです。

 

 

 

 

2017年

10月

15日

スマホとテレビと更年期

みなさんはスマホ、使ってますか?

 

ウチは昨年、解約しました。

iphoneなのに電話契約のみ、しかも夫婦共有。

私たちみたいな生活だとそれで困ることもなく。

 

これで電磁波の心配もなくなり(手にビリビリを感じることもなく)

年間6万円ほどセーブしてることにもなる。

スマホで自分の情報が筒抜け、というのも気味が悪かったしね。

 

あの小さな画面での操作が最小限で済むのもラク。

 

こうやって世間とのズレをますます大きくしているような、

閉じていっているような気もしますが、まあいいか、、、。

 

狭くても、閉じていても、腑に落ちるかどうかが大事、

と最近よく思います(年かな?)

 

スマホを否定しているのではなく、みんなが持っていても

自分に不要だったら、入手しないでいい、ということ。

どーでもいいことのようで大切なポイントですね。

 

 

そして、ウチにはテレビもありません。

でも100インチのスクリーンがあって、それで映画を観たり、

youtubeでアップされた番組を選んで観たり家族はしています。

 

暗いニュースや、殺人事件の詳細や、芸能人の不倫とか、

政治家の不祥事とか、そういうことでいちいち気分を乱されずに

すむのがなんたって最大のメリットです。

 

世の中には、もっと楽しいこと、素晴らしいこと、美しいこと、

美味しいことがたくさんあるのだから、そっちに意識がある方が

同じ人生、何倍楽しいかわからない。

 

ほんとうに大切な情報は自分でつかみとりにいけるもの。

誰かが選んで編集して流されている情報は、なんだかうさんくさい。

 

そういうわけで、あんまり芸能人や流行?も知らないで生きている。

少し前に武井咲ちゃんが上毛町で撮影していて、おくなが屋にも

来てくれたそうです。そうです、って後から人に聞いたけど、

ぜんぜん気づかなかった、笑。

 

テレビないから、見慣れてない。

 

きっと、可愛かったんだろうな、でも無名の?お客さんでも

可愛い人いっぱいいるし、こちらからしたら一緒。

 

あのですね、50歳過ぎたら、若い人ってみんな同じに見えてしまう

ところがないですか?まだ顔に内面が反映される前の顔と、

人生のあれこれを味わったり克服したりしてきた顔とは違うというか。

 

山登りでも2合目までの人と、

5合目過ぎた風景を見ている人とちょっと違うように。

 

 

結婚前に夫の飲み友だちをしていただいていたキムさんの奥さま、

漫画家の植村さとるさんの本が好きで読みます。

実は漫画はちゃんと読んだことないのです。

自立がテーマな感じは知っていて、それが私にはもう自分に重なり過ぎて、

もうあえて、あらためて漫画でおさらいする気持ちが起こらなかった。

 

でも本だと予習感がある。

それによると、50代はタイヘンらしい。

更年期、ということなのだが、これがまだ私には実感がない。

 

これから来るのか?素通りしてゆくのか?

 

なんたって世間と人生の時間もズレているから、まだ子どもが

巣立つわけでもなく、自分の変化を感じている余裕がないのか?

 

いろいろ考察するに更年期というのは人によってかなり差があるらしい。

それで、肉食の人、食べ過ぎている人、心がぽっかりしている、冷えている、

汗をかかない、そういうタイプに症状が重いことが多い、という話も聞く。

 

そういうことがホルモンに影響するんだろうか?

 

でも、似合う服、着られる服は、変わってきますね、これは確か。

60代になったら着れそうなものでも、中途半端な年齢だと無理!

でも、こういうのもなんかおもしろい。

 

変化は飽きない。

 

失われていくものがある代わりに、増えていくものもあるし、

若い時には見えなかったり気づけなかったことがわかってきたり、

この年齢まで生きててよかったと思うことがいっぱいある。

 

歳をとるほど、どんどん自分になっていきたいものです。

 

 

 

 

 

2017年

10月

07日

ホメオパシー

今月から「ホメオパシーのセルフケア講座」が始まりました。

ずっと、あたためていた計画が漕ぎ出せてホッとしています。

 

6年前?(7年?もうわからない、笑)この土地で暮らすことになって、

自分に何ができるか考えた時に漠然としていたイメージがちょっと集約された感じがしています。

 

この自然療法をある程度、地域に根付かせることができたら、

あとは南の島でのんびりに暮らすぞー!

 

なんてね。

 

とりあえず、先入観なしで「ホメオパシー」お試しください。

1800年代初頭から200年以上、世界の約80カ国で続いている自然治癒力を高める療法です。

 

西洋医学で処方されるクスリが使われるのはせいぜい10年ですが、

副作用が問題視される頃には新薬が発表され、また副作用の問題が浮上する頃に新薬が・・・

という歴史の繰り返しで、20年以上、同じクスリが使われることがてほとんどない。

 

どれほどの安全性がテストされているのか、この辺は添加物と一緒で、

経済効果のあるものにはあまい世の中です。

 

一方、ホメオパシーで使われるレメディは200年以上、基本的に変わっていません。

副作用や中毒性(クスリに耐性ができると量が増えていく)がないので、

赤ちゃんにも、妊婦さんにも、お年寄りにも、ペットにも使えます。

 

深い病は専門家がみて、それにあった効力のレメディを処方しますが、日常的に起こる問題には

キットに入っている「30C」というレメディで、これは誰が使っても大丈夫。

 

ウチは今まで、子どもたちにも東城百合子さんの『自然療法』に出ているような民間療法と、

この「30C」のホメオパシーのレメディだけで対応してきました.

  

もちろん極度に苦しい症状が出ている時や、緊急時には西洋医学にお世話になることも

将来的には起こるかもしれませんが、でも日常的に起こることに、まず最初のケアとして

この2つは非常におすすめです。

 

「症状 = 病気」でなないんですね。

だから、ホメオパシーは病気を治すのでなく、病人を治す。

付けられた病名よりも、その症状が急性か慢性か、という性質を診ることに重きを置きます。

 

そんなこと言われても「???だよ、ホメオパシーって一体なに?」という方には、

入門書として下記の本をオススメします。

 

 他にもたくさんの本が出版されていますので、相性の良さそうな本をぜひ手にとってみてください。

「症状 = 病気」ではない、という考え方では

 

 

こちらの本はホメオパシーのことを書いた本ではありませんが、通じる捉え方・考え方です。

風邪をひいたら、風邪薬など飲まずにふとんの中でこれを読みましょう。名著です!

 

野口晴哉さん、大好き。

誕生日が同じだし、祖父とお友だちだったっていうのも、もっと早くおしえてよー、じいちゃん!

没後、奥様の野口昭子さんの本を読んで知った事実。ドラえもんがいたら間違いなくそこにお邪魔したい。

 

そして、アンドルー・ワイル博士も大好き。

 

 

この本でも最初にホメオパシーに関するエピソードが出てきます。

 

 

 

 

 

2017年

9月

20日

夏休み② その4 長野〜兵庫

信州へ足を伸ばしたからには、ルヴァンにも。

 

ルヴァンではちょうどテレビの撮影が入ってて、それが思いのほか大掛かり。

ルヴァンのスタッフにまで台本が配られセリフもあり。

店はどこもセットのように変わってて。

番組は教育テレビの「ハルさんのなんとか」っていってたな。

 

そして!

ルヴァンといえば、あいちゃん!に久しぶりに会えたのがうれしいサプライズ。

働き者の少女が、芯のあるツルツルピカピカの大人の女性に変貌していて、

やっぱりあいちゃんはルヴァンが天職(と思う〜!)

 

私たちが調布店にいた時に、クリスマスの時期すごく忙しくて

富ヶ谷からあいちゃんがヘルプに来てくれたことがあって、

その時、まかないを作ってもらうことになったのだけど、

みんな時間がないから材料なんてお米と白菜くらいしかなかったのに、

それでも、あいちゃんはまーったく慌てず、サクサクと

その手からは白菜を使った3品のおかずが生まれたのでした。

 

白菜の部位によって使い分けていて、素材丸ごと大切に使っていて

しかもどれも別の美味しがあったことに衝撃を受けました。

 

こんな小さな女の子のどこにこの才能が?!って。

こういう出来事がパンの技術を磨く以外の肥しだったルヴァン時代。

思い出深いな〜。

 

あと、私がスコーン道に入った(?)のは、あいちゃんのスコーンを

食べたからに違いないのです。しかも、そのレシピを絵入りで送ってくれて!

(10年以上経っているのに、まだ持っている)

でも、ある程度はあの味に近づくんだけど、もう一つ同じにならない(くぅ)。

 

あいちゃんのスコーンは、あいちゃんにしか作れない、と

才能1滴の大きさを感じたものです、、、。

 

信州上田店で見つけたら、スコーン好きの方はぜひ!

天然酵母×バターを使っていて、たまらない味です。

  

で、上田といえば息子くんは黙っていない。

真田丸!(上田城跡) 

 

そして

両親の住む家にも寄って、夫くん薪割り。

 

で、ここまで来たら 

ゼルコバへ。

立川時代から大好きなパン屋さん。

ルヴァン出身という以外にも、縁が続いていてうれしい。

 

最初から「遠くからいいものを寄せ集めるよりも、近くにあるもので」という姿勢も好き。

今の若い人ってもともとこういう感覚があるのかな、見習いたくなること多し。

 

移住してから住んでいる明治時代に建てられた家も

少しずつ補修(改修?)しながら暮らしているのが、

手間がかかるだろうに、なんだかとても良い感じでした。

 

おおらかで見栄のない自分たちの感覚を頼りにした暮らし。

大切なのは、金額じゃなくて、アイデア!センス!

無理することない、自由でいいんだ〜、という気分にさせてくれます。

 

パンも、ありそうで、どこにもない味(と、私は思っている)。

わざわざ行く価値、大ありなので、山梨方面に行った時にはぜひです。

駐車場が国道20号沿い、反対側には白州の道の駅があります。

 

というわけで、もうあんまりパンを食べなくなったのだけど、

ルヴァン出身の人の焼くパンは別!なのでした。

 

信州と山梨のあとは

 

岐阜県美濃市へ。

古い町並みが残る道。

おいしいお蕎麦屋さんが開いててよかった!

関東・信越でお蕎麦を食べて育った者にとってはエリア最後の味的な。

 

 

京都では朝の散歩。地図を見る3人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御所にあった顔に見える木。

ピカソの絵にありそうな?

 

 

 

京都で遭遇した夕焼け。

空がオレンジからマンダリンのような色!

 

そして、

お城ブームが続く息子念願の姫路城。

 

むかしの木造建築はほんとうにスケールが大きい。

しかし実際にあの時代に生きるのはまっぴらごめん。

戦国時代ってドラマだったらおもしろいんだけどね。

 

というふうな家族クルマ旅でした。

 

今回の旅では新しい出会いもあり、いつかここ(お店のトナリ)で

お披露目できる日が来るといいなぁ、と思っています。

 

 

 

 

 

2017年

8月

31日

夏休み② その3 山と湖

標高1830mからの風景。

下の湖は白樺湖の隣にある女神湖。

 

それを眺める少年2人。

 

この子たちは大きくなる方向だけに進んでいく。

もう、あの赤ちゃん時代に戻ることは決してないという事実。

あたりまえなんだけど、その不思議さったら!

 

アップダウンの激しい山の中を散策したり、

 

 

広いところで遊んでも、

 

暑くない!!!

 

季節によって住む標高を移動したくなりました、笑。

 

 

 

 

 

2017年

8月

30日

夏休み② その2 食べもの話

友だちのダンナさんはアルジェリア人。

アルジェリアの家庭料理を滞在中、いろいろ作ってくれました。

 

宗教上、お肉はハラール認証がないと食べないから、長野県にいても天然魚と卵くらいで、

ひたすら豆がタンパク質。豆づかいがとても上手で慣れている。

 

ひよこ豆で納豆が作れないかなぁ?と言っていたけど、

大豆とはテクスチャーが違うからなぁ、どうなんでしょ・・・?

 

左上:私たちにはスパニッシュオムレツなんだけど、彼にはトルティーヤと言われた、野菜がゴロゴロ入ったオムレツ風。

その横:トマトとナスとオリーブオイルとハーブとにんにく。材料には馴染みがあるけど料理法がちょっと変わっていた。

 

右上:豆の濃厚なスープもおいしかった。

スパイスの使い方がやっぱりなんか違う。

これだけでもお腹いっぱいになってしまう。

 

左下:赤いカブのようなビーツのサラダ。大好き!

 

左中:チーズと卵のクレープ。とろとろ。日本人の消化器には少しずつで十分な濃さ。

左下:シナモンと信州林檎のクレープも。

クレープはデザートでなく、一食これでいいくらい・・・。

と思ったけど、別腹扱いに、笑。

 

 

子どもたちはバーベキューのチャコールに火をつけることに夢中。

小さな子も参戦するが、危ないので大きな子が相手したり、子どもの中で自然に役割分担。

 

男の子は考えるより、まず行動。ダメだと今度は力技。

横で女の子が「もっと考えてやんなきゃ!」と手を出す。

こんな性差は生まれつき?(大人になっても変わらなそう)

 

 

そして仏日英での食談義でいろいろびっくりしたこと。

フランスは自給率120%などと言われているが、実際にそういう実感は全くなく、

人件費の安いスペイン産のものが多くて、国産は1割くらい、な感じとのこと。

残りはどこへ???

 

またBIO認証(日本の有機認証みたいなもの)もいい加減でウソやインチキも多く、

その問題がテレビ番組にもなった。

 

(パリでは)手料理を食べている人はどんどん減っていて、

野菜はボイルしていあるものがパックにして売られているのが当たり前だし、

冷凍食品しか、使わない人もすごく多いらしい。

 

スーパーなどでは売れ残った商品を捨てるときは上から漂白剤をかけまくり、

ホームレスの人がとったり、再利用できないようにする(もったいない・・・!)

 

あとは今、日本に昔からある焼きそばパンみたいなのが大流行りしていて、

その店にはとうとうカフェもできた、とか、

 

ポワランヌのパンは現地で食べるのはとても美味しいけど、

日本に空輸されると高いし、イマイチ(すみません、、、)

やっぱり、そこの国で食べるから、美味しいんだね、とか

 

日本では遺伝子組換え食品のことをGMO(Genetically modified organism)と言うけど、

フランスではOGM、語順が違って紛らわしい、とか。

 

うーん、ちょっとここに書けないことも食の世界は深くて広くて、人のすることは摩訶不思議。

フランスも日本も、していることはあまり変わりないようです。

 

おもしろい話も聞きました。

前回のラマダン(イスラム教の断食)が約1ヶ月間あって、その間、気がついたら夫婦とも

あまり食べてなくて「食べなくても生きていけるんだ」と自然に気づいたって。ふふふ、やっぱり!

その時の気分の良さ、頭のスッキリ感が爽快だったそう。

それから、どんどん少食になっていったんだとか。

 

 

買い物、料理、盛り付け、後片付け、そこにいろんな情報がまぜこぜになって食事が苦行のように

なってしまうくらいなら、シンプルなメニューで回数減らして、クオリティを上げた方がいいし。

3食必ず食べるとか、4〜5品必ずとか、そういうことに縛られなくていい。

 

何を食べるかよりも、何を食べないか、の方が重要だし。

 

イスラム教はラマダンの他に、月に3日食べない日を作ることも義務ではないが推奨しているらしい。

宗派には問題がいろいろあるけど、その教えには真理をついたものが結構ある。

 

 

 

 

 

 

 

2017年

8月

29日

夏休み② その1 流石の女

高校生のとき、授業を聞く代わりに?毎日、大量におしゃべりをしていた友だちが

パリの住人になって20年が経過した。外交官や商社マンの妻としてではなく、

シングルマザーとしてフランスに住みはじめ、その後再婚して合計4人の子どもを育てている。

 

彼女は大学に入ってからフランス語を始めたのに、ギリギリで単位を取った私と違い、

今ではどんな内容の会話でも日仏通訳してくれる頼もしい能力を身につけた。

むかし、パリで一緒にタクシーに乗ったとき、

運転手も「ほんとうに日本人か?フランス人よりも喋れる!」と驚いていた。

それでも私は内心「日本語だったら、もっとすごいんです!」と思ったものである。

 

まず母国語が達者で、伝えたい話題を持っていること。

そして、その言語がどれだけ必要に迫っているか。

 

語学の上達はそこにかかっている、というサンプルのような彼女。

 

常識とか、多数派の意見とか、そういう枠を軽く飛び越え、 

誰のせいにもせず、依存もせず、どんどん人生を開拓して、謳歌して、

ダウン症の子だって、彼女の元では皆に愛されて強く明るく自然体だ。

 

それを見ているだけで、ハンディキャップを持った人へ捉え方の常識が

ガラガラと気持ちよく壊れていく。家族のこと以外にも、異国、民族、宗教など

いろいろ大変なこともあるのだろうけど、そういうところはあまり見せない。

本人があまりそこにフォーカスしていないのかも。

 

フランスの病院で障害の可能性を診断された時、偶然、私は彼女の家に滞在していた。

その時も迷いがなくすばらしい決断力だった。そして、そんな妊娠中にも関わらず、

私たちにはとびきり美味しい手料理を毎日、手品師のように振る舞ってくれた。

 

数年後、私がアメリカで妊娠した時、障害の可能性をあれこれ言われた時も

(日本でも、フランスでも、アメリカでも、高齢出産だと尋ねなくても言われますね、、、)

迷わなかったのは、その友だちの姿で慣性ができてたのもあると思う。

「どんなことがあっても、どうにかなるよ〜」根本に楽天的なものが横たわっている感じ。

 

 

で、この夏、久しぶりに家族で日本に帰ってくるという。

これは行くしかないと信州は蓼科まで会いに行きました。

どれだけのマシンガントークが繰り広げられるのか、戦々恐々の家族も一緒に。

 

そうしたら!

なんと、さらにスッキリきれいになってるし、4人の子どもたちは可愛く生き生き育っているし、

一回り年下のダンナさんもよく育てているし(笑)、あっぱれ!流石の女、健在。

生命力全開、ぜったい長生きしてくれそうである。

 

年内にはなんと孫も産まれるそうで、こっちまでワクワクする。

高校時代のあのハチャメチャなエネルギーが、こんなふうに円熟して行くんだなぁ!

と、なんだか人間のすばらしい成長を目の当たりにした気分。

 

夫いわく「Hさんは積んでいるエンジンが違う・・・」。

さぞかし、自分の妻が弱々しく守ってあげなければならない存在か認識したことでしょう。

 

いろいろな意味で有意義な夏休みになりました。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

2017年

8月

18日

募金のご報告

「小鹿田焼復興支援事業」への募金、いったん集計し、

 

募金箱と、食器類のセールの売り上げ、合計58565円を

指定口座へ振り込みましたことをご報告させていただきます。

 

たくさんの方にご協力いただきました。本当にありがとうございます。

ささやかでも、今まで300年続いた素晴らしい伝統を、

次に繋げる作業に参加できたことは価値がある!と思います。

よかった!です。

 

セールは少しアイテムを増やし、さらにマークダウンしたものも含め

9月2日(土)までしています。よかったら覗いてみてください。

 

 

 

 

 

2017年

8月

06日

夏休み2017 ①

この夏で3度目の小値賀島へ。

 

いつもと同じ宿に滞在して、まいにち海。

今年は砂にも埋まれて良かった!(砂浴です)

 

今回は初めて朝市や魚市場にも行きました。

カツオや小値賀島では外せないイサキとイカ。

それから、地元の人がみんな買っていたというかまぼこ。

どれも、すごくおいしかった!

あの味だけでも、また行きたい。

 

小値賀の海はとにかく透き通ってて、中を泳いでいる魚がよく見える。

ほかにもいろいろな生き物がいて、その様子はこちらで→はたこうしろうHP

 

水族館みたいです。

  

そう、今回はあまり外食せず(あ、でもお鮨は例外!)ほとんど自炊。

小さなレストランの厨房で働いているみたいに、みんながよく動く動く。

こんな時、女の人だけでなく、男の人もする、というのがポイントですね。

 

3度目というのもあって、宿にないけど使いたいもののリストも年々、充実して

使い慣れている鍋や、カトラリーや、出刃包丁まで持ち込み、調味料もフルラインナップ!

 

この、食べることに対しての2家族の熱心さがけっこうおかしいです。

「お魚がおいしいから、それに合うお皿があったらいいのに・・・・」

という会話もあったので、来年は食器も荷物に増えるか?!笑

でも、お陰で、たのしい食事オンパレードの旅でした。

 

あと、みんなでした「人生ゲーム」の進化ぶり。むかしと全然違う!

(銀行の仕事がかなり忙しく)(しかも宇宙旅行とか、お金の用途が未来っぽい)

 

 

友だちと久しぶりに会えて、きれいな海と、おいしい物とで、たくさん充電できました。

 

 

 

 

 

2017年

7月

31日

復興支援の募金をしています。

先日の九州北部の豪雨。被害に遭われた地域の中に指定重要文化財である小鹿田焼きの里があります。

約300年(て、アメリカの国齢より長いんだぞー)、一子相伝で伝統を守る窯元が軒を連ねている

この里では家屋の損傷は少なかったものの、小鹿田焼きの原料の土を粉砕する唐臼(からうす)、

ーあの、ばったんばったんという音をさせながら、大きな杵がお餅をつくように土を砕いているー

の損傷や、水路の破損、山の崩落などの被害を受けました。

 

けれど一子相伝(男子一人が伝承する習慣)が続く家族単位の窯元の力だけでは復旧までに相当な

時間がかかります。そこで、小鹿田焼復興のための支援金の募っています。

 

ウチでも毎日、あたりまえのように食卓に並ぶ小鹿田焼き。

311を栃木で経験しマグニチュード6の地震でそれまで集めた食器の9割以上が壊れてしまったとき

もう高額な食器を買うのはしばらく不安だな、でも毎日使うものはやっぱり美しいものを使いたい!

と思ったとき、それまでは夫の民藝好きにつきあって(?)使っていた小鹿田焼きの存在が、

初めて自分の心に飛び込んできたのです。あの独特な瞬間は怪我の功名の一つ、と今でも思う。

 

小鹿田焼きって優しいなぁ、と救われたような気がしたのです。

 

その理由を考えれば、それは値段的なことでもあり、陶工の名前がなくても美しいことであったり、

安心感のあるデザインであったりするのでしょうが、もうその時はただパッとそう思いました。

 

それで、おくなが屋を始めるときにお店にゼッタイあって欲しいアイテムだった。

今さら、窯元から1時間の場所で小鹿田焼きを見せたって、新鮮さはないかも知れないし、

「なんで?」と思われたこともあったけれど、そういう短いスパンの商品でなない気持ちが

はっきりあったからぜんぜん平気で、むしろ誇りだった。

そう、私たちの311からの復興は小鹿田焼きとともにあったのでした。

だから、今回はそのお返しが少しでもできたらうれしい。

 

あの時の恩を返せるチャンスっ!と送金しようとして、ああそういえば、、、

あの豪雨以来、「何か手助けになることをしたいけど、どうしたらいいのかわからない」という声を

お店に来てくれる方から度々、聞きました。

だからもし一緒に気持ちを送りたい方がいてくれたらと思い、募金を集めることにしました。

 

もちろん直接、送金することもできます。

 

詳しくはこちら⇒ 小鹿田焼復興事業

 

でも銀行に出向くよりおくなが屋でお買い物のついでに、という方は金額の多少にかかわらず、

店頭にある募金箱に入れていただければ、責任をもって届けます。

 

無駄遣いをちょっと減らして、復興資金に!

ヨロシクお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

2017年

7月

07日

七夕豪雨

今年は、あまいビワをたくさんもらった。

ビワが豊作だと空梅雨と云われていることも初めて知った。

 

なるほどね。ずっと雨が降らなくて、庭木も井戸の水もカラカラで、

田んぼにも水が足りなくて、と思っていたら、九州北部に突然の豪雨。

しかも空梅雨だった分を1日で上回ってしまう雨量。

 

地球だったか、日本だったか、とにかく7月から浄化が始まる、という話を

あちこちで目にしたり耳にしたりしていたのはこういうことなのでしょうか?

だとしたら、なるべく穏やかに最小限の被害ですむように祈るばかりです。

 

上毛町(コウゲマチ)も洪水警報などが出たりして、あちこちの知り合い親戚から

「だいじょうぶ?」の連絡がきて、おとといはその返信に夜中までかかった。

久しぶりの友だちと話題が広がったから、ですが。

 

幸いウチのまわりはまったく被害がないです。

みなさん、ご心配ありがとうございました。

むしろ、庭木はうるうる、田んぼもひたひた。

 

でも耶馬溪にも日田にも朝倉方面にも知り合いがいます。

どうか、みなさんが無事でありますよう。

復活できる被害で済みますよう。

 

天候もそうですが、「明日にはもう何が起こるかわからない」とあらためて実感する

出来事が多かった一週間。今日を無事に幸せに生かされていることの奇跡をしみじみ。

 

元気な家族と話のわかる友だちが居てくれるだけで本当にじゅうぶん。

そんなことを想いながら、窓の外を眺めて、たまった資料の整理をしています。

 

晴耕雨読。

身に危険が迫らないなら、たまにこんな日があってもいいんですけどねぇ。

 

 

 

 

 

 

2017年

6月

30日

パンとナイフ

農繁期になってパン焼きをお休みしていると、家族もだんだんパンが恋しくなってきていて、

そんな時、先に田植えを終えた知り合いから道具を借りたお礼!と行橋の「ここや」さんの

食パンをいただいた。

 

さあ、ライオンの檻に投げ込まれた生肉状態!笑

 

早朝から「ママー、サンドウィッチ作って〜〜〜っ!!!」

家を出る前にどうしても食べていきたいという娘の時間に合わせて、

ガーッと作ったサンドウィッチ。

 

ひさしぶりにやわらかいパンを薄く切ってみたら、

3本あるパン包丁もそろそろ切れが悪くなってきたことに気づく。

もう一本あるんだけれど、これはちょっと特別の一本。

 

もう何年、使っているんだろう?

娘が生まれた頃からだから、どれも10年以上だな。

波刃を研ぐのは難しそうだからなぁ。

 

シャープナーは使えず、研ぎ石で研ぐと波刃は傷つく。

どうしようか。

 

 

捨てるのももったいなし、新調したらそっちばかり使うことになるだろうし、

かといって、切れ味がイマイチのナイフを使い続けるというのもなぁ。

 

で、調べてみたら、今は波刃が研げるシャープナーがあるらしい。

値段も1000円くらい。

そんな値段で?

 

試してみて、ダメになるということはないのかしら?

うーん、迷うなぁ。

 

でも、ここは進むしかないか。

 

やってみよう。

そして成功したら、特別のも研いでみよう。

 

 またAmazonで買い物してしまった。

 

 

 

 

 

2017年

6月

27日

がん検診

この前に「悪魔が微笑んでいる」という恐ろしい?ブログをアップしたのですが、

その過激な内容に規制が入ったので(笑)

 

代わりに!

 

おもしろいブロガーの方の記事を貼っておきます。

知っている方も多そうですが。

 

「がん検診 早期発見で早期死亡 早く見つけるほど早く死にやすい!」

 

個人的には近藤誠さんとまったく同じ考え方ではないのですが、

まあ人は「まったく同じ考え」なんて相手はそうそういないですからね。

それでも、がん検診についてはよくよく考えて、と言うしかありません。

 

 

ほんとう、がん細胞なんて、毎日できたり消えたりしているのですから、

小さくても敵を見つけて、早撃ち、みたいな方法はあまりにも野蛮。

 

がん細胞はすぐに死なないようにするための体の防御作用です。

それを原因も考えす、悪者扱いして殺してしまえば、転移するのは自然の理。

病名を聞いた恐怖心で、自分を見失わないようにして、

身体、心、全体で診ていくことが大事とおもいます。

 

ケミカルなファーストフード、乳製品、白砂糖、畜産肉など。

その人の体質によって摂り過ぎればがん細胞が生まれて体を守ります。

 

みなさんもくれぐれも気をつけてくださいね!

 

 

って、今夜のうちのメニューはトンカツです、笑。

あまりガチガチ考えず、お肉を食べたい家族がいるときは下郷農協さんに

お世話になって、手作りすれば、リスクはかなり下がりますからね!

豚さん、ありがとう!

家族みんなで食べれて嬉しいね!美味しいね!って戴きます。

 

最後は自分の直感で食べる時も量も内容も選び取れるようになるのがベスト。

理屈を超えて、何を食べても大丈夫!なのがいいですね。

 

 

 

 

 

2017年

6月

25日

地図

地図を眺めるのが好き。

どうして?と考えてみると、全体を俯瞰している感じがおもしろいんだと思う。

学生だった頃、一番後ろの席からクラス全体を眺めているのが好きだった感覚に似ている。

 

休み時間もよく一番うしろの棚に寄りかかって、クラス全体を眺めていて、

小さな箱の中にも「世界」があって、それを少し引きながら観察しているのが楽しかった。

 

 

ところでよく目にする世界地図は「メルカトル図法」という方法で描かれている。

それは元々、海図や航路用地図としてわかりやすくするために横に広がる経路を平行にして、

縦の緯線を直角にして、わかりやすくした図法。

 

他にはモルワイデ図法、

グード図法、

などもある。

けれど、航路を把握するには球体を平面に、しかも縦横直角になる「メルカトル」の地図が見やすかった。

ただ、この図法だとりんごの皮をタテに剥いて平らにしたのと同じで、

球体のものを平面に移すとどうしても隙間ができる。

 

そこを広げて面にしているため、北極や南極に近い場所ほど比率が大きくなって、

例えば北極に近いグリーンランドは実際よりも17倍も(!)拡大されてしまう。

そうなると日本は地球全体で見た場合、わりと真ん中(赤道)寄りなので、

拡大される端っこの国と比べ小さく描かれていることになる。

 

細かくいえば、日本の中でも北海道よりも九州の方が小さく描かれていることになる。

 

 

こういう地図をずーっと見せられていると、今まで信じていた世界の国のサイズが

実はとても不公平というか、とにかく印象がまるで変わる。

 

日本は小国で資源がない、とよく言われるけれど、

それもこのメルカトルの地図がイメージの源になっていなかっただろうか?

 

本当の国のサイズがわかるサイト、面白いです→ http://thetruesize.com/

 

 

これを見ると日本はそれほど小さくないし、むかしは貿易をしなくても

ゆたかな資源を生かして平和に暮らしていた縄文時代とかもあるのだから、

小国で云々なんて話には真実味がなくなってくる。

 

そこで、また思うのである。

与えられた知識や情報の不確かさを。

 

無意識のうちに私たちは「与えられている」。

それは、無条件の愛のように、その人を育み自由にしてくれるものもあれば、

ものの見方を限定してしまうものもある。

 

だからどんなことでも常識と言われるものでも少し俯瞰して見てみたい。

鵜呑みにせず、権威にすがらず、本当にそうなのかな?と考えてみることによって

思いつかなかった道が見つかることもある。

 

可能性は常に私たちの思考のサイズより、ずっと大きい。

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年

6月

16日

ディック・ブルーナ

「ちいさなうさこちゃん」などの作者のディック・ブルーナさんが今年2月に亡くなった。

幼い頃、いつも母が読んでくれて、こんどは自分が母親になったらやっぱり娘にもなんどもなんども読んであげた絵本。

 

今、博多のイムズで小さな展覧会をしていますね。

 

 

ポストカードにかわいいのがいっぱいあって、娘と買いまくってしまった。

 

改装の工事をしているあいだ、ここはもしかしたら自分が死んでも残るのかも・・・と思ったりして

生きている間に作ったものがその人が亡くなっても残る、ということを近頃よく想像する。

デザイナーや作家だけでなく、誰でもそうなのだなぁ、と。

 

それはなんだか不思議でもあるし、死んだらおしまいにならないぶん、

先のことを考えて判断しなきゃ、とすこし身が引き締まるようにも思う。

 

おかしな法律を無理やり通してしまうおじさんたちや、

なんとか学園の問題を隠そうと画策している人たちは死んだ後も後悔しないのかなぁ、

と同じように気になる。っていうか、いい加減にしろよ?

 

少しでも人を明るくするものや美しいものを残せた方が自分もしあわせだろうに。

あまりにも「今だけ」「自分たちだけ」「お金と地位だけ」に固執しすぎに見える。

 

ブルーナにあやかりたいのと、哀悼の気持ちを込めて、ヘッダーの写真にお借りしました。

お店、どんな風に変わったの?と見ているうさこちゃんたち(もちろん勝手な想像・・・)

 

 

 

 

 

2017年

5月

30日

5周年

今年1月からスタートした改修工事も、すでに5ヶ月。

 

HPの商品紹介もブログもあまり更新できず、すみません。

紹介したいものも、書きたいことも、いっぱいあるのですが、

今は「溜め込む」時期のようです・・・あしからず。

 

これまでは工事中も休まず、なんとか営業を続けてきましたが

今月は最終行程になるので、おそらくどこかで臨時休業が入ります。

ご来店前にはHPをチェックしていただければと思います。

とりあえず、6月3日(土)までは通常どおり開けています。

よろしくお願いします。

 

それにしても長丁場。

住みながら工事をするというのは、新築とまたちがった趣がありますね。

もう職人さんたちが親戚のような?笑

いつも家に入れ替わり立ち代わり作業にくる人がいるので、

朝8時には「今日は何人?」みたいな会話がふつうになりました。

 

それに合わせて、こちらでも希望や意図を伝えるべく、調べたり、

サンプル取り寄せたり、想像したり、考えたり、掛け合ったり・・・。

 

あー、そろそろ、温泉とか、海水浴とか、海外旅行とか、

なんか、ふぁ〜〜〜と羽をのびのび広げたい気分です!

 

に、しても。

解体、廃棄物の処理、地面の転圧、その上の土台、大工シゴト、

電気工事、水道工事、左官シゴト、足場組み、建具・・・。

ひとつのスペースができるまでにいったいどれくらいの職人さんにお世話になったことでしょう。

離れた場所でできあがるのを待つだけだったら、こんなに間近に職人さんのシゴトぶりを

見ることもなかったのかもしれないけれど、なんたっていつも目の前でしているので、

まあああ、関心することしきり、でした。見ていてほんと気持ちよかった。

職人はかっこいい。

 

・・・いい職業だなぁ。

途中で東京に行った時も先々でなぜかシンクロする左官屋さんの話題。

戻って来てみたら、やっぱり繋がって!

そうそう、世の中には高校に行ってちゃ、大学に進んでちゃ、もう遅いという職業もいーっぱいあるのだ。

 

今回、自分たちで手がけたのは主に塗装作業。

なーんだ、ペンキ塗り?ってこれが結構、たいへんだったのでした。

でした、ってうか、未だ進行中。

2mくらいの足場を組んでもらって天井を塗るの図。

塗る面積が大きくて、そこに下塗り、ペンキ①、ペンキ②となぜか4〜5回も塗ることに。

ペンキ筋がかなり鍛えられています。

しかし、この方も田んぼの季節になり、半分離脱。

半日農夫、半日塗装業。

 

 

で、8割方できて眺めてみると、一見なーんでもない空間で。

このきわめてシンプルな容れ物をつくるのに、なぜこんなにエネルギーが要ったのか、ふしぎなほど。

古家の躯体を生かした中で、これからの使い方に一番いいような「箱」をつくれたわけだから、まあいいんですが。

 

家づくりに関するノウハウが素人なりに少し蓄積されたのが収穫です。

2年くらいかけて、他になにもせず家だけをつくれたら楽しいだろうなぁ!

 

というわけで来月、おくなが屋は5周年を迎えます。

もうすぐ6歳。まだまだ未就学児です。

 

 

   

 

2017年

5月

15日

母の日

母の日。娘は、母の日と誕生日が重なる友だちのお母さんを祝いに友だちの家に行くという。

前々日から友だちとそのプロジェクト?を立ち上げ、生ハムを使ったカーネーションサラダにパスタ、

2段重ねのフルーツケーキの準備をし、プレゼントもアクセサリーを作る計画を立てていた。

 

当日は学校に行く日よりも早く起きて、段取りを確認して出掛けていった。

おいしいものが食べれそうな気配に息子もしっぽを降って着いて行く。

 

お陰でこちらは日曜日なのに子ども不在という、ここ数年はありえなかった一日をプレゼントされた。

子どもが小さいうちは日曜日は休もう、と決めて定休日にしていたのに状況が少しずつ動いている感じ。

 

さて、どうしよう。

大分の美術館で魯山人の展覧会をしていたので、まずそれを見に行くことにした。

展示物が少しでもいいや、と思ったら広いスペースに100点も並んでいた。

しかも日曜日なのに空いていて、とても贅沢な気分でゆっくり見れた。

 

アーケード街を歩いていたらジュンク堂が再オープンしていたので入った。

5階まであって、近所にはない品揃えにしばらく滞在。

夫は探していた本があった!と両腕に数冊、抱えて戻ってきた。

私はジョージア・オキーフの住んでいた家を取材していた雑誌を見つけてしまい購入。

 

ジョージア・オキーフは海外を旅行していた時に、偶然2度も大きな展覧会に出くわしたことがある。

どちらも見応えがあって圧倒されたことはよく覚えている。

なのに、それがどこの国のどの町だったのか思い出せない(歳?)

展覧会だけが切り取られて、それ以外の記憶が抜け落ちている。

まるで夢の中の出来事みたい。

 

家の写真を見ていたら、オキーフの絵を見た時の匂いや気持ちが、もう15年以上前のことなのに突然、

蘇ってきて不思議な感覚に襲われた。本屋さんの中で誰にもわからず一人だけ瞬間移動してきたみたい。

こういう時って、時間てどんなふうに動いているんだろう?

 

ほんとうは実際に旅に出るのが自分にはあっているのだろうけど、それができない時、

本や写真や音楽や映画があるってありがたいなぁ。

 

前々から行きたかったカモシカ書店にも行った。

地方にこんな本屋があるなんて、もうなんといって良いやら、ずっと在り続けてね!!!と思うお店だった。

新刊本と古本と喫茶が一緒になっていて、しかも地元の商店街にも違和感なく馴染んでいる。

ここでこういうお店をしよう、という人の発想や志が地方を救う!というお手本のよう。

 

今は大きな街に行けば、雑貨屋のようなパン屋や、ブティックのようなコーヒー屋があちこちにあって、

どこもおしゃれで、隙のないくらい作り込まれているのをいっぱい見るけど、その根っこになるのは

やっぱりその店のオーナーの志。それがないと見た目だけのお店になってしまう。

 

それにしても最近は定規で引いたようなカッコイイ店が増えたと思う。悪くはない。

だけど私はなんというか、どこか手描きでつくっちゃった、なのに実はよく考えられていて、

センスいいなぁ、という空間が好き。

 

お店って深いのだ。

この一生のあいだに、自分が納得できるお店ができたらいいなぁ。

 

帰り道。

夫の両手には合計10冊の本が下がっていた。

もう暗くなってから友人宅に子どもを迎えにいくと、明かりの残った部屋の中に、色紙で作った輪っかのくさりが

飾られているのが見えて祭りの後感が漂っていた。そこで残っていた手作りのケーキを戴いておしゃべりして帰宅。

 

良い母の日でした。

 

 

 

 

 

 

 

2017年

5月

10日

ペンキ

 

また改修ネタです。

(お店は営業しています)

 

今度はペンキ。

サンプルを壁に貼って、晴れの日、曇りの日、朝・昼・晩と眺めてみる。

結局この方法がいちばんで、その場所が選んでいるみたいに、馴染む色がすっと決まる。

 

FARROW&BALLというイギリスのペンキは発色も質感もとても良くて、おまけに匂いまで、食べ物みたいな香り。

こんなペンキ初めて。

 

イギリスの家は壁や窓枠にペンキを塗っているところが多いけど、一年中、曇りの日が多いから、

きれいな色、明るい色が求められて、それに応えるいいペンキがいっぱいあるんだろうなぁ、と想像してみたり。

 

 

お店を造った時は半分、外みたいなイメージで主役は商品だったので、ホームセンターにある

使い慣れたメーカーのペンキで、画用紙みたいになればいいと思って選んだけど、こんどの場所は「部屋」。

より天井や壁が目立つので、ちょっと贅沢してみた。

ペンキの概念が変わって、いろんなところを塗ってみたくなっています、笑。

 

 

 

 

2017年

5月

08日

東京に里帰り

忙しいといいつつ東京へ。

東京で育ったのに、両親まで田舎に移住してしまうものだから今は実家という実態がないのだけど。

どこかに遊牧民の血が流れている?

 

今やルヴァンが実家のようになってしまって、またすっかり甘えて帰ってきた。

ルヴァンの食事は、やっぱり胃の底からすき。

小麦がカラダに悪くても、ルヴァンのパンは大丈夫で、これもある意味量子学だな。

 

homspunの展示会に行くと、いつも体がもう一つくらい欲しくなる。

homspunを着られるというのはとりあえず半径何キロかは平和で、それから自由なあかし。

この時代にhomspunがあってほんとうに良かった。

きっと、おばあちゃんになっても着ていることでしょう。

 

よく自然食品屋ならフェアトレード、という図式があるけれど、貿易で他の国をサポートする方法もあれば、

まず国内で誰も搾取されない循環ー作る喜びが感じられて、それが誰かに買われて喜びを持って着られる

ということも大事な基本だと思う。デザインと品質は譲れない。そこが良くて初めて長く着られるんだから。

 

時間が少し余ったので話題のお店にも行ってみた。

店員さんがたくさんいてびっくりした。

時代を背負っているお店。

私の小さな買い物に4人の店員さんが関わってくれて申し訳ないやらなんやら。

 

 

田舎暮らしは、遠くからいいものをあれこれ取り寄せるより、

身近にあるものから価値を見つけ出すということを無意識にしているように思う。

見立て次第でモノになりそうなものや美しいものを発掘していないと、

資本力のある大型店のセンスに圧死してしまう、笑。

 

街はブランドや作家名が記号のようなあふれていて、とくに発掘力を発揮してなくて

ある程度ステキなものに辿り着くように道が用意されている感じ。

 

あまりに違うからどちらが良い悪いではなく、ただその違いをいつも感じる。

 

お金があれば、東京はすごく楽しいところなのだ。

以前は想像もしなかったが、流れで田舎に暮らすようになって、おいしくて安心できるお米や野菜を育てられること、

樹木や花をどんどん地植えできること、そして時間に余裕が生まれたことが個人的には住んで良かったことベスト3だ。

 

これをお金に換算するのはむつかしい。

これからもできれば田畑があって、海や山のきれいな場所に住みたい。

そして、少しでもいいから気の利いたカフェやレストランや本屋さんやギャラリーもあって、というのが理想。

 

勉強したかったことを家族の協力もあって、3年間できたのも田舎だったから。

海外か田舎でないと、なぜかこういう時間は私の場合つくれない。

東京はなんというかアウトプットに忙しくなる場所なのだ。

 

むかしは庭でふくろうが鳴いたり、田んぼでカエルが合唱してたり、前の道路を突然、サルが横断してたり、

友人宅からの帰り道にシカやイノシシに遭遇するところに住むなんて思ってもみなかったけど、

人って順応していくもので、帰ってくるとホッとしているのが不思議です。

 

 

 

 

 

 

 

2017年

5月

05日

あたらしい場所

さいきん世の中の動きが早くなっているような気がします。

「早い」というのは、今ちゃんと判断して進む方向を選ばないと後戻りできない、そんな感じ。

にもかかわらず、まわりの状況はどんどん進んでいる。

悶々としていうるちに、降りる駅は過ぎてしまうような。

あわてず、頭をクリアに、魂の声を聞き逃さないようにしたいものです。

 

私自身、仕事と平行して改修工事の細かい一つ一つを日々、決断していかねばならず脳内慢性疲労気味ですが、

それでも、これからのことを考えると、ここはがんばりどころ!よく寝て、がんばりまーす。

 

 

 

近頃のザワついている世界情勢がある一方で、こんなお店をしていると表にはあまりでない話題があちこちから

もたらされたりして、それはそれでおもしろいのですが、個人的には現実と目に見えない世界のことなどもふまえつつ、

Down to earth 現実の世界を歩いていきたい、つくっていきたいと思います。

今、目の前にあることに集中して、観念的になることなく、スピリチュアルに偏るのでもなく。

 

おくなが屋は、この6月でおかげさまで5周年を迎えます。

この僻地?に毎週、毎月、ご来店してくれる一人一人の方のお陰で5年が経ちました。

感謝、感激です。

 

6年目からは、今改修しているスペースを使って、そういう方たちともう少しゆっくりできる時間を作りたい

と考えています。それは開店以来、いろいろな相談にみえる方が多いのも関わらず十分な時間もとれず、

中途半端なことがずっと気がかりだったこともあります。

身体のこと、自然療法、農業のこと、教育問題、移住、仕事etc.

そういう内容の、経験に基づいた情報を提供したりシェアできる場所にしたい。

 

そして、もうひとつのテーマは「ものづくり」。

もともと、自分でなにかをつくるのが好きで、お店の片隅にも最初はミシンを置いて、店番しながら

カタカタ縫い物をしていたのです。産休?の時は授乳時間の合間に織り物をしていたり。

いつのまにか、そんな暇がなくなりましたが、手でつくることも少し復活させたいと思っています。

 

ここ数年、人は消費者としての部分ばかりが増大するとダメになってしまうんじゃないか、ということを

たびたび感じていて、それはどういうことかというと、お金を払えば良い商品、良いサービスを受けてあたりまえ。

それは一見、当然のことのようでも、ともすれば社会に対していつも受け身で、社会参加している責任を忘れがちに

なってしまうのではないか、ということ。その脆さに危機感を感じるのです。

これからは貨幣経済が崩れても生きていける人になるのが大事。

 

社会は一人一人の態度、表情、行動が影響し合しあって成り立っている。

そのことを昨年はなぜか改めて考えさせられるようなことがよく起こりました。

メールで商品の注文が来てメーカーから取り寄せて荷造りも完了しているところで突然のキャンセル。

匿名のままメールで質問が届くことも多く、返信したらそれでおしまい。

そんな関係も多かった。わたしは検索マシーンか?!

メールもケイタイもない時代に育ったものとしては、そんな状態についていけずどうしたものかと頭の中で腕組み状態。

世間はほんとうにいろいろなことを学ばせてくれます。

 

もちろん全員が全員そういうわけではなく、常日頃、お客さんには恵まれていると思ってるので

余計、少数の方の行動が目立ってしまうのもあるのでしょう。

 

でも、そこで思いついたのが上に書いたようなこと。

そんなこともあって、消費するだけでなく自分でできることはしてみる、作れそうなものは作ってみる、

というようなワークショップができたらいいな、と思いました。

消費する分くらい生産しなくちゃ、ね。

衣食住にかかわる「ものづくり」というのは生きることの基本ですし、

貨幣経済や学歴社会が消失しても、技術や経験があれば生きていける、と思えることはいちいち隣の国の

ミサイル云々でビクビクすることがなくなることにもつながりそうな気もする。

 

 

おくなが屋を始めて以来、世の中にあふれている添加物のことや、遺伝子組み換え、医療のこと、健康のこと、

電磁波のこと、いろいろブログで書いてきましたが、最近は私が書かなくても、ほかにたくさん本やブログを

書いている方も増えましたし、実際、もうわかっている人にはわかっている内容になってきて、

そろそろ役目を終えたかなと感じています。

 

なにかを知りたければ、調べたければ、誰でも情報が得られる状況が10年前と比べたら格段に増えてきていて

その中で、それでもあえてそれを食べるのも、治療を受けるのも、それぞれの選択であり「道」。

すべてが過程だとしたら、それも学びの一環だし、自由です。

 

真実はそう簡単に白か黒か答えが言い切れるものではなく、でも案外シンプル。

それを学校教育やマスコミに、恐怖心、優越感、劣等感を植え付けられ目隠しされているだけで、

知りたいのなら、そういう膜をちょっと外してモノを見ればいいだけです。

 

5年経って自分自身の関心も心境も変化してきて、おまけに私は飽きっぽい、笑。

というわけで表現のパターンをこれからはブログであれこれ述べるよりも

新しくできる場での実際の活動に重心を移していこうと思います。

 

新しいスペースでは、【循環農法に学ぶ菜園講座】【ホメオパシーのセルフケア講座】も計画中。

他にも私自身が「!」と感じている方を呼んで講師になってもらったり、小さな展示会も予定していますので、

どうぞ楽しみにしていてください。

 

といいながら、ときにはブログもアップすることもあると思いますが、

ほんとうに肝心なことは、直接伝えるシェアするというスタイルを中心に据えていくつもりです。

 

日程などの詳細は決まり次第、お知らせさせていただきます。

この夏頃から、すこし新しくなる予定のおくなが屋を今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

2017年

4月

03日

中間報告

1月後半から始まった改修工事。

気がつけばもう4月に入りました。

 

「何ができるの?」

「いつ完成?」

 

よく聞かれるのですが、とりあえず今はまだお店のトナリはこんな感じ。

現場を見ていると、むかし、私がちょうど今の娘の歳だった頃、

当時住んでいた団地から数キロ離れた土地に両親が家を新築していて

小学校から帰ってくると自転車に乗って大工さんの仕事を見に行っていたのを思い出します。

 

道具を使って、どんどん大きなものができてくる様子がたまらなくおもしろかった。

家が完成してしまった時には、もう見れないのか・・・と悲しくなってしまったほどに、笑。

 

その家の設計は父が考えていたので、その様子をみていたら自分にもできそうな気がして

小学生だったのに、家の図面を来る日も来る日も描いていた。楽しかったなー。

全然、飽きるということがなかった。

 

そして今もその延長線上にいるような日々。

幼い頃に夢中になることって、なにか将来を暗示していたりしするものですね。

娘はまた私と違って、作業を見学するよりは、大工さんたちに出す(そして自分のおやつでもある)

お茶菓子作りに夢中。抹茶クッキー、どら焼き、小豆寒天など。

 

 

そして当時、図面を描いていただけの頃と違うのは、それが「本当に」できあがっていくこと。

 

それは幸せなことでもあるけれど、いろんな意味でドキドキする。

ひとつは今、考えている図面でホントにいいのか、みたいなことだけど、

そういうのはつきものなので、考えられる範囲で判断していくしかないとして、

 

もう一つは6年前に原発事故でお店や、そこでの暮らしを失った経験をしているので

また同じようなことが起こったら嫌だなぁ、というトラウマ的なドキドキ。

 

経験してしまうと、そこの記憶から起こる感覚を乗り越えるのは、ほんとむずかしい。

無視するのも変だし、報道されない事実がいっぱいあることも知ってしまっているし、

でも経験したからこそ見える景色が財産だったりもするわけで。

 

此の期に及んで伊方原発も稼働させるらしいし、自分だけではどうにもならない要素を含んでいるので本当に困る。

まだまだ、この世の浄化には時間が必要みたいだ。

 

それもあって、新しいことをすることを決めるのに2年も要してしまった。

そんなこと言ってたら何もできないよ、ということなのだが、これから予想される乱世を想像してみたり、

自分の役割を考えたり、アタマの中の憶測や妄想はキリがない。

結局は腹をくくって、できることをするしかないんだけど。

 

というわけで、もう少し先になりますが「トナリの部屋」を使って新しいことが始められたら、と考えています。

 

 

 

 

 

 

2017年

4月

02日

ドライブ

最近は一日の中で天気がくるくる変わる。

 

今日は春休み中の子どものために家族でお出掛け。

家を出る時は曇り空だったのに、少し走ったら晴れ間が広がりだした。

まずは小倉方面へ。

 

中央フリーウェイ沿いで生まれ、首都高=渋滞で育った私にとって、東九州フリーウェイはいつも貸切気分です!

遠くに見えるのはロッキー山脈でなく、北九州方面の山々。というか台地?

ぐんぐんどこかに向かっている気分になれる風景。

 

 

こちらは本当のロッキー。

 

小倉では開店と同時に無印良品で買い物をして、そのまま次は久しぶりのIKEAへ。

途中、すごい土砂降をくぐり抜けたと思ったら、ヒョウまで降ってきた模様。

 

到着したら晴れ。

日曜日&春休みだったけど、大混雑前に買い物を済ませて脱出して、博多に移動。

 

博多ではいつものスリランカカレーを食べて、本屋さんへ。

18歳で故郷を離れた浦島太郎(夫)に紀伊国屋があるからと連れて行かれたのはTUTAYA。

新本と中古本が一緒が棚に並んでいる、という合理的な売り方にカルチャーショック?を受けつつも

本を10冊ほど買い込む。駐車場に戻る途中、DEAN&DELUCAに寄って浦島太郎がチーズとパンチェッタをゲット。

「無添加ってありますけど・・・・」という会話が聞こえる。ったく、うるさいお客です、笑。

でも買ってるってことは合格だったらしい。

さっきカレーを2人前食べたのに、もう次の美味しいものを考えているところが頼もしいというか、なんというか。

 

 

帰りの高速からの景色。

手前に小値賀島に行くフェリー太古も見えた。

 

そしてサンセット。

空が大きいから迫力がある。

 

一日のドライブから無事に帰ってきました。

子どもたちはIKEAで手に入れたぬいぐるみをウチの猫たちに見せてその反応に大はしゃぎ。

ワンワン、にゃんにゃん、ブーブー、忙しい。

 

大人は明日からまた改修工事にまつわるあれこれをします。

 

 

 

 

 

 

2017年

3月

16日

くぬぎ舎マーケット

くぬぎ舎マーケット
3月27日(月)11時から14時
場所 ゆいきらら

恒例となりました「くぬぎ舎マーケット」。
今回は、春休み中の3月27日(月)となりました。休み中の子供たちも一緒に、いつもと違う雰囲気の中でのマーケットとなりそうです。いつも通りの美味しいもの、まだまだ使えるイイもの・ステキなもの、たくさんご用意してお待ちしています。会場はいつもと同じ「ゆいきらら」です。チラシも出来ております。豆岳珈琲かおくなが屋などに置いてあります。

 

 

 

 

2017年

3月

04日

フィンランドの教育

10分くらいの映像なので、ぜひ観てください!

アメリカの映画監督マイケル・ムーアがフィンランドで教育について取材をしています。

 

我が意を得たりのこの考え方を日本で実践していると逆風の中を歩いている感じだけど、

フィンランドだとあたりまえなのがうらやましい。移住しちゃおうかなー、笑。

 

宿題なんて時代遅れ。

学力テストなんてナンセンス。

すぐに答えを出せる訓練は教育でもなんでもない。

学校をどこにするか迷う必要なんてない、一番近い公立へ行けばいい。

 

そういうことが常識になる日が日本にも早く来ますように!

 

 

 

 

 

 

2017年

2月

18日

つくる人たち

改装中の続き。

床下の基礎を転圧する前日に排水溝をチェックしていたら戦後すぐに作られたらしい木製蓋を発見!

このまま上から押されたら土砂が入ってしまうので、慌ててコンクリート蓋を製作。

苦心の跡も見えますか、夫作。

 

 

「魔女の宅急便」のジジのクッキー。3種類の味をミックスした迷彩クッキー。こっちは偶然。娘作。

 

「紅の豚」のポルコも。

 

 

 

そして真田丸の影響を受けた人。左は1日目。右は2日目。

この格好で遊んでいる人がいたら、それはウチの息子です。

名前が書いてあるので、すぐわかるか、笑。

 

 

 

 

 

 

2017年

2月

14日

改装中

お店は通常通りの営業を続けていますが、となりの空間は今こんな状態。

連日、力持ちの面々がやってきて、さくさくと作業を進めてくれています。

作業中はあたりまえに方言が飛び交うので、まるで外国人に囲まれているような気分ですが、

長く生きているので慣れている、こういう状況、の自分が頼もしいです、笑。

 

古民家カフェを始めるわけでなく(念のため)、今回はフリースペースとなる部屋を作っています。
小さな場所でも、できること、したいことがいっぱいあって、その計画が動き出したのがうれしい。

 

春頃からこの場所で、ワクワク、賢く、実用的なあれこれを企画しています。

それまではトンカントンカン、そして図面とのにらめっこが続くのだ。

 

それにしても、やっぱり職人さんていいなぁ。

 

 

 

 

 

 

2017年

1月

31日

新しい年

1月28日から暦上では春、そして本当の新しい年が始まりました。春を実感するにはもう少し地上に反映するのを

待たなくてはならず、まだまだ冷たい空気ですが、それでも!すこーしずつ春の気配が漂っているような気がします。

 

そして、今日は息子8歳の誕生日。

8年前、朝7時に破水して、それから2時間半後に家族と一緒に自宅で助産師さんに支えられながら

無事、新しい命を迎えました。アメリカで妊娠に気づいた時に告げられた予定日は12月26日。

それが帰国後、結局は1ヶ月以上も延長したことは、今でも解けぬ謎の一つ。

受胎されたと計算できる日、夫はコネチカット州、私は娘とオハイオ州に滞在中だったのも不思議。

遠距離恋愛を超えた遠距離妊娠?

 

最近は「妊活」という言葉が横行しているけど、当時は聞いたことがなく、今でもその概念てなに?

妊娠は計画的にするものという風潮がベースになったのか、それだけ妊娠しづらくなってるということなのか。

それとも他に意味があるのでしょうか?なんとなく違和感・・・。

 

とにかく計算外で不思議なことだらけ(=自然?)を引っさげてやってきた息子は、そのまま現在に至ります。

学校に馴染めず、家で退屈するかと思えば、毎日自分で過ごし方を決めて、楽しく過ごしている。

 

畑には小麦を巻き、収穫したらチーズ入りのパンを焼いて、ぜんぶひとりで食べる計画を立ててる。

大豆も父親と一緒に畑に撒き、収穫もし、脱穀も手伝い、それを焚き火で炒って「おいしい〜」。

今年初めての味噌づくりも大豆を茹でるところから潰す作業、丸めて容器に投げ入れる最後まで

家族の誰よりも張り切ってやっていた。

 

別の日は刀をつくると木の皮を道具を取り出し剥きはじめ、ひたすら続けて夕食前に完成。

それを悦に入りながら眺めてご飯を食べる。寝るときも一緒、笑。

 

レゴもかなり好きだけど、決められた通りに作るより、自分流で組み立てる方がおもしろいというわけで

パーツはあっちこっちに散らばり部屋はたちまちカオスになる。

ベッドの横には自分とぬいぐるみたちのダンボールの家が建ち並び、小さな村状態。

 

そして毎日とにかく、その日にあったこと、今興味のあることを絵に描く。

毎日、大量に紙を使うので、こちらはその為にA3のコピー用紙をまとめ買いしている。

字で書くより映像の感覚が強いらしい。習ったり、制約されたりがないので完全オリジナル。

その絵を見ていると、彼の頭の中を覗いているみたいでおもしろい。

 

You TubeやDVDで何かを観るのもかなり好き。

定番の動物ものに、職人が出てくる番組も好き。

最近は「真田丸」も観て、忍者に憧れている。

本屋で忍者の本を見つけて、真剣に見て、夢の中では毎晩、忍者の修行に励んでいるらしく、

朝起きると何を練習してきたか話してくれる。

 

「これ履いてね、水の上を歩いたんだけど、溺れた〜」←微妙に理解が違うようですが、笑。

「屋根から落ちそうになって捕まってたら、これ(ベッドのヘッド部分)を持って起きた!」

 

眠りに落ちる前にも「ああ、早く忍者になりたいなぁ・・・」

次の日には「忍者になれなかったら中華料理屋さんになろう・・・」

おもしろいなぁ、子どもって!

 

彼の魂がよろこんでいれば親としては構わないので、なるべく何かを強制(矯正)することはしていない。

学校では字が書けず、計算問題が解けず、宿題もやっていかない日が多かったので、散々バカだとからかわれたらしい。

お店に来てくれる子どもにも「学校に来ないとアタマ、悪くなるぜ」と親が言われたりする。

子どもは社会の影響を隠さず表すことがあるから仕方がない。

ある方からは「高学年になるまでに間違いなく落ちこぼれます」という烙印もいただいた。

 

だけど家族は毎日一緒にいるので、彼の反応や切り返し、人への気遣いや、動物との付き合い方や、

器用なところも、不器用なところも、甘いところも、厳しいところも、賢いところも、アホなところも

いっぱい見てきているので、集団に馴染めず、いくら学校での受けが良くなくても、

ユニークで、優しいところもあって、いいところもいっぱいあるのがわかっているので、気にしない。

 

それに人は「好きなこと」と「健康」と「集中力」があれば大丈夫だと思うので、

その3つを害することをできるだけ避けてあげさえすれば、なんとか生きていけるのでは?と。

 

そして、この世への現れ方同様、なんだかどこかで自分たちの観念、想定を超えた部分を感じていて、

どうしても一方的に評価したりする気になれない。これは娘に対してもおなじ。

逆にこちらが試されている部分、教えてもらっている部分もあって、

子どもとは多かれ少なかれそういう存在なのだと思う。

 

息子はよく誰も尋ねていないのに「ボク、しあわせ〜」とニコニコしている。

それを聞くと、こちらとしてはとりあえず合格をもらった気になる。

 

今年はどんな一年になるのか。

頼りない親ではあるけれど、ちゃんと子どもを幸福にしてあげられる大人でいたい。

 

 

 

 

 

 

2016年

12月

31日

今年もありがとうございました。

自然にそった暮らしをするならば、1月27日が旧暦での一年最後の日ですが、

先に新暦の大晦日が来るので、一応ごあいさつ・・・。

 

この一年、おくなが屋に足を運んでいただいた一人一人の方へ、

ほんとうにありがとうございました。

 

もうすでに世の中は深いところで変わり始めていますが、

2017年からはそれがもっとわかりやすい目にも見えるところで現れてくると思います。

 

地球の上で生きていることを忘れず、今までの価値観にしがみつかず、変化を恐れず、

自分の本能と直感を信じて、絶えずバランスをとる生き方がますます大切になってくるでしょう。

 

そういう時代に、どんなお店のあり方がいいのか。

おくなが屋も、それを常に考えながら新しい年を歩んでいこうと思います。

 

たんに売りやすいモノを扱うのではなく、その流通によっていい影響(循環)が起こるモノを選ぶ。

今の時代を生きるための知恵や楽しみをシェアする場をつくったり、

食の基本である安全で美味しいお米と野菜も定期的に販売できるようにもしたい。

あいかわらず夢だけはいっぱいです。

 

そして、そんな私たちの夢がみなさまの暮らしや人生に寄り添えることを願います。

 

新年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

おくなが屋 奥永 進一郎・奥永 牧

 

 

 

 

 

2016年

12月

18日

カゼイン

カゼインはcaseinと書いて、牛乳に含まれているタンパク質です。

 

娘が公立小学校にいた頃は、毎年、校長室まで給食についての話をしに行っていて、

その内容の半分は給食で出される牛乳についてだったので、その頃、勉強して少し詳しくなったまま

娘の転校後、しばらく遠ざかっていた「カゼイン」が最近またクローズアップ!

 

きっかけは夫がシュトレンで使う澄ましバターを作っている時に「グラスフェッドバターにはカゼインが少ない」と

気づいたこと。バターを温めた時に成分が分離して、その割合が普通のグレインフェッドのバターと違ったのです。

 

グラスフェッド  grass fed :草(牧草)を与えられた

グレインフェッド grain fed : 穀物(輸入飼料)を与えられた

 

料理って、やっぱり実験の要素が濃いなぁ。

そして自然の摂理に沿った食性には意味があるのですね、やはり。

 

日本では知りませんが、アメリカなど海外では動物実験で体内に癌細胞を作る時に、このカゼインを使います。

確実に癌にしたい時に使う。動物実験という言葉だけでもヤですが、とにかくそんなカゼイン。

 

このタンパク質はカルシウムとくっつきやすいのが特徴です。

体内のカルシウムとくっついてしまうと、それだけ骨からカルシウムが抜けていき骨が脆くなる。

「牛乳でカルシウムをとる」っていうのは、本当は逆で「吸い取られている」のです。

骨折をよくする子は牛乳が好きでよく飲んでいたり。そこにカゼインが関っているのです。

 

だから牛乳を消費している国ほど、骨粗しょう症の割合が多い。

確か、長年、フィンランドが一位。日照時間が少ないこともあるかもしれませんが、

アメリカも同じく多いので、やはり原因はカゼインにありそう。

牛乳を飲む習慣がなかった頃の日本には「骨粗しょう症」という病名はなかったとか。

 

カゼインは牛乳のタンパク質の約8割と言われています。

粘り気のあって、固まりやすい性質。

 

でも日本人の多く(70〜95%と諸説あり)はこれを分解する酵素をもっていない、いわゆる乳糖不耐症です。

そうするとどうなるか。腸の中で腐敗しやすい。しかも、日本で販売されている牛乳のほとんどはホモジナイズ

という脂肪を分解して商品として長持ちのする加工をしています(昔の牛乳はびんに入っていて、上の方に脂肪が

浮いていて、日持ちもしなかった)。そのせいもあって、カゼインは腸壁を通り抜け血管内に入り血液を汚します。

 

ちなみに病気になる2大条件は

①血液の汚れ

②冷え(低体温)

  

血中に侵入したカゼインは体から異物と見なされ、そこで自然治癒力が働き外に押し出そうとする。

 

この排出が皮膚から起こるとアトピーや湿疹。

気管支からだと喘息。

+塩不足だと花粉症とか。

副鼻腔炎という例もすごーく多い。

ニキビの原因にもなる。

 

では、それがもし排出されず、体内に蓄積された場合はどうなるか。

女性だと乳房に、男性は前立腺に溜まるケースがもっとも多く(ホルモン系だから)そこに癌細胞ができます。

マクガバンレポートでも、乳製品を摂っていない国、地域にはそれらの癌にかかる人はほとんどいないことがわかった。

 

*マクガバンレポートとは、増大する医療費で国家経済が破綻しそうになったアメリカが、その対策として行った

 当時では世界最大の調査による「食生活と病気の関係」についての報告書で、1975年にアメリカの特別委員会によって

 まとめられたもの。その代表委員がマクガバン氏。が、その真実が知られることが不都合だった団体・個人からの

 圧力でマクガバン氏は次の選挙で落選。乳業・食肉業界というのはアメリカで大きな権力をもっていて、

 議員の7、8人に一人はその団体から支援で当選し、政治活動をしているとも言われています。

 日本でも安倍首相の奥さんは森永乳業の娘さん。当人同士はともかく乳業と行政のつながりは深い・・・。

 

イギリス人の女性(化学者だったかな)の書いた本もわかりやすい。

乳癌で余命を宣告されたことから、持ち前の探究心で原因を突き止め、癌を克服したノンフィクションです。

 

だから癌で入院したのに病院食で乳製品、というのはもってのほかなのですが、ふつーに出されたりしてます。

そういう病院だったらすぐ退院したほうがいいかもしれないですね。

 

カゼインは乳化剤といって食品添加物としても使われています。

増粘剤や保水力アップのための安定剤、粘着材としても。

または筋力アップのためのプロテインとか。

 

弊害が精神面に出るケースもあります。

言葉の発達が遅い、意欲が出ない、ウツなど。

妊娠中、牛乳をたくさん飲んだお母さんから生まれた子にも影響していきます。

 

でも牛乳信仰(洗脳)は根深いですから、すぐに信じられないかもしれません。

確かに本来の牛乳を乳首から子牛が飲んでいることにはなんの問題もありません。

問題は、人間が行っている飼育方法、搾乳方法、加工方法。

 

 

哺乳類には4000種以上いると言われていますが、その中に日常的、積極的に、他の種の母乳を飲んで

成長する種はいません。自然に反したことをしているのは人間だけ、しかも(繰り返しますが)加工乳です。

 

牛を病気にさせないために打つ抗生物質やワクチン。

授乳期でなくても乳が出るように投与されるホルモン剤。

 

それらが混ざった脂肪が撹拌で分離されて何日も腐ることなく保存できるという、すごく不自然な飲み物。

それが「牛乳」という食品名で、カルシウム摂取という名目で広まり、子どもには毎日、給食で200ml与えられる。

加工乳を子牛に飲ませたら半年で全頭、死亡だったという実験結果もあるのに

しかも和食でも中華でもプルコギでもパエリアでも、どんなメニューにも必ずつけるのもすごくヘン。

 

どう考えても、病気にならない方がふしぎ。

 

牛乳のもう一面。

アメリカで1979年に起きたスリーマイル島原子力発電所の炉心溶融事故(レベル5)で、周辺の地域だけでなく

全米中の子どもに甲状腺がんが増えた原因は汚染された牛乳を原料にしたハーシーチョコレートでした。

それを毎日、食べてた子どもに癌が多かった。有名な話です。

スリーマイル島もハーシーの工場もペンシルバニア州。

事故で被爆した乳牛の乳を原料に使ったのはたぶん安かったのでしょう(想像ですが)。

 

その昔、一人でペンシルバニア州をドライブしていて、そこで偶然みつけたハーシーチョコレートの工場を

時間もあったので見学したことがあります。でも印象的だったのは工場の中よりも、街の街灯のデザインが

ぜーんぶキスチョコだったこと。アメリカっぽいなぁ、と思いました。

通りの名前もチョコにちなんだものも多くて。

漂っている空気になんとなくチョコっぽい香りもしていた記憶。

 

画像、探したらあったので、お借りしました。

こんなふうです。

あまい夢を売っているようで、その歴史にはそんな事実もあり。

まあ、「あまい夢」も結局は白砂糖の夢で、どっちにしても極陰性という共通点。

 

アメリカのもっともポピュラーなチョコレートなので誰でも知ってるし、みんな食べたことあると思います。

 

日本でも5年前にレベル7の原子力事故がありました。

ハーシーの例でもわかるように、あれは全然、遠い土地の出来事ではありません。

これだけ流通が発達していれば1〜3日で日本全国どこにでも運べる。

 

国内にいたら、どこに住んでいても同じ危険度。自分で気をつけるしかありません。

給食にでても、社員食堂にでても、外食産業に出回っていても、加工食品に混ぜられていても国は守ってくれません。

端的にいって、安さを売りにしているものには注意が必要。

同じく予算が低く抑えられているものには、どうしたって訳アリの安いものが使われる可能性大。

 

5年経った今でも日本産の食品に輸入規制をかけている国も多いのです。

 

そういう面でもカゼインを含んだ牛乳は“もっとも気をつけなければならない加工食品”の一つ。

 

もう乳製品を健康食品と思って毎日、体に入れることはやめた方がいい。

選ぶなら、グラスフェッドで、ノンホモの、クスリ漬けでない牛のもの。

そういうものを嗜好品として、子牛から少し分けてもらう感覚で。

 

まあ、大人は自分で選択できるから好きにしたらいいのですが、選択権のない子どもにはとくに気をつけてあげたい。

でも「禁止」するのでなく、なんとなーく目につかないようにするとか、わかる範囲で理由を説明してあげるとか。

 

娘は前の学校で「なんで牛乳、飲まないの?」と聞かれると「だって子牛の飲み物だから」と答えていたそうです。

まあ、あまり理解されなかったみたいですが。

 

子どもに指示したり命令したりすることは極力、避けたい。

だったら、大人が自分でそうしろよってことです。

ダメ!と言われたら、してみたくなる。これ、好奇心があったら正常な反応ですからね。

 

あまり厳しくすると、いつか反動がくる。

抑えるとよけいややこしくなる、というのは症状をクスリで抑え込んでいるのと同じ。

 

だからウチでも禁止はせず、自分で決めな、と言います。

たまには「選んだ」チーズやヨーグルトを食べることもありますし、家族の誕生日などはケーキも作る。

で、レシピのお砂糖の分量とか、材料選びとか、一緒に考える。

市販のケーキと味や値段を比べてみたり。

そうこうしているうちに、子どもの方がアイデアを出してきたり、賢い判断をするようになっている。

 

あとは豆乳や米乳(ライスミルク)、オーツ麦やアーモンドのミルクなんかもオーガニックのものが

今はありますから、必要なときはそういうものを使のもテです。 

おくなが屋でも、その時によっていろいろ置いています。

 

とにかく、アレルギーや癌、骨粗しょう症の原因をつくるカゼインを含む牛乳が健康食品だ、

という思い込み(洗脳)からは早く解放された方が元気になれます。

 

奇妙な飲み物を手放しても、この世の中には美味しいものがたくさんあふれています。

 

 

 

 

 

 

 

2016年

12月

11日

病気へのアプローチにはいろいろある

世界的に病気へのアプローチには大きく分けて5つあるといわれている。

      

◎ナチュロパシー(Naturopathy)自然療法;食事療法をはじめ、冷えとりや砂浴、温泉療法など      

◎オステオパシー(Osteopathy)整体療法;鍼灸、指圧、カイロプラクティック、ロルフィング、

                      ヨガ、呼吸法もこれに含まれる      

◎ホメオパシー(Homeopathy) 同種療法;症状と似たもののエネルギーを取り入れ自然治癒力を促す      

◎サイコパシー(Psychotherapy)心理療法;対話療法、箱庭療法、グループセラピー、ヒプノセラピーなど

◎アロパシー(Allopathy) 逆症療法、薬物療法;クスリの毒で症状を抑える、手術など

 

19世紀のヨーロッパや、日本でも江戸時代などでは、この5大療法が適材適所という感じで、

お互い補完しあって存在していた。つまり、どれかひとつが万能なのではなく、心身の問題に応じて、

それにいちばん効果のありそうな療法を選んできた。

 

それが今や、この5大療法の中で唯一、自然治癒力を抑えてしまうアロパシーが主流になってしまっている。

即効性があり、もっともお金が動き、石油メジャーとのつながりが一番あるからだ。

クスリ、ワクチン、抗がん剤、手術、輸血。さらに、保険、とくにガン保険。

お金が動けば動くだけ、どこに収奪されていくのか、調べてみると結構、こわいです。

 

他の療法はアプローチこそ異なるものの、どれも自然治癒力を発動させることを主眼にしている。

健康保険が効かないと高いイメージがあるけれど、長い目でみればそちらの方が命を削らずにすむのだから

天命が完う(まっとう)できないことの方が魂レベルでみたらずっと大きな損害である。

 

現代医学(アロパシー)が悪いとか不要なのではなく、本当に必要な時に、最小限の処置をすればいいのです。

アロパシーにかかるのは主に命にかかわる緊急時。救急医療以外のほとんどは専門外なのだ。

一生の間になんど命に関わる事態になるのかを想像してみると、今、病院に行っている理由の

9割は不要、無駄、向かう先が間違っている、ということになる。

 

とくに慢性病(なるまでに時間がかかり、根が深く症状も長引くもの)や、

アレルギーでアロパシーを選ぶ、という間違いがいちばん多いように思う。

 

そこでされる処置は、自然治癒力が発動している証である症状を抑え込むこと。

それは内部に問題を押し込めて、近い将来にもっと大きな症状を出すか、

もしくは自然治癒力の元になる力を殺すかのどちらかの結果を招くものなのに。

 

もともと戦場で発展してきた医療なので「とりあえず“今”、戦える兵士を手当する技術」に長けているのが現代医学。

仕事が休めない、辞められない、人に迷惑がかかる、という一見もっともな理由も、

もしかしたら戦場時代の名残が私たちの記憶の中にあるのかもしれない。

 

バブルの頃、CMのコピーで「24時間戦えますか」というのがあったけど、あんなケミカルな飲み物を飲ませて

仕事に励めなんて、今思えば人をなんだと思っているんだ?と思うけれど、そこにいるとなかなか

違和感を感じず、麻痺していたり、自分を責めたり、周囲に気を遣ったり、悲しいサガです。

 

今日から心で決意してみる「私の体の声に従います」。

その声について、頭で考えたり、否定したり、聞こえないふりを続けていると病気になる。

 

とにかく。

慢性病やアレルギーの時に向かうべきは、アロパシーではない。その他4つのどれかが正解です。

もしくは西洋医学の病院だけれども、その資格を持ちながらも国家資格を取るための学校で教えてくれること以外の

アプローチもちゃんと勉強しているお医者さんのいる病院です。

 

いったい食生活の大切さ、本質を患者さんに説明できる西洋医学系のお医者さんは何パーセントいるのかな。

今でも減塩とか言っている栄養士や医者はどっさりいて、マジメにそれを守っている人も多くて、

たとえばお店で不良品を販売したら、返品か交換なところ、病院では間違った指導で人が健康を損なっても

診察料や治療費は返ってこないのは、ズルいとうものです。

 

自分の直観を磨いて、もっと他の方法に目を向けましょう。

東洋医学やアーユルベーダもあるし、アメリカではイメージ療法、クリスタル療法、キレーション療法、

サプリメント療法、音楽療法などを利用する人も増えている。

 

そして、最近では結局「量子医学」という視点でほとんど解決することがわかってきている。

非常に喜ばしいことだ。

たとえば、ホメオパシー(同種療法)も量子医学のひとつである。

要は人の細胞をどんどん細かくしていった物理でいうところの最小単位、量子を診て、

そこを変換すればなんでも治る、ということが証明されてきているのだ。

 

これは、誰でもどこかで気づいていたり、すでに知っている世界が含まれている。

イメージしていたことが叶う、真剣になにかを祈る、以心伝心、ある音楽を聴くと気持ちがいい、とか。

こういうことは肉眼でなにかが見えるわけではないけれど、実在していて、すべて「量子」に関係している。

「氣」のつく言葉もすべて量子で説明できると思う。

 

また有機素材なのに、マズい食べ物があること、

ジャンクっぽいのに、なんだかおいしいぞ、みたいな出来事も「量子」が関係している。

そこに人の心が量子としてのるのですね。

 

そんな新しい時代に、わざわざ自然治癒力を殺しかねない療法を選んでいるのは

情報隔離されて、気の毒な、狭い世界で生かされている、どこかの国の国民と変わらない。

 

量子は波動だ。波動を高めればいいのである。

波動の高いものに、なにがあるか考えてみよう。

どんな食べ物?どんな音?どんな心の状態?どんな行動をしている時?

なんだか楽しくなってくる。

 

そのかわり、ごまかしは効かない。「ふり」とか通用しない。

ホンモノの世界だから、厳しいかもしれないけれど、慣れてきたらきっと気持ちがいい気がする。

 

筋肉反射テストと量子医学があれば、石油合成薬や手術のほとんどは不要でお金もかからず病気はなくなる。

国家予算の半分にあたる額が医療費で、次が防衛費、なんていうお金の遣い方は

未来の人にどんな時代と思われるのだろう?

 

信じられないかもしれないが病気というものは本来ない。自然の摂理から外れてますよー、という

点滅サインがあるだけで、その症状に対してアロパシーの世界で「病名」が作られているだけなのである。

 

 

 

 

 

 

 

2016年

12月

05日

千島学説

「千島(ちしま)学説」のことを話すたびに、つい「千鳥(ちどり)学説」と言ってしまう私に「千島学説」を

語る資格はあるのか?1899年生まれの生物学の教授だった千島喜久男博士の亡き後、この学説を支える方たちが

聞いたら「ない」といわれるかもしれない、笑。

 

生地好きの私の頭には(と書いただけで言い訳がましい)、「千島」という文字のシルエットは、

自動的に「千鳥(とどり)格子」に変換されてしまうのです。

こちらが千鳥格子の柄。

 

チシマガクセツ。チドリゴウシ。まぎらわしい。え、しくない? 

 

なんど家族から笑われても、刻み込まれたものはなかなか改まらないのですが、

こんな人が伝えることで少しでも広まればうれしい、目からウロコのすばらしい学説なのは確かです。

 

祖父が1901年生まれだったので、千島博士の生きていた時代をなんとなく想像することができる。

おじいちゃん時代の学説など、まるで別世界みたいに思われそうだけど、これを知ると知らぬでは

例えば癌の受け止め方が180度までいかなくても120度から160度、変わってしまう。

0−157や鳥インフルエンザや牛の口蹄疫も同じように見方が正される。

と書いてて、口蹄疫(こうていえき)=タモリのユンケル皇帝液のイメージが出てきて、くじけそう。

 

現代は2人に一人が癌になる時代である。

そして、そのうちの半分が「癌」が理由で亡くなっているらしい。

 

それだけに、検査結果で「癌です」と告げられた瞬間から「不治の病」を想像する人が多いらしいが、

この千島学説を知ったならば、癌に対しての恐怖心が感謝に変わる、そのくらいの違いだ。

 

癌だけではない。

細菌でうつる、といわれている病気の原因も現在のマスコミや病院等でいわれていることと違う観点で解決する。

 

ところで、なんでも病気に対して恐怖心、または逆に各方面に大手を降ってエクスキューズができるなどという

内心の喜びをもったらいけない。なぜなら、どちらも依存の始まりだから。

そうならないためには正しい知識と強い心を支える知恵が必要になる。

 

症状にあらわれたメッセージを解読して、自然との共生をたのしむ生き方に変えれば治るものは治るし、

人生コンプリートしていれば、あの世にすんなり行けて、どちらにしてもハッピーだ。

 

病名や病院、医者に依存すればするほど、いつまでも改善しない生き方や習慣を続けることになって、

魂の成長のチャンスを逃して、憂鬱な状態をひきずり、どんどん人工的な手を加えられ、

生きていても苦しく、死ぬときも苦しみを味わうことになる。

 

前者になりたければ、千鳥格子柄を!でなく千島学説である。

 

千島博士はたくさんのことを発見したが、中でも決定的なのは血液が小腸の絨毛(植物では根にあたる部分)

でつくられるという事実だ。定説であった血液が骨髄でできるという、1925年にアメリカの3人の血液学者たちが

唱えた学説は実験動物に絶食させて腸に食物がなくなった異常時に起きた現象を切り取った説であり、

通常は小腸でつくられているということを、実験を繰り返して突き止めたのだ。

 

それで九州大学の教授をしていた時に「鶏胚子生殖腺の組織発生並びに血球分化に関する研究」と題した論文を

発表する準備をしていたが、そこで述べられている小腸造血説が正しく、根強く信じられていた骨髄増結説が

間違いだとすると、生物学界をはじめ遺伝学、血液学、細胞学などの定説も崩れることになるわけで、

慌てた各方面から相当の強い圧力がかかリ、陽の目を見る事がなかったという。

 

新しい説にまちがいがあれば、実験証拠を出しながら真実を探求するのが学問だろうに、

都合の悪いことはもみ消す不思議な学界。勇気ある正義の味方ウルトラマンはいなかったのだろうか?

 

しかし、そんな理不尽ワールドをよそに、千島博士はさらには細胞が赤血球から生まれることも発見する。

赤血球分化説の誕生である。その千島博士の発見は医学、農学、薬学にも当然、影響を与えることになる。 

 

学問の細分化のメリットもあるのかもしれないが、気をつけないと弊害も生む。

医学も同様で、眼科、歯科、脳外科、内科などひとつの体を切り刻んで、「部分」だけを虫眼鏡で見て

そこだけに手を施そうとする療法にも限界がある。

 

モグラたたきのように、現れた症状に対処しているだけでは、いつまでも解決しない問題が残るばかりか、

そこには利子がすこしずつ溜まり、体の中で複雑化していき、解決にますます時間がかかる。

だから「病名」が年々、増加する。

そして、それだけ医療費は増大する。誰がいちばん損して得しているのか、よーく考えてみよう。

 

「骨髄造血説」は、すでに1世紀ちかい昔に唱えられた説である。

現代医学(西洋医学)の歴史は200年とも400年ともいわれるが、その途中でその説を疑い

再考する人はいなかったのか、というと海外には何人かいて、千島博士とも交流があったようだ。

 

 

その点、数千年の歴史のあるアーユルベーダや東洋医学などはもっと全体を観る医学である。

だから千島学説は当時から東洋医学を学んだ人には理解しやすく受け入れられ支持されてきた。

素人が考えた方が先入観なしに感覚的にわかることもあって、シンプルに考えて小腸説は自然だと思う。

 

千島学説をざっくり解釈すれば、病気の原因はただ一つ。血液の汚れだ。

汚れた血液である「異常赤血球」が集まった臓器に「◯◯癌」と病名がつけられてるわけである。

 

つまり癌とは、その人が致命的な状態にならないために、安全な場所(臓器)に、

とりいそぎ異常赤血球が集められている「状態」のことなのである。

 

人には全部で約60兆個の細胞があるといわれる。

千島博士の唱えた通り、細胞が血液から生まれるとしたら一日でおよそ6000億の赤血球ができて、

それが人体細胞に変わる。だから(小腸がきれいなで正常に働いていれば)6000億×100日で

すべて細胞が入れ替わり、基本的に100日あれば本来、病気は治るように人体は設計されているのである。

 

これ、すばらしい学説でしょう。

病気と闘わず、いい血液を作り出す生活をすれば治る、という考え方。

断食して腸をきれいにリセットして、正常な血液がつくられる生活習慣に変えれば病気は治ってしまう。

症状は抑え込まず、出し切る、通過させる、のが正しい。

 

野生の生き物はこのことをすでに知っている。

動物は調子が悪くなると、食べるのを止め、じっと土の上に横たわって回復を待つ。

人間に飼われている動物でなければ病院にも行かないし、クスリも飲まない(薬草は食べるかもしれないけれど)。

まして、自覚症状もないのに病院に行ってお金を払って、危ない検査など受けたりしない。

よほど賢い。

 

だから私たちも見習って、調子が悪くなったら、食べるのをちょっと止めて

(そうすると消化にまわる血液が体の浄化にまわる)、仕事も休んで(または辞めて?)、

土に触れる作業をしたり、砂浴でもすれば回復する。

 

そもそもという字をよく見ると、やまいだれの中に品の山とある。

 

Q. 品とはなんでしょう?

 

答えは石油からできた化学合成物質。

つまり体のなかで山のように積み上げられた石油化学合成品。

それが血液を汚し、癌をつくる。

 

化学肥料、農薬、化学調味料、合成甘味料、石油のおむつ、ナプキン、シャンプー、洗剤などなど、

石油文明によって生み出された物質は体内に取り込まれてもヒトの消化酵素では分解不能だ。

それが肝臓の処理能力を超えてしまうと毒素となる。それを一カ所に溜める自然の浄化作用が癌。

ようするに、自然本来の循環から逸れた生き物がかかってしまう現在病のひとつが癌なのである。

 

だから、その原因に気づかぬまま、放射線や抗がん剤でやっつけようとすると、

その散らされた異常赤血球は行き場所の求めて、体内の別の場所へ移動する。

ウィルスとワクチンのような永遠の追いかけっこだ。

追いかけっこしているうちに、体力のなくなった方が(小腸が働かなくなると血液ができなくなり)倒れる。

 

カナダなどではそれらの医療行為を受けた人の方が寿命が短いという統計が公開されているので、

癌にかかっても放置か、自然療法を選択して生きる道を選ぶ人が圧倒的に多い。 

 

日本でテレビや新聞ばかり見ていると、そういう情報は出てこないので(だって製薬会社は大切な

スポンサーですもの)いつまでも世界の中では時代遅れになっている治療を高額な費用を払って

受け続けることになるーまるで、それしか方法がないかのように。

 

東京に行ってみるとよくわかる。

大きなビルには保険会社や製薬会社が多い。

あれはみんな私たちの恐怖心が建てている。

どうしたらいいかわからない不安と恐怖をお金で解消しようしている。

どちらにお金を支払っても、自然の循環に沿った健康に向かう暮らしは買えない。

 

 

同じく建設会社と土建屋のビルも多い。

あれはみんな私たちの勘違いで建てられている。

ハウスシックの原因になる耐久年数20〜30年の住宅。

そのコストの内訳、2〜3割は大手ハウスメーカーの本社にいく。

環境を壊す公共事業には税金がたっぷり投入される。

そして自然は遠のき病人は増える。

 

雇用を生むために自然破壊をするのも、医療産業を維持するために健康を破壊するのも同じ構図。

 

石油製品を使った加工食品や日用品が安価なのも落とし穴だ。

安い毒入り食品はスーパーにあふれているし、「今だけ」平気なのをいいことに

自分や子どもの健康と引き換えに病気への貯金を日々、増やしているようなものである。

みんなで食べれば怖くない?みんなで使えばこわくない?

 

それも生き方だけど、もっとハッピーな生き方があるはず。

収入の問題にすり替えて、思考を停止している場合でない。

 

ちなみにアトピーや喘息も癌とおなじ原因です。

アトピーや喘息の症状が出ているうちは、それが浄化作用になっているので癌にはならない。

生活改善しないまま、その症状をクスリで長く抑え込むことで、重症化、複雑化するのです。

 

今は次々と、千島学説が正しいことを証明するような事実があちこちででてきている。

断食や、少食、微食で回復するのも千島学説が正しいからである。

 

というわけで、今日はここまで。

 

終わりまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

2016年

12月

03日

臨癌体験

今までに前段階も含めると3回、癌といわれたことがある。

3回も?って感じだけど、癌細胞なんて誰でも何千という数ができたり消えたりを繰り返しているので

自覚症状がなくても、たまたま検査した時にみつかれば「ある」ことになる。

 

最初に宣告されたときは今ほど知識もなかったので「もしかして私は死ぬ?」と空の方に問うてみた。

「まだまだ、これから。やり残してることがいっぱいあるでしょう」という声が聞こえた気がして、

これでは死なないな、と思って、そのまま仕事に行った。正直、まったく実感がわかなかったけど

内視鏡カメラで映された内蔵には小さな粒粒の、癌細胞といわれるのものが確かに写っていた。

手術の日も決められて、入院に必要な書類や持ち物が書かれた紙も渡されていたので、

私は担当のお医者さんに訊いてみた。

 

「癌になる原因って、なんなんですか?」

「手術をすれば治るんですか?もう一生、癌にならないんですか?」

 

お医者さんからは明確な答えはなく「してみなきゃわからない。再発したらまた(手術)すればいい」と

言われて、それじゃ手術する意味ないじゃんと思って、自分で考えてみた。

 

原因でまず思いあたったのは過去の「ストレス」。

大きなストレスの下で生きていたのが、体に現れるのは時差があるのかなと思った。

あとは「食事」。

仕事が忙しいという言い訳で、おろそかにしていたけれど、化学肥料や農薬を使っていない

野菜を宅配してもらうようにして、できるだけ自分で調理したものを食べるようにした。

そして「冷え」。

その頃は体温が35℃台だった。それがどんなに危険かということが書かれていた「冷えとり」の

最初に出版された本をもらったら、思い当たること満載だったので、すぐ実行した。

 

とにかく手術までの2週間でなんとしても治したい!!!と願っていたら、あれやこれや

いろんな出会いや助言もあって、ピンときたものすべて実行してみたら、なんと再検査のときには消えていた。

 

担当医はびっくりしてカルテを持って「えー、おかしいな!」と椅子から急に立ち上がった。

キャスター付きの椅子がバーンと後ろに少し飛び、その横では研修生が先生を見上げていた(マンガみたいな光景)。

 

「もう手術したんだっけ?」

「いいえ、してません」

「じゃあ、もう一回検査してみよう、ぜったいあるはずだから!」

「いえ、もういいです。原因がなんとなくわかったので、あとは自分で気をつけます」

「いや、そんなことは誰にもわからないよ」

 

わからない、という人に判断されてもなぁ~、と思ったけど、こちらとしては消えていた、

ということで「やった!」だった。これも天の計らい的な出来事だったのかも、と今では思う。

導かれたというか、少し何かがわかりかけたよい経験だった。

 

だけど、天はさらに伝えたいことがあったようで、2回目は思いもよらない形で告げられた。

母親の治った乳癌が娘の私にきてるという。母のことも自分のことも何も説明していないのに、

ぴたりと当てるというか、その人にとっては普通に見えるらしい。

その人曰く、8~9割の病気は霊障で起こるそうだ。

 

目に見えない世界のことだけど、むかしから人はそういうことをなんとなくわかっていたんじゃないだろうか。

明治以後、不思議な事象はないものとして「科学優位」の世界にされたけれど、

それでも中には、そういうことがわかってしまう人が世の中に配置されている。

なぜ霊が憑いてしまうのかは本人のせいだけとは限らず、先祖とか、過ごしている場とか、いろいろ関係している。

このときも新しい、有意義な経験をさせてもらった。そして、それが「わかった」時に癌は消えた。

 

3回目は前にもブログにも書いた1〜2年前。

このときの収穫はOリングテスト体験と、電磁波の侮れない悪影響を身をもって知ったこと。

Oリングテストは筋肉反射テストの一種で、利き手でない方の手の指でOの字をつくり、

その輪を外そうとする力をかけることで、心身の状態を診断するテストでアメリカで特許も取っている。

 

世界の医療現場では、その患者さんに合う麻酔薬の選択や、合うクスリの量などを調べるのに使われている。

もちろん、食べる物、住む家、人の相性など「自分に合うもの」や「ホンモノ」がすぐわかる。

前から自分で試してはいたものの、医療現場で使われているのを見たことがなかったので体験したかったのだ。

 

体や潜在意識の声まで調べられる不思議だけど確かな方法は知れば知るほど、役に立つ。

だから人間ドッグなど、医療「産業」のためにはなれど、本来なくても大丈夫で、

バルウム飲んだり、CTスキャンしたり、造影剤飲んだり、マンモグラフィーしたり、というのは

おそらく、近い将来「むかしはそんな方法しかなかったんだねぇ」と語られることにことになるだろう。

 

それは1700年代に、ふつうに医療という名の元で行われていた治療法が、病気の原因は「悪い血」のせいだと

血を無理矢理、抜く瀉血(しゃけつ)だったりしていることと変わらない気がしなくもない。

アメリカの初代大統領のジョージ・ワシントンも治療中の瀉血によるショック死で亡くなった記録も

あるくらいなので、一般人も相当の数の人が間違った医療の犠牲になっていただろう。

 

きっと、それと変わらない過去の気の毒な話になりかねない現代医療ではないのか。

 

人間ドッグがあるのは日本くらいだそうで、悪くもないのにわざわざ病院で体に負担のある検査をするのは

世界的に見たら奇習なのだ。だからか、MRIやCTなどの機械の保有率が人口当たり世界最高の日本。

なのに、医療費、薬品代も増加しているという矛盾。

Oリングで観ればすむ話なのに、それでわかっちゃったらお金にならない、目に見えないことは広まりにくい。

 

と、ここまで書いてWikiでOリングテストを調べたら、最後に「学術論文として、検証可能な根拠が

示されていないため、似非化学の範疇にあると考えてよい。」という記述があった。

でたぞ、でたぞ、学術論文。これが世の中を牛耳るツールだ。そのツールをよりどころにしたい人はすればいいが、

でも、そんなところで道草しない。考えるな感じろ!直感で動け!こっちに来た方がハッピーだよ、といいたい。

 

電磁波については何度も書いたので省略しますが、病気をつくる大きな原因なのでとにかく気をつけた方がいい。

寝る時に部屋のコンセントは全部、抜く、とかね。

 

筋肉反射テストも、電磁波も、放射能も、氣も、魂も、ぜーんぶ見えないし、ニオイも嗅げない。

なら存在しないのか?そうじゃないでしょ。だから「考えず感じる」ことが大事なのだ。

 

さて、そういうわけで3回も臨死体験ならぬ臨癌体験をしたお陰でさまざまなことを知ることができた。

しかも、すぐに生活習慣や生き方を軌道修正をしたので大事にはいたらず、手術や治療は一切受けずに今に至る。

 

なにより最大の収穫は「千島学説」を感覚的にも理解できたこと。

(これについては、またあらためて書きたい)

理屈だけでなく「それはそうだろう、そうでなければ自分の体験が証明できないし」という実感を

得れたことは「癌さん、ありがとう!」と思わずにはいられない。

病気や死に対して、ほとんど恐怖心を持つこともなくなった、好奇心はあるけど。

もうこれは使命だろう。これからもこの体験を活かしていきたい私の人生です。

 

おわりまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

2016年

11月

30日

雨の湯布院へ

早朝は人もまばらでぜんぜん観光地っぽくない。

そんな中を家族で散歩。

 

雨の日の紅葉もいいものです。

混んでいない時間帯にのんびり歩いてみるとやっぱり湯布院はいいなぁ。

 

高速道路ができて30分で別府、45分あれば湯布院に来れるようになったけど、昔は2〜3時間くらいかかったらしい。

便利になったけれど、見過ごしていることや感じなくなってしまったこともあるんだろうなぁ。

 

早朝や夕暮れ時の湯布院が味わえるのも高速のお陰だけど、

移動時間と実際の距離の関係について、ぼんやり思いを巡らす日でした。

 

 

 

 

 

2016年

4月

23日

非常時にそろえておきたいモノ

熊本や大分を中心に、大きな地震が起こりました。

この一週間、毎日揺れています。

そんな地震が起こったばかりなのですが今回の地震は

まだ「はじまり」の可能性が高いということも言われています。

 

大きな角度から見れば、地球ごと浄化される時期にきているのかもしれません。

なにも起こらなければそれでいいのですが、ただ不安になっていても仕方ないので、

一応、心とモノの準備をしておこうと、自分たちの経験とネットで調べた情報を元にリストを作ってみました。

 

《食料編》

3日分を目安に

◯水+あれば水汲み用ポリタンク

◯塩・味噌(醤油)・梅干・はちみつ

◯お米

◯缶詰、レトルト食品

◯賞味期限の長いもの(そのまま、またはお湯があればできるもの)

◯嗜好品(少しあるとホッとできる)

 

《日用品》

◯ウェットティッシュ

◯毛布

◯ビニール袋

◯割れないお皿やコップ

◯箸、スプーン、フォークなど

◯サランラップ

◯カイロ

◯携帯電話と予備電池

◯ライターまたはマッチ

◯ゴーグル・マスク

◯歯ブラシ(使えるか?だけど石けん・シャンプーなど)

◯手ぬぐい(または薄めのタオル)

◯あれば簡易トイレ

◯トイレットペーパー

◯ホメオパシーのキット(または健康補助食品・必要な薬など)

◯貴重品

 

 《さらに必要な場合は》

△おむつ等、赤ちゃん用品

△生理用品

△めがね、補聴器など

△子どものおもちゃ

△動物(ペット)の名札・写真・ゲージ・餌・水など

 

《着替え》

3日分を目安に

◯下着

◯動きやすいモノ

◯靴下

◯上着

◯雨具・防寒具

 

《その他》

何かあったらすぐ使える場所に置いておくといいもの

◯バール、ジャッキ・ハンマー・ノコギリ・ロープ(救助活動に)

◯テント

◯ブルーシート

◯七輪・炭

◯簡易コンロ・薪

◯鍋・フライパンなど

 

《枕元に》

◯くつ

◯軍手

◯懐中電灯(アウトドア用ヘッドライトでも両手が使えて便利!)

◯あればヘルメット

◯あればホイッスル

 

だいたい3日間を野外キャンプして過ごす、というイメージをするといいかも知れません。

あと心構えとして大事とおもうのは、被災しても依存心で心を満たさず、自力でできることをしよう!と思うこと。

 

人は水と塩があれば空腹感はあってもしばらく生きられます。

でも体温を下げないような方法を考えておくことは大切と思います。

低体温になると免疫力・抵抗力が極度に下がり、サバイバルする気力にも影響が出てくるので

夜の気温、天気の変化にも対応できるようにしておきましょう。

 

問題はこれらのモノを何に入れて、どこに置いておけばいいのか?ということ。

 

家屋が倒壊することも考えると、住んでいる建物とは別のところの置いておいた方がいいのでは?

ということで物置(またはそれに代わるもの)を探してみたりしています。

でも気に入ったものが見つからない・・・。

国産のメーカーは性能はいいのかも知れないけど、デザインに欲しい!と思えるものがない。

唯一これなら妥協できるかな、と思ったらサイズがない。でも、あきらめずに探し続けなければ!

 

「防災用」ってペイントしているものも、もう少しいいデザインがあってもいいのにね。

 

 

 

2016年

3月

03日

花粉症の治し方

この季節になると花粉症の相談が増えてくる。

敏感な人によると上毛町は花粉が多いらしい。

お客さんにもマスクをして鼻をぐすんぐすんさせている人が増えた。

それでもお店に足を運んでくれるのだから、すこしでも改善する方法をお伝えできればとおもう。

 

この方法はとりあえず症状を抑える対処療法ではなく、根本的な原因をなくそうとするものなので

人によってかかる時間が変わるかも知れませんが、でもこの方法でなにも変わらなかったという人は

今のところいないので是非、試してみてください。

 

かんたんです。

 

◎乳製品を絶つ。

 乳製品の過剰摂取は鼻まわりの機能をなぜか停滞させます。

 やめると顔のなかの鼻の両サイドが腫れぼったさがとれて平らに戻るケースも多いです。

 

 乳製品とは牛乳、チーズ、バター、ヨーグルト、そしてこれらを使用した加工食品、調理品も含みます。

 「ヨーグルトは健康食品だから」と例外的に食べている人が多いのですが、考えてみてください。

 10人のうち9人以上が乳糖不耐症といわれるアジア人であること。

 現在、流通しているヨーグルトにどれだけ自然に作られたものがあるか。

 

 大手の乳業メーカーに供給される乳牛の多くは人工乳や輸入飼料を与えられ、抗生物質やホルモン剤を

 投与されています。通常分娩ができずに帝王切開になる牛、アトピーの牛も増えているそうです。

 人の手で不健康にされた牛の乳からできた発酵食品をあえてとらなくても、

 日本にはすばらしい発酵食品が、伝統製法でつくられた味噌、醤油、漬け物をはじめたくさんあります。

 

 ヨーグルトを食べないからといって不健康になったり便秘になったりすることは本来、ありません。

 世界で1万人以上の腸を診てきたドクター新谷先生いわく、

 ヨーグルトを日常的に食べている人できれいな腸だった人は一人もいないと著書でも述べています。

 発酵しているヨーグルトですらそうなので、他の乳製品も推して知るべし。

 

 どうしても牛乳のようなものが欲しかったらオーガニックのライスミルク、豆乳にしましょう。

 

◎自然塩をしっかり取る。

 鼻水が多く出るのは体液に塩分が足りていないからです。その調整機能として体内から水を減らそうと

 体から水を出しているので、本物の自然塩をしっかり取ることです。

 

 「減塩思想」はナトリウム99%以上の精製塩に対して生まれたものです。

 自然塩と精製塩ではまったく逆の働きが起こるので、自然塩を減塩することはむしろ害。

  

 自然塩をちゃんと取ると高血圧が正常な血圧に戻り、風邪をひきにくくなり、足がつることもなくなり、

 血液にミネラルが補給されるのであらゆる病気のリスクが減ります。毛穴もひきしまって肌のきめも整いますよ。

 

この2つが基本の治し方です。

 

この方法で治らなかったら、合成甘味料、白砂糖、添加物、化学肥料農薬を使った農作物もできるだけやめましょう。

これら「石油化学合成物質」はすべての不健康の根本原因になります。

ここを理解していないと、すべては枝葉抹消的な、その場しのぎの解決方法。

 

今朝もたまたま届いたフリーペーパーをぱらぱら見ていたら、芥川賞も受賞した作家のエッセイが載っていました。

高齢化社会に向けて人の迷惑にならないように健康長寿への努力をしているという内容。

 

で、実行していることのひとつが果物の皮をなるべく向かないで食べる、というもの。

手間もかからず、皮についている栄養も取れ、咀嚼により唾液も多く分泌されて一石二鳥とTVデやっていたから、と。

 

いや待てよ、と思う。

 

それは化学肥料や農薬を使っていない果物なのか。そうでない場合、

アトピー、喘息という神さまからのセンサーを与えられた人であればすぐに発疹か咳が出始めるだろう。

玄米だって同じ。玄米を食べるのは良いことだと言われても肥料農薬を使ったものだとダメ、もしくはプラマイゼロ。

だから、この方法は条件付きだ。そこを書かないと被害も増える。

 

しかも、その先に柑橘類を皮ごと食べるのははたいへんなので、九州産の品種改良されて大きくなった金柑がいい。

この「健康フルーツ」を一年中食べたいからハウス栽培を期待しているようなことが書いてある。

原稿料をくれる会社の地元を褒めるのは大人社会の礼儀かもしれないが、このくだりはどうなのだ。

 

品種改良って遺伝子操作じゃないのか。

化学肥料農薬も丸ごと食べることになるのじゃないのか。

旬を無視して栄養があるのか。

 

一読すれば、さわやかなエッセイなのかもしれないし、この作家はこの他にも10個以上の健康への努力を

実行しているそうなので、数打ちゃ当たる的にもしかしたら長生きもできるかもしれない。

でも根本を押さえたら、することはもっとシンプルになるのになー、と思う。

 

そして、この並べられた項目を見ると

 

問題の根っこは触れない&考えない。

常識を変換、変更する行動は起こさない。

 

という今の社会の構図を朝から見てしまった思いがするのです。

こういう世の中では、まだまだ花粉症は減らないのですが、でも2016年は「気づく」人が増えてくるらしい。

ここに書いた話も受け入れ態勢ができている人にはきっと届くし、効果もあるはず!と信じています。

 

 

  

 

 

2015年

2月

23日

矛盾のないシゴト

今しあわせだな、と思うのは好きなシゴトが矛盾なく成立していることだ。

若い頃からのアルバイト的なものも含めて、振り返ってみるとホントにいろいろなバイトやシゴトをしてきたけれど、

慣れてくるとどうしても気になることが出てきて、これでいいのかな?と思い始めるとずーっと気になって

改善策を講じてみたりしても、自分ひとりじゃ解決できなかったり、その仕組みが成立している中では

「長いものには巻かれろ」という見えない空気とひとり相撲しているみたいで、そんな環境は心を曇らせ、

慢性的なストレスでもあった。

 

ストレスは良くない。

ストレスは体温を下げる大きな原因で、それで免疫力も数倍、下がっていってしまう。

身体の弱い、というと見ためにも語弊があるので、敏感と言い換えた方がいいのか(?)、

とにかくこの身体で生きていかなければならない私には、そういうストレスはもっとも避けたいことの一つである。

どんなにお金を稼げるシゴトだろうが、どんなに人から羨ましがられるシゴトだろうが矛盾を感じてしまうシゴトは、

二度としたくない(できない)。贅沢でわがままで恵まれているといわれても、ここだけは譲れない。

 

私が感じていた「矛盾」とは

「これを売って○○を増やしているんじゃないか」という気持ちの○○のところに

ゴミとか、病気とか、搾取とかの言葉が入るようなことや、

「このシゴトに携わってほんとうに○○にとっていいことなのか」という気持ちのところに

生命とか、人とか、健康とか、環境とか、社会とかが入るようなこととか、そういうこと。

 

そしてそういうことがあっても世の中では不思議と「とりあえず」そのシゴトは成立していて、

そこだけ経済的にまわっていれば、それはまるで正しいことのように存在している、ということも気になった。

 

だからといって、ボランティア的なもの、イデオロギー的な行動も正直、苦手な自分もいる。

たしかに助けられる人が助ける、というのはいいに決まっている。

ただ、それでまた矛盾を作っていないか考えることも必要な気がする。

いいシゴトを続けるためには適正な報酬があって当然だし、その行為がまた新しい歪みを生んでいないか、

矛盾を作っていないか時々、吟味するのも大事なこと。

 

自然環境というか、宇宙全体というか、大きな循環の中でバランスをとりながら命が存在しているとしたら

人間の行動もどこか、そういうものと調和していた方が着地がうまくいくように思う。

個人のゆがみは宇宙のゆがみにつながる。

 

これは戦争反対とか原発反対とかにも通じるし、デリケートな問題で誤解されたくないのであまり言いたくないが、

なにかを声高に主張したり、抵抗するには相当なエネルギーが必要で、それは無限にあるわけじゃない。

エネルギー過多な若いときなどはなんでもすればいいと思うが、今世では有限な命(エネルギー)のもっとも

有効な使い方を考えると(こういうところが合理的っていわれるんですけど)、もっと人が全体的に今日の生活を

そっちにもっていくようなことに使った方がいいのでは?と思うことが多い。そうすれば一部の人が自分の生活を

犠牲にしてまで、世の中の歪みや矛盾に反対することを続けなければならないという現象も減るのではないだろうか。

私たちはつい枝葉末梢的な「見える」出来事に右往左往してしまうが、その根っこの原因をなくさない限り

問題はまたカタチを変えて現れてくる。


日々のなかで一番時間を費やすシゴトの選び方、家族と過ごす時間、暮らしの中の選択一つ一つを

少しでも矛盾のないものにしていくことの方がもしかして平和に近づく波動を起こせるんじゃないか、と思うのだ。

ここに至るまでさんざん寄り道した私は最近、そう思う。

 

ダブルスタンダードで生きていると、なんというか魂がピカピカしないような気分に襲われる。

余計な因果をつくるな!そのツケがどこにまわるか考えよう!とどこからか声が聞こえる気がする。

「好きではない」という感情の中になにか本能的に関わりたくないというものがあるかも知れないし、

それを辿っていくと見えないところで人を傷つけていたり、不幸の元を作っていたり、環境破壊や

社会悪に手を貸しているのかも知れない。と考えるのはいい歳して青いですかね?笑

 

だけど「好き」とか「なんだか嫌い」という気持ちは案外、根があるものだと思う。

好きなものに囲まれると心が元気になるし。

 

おくなが屋ではしたいことの10%もまだできていないという現実もあるけど、それと同時に、

この規模で矛盾のない店づくりができなければ、この先する意味がない!という気持ちでやっている。

 

矛盾がない、ということはお店に関わるすべてのものがいい循環している、ということ。

どこかの誰かが虐げられているような商品や、環境を壊していくことで利益を生むような商品や、

買ってもすぐゴミになってしまったり、不健康になってしまう質のものとか、利益がよくないことに

使われていたりとか、そういうものは今が良くても結局はダメ、全体の首を絞めていく。

毒は極微量だから効くのであって。ありすぎたら死にます!笑

 

今、おくなが屋で仕入れをさせてもらっているところ(会社でも個人でも)はすべて、

こちらから見て、どこか尊敬の気持ちをもてるところばかりで、これはすごくありがたいこと。

「尊敬とは人間関係の塩分である」そうですよ!

そういうところばかりのモノを集めるとたとえジャンルがいろいろでも、なにか沸点が一致するかのような

不思議な調和が起こる(気がしている)。だからそういう「好き」と深くわかっているものしか置かない。

目下の悩みはそういうモノとの出合いが増えてきて、でもお店の面積は決まっているということです。

 


話は飛びますが、最近すごく気になるのはホームセンターや包装資材屋さんの店内音楽。

若い歌手の恋愛系の歌を大音量でBGMにしている状況にたびたび遭遇するけれど、

お客さんは私を含めてほとんど中年なので、なんかそれだけでも場違い感あふれてるし、

それにああいう店って、みんなそれぞれが頭の中であれこれ思考を巡らせて必要なものを選ぼうとしていると思うんですよね。

いつも静かに買い物させて欲しい〜、と思うし、いったいなんの効果を狙ってかけているのか疑問です。

 

それに、そこで働いている人は一日中、そのBGMが耳から入ってくる環境ですよ?

蛍光灯たくさんとか、電磁波たくさんとか、音量の大きいBGMとか。

シゴトする場所がそんなものであふれていたら耐えられるのか?と勝手に心配しています。


さて本題に戻ると、そんなわけでおくなが屋にかかわって下さっている一人一人に

ほんとうにありがたいなぁと思う今日この頃です。